・具体的再検証開始
さて。一通りベアトリーチェさんのゲーム盤を見なおした訳ですが。材料は揃いました。あとは思考するだけです。同一人物説を人格主体で考える際に、まず気になるのは第2のゲームの事件開始前までの物語です。ひたすら紗音さんと嘉音さんの恋愛が描かれます。当初バカバカしくて適当に見てた部分ですが、彼らが同一人物なのだとすると、あそこはむしろ手掛かりの配置、と見るべきシーンだった訳です。紗音さんは譲治と恋をしている。そして嘉音さんは朱志香に恋をしている。まぁ嘉音さんはまだ恋のスタート地点に立つか立たないかという感じですが。彼らが同一人物なのだとすれば、違和感が出てきます。一人の人間が別々の人物を好きになっている。これは第6の物語において戦人さんが描いた恋の試練と非常にテーマ性が似ています。戦人さんのヒントを考慮するならば、人を恋する資格は男女が1組である事。愛する人は一人である事。恋愛におけるスタート地点において、すでに複数の恋をしているなんてのは論外である、という主張です。つまり、第2のゲーム冒頭は、一人の人間が複数の恋を並立させているという説明をしているわけです。注目なのはベアトリーチェさんの扱いですね。同一人物説においてベアトリーチェさん、これは非常に怪しい配置にいます。これはスーツで出てきた駒のベアトさんの事です。

・ベアトリーチェとは一体何なのか
まず私の第一印象として、スーツのベアトリーチェさんは、GMであるベアトリーチェさんの嘘の朗読である、という判断をしていました。物語に堂々と魔女が登場しましたなんてのは実に馬鹿馬鹿しい話で、そんなものをうのみにする訳がありません。しかし、ミステリー思考をするのならば、可能性として「本当にああいうベアトリーチェという人物が登場している」という可能性を根拠もなく否定する事はできません。根拠構築ができて無い今の段階では、「ああいう人物が実際に登場した」は思考しておかなければならない訳です。仮説Aとして。同一人物説の根幹をなす紗音さんと嘉音さん。ここに ベアトリーチェさんを加え3人と考えるべきなのか、それともベアトリーチェさんを除き2人と考えるべきなのか、という根本的問題点があるわけで、これは恋の物語、事件部分のトリック、両方に関連している物語の核である可能性があります。この問題点は、最終的に恋の物語にベアトリーチェさんが関連してるのかどうかという点に行きつきます。盤上にベアトリーチェさんが他の人間と同様に登場しているのならば、彼女が登場しなければならない必然性の問題が出てきます。そしてそれは、ベアトリーチェさんのゲーム盤の真相である可能性が高い。ベアトリーチェさんが恋ねぇ。私なんか酷い恋愛経験しかないのに。恋に恋する魔女ですか。はははは……恋か。我が主が恋しいです。

・探偵が魔女を観測しているケースの存在
いや、そうではなく。邪念が入りました。続けましょう。問題になるのはベアトリーチェさんのゲーム盤で探偵が魔女を目撃してるケースが存在する事です。探偵は主観を偽れません。探偵が見たものは客観的な事実なのであって、幻想が入り込む余地がない。これは大前提です。

1. 全部で3ケース存在します。第一のゲームのラスト、生き残った戦人さん達子供組が、肖像画前でベアトリーチェさんを目撃している。戦人さんがあの場面「お前は誰だ!」と発言している事から、顔見知りの人物という訳でもないわけです。

2. 続いて第2のゲームのラストあたり。金蔵の部屋で金蔵とベアトリーチェさんを目撃しています。この場面は金蔵を目撃している事から、幻想であると判断できます。金蔵はゲーム開始前に死亡してる訳ですから目撃不可能。それを目撃したと主張した時点で嘘だと言う事です。このケースは恐らく、戦人さんがベアトリーチェさん目撃以前に、ゲーム盤上で魔女に屈服宣言をしている部分が関連しているのでしょう。魔女に完全敗北宣言をしてしまった戦人さんは、その時点で探偵ではなくなった。よって、ベアトリーチェさんと金蔵を目撃するという嘘の描写がされた。

3. 最後に第4のゲームのバルコニー。これはもう言い訳の余地がないくらいに明確に魔女を目撃してしまっています。探偵の資格も失っていない。探偵の誤認という逃げ道もこれは言い訳が苦しいです。あのような長々と会話している人物を誤認するというのは常識的判断ではありません。バルコニーで一瞬だけベアトリーチェさんっぽい人を目撃した、ような気がする、くらいのレベルなら誤認で通りますが、あのように延々会話をされては探偵の誤認では説明できません。私にとってあれを誤認と言われてしまうと、「バルコニーでバルタン星人を見た」みたいな事を言われたレベルに感じるわけです。どんな誤認のしかたをするつもりなんですか、と。ここは一応可能性として誤認はあるのでしょうが、ミステリーにおけるパズル的思考を根幹にする場合は、常識的判断を優先します。曲解をなるべく排除する事。王道で解こうとする事。これがミステリーに挑む上での安全策なのです。

ベアトリーチェさんのゲーム盤では探偵が魔女を目撃してるケースが2ケース存在する事になります。論点はゲーム盤に魔女がいるのかどうか、です。これは言ってしまえば、魔女を語る人間としてのベアトリーチェさんが登場してるのかどうか、です。探偵の主観を考慮するといる、という結論になるのでしょうが、そんな曖昧な根拠でこの探偵古戸ヱリカが確信を持つわけがありません。連鎖考察思考法をいまこそフル稼働します。

・考察連鎖開始 連鎖対象は南條殺し
おそらく、ベアトリーチェさんのゲーム盤の核になっているのは第3のゲームの南條殺しでしょう。あそこがベアトリーチェさんのゲーム盤の全ての真相に恐らく直結している。そしてベアトリーチェさんが実際に盤上にいるのかどうか、いるのなら何故いるのか、そこの説明になるはずです。例によって繰り返しになりますが、トリックをミステリーとして解こうとする場合、トリックに関連する情報だけを使って解こうとすると、ロジックエラー密室同様に解法分散状態が発生します。ロジックエラー密室で関連情報を見つけたように、南條殺しについても同様の手段で特定可能です。

譲治が犯人。霧江が犯人。留弗夫が犯人。こういった「誰が犯人なのか」という論点は、エヴァの語った赤字を最低限踏まえて考えるべき最低ラインであって、それを以って犯人特定など不可能です。連鎖考察思考法では物語に出題者が込めた主張を読み説き、それを連鎖情報として組み込みます。今回の南條殺しでは「南條を殺したのは誰なのか」の他に、「なぜベアトリーチェは真相を語ると魔女の姿を失うのか」です。この第2の論点こそ、偽りの魔女を真っ二つに切り裂く論点なのです。魔女でいられなくなるケースは恐らく2ケース存在するでしょう。魔女のゲーム盤において魔女側は一つでも謎を守れば勝ちとなります。逆に謎を全て解かれると魔女幻想がなくなってしまう。では、仮に譲治が犯人だったとしましょう。譲治が南條を殺すと、第3のゲームで全ての謎が解かれ、魔女幻想が消えてしまう状態になるのか?です。連鎖密室が放置されてしまうので魔女幻想は消えていません。つまり、ベアトリーチェさんは別にトリックを全て解かれたから魔女で居られなくなった訳ではない訳です。では何故魔女の姿を彼女は失ったのか。それは、南條殺害の答えそのものが魔女の正体を語る事につながっているから、でしょう。仮にベアトリーチェさんが南條を殺したと語ると仮定します。当然魔女は人間だったと語る事になる訳ですから、自ら魔女を否定してしまう。結果、魔女の姿を失った。おそらく、この第2の論点を考慮する場合、ベアトリーチェさん以外が犯人では説明が不可能になります。彼女以外ありえない。………忘却の深遠って何もないのですね。お腹減ってきたんですけど……

・在島人数赤字の正体
探偵が魔女を目撃してるケース、そして南條殺し、これらの部分からスーツのベアトリーチェさんは盤上に人間としている、という仮説が構築できます。肉体的に人間、中身の人格は魔女。これはいわば私と同じ2重属性の人物というトリックでしょう。私は探偵ではありますが、真実の魔女でもあります。ですから、第6のゲームでは魔女という定義に触れないようにするために、招かれざる客人としての来訪者ですよ、と言ったわけです。人間として定義される言いまわしですね。しかし、そのような言いまわしを一切しないベアトリーチェさんのゲーム盤では、ベアトという駒は「18人以上の人間は存在しない」と赤字宣言した場合に、盤上には普通にいるのに、赤字上はいないかのような錯覚が発生します。言葉遊びの類のトリックですね。18人以上の人間人格はいないが、18人以上の人格はいますよという、何とも分かって見ると馬鹿みたいなトリックですけども。しかしそこはベアトリーチェさんさすがと言っておきましょう。木の葉を隠すなら森の中という言葉がありますが、犯人ベアトリーチェを隠すなら幻想描写の中、という訳です。実は幻想描写は真犯人を隠蔽する目的で使用されていたのですね。

・ベアトリーチェという人物の存在理由とは
さて、では駒として盤上にいるベアトリーチェという人間は、一体何の目的でいるのでしょう。最初に第2のゲームの話でも触れたように、紗音さんと嘉音さんは恋で悩んでるわけです。ベアトリーチェさんは、じゃあ一体何なのか。ふーむ……恋の話は苦手なのに……いい年した魔女が恋がどうこうって、どうかと思いますよ私は。同一人物である彼らが恋で悩んでいるのならば、ベアトリーチェさんもそうなのでしょうか。仮説構築。手掛かりは第5のゲームでしょうか。「ベアトは、あなたに解いて欲しいと願って、解けるようにこのゲームを、……この物語の謎を生み出しました。」 このような赤字が出ています。ふむ。ミステリーで解くべきはフーダニット、ハウダニット、そしてホワイダニット。王道ミステリーの典型としては、トリックを暴くとそれを実行可能な人物が絞り込まれるケースが多いですね。このトリックを実行可能なのはあなただ!のような感じでフーダニットが特定されます。となると典型的なミステリーでは最後に犯人が動機を自白する訳ですが、ベアトリーチェさんのゲーム盤のトリックである「嘘」これと犯人ベアトリーチェ、もしくは紗音さん、嘉音さん、これが特定されると、最後にホワイダニットが残るわけですが……あっ!!

・暗号トリック
ホワイダニットがフーダニットとハウダニットから連想される仕掛けか!!

第4のゲームにおけるバルコニーのベアトリーチェさんの態度は妙でした。戦人さんに何か罪があるかのような言いまわしをしていましたが、これは第6のゲームまでの情報を考慮すると、昔紗音さんとかわした約束の事のようです。ベアトリーチェさんは第5のゲームにおいて、戦人さんに「そなたの約束などもう2度と信じぬぞ」と言っています。紗音さんとベアトリーチェさんがゲーム盤上で同一人物なのならば、ベアトリーチェさんは事件のトリックに嘘という要素を組み入れる事で戦人さんにメッセージを伝えているわけです。事件のトリックである嘘、犯人の正体紗音、もしくはベアトリーチェ、このフーダニットとハウダニットに至った結果、戦人さんにだけは昔の約束が連想される仕掛けになってる訳ですね。まさに特定の人に向けた暗号です。第5のゲームにおける戦人さんはこれに気付いた訳ですか。ベアトリーチェさんは紗音さんだった。そして昔交わした約束を事件のメッセージから思い出して欲しい。それが真相なのでしょう。おそらくは。連鎖密室は同一人物トリックを考慮しなければ恐らく解けないでしょう。おそらく連鎖密室で戦人さんは同一人物がいる事に気付いた。それが紗音さんと嘉音さんです。そしてこの両名が死亡した状態で南條が殺される。つまり、ベアトリーチェさんは連鎖密室で死亡しなかった人物。紗音はベアトリーチェだった。ここに気付いた時、戦人さんにはベアトリーチェさんに謝罪した。そして、ベアトリーチェさんは死んでいった。……別に涙ぐんでないですよ。

・事件の本質と恋
一つ明確に確定させなければいけない部分があります。それは「なぜベアトリーチェさんは約束を思い出してほしいのか」です。ゲーム盤を見る限りでは紗音さんは明確に譲治を選んでいます。戦人さんの事は過去だと。今は譲治だけを愛すると。ではベアトリーチェさんは何故……ベアトリーチェさんは、戦人に恋をしている……?そういえば第6のゲームにおいて、最後の結婚式のときにベアトリーチェさんはこんなセリフを言っています。「あなたと一緒になりたくて生み出した物語。だからこの世界の目的は果たされました。だからこれからはあなたが紡いでください。私とあなたのこれからの物語を」戦人さんと結ばれたくて、ゲーム盤の世界を作りましたよ、というセリフです。これは……彼らの恋の葛藤にベアトリーチェさんも加わる訳ですか。ん?嘉音さんは86年の時点で恋がスタートしているようには見えません。私は紗音さんが譲治と結婚する可能性が高いと思って物語を見ていましたが、86年に戦人さんが帰って来たとなると、ベアトリーチェさんの恋心とバッティングしてしまうのではないですか?碑文と碑文殺人……ルーレット……うーん。恋の話は苦手です。86年の事件の本質は実は全く殺人事件とは関係ない部分にあるのでしょうか。

・事件とルーレット
殺人が起こると言っても、結局はゲーム盤の駒が殺されるにすぎません。駒はあくまでも駒であり、プレイヤーの指し手によって運命が決まります。言わばチェスのようなものです。だとするならば、何故殺されるのかではなく、なぜこのような物語をゲームマスターは語るのか、が論点になりますね。それは約束を戦人さんに思い出してほしいから。しかし、ベアトリーチェさんは自分の意思でその事件部分を中断する設定を組み込んでいます。碑文が解かれたら事件を中断する。つまり、戦人さんが約束を思い出す可能性を潰す。そうなると一番有利になるのは、元々恋が成立している紗音さんです。碑文と碑文殺人とは……ルーレットの目、なのでしょうか。少し気持ち落ち着いてきました。これまでの事を考えると、ベアトリーチェのゲーム盤は、殺人事件という皮を被ったラブレターのようなものだった訳ですね。事件の真相に至ると、約束に行きつく。だから、約束を思い出せなかった第4のゲームであれだけ失望していた訳ですか。そしておそらく、事件の本質は戦人さんが描いた恋の試練にあるのでしょう。愛する資格は男女がひと組である事。愛する人は一人である事。紗音さんとベアトリーチェさんは肉体的に一人です。譲治と戦人を両方選ぶことはできません。だから、その決着を86年につけようとした。それが86年の物語なのでしょう。

約束を思い出してもらうための碑文殺人。そして約束を思い出す可能性を潰す碑文の謎。これは実質、戦人さんを選ぶのか、譲治を選ぶのかという事です。それを自分の意思ではなく、乱数発生機に決めてもらうための事件。魔女の手紙には、碑文が解かれると今まで回収した利子を返却するという一文があります。おそらく、あれが狂言殺人を示唆してるのでしょうね。殺した命は実際に殺害すると返却などできません。それが可能なのは、狂言殺人、だという事です。事件の目的が恋の決着にあるのならば、なおさらでしょう。まぁ最後の爆弾による皆殺しだけは本気でしょうが。

それにしても、当初私はベアトリーチェさんの事件のトリックが口裏合わせだと知った時、馬鹿みたいなトリックだと思ったわけですが、今は全くそうは思いません。そこで思考停止するように仕向けられた一種の罠のような気もしますが、むしろその口裏合わせの先こそが、本当の彼女のミステリーの真相だったのですね。

・嘉音の死体
一つ気になる事があるのですが、何故嘉音さんは死体が消えるケースが多いのでしょう。第2のゲームと第4のゲームにおける死体消失。おそらく第3のゲームにおいても後半、戦人さん達が譲治と寄りそうように死んでるフリをしていた紗音さんを目撃していますから、礼拝堂には嘉音さんはいないはずです。同一人物説を前提に置く場合、紗音さんの死体が消え、嘉音さんの死体が残る逆のケースでも問題がないはずです。しかし必ず嘉音さんの死体が消える。これは何故なのでしょう。偶然そうなっただけなのか、それとも意図的にそうしているのか。深読みをすれば嘉音という存在は盤上には人格として存在するけども、幻想である、のような考え方もできそうではあります。

・嘉音朱志香ルートの存在
一つ気になるのは恋愛を物語の核に置いた場合に、86年の事件には嘉音朱志香ルート、というのが存在しないのです。これが腑に落ちない。まるで最初から存在しない人物のような扱いを受けている印象があります。86年の事件の根幹は第5のゲームにおいて説明が提示されています。碑文と碑文殺人。これが核であり、譲治と戦人の選択です。朱志香ルートが除外されているのです。これが不思議なのです。私が思いつかないだけで、解釈の方法によっては朱志香ルートもあり得るのでしょうか。そもそも紗音さん達の肉体性別はどちらなのか。おそらく女だろうとは思いますが、男である可能性は否定不能です。嘉音さんがベアトリーチェさんのゲーム盤で恋を諦めてる様子から察して、肉体は女なのかな、とは思いますが、これは根拠がありません。嘉音さんについては、ベアトリーチェさんのゲーム盤においてミステリー的な手掛かりが存在しません。完全に推理不能と言っていいでしょう。伏線の存在しない推理は妄想と同じ。価値がありません。しかし、恋愛が事件の核であるならば、嘉音さんについては推理可能でなければおかしい。ルーレットの目という視点から否定は可能ですが、しかし根拠として絶対的な価値を持つものではありません。くっ、あの魔女め……

・同一人物トリック
そもそも彼らの同一人物トリックというのは解明しなければいけない要素というのが大きく2つ存在します。それは、探偵の主観でどういう認識をされているのか。そして、そもそも登場人物全員が彼らを別人と思っているのは何故なのか。紗音さん達3人が同一人物なのはトリック的に見て間違いないでしょう。しかし、同一人物にそもそも見えませんよ私は。私が第5のゲームにおいて探偵権限を持っているにも関わらず、同一人物と見抜けなかった。明らかに別人に見えていた訳です。探偵である私に。そしておそらく第4のゲームまで探偵であった戦人さんも同じでしょう。彼らが同一人物なのだと気付いたのは、連鎖密室と南條殺しを解いた結果、論理的に導き出した思考の結果であって、見た目で判別していたのではありません。探偵は主観を偽れない。なのに彼らが別人に見える。この一種のファンタジーがベアトリーチェさんのゲーム盤では発生しています。結論だけ数式的に見れば、「ゲーム盤の世界では探偵も彼らを同一人物だと見抜けない」という絶対的な価値観、あるいは設定がある訳です。

まず、彼らの同一人物トリックは探偵の主観部分、それ以外の嘘の朗読が可能な部分で区分けをします。後者はそもそも思考するに値しないため無視して考えます。全てのミステリーのゲーム盤において、探偵は紗音さんと嘉音さんを同時に目撃していません。つまり、探偵が彼らを明確に別人だと否定可能な根拠はありません。よって同一人物説は仮説として構築可能です。この問題をクリアしたとしても、作中人物が彼らの変装を誰も見破れないのは何故なのかという問題が残ります。一つの仮説として、「そもそもバレてないのではなく、バレている。親族や使用人のみんなが口裏合わせてあげてるだけ」というようなものがありますが、これは否定可能です。使用人は口裏を合わせてもらえるでしょう。蔵臼や夏妃は配置が微妙ですが、まぁ可能かもしれない。しかし朱志香だけは絶対に通用しないはずです。長年右代宮家にいて嘉音と紗音に常に接してる存在でありながら、紗音は譲治と朱志香は嘉音に恋をしてる訳です。朱志香が口裏を合わせるとなると、同一人物だと知っていながら紗音を応援していたという無茶苦茶な物語になります。つまり朱志香という駒は「口裏合わせによって同一人物トリックが成立している」という解法を否定しているのです。なのでこれは違う。探偵を含めた全ての人物が彼らを別人と認識している論理的な理由。その説明が同一人物説を構築するには必須になります。

・同一人物トリック仮説構築開始
探偵は主観を偽れない。という事は一つの可能性として、そもそも探偵が彼らを別人として認識するのがそもそも正しいのだ、という方向です。彼らは肉体的に同一人物ではあっても、人格を主体に置く場合には彼らのパーソナリティというのは個別に存在するのでしょう。本来の現実世界においては人は見た目で判断されます。しかし、あの世界ではパーソナリティで判断されている可能性がある。それはハッキリ言ってファンタジーです。そんな事は現実であり得ない。そんな現実ではありえないファンタジーが発生した時点で、疑うべきは2パターン。そもそもこの物語はミステリーではなくファンタジーだった。そして、ゲーム盤世界そのものが創作世界であり、上層に本当の現実世界が存在するというパターン。創作世界でファンタジーが発生しても全く問題ありません。ゲーム盤単体ではファンタジーでしょうが、上層を含めてみた場合に限り、ミステリーになる訳です。このどちらかでしょうが、しかし今の私はミステリーでベアトリーチェさんのゲームに挑んでいます。選択するべきは後者なのでしょう。上層ですか。私のいる階層よりもさらに上、観劇の階層でしょうか。こんな事を言い出すのはどうかとも思いますが、そもそも赤字システムというのは、「音声を赤いと認識している」という強烈なファンタジーが前提にあります。このファンタジーをミステリーで思考するには、方法は一つしかないわけです。そう。文章の世界、だと。人は言葉を色で判別などできません。それができるのはセリフを色文字で書いた場合のみです。

結局私も執筆される存在、という事ですか。ゲーム盤上で嘉音さんは存在したのだとしても、もしかすると私の認識外である上層世界の観劇の階層においては、もしかすると存在しない、のかもしれませんね。これは明確に確定不能ですし、観劇の階層の事は分かりません。しかし、そこの執筆者の思惑が反映されている可能性があります。観劇の階層に嘉音さんは存在しない。だから死体が常に消え、幻想であると示唆される。ルーレットの朱志香ルートも観劇の階層で存在しないため、下層であるゲーム盤世界でも存在しない。

・ヱリカノート
このような根拠が曖昧な推理は私は推理と呼びません。これは妄想と断ぜられるべき思考結果です。仮説としてはありえても、根拠が存在しない限り、これは推理ではありません。しかし……まぁ仮説Aとしてメモしておきますか。ヱリカノートに。推理とは実は文章を書く作業によって進む事が多いのですよ。人の脳は同時に複数の事を処理できません。なので、思考は文章でまとめ、頭脳は推理のみに使用します。推理と情報のまとめをどっちも脳でやろうとすると、大抵はいい結果が生まれないものです。それがこのヱリカノ~ト~じゃじゃーん!(見せびらかしてる)

・我が主大好き
以前我が主が言っていたのですが、ベアトリーチェさんが流したメッセージボトル。あれが後世の世で話題になってるそうですが、あのカケラを見つけるのに我が主はかなり苦労したと言っていましたよ。私はあのメッセージボトルが拾われる確率というのは結構高かったんだろうな、くらいにしか思ってませんでしたが、我が主によるとカケラ世界にたった一つしか存在しないそうですよ。それを我が主は見つけて、奇跡に昇華させたんだそうで。素敵な話ですよね。だから私は我が主が大好きなんです。ただのツンデレですからね。我が主。

・忘却の深遠からの帰還
さて。実は忘却の深遠でお腹をすかせていたら、我が主のお迎えの猫が来まして。戦人さんが最後のゲーム盤を開催していたんですよね。ちょうどいい機会なので、ベアトリーチェ犯人説を直接ぶつけさせていただきました。正直な話、まだ推理の途中な部分もあるので、もう少し忘却の深遠で思考を楽しみたかった気がしますが、まぁ南條殺しと同じような論法で第5のゲームの電話の話をされたときは吹き出しそうになりました。私がガチ推理を始めた時点で、そんな部分で悩む訳がないでしょう。解けて当たり前ですあんなものは。ミステリーはパズルなんですから。何はともあれ、再度悪役として活躍したわけですが、まぁ綺麗に物語も幕を閉じ、私は駒としての役割も終わった訳です。やっと純粋な探偵に戻れます。

・8つの観劇の階層のカケラ
実は忘却の深遠でずっと思考していた部分をフェザリーヌ様が観劇していたようなのです。それで私に一つ嬉しいプレゼントを下さいました。8つの観劇の階層のカケラ、です。フェザリーヌ様がおっしゃるには、私が本来は認識できない階層も含めた壮大なミステリーなんだそうで。私がずっと考えていたゲーム盤世界の謎なんてものは、謎のほんの一部にすぎないのだそうです。面白いじゃないですか。へぇ~。観劇の階層から見る物語とはどのようなものなんでしょう。凄く興味があります。謎がどうこうという以前に、どういう物語なのか。まずは純粋な読者として、楽しませてもらいましょうか!ふふふ。このワクワク感が私は大好きなんです。どんな物語が、謎が提示されるのか。お手並み拝見しますよ。

・とりあえず見終わりました
一通りカケラを見終わった訳ですが、まず一言言わせてください。長いです。全てのカケラを見終わるのに100時間近くかかりましたよ。この長さはミステリーとして異常です長すぎます。そして、カケラに仕込まれている謎の数が尋常じゃない。ベアトリーチェさんのゲーム盤の謎なんて、本当にフェザリーヌ様がおっしゃる通り、ほんの一部だったのですね。

・読者VS作者
カケラの最後を見終わって私は思いました。これは典型的ミステリーにおける、「探偵がすべての手掛かりを手にした状態」で終わっている物語だと。通常ここから探偵の独演会が始まる訳ですが、このカケラは、その手前で終わらせているという訳です。つまりは……解けるもんなら解いてみろ、手掛かりは全て提示した。これはお前と俺のガチンコ勝負だ、という出題者の挑戦状だという事です。手掛かりを提示しておいて、まさかこの探偵古戸ヱリカに真相特定が不可能だと思っているのですか。あっはっはっは。これはこれは。とても自信がおありのようで。実に結構!グッドです!!全力で殺しに行きますから覚悟してくださいね。どこのどなたか存じませんが、このカケラを紡いだ観劇の階層の執筆者さん。

・反撃開始
あまり舐められるのは好きではないので、一つあなたが戦慄するお話をしましょうか。出題者さん。六軒島の惨劇の真相はカケラの中で明示されませんでしたが、第7のゲームで我が主が語った惨劇の物語。あれが猫箱の中身です。断定というほど確定情報ではありませんが、数学的に導ける論理的思考の帰結として、そういう結論がでます。

隠しとおせたつもりでしたか?

あなたが手掛かりを配置する義務を負う限り、推理は絶対に可能なのです。そして、あの猫箱の中身に関する手掛かりの配置は多すぎる。多すぎます。過剰配置と言ってもいいでしょう。

連鎖情報A 
絵羽が現実世界で九羽鳥庵で見つかっていますね。という事は論点として、絵羽はどういうルートで九羽鳥庵に行ったのかが問題になる訳ですが、作中に提示された手掛かりは「地下貴賓室に地下道に通じる通路がある」と「楼座が幼少期に偶然たどり着いた」の二つです。後者は偶然であり、作中で楼座自身が「もう一度辿りつけるとは思えない」と発言していますから、解法としてありえません。よって、地下貴賓室を通る事になる訳ですが、これは碑文が解かれていた事を示唆する重要な伏線です。実際の六軒島で碑文が解かれていた可能性がある。これはあの惨劇の物語と合致しますね。まずこれを連鎖情報Aとします。連鎖情報構築は数が多いほどいい。これが多ければ多いほど、真相は限定されて行きます。

連鎖情報B
絵羽が現実世界で生き残っている。仮に絵羽が惨劇の犯人だとしましょう。何故家族である譲治と秀吉が生き残っていないのか。絵羽が主犯の場合、彼女が譲治と秀吉を殺す事などあり得ないのに、生き残っていない。つまりは絵羽以外の人物が殺害した可能性が出てきます。だから絵羽だけが生き残っている。これが連鎖情報Bです。

連鎖情報C
連鎖情報C。これは、絵羽が縁寿にかたくなに猫箱の中身を教えようとしない事です。ここから推測できるのは「悪意によって教えない」と「縁寿が悲しむ真相だから、意図的に隠している」ですが、戦人さんの最後のゲーム盤を見る限りでは後者でしょう。

連鎖情報D
連鎖情報Dはちょっと微妙な情報ではありますが、最後に登場した戦人さんの別人さん。十八さんですか?彼は縁寿さんに「私達は潜水艦基地の方に逃げました」と言っていますね。私達。複数形です。戦人さんは誰かと逃げていた。これは状況から推測できるのはベアトリーチェさんでしょう。彼女は霧江さんに撃たれますがあの場面死亡したとは書かれずに「魔女は口からどろりと血をこぼし」としか書かれていません。さらに彼らの銃の照準が狂っているという情報も出てきます。さらに絵羽が気絶から気が付く場面、死体の描写がされますが「傍らには愛する夫の屍。蔵臼夫婦の屍に楼座の屍。死屍が累々と横たわる死の部屋だった」とあり、ベアトリーチェさんの死体だけが見事に描写されていません。まぁよくもここまでキッチリ手掛かりを配置するもので。親切ですか。つまり十八さんはヤスさんと逃げていた。これは我が主が語った惨劇の物語の後に起こった出来事なのでしょう。地下道に逃れ、ボートで逃げた。

連鎖情報E
連鎖情報Eは最後のゲーム盤での戦人さんのセリフですね。キリが無いので具体的に挙げませんが、惨劇の中身が留弗夫と霧江だと示唆するようなセリフがかなりあります。

作中で提示された手掛かりA~Eが示すもの、それは第7のゲームで我が主が語った惨劇の物語です。全ての手掛かりがアレを指し示してしている。これは確定情報と言うほどの根拠ではありませんが、まぁ推理として導けるのはあの惨劇の物語だけだという事です。どんなに真相を隠蔽しようと。手掛かりを配置するミステリーにおいて、探偵の目から真相を隠す事などできません。私の対魔法抵抗力はエンドレスナインどころじゃありませんからね。100%です。パーフェクトなんです。いきなり物語の真相を特定されてどんな気持ち?どんな気持ち?あーはははは!グッドです。実に楽しい。これほど愉快なミステリーは久々な気がしますね。知的好奇心が疼きます。真相を徹底的に暴いてあげますよ。出題者さん。

・本当の探偵の姿
ふと色々と考え込んでしまったのですが、このような物語に挑む事はとても楽しいですし、知的好奇心がそそられる訳ですけど、探偵が事件に挑み推理をするというのは、少々誤解があるように私は思います。多くの物語の探偵はトリックや犯人を華麗に暴き真相を特定しますね。これは実は一種のファンタジーなのです。現実の探偵にそんな事はありえません。あくまでも現実の探偵の推理は、言ってしまえば「推測」なのであって、どんなに根拠を固めようが間違っている可能性を否定できません。そのような状態で果たして自信満々に犯人はあなたです、と語るような探偵がいるでしょうか。もしかすると探偵の勘違いで、犯人ではないのかもしれないのですよ?冤罪を発生させる危険性を常に探偵は心配します。なので推理の過程で必死に根拠を構築し、悩みに悩みぬき、やっと自分が信じられる仮説を構築する。それが本来の探偵の姿なのです。その推理は探偵にとって確信があるでしょうが、悪魔の証明により、それが本当に当たっているのかどうかは判別不能です。この絶対の真理から探偵は目をそむけてはなりません。

さて、このような読者への挑戦状を叩きつける作品は、最終的に推理が当たっているのかどうかの確定ができません。出題者が答えを明かすまで、それは常に不正解の可能性が存在します。では、それでも探偵が挑戦するのは何故なのか。それは、今までの私の推理の仕方で分かる通り、「手掛かりによって特定可能に出題されてると信じるから」なのです。悪魔の証明により確かに確定不能でしょう。しかし、それでも論理的な思考の帰結として特定可能。そう信じる心の強さがあるからなのです。ミステリーなのだと信じる。解ける物語なのだと信じる。それが探偵に絶対に必要な精神なのです。

・推理の4段階
推理には大きく分けて4つの段階が存在します。他の探偵がどのような思考をしているのか分かりませんが、私にとって推理とは第一段階から出発し、第4段階まで生き残った仮説の事を指します。

第1段階
第1段階。これは出題者の出題に対して解法を考え始める初期段階ですね。推理を弓と的に例えるなら、暗闇の的にむかって矢を放ち始めた段階です。この段階は無限の想像をしなければなりません。根拠に基づく、基づかないに関係なく思いつく仮説を好き勝手に考えて大いに結構。

第2段階
第2段階においては暗闇の的に向かって大量の矢を放つ段階ですね。推理を量産します。これは自説に限らず、他者の推理を参考にするのも有効でしょう。このカケラの物語においてはこの第2段階に放たれた大量の矢が存在しますね。ロジックエラーの密室なんかそうでしょう。第2段階においては無限の想像、矢が実に有効なのです。

第3段階
第3段階は絞り込みをかける段階です。暗闇の的に向かって放った矢で、もしかすると的にかすったものが存在するかもしれません。大量に生みだした仮説を伏線に基づいて優劣を付けていく段階です。

第4段階
第4段階。絞り込みをかけて生き残った仮説を最終結論とし、暗闇の的に向かって結論の矢を放つ段階ですね。私にとって推理とはこの第4段階まで生き残った仮説の事を言います。

推理対象によっては第2段階までしか進めないものが存在しますが、そういったものは、そもそも出題者が解いて欲しい本質部分ではない可能性が非常に高い。放置するべき部分という事です。推理不能な要素は推理不能と切り捨てる勇気も探偵には必要です。例えば、ベアトリーチェさんの礼拝堂の密室がありますね。あそこはベアトリーチェさんが施錠に関する部分を論点にしていましたが、我々から見て、あの礼拝堂の密室は気になる部分が非常に多いわけです。実際の犯行手順、凶器は何なのか、どういう状況でどういう風に殺したのか、睡眠薬を食事にもったのか。このような部分はバッサリ推理不能と切り捨てるべきだと私は思います。こんな部分は伏線がないので推理不能です。それはベアトエリーチェさんの目的が「戦人に約束を思い出して欲しい」が根幹にあるからであり、彼女は事件のメッセージである嘘に気付いてほしい。だから嘘が核になる施錠を論点にする訳です。逆に考えるのならば、その他の部分なんかどうでもいい訳です。出題者にとって。よって、一見推理不能に見える部分はそもそも推理の必要がない、となる訳です。推理の意味がない。