・出題者の本気
さて、いよいよベアトリーチェさんのゲームも最後ですね。第4のゲームです。第4のゲームは色々と考えるべき謎の物量が多すぎて、出題者が探偵を本気で殺しに来てるのが分かります。分かりますが……全部の謎を解く!!それがこの探偵古戸ヱリカです!!全力で行きますよベアトリーチェさん!!

・ゲストハウスに引きこもる無能探偵
第4のゲームは探偵さんがずっとゲストハウスに閉じこもってしまっていて、客観的な真実が非常に分かりにくいですね。さすが無能な戦人さん!別にベアトリーチェさんじゃなくても、私が罵倒ならいくらでもしてあげますよ。主観を保証された探偵がゲストハウスで引きこもるなんてこの無能ッ!!しょうがないのでせめて戦人さんが確認した客観的な事実から考えましょうか。まったくあの人は何を考えているんだか。

・魔法観測の複数証言
ゲストハウスに郷田さんと熊沢さんがいらっしゃいますね。金蔵さんが魔法によって皆殺しを始めたとか言い出して。金蔵さんは何度も言いますがゲーム開始前に死亡しています。目撃不可能。それを目撃したと主張する時点で嘘という事です。さて、郷田さんと熊沢さんは嘘をおっしゃるのはそれはそれで結構ですけど、その内容に「魔法」というものがありますね。これは奇妙です。金蔵さんが殺人をやった、ではなく、魔法で殺し始めた。このような主張は他の方もおっしゃいます。電話をかけてきた霧江さんですが、戦人さんに金色の糸のようなものに襲われるとおっしゃってましたね。魔法なんて存在しません。それを主張した時点で嘘ですが、複数の人間が魔法を主張する。それを探偵が確認しています。あっはっは!これはこれは。真相をあっさりとばらしてしまって皆さん馬鹿も極まると滑稽を通り越して哀れですよ。魔法という共通認識を持って嘘をおっしゃる。それは狂言殺人だと言う事です。みなさん演技をしておられます。そう。第4のゲームのポイントは狂言殺人なのですね。探偵である戦人さん、彼を狂言というお芝居で騙してやろうというような趣旨でみなさん魔法を主張し、殺人が起こったうんぬんと騒いでいるのですが、この裏で真犯人ベアトリーチェさんは本当に殺害を実行しています。つまりですね、非常にややこしい話ですが「狂言殺人」と「本当の殺人」が同時進行してるゲームなのですね。これはハッキリ言います。犯人さん物凄く大変ですよ!!

・第4のゲームの実行難易度の恐るべき高さ
ちょっと非常にまじめな話をしますけども、この狂言殺人を前提にしているゲーム盤では3つの視点で物語を見なければいけません。まず推理をする側である探偵サイド。戦人さんですね。そして殺人を犯す犯人サイド。ベアトリーチェさんと殺人の共犯者さんです。狂言殺人が絡むゲーム盤ではここに新たに「純粋な狂言だと思って参加してるグループ」というのが加わります。これは真犯人ベアトリーチェさんの殺人に協力しているのではないのです。あくまでも人が死なないお芝居に協力してるのです。殺人と一切関係がありません。真犯人ベアトリーチェさんは表向き狂言に参加してくれる人達の裏で実際に殺人を犯して行く訳で、要はですね、真犯人は探偵サイドと狂言参加サイド両方を騙さないといけないのです。考えてもみてください。蔵臼さんゲストハウスに電話なさいますね。金蔵さんに閉じ込められたとか言って。あの蔵臼さんに朱志香が本当に殺された事実が伝わるとどうなると思います?当然ですが蔵臼さん狂言どころの話ではなくなります。狂言のつもりだったのに実際に殺人が起こっている。娘を殺したのは一体誰だ!!そう騒ぎだすでしょう。こういう事態が発生するとですね、探偵サイドが何もしていないのに、勝手に狂言である事が判明してしまいます。

勝手に真相がバレるミステリーほど馬鹿馬鹿しいものはありませんよ。そういう事情があるので、ベアトリーチェさんは狂言参加者に殺害がバレないように事件を進行させなくてはなりません。時間が長引けば長引くほど殺人が発覚するリスクは高くなっていくでしょう。例えばですね、第一の晩で食堂で6名殺しますね。つまりはもうベアトリーチェさんにとっては食堂を狂言参加者に覗かれただけでもうアウトの訳です。終了です。あとは「誰が殺したんだ狂言のはずなのに!」戦人さん「な、なんだってー!狂言だったのかー!!」の必殺コンボが来ます。だから、この第4のゲームは事件が4日の22時から24時までという、非常に短時間で終わっているのですね。早技殺人でなんとか切り抜けたベアトリーチェさんの手際は、正直素直に凄いと思いますよ私。綱渡りもいい所じゃないですかこれ。

・今回の魔女の手紙は金蔵さんが真里亞さんに渡したらしいです
真犯人サイドですがベアトリーチェさんは例の如く手紙を出しましたね。魔女の手紙です。今回不思議なのはこの手紙を楼座さんがこういう風に証言してるのです。「真里亞が手紙はお父様にもらったというのよ」金蔵さんは死んでますので、渡せません。あの手紙はベアトリーチェさんが犯人として出しますので、まぁベアトリーチェさんが「金蔵から真里亞にだ」とでも言って渡した結果、真里亞さんがこのような事を言ったのかな、とは思いますが、まぁそんな感じでしょう。

・殺害担当の共犯者特定
問題は共犯者なのですが、幻想描写はほとんど嘘ですけども、流れとして完全に無視していいのかは疑問があります。つまり、朱志香と譲治などの同時進行で殺害されているような描写は、そのまま犯人サイドが別々に殺しているのではないか?という事です。つまり、殺害を担当している共犯者が誰なのか、という部分ですが、手掛かりが少なすぎて特定できません。多少推測が混じってしまうのが非常に悔しい限りですが、それでも絞り込みをしましょう。事件の中で死体をよく見ると、2種類の死体がありますね。顔を吹っ飛ばしている死体と、ただ穴があいているだけの死体です。真犯人ベアトリーチェさんですが、最後紗音さんが井戸の近くで顔を吹っ飛ばされた状態で見つかりますね。という事は最後にベアトリーチェさんが自殺する際に使った銃は顔を吹っ飛ばすタイプだったという事になります。つまりは、可能性として顔が吹っ飛んでいる死体はベアトリーチェが担当してる可能性があります。では穴があいている死体は何なのか。もちろんベアトリーチェさんが違う凶器で殺してるだけなのかもしれませんが、そう考えると絞り込み要素が完全になくなりますので、仮説として、穴があいてる死体は共犯者が担当している、と考えましょう。注目は朱志香と譲治です。朱志香は顔を吹っ飛ばされている。という事はベアトリーチェさん担当でしょう。譲治は穴があいているだけ。顔は無事です。という事は共犯者さん担当でしょうか。共犯として譲治を絶対に殺害不可能な人物。それは絵羽と秀吉でしょう。そもそも子供の親が殺人を担当すると考えると、自分の子供も殺される可能性が否定できなくなります。結果裏切りのリスクが出てきます。つまり子供の親が殺人の共犯である可能性は低いのではないでしょうか。

何だか確定推理ができないので非常に悔しいですが、第4のゲーム盤はそういうゲーム盤ですので、完全特定はさすがの私も無理です。倉庫で首つりをしていた郷田さんと熊沢さんですが、ロープに余裕がある状態で額を撃たれて死んでいましたね。つまりは狂言のお芝居として首つり死体を演じていたら、真犯人に本当に殺された、という状態でしょう。彼らは第一の晩の後ゲストハウスに行き、その後探偵の監視下にありました。その後倉庫に閉じ込められる訳ですから共犯ではないでしょう。九羽鳥庵に閉じ込められた、と主張するグループは、あの方達は狂言の方の魔法殺人のお芝居担当なのであのグループに共犯者がいると、あのグループから抜け出す言い訳を考えなければならなくなります。そしてそのような伏線は存在しません。確実とは断言できませんが、彼らも違う可能性が高い。つまりは殺人の共犯者は最初の食堂で殺された6人の中にいる可能性がかなり高い訳です。夏妃、留弗夫、楼座、絵羽、秀吉、源次ですね。この中で子供の親ではない人物。源次ですね。可能性として一番高いのは源次が殺人の共犯として「穴があいてるだけの死体殺害担当」という事でしょう。手掛かりから、かろうじて構築可能な推理は私としてはこれが精一杯です。これ以上は無理です。ではこのような前提に基づいて考えて行きましょう。

【第一の晩 食堂での6人殺し】
第一の晩の食堂での6人殺しですが、金蔵さんが魔法で殺したというのはもういいですね。嘘です。ベアトリーチェさんと源次で留弗夫、絵羽、秀吉、楼座、夏妃の5名を殺害します。霧江達5人の九羽鳥庵にいたとされるメンバーは、この食堂の殺人の前にあらかじめどこか別の部屋に移動させられたのでしょう。狂言の方のお芝居担当として、殺害現場から引き離しておく必要があります。殺害が彼らにばれてはまずいですからね。

・ゲストハウスに逃げてきた郷田さんと熊沢さん
ゲストハウスにいらっしゃった郷田さんと熊沢さんはシナリオ通りに園芸倉庫へ隔離されます。蔵臼さんたちとそういう打ち合わせがあったのでしょう。この方達は狂言をやっているだけですからね。倉庫内で長めのロープで首つりの死んだふりをします。あとで「実は生きてました」とやるつもりなのでしょう。

【第二の晩 譲治・朱志香の殺害と園芸倉庫の熊沢、郷田の殺害】
さて、電話で呼び出された朱志香さんと譲治さんですが、ゲストハウスに朱志香さんは電話をなさってますね。相変わらず魔法を主張されますので、朱志香さんはどこかの時点で狂言に参加したはずなのです。おそらくは、電話で呼び出された時に狂言である事をバラされ、参加するように言われたのでしょう。朱志香さんは顔が吹っ飛んでますので、ベアトリーチェさんが担当したのだと思われます。譲治さんは穴があいているだけなので、源次さん担当でしょうか。正直な話、第4のゲームは「狂言だった。魔法なんて嘘だった」に気付けばいいだけで、その先の今私が考えているような部分は本来推理対象ではない気がするのですよね。推理する手掛かりが少ないのがどうも奇妙ですし。赤字も極端に少ないです。

正直殺害の順番もどういう順番で殺害しているのかよく分かりませんね。倉庫の熊沢さんと郷田さんは、どこかのタイミングで殺されたのでしょう。この倉庫の密室は解法が二つあります。郷田の死体から出てきた鍵は偽物であり、実際は犯人が本物の鍵を持っていたという鍵のすり替えトリック。もうひとつは、小窓から源次さんがライフルで、首つりを演じている二人を狙い撃ちするという物ですが、どちらも色々と問題があります。前者の場合、そもそも偽プレートに騙されずに、戦人が本物の鍵なのかどうか、鍵穴に入れて確かめた場合はどうするのか、郷田に鍵を渡さず、戦人がゲストハウスに鍵を持ちかえってしまったらどうするのか、そういう問題があります。後者の場合は小窓から二人を狙い撃ちするのは可能なのかどうか、一応地の文で「銃撃は可能」と出ていますので可能ではあるのでしょうが、それにしたって曲芸のような方法になりますね。このどっちかでしょう。ぶっちゃけどっちでもよろしい。人気の説は鍵のすり替えでしょうか。

【第四・五・六・七・八の晩 南條、蔵臼、紗音、嘉音、霧江の殺害】
さて、続いて第四・五・六・七・八の晩の南條、蔵臼、紗音、嘉音、霧江の殺害ですが、やっと赤字が出ましたね。「嘉音は死亡している。霧江たち5人の中で、一番最初に死亡した。つまりは、9人目の犠牲者と言うわけだ。」嘉音さんは9番目です。最初の食堂で5人、次に朱志香と譲治で合計7人。あと一人殺した次に嘉音さんが死亡です。この辺はもうわかりませんね。郷田、熊沢、譲治、朱志香、この辺の人物の殺害の合間に嘉音を組み込めば成立しますが、特定不能です。このゲーム盤で杭がささっていない方というのが存在しますね。例えば南條ですが、屋敷の裏手で死んでいたこの南條は、杭がそばに落ちてただけでささっていません。かと思えば蔵臼さんはささっている。これは出題者の情報提示でしょう。今までのゲーム盤では杭のささっている箇所で第~の晩という判別ができました。しかし南條にはささっていないという事は、「実際の殺害順序と幻想描写が異なる事の示唆」なのでしょう。南條は第四・五・六・七・八の晩のどれかという事になっていますが、実際は第9の晩に相当するのかもしれません。郷田と熊沢の殺害を譲治朱志香殺しの前後に組み込む事で、順番がずれていく訳ですからね。その辺の事情と関連性があるのでしょう。

霧江さんは穴があいているだけの死体なので源次さん担当と考えます。ゲストハウスに例の金色の糸がうんぬんという狂言を演じてる最中に、源次さんが銃で殺害です。南條と蔵臼は頭が吹っ飛んでますからベアトリーチェ担当。屋敷の裏手で殺します。紗音はよくわかりませんね。どこかのタイミングで人格を殺したのか、それとも最後にベアトリーチェが自殺する際に同時に死んだのか。どっちかでしょう。共犯者の源次さんですが、最終的に食堂で戦人さんが死体を確認されてますね。頭部半壊だそうですから、これもベアトリーチェ担当でしょう。あらかた殺し終わった後に、共犯者の源次は用済みになりましたので殺しました。まるで人をゴミのように殺して回りますねベアトリーチェさんは!!

【真里亞の殺害と犯人の自殺】
真里亞さんは毒殺でしょう。この後バルコニーで戦人さんと約束に関するやりとりをし、最後にベアトリーチェさんは井戸で自殺します。これは第2のゲームの夏妃の部屋の密室と同じトリックで凶器を処分してますね。おもりを井戸の中に垂らして、それを銃に繋げて発砲します。井戸に銃が落ち、凶器が消える訳ですね。

事件部分を推理してみましたけども、正直ですねここまで推理する必要はないのだと思いますよ。狂言だった。魔法なんか無かった。そういう「嘘」という要素に気付くためのベアトリーチェさんのゲーム盤の総仕上げなんでしょうし。嘘に気付けばOKみたいな事だと思います。

・当主テスト
さて、第4のゲームでは当主テストというものが出てきましたね。「以下の2つを得るために1つを捨てよ。1.自分の命、2.(愛する者の)命、3.それ以外の全員の命」これは私は戦人さんにだけしか出題されていないと推理します。朱志香さんと譲治さんは幻想描写の中では出題されていましたが、実際に犯人が殺人を行うミステリーの物語の中で、仮に「自分が生き残る」という選択をした者が現れた場合犯人はどういう判断をするのか、という問題が出てくるからです。ベアトリーチェさんの事件は戦人さんへの約束の確認が核です。その奇跡が達成されない場合は爆弾によって皆殺しというリスクを設定しています。このリスクは第2のゲームでも推理した通り、奇跡を叶えるためのリスク設定ですから事件で必須です。生き残るという選択をされても非常に困ります。つまりは、実際には出題どころかいきなり殺害されている可能性が高いのではないでしょうか。実際には戦人さんにしか出題されてないのでしょう。これは我々探偵へのミスリードでしょう。我々はこれを見て「どれを選択するのか」という部分に視点が行きますが、実際のベアトリーチェさんの目的は「愛する者」の所に戦人さんが誰の名前を入れるのかというのが最大の論点なのでしょう。仮に戦人さんに既に彼女がいたりすると、もうベアトリーチェさんとしては事件を起こす意味が完全になくなります。愛する者が誰なのか。これは絶対に確認したいはずです。しかしですね、戦人さんにだけ「誰が好きなの?」と聞いてしまうとあまりにヒントとして直接的すぎます。だから、こういう手段で本当の意図を隠蔽してるのでしょう。しかし、まぁ何とも空気のよめない男ですね。戦人さんふざけてベアトリーチェと答えました。これイラッときますよね。ベアトリーチェさんあそこでマジ切れしなかったのが不思議です。何とか耐えました!

・探偵が魔女を観測
バルコニーで戦人さんが目撃したベアトリーチェですが、探偵が主観で確認しています。第一のゲームの最後と同様ですね。つまり、ゲーム盤に魔女が普通にいる可能性が探偵の客観的視点で保障された訳です。誤認の可能性がありますが、南條殺しの部分の推理なども考えると、いる、というのが妥当でしょう。

・右代宮戦人の罪とは
さて、ベアトリーチェさんは戦人さんに約束を確認しますが、覚えていませんでしたね。右代宮戦人の罪という赤字がありますが、非常に重要なのは厳密に言うとこの罪というのは「約束を破った事」ではありません。第7のゲームでクレルが言いますけども、「それを覚えてすらいなかった事」なのですね。つまり思いだした場合はセーフなんです。ベアトリーチェさんは約束を思いだしてもらうためのメッセージをこれまでのゲームに込めてきました。事件の嘘、犯人の正体、ここからホワイダニットに至って欲しい。約束を思いだして欲しい。それが目的だったのですね。しかし戦人さんは約束を覚えていなかった。失望したベアトリーチェさんはやる気を完全に無くします。今まで事件に込めたメッセージに気付きすらしなかった。この原因は戦人さんがベアトリーチェさんの事件を私のような「ミステリー」として考えていないためです。

・アンチファンタジー的推理法
彼はアンチファンタジーとして挑んでしまった。アンチファンタジー。魔女を否定する理屈なら何でもアリという最悪の思考です。彼が第4のゲームの最後で無茶苦茶な推理を連発しましたね。小型爆弾うんぬん。未知のトラップX。未知の人物X。事件の核である嘘に至る事のできない思考法です。ベアトリーチェさんはあれをどんな気持ちで受け止めたのでしょう。決して彼女の真相には至れない思考法をぶつけてくる戦人さんをどう思ったでしょうか。心が折れたのではないですか。もう殺してくれ、といいますね。無限に引き分けを続けるのは可能かもしれないけども、そこに彼女の目的達成はありません。彼がアンチファンタジーで挑む限り。こんなのが無限の魔法なのかぁ、悲しいなぁと言っていましたね。完全に心が折れています。ベアトリーチェさん。ミステリーとして挑む事。それが彼女の心に到達するためのスタート地点だったのですね。彼はまだそのスタート地点にすらいませんでした。

・ベアトリーチェの心臓は2つ存在します
ベアトリーチェさんは最後に心臓をさらしますね。彼女は両手を上に掲げます。すると光が集まってくる。しかし、右手から光が消え、右手を下ろします。左手を掲げたまま「私はだぁれ?」という出題がされますね。爆弾です。この時光を失って下ろされた右手ですが、ラムダデルタ卿がここに触れていました。「右手を下ろしたの気付いてた?あの子はまだどぎつい奥の手を隠しているわよ」と。第6のゲームでもフェザリーヌ様がおっしゃいますね。「ベアトリーチェの心臓を使えば何とかなるかもしれない」と。これがこの、光を失って下ろされ隠蔽されたトリック。同一人物トリックなのです。そういう意味合いがあるために「私はだぁれ?」なのですね。爆弾というのはその通りですが、「戦人さんにゲームを挑んでいたベアトリーチェとは誰だったのですか?」という右手に関する意味合いもある訳です。ベアトリーチェは紗音であり、嘉音である。そういう意味なのですね。深いです。

・さくたろう復活の魔法
さて、第4のゲームで物語全体の核となる部分の謎が出題されました。さくたろう復活の部分なのですが、ここの物語的意味合いを推理しましょう。さくたろう自体は赤字で「魔法で蘇らせる事はできなかった」とありますので、量産品だったのだと推理できますが、大事なのは縁寿さんが言ったセリフです。ベアトリーチェさんは最初「魔法の訳がない!」と言っていましたが、赤で「楼座が娘の誕生日のために作った、世界でたった一つの」の先を宣言できなかった事で察しますね量産品だったのだと。ここで縁寿さんがこういうセリフを言います。

「それが魔法の根源よね。愛が無ければ、悲しみが無ければ、怒りが無ければ、魔法は視えない」

考えてみましょう。真里亞さんに「実は量産品だったんだよ」と真実を告げる行為は一体何を産むでしょう。真里亞さんはさくたろうを、母親からもらった手作りの思いでのぬいぐるみと思っています。その真里亞にとってのさくたろうの存在意義の根本を破壊する事になるでしょう。ですから、本当に真里亞さんの事を思うのならば、真里亞さんに愛があるのならば、真里亞さんがさくたろうを失った悲しみ、怒り、これを理解するのならば、「魔法で蘇らせたんだよ」と言ってあげる事の方が大事でしょう。そしてこれこそが、この物語における「魔法」なのです。辛い真実を知っている人間が相手を幸せにするために、真実を知っていながら幻想で包みこんであげる思いやり、それが、「魔法」なのです。戦人さんが第8のゲームを開催した理由とも関連します。あのゲーム盤こそが、魔法、なのです。

・息抜き推理しましょう。疲れました
この物語はたまに登場人物が不可解な事をおっしゃいます。第1のゲームのお茶会ですが戦人さんこういう事をおっしゃるんですよ。「おー、みんな『うみねこのなく頃に』お疲れさん!」うみねこのなく頃にお疲れさん。えっ?何です?うみねこのなく頃にって。これは何の話をされてるんでしょう。そういえばラムダデルタ卿と我が主が「ひぐらしのなく頃に」がどうこうと言ってた気がしますが、微妙に似ていますね。ちょっと意味が分からないですが、これは観劇の階層に関連してるのでしょうか。私には意味が分かりませんが、うみねこのなく頃に。という何かが観劇の階層にあるのでしょうね。私が認識できない階層の事を戦人さんがご存じな理由がよくわかりませんが、おそらく最上位執筆者と関係性があるのでしょう。つまりは、この「うみねこのなく頃に」という何かしらのものが存在する階層。その視点が、この物語にはある、という事です。手掛かりから推理可能です。そのように考える場合、色々と不可解な部分に説明がつくのです。第5のゲームで幻想描写の説明がありますね。

「第1のゲームのラストで、この物語が、メッセージボトルによって後世に語り継がれていることが明記されている。……誰かが事件を、物語に記した。つまりこの物語は全て、……メッセージボトルを執筆した人物という観測者によって、私見が含まれた世界という事になる。つまり、観測者は神ではない。ニンゲンなのだ。よって、その記述の真の意味での公正は保証されていない。ミステリーでお約束とされている、本文は神の目線でなければならないとする前提が破られていることが、第1のゲームの時点で、……もうはっきりと明記されている。だからこそ、目撃者と同時に、観測者(執筆者)もまた、疑う事が可能なのだ」

まずですね、これは作家になった縁寿さんのいる現実世界階層から十八さんを見た視点の文章ではありません。同階層の人物同士は作家が「主観で書いている」「神の視点で公平に書いている」この判別ができません。小説の世界では通常3人称の視点は神の視点とされます。そのため、この3人称の部分に私見が入るために嘘が許されるという幻想描写の根本的ロジック部分が探偵からは判別不能になるのです。作家縁寿さんから見て、十八さんの偽書はこの3人称の部分に「私見が入るという明確な特定」というのが不可能だからです。つまりは、「メッセージボトルを執筆した人物の主観が含まれているため、魔法や嘘が許される」というこの説明は、現実世界階層のさらに一つ上の階層からの視点なのです。作家縁寿さんのいる現実世界階層を、まるで物語の世界かのように見る一個上の階層。ここから見た場合に、こういう論理が成立します。つまりは、観劇の階層の視点が物語に入っているのです。これが情報ソース問題の一つの手掛かりなのですね。十八が把握できない情報はこの最上位執筆者の主観の可能性があります。まぁこのへんは私「考察不能領域」と範囲設定してますので、本来は考察不能、趣味で考えるべき部分だと思いますけども。根拠構築が曖昧なのですね。これ、実はずっと根拠構築に悩んでいた最悪の謎なんですよね。仮説であればいくらでも生みだせますが、それを裏付ける根拠構築が難しい。最終的にこの最上位執筆者を朗読者と考える事で、主観がどうこう、などと考えていましたが、最終的に根拠がぼやっとしました。

・漫画版のコンフェッションという物語
みなさん、コミックのコンフェッションをお読みになって安田紗代さんの心に至ったかと思います。かなりの心の負担があると察しますけども、探偵としてあえて考えてほしい部分、というのがございます。それは「じゃあ、実際の六軒島では彼女の計画はどういう結果になったのか?」です。本来六軒島の実際の出来事は推理的に導く難解な部分ですが、コミックの方では明かされましたね。猫箱の中身が。では、物語で紗代さんの計画はどうなったのでしょう。そして、彼女はどういう選択をせざるを得なくなったのでしょう。ここを考えるのは非常に心に負担が来るかと思います。しかし、あえて。あえて考えてみてください。彼女の心に至ったのなら、ここを知る義務がございます。彼女の動機、そして実際の六軒島の真相。この2つの鍵がそろったのならば、彼女の運命の結末に至れるはずです。そして、なぜベアトリーチェさんが入水を選んでしまったのか。その心にまで至れるはずです。そこに至ってあげてください。

・同一人物トリックに絡む肉体的問題
紗音さんと嘉音さんの同一人物説は、もっと踏み込んだ部分の推理があるのですが、どうもですね、論点がバカバカしいためにどうなんだろうと思いまして封印したんですよね私。探偵がこんな下品な推理をしていいものか、と思いまして。嘉音さんがベアトリーチェさんのゲーム盤で死体が消えるケースがある、という話を以前したかと思います。第2のゲームや第4のゲーム。当然紗音さんが生き残ってる場合は嘉音さんは死体が残りませんが、これは逆でもいいのではないか?という論点ですね。つまりは紗音さんの死体が行方不明になる、という逆のケースです。これはもしかすると、嘉音さんの死体を調べられる事が真犯人にとって都合が悪いのかなと思った訳です。例えば私が同一人物だと疑ってる状態で嘉音さんの死体を前にするとですね、当然死んだふりじゃないか、同一人物じゃないか、このへんの疑問を解消するために死体を調べる訳です。当然チンコも調べます。するとですね、もしかするとチンコの有無からトリックが判明する可能性が出てきますね。だから、嘉音さんは死体が残らないのかな、と思った訳です。紗音さんが実は貧乳だった、というのは嘉音さんにチンコが無かったとは意味合いが全然違いますのでセーフです。しかしですね、これはよく考えるとおかしいのではないかと思ってきたのです。そもそも、紗音さんや嘉音さんはゲーム盤上で別人として認識される一種のファンタジーが発生しています。探偵である私にすら同一人物に見えない訳ですから、上層執筆者の強制力が非常に強い訳です。つまりは、紗音は紗音、嘉音は嘉音と認識される、パーソナリティでゲーム盤では判別される、というものです。これを前提にする場合、嘉音さんの死体を見た時にですね、もしかすると……その、そのですね……非常に卑猥で言い辛いのですが、「幻想のチンコ」というものが生えている可能性があるんじゃないですか?パーソナリティで強制的に嘉音さんだと認識させられる訳ですから、人格設定としての男という部分が、肉体的な部分まで反映されている可能性がある訳です。正直どっちなのか分かりません。私は嘉音さんの死体を調べていませんので。チンコがあるかもしれない。無いかもしれない。どっちでしょうね。幻想のチンコが生えているのなら、別に死体が消えなくてもいいわけですから、無いのだろう、とは思いますが。馬鹿じゃないですよ!こんな推理も一応するんです探偵は!!

・安田紗代の近親問題と戸籍
紗代さんは近親で悩んでいらっしゃいますけど、一つ重要なポイントがあります。それは戸籍上彼女はどういう扱いになっているのか?という点で、血的には3親等近親関係ではあっても、法的にはどうなんだ?という問題です。最初のイタリアのベアトリーチェさん、そして娘である九羽鳥庵ベアトリーチェさん、彼女たちは戸籍上右代宮家にいる訳ではありません。金蔵さんに本妻がいる訳ですからね。ではそのような状態で紗代さんは赤ん坊の時期に事故にあい、大けがをされ、最終的に福音の家に行きますが、源次さんがこの時に紗代さんをどういう風にあずけたのかが問題になります。孤児として預けられた場合、国が人権保障の問題として新たに本人を筆頭者とする戸籍を付与いたします。つまり、紗代さんというのは「安田」と名乗っている事から分かるように、「安田紗代」という人物が筆頭者の戸籍をもっていると推測できるのです。右代宮家と何の関わりもございません。法的に。つまりは血的に三親等ではあっても法的に彼女は結婚可能。つまりは、近親と分かっていながら結婚するほど相手の男が好きなのか?という論点に最終的に行きつくわけです。どれほど真剣なのかという心の問題ですね。結婚可能である事が、むしろ彼女の悩みになるのではないですか。相手をだます必要、あるいは告白して理解してもらう必要がある訳ですからね。相手の理解。これは難易度高いですよ。近親ですけど法的には問題が無いので結婚してください、と端的に言えば言うわけですから。

・爆殺心中の解釈
さて、一つ重要なお話をしようと思います。安田紗代さんが86年に事件を起こす動機ですが、これはコミックで明かされたと思いますが、彼女は爆弾による皆殺しを事件に組み込んでいますね。ここはミステリー的に伏線を読み説いていくと3つの意味合いが複合的に組み合わさっており、非常に難解な部分があります。1つは描かれた通りの「黄金郷での恋の成立」です。2つ目は現実世界目線で見た場合の「恋が叶わなかった場合の心中」ですね。問題は3つ目なのですが、これは第2のゲームでかなりしつこく描写されていたので記憶に残ってると思いますが、「魔法の奇跡はリスクを負わねば叶わない」という魔法大系の思想です。戦人さんが第5のゲームで真相に至り、このようなセリフをおっしゃいますね。

ふざけるなよ、……そんなに難解な自慢の謎なら、制限時間なんて設けるんじゃねぇよ……。
「……いいや、……わかるぜ……。それほどのわずかな奇跡の中に、……お前は祈ったんだよな……。……お前も、……祖父さまと同じだったんだ」

グッド!実に分かりやすいです。そうです。爆弾による爆殺心中というのは、時間制限によるリスク設定なのですね。奇跡というのはリスクを乗り越えてこそ叶うものなのだと、安田紗代さんは考えているわけです。では、彼女にとって問題になるのは一体何なのか。大きく分けて3つあるかと思います。複数の人間に恋をしてしまった事。妊娠できない体である事。近親3親等に当たる事。これらの問題を抱えて、紗代さんは絶望的になっているのですね。恋を諦めるのに十分な理由です。この3つの問題点は解決策があるのか。ございます。複数の恋の並立は乱数発生機に決めてもらう事で無理やり決着が可能でしょう。妊娠できない体である事は、相手が受け入れてくれる事で解決します。近親3親等である事は依然語った戸籍問題により解決できます。しかし、ですね。解決可能だからいいという話では当然ありませんよこれは。これらの解決策は、一応可能性として存在するだけであって、結果として恋が上手く行くなんてのは奇跡でもない限り無理でしょう。恋の並立を乱数発生機で決着する場合には、事件中に碑文が解かれる、真相を暴かれる、こう言う奇跡が起きる必要があります。妊娠できない体の事も、相手が受け入れてくれる奇跡が必要です。近親問題もそうです。いくら法的に問題が無いからと言って、こんな事を相手が受け入れるとは限りませんよ。これも相手が受け入れる奇跡が必要でしょう。

つまり、論理的に考えて解決策自体は存在しますが、推測として彼女の恋はまず叶わないと考えるのが極めて現実的です。じゃあ、彼女がそれでも現実世界で幸せになりたいと思うのなら、一体何が必要になりますか?事件計画の具体的なプランですか?違います。奇跡、です。だから爆弾による時間制限設定があるのです。事件の中で碑文が解かれたって事件の謎を解いてくれたからって、結果として恋愛が達成されない可能性もあります。でも彼女の魔法大系の核を信じて事件を絶対の意思で実行し、その結果奇跡が起こったのならば、もしかすると本当の奇跡が起きるかもしれません。かすかに存在する解決策が実るかもしれません。だから、それを信じて事件を実行するのです。絶対の意思によって。誰にだって幸せになる権利があります。

・コミックEP7で描かれる惨劇の物語
非常に細かい事ですけど、今回EP7コミック8巻の最後あたりを読むと、ベアトリーチェさんの死体が無い事に気付くと思うのですが、原作でどういう描写がされたのかを確認して見ましょう。絵羽さんが気絶から気が付くと、こういう地の文が出ます「傍らには愛する夫の屍。蔵臼夫婦の屍に楼座の屍。死屍が累々と横たわる死の部屋だった」いらっしゃいませんね。絵羽さん確認しておられません。ではそもそもベアトリーチェさんは霧江さんに撃たれた時、「死亡した」と書かれたのか。いいえ、「魔女は口からどろりと血をこぼし」と書かれただけで生死不明、どこを撃たれたのかも分かりません。さらに留弗夫と霧江が使ってる銃は「照準が狂っている」という情報提示が頻繁にされます。極めつけは第8のゲームで、おそらくはこの後の物語であろう部分が描写され、潜水艦基地の方に逃げていましたね。つまりは、ミステリー的に手掛かりから構築できる推理は、「生きていた」という事です。紗代さんは色々な想いを抱えて事件を起こしましたが、この貴賓室を出たあとに惨劇が発生している事を把握したでしょうが、重要なのは譲治と朱志香の死です。愛する人が自分の事件計画が遠因となって死亡した。これは彼女の心理を考えると、彼女は「私が殺したのと同じだ」と考える可能性があります。これは入水の心理的な要因の一つかもしれませんね。事件を中断してますので、この時点で戦人さんは約束を思い出していない、と推測できます。そのための手段である碑文殺人を中断してしまったのですから、可能性としては戦人さんは自力で思い出すしかない訳ですが、そんな伏線は存在しません。

愛する人を死なせてしまい、戦人さんも約束を思い出していない。彼女にとってこの時点でどんな希望があるでしょう?可能性を必死に考えてみるのですが、思い浮かびません。彼女の希望が全て刈り取られてしまったように思います。我が主が第7のゲームでこのような事をおっしゃってましたね。

「257万8917分の257万8916の確率で。あなたはクレルとしての世界に生き、逃れ得ぬ運命に翻弄され、気の毒な最期を遂げる。そして、257万8917分の1の確率で右代宮理御として生き。今夜、霧江に殺されるの。…………つまりあなたの、いいえ、あなたたちの運命は、257万8917分の257万8917の確率で、…………つまり如何なる奇跡も許されない絶対の運命で、逃れ得ぬ袋小路に、運命の牢獄に囚われてるということなのよ!」

確率的に考えて紗代さんの事件というのは100%の確率で、このような惨劇が発生します。回避不能です。我が主がカケラを確認された訳ですから。しかし、ですよ。以前も言いましたが我が主は人を嘲笑うために257万個ものカケラを探すほど暇人じゃありませんし、馬鹿でもありませんよ。常識的に考えて「回避できるカケラ」を探して、奇跡を紡ごうとしてくれていたのではないですか?しかし、我が主が確認されたのは皮肉にも「そんなカケラは存在しなかった」という事実です。しかし、存在しなかったからといって、それで諦める我が主ではありません。当然です。非常に小さな奇跡ですが、一つ奇跡を叶えてくださいました。メッセージボトルが拾われる、という奇跡を。これを最終的に十八さんがお読みになるのですから、少なくとも彼女の心は届いた訳です。手遅れだったかもしれませんが。

・98年世界の推理
出題者を完全に殺す。それが私ですので、最後のエピソードまで丸裸にしますよ。根拠を手掛かりに推理は可能。それを出題者さんには思い知っていただきます。解けた人が少なかったから次からは手を抜こうなんて思われてはかないませんからね。通常私はミステリーにおいて心の推理なんかしません。そんなものは不要ですし、パズル的に解けないものに興味はありません。しかし、今回だけはそこも推理します。なぜなら、パズル的に解くべき要素として配置されているからです。心も論理で推理可能。

さて、第4のゲームの98年世界の推理が残っていたかと思います。そこを片づけましょう。縁寿さんは六軒島の真相を求めて天草と冒険に出ますが、この冒険の物語の合間に真里亞さんとのエピソードが挿入されますね。そう、第4のゲームで非常に重要なのは真里亞さんに関するエピソードです。真里亞さんの「幸せのカケラを見つける魔法」というのがあるでしょう。楼座さんとの物語を題材にして語られますが、このエピソードはこの物語の核である「魔法」を理解してもらうために描かれています。そういう意図で出題者が配置している部分です。これは黄金郷でのさくたろう復活の反魂魔法と非常に関係があります。さくたろうが蘇ったという現象に対して、縁寿さんは「魔法で蘇らせた」という解釈を構築されましたが、逆の論理として「量産品だった」がありますね。さて、幸せのカケラを見つける魔法というのはどちらでしょう?もちろん、魔法で蘇らせたですが、ここで重要なのは「真実を知ってるのかどうか」という論点です。真里亞さんは「さくたろうが量産品だった」という真実を知りません。ですから、幻想である「魔法で蘇らせた」が通用するのであって、真実を知る人間に幻想は通用しません。真実があくまでも確定してないからこそ、幻想に意味がある訳です。そう信じられる可能性、これが存在する事。

そして、魔法を使う者は相手を思いやるからこそ魔法、つまり嘘を言うのです。根底にあるのは相手への愛でしょう。第8のゲームの戦人さんと同じです。縁寿さんを思えばこそ、幻想を見せたのです。第8のゲームでは最後に魔法と手品の選択がありますが、手品ルートに私がいたでしょう。あれは私が第6のゲームで真里亞さんのキャンディーの魔法を暴いたからです。つまりは、相手を思いやる気持ちを持たずに、真実を暴く、これは結局相手を悲しませる行為です。さくたろう復活の部分でいうなら、あそこで真里亞さんに「量産品だった」と告げる行為ですね。魔法で蘇らせた、ではなく。非常にイラッときますけど、そういう意図で私が手品ルートにいる訳です。幻想を暴くものとして。つまり人でなし!……推理を突き詰め真実を探求する者は別に人でなしではありませんが、魔法という概念の説明としては、あれはシンプルでいいのではないですか。

・南條の息子のキャッシュカードの伏線
98年世界で縁寿さんは南條の息子さんに会いますが、ここでキャッシュカードの伏線が出ますね。息子さんの差出人名で存在しない住所に送っている。非常に不可解な事を紗代さんはされてますが、これは2パターンの可能性を紗代さんが求めるからです。このキャッシュカードの郵便物は返送され、南條の息子さんの元に戻ってくる事を想定して紗代さんは送っているのですが、ポイントは「返送されるまでの期間が郵便局次第で不確定」という部分です。つまり、事件前日までに戻ってくるかもしれないし、事件後に戻ってくるかもしれない。前者の場合、何らかのキッカケで事件中断される可能性につながります。受け取った息子さんが南條さんに告げ、その結果南條は紗代さんが送ったと察するでしょう。事情をよく知る人物な訳ですから。結果事件中断される可能性があります。これは紗代さんのルーレットなのですね。紗代さんはこの郵便物に「私を止めてください」という願いを込めているのです。事件が事前に中断されるかもしれなないし、実行されるかもしれない。全ては郵便局次第。ルーレットの目次第です。そういう事を考えているのですね紗代さんは。これは逆の論理でも推理可能です。事件が中断されずに実行できれば、もしかすると紗代さんの恋が事件の中で実るかもしれない。だから、事件中断される「リスク」を負うわけです。リスクを負いながらも、それに打ち勝てば奇跡が起こるかもしれない。そういう論理ですね。この2つの解釈は両方正解でしょう。どっちも紗代さんにとっては大事でしょう。

・愛がなければ真実は視えない
98年世界で小此木社長が出てきますね。この方が非常に重要な事をおっしゃいます。愛が無ければ真実は視えない。これは縁寿さんが絵羽さんをどう見るのかという問題に絡めて出てきますが、重要なのはこれは「愛ある解釈をしなさい」という意味ではなく、「異なる違う視点から物事を見なさい」という意味であるという部分です。つまり、この言葉は真逆の解釈を2つ持つ事で視点を広げるという、一種の思考法の提示なのです。縁寿さんで考えてみましょう。彼女は六軒島の真相を追っていますね。我が主に第7のゲーム悪意のある解釈を突き付けられましたが、拒否されましたね。では、真逆の解釈を戦人さんに提示された第8のゲームですが、ここでも縁寿さんは拒否します。悪意と善意を両方拒否してやっと視えた真実があります。それは「実は縁寿は真実を求めているのではなく、自分にとって都合のいい真実を求めていた」という深層心理です。彼女が求めていたのは、絵羽さんが犯人で自分の家族が無実である真実だったわけです。これはもう真実を求めていたとは言えません。幻想を求めていたのです。愛が無ければ真実は視えない。この思考法はこのように今まで視えなかった真実をしらせてくれる非常に優れた思考法なのですね。

・縁寿さんが見つけた量産品さくたろう
縁寿さんは98年世界での冒険の末、船長の家でさくたろうのぬいぐるみを発見されました。これを見て縁寿さんは思ったでしょう。これで真里亞さんを救えると。でもその手段には嘘が含まれる。でも真里亞さんの事を思うのなら、嘘であっても許されるでしょう。ここでやっと至るのですね。これが魔法なんだと。魔法とは、真実を知っている人間が知らない相手を幸せにする目的で、幻想で包み込む事を意味します。これが、魔法なのです。元々真里亞さんが持っていたこの魔法の原点となる思想、幸せのカケラを見つける魔法ですが、真里亞さんは幼い縁寿さんによって「さくたろうはただのぬいぐるみ」と否定され、母にぬいぐるみを破壊されたため、この思想を維持できなくなってしまいましたね。真里亞さんの魔法は段々と黒く、邪悪なものに変遷していきます。縁寿さんは98年世界で魔法を知った事でこういう感想をもらします。あの日真里亞を傷つけなかったら事件は起こらなかった。もし真里亞さんが魔法を維持していたなら、もしかすると紗代さんも魔法を理解できたかもしれません。辛い境遇の中でも幸せのカケラを見つけられたのなら、事件は86年に起こらなかったかもしれませんね。

・98年世界の意味不明な場面転換
98年世界というのは非常に意味不明な場面があります。例えばですが、六軒島の攻防がありますね。霞さんとの。あの場面で決着がつくと、意味不明な場面転換が起こります。六軒島から急に都会のビルの屋上に移動するのですね。そこで我が主と一緒にゲーム盤に向かいます。98年世界を現実と思って見てしまうと、このような場面を無視して論理を構築してしまいますが、このような場面転換は創作世界を前提にしていると考えられます。第4のゲームの時点では根拠構築が難しいので、この時点では仮説として「98年世界も、もしかすると創作世界かもしれない」を持っておくのが大事でしょう。現実かもしれない。創作世界かもしれない。とりあえずは2つ解釈を持っておきます。有力なのはもちろん創作世界説です。創作世界を前提にすると、縁寿さんの奇妙な発言も説明が可能かもしれません。六軒島へ向かう船の中で、縁寿さんは7姉妹に魔法を信じるのか、と問われこう答えます。

「魔法を認めたわけじゃない。魔法は信じる人には存在する。私が認めなくても。誰かが信じたならその人の世界には魔法が存在する。それは私が魔法を信じたって信じなくたって干渉を受けない」

縁寿さんは7姉妹を呼び出している訳ですから魔法を認めてるのも同然な訳ですが、当の縁寿さんこのような発言をされます。ここでいう魔法というのは、今まで語ってきた魔法の事ではなく、普通のファンタジーな魔法の方ですよ。つまりは、縁寿さんの心に魔法が存在すると解釈して執筆している執筆者がいる。そういう可能性が出てきます。縁寿さん自身が認めないのに、彼女が魔法を使う論理を成立させるには、こういう論理になる可能性がある訳です。可能性の一つとして。ゲーム盤世界の縁寿さんはマモンさんとお会いになりますが、98年世界での冒険を示唆するセリフを言うのですよね。今はベアトリーチェさまの家具なので、とかなんとか。そういった部分や、さくたろう復活のエピソードが98年世界とメタ世界で連動してる部分から、「世界が繋がってる」と解釈できます。この時点では確定不能ですから、有力な仮説として持っておきましょう。縁寿さんは最終的に「1998年に死亡」と宣言されますね。エンドロールでそう表記されます。結局は縁寿さんは死んでしまうのですね。天草に殺されるのかな、とは思いますけども死因がよくわかりませんね。複数推理できてしまうために。天草に殺された。ビルから飛び降り地面に激突して死んだ。メタ世界の死亡が結果として彼女の所属である98年世界での死として記録される。色々と推理はできますが根拠がないので絞り込み不能です。無難なのは天草殺害説でしょうか。

・98年世界の見方
一つ重要なのは、今まで語って来たような98年世界の意味合いというのを「現実世界の本当の縁寿が書物として読んでいる」と仮定した場合です。この場合、本当の縁寿さんは幸せのカケラを見つける魔法を理解でき、真実を追うと死が待ってるというメッセージも伝わる訳です。つまり、十八さんが本当の現実世界の縁寿さんに「真相は辛いものだから、どうか追わないでほしい」というメッセージを送っているという、偽書の執筆動機の推理が可能になるのですね。これが重要なのです。兄が妹の幸せを思いながらも、十八さんは直接会うのが怖い。この辺の説明が可能になります。

・この物語最大の謎
さてベアトリーチェさんのゲーム盤すべての推理を終えましたが、彼女のゲーム盤を総括する意味で非常に重要な論点を推理しましょう。この4つのゲーム、戦人さんは一度も紗音さんと嘉音さんを同時に目撃していません。同一人物説を推理する場合、「探偵の主観である1人称文体表現」と「それ以外の文体表現」で区分けをし、客観的視点を義務付けられている探偵が、2人を同時観測しているのかどうかが論点になります。仮に探偵が同時観測している場合は「別人だった」で確定です。同一人物説は完全に破綻します。しかし、そんな描写はないのですね。常に片方しか探偵は観測していません。という事は可能性として同一人物だった、というのはあり得る訳です。本当の現実世界の縁寿さんから創作世界を見た場合、紗音と嘉音というのは2文字の漢字でしかない訳ですが、この2文字の漢字が同一人物だったと言われると、あぁそういう設定なんだなぁと思うでしょう。そういう設定で作者が物語を書いていると。同一人物トリックの根幹トリックというのは、実は作中作を前提にしているのですね。幻想描写のトリックと同様です。これで第4のゲームの推理は終了です。

私は推理してて思うのですが、第4のゲームの98年世界の縁寿さん。このエピソードというのを「十八さんが妹のために書いている」と考える場合、私は心を推理しなくてはならなくなるわけです。不思議ですね。心の推理というのは。何だか、十八さんの気持ちが98年世界のエピソードから伝わる気がしてきます。

・仮説が複数成立する事は実はそれほど障害ではありません
絞り込み不能な部分はとりあえず仮説を複数持つわけですが、8つのカケラを全て推理し終わった時に「足し算」をします。足し算をして一本の線となる仮説の組み合わせが絶対に存在するはずです。そういう意味では個別の推理対象の絞り込み不能な事実は、実はそれほど障害ではないのです。パズルを完成して一つの絵を完成させる段階で正解のピースと不正解のピースが、パズルの絵の全体像から明確に区別可能になってくるからですね。そういう意味では、この物語は足し算の推理なのでしょう。

・漫画版のコンフェッションのラムダデルタ卿
漫画の最新コミックですが、紗代さんがラムダデルタ卿にベアトリーチェの姿にしてもらっていた場面あったでしょう。今思えば、第3のゲームでラムダデルタ卿マジ切れしてましたけど、あそこでラムダデルタ卿は、ベアトリーチェの姿を剥奪する事が可能だったのかもしれませんね。みすぼらしい姿がどうこう言ってましたし。みすぼらしいって言いますけど、普通に可愛いじゃないですか紗代さん。みすぼらしいのはおっぱいだけじゃないですか。

・コンフェッションのボトル
漫画の方で新規のメッセージボトルが出てきましたが、あれの存在意義の推理をちょっとしていたのですよね。どこから遡って書けばいいのでしょう。カケラの推理が第4のゲームまでしかまだやってませんので、世界構造が絡む推理を組み込んだものが分かりづらくなるかとは思いますが、まぁやって行きたいと思います。私はこの物語を大きく分けて2つの世界で推理しています。現実世界と創作世界。実にシンプルです。現実世界は作家縁寿さんのいた世界だけ。それ以外のEP4,EP6,手品ルートの98年世界、メタ世界、ゲーム盤世界、これらが一つにまとめて「創作世界」と考えている訳です。先ほど十八さんの執筆動機に絡む推理を第4のゲームに組み込みましたが、一つ重要なのは偽書を世間に発表しているのは記者会見に出来てきた幾子さんであって、戦人さんである十八さんではありません。これは「偽書作家である幾子さんが執筆者と想定すると、信憑性が皆無になる」という部分です。世間の人々や現実の縁寿さんにとって、幾子さんは事件関係者ではないため、その人物が紡ぐ物語にも信憑性がないわけです。プレイヤーは十八の情報を知っていますが、作中人物は知らない訳です。

そういう情報の格差のために、プレイヤーと作中世界の人々にとって信ぴょう性の問題が出てくる訳ですが、一つ問題となるのは偽書作家として伊藤幾九郎=幾子という人物は、右代宮家の内部情報を詳しく偽書で書いてしまったために「事件関係者と知り合いなのではないか」と疑いをかけられている点です。漫画の方では記者会見で記者が言っていましたね。「なぜ真実だと断言できるのですか?先生は事件関係者と知り合いなのですか?」と。真実はそうな訳です。事件関係者である戦人がいるために、内部情報に詳しい訳ですが、十八さんの情報が世間にバレると「六軒島の真相を知る人物がまだいた!!」となります。真相を暴く動きが急加速する上に、第7のゲームで本来は「偽書作家が書いた悪質なフィクション」と受け止められていた惨劇の真相が「あれが本当に真実なのではないか?」と信憑性が出て来てしまうのです。あの惨劇は現実の縁寿さんに「悪意の解釈」「善意の解釈」という、両目で視るために必須ですので描かざるをえません。つまりは、幾子という人物はマスコミ向けに、「事件関係者と知り合いではなく、なおかつ右代宮家内部に詳しい理由」というのを説明しなければならなくなるわけです。それが、おそらくあの新規のメッセージボトルの存在意義なのでしょう。未発表のボトルを実は持っていたために、詳しかった。そういう論理で十八の隠蔽が可能でしょう。ただ、新しいメッセージボトルが出てくるだけで、古戸ヱリカにはこの程度の推理が可能です。

・シエスタ姉妹
シエスタ410と45は二人一組で射撃をするでしょう。手を組んで。ふと思ったのですが、あれがもしかすると「複数の弾頭を撃てる銃の存在の示唆」だったのでしょうか。散弾と通常弾です。そんな情報の貼り方がありますか!!さすがの私も推理不能です!!ずいぶん便利な銃をお持ちでいらっしゃるのですねぇ!!