・第5のゲームとラムダデルタ卿
第5のゲームの推理をやろうと思うのですが、その前に推理というよりは推測を一つお話してみたいと思います。第5のゲームはラムダデルタ卿がゲームマスターをなさいましたね。ベアトリーチェさんは第4のゲームで完全に戦意喪失されました。もう無理でしょう。ベアトリーチェさんの心を推測すると、戦う気力が完全になくなってしまった状態だと推測できます。ラムダデルタ卿ですが、第6のゲームでフェザリーヌ卿が気になる発言をされてます。第5のゲームはラムダデルタの慈悲だと。非常に気になるセリフです。慈悲。つまりは善意の方向でラムダデルタ卿は第5のゲームを開催してくれた、という論理になります。フェザリーヌ様が言うのですから真実でしょう。ベアトリーチェさんのゲーム盤は、別にミステリーだとは宣言していません。ですから、彼女のゲームにどういう挑み方をするのかも自由なのです。本来ならば。戦人さんのように魔女を否定するだけの思考法、アンチファンタジーで挑むのも結構。結構ですが……その先に真相はございません。あくまでも、ミステリーとして思考した場合に、事件のフーダニット、ハウダニットからホワイダニットという真相に至れるのです。そういう意味では戦人さんは第4のゲームまで使っていた思考法を捨てなければいけません。

ラムダデルタ卿はベアトリーチェさんと戦人さんのために、強烈な方向修正を加えて来た可能性があります。ドラノールという無茶苦茶なキャラが出てきますね。ノックスの10戒は確かにミステリーの思考の杖ですが、あれを赤字で宣言して推理を切って行くというのは暴論もいい所です。しかし、ラムダデルタ卿はアンチファンタジー思考を一切許さないゲーム盤を作りました。そうする事で、戦人さんがミステリーで思考せざるを得ない状態に無理やりもっていくためでしょう。その結果、もしかすると戦人さんがベアトリーチェさんの真相に至るかもしれません。ラムダデルタ卿はなぜここまでしてくださるのでしょう?ラムダデルタ卿の寄り代にこれは関連性があるのではないでしょうか?これは推理というより推測ですので、妄想が入りますが、まぁ聞いてください。以前幻想描写のトリック推理の過程で、メタ世界も偽書世界であると推理したと思いますが、ではそこに登場するラムダデルタ卿も偽書に書かれている創作キャラという事になりますが、彼女の寄り代とは何なのか。絶対の意思というキーワードを聞いて思い浮かぶのは……現実世界の紗代さんが事件を実行する際の絶対の意思でしょう。例えばガァプですが、彼女は「物がよく無くなる」という概念の擬人化だと執筆者により語られています。つまり、概念が擬人化してるケースがある訳です。

ラムダデルタ卿の寄り代が紗代さんの絶対の意思なのだとすると、ラムダデルタ卿が、ベアトリーチェさんのゲーム盤の真相を何故かご存じだった事の説明が付きます。ラムダデルタ卿は何故かトリックに関する赤字を多く語っていたでしょう。我が主は別に知りませんよ。トリックの解答なんて。高位の魔女だからといって、ベアトリーチェさんのゲーム盤のトリックを知ってる訳ではありません。我が主はそういう意味で全然知りませんでした。赤字も宣言されていません。第4のゲームまでは。しかし、ラムダデルタ卿はご存じだった。その理由が寄り代にあるのかもしれません。そう考えると、一つ面白い事が分かります。これは偶然の可能性もございますので、まぁ聞き流す程度にお願いします。ラムダデルタ。これはギリシア語で34という意味ですね。34。紗代、とも読めます。ラムダデルタ=34=紗代。これは偶然なのかもしれません。しかし、論理としては通っています。ラムダデルタ卿が第5のゲームを開催してくださった本当の理由。これは結構面白い推理対象なのかもしれませんね。

・後半戦開始!!
さて。ベアトリーチェさんのゲーム盤4つの推理が終わり、物語の半分の推理が終わったわけですが、これで物語の真相を解くためのパズルのピースが半分そろった事になります。どんなミステリーを出題者が作ろうが自由です。難解なトリックも自由に使ってくだされば結構。しかし、どんな出題者もミステリーの大原則を絶対に破るわけにはいきません。ミステリー作家としての誇りがあるのならば。手掛かりの提示。どんなミステリーも手掛かりの配置をする義務があります。手掛かりのないミステリーはもはやミステリーではありません。それはファンタジーと呼ぶ物語だからです。そして私には手掛かりを配置するミステリーを真っ二つにする武器があります。連鎖考察思考法。どんなミステリーも絶対にこの思考法から逃れる事はできません。絶対に特定可能。ミステリーを出題する側にとって最悪の相性でしょう。さぁ、後半戦に入りますが、私の頭脳から真相を隠す事ができるのかどうか、お手並み拝見しましょうか。

・第5のゲームのキモは心の推理
第5のゲームはパズルのピースを最大限に使った非常に難易度の高いゲーム盤でした。事件部分のトリックなどはさほど難しくありませんが、今回私があえてやっている「心の推理」これが難解に難解を極めましたが、何とか推理は可能でした。私が難解だと思ったのは、第5のゲームで全く喋らなくなったベアトリーチェさんの心の推理です。ミステリーにおいて心の推理は論理によってパズル的に導かれなければなりません。根拠に基づく論理的な心の推理。この構築が困難を極めた訳です。だってベアトリーチェさんだんまりを決め込みましたから。それでも連鎖考察思考法から逃れる事は絶対にできません。それが手掛かりを配置するミステリーだからです。そういう部分の連鎖情報の一つとして、さきほどのラムダデルタ卿のお話をしたのです。

ぶっちゃけた話をしますが、推理が実はストップしてしまったのですよね。難解すぎて。それでも、今まで構築した推理を全て検討し、物語の意味合いを考え、あらゆるピースを組み合わせた結果、やっとベアトリーチェさんの心が論理的に推理できたと思います。第5のゲームの推理は、ここの推理が実は非常に大切だったのでしょう。この難解を極めた推理を構築した結果、私はこの物語の本当の真相に到達したのですから。

・ゲーム盤での探偵の存在とは
さて、第5のゲームでは私が登場した事で、この物語における探偵の意味が明確になりました。探偵は犯人ではなく、その証明にいかなる根拠も必要がありません。探偵が犯人などあり得ない。無条件で犯人から除外されます。そういうルールなのですね。この物語は。探偵は主観が保証されます。探偵が確認した事は客観的事実であり、そのまま受け取って構いません。ただし、誤認の可能性はあります。つまりは意図的に嘘をつく事だけは絶対にないという事です。

・在島人数
第5のゲーム以降で重要なのは在島人数ですが、私がベアトリーチェさんのゲーム盤に1名+になってるだけで、ベアトリーチェさんのゲーム盤には影響を与えません。そのままです。つまりは肉体的に16人+私で17人ですね。人格的に数えるのなら私を入れて19人。これはベアトリーチェさんを含みます。人間人格に限定した場合は第6のゲームで宣言した通り18人です。さて、作中序盤で全ての人間が客間に集められ、在島者の確認がされますが、戦人さんの主観に急に切り替わります。戦人さんは第5のゲームで探偵ではありませんので嘘を宣言する事が可能です。その戦人さんが紗音さんと嘉音さんを同時観測してますが、これは信用できません。探偵ではありませんので。

・同一人物トリックと悪質なミスリード
この紗音嘉音同一人物説を考える際に、第5のゲームではベアトリーチェさんがやらなかった最悪の方法を取っています。これはトリック的矛盾はないのですが、非常に悪質ですので注意が必要です。ベアトリーチェさんは戦人さんに解いて欲しいという目的が明確にありますから、「戦人さんの前に紗音嘉音が同時に出現しない」という原則を守っていた訳ですが、第5のゲームではゲームマスターが変わった影響なのか、一見すると私の前に紗音さんと嘉音さんが同時にいるように見えてしまうのです。同一人物トリックで重要なのは探偵の主観で確認されているのかどうかな訳ですから「1人称の文章表現で確認されてるかどうか」が論点になる訳です。具体例を出しましょう。「私は紗音と嘉音に声をかけた」このような表記は探偵が主観で二人を同時観測してますからアウトです。同一人物説は破綻します。しかし「ヱリカは紗音と嘉音に声をかけた」これは3人称の嘘を混ぜる事が可能な文章表現なのでセーフです。ややこしいですね。第5のゲームは普通に私の前に紗音さんと嘉音さんがいるように嘘を朗読してますから、この辺を騙されると危険です。

・第5のゲームの犯人の目的
第5のゲームは19年前の男という人物と共に、夏妃が過去に使用人と赤ん坊を殺してしまった事が明かされますね。これが真犯人安田紗代という人物の情報提示な訳ですね。第5のゲームはベアトリーチェさんのゲームである約束に関連するものとは大きく違い、夏妃への復讐のために起こされています。事件の根本的な目的が違う訳ですね。

・狂言殺人と本当の殺人の同時進行
この第5のゲームは第4のゲームで語った部分が非常に重要です。狂言殺人が絡むゲームは、第4のゲームと同様に「純粋な狂言だと思って参加してる人達」というのが存在します。今回は事件日にゲストハウスで死体を見つけたとお芝居をしてらっしゃる人達ですね。真犯人ベアトリーチェさんはこういった表向きのお芝居に狂言参加してもらう計画を立てますが、実際はベアトリーチェさんが実際に殺害してしまうのです。これは探偵から見た場合に「狂言に参加してる人物」と「真犯人」が同一の目的を持っていると錯覚してしまうため非常に危険です。例えばですね、譲治さんゲストハウスで殺されますね。朝の発見時では狂言なので死んで無い訳です。絵羽さんもお芝居しているだけなのですが、中盤にワルギリアさんによって死亡宣言でますね。つまりいつのまにか真犯人が本当に殺害してしまっている訳です。ところがですね、この「実際に殺害されている」という事実を真犯人は隠蔽しながら事件を進めてますので、絵羽さん達この事実を知らずにお芝居を続けている訳です。危険なのは、この状態を探偵サイドから見た場合に、情報提示として死亡が宣言された状態で絵羽さん達が夏妃を追い詰める訳ですから、探偵側が「実際の殺害を絵羽達は責めている」と錯覚するのですね。これはお芝居であって、実際の譲治の殺害を責めている訳ではありません。非常にややこしい話になりますが、ここはキッチリ区別していきましょう。実際に譲治達が死んだ事を絵羽さん達は結局知る事なく、物語は幻想法廷に移行しますね。

第4のゲームを思い出してください。ベアトリーチェさんはこの「狂言参加者達に実際の殺害がばれる」という事態を回避するために4日の22時~24時という早技殺人で切り抜けました。発覚する前に全てを終わらせた訳です。しかしですね、この第5のゲーム盤、別に早技殺人やってないでしょう。つまりは私が中盤で「解決した!解決編だ!」といい出さなかった場合、あの後殺人が発覚し、狂言という根幹トリックが勝手に露見したはずなんです。狂言参加者の騒ぎによって。荒技ですよこれ!!そういうシナリオをバッサリカットする事で狂言殺人のリスクをなくす!!これは酷いです!!そういう訳で第5のゲームは「狂言殺人」という側面と「実際の殺人」という側面が同居している複雑なゲームなのですね。私から見ると普通の殺人に見え、狂言参加者からみるとお芝居に見えてるわけです。真犯人はその両者を把握しながら、実際に殺人をやっていくのですね。

・夏妃への電話
4日に夏妃に電話をかけてきた人物は狂言参加者でしょうが、5日の朝にかけてきた人物はそうではありません。真犯人ベアトリーチェさんです。「右代宮蔵臼は犯人ではない。そしてとっくに殺されてるわ。あんたに電話で声を聞かせた直後にね?」という赤字がありますので、この電話の直後死にました。

【食堂での謎のノックと手紙事件】
事件前日に発生した謎のノックと共に現れた手紙。これはもういいですね。食堂にいた全員が結託して嘘を言っただけで、ノックなんか最初からありません。

【第一の晩の譲治、真里亞、楼座、朱志香、源次、蔵臼の殺害】
第一の晩の譲治、真里亞、楼座、朱志香、源治、蔵臼の殺害ですが、ゲストハウスの死体は探偵が南條に検視結果を聞いてるだけで、死体確認をしてません。つまりはあの時点では生きており、あの後ベアトリーチェさんがどこかのタイミングで別の場所で殺したという訳です。正直、ベアトリーチェさんのゲーム盤を解いた状態ではもうあまり思考する意味もないトリックですね。死んだふりと嘘の証言なんて使いまわしトリックもいい所ですし。事件部分なんてどうでもいいです。秀吉さんの殺人も基本同じです。夏妃さんが確認した時点ではお芝居であり演技でした。その後別の場所で本当に殺害です。つまんない謎ですね。その他の所に行きましょう。

・人間犯人説が2つ成立したのに、魔女幻想復活?
第5のゲームですが、最終的に私の夏妃犯人説と戦人さんの戦人犯人説が両立してしまい、結果魔女幻想が残ってると説明されますが、これは全然違います。そもそもこの2説は赤字に抵触しており無効です。つまりは、「そもそも事件が解かれてないから魔女幻想が残っている」という訳です。じゃあ、何で作中では矛盾した論理で物語が続いているのかという疑問がありますよね。それは作中作だからなのでしょう。あれを描いている十八さんという執筆者がいる訳ですから、プレイヤーにとっては上層執筆者を踏まえた世界構造で推理しないといけないのでしょう。ゲーム盤単体では矛盾しますからね。

・碑文の謎の存在理由
さて、どうでもいい所は終わりましたので物語全体に絡む重要な所に行きましょう。第5のゲームでは碑文が解かれ、黄金が発見されますね。この部分について非常に重要な説明がされました。まずは赤字を参照しましょう。

「碑文を誰かが解くことで、この子が何かを得ることはありません。」
「もともと黄金郷の黄金はこの子のもの。見つけさせる必要も、横取りする必要も、何もありません。」
「碑文の謎が解けても解けなくても、この子にとって得るものは何もありません。」
「碑文が解かれようと解かれなかろうと、ベアトが何かを得ることはない。」

碑文と碑文殺人の意味というのを出題者が明示した部分ですね。ベアトリーチェさんにとって碑文の謎はどういう意味があるのか。まったくないと宣言されました。例えば主流推理として、戦人が碑文を解く事に意味があるという説があったりしますが、これはこの赤字で明確に否定されてます。戦人さんが碑文を解く事でベアトリーチェさんが何かを得ることはありません。ベアトリーチェさんは第6のゲームで明確におっしゃいましたね。「あなたと一緒になりたくて生みだした物語」と。戦人さんと恋が成立したい訳ですけど、碑文を戦人さんが解いたって別に何も得られないわけです。ここは作中で非常に難解な言いまわしがされるため、分かりにくいのですが、こういう説明がされるのです。碑文と碑文殺人という2つの要素を天秤の両サイドに置き、どっちに傾くかをベアトリーチェさんは目的にしてるのであって、碑文殺人や碑文の謎自体に意味がある訳ではない、と。つまりは、どっちに傾くかの勝利条件が達成される事に意味があるという事で、碑文が解かれるというのは紗音さんの勝利条件なのだと推理できます。碑文の謎はベアトリーチェさんではなく、紗音さんにとって意味があるのですね。

論理で考えてみましょう。碑文殺人は戦人さんに約束を思い出してもらうのが目的です。事件の嘘と犯人の正体から連想される約束ですね。この部分を中断するための設定が碑文の謎な訳ですから、碑文が解かれるというのは、戦人さんへの恋を諦めるのと同義な訳です。つまりは六軒島で事件が発生する前の状態に戻す訳ですから、最初から恋が成立していた紗音さんにとって利益があるのですね。そういう事でしょう。ここからルーレットの目が判明します。事件中碑文が解かれると譲治を選ぶ。事件の真相を暴かれ、戦人が受け入れてくれたら戦人を選ぶ。そういうサイコロの目なのですね。これは。

・世界構造の伏線
さて、金蔵さんの書斎での攻防の時にロノウェが非常に重要なセリフをいうので抜粋しましょう。これは世界構造を考える上で、出題者が提示した最強の伏線です。

「右代宮金蔵の破天荒を記せば、書斎の魔導書の数に負けぬ長い波乱の物語が描けるでしょうな。その次の当主(EP5で碑文を解いた戦人)の物語も記す価値が大いにありそうだ。いえいえ、もう記しておりますとも。それはもう長い長い物語に。ぷっくっくっく」

もう記しておりますとも、ですって!!無理やりねじ込んだ感が凄いですが、まぁ手掛かりをくれる分には文句はいいません。十八さんの事でしょうこれは。すでに十八さんは戦人さんの物語をずっと書いてきてる訳ですからね。既に記されてる訳です。これ見て思ったんですよね。出題者が負う手掛かりの提示義務は大変ですねぇと。映像の中に手掛かりをさりげなく配置するのとは違い、文章の世界での手掛かりの提示は分かりやすいので見逃しようがないのですよね。

・ベアトリーチェの心理考察とそこから導かれる物語の真相
さて、では第5のゲームの最悪の謎にいきましょうか。メタ世界で何も語らないベアトリーチェさんは何を考えているのか、その心の推理、そこから導かれるこの物語の真相に。ベアトリーチェさんは第5のゲームで死亡されますね。その原因は何なのか。そして彼女は一体何を考えていたのか。これは推理可能です。ベアトリーチェさんの目的は戦人さんに約束を思い出してもらう事ですが、これは今まで語ってきたように、ハウダニットとフーダニットに至らなければなりません。そこに至った結果、戦人さんにだけは約束が連想される一種の暗号になってる訳です。ここに気付くために一つ重要なのが、ベアトリーチェさんのゲーム盤への挑み方なのですね。大きく分けてアンチファンタジー思考とミステリー思考がありますが、アンチファンタジー思考は作中でドラノールに全部切られてしまいましたね。犯人を未知の人物Xと考える。トリックを未知のトラップXと考える。これは結局フーダニットとハウダニットに至れません。ベアトリーチェさんの事件の真相に至るにはミステリーとして考え、事件で共犯者が口裏を合わせているという部分に気付かなくてはならない訳です。ベアトリーチェさんの目的は約束にありますけど、この目的達成は戦人さんが自発的に思い出さないのなら、事件の真相に至ってもらうしかないわけです。

つまりはベアトリーチェさんは「もしかすると戦人が事件の真相に至って、その結果約束を思い出してくれるかもしれない」という希望が捨てきれないのですね。この希望がまだあるために、メタ世界であのように無言ではありつつも生きている訳です。かすかな望みを残したまま。作中でも明確に言われますね。地獄での拷問で効果的なのは希望だと。希望がある事が拷問なのだと。まさにベアトリーチェさんの事です。しかしその様子を見かねたワルギリアさんに言われますね。いつまでそうしているつもりなのですか、と。決着をつけなさいと。戦人さんが事件の真相にいたるのかどうかは箱を開けないと分からない。でも箱を開けて決着を明確につけなさい。それは怖い事でしょうが、そうしないとあなたはずっとそのままですよ、と。ワルギリアさん優しいですね。おそらく幻想法廷前のこのシーンでベアトリーチェさんは覚悟を決めたはずです。どんな結末でも決着をつけよう。結果を受け止めようと。では結果どうなったのか。

戦人さんは幻想法廷で私の夏妃犯人説に追い詰められ、結局はアンチファンタジーで反論してしまいましたね。結果ドラノールの赤鍵で殺され、ラムダデルタ卿にゲーム盤を追放されます。思考停止という名の死亡だと説明されます。ドラノールの赤鍵はノックスの十戒をつかさどるミステリーの思考の杖です。これに殺されると言う事は、要は「ミステリーで思考する意思が完全になくなり死亡している」という事でしょう。つまり、あの瞬間ベアトリーチェさんに残っていた希望が完全に断たれてしまったのです。戦人さんが約束を思い出す手段が完全になくなりました。ベアトリーチェさんは戦人さんを愛するために生み出された存在です。その彼女の存在意義が無くなった結果、ベアトリーチェさんは全てを諦め死んでいったのでしょう。戦人さんはこの後、ノックスの十戒を思考の杖として真相に至りますが完全に手遅れでした。間に合いませんでした。ベアトリーチェさんは戦人さんに真相を伝えられなかった。戦人さんは魔女の真実に気付けなかった。悲しいすれ違いの結果、最悪の結果が出てしまったのですね。

・第5のゲームの物語的意味と現実世界のリンク推理
この第5のゲームの物語的意味合いは非常に重要です。ポイントはベアトリーチェのゲームの真相には至ったが、至るのが遅かったという点です。偽書世界の伏線の提示をさっきしましたが、この第5のゲームは十八さんの偽書なのだと推測できます。では論点となるのは、一体どういう目的で十八さんは、こんな悲しい話を書いたのかという部分です。ここです。ここが真相への道なのです!!これまでの物語から、ベアトリーチェさんの真相へ至るには、ゲーム盤の真相に至らなければならないのが分かります。しかし、ですね。実際の六軒島では事件前日に事件中断し、一族が殺し合いをしている訳で、要は戦人さんに出題がされていないんです。しかし、十八さんは偽書を書かれている訳ですから、ゲーム盤の真相にいたっているのがわかります。一体戦人さんが彼女の真相に至ったのはいつなのか?それはつまり、現実世界で安田紗代の殺人事件に最初に触れたのはいつなのか?という事になります。幾子さんの家でメッセージボトルを読んだ時、ですね。安田紗代さんが入水自殺した数年後に真相に至っている訳で、これは完全に……手遅れ……なんじゃないですか?これが十八さんの偽書作成の根本的理由であり、魔法EDの真の意味へ繋がる要素なのですね。完全に手遅れになって真相に至った。だけど、最後の瞬間に天国の紗代さんに十八さんのメッセージが伝わったのではないですか?ごめん、と。

色々なパズルのピースを繋げていくと、そういう真相が構築可能です。以前語った足し算の推理というやつですね。こんなに綺麗に解釈できるのですから、これが真相でしょう。余談ですけど、こういう真相に至った状態で物語を読んでると面白くてしょうがないですよね。これもう世紀の大傑作なんじゃないですか?例えば、第6のゲームでこういう赤字が出ますよね。「あのベアトリーチェが蘇ることは、二度とない。」これを十八さんが書いてると想像してみてください。うあぁぁぁとなりますよ!さすがの人でなし探偵も涙腺が緩むのというものです。推理を突き詰めた結果感動するっていうのは、探偵と出題者にとって最高の結果なんでしょうか。きっとそうなのでしょう。何も語らないベアトリーチェさんの心。やはり推理可能なはずだと信じてよかったです。