現在漫画版EP8で色々な事が明かされていますが、メッセージボトル『confession』について、僕がどういう見かたをしてるのかというのを書いておこうと思います。confessionの内容は言ってしまえばEP7のヤスの回想の脚色排除バージョンと言えると思います。confessionとはそもそも何を説明している告白なのか。それは、EP7のヤスの回想とは何を説明しているのかと同義だと思います。そもそもヤスの回想というのは真犯人クレルがウィルと理御に説明をしている物語な訳で、クレルは事件の2年前まで語って、その後ウィルとゲーム盤の答え合わせを始めます。

つまりここにヤスの回想=confessionとクレルに物語的連続性が発生している訳で、要は僕はヤスの回想=confessionとは「EP1~4の86年10月4日5日に至るまでの動機の告白」という見方をしてるんですね。86年に真犯人ベアトリーチェは殺人をやってますから、当然狂言では無いわけです。普通に殺人をやっており、そのトリックの解説が実際confessionで描かれてました。

僕自身はEP8そのものが偽書であるという考え方をしているので、confessionに関する新規エピソード全般も偽書の中の記述と思って見ているんですが、原作の時点で一つ疑問に思っていた部分というのが僕にはあります。それは、現実世界の幾子=伊藤幾九郎は自分の書いた偽書があまりに真相に近く、マスコミに「事件関係者と知り合いなのではないか?」と疑われている部分を一体どういう回避策を取ったのかという点です。原作では何故かそこに触れられずあっさりと猫箱に真相が封じこめられましたけど、その詳細な経緯が描かれてないんですね。今回confessionはその補足ではないのかと思います。幾子にとって致命傷となるのは、現実世界で戦人が生きていた事を知られてしまう事です。これを知られると、彼らの偽書が「戦人の記憶に基づいて描かれている」という見方をされてしまい、猫箱に真相を封じ込める事が不可能になるでしょう。最悪、縁寿が自殺する可能性まであります。

「メッセージボトルconfessionを実は手にしていたから、伊藤幾九郎は真相に至っていたんだよ。事件関係者なんか知らないよ」

というマスコミ向けのミスリードなのではないかと思うんですね。confessionは僕が考察で書いてるように、「ヤスの変装がなぜ誰にも見破られないのか」の説明が全くされてません。僕はそれを成立させるための仮説を考察で書きましたけど、それを前提にすると、やはりあの物語は偽書世界上に描かれているものという事になるんだと思います。

僕のEP7の動機考察というのは、そういう前提を全て考えた上で「じゃあ本当の現実世界ではヤスは何をしようとしていたのか?」という考察なんですね。偽書世界上で描かれる情報から、何とか本当の現実世界の真相を特定できないだろうか、という路線の考察な訳です。

 ・冒頭の新規追加描写
漫画版EP8ではゲームには無かった描写が追加されている。まずはエピソード冒頭に出てきたこの描写だ。

「今一度物語を紡ごう。安らかに眠るあの人のためではなく、もう一人の大切なあなたのために」

うみねこはEP1~8まで作中作であり、この一文の「あの人」とは入水自殺してしまったヤスの事だろう。八城十八は事件後に真相に至った後悔の気持ちから偽書の執筆を始めた。しかし、このEP8ではもう一人の大切な「現実世界の縁寿」のために物語を紡ごうとしている。真実の価値とは一体何なのか。それは縁寿が未来を生きて行くために本当に大切なものなのか。現実世界の縁寿は、このエピソードの意味をきっと真剣に考えてくれたはずだ。

・縁寿のループ世界の解釈
漫画版冒頭では作中に登場する縁寿について、実に分かりやすい補足がされている。「いくつかの人生の分岐、そしてループ。魔女たちに駒と弄ばれながらも、数々のゲームを経て断片的な情報を得る事はできた」このような文章と共に、縁寿が98年の分岐世界やゲーム盤を体験してきている事が示されている。つまり、うみねこの98年世界やゲーム盤世界は地続きの世界であり、縁寿のいる98年世界というのは本当の現実世界ではないわけだ。98年の世界も偽書の世界だった。これは「右代宮縁寿は1998年に必ず死ぬ」という新規赤字が出た事からも分かる。EP6の考察で書いたように、赤字は偽書に十八が書いているものであり、赤字の適用範囲は創作世界のみという事だ。死んだ縁寿は最終的に魔法EDの黄金郷に行った。

・郷田が薔薇庭園で薔薇の手入れをしている描写
これは真里亞の薔薇が事件前に消失してしまう部分の種明かしだろう。うみねこはノックス8条が赤字になっているため、手掛かりを絶対に提示しなくてはならないという制限がある。EP1では料理にバラの花びらが使われている描写があるわけだが、薔薇に関する描写はそこしか存在しないため、ここを伏線として解くべき謎だったのだろう。犯人は郷田だったのだ。

・紗音と嘉音とベアトリーチェ
ミステリーのゲーム盤では彼らは探偵の前に同時に存在できない。漫画版では同一人物だった事が既に明かされており、これはもう確定している。冒頭で紗音と嘉音が2人同時に存在している。ミステリーと関係のないゲーム盤では紗音と嘉音は普通に2人同時に出てくる。これはやはり創作世界だからだろう。EP8は明確に意図が存在する。EP8は縁寿のために紡がれているものであり、戦人とベアトの確執の物語は既にEP6で決着がついているのだ。物語の意図に合わせて描写もどんどん変更される事が明かされている。明らかにEP5で死んだベアトそのものとしか思えないような描写がEP8ではされてしまうのも、これが理由だろう。

・源次の電話の受話器居合取り
源次は居合をやっているのかもしれない。EP2で熊沢と南條が刃物で殺されているが、やはり実行犯は源次だったのだろう。

・型紙とスプレー
紗音が型紙を使って一瞬で扉に文字を書いている場面が追加描写されている。ゲーム盤の魔法陣の模様を描いたトリックの説明だろう。

・赤字とは
「元々赤き真実には2種類ある。死亡状況や現場状況、アリバイなど、それぞれのゲーム盤でのみ通用する赤。もう一つは人物像や在島人数など、どのゲーム盤にも共通し並立する赤。これは猫箱の外にも通用する疑いようのない事実でもある」

この追加説明で重要なのは「猫箱の外」という表現だ。猫箱の内とはもちろん10月4日5日の事であり、それ以外の部分は外側と言う事になる。例えばEP5では85年の世界が描かれている。あそこは猫箱の外ではあるが、赤字は適用されてますよ、という事だ。偽書世界上で猫箱の外にあたる描写にはすべて赤字が適用される。赤字が適用されないのは、偽書世界の外、本当の現実世界だけだ。

 ・六軒島の猫箱の中身が確定
漫画版では一なる真実の書の内容が公開されている。EP7お茶会の惨劇が描写されており、「これは全て真実」と断定系の確定赤字も出ている。六軒島の猫箱の中身はEP7お茶会だったのだ。

・図書の都にあったconfessionのボトル
このメッセージボトルは幾子が描写されている部分にも出てくる。縁寿は図書の都でこのボトルをカケラ化してスカートに入れる。この後縁寿は一なる真実の書を見て自殺するわけだが、カラーページになっている部分の漫画のコマの外の部分がクレルのハラワタの描写の時のように真っ赤になっている。その後縁寿が飛び降り自殺したあと、このカケラは死体の血の中からフッと消える。クレルのハラワタ的手法で描かれる描写は、作者(竜騎士07)がプレイヤーに向けて発信している絶対的真実なのではないかという仮説が私にはあり、一なる真実の書で描かれた惨劇の物語は本当の現実世界での絶対的真実なのだろう。

・戦人が霧江の実子なのは98年世界では周知の事実だった
「戦人お兄ちゃんがお父さんとお母さんの実子であった事は1998年では周知の事実だった。六軒島事件の陰謀説を疑う警察やマスコミが親族の身辺を嗅ぎ回り、件の医者が赤ん坊の入れ替えについて暴露したのだ」

・古戸ヱリカと縁寿の対面
この場面でヱリカは「直接ごあいさつするのは初めてですね」と言っている。EP6のヱリカの「初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!」という部分は、やはり朗読者の階層の縁寿に向けて間接的にあいさつしていたのだろう。

・新規追加の黄金の真実
黄金の真実とは事件部分の意味では「犯人側が結託して吐いている嘘」の事であり、共有された真実の事だが、物語全体としては黄金の真実とはそのような定義ではない。

「俺から縁寿に贈る最後のゲームなんだ…ッ」

EP8の最後の入水シーンでは海の底のベアトリーチェの猫箱の上に黄金の薔薇が落ちてくる。つまり、魔女の犯行だと主張するベアトのゲーム盤は黄金の薔薇が示すように、黄金の真実なのだ。これは作中のEP4でのさくたろうの復活の描写、EP6のヱリカと真里亞の魔法論争の描写と密接な関係があり、黄金の真実とは「辛い真相を知っている人間が、知らない人間を幸せにしてあげるために真実を優しく包み込んであげる事」なのだ。戦人は縁寿が幸せな未来を生きて行く事ができるように最後のゲーム盤を開催した。たとえ幻想の86年の描写だったとしても、それを通じて縁寿に幸せになってほしい。辛い真実なんか知るべきじゃない。そういう戦人の想いが全て詰まった黄金の真実だ。

 ・入水シーン
漫画版の入水シーンではアレンジがされている。まず原作の文章であるこの部分を見てほしい。

二人は互いをきつく抱き締めました。
……もう、運命は二人を引き裂こうとはしませんでした。
そして、何も見えない真っ暗な世界で、……ぽっと、輝きました。
それは温かな、黄金の輝き。二人は一つとなって、……奈落へと沈んでいきました……。

ここの部分がこのように改変されている

そして、何も見えない真っ暗な世界で、黄金の薔薇となり輝きました。

入水したベアトと、ベアトを抱きしめた幻想の戦人は黄金の薔薇になり猫箱の上に落ちてくるのだ。漫画ではこの後ベアトと戦人が、ずっとメタ世界で戦っていたあの部屋にたどり着き、EP1に繋がるような演出がされている。入水とEP1のメタ世界が繋がってるような演出がされているのだ。この漫画版の描写のおかげで、やっと原作のこの部分の意味が分かったように思う。次の部分を見てほしい。

それがふわりと、………純白の無垢な砂の敷き詰められた世界に、辿り着きます。
そこには、白い砂に半分埋まった、……小さな箱が。
それは、静かな海の底での安らかに眠る、ベアトリーチェの猫箱。
その上に、ふわりと、……黄金の薔薇は舞い降りるのでした………。
それは、深い深い海の底のお話。
真っ暗な真っ暗な暗闇の中に。
……ほのかに輝く、黄金の薔薇が眠っているという、とてもささやかな物語……

この文章の「ささやかな物語」ここの意味だ。黄金の薔薇となったベアトと戦人はこの文章のように、猫箱の上に落ちてくる。そしてその猫箱とはEP1から始まったあの戦人とベアトの戦いの物語なのだ。これが「ささやかな物語である」という論法は、十八の視点から語られているものだろう。そもそも実際の六軒島では事件の出題がされていない。戦人は実際の六軒島ではヤスと対決できなかったのだ。十八は事件後にメッセージボトルで物語に触れ、真相に至り、ヤスの恋心を知った。この時の十八の後悔の気持ちは、彼を自殺に追い込むほどのものだった。

十八の綴る偽書に描かれるベアトと戦人の戦いの物語こそが、実際の六軒島では果たせなかった幻想であり、黄金の真実なのだ。実際の六軒島ではヤスのミステリーに触れられなかった。それを偽書上で実現した物語は十八にとって「ささやかな物語」なのだろう。海の底に沈んで死んでいったヤスと、戦人の人格。この二人の温かな黄金の輝きは十八のささやかな物語の中でほのかに輝き続けるのだろう。

・魔法ルートの98年世界
ゲーム盤で「魔法」の扉を選ぶと原作ではビルの屋上のシーンに繋がるわけだが、漫画版ではすでにビルの屋上からダイブした部分に繋がっており、このビル落下の最中に「もう一つの可能性」として手品ルートの回想シーンが始まる。その後防護ネットに引っ掛かり助かるのだが、この縁寿は原作とは違い、ゲーム盤でもらったプレゼントを魔法ルートでも持っているのだ。つまりゲーム盤世界と明確に繋がりが存在する事を示唆している。

・作家縁寿の描かれる最終話
この漫画の最終話は原作から変更されている部分がかなり多い。中でも大きな違いは縁寿に関する変更だ。原作の縁寿は八城十八に面会を求めたが断られ会えなかったと説明されているが、この漫画版では幾子に過去に一度会っていると説明されている。挿入されている背景の絵を確認すると、これはEP8のゲーム盤中に絵羽の日記を巡って、フェザリーヌのいるメタ世界階層から、天草と幾子のいる98年階層に移動したあのシーンの事のようだ。前述した「魔法ルートの98年世界」の項目から分かるように、ゲーム盤世界と98年世界は創作世界として繋がっており、行き来可能だ。この時の記憶を指して「幾子に過去一度会ってる」と発言しているという事は、この最後の最終回の部分が「創作世界である」という可能性が出てくる。

この創作世界という方向性の考え方として、最後の福音の家のでの黄金郷の復活の部分が漫画版では幻想脚色度が原作よりもかなり強い。十八や作家縁寿が幻想勢を普通に認識しているような描写があり、この辺も原作とずいぶん違う点だ。

・最終話の解釈
この最終話について一つ仮説を立てたい。原作の幾子に会っていない縁寿と漫画の会っている縁寿の違いというのは「階層構造」の違いから発生している問題だと思われる。原作の裏お茶会は普通に現実世界を描いているだけだと思われるが、漫画版というのはそうではなく「現実世界の出来事を後に十八と幾子が偽書の物語の締めくくり的な意味で文章化、物語化した世界」なのだと思われる。つまり原作の現実世界の作家縁寿は幾子には会えなかったが、漫画版はこの現実世界の縁寿の部分を「創作世界の縁寿のエピソード」に差し替えているのだと推測される。このためEP8のゲーム盤中に98年世界で幾子に会ったという部分が反映されているのだろう。

この漫画版最終話創作説というのは、根本的な部分としては原作のラストの「この物語を最愛の魔女ベアトリーチェに捧ぐ」と関連している。十八は事件後に手遅れになって真相に至った。この後悔の気持ちから執筆されているのが十八の偽書であり、天国のヤスへの謝罪の意味が込められている訳だが、例えばの話、入水シーンで偽書が完結していると考えると、天国のヤスに向けた物語がある意味で悲しい場面で終わっている事になる。十八が天国のヤスに捧げる物語として適当だと思われるのは、やはり最後の福音の家の黄金郷で戦人人格が迎えられた部分だろう。あそこまでを指して「この物語を最愛の魔女ベアトリーチェに捧ぐ」と考えた方が自然だ。

そういう意味で、この漫画版の最終話というのは、現実世界で起こった出来事をベースに創作化した偽書の本当のラストにあたる部分なのだろう。十八の情報を偽書で明確に描き、ネットに発表する事は「六軒島事件の再熱」を意味するので、おそらくネットには公表しない個人的な心の決着のラストとして書かれたものなのだと思われる。基本的に解釈として創作と考える場合でも大筋の現実世界の出来事に沿ってるはずなので、創作世界とはいうものの、この最後の部分は現実世界と考えて問題ないように思う。