2012年02月07日
大腸内視鏡検査報告

↑ こんなアイコンをみつけました。
平和をもとめる女のアイコンです。
いいよね。
この記事を思い出しました。
たたかう花嫁
さて、大腸の内視鏡検査、報告
そもそもの原因は以前にも書いた猛烈な下痢。
その下痢の最後の方にイチゴゼリー状の粘血便がでた。
びっくりしたよ。お尻が生理になったかとおもった。え?また赤飯?とか冗談じゃなくググりまくった。それによると、大腸の潰瘍、細菌性の大腸炎、それからそれから。うわ〜〜な感じ。結果としては丸一日以上その粘血便だけが出てた。ともかく、医者へ。
検査したが細菌は出なかった。となると。。。
というわけで、内視鏡検査になったのだ。
わたしの自覚としては、なんでもないという感じだった。
身体のプロ、雀ちゃんによると悪いものが出ただけという判断。
そうだよね。
で、検査
昨夜下剤を飲んで、朝、7時から液体下剤スタートの筈がぐずぐずしてて8時から。
飲み方はゆっくりってのが苦痛。コップ一杯を15分かけて飲めっての。全く気配がない。ぜんぶで2リットルのうち1リットル飲んだあたりで第一便。まだ普通。後半戦にはいって一杯10分。それから二便三便のうちは良かったのだけど、1.3リットル位のんだ段階で、直通になってきた。色がないよ、でるものに。水溶便じゃなくて、水です。お尻痛い。ほんとお尻痛い。ひりひり。少しづつのみ進むも、もう1.5リットルあたりでギブアップ。だって全く水なんだもの。
で、歩いて90歩の病院へ。
血圧測定、書類の確認(一週間の便の様子とかかいたもの)
着替えて。後ろが開いた紙の短パンみたいの。
そして点滴開始。腸の動きを押さえるものということだった。途中から痛み止め。一瞬痛かった。それからカメラが入る。不思議な感じ。呼吸法で息を吐いて脱力する。最初横向き、すぐに仰向けになって膝立。それから延々いれていく。時々方向を変えたりするのが、お腹のなかでわかる。思わずお腹をさわろうとしたら、看護士さんに制止された。残念。その間ずっとわたしはモニター凝視。とくにカメラが止まっている時には凝視。眼鏡を外していたので完全ではないが、かなり鮮明に見えていて、いやきれいじゃんとおもった。
入りきって抜いていく。抜く方がゆっくりでまたまたモニター凝視。なにもないと思った。
しばし静寂。
「ハイ竹薮さん、きれいです。ポリープも糜爛も潰瘍も癌もなにもなし。」
やれやれ、よかった。
「じゃあ、先生、あの粘血便はなんですか?」
「痔でしょう」
いや痔じゃないって、そんな自覚全然ないし、先生だってちょっと傷があるっていっただけじゃないの。それも下痢でできたんだと思うよ。つまり、なにか悪いものが出たのよ。20時間くらいの間、出続けて、そのあとぴたっと止まったもの。
と、ますます雀説を確認。
いや、身体ってすごいね。
この間のイヤなものをちゃ〜〜んとまとめて出すんだよ。
すごいね。身体様々だと思う。
2月に入って背中が軽くなったのも実感。
QOLを高めておかないと、来るべきものにそなえられませんからのお。
家に帰ってから。
もうお腹の中が運動会、ぐるぐるきゅーきゅー大変。
空気いれながら検査するのでそのガスが出てしまうまで大変なの。
大おなら大会です、はい。
しょうがないよね。
というわけで、蒲団にはいっておならしながら昼寝。夕寝。
9時前に起床してこれを書いているというわけ。
ああ。やれやれ。
一仕事すんだ。
皆様ご心配おかけしました。
わたしは無事です。
**************
<最近の戦況>
二号機以前不安。
@Happy20790さんのtwilogができました。みなさん、ブックマークを。
それによると
続き6:因みにお金に関しては去年12月の「収束宣言」以降から法的に緊急作業じゃなくなったから危険手当てが出なくなったり少なくなったりしてるんだ。これから先が建屋内の作業が始まって危険なのにね。去年の夏考えると、今年の夏なんか作業員来ないんじゃないのかなぁ…。ほんとに政府も東電もしょうもない。問題主婦としては作業員の人たちがコンビニご飯を食べてるのが腹立たしい。なんとか仕出しができないか。いま、インフルエンザが広がっているという話だけれど、それもご飯がきちんとしてたら違うとおもうのだ。わたしにできることはないかな。切実に思う。
posted at 20:08:16
続き5:ただ選抜された作業員は当然たくさん被曝するんだけど、なんの保証も補償もないのが現実なんだよ。作業員の中にはお金目当ての人もいるかもだけど、ほとんどは与えられた仕事に対しての使命感、責任感、終わったあとの達成感を感じながら作業してるんだ。
posted at 20:07:07
2号機問題でなんとなく良さげと素人のわたしが思う解説。
NHKの科学文化部の解説
この文章は信頼できる感じ。
というか煽りがない。でも危機感はある。
だからといって内容が正確かどうかはわからない。
でも、今、自分の感情の発散のための文章でないことに、ものすごく価値があると思うから。
それと、スピーディーの予測結果のサイト拾ったのでお知らせ。
みなさんも是非。
http://www.bousai.ne.jp/speedi/SPEEDI_index.html
一時間毎の予測が公開されている。
唯一、揚げ足取りは人事でない議論をする田中康夫氏の代表質問原稿 PDF
<今日の夕飯>
TAKEYAMAカレーでした。
<明日すること>
家事。
それから
内緒の計画。
*************
まだお腹がごろごろなってます。
今度は胃に来たよ。
お腹はすいてないよ。
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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2012年02月06日
木更津キャッツアイの「生きる」にゃ〜

『どこかの町内のゴミ箱を片付けるのもゴミ箱一杯の書類が必要なんだからね。』
『生きる』の葬式のシーンで市役所の職員たちが、だんだん真相に迫っていく。
そこで上のセリフがでる。
でも、それは卓越した例外で、一種の死に花だったのかもしれない。
その後、どういうわけか「木更津キャッツアイ」をみる。
ワールドシリーズ。
「ゼロ年代の想像力」の中にあったからだ。
これまたネガとポジの死んだものと生きたものとの話。
行政も選挙も絡む、自衛隊も。
「普通、普通って、普通が一番偉いのかよ。」
「俺は22で止まってんだよ。俺といる時は俺にあわせろよ」
「わかってるよ。でも無理してあわせると、怒るだろ」
良い話だった。
死んだものの残念さと生きるものの窮屈さをあわせて
きちんと申し送りをすればいい
一生懸命、やりたいことをやりたい人とやればいいっていうことだ。
面白かった!!
******************
<最近の戦況>
ふくいちの2号機の温度が上昇してる。
福島第1原発2号機で原子炉の温度が上昇している問題で、東京電力は、原子炉への注水量をさらに増やして対応しているが、温度は依然、70度を超える状態が続いている。心配だ。
2号機の圧力容器下部の温度は、2月2日には、およそ52度だったが、5日午後11時の時点で70.3度と、20度近く上昇した状態となっていた。
このため、東京電力は、増やしてきた原子炉への注水量を6日午前1時半ごろ、さらに1トン増やし、1時間あたり10.6トンで注水を行っているが、6日午前7時には、73.3度と、今回の一連の温度上昇の中で最高の温度を示したほか、午前10時時点でも70.5度と、依然70度を超える状態が続いている。
原因はまだわかっておらず、東京電力では監視を続けている。
(02/06 12:14)http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00216704.html

↑ バッグ届きました。ウチに今3枚あります。
近々お会いする方で欲しいかたメッセください。
もちろんこちらからご自分でご注文下さるのも大歓迎。
プレゼントにもいいとおもうな。
A3は入りませんが、B4はすっきり入ります。
それとリンク先のステッカーもすごくいい。
早速、玄関に貼りました。
<今日の夕飯>
鯖と大根の味噌煮
湯葉、水菜、ベーコンの煮浸し
ブロッコリと白菜の浅漬け
お味噌汁(大根、人参、あぶらげ)
<明日すること>
午前7時から下剤を飲みはじめて
午後1時から大腸の内視鏡検査
たぶんなんでもないので、すんだら家に帰ってご飯。
夕飯をつくって出勤。
なんかあったら、一泊入院。授業は休みで来週に移す。
もっとなんかあったら、もっと長い入院を別途。
たぶん、なんでもないので楽観してます。
カワク・ワ ロロマニ
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2012年02月05日
20120205 日乗記

日曜日
ゆっくりすごしました。

ヤクザと原発 福島第一潜入記
これはおもしろかった。
もうすこし整理できるんではないかと思った。
しかし、一読の価値はある。
原発という問題は、やくざと同じだという。
両方とも社会の余計者だと言う点で。
しかし、どちらも何らかの因果をたどって生まれてきた。
わたしは水商売の家に生まれたし、
父も母も普通の親ではなかったので、見えるものの背後にあるものを、ある程度見せられて来た。この本の中では任侠右翼=暴力団となっていたが、わたしの知っている任侠のおじさんは暴力団というイメージではなかった。お城のお堀で水ごりし皇居遥拝する人だった。行き場のない若者たちはそのおじさんに預けられて社会化されていた。同じように現役を退いたおねえさんたちも、こまった女の子たちをあずかって行儀作法、家事一般を教えたりしていた。そういう仕組みがあったのだけども。
しかし、いくらヤクザでも原発を引き受けることはできない。
わたしたちの暮らしは「水洗トイレ化』したと思う。
台所の「流し」も「シンク」というと魚のワタとかそんなものが見えなくなる。
蛇口というのは水の神、龍神につながる。だから蛇口と言ったとき、その背後に天地を透かしみていた筈なのだが、龍を架空の動物と言ってしまった段階で、水は瞬間にしか存在しなくなる。蛇口をひねったらでて、シンクの排水孔に流れさっていくだけだ。
闇や背後や奥行きのない世界では生きていけない。
勝手な物語はいらないけど、汚いもの、死や闇がほんとうに大事だと思う。
<最近の戦況>
とんでもないことです。
飯館村での政治活動の禁止
周りの人に話してください。
これは、憲法に反していますよね。
個人個人が自由に自分の意見を持つことが許されないとは。
新天地を求める会の要望書
シリアも。
中東の自由化は長い道のり。
たくさんの血が流れている。
たとえば、ここ
<今日の夕飯>
冬瓜、人参、わかめのお澄まし
酢豚
豚肉、里芋、カラーピーマン、ピーマン、カシューナッツ
このレシピですが、里芋を入れるのは良いとして、
やはりイチゴジャムよりもケチャップのレシピの方がいいな。
タマネギやタケノコやその他の野菜も入った方がおいしい。
つまり、酢豚に里芋を入れるのは有りということだ。
<明日すること>
小論のネタさがし。
ほかには特になし。
どこか片付けよう。
あ、流しの上の棚の中をが散らかってきたので片付けよう。
*************
春来たり 冬過ぎぬ今 新世紀 yamiを織り込むツイードのごと
*************
カワク・ワ ロロマニ
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2012年02月04日
20120203-4日乗記

昨日はフルに動けた。
いやあ、ほんとに感動。
まず塩ケーキを焼いた。
朝11時過ぎに家をでて。渋谷のむこうまで
みなみのピアノの発表会を聞いた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲2番。いい演奏だった。
ひとつひとつの音がたっぷりしていて、しかも抑制がきいていた。技を見せるのではなく自然だった。みなみがいい状態にあるんだなと思った。よかった。
それから銀座まで。
この前買った絵を取りにいった。
それが ↑ の絵,
一筆で描いた勢いがある。小さいものなんだけど、手に取ってながめちゃう。
なんかお札みたいな気がするので
南向きに飾ろうと思う。
それから、家に取って返して生活クラブで恵方巻を受け取って家に帰り、みそ汁をつくり、四時半を回ったあたりで出勤。塩ケーキをふるまう、質問、説教、励まし、喝などなど。そして授業。よく動いた。
その反動で、今日は寝て曜日。
おばあちゃんをデイに送り出した後は、いつもの家事以外は寝て本を読んで寝て。
あ、今日から上智が始まっている。
この暮らしに感謝する。
************
昨日、銀座一丁目の駅で、立ちすくむ人をみた。
一瞬息を飲むような姿だった。
いわゆるホームレスの人。
背中が高い位置で異様にふくらんでいる。
そこから折れ曲がって肩を落とし、首をたれている。
階段の踊り場の隅で。
彼はなぜ立っているのか。
なぜ座っていたり、横になったりしていないのか。
あるいは立つにしても壁にもたれて立たないか。
ただならぬものがあった。
夜、mixiのつぶやきで物乞いを見たというものがあった。
物乞い。
今時みない。
世の中の歪みが飲み込みきれず外に出ているのだな。
小さいときの記憶
赤い着物を着たわたし。頭にリボンなどついている。父がわたしに小銭をわたし、「お乞食さんにどうぞと言うてこい」と指図する。わたしは小銭をちゃりんと入れながら、どうぞという。ありがとうとその人がいう。傷痍軍人だったり、そうでなかったり。父は「お乞食さん」といった。「お」がついていたと思う。方言では「へんど」といった。なにか汚い語感だった。
その語を検索してみたら四国方言で「遍路」や「反吐」の変化とあった。
お遍路ってなんだろう ← このページは読み出があった。ハンセン病の人がいるというのは知っていたが、職業遍路の人がいるとはしらなかった。四国というのはそういう国なんだな。そういえば、村上龍のヒウガウイルスの中にでてくる四国もそんな感じだった。そんな時代がくるのかもな。
でも、音楽と絵と仕事と休息と信頼できる人間関係と家族。
そのなかでものを考え整理していきたい。
*************
<最近の戦況>
早川センセのtogetter いろいろあります。
とくに、四月五月が関東にいない方がよい
マスクがはなせません。
昨日ご紹介した南三陸のTシャツ早速来ました。
まずメッセージ(画像をクリックすると大きくなります)

このプロジェクトの由来(画像を〜)

Tシャツ、龍の柄

裏。「。」がいいよね。

なんだか、型紙を置きながら女の人たちがワイワイいってる感じがする。
そのつながった感じがいいです。
ご用命はこちら。みなみな屋
<今日の夕飯>
イワシの丸干し
八頭、人参、印元の煮物
小松菜ともやしの胡麻和え
大豆おこわ
(大豆、切り昆布)
みそ汁
(サツマイモ、油揚、わかめ)
昨日は恵方巻だったので、今日節分みたいなご飯
<明日すること>
買い物。
他になにしょうか。
未定。
あ、これを読みます

ヤクザと原発 福島第一潜入記
カワク・ワ ロロマニ
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2012年02月02日
20120202日乗記

この春休みの期間に習慣にしたいことが、一日の間に運動すること、お風呂に入ること、記録をとること。この三つを毎日できたら、ずいぶんと生活が変わるかなと。運動は買い物で歩くことや、その他ストレッチとか筋トレとか断続的でもいい。お風呂はやはり入ると翌朝が違う。お風呂はめんどくさいので本当にハードルが高いんだけども、でもこれは獲得目標。記録は買い物とか支払いの予定とか読書録とか誰かにあったとかそういうこと。覚えていられないので書いとくと、生活のコントロールができると思う。
さて今日だ。
今日はいつもの家事。
それから駅前の薬局に。そば屋の野菜スタンドでキャベツ、小松菜と大根。
普通の大根なのに150円。野菜スタンドでも高いわ。
いったん家に帰って昼食。
確定申告を作る。葉書三枚。
あさこはうす、南三陸、岩手。
それから、ファミマ、ポスト、生活クラブ。
クレジットカードや銀行振替をほとんど止めて(可能なものは)コンビニ払いにしている。ファミマではらったらTポイントがついた。これはお得。今月からだって。そのあと生活クラブのデポーへ。
どういうわけか、今日は先輩たちと会えた。
都民投票の締め切りが近いからだ。
早速声がかかる
「竹薮さんはもう署名済みよね?」
「はい。反対ですけど、署名はしました。」
「はいはい。聞いてますよ。でもいいの。署名してくれれば。」
にっこり。この笑顔すごいよなあ。
目的のためには、全部飲み込む。
もうひとりの先輩が後ろから声をかける。
「竹薮さんの気持ちわかるわよ」
この方は最長老の一人。
本人訴訟までやっちゃう強者だ。
「ほんとにさ、間接民主主義の限界よね」
「はい。わたしはダメだろうと思ってます」
「うんうん。そうよねえ。」
「わたし、生きてるうちに戦争状態になるなんて思ってもみませんでした。」
「あらら。なんてこというの。でも、ほんとにそうね。
わたしは二度目だけど、前のは覚えてないし、
今回は戦争だってわかんないから、なお悪いわね。」
「そうです。自分と戦争状態でもあるし。」
「そんなに利口にならなくていいんじゃないの?
見にふる火の粉は払わにゃならぬくらいで」
先輩たち二人は、自分のところに来る人にひとりひとりニコニコ笑いながら話をするのだ。そして、署名しようがしなかろうが、人間関係を作っていくのだ。そうやってこの地で家族をつくり、こどもを育て、舅、姑を見送り、夫も見送り(ここ1、2年の間のことだった)この地で暮らしていくのだ。ここが地元、ここが故郷だ。わたしもそうだ。
先輩たちがいなくなったら、わたしはどうするんだろうか。
ちょっと考えた。
帰って来て、ネットをふらふらして、買い物をした。
ちょっといいものを買った。
<最近の戦況>
原子力?おことわりバッグ
650円ですよ。安い。
そしてリンクのページは福島に縁ある、問題主婦にも縁あるかたのサイトです。
ただ買うのではなくて、つながる買い方しませんか。
もうひとつ。
南三陸彩プロジェクト
ここの商品いいですよ。Tシャツも素敵。ハンチングも素敵。
やはりね。チャリティだから品質に問題ありじゃダメだと思うの。
長丁場、長期戦だからこそ、いいものを。
ひとりひとりが戦場でいい仕事する。それが大事だと思う。
東北の地図をつくる。
これもそんな話。
<今日の夕飯>
広島お好み焼き。
ホットプレートを新しくしたら、嘘みたいにきれいにできた。
きれいだけじゃなくて、おいしい!!
ガスコンロもそうだけど、ホットプレートもこんなに違うか。
<明日すること>
みなみのピアノを聞きにいく。
そのあと、銀座の画廊にこないだ買った小さな絵を取りにいって
その後地元に帰って、デポーで恵方巻を受け取って家に届けて
仕事にいく。
*********
上の写真は、苔玉のシクラメンの根元。
花も葉っぱもいっぱいでてるでしょ。
ちょっとね。
林みたいで、いいなと。
カワク・ワ ロロマニ
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2012年02月01日
みえない未来を透かしみる

石原吉郎の文章を、最近授業した。
というか、良い文章だし設問も良いのでよく使う。
そのなかで、オプティミストの勇気とペシミストの勇気がどう違うかが問題となる。
オプティミストの勇気というのは、ただ前向きということではない。猛烈な逆境のなかで、きちんと状況を受け止め、明確な展望をひらく理知の力を持つことだ。しかし、そのような展望を持ち得ないとき。つまり人間が状況を切りひらくことができないとき。人間でないものとして死ぬより、人間として死ぬことを選ぼうとすること。それがペシミストの勇気だ。
バム地帯のようた環境では、人は、ペシミストになる機会を最終的に奪われる。(人間が人間でありつづけるためには、周期的にペシミストになる機会が与えられていなければならない)。なぜなら誰かがペシミストになれば、その分だけ他の者が生きのびる機会が増すことになるからである。ここでは「生きる」という意志は、「他人よりもながく生きのこる」という発想しかとらない。バム地帯の強制労働のような条件のもとで、はっきりしたペシミストの立場をとるということは、おどろくほど勇気の要ることである。なまはんかなペシシミズムは人間を崩壊させるだけである。ここでは誰でも、一日だけの希望に頼り、目をつぶってオプティミストになるほかない。(収容所に特有の陰惨なユーモアは、このようオプティミズムから生れる)。そのなかで鹿野は、終始明確なペシミストとして行動した、ほとんど例外的な存在だといっていい。あるいは
後になって知ることのできた一つの例をあげてみる。
たとえば、作業現場への行き帰り、囚人はかならず五列に隊伍を組まされ、その前後と左右を自動小銃を水平に構えた警備兵が行進する。行進中、もし一歩でも隊伍を離れる囚人があれば、逃亡とみなしてその場で射殺していい規則になっている。警備兵の目の前で逃亡をこころみるということは、ほとんど考えられないことであるが、実際には、しばしば行進中に囚人が射殺された。しかしそのほとんどは、行進中つまずくか足をすべらせて、列の外へよろめいたために起っている。厳寒で氷のように固く凍てついた雪の上を行進するときは、とくに危険が大きい。なかでも、実戦の経験がすくないことにつよい劣等感をもっている十七、八歳の少年兵にうしろにまわられるくらい、囚人にとっていやなものはない。彼らはきっかけさえあれば、ほとんど犬を射つ程度の衝動で発砲する。
犠牲者は当然のことながら、左と右の一列から出た。したがって整列のさい、囚人は争って中間の三列へ割りこみ、身近にいる者を外側の列へ押し出そうとする。私たちはそうすることによって、すこしでも弱い者を死に近い位置へ押しやるのである。ここでは加害者と被害者の位置が、みじかい時間のあいだにすさまじく入り乱れる。
実際に見た者の話によると、鹿野は、どんなばあいにも進んで外側の列にならんだということである。明確なペシミストであることには勇気が要るというのは、このような態度を指している。それは、ほとんど不毛の行為であるが、彼のペシミズムの奥底には、おそらく加害と被害にたいする根源的な問い直しがあったのであろう。そしてそれは、状況のただなかにあっては、ほとんど人に伝ええない問いである。彼の行為が、周囲の囚人に奇異の感を与えたとしても、けっしてふしぎではない。彼は加害と被害という集団的発想からはっきりと自己を隔絶することによって、ペシミストとしての明晰さと精神的自立を獲得したのだと私は考える。
メーデー前日の四月三十日、鹿野は、他の日本人受刑者とともに、「文化と休息の公園」の清掃と補修作業にかり出された。たまたま通りあわせたハバロフスク市長の令嬢がこれを見てひどく心を打たれ、すぐさま自宅から食物を取り寄せて、一人一人に自分で手渡したというのである。鹿野もその一人であった。そのとき鹿野にとって、このような環境で、人間のすこやかなあたたかさに出会うくらいおそろしいことはなかったにちがいない。鹿野にとっては、ほとんど致命的な衝撃であったといえる。そのときから鹿野は、ほとんど生きる意志を喪失した。両方とも石原吉郎「望郷と海」筑摩書房所収望郷と海 (ちくま文庫)
この鹿野武一(かの たけかず)については「鹿野武一関連資料集」を参照のこと
さて。
昨今のニュースで胸のすくことは滅多にない。
この間など、twitterでsunnyさんに噛み付いている人がいた。
その人は瓦礫の処理をしている人なんだそうだが、原発作業員より自分の方が過酷だと怒っているのだ。たぶん、その人がいっぱいいっぱいなんだろう。そして、どれぐらいいっぱいかということを訴えて、原発作業員の人たちに八つ当たりしているんだろうと思う。
日本中で同じようなことがいっぱい起こっている。
すごいことが起こっているのに、無味無臭無色の放射性物質の特性のおかげで、すでに日常が復帰している。なかったことにしているのは政府だけではない。わたしたちもだ。そしてわたしたちはなかったことにしているが、福島ではなかったことにするフリがなされ、なかったことにできない津波の跡は、なかったことにできないので、受け止められない苦しみが残る。
悲しまなきゃいけない。
現実を受け止めなければならない。
テレビはいつもLの字型にフレームいれて、行方不明者の数や放射性物質情報をいれるべきだ。すべてのニュースや報道番組は、継続して扱うべきだ。戦争中に戦況が報道されたように。
それをマスコミがしないなら各市民は自分でするべきだ。
戦争中でも飲み食いして寝起きしたように、わたしたちは非常時をいきている。戦争中の人たちは非常時だと思っていたと思う。わたしたちとは違って。それなら、わたしたちも非常時を悲しみ苦しもう。そして戦時中のように大本営発表ではなく、自分で/自分<たち>で判断して非常時でも自由を確保しようではないか。
どんな死が来るかはわからない。
だが、わたしたちは人間でないものとして生きるよりも、
人間として生きて来たるべき死にいたるべきだと思う。
勇気をもって悲観し、
さらに努力して楽観にいたる。
なんだか修行みたいだ。
でもそうしなきゃしょうがないんじゃないか。
この66年という無思想、無総括のツケを一気に払うといっていいと思う。
いや、66年どころじゃない。
この間みた番組で、足尾鉱毒事件のとき、東京帝大の科学者は「銅は少しなら身体にいい」と言ったという。現在と変わらない。正確には現在は百年前から変わっていないのだ。
回収されない。
それから、任せるのを止める。
メニューから選ぶのではなく自分で開拓するしかないから。ねえ。
というわけで
話は飛びますが、わたしは家族にわたしが脳死しても臓器移植は拒否すると意思表示しました。これまでは、脳死/臓器移植には反対だが、わたしの臓器は使ってもいいという立場だったのだが、止めました。わたしは自分の生ではなく、死を<贈与>したいと思うので。
死を考えられない文化は貧しいと思います。
************
今日は宿題を全部やりました。
ほんとはボランティア出勤する予定だったんですが、諸般の事情で無理になり、その分情報機器によって質問に答えました。宿題なし。気持ちいい。
天と地よ 生まれ変わりや死にかわり 光よ闇よ 風吹き抜けて
************
<今日の夕飯>
鶏の唐揚げ
1キロ。すっきり。
ブロッコリーのゆでたの
白菜付けと人参の炒めもの
大根、白菜、わかめのみそ汁
胚芽米と白米1:1のご飯
男子チーム、胚芽米を承認しました。
<明日すること>
買い物。
薬局。
プリント作り(高2の分)
いつもの家事。
カワク・ワ ロロマニ
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2012年01月27日
自分繕い/自分始末

というわけで、今期の春休みにしたいこと。
ほんとは田舎に帰ってみたかったんだが、今の状態では、とてもその気力はない。
ほんとにどこかにいくのが面倒で面倒で。
一人ではいけない。
まあ、そのうち戻ってくるだろう。なんというか自分の中の汐目のようなものが。
で、春休みにしたいこと。
ツィッターのフォローとリストの整理
フォローが増えたのでタイムラインがよみづらい。
フォローをはずしてリストを細かくしたい。
玄関脇のロッカーの片付け
ここになにを収納するかだ。
廊下のもの入れの片付け
これは昨年やったんだけど、まだ不十分
もう一度トライ
習慣づけたい
毎日お風呂に入ること
毎日なんらかの運動をすること
毎日記録をとること
この三つをできるようになりたい。アプリの手帳なんかいいかもしれない。
新年度の服をどうするか
ここ2年 ジーンズできたのだが、そろそろスカートにもどってもいいかな。
無理かな。無理だとしたらどうするかな。
そろそろ靴がアウトになって来てるので、ここもあわせて考える。
PCの修理
なんかへんなの
それとDVD、CDを読まない。これは治さないと。
それともうひとつ。
書く。何年も書く書くといって書かないので、書く。
有料メルマガで連載とかいったら、書くかしら。有料なら書くかも。
たとえ、百円でも。
しかし、おこがましいか。
*************
帰ってきたのにお風呂を占領されたので、日記なんか書いてます。
はやく入りたいよぉ。
そうだ、チロルチョコが品薄になってる。
人員確保ができないせいだそうだ。
で、発売中止になる商品もあるとか。
生徒によれば、ない店ばっからしい。
これも震災の影響なんだと新聞記事にはあった。震災処理に人員をとられているそうな。
そうなんだ。そうなのか。
************
飴にチョコ 往って還って 微笑んで 迂回路通す メタメディアすぃーつ。
************
<今日の夕飯>
三色丼
肉豆腐
ひき肉、豆腐、干し椎茸、タマネギ、人参、生姜
炒り卵
ほうれん草
みそ汁
大根、人参、油揚
<明日すること>
二時から授業
その前に教材選定とレビューテストつくり
夕飯つくれるか。
仕事の前に銀座にいけるか。
どうだろう。
************
カワク・ワ ロロマニ
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2012年01月26日
悲しみ、疲れを堪能すること。

今週は月曜からずっと土曜を除いて毎日授業する。
日曜もリクエストにおこたえして授業。
この一週間が終われば、だいたい今年度は終わりだ。
先週の土曜はゆるこちゃんとすずめちゃんが遊びに来てくれて、ながながおしゃべりした。楽しい時間だった。3.11のあと読書会は7月か8月が最後で、やれていない。わたしがくたびれているから。だから本はなしで、ウチに来てもらって、お茶飲んでご飯食べてケーキ焼いて食べて、しゃべってしゃべってしゃべった。こころおきなくいろんなことをはなせる女友達との時間はほんとに楽しい。わたしたちは自由に話せる。話している間に自分に気付いたり、自分とは違う人に揺さぶられたりする。
彼女たちは正直なので、わたしが「なにそれ」と思うことにすんなり納得したり理解を示したりする。わたしは彼女たちを信頼しているので「そうなんだ」と思い直したりする。同世代の友達とはもっと近い。いろんなことが言わずもがなだ。わたしが「なにそれ」と思ったら相手もそう。わたしが「そうだよね」と思うと相手も。この辺が年の離れた友達では違ってくる。でも、お互いに理解可能なのだ。それは信頼関係による。食い違いは一種のもつれのようなもので、ほぐす作業を共有すればいいだけだ。
だが、それが上手くいかない場合もある。
原発住民投票に反対である。それは、東京に住んでいるわたしの皮膚感覚では、直接請求が成功するとはおもえないからだ。東京の人たちは冷えている。そのように思う。3.11直後、石原が「瞬殺」問いっていい早さで当選した。それは、主体性の放棄以外のなにものでもない。人々は疲れているのではないか。
都市の生活は、満員電車に象徴される非人間的なものだ。
その非人間性に蓋をして、高度な消費を謳歌するのが都市生活だ。
その蓋とは感覚の遮断である。
感覚を遮断していないと都市で生活なんてできない。
8月に福島にいったときに感じた不全感
ドームの中で生活しているように感じると言った人もいた。
つまり、受け止めることができないのだ。
だから、ドームに入って、感覚を遮断してくらしている。
その人たちに対して、危険を感じないのかというのは鈍感だ。
わたしは疲れている。
日々押し寄せる情報と、これまでの生活の自明性の喪失は著しい。
この解決が単一課題によるとは思えない。
市民が投票すれば解決するなんてナイーブにすぎるし、だいたい市民は投票しないだろう。
大阪で目標を達成できたのは、大阪が遠いからではないかと思っている。
たとえば、次の記事を読んでほしい。
四号機が二回爆発の怪
かいつまむと、3月の記事が今も出回っているということだ。しかも、国会議員までそれを鵜呑みにしていると。リテラシーをもって読めば簡単に見破れることを、どうしてできないのか。ちゃんとやれよと批判してもしかたない。できないものはできないのだ。この状況下で正しく情報を読みとるなんて、かなり高度な能力だ。だから3月に人々は石原に投票したのではないか。
津波の被害。
寸断された遺体。
なにもかも根こぎになった。
見るも無惨な光景。
その後の原発事故
今度は逆に見えもしない脅威。
匂いも味も触れることもできないものに浸透されているということを、四六時中意識して生きていけるものだろうか。そうすべきだという人は、よほどの強者なのだろう。たいていは四六時中意識したつもりで、表面だけなぞっているのだ。だから、上のような事態が起こる。
そうやって判断を停止して不安に回収されているのだ。
あるいは、たいしたことはないと安全に回収されていく。
わたしたちは、自分に気を配った方がいい。
長期戦なのだ。
自分を大事にした方がいい。
ちゃんと悲しんだり、ちゃんと苦しんだり、ちゃんと疲れたりした方がいい。
都合の悪いことは「なかったことに」したり、大事な会議の「議事録をとってなかった」りする政府がnever give up を宣言して、命がけで作業している現場に対して「平常に戻った」からと「食事を自前」にして「危険手当をつけない」ような企業が「値上げを権利」だといって責任をとらずにいるのだから、事態が好転するわけはない。だったら長期戦になるしかなく、わたしたちは緩慢に浸食されていくのだから、せめて「暗い夜を明るく過ごす」ことではないか。当分夜明けはこないのだ。
悲観しているのでも、諦観しているのでもないつもりなんだけども、
お前は何もしてないじゃないかと批判されるのは心外なのだ。
確かに、最前線の人たちのようには動いていない。
でも、見てないわけでも、感じてないわけでも、考えてないわけでもない。
夜明けを求めていないだけだ。
ないから。誰も夜を昼にすることはできない。
だったら、自分が明るくなるほかないじゃないか。
そのためにわたしは、十分に悲しみたいし、疲れたといいたい。
弱音を吐きたい。
がんばらないでいたい。
がんばることに回収されたくないのだ。
夜のまま、また春が来る。夏が来る。
その夜の四季を生きる思想をわたしのなかに見いださなければならないと思うのだ。
朝は、突然くるだろう。
それは人間がもとめて来させるものではなく
人間とは無関係にくるのだろう。
だから、待っていられないだろう。
などということを、なんと授業でも話している。
辺見庸を素材にして。

瓦礫の中から言葉を―わたしの<死者>へ (NHK出版新書 363)
今日のクラスでは、真剣にきいていた。はっと気がついたら静まりかえって、わたしの声だけが鳴っていた。一年話し続けてきたもんな。わたしの本気が通じているんだろう。チャラオもしんとして聞いていた。
そういう意味ではちょっとだが達成感がある。
受かるか落ちるかなんてどうでもいいんだ、そんなことは小さなことなんだ。
受かったその先をみよ。受かるというのはただ受かるだけのことだ。それは切符でもなんでもない。その先はだれも教えてくれないから、君ら一人一人が考えるしかない。むしろ君らの方が新鮮な言葉を見いだすかもしれない。それをわたしに教えてほしい。
そういっても、なんだそれ?みたいな顔をする奴はいなかった。
*************
親しい皆さん
ROMの皆さん
どうぞ、ご自愛ください。
ほんとに長期戦なので、ゆっくりいきましょう。
寝ましょう。
運動しましょう。
ジャンクじゃないものを食べましょう。
親しい信頼できる人間関係をキープしましょう。
自分を有効にしましょう。
マジで。
*************
<今日の夕飯>
赤鯛の粕漬けを焼く
大根と人参のカルボナーラ風
蕪の葉の炒り煮
白菜と油揚のみそ汁
ご飯は胚芽米3に白米2にしました。
<明日すること>
午前中、ゆっくりする。
家事、金曜の教材選定。
夕飯をつくって3時に出勤。
9時半まで授業。
**************
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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2012年01月19日
遠くを見る。

今日は午前にわたしの医者。午後にばあちゃんの医者。
同じ医者なんだが(我が家から90歩の総合病院)わたしは午前しかやってないとこ。ばあちゃんは内科なんで午前に一緒にいってくれればいいんだけど、かかるのは院長か、院長の息子かに決まっている。だから二往復。いや三往復。なんでかというと、ばあちゃんの薬は一回分毎に分包されている。朝昼夜とそれぞれ違うし、それを28日分。時間がかかるので、待つのはたまらんし、薬剤師さんもせわしない。そこで後刻になる。というわけで三回。
二回目はばあちゃんと一緒に往復する。
先月。先々月。二回ともばあちゃんは息が上がってしまった。そこで今日はゆっくりあるくことを工夫した。なんで早足になるかというと、姿勢が悪いからだとわかった。腰がまがって前のめりになる。そうなると転ばないように足が後から必死についていくことになる。そこでそれなりに早足になる。だから今日は腰、背中をのばすことをこころがけた。そしたら、ちゃんと歩けた。猛烈にゆっくりだけど、きれいに歩けて、息もあがらなかった。
で、そのために背中のばしてとか。腰をのばしてとか声をかけてたのだが、
ふと思いついて、遠くを見てと言ってみた。これがよかった。
自然にのびる。
きれいにすっと立つ。
そうか、視線が大事なんだな。
遠くを見ていると自然に身体がのびるんだ。
若い人たちの腰が落ちて、ずり足で歩くのも
視線が近い、低いからなのかもしれない。
彼らは携帯の画面ばっかみてるからなあ。
*************
昨日今日とあったかかった。
明日は雪だと。
今日はあちこち片付けた。
午前中は眠くて身体が動かなかったが、午後になったら良く動いた。
そこで、額を二つ。納戸の衣類。ベッドメイク。ベランダの大きな鉢に保温保護。食卓。わたしのプリント資料類(なんで紙ってこんなに溜まるんだ!!)段ボール類、プラスチックゴミ。トイレ掃除、などなど。
片付くと気持ちいい。
晴れ晴れする。
それと葉書二枚。
ひとつは訃報への返信。
もうひとつは、あさこはうす。第二信。
*************
上の写真は道ばたの雑草。
きれいだと思った。
冬枯れて 緑あやなす 錆茜 美しとぞ思う 人の剛きに
枯れたものを美しいと思うのは、人間のへそ曲りかもしれない。
だけど、それが今を楽しむということかもしれない。
なあんてね。
<今日の夕飯>
サバのみりん干し
シュウマイ
肉じゃが
ほうれん草ともやしの胡麻と鰹節和え
大根、葱、水菜のみそ汁
16品目!
<明日すること>
朝の家事
書類の処理
夕飯の支度
豆と具沢山のスープの予定
セゾンカードの解約
1時から9時まで授業
↓ 今読んでいる本。いい時代だったな。

柄谷行人中上健次全対話 (講談社文芸文庫)
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに遠いまなざしをもたんことを。
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2012年01月18日
「絆」と早川先生問題。

朝ドラのカーネーション。なんとか毎日見ている。朝の目覚まし代わり、起き上がってテレビを15分見て一日を強制始動する。それも動機。でも楽しみに見ているのも確か。おひさまの陽子さんはお行儀が良すぎて、ちょっと煙たかった。でも今回の糸ちゃんは「なかま」だ。だから共感をもって見ている。また、戦後のあの風景は見たことのある風景だ。糸ちゃんの末っ子世代がわたしだから。
月曜の回がなかなか見せた。
糸ちゃんは娘なのに「息子」と言われる女丈夫だ。父も夫も亡くなったなか、ひとりで大家族を支えてがんばっている。戦争中に、友達の奈津の窮地を救えなかった。それは大金が必要だったので糸ちゃんには無理な話だった。しかし、奈津はそれが原因で売春婦に身を落とす。一方、幼なじみの勘助の母である髪結いのおばさんは、長男泰蔵と次男勘助の両方を失い、寝込んでいた。おばさんは糸ちゃんを拒絶する。「世の中の人間が、みんなあんたみたいに図太いと思うな」だ。
さて、
糸ちゃんは奈津に立ち直ってほしいと思う。
だが、自分が動けば奈津は意地をはってことが上手く運ばないと考え、髪結いのおばさんに頭を下げる。「奈津はおばちゃんにだけは弱いところをみせるんや。」そして奈津の説得を頼む。おばさんは断るが、しかし、気力をふりしぼって奈津に会いにいく。そして、奈津の悲しみを受容する。
これは、自分の悲しみの受容でもある。自分の悲しみを認めることができなかったおばさんは、奈津を受容することで改めて受け止め、そして過去にする。おばさんは奈津を髪結いの店に誘い、そんな資格はないと固辞する奈津を「(そんなことは)いいなや。前いこ。ウチもそうする。」弱いもの同士の受容と共感。そして立ち直りは、何とも美しかった。
その後、髪結い店を美容室とあらためたおばさんたちに、糸ちゃんは白衣を用意する。ワンピースみたいな白いドレス、ユニフォーム。その服を着て奈津は糸ちゃんに向かう。その奈津を糸ちゃんは制する。「なんも言わんでええ。これで貸し借りなしや」奈津は糸ちゃんに「ありがとう、ごめん」を言いたかった。しかし、糸ちゃんはそれを言わせない。これは強いもの同士の関係だ。プライドをもって相手に敬意を払う。これは凛々しかった。
この二つの組み合わせは「妙」だと思う。
最近目につくもの。
「ぬまゆ」さんへの誹謗。早川由紀夫さん問題。
ぬまゆさんは体調が悪いと言っている。それだけだ。だが、安全だと言う人たちは不安をあおっていると批判する。一方でぬまゆさんに味方する人は、これは被曝だ、いよいよ来たという。両方とも「妙」ではない。危険と安全に回収されている。まず、ぬまゆさんの話を聞こうよ。そう思う。
それと早川センセ。3.11に関して早川センセの功績は非常に大きい。放射性物質の拡散に関しては物理学ではなく風の動きという地学の領域だからだ。今年に入って空間線量が高くなってからも、風の動きについて資料を提供してくれている。早川センセは関東ローム層のできかたを明らかにされた方だ。(リンクのリンクもよろしければ)それによれば関東ローム層は土ぼこりの堆積でできているということだ。毎年毎年土ぼこりがつもってできる。平野だから広く拡散するのだ。リンクのグラフをみると、4月5月の堆積がすごい。なんということ!!昨年3月の事故後、猛烈に拡散したわけだ。その拡散したものがこの年明けから再拡散しているわけだ。それで線量があがっている。
そんなことは早川センセには自明の事柄。だから毎年毎年この拡散は繰り返され、私たちは吸引するわけ。さらに福島で農業して耕したりしたら、余計に拡散する。なるほど早川センセの危機感は相当なものだと思われる。そこからオウム発言(福島の農業者をオウム信者より犯罪的だといった)が出ているのだとわかった。なるほど。
ぬまゆさんのばあいは言いたいことと言った言葉の距離がさほどかわらない。だからちょっと落着けばわかると思う。それでもわからない人はわかろうとしていない。つまり自分の気持ちを言葉にしたのと近い言葉だけ受け止めるのだ。理解ではない。まあともかく、問題は単純だ。
しかし、早川センセの場合は違う。早川センセは研究者であって、通常センセの話を聞くのは、やはりセンセであるかセンセの話を聞か「ねばならない」学生だ。つまり聞こうとしているし聞ける人たち。だから不親切だ。予備知識も共通前提もなく、聞く訓練をうけていない一般人にはわかりづらい。
ネットがなければ、早川センセはこんなにたたかれることはなかっただろう。それは科学的議論であって、オウム云々を早川センセは言うこともなかったろう。もし言ったにしても、その表面の意味だけでなく真意も理解されただろう。しかし、ネットはそうではない。福島農業者をオウムと同じとは何事だとたたく。そして早川センセの研究成果は無視する。これはどういうことだ。もっとちゃんと早川センセの話聞こうよ。もちろん、早川センセも言い方には気をつけるべきだ。もっと一般人にわかるように説明すべきだ。上のリンクは1/12の記事だが、1996年の記事をはりつけてあるだけで何も通訳がない。不親切この上ない。もうちょっとなんとかならんか、まわりにサブとして解説をつける気の利いた学生や院生はいないのかと思う。これはホント。しかし、わたしたちの方も、なんで1/12にこの記事がアップされたのかを考えてみてもいいと思う。ちゃんと大事な情報が提供されているのだ。(かくいうわたしも、マイミクさんのご指摘によって学んだのだけども)
弱者に対しては悲しみを受容する。
強者に対しては感情を排して自分の技術を提供する。
カーネーションではその場面が描かれた。
上のぬまゆさん、早川センセに対しては、その逆がなされている。
まったく非生産的、不毛だ。
本来はそれを仲介/媒介するのがメディアだろうけども残念な状況だ。
だったら一人一人が
ライフログではなく、社会的な局面で発言をしている方々は自らがメディアとなるべく立場を新たにしてほしいと思う。自分には理科系のことはわからないとするのではなく、武田、早川、小出、児玉ほか各先生方の知識をしかるべく利用し自分に生かすことをしてほしい。社会科学においても同様だ。
ほんとうにお願いします。
不毛な発言はやめましょう。
都民投票についても書きたかったけど、今日はここまで。
*************
上の写真は若い芸術家の手慰み。
かわいいでしょう?
この靴は1センチ5ミリくらい。皮でできています。
一足っきりです。
黒板に「しろくのうさぎ」と書いてあります。
「四緑の卯」です。
作家の干支です。タケノコ1号と同じです。
作家のお母さんとわたしは大の仲良しです。
こどもたちは「四緑の卯」で扱いづらいことこの上なし。極めつけの変人であります。仕方ないと親が折れるのが一番でした。作家はその言葉を聞き覚え、作品のブランド名としたのでした。
作家の作品は大作も大作、移動できないほどの大作をつくったりします。その一方でこういう小さな仕事もします。これまでもたくさん靴をつくってきましたが、このような日常的な靴は初めてみたように思います。さらにこの黒板!(クリックで大きくなります)靴と靴の間に見えているのは赤チョーク。左の靴の下には白チョークや黒板消しも描いてあります。彼女が生活を見た作品をつくったことにちょっと感動しました。
アートをもっと身近に花と馬と薔薇とポニー@原宿、23日までです。
<今日の夕飯>
なんにしようかなあ。まだ決まってません。
あとで追記します。
<明日すること>
今日はいろいろと片付けします。
明日は病院にいきます。
午前わたし、午後ばあちゃん。
めんどくさいけど、しかたない。二人一緒はむりなので。
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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2012年01月15日
新年のばあちゃん。

今日は午後いっぱい、ばあちゃんをご指導もうしあげた。
もういつまでたっても年賀状の返事がかけないので、介入。
年末からずっと年賀状の分類とやらをしている。
で、それがベッドのなかにひろがり、寝るときに邪魔になるもんだから、がさっとまとめる。また分類する。おおまかにいえばこんな感じだと思う。
というわけで、介入。
長官!補佐官及ばずながらお手伝い申し上げますので
どうぞ、よろしく執務されませい。
おうおう。よしなにのお。
というわけで、いや、マジでこういうやりとりをしてはじめた。
どう考えているのなら、
同じ人の何年ものハガキをあっちへこっちへ
なるほどなあ。
そのうえで、自分の書いたもの、朱の太陽と墨の龍の字、左右に一字ずつ。
↑の写真がそれ。静扇というのは、ばあちゃんの号
その葉書も一緒になって数えたり、並べたり。
まず、アイウエオ順に分類し、複数枚あるものは最新のを残して処分し、すでに返事を書いたものとまだのものにわける。ここまでを、ひとつひとつ確認しながらやる。めんどいが、だいたいの人物をわたしも知っているので、消息など聞きながらすすめる。その後まだの枚数を数えて、その宛名書きと一言を添える。これは一人で。プライバシーだからね。
でも、これはなんだ?あれをこうしろと長官殿は人使いが荒い。
郵便番号などを調べること多数。
松山の来住町 これで「きしまち」読めないよぉ!!
などなど。
で、書き上げて20枚近く。
できるじゃん。
もともとADHDだから、それに認知が重なって散漫なことこの上なしなのね。
さて。
その葉書を後で投函しに行ったのだが、
エレベーターの中で盗み読み
基本パターン
「この2年右手が動かなくなっていたのでご無沙汰しておりました」
あちゃ〜〜〜〜。かかなかった言い訳としては最高だね。
「なんとかこれだけ書きました」
次はへたくそのいいわけね。
傑作なのが、竹薮の亡き兄の友人へのもの。
この兄はばあちゃんが産んだ子ではない。先妻さんの息子。
でも、ほとんどばあちゃんが大きくし、思春期は大変だった。
で、そのことを兄の友人たちもよく知っており、「おばちゃん、おばちゃん」と気にかけてくれ、妹のわたしもその恩恵に預かったものだ。で、そのひとりに対し
「いつも気にかけて下さりありがとうございます。
息子の友人から毎年、年賀状をもらうなんていいねと
息子夫婦(娘夫婦でしょうよ)にうらやましがられております」
へえ〜〜〜〜〜!!
すっごい作文。
そうかそうか、そういう風におもわれたいのか。
ちょっと感動した。
タケヤマに話して「すごい文章力」だねと爆笑した。
でも、この妄想はいい。
以前、「丸一年食べられず困りました」と書いたので、年明けに電話がかかることかへかること。皆さん真に受けて心配してくださるのだ。当時はばあちゃんも自分で書いて自分で投函しているので、そんなこととは露知らず、電話をもらってびっくり仰天した。そしてばあちゃんにどうしてそんな嘘をいうのかというと、嘘ではない、食べられなかったという。毎日しっかり食べてるし、お菓子も果物もなんでも食べてるじゃないの。自分で買っても食べてるでしょというと、それでもたべられないんだという。わけがわからんかった。
高齢者のケア者に聞くと、高齢者にはよくみられる傾向だという。
注目を集めたいわけだ。幼児と同じだ。
身近な人には最近はゆったりおちついてそうでもないが、年賀状という遠い人へのものには、二年ぶりということもあって、この傾向が発動したのだろう。二年動かなかったのは一人で部屋で書いていた時。うらやましがられているのは、リビングでご指導申し上げたとき。
いやおもしろい。
さて、今年のばあちゃんはどうなるのだろう。
なにか楽しみを作りたいのだが、何がいいかな。
考えどころだ。
**********
このブログ、要ブックマークです。
3.11東日本大震災後の日本
きちんと書いてあります。
感情に回収されないところがいいですし、わかりやすいです。
日曜日は
「平清盛」
「運命の人」
「開拓者たち」
三本つづけて力作ドラマだ。大河はいい感じだ。絵もいいし、俳優も力入ってる。「開拓者たち」はわたしには他人ごとでないので、いまいちだなと思いながら見てる。「運命の人」は澤地久枝ではなく山崎豊子。こっちは読んでない。しかし大テーマだし、同時代だし、ジェンダーや言論や沖縄やもう大変だ。
そこへ、NスペとかEテレとか入るもんだから結局五時間テレビである。
リアルでみるとCMとかあるので大変。早送りでみるようなものではないので、今の時期でよかったわ。
<今日の夕飯>
大根葉の漬け物を刻み込んだすし飯に鮭とビントロのどんぶり
ほうれん草、大根の生姜あえ(よそのオジサン作)
胡瓜、クラゲなどの中華サラダ(同上)
小松菜、豆腐、油揚のみそ汁
<明日すること>
朝の家事
問題を数題選ぶ
夕飯のしたく
11時半に医者(精神科)
そのまま出勤
8時まで。
電話一本
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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2012年01月14日
センター試験がおこなわれるとはねえ。

明日からセンターだ。
国語は午後イチ。
おもえば、3.11後、新学期が開講して
ずっと、入試があると思うなよ、ないかもよと言い続けながら授業した。
勉強よりも入試よりも大事なものがある。
避難所におむすびもらう値打ちのある人間になることが大事だ。
そう叫び散らして授業した。
そのせいか、そうそうに脱落する子もいたが、みんな良く着いて来た。
今日は直前の1対1授業を希望する男子がきた。
センターの前の日に先生に授業してもらいたいと申し出て来たのだ。
個人授業はたかい。この時期だからいつもよりはお安くなってるが、高い。
(わたし、高く売られてるんです。すまんです。)
でも、1対1で授業すると落着いて、その子のためにだけ待ち、その子のためにだけはなす。ああ、そういうことだったんだということがいくつもあって、本当に得心がいったようだ。途中、二度ほどやばいです。鳥肌たちましたとなり、そして最後には、奇跡の50点満点。いやいやいや。こういうこともあるんだな。硬派男子が涙ぐんでた。
その後も、生徒たちをハグして送り出す。
男子もハグして送り出す。
飴なんかももちろんわたす。
手帳だのなんだのにメッセージを書けとかいわれる。
かたや高2の後期授業開始。
選抜のクラスでは、これまでの授業と変えて、いきなり高3のトップスピードで授業をする。生徒は喘いでいた。当然だ。だけど、これについてこれて、かつ3問やるんだぞ。今日は1問しかやってない。うわっちゃ〜みたいな表情。鳩豆である。
ほんとに一年たったな。
しっかりがんばっておいで。
今日ばかりは生徒たちは、いってきま〜すといって校舎を後にする。
いっといで。生きて帰ってくるんだよ。
入試なんかさっさとおわらせて、東北へ行け東北へ。
ボランティアにいきなさい。あちこちへ。
紹介状はいくらでもかくぞ。
***********
寒のまど ひだまりこぼる 枝の端に 白く梅咲く 君に春来よ
お正月にかった蝋梅が半分ほど咲き終わったので、梅を一枝買ってきました。我が家のリビングは暖かいので次々に開いています。小さな白梅はとても清楚です。
***********
<今日の夕飯>
なんだったんでしょう。
各自ご飯でした。
<明日すること>
朝の家事。
ばあちゃんはデイ。
しっかりお祈りすること。
あっちこっちに気を飛ばすこと。
(生徒たちに来て来てといわれている。いっそのこと昼頃から昼寝するかな。その方が自由にいけるかも)

すばらしき愚民社会
と

ゼロ年代の想像力 (ハヤカワ文庫 JA ウ 3-1)
を読み終わる予定。
ほんとに面白いです。この「ゼロ想」
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
すべての受験生が力を発揮できますように。
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2012年01月12日
宣伝と逆宣伝に回収される

明らかにすることがいいこととは限らない。
と、ある人にいわれた。
よくないことは黙っていればいい。
解決しない。解決できない、解決は急がないと思ったら、黙っている。そうすれば広がらない。よろしくないことが、ひろがらないということはいいことだ。あなたのためにも、周りのためにも。
そうだなとつくづく思った。
言わない。大事なことだ。
わたしが今までできていなかったことだ。
ごく身近な人にだけ、愚痴をこぼして、後はいわない。
うん。
ひとつ学んだ。
だが、解決しなければならないことは別だ。
多いに言わねばならない。
今日ひとつのブログを発見した。
沼内恵美子さんというひとの記録だ。
ぬまゆのブログ
インタビューの動画も。87分と長い、でも是非。岩上安身さんの動画。
最近ネット上で話題になっていた。
沼内さんは秋までお元気だったのだが、突然に体調が変化した。髪の毛がごっそりぬけ、歯が溶けて、爪がはがれるという大変なものだ。それが放射性物質によるものかどうかはわからない。しかし、それが現に起こっていることは確かなのだ。(岩上氏の取材により明らかになっている)
それに対し、次のような発言が行われている
あまりにも爆釣れ状態で、ウォッチしていて心躍る漁場になっていたので、取り上げざるを得ないということで。わたしはどうもこのようなネット用語になれない。
ぬまゆのブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kmasa924
掲載された写真を見るに、放射線被曝による病理というよりは、ビタミンC不足による壊血病を疑ったほうがいいんじゃないかと思うわけですが、ここまで症状が出てなお放射線被曝を自称するからには診断書をきちんと取って、南相馬から出たほうがいいと思うんですよね。
病状もさることながら、精神状態が心配です。
で、イカ釣り漁場には高い光源が必要ということで、ジャーナリストの世界で頭部が光り輝く岩上安身氏がなぜか介入、とっても不思議な騒ぎになっております。http://blogos.com/article/28895/?axis=b:187
釣れる
心躍る猟場
このようにこういう言い方をできるのがなんともなと。
違う言語だけなのだろうか、人種が違うのか。
いや、ネット世界では違う人種が隣接しているので、否応無しに違う人種に遭遇することはあるだろう。だから、それはいいとする。しかし、それは別としても、このような言い方をする人がいるのはいかんともしがたい。なぜなら、人格攻撃だからだ。
危険厨、安全厨という言葉がある。
厨というのは中学生のように程度が低いという蔑称だという。安全を強調する人が危険を言う人に危険厨といい、逆に危険を強調する人が安全を言う人を安全厨という。これはすごく貧しいと思う。
飯田哲也さんが言っておられた。かつての日本の反原発運動が失敗してきたのは危険をあおってきたからだと。そうだと思う。不安をあおって回収してはいけないし、回収されてはいけない。危険にも安全にも。不安は他者を排除することで、自分を確保する。これでは何もうまれない。
その辺のところを内田樹氏が書いた。
呪いの時代に/現代ビジネス記事
ほんとうにそうだと思う。
これは何でも前向きにということとは違う。がんばってるね。プラスに考えようよ。ということではない。そうではなくて、きちんと見るべきものを見るということだ。
毎朝ふくいっちゃんに声かけしている。
クリック募金で。
フクイチは敵ではない。事実だ。
だから、フクイチを気にかける。そこには人がいるのだ。
このところの高濃度の空間線量が心配だったが、ハッピーさんがまたtwitterを開始してくれたので、一安心。ハッピーさんも呪いの言語は発しない。4号機は噂のようなことはないらしい。でも、安全ではない。作業員の人たちは高線量の所の作業が残っているって。だから、ふくいっちゃんに、そのような人たちを守ってと、声をかけた。変だよね。変だけど、これは「わたしとふくいっちゃん」の関係なんだからいいの。誰かを巻き込んでないから。
***********
一昨日からお腹の調子がおかしくて、やはり受診しておいたほうがいいだろうと受診した。あしたまた受診する。そしたら1号が大変な心配ぶりで、大きな病気じゃないよなとか、入院とかしないよなとか大変。心配してくれてありがとうといったら、どこに心配しない奴がいるよだって。いやいや、おそれいる。心配されるとうれしいね。ほんと。
腹ふくれ 腹下しのち 腹括る 情理にかなう五臓六腑よ
<今日の夕飯>
白菜、ベーコン、豆腐、生姜のスープ煮
人参とピーマンのきんぴら
鶏の胸肉のローストと胡瓜、糸寒天、わかめの酢の物
<明日すること>
朝、ゴミだし
朝の家事
受診
正午に校舎につくように出勤
9時半まで授業。
メール二本
DとO
**************
『世界でいちばん不運で幸せな私』のヤン・サミュエルの新作
これみたい。
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかなことばを通わすことを。
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2012年01月07日
どんだけDOLAなんだ/あさこはうす報

特報です。
小笠原あさこさんという人がいました。
1976年大間原発の建設計画が持ち上がります。あさこさんの土地1万平米の土地は130万平米の原発の真ん中に島みたいあります。娘さんの厚子さんによれば
「母は、放射能とか難しいことは、分りませんでしたが、
原発がくれば、海の温度が高くなり、
魚たちは、生きてゆけず、漁業もやっていけないと推論したようです。」
ということで、最後の最後まで土地を売らなかったのです。そして2004年にその土地にログハウスをたて、移り住み、そこで畑を耕し子育てしながら、大間の海と土地を守ろうと訴え続けたのです。
話に聞くところでは10億つまれても転ばなかったということふです。
10億ってすごい。
10億で買えないものは『暮らし』だなと思います。
わたしは10億もらいたい。
欲しい。10億あったらいろんなことができる。
だけども
一週間に一度は授業したいし、毎日ご飯つくりたいし洗濯物干すのもしたい。高い花でも安い花でも眺めればきれい。
手間かけて花柄をとったり、土に触れてみたりして霧吹きしたり水やったりしたい。
『暮らし』は変わらないもののように思えます。
その10億が、『暮らし』を変えるのならいらない。
あさこさんはそう思ったのではないでしょうか。
わかるなあ。
さて、その「あさこはうす」がピンチです。
大きな原子力発電所のなかに島のようにある「あさこはうす」は公道から道がついています。東北電力はその道を封鎖しようとし、そのために交通量調査をはじめたそうです。そこで、
『あさこはうす』にハガキを書いて!10億あったら有償ボランティアを組織したいな(爆)
そのハガキを運ぶ、郵便車やバイクも重要な交通量になるからです。〒039−4601 青森県下北郡大間町字小奥戸 396
「あさこ はうす」
まずハガキ。
他に
クロネコメール便
http://www.kuronekoyamato.co.jp/mail/mail.html
佐川、飛脚ゆうメール
http://www.sagawa-exp.co.jp/service/y-mail/
毎日つくことが大事なので、日曜祝日につく、メール便や郵便の速達もつかいたい。
ほかに一回じゃなくて定期的にやりたい。
青森のさらに北なんですけども、そっちの方にいけたらいいなあ。
人が行くこともだいじですよね。
ROMの皆様
どうかどうかハガキ一枚お願いします。
DOLAの気持ちをつなぎたい!!
************
今日は寒中見舞いをせっせと書きました。
年末におこったトラブルについて、いろいろな情報が入ってくる。
悲しいねえ。
ほんとに悲しい。
でも仕方ない。起こったことはもとに戻せないもの。
一緒に考える姿勢。
それってなくしてしまうとなかなか取り戻せない。
むずかしい。
そう思いながら一万円のおせちの写真を眺めた。
<今日の夕飯>
ポトフ
(キャベツ、じゃがいも、タマネギ、人参、ソーセージ)
赤かぶ
<明日すること>
寝室の机の片付け
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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2012年01月05日
誰かを嫌いだとおもうこと

何ともすごいタイトルですが、そういうことです。
人を嫌いだと思うことは難しい。
誰かと関係を持ちたくないと思うことや
誰かと理解しあえないと思うことは
本当に難しい。
そのことを受けとめるのは難しい。
なんというか、
コミュニケーションをあきらめないという姿勢で
いままで来たけど、
それは、
相手を理解しているということを伝えるということだったかも。
でも
わかっても、わかってるということを相手がわかってても
それでもなんだかいいと思えない自分になってる。
それは相手に対する要求度が高まったということかも。
いや、
何段階もある人の分類で
ある程度よりも遠い人のために
自分を使いたくない。
そんな風におもっているのかも。
人に対してある意味でシビアになってる。
そんな自分が新しくて慣れない。
************
世の川に絆の棹さし往く人を 岸にあがりて眺むる吾は
透きとおる言わぬ色なす花びらのうつむきにおう素心蝋梅
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<今日の夕飯>
お稲荷さん
おせちの残り
お煮染め、伊達巻、昆布巻を刻んで具にする。
ブリあるいはハム
酢の物
赤かぶ、白菜、干し柿、ぶろっこり
きんとん
ごぼうと人参とレンコンの唐揚げ甘酢
クックパッドで発見しました。これ
これはヒットです。ほんとにおいしかった。
とまりません。
<明日すること>
書損じ交換でもいいか。
デポーの初売り
教材をつくる
『よつばと!』と
『臨死江古田ちゃん』を読む。

臨死!! 江古田ちゃん 1 (アフタヌーンKC)
できれば、寝室の机の上を攻める。
カワク・ワ ロロマニ
(ありがとう。未来に良きことが起こりますように)
我らと衆生とみなともに安らかな暮らしを成ぜんことを。
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