2017年07月11日

アザミ嬢のララバイとファイト

空豆の豆苗


今日の「やすらぎの郷」は「ファイト」だった。

倉本聰は中島みゆきが好きらしい。
私は好きではない。

歌い方で「あ」と「え」の音が横に開きすぎている。
口の形です。だから「あ」が「え」に近くなり
「え」が「い」に近くなる。
それは好きじゃない。
まあ、これは趣味の問題だから。
みなさんはどうぞ、私は聞きません。そういう感じ。

多くの作品はいいと思うが
ファイトと世情は嫌いといってもいい。

ハタチぐらいの頃
1970年代 なんでか知らないけど、大学の中庭で世情を聞いた。
その瞬間、頭に血が上った。
隣にいたS君がニヤッと笑った。
(あれ?その頃S君と知り合いだったかな?
 記憶がいくつか混同しているかもしれない)
ともかく、あの中庭の掲示板前で沸き立つ怒りを感じたこと。
そして、その怒りを共有するものがいたことは確かだ。

シュプレヒコールの波 通り過ぎて行く
変わらない夢を、流れに求めて
時の流れを止めて、変わらない夢を
見たがる者たちと、戦うため

この部分。
この時、話者はどこにいるか。
シュプレヒコールの波の中でないことは確か。
時の流れを止めて変わらない夢を見るものを批判しているように見えるが、
闘うものの中にはいないのだ。

そんなもんをあんな大掛かりな仰々しいエンディングで歌い上げるな!!

というわけで、その時、シュプレヒコールの波の中にいるつもりだった私は
大文字、特大フォントで「ふん!」と思ったのだ。

その後も中島みゆきにあまりいい記憶はない。
だいたい似たような構造の歌が多い。
大好きな TOKIOの宙船も
「お前が消えて喜ぶものにお前のオールを任せるな」
こういう二人称が多いのだ。
TOKIOの場合は先頭切って漕いでいて、
後をついてくる他の船に向かっていう感じなのでよしと思うけども。

ともかく、この二人称の感じが胡散臭いと

で、アザミ嬢のララバイである。

ララバイ ひとりで 眠れない夜は
ララバイ あたしを たずねておいで
ララバイ ひとりで 泣いてちゃみじめよ
ララバイ 今夜は どこからかけてるの

これも二人称。あなたに向かって歌いかけている。

でも。
今日、大好きな浜田真理子が世情とメドレーで歌っているのを聞いた。



なんだ、これ相手いないじゃないか。
誰かいたのかもしれない。
しかし、これは来ない人をまつ自分に歌う歌だ。
一人で泣いて惨めなのは、もう一人の私で
一人で眠れなくて誰かに電話したいのも、私そのものだ。

浜田真理子の歌は明らかにそうなっている。

春は菜の花、秋には桔梗
そして、私はいつも夜咲くアザミ

夜、まだ閉じない傷口が傷む。

その時に誰かを求める。
傷の舐め合いではなくて。
どこかのだれか。 
この世にいるもう一人の自分。
ひょっとしたら多くの自分を夜の底に見ようとしている。
いや、いると信じたい。
そんな感じか。

中島みゆきの歌のつくりは、具体的な誰かを想定している。
でも、平成の浜田真理子はもっと一人だ。

で、浜田の世情はつぶやくように歌われる。
シュプレヒコールの波にも、
時の流れを止めようとするものにも属さない一人が口ずさむ。

絶望でも希望でもなく、ただ「ある」感じ。
さすがである。

では倉本聰はファイトの二人称をどう考えているのか。
死にゆく妻の好きな歌。
死にゆく妻の手を握って夫の歌うファイト

やだなあ、恥ずかしいなあ。
でも、やるんだな。


つまり十分に闘って、
十分に共に闘って、
そして、先に行く妻にファイトというのだ。
死ぬという闘いにファイト
一人残り生きるという闘いにファイトだ。

この現場においては闘うもの同士の言葉で
この主語は「私たち」である。
かなわんなあ。

さて、歌は二人称部分のコーラスと
一人称のヴァースの対比になっている。
曲が進むにつれて、か弱い一人称から、力強い二人称へと変化していく。

合唱でもよくうたわれる。
淀川工業グリーの名演がある。

最初のボソッと言い聞かせるような「ファイト」から
エンディングの確信に満ちた「ファイト」へ
そしてアカペラへ。

へそまがりの私にはとても恥ずかしくて無理です

というわけで、中島みゆきは苦手です。

*************

今日は全く夏の空でしたね

月曜締め切りの原稿をまだ書いてなくて
ブログ更新したりしてる絶賛逃避中です。

<今日の夕飯>
カツオとビントロの海鮮サラダ
厚揚げとインゲンの煮物
トマト
なるべく暑くないように。

*************

ちょっとしたきっかけがあって
最近、また音楽を聴くようになって、
ドラマが見られてないんですが、
さて七月期はどうなるでしょうか。

写真はソラマメの豆苗
全部生え揃いませんでした。


takeyabu31 at 19:00|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2017年06月27日

「変な美香さん」と「わたしの偏屈じじい」

川口のすごい家


今日あたりはそうでもないが、昨日までは聞くに耐えない酷い音がテレビの画面から流れていた。全文書き起こした番組もあったようだ。全くもって信じがたい。
あの件はネットでは前日から話題になっていたが、音声は聞かないようにしていた。
でもワイドショーになると聞いてしまう。
勘弁して欲しいので、出てきたらチャンネル変えたりしてかわすも
聞いてしまう。

そしたらお腹痛くなった。
お腹の痛いのって、そんでトイレ行っても治らないのって、大抵ストレスなんで、何がストレス??と探した。そしたら、例の件だったというわけだ。

つまり、自分を投影して嫌悪してる訳で。
まあ、竹薮はあそこまでおかしくないけど、普通の人より怒るのは確かで、
ほんとに怒るから、最近は目立つ。
体育会系の男の子に、怖いって言われるくらい。

例えば、つい最近怒ったのは
小テストの採点について。
隣と交換して採点するのだが、その時に顔も見ない声も出さないで紙だけをやりとりする。本当に紙だけ相手をみないのだ。竹薮にはそれは異常なことだと思える。おかしくないか。普通、見るだろう、相手を。よくできてたらおおらかに見るし、不出来だったら申し訳なさそうにみる。そんな感じじゃないか。顔も見ないで顔も向けないでやりとりするのはおかしい。

そこで、叱る。
その態度はなんだと。
それでいいと思ってるのかと。
相手は人間なんだ。その人間を見ないで、紙だけやりとりするのは相手を人間だと思ってないという表現だ。あるいは相手を恐れるあまり、関わりたくないと思っているのか。それはおかしい。そのような態度では、すべて整った環境でしか生きていけない。例えば、地震の時の避難所でおにぎりあげようかと思える対象ではない。役に立たないどころか、避難所ではコストでしかない存在になってしまうということが、わかるか。

今できない者が、その時できると思うのか。
かなりガンガン叱る。

竹薮として間違ったことに対して許さん!と怒ってるわけだが、
お腹痛いってことはなんか感じてるんだろうと、投げかけてみた。

そしたら、わかった。

件の人は相手を支配しようとしている。
竹薮もある意味同じだ。
それはなぜかというに相手と徹底的に関わろう、引き受けるぞという気持ちだ。

竹薮が怒るのは、生徒とタケノコたちであって、
他の人には怒らない。
敵だと思ったら、冷静にマウントする場合はあるが、声を荒げて怒ったりしない。
冷た〜く厳し〜くいく。
勝つために詰めていく姿勢だ。

生徒たちに対してはそうではない。
感情が乗っている。
それが近さであり、圧力となって現れる。

大抵、竹薮の言ってることが正しい。
で、10ヶ月弱の関係の中である程度仕上げたい、伝えたいと思う中で
前傾姿勢になってガンガン叱るのだ。
姿勢、ペンの持ち方、ノートの広げ方
プリントの配り方、ファイリングの仕方まで徹底的に伝達する。
で、竹薮を納得させる代案がない限り言うことを聞けと言う。
それでも自由裁量の部分はあって、一冊として同じノートはない。
型をしっかりはめても個性的な表現は失われないのだ。

その挙句に、授業内で怠惰というか怯懦というか
そういうものがあった時、許せないのだ。

だから、竹薮は怒ってきた。
怒ることが悪いとは思えなかった。
有効でないと感じることはままあった。
しかし、怒ることが間違いだとは思えなかったのだ。

それならなぜ今回お腹が痛いのか。
竹薮自身が何かを感じているからお腹痛いのだ。

竹薮の言うことが正しくても、相手が正しいと思わない時もあるし、
相手が正しいとおもってても、そう出来ないこともある。
正しいことを今すぐしなくちゃいけないのかね。
リターンをすぐ返せって思ってないか。

はい。それ、間違い。
引き受けられません。
子どもでも。
有り得ません。

というわけで、
件の人と竹薮はたいして変わらないということがわかった。

ある意味、見守ればいいのであって、
丸ごとの関係を作る必要はない。


タケヤマに話したら

大人になったなー
えらいぞー
生きてるうちに
そういうこと言うとは思わなかった。

だそうで。

で、タイトルです。

最近、叶姉妹のLINEアカウントをフォローしてるんだけども
恭子さんの発言が清々しいんだな。その中で
妹美香さんが恭子さんについていけない時(性的趣味とか、いろいろな嗜好とか)
美香さんが引き気味になると
「どうして?変な美香さん。(うふふ)」という。
この言い方、かなり技だと思う。
自分が正しいと思ってるのだけれど、そう考えないあなたが不思議だわという投げかけ方。

もう一つ、ダウントンアビーというドラマの中で聞いた一言
妻「偏屈なジジイね」
夫「きらいになったかい」
妻「いいえ、わたしの偏屈ジジイですからね」

これも技だ。すごい技だ。

偏屈ジジイと言いながら「わたしの」(偏屈)ジジイだという。

どちらも相手を批判しながら、相手を肯定している。
件の人は相手を肯定しないから論外だが、
竹薮の怒りは、肯定と批判のどちらも激しく
二極化しており、相手はその二極を振り回されるわけで
大変だろうな。

ほんとは、その振れ幅全部で関係を作りたい。
それは竹薮の本音だ。

しかし、隣のクラスメートの顔すら見ない18歳に
そんなことできようはずもない。

それに本来、丸ごと出なくていいのだ。
というか、丸ごとだったら気持ち悪いというものだ。

そのことをしっかり確認して
余裕のコミュニケーションを心がけ
ゴールを目指さないことを旨としたい。
うん。

なんていうのかな。
存在してればいいんだよね。
竹薮のような珍獣枠は。


*************

上の写真は戸田市にある有名な家
面白いですよね。

存在することだけで、かなりいけるんじゃないかって思わせます。

<今日の夕飯>
ピーマンの肉詰め
 鶏肉があまりに淡白で失敗。
 もっと工夫が必要でした
小松菜、もやし、トマトのナムル
沢庵の千切りと大根葉のぬか漬けの胡麻和え
味噌汁

日月火と三日休みなんだけど、
この三日間は徹底的に怠けちゃったなあ。
日曜が割と動けたので、月火に期待だったが、ダメだった。
気圧に負けるな>自分




takeyabu31 at 22:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 長電話(日記/告知) | 婦人口論(批評)

2017年06月19日

空を切るもの

2016-12-11-15-14-32


梅雨の晴れ間の一日
気持ちのいい風が吹いている。

空にはぽっかり雲
あの雲は誰のものでもない。
すべてのものの頭上に等しく架かっている。

聖人も犯罪者も赤ん坊も病人も老人も
男も女も
人も犬も猫も木も水も
作物も商品もゴミも

ありとあらゆるものの上に等しく架かっている。

それなのに、
その空を売買するものがいる。

法も制度も常識も全て捻じ曲げて
全てを我が手に握ったとばかりに

空を切り売りするものがいる。

神なき世の「神」なのか。

だがしかし、空は切れない。

いつか、それが明らかになるだろう。

王様は裸だ。
国民もまた裸だ。



takeyabu31 at 23:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック ポスト3.11 

2017年06月16日

二つの次元

2017-02-28-11-23-11


この写真は医者いらず/アロエの花だ。
通りがかりの団地の地面に茂ったアロエに妖艶な花が咲いていた。
アロエは役に立つ植物で、竹薮が子供の頃は地面のある家には必ずあった。
でも、花は見たことがない。
大きく育たないと咲かないそうで、どうりでやけどだ、なんだとポキポキ折られていては花の咲きようがないのだろう。この写真のアロエも1メートルくらいにこんもりと茂っていた。

ポキポキ折られるアロエと、燃えるようなオレンジの花房のアロエ
これが同じ植物なんだから面白い。

さて、二つの次元だ。

ERに二人の急患が運ばれてくる。
一人は被害者。誰かに銃で打たれて渋滞。
もう一人は加害者。銃で打った後、自分で自殺を試みた。
これがテロ行為だったとする。

医師は人の命を助けるのが仕事だ。
両方助けようとするだろう。
もしも、加害者が助かって、被害者がなくなった場合
医師は猛烈な避難を浴びるかもしれない。

ここで大事なのは、医師はテロリストを助けたのではないということだ。
一人の重症患者を助けた。
それなのに、テロリストを助けたかのように理解され、ひょっとしたらテロに加担したかのように言われ、糾弾される。

なにもしていないのに、敵認定されてしまう。
この現象の一つが《炎上》だ。

ある人がかつて問題発言をしたことがあって、
それがとんでもない問題発言で
一度や二度ではなく口をひらけば問題発言で
本当に困った人物であった。

しかし、その人がこれからもずっとそうであるかどうかは全くもって不明だ。

だから、その人の発言を封じることはできない。
極論すれば、「犯罪を犯したい」という言論そのものは犯罪ではない(今日はまだ、セーフ)

さて、その人と同じ空気を吸って社会生活を送るなら、
ルールを決めなくてはならない。

で、ルールを決めようとすると、問題人物を肯定するのかという批判が来る。
これ非常におおい。
右も左もそうだ。
現実問題、そういう奴と関わりたくはない。
しかし、奴にも存在する権利はある。ほかの誰でも権利があるのと同様に。

今、ある問題でルールを決めようとした人が「敵」認定されて消耗している。
原則的な行動は、敵なの味方なのという決めつけの前に踏みにじられる。
自分と同じでなければ全部敵
甚だしい場合は
あなたに対して「うん」と言いたくないからあなたは敵
そんなのもある。

そうなると、収拾がつかなくなる。

残念なことです。

**********

〈今日の夕飯〉

豚肉とインゲンと舞茸の甘酢炒め
茄子の炊いたん
胡瓜とワカメと寒天の酢の物
味噌汁

メニューが夏だな。

*********

順調に減ってた体重の減りが止まった。
いかん。
なんというか、ダイエットがぬるくなってるのだ。
また仕切りなおすぞ!
一番ダメなのは何かと考えて、ご飯作るばっかで自分がちゃんと食べてないじゃんかと反省し、7時、13時、19時にちゃんと食べると決めた。お菓子は食べない。年末を目指して、健康をとりもどすんだもんね。


takeyabu31 at 17:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

2017年06月06日

見えない方向

新政府パスポート


書き留めておかなければならないこと。

今年、春になったばかりの頃
友人から連絡があった。

友人はネットが嫌いで
ネットメールもあまりやってない。
未だに紙の手紙か電話という人で、それも全く頻繁ではない。

で、ひさびさに問題主婦を見て、0号のお悔やみをくれたのだ。

そこで彼女に言われた。
問題主婦は反応しない人に向かって書くべきだと。

反応しないけど読んでいる人という意味だ。
そこにこそ大切な読者があるのだから、
反応を求めるな、みたいなことを言われた。

なるほどと思った。

伝わったかどうかは、竹薮が決めることではない。
伝わってれば、それがわからなくてもいいことで、
ただ書けばいい。

うん。

*************
<今日の夕飯>
ゴーヤチャンプルー
スイカのぬか漬けの生姜、胡麻あえ
大根と油揚の味噌汁

今日は寒いです。
ほんと寒い。
でも日が差すと熱くなります。
6月ですからね。

*************

今日のお供ドラマ


これには原作があって


貨幣というものについて考えさせると同時に
父性をテーマにした作品でもありました。
国家の発行する貨幣に対して、中国マフィアの発行する偽札とコミューン内で通用する地域通貨。
主人公の男は実の父を貧しさゆえに失い、コミューンで育ち、その創設者を父とし、中国マフィアのボスに特別の息子と呼ばれている。擬制の国家(父)の発行する貨幣が人々を腐らせるならと二人の父の狭間に生きながら、悪貨が良貨を駆逐することを狙うのだが。。。
小説はおもしろかったです。
ドラマもまあまあ。WOWWOWものとしては軽めです。


takeyabu31 at 20:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

2017年05月22日

ひよっこと斉藤和義

まずこれ。


これはNHKの番組 The Covers という番組での
斉藤和義による「東京砂漠」
オリジナルは内山田洋とクールファイブ、前川清です。

あっちは硬派な感じですが
斉藤和義はもっとヘタレです。
声も鼻声で、でもいいです。

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takeyabu31 at 21:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック みさえ(遊び) 

2017年05月19日

花が枯れても

ベランダのささやかな緑が色を変えている。
ベビーサンローズはまだ緑が濃いとは言えないまま花をつけ始めた。
ここのところの気温の変化で植物も戸惑っているのかもしれない。
そんななか、春の花が終わっていく。続きを読む

takeyabu31 at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 長電話(日記/告知) 

2017年04月17日

新学期

2017-02-28-11-23-11


お久しぶりです。
私はまあまあ元気にしております。

毎日のルーティンを構築中で、あれやこれや試行錯誤しております。

昨年度は夫タケヤマが現役最後の一年で学年を外れたため、給食がなく一年間、弁当を作りました。弁当を作るのはいいんですが、朝6時に出て行くのでそれに間に合うように作るというのが問題。5時半におきて味噌汁とおにぎり(もみ紫蘇と紅生姜の刻んだものをご飯に混ぜ、芯に叩いた梅干しを入れるというもの)と弁当を作りました。最初はそんなんできるんかと思いましたが、やってみれば何とかなるもんで、一年過ぎました。

今年度は給食があるのですが、早起きを続ければ?ということで今年も5時半起きを続けています。

一年続けて、二度寝しない日が少しずつ増えて来ました。そうすると午前が長いので色々やってみることになります。やっぱ午前中は脳の動く傾向が違いますね。

一週間の私の時間割。
なかなかその通り実行できないんですけど、大きめに図に書いて色分けしてボードに貼りました。

事前のメモ
一週間、一日 メモに書き出す。
実は、メモ帳の作り方を見つけて作ったのがきっかけ。
何冊も作ったので使い道を考えてという逆コースでした。
買い物メモ、ToDoリスト、予定表、見えるようにしておくといいですね。

おやつ断ち、ローカーボ化
健康のために間食をやめました。少しずつローカーボにしています。
もちろんこれまでも、何度もそう思ったのですが、できませんでした。今回は続いています。現在23日目です。タバコをやめた時も、ある日突然やめました。いくら減煙しても完全には禁煙できず、自分では買わなくても、時々もらいタバコしたりしてたのが、ピタッと止まりました。それと同じ感じ。

LINE社会科学講座
大人の若い友人たちを対象にものの見方考え方のようなものを伝える作業を始めました。週に一回、ネット上にテキストをあげ、そこからコメントを付けあってやりとりします。始めたら紆余曲折、蛇行して舵取りは大変。でも、こちらも学ぶことは多いです。

こうやって眺めてみると、何だか全部地道な作業です。
今はそういう時期なんだろうなと思います。

急がずルーティンを作って60代の生活を安定させたいです。

**************

写真はアロエの花です。
地味で質実剛健なアロエが見事な花を咲かせるもんです。

水族館劇場が東京に戻って来ます。
今週、行きます。楽しみです。
この世のような夢

四月から新しいドラマが始まってます
倉本聰「やすらぎの郷」
岡田惠和「ひよっこ」

どちらも非常にいいです。
両方とも毎日あるので、1日のアクセントになってます。

毎日の出来事の中で本当に嫌なこともいっぱいありますが
こうやっていいこともあります。
何というか、新しい試みや新しい人が見えて来ているように思います。
劣化したものが壊れて行くときに事故のように何かが起こるのは当然で
だから、嫌なことが起こってやだなではなく、良くないものが劣化することは当たり前、いいことだくらいに思いたいものです。

こないだ、元教え子が「パラダイムチェンジ」って何ですか?と質問が来ました。
彼女も同じようなことを考えてるんだろうなと思います。

**************

三月、四月は金欠の月
豆や卵や豆腐が多用されます。
あと一ヶ月、頑張ります。
うふふ。




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2017年03月19日

嘘をつくなというな。

2017-02-28-11-28-41

竹薮は某防衛大臣を好かない。
全くもって好かない。
立ち居振る舞いから洋服のセンスから表情から声の調子から
とにかく好かない。

だからと言って、
嫌い=悪いではないし
(もちろん、彼女の場合は悪いんだけど)
政治というのは好き嫌いでもないので
この間の顛末をなんだかなあ〜〜〜と思って見ている。

特に「嘘をついた」ことを
鬼の首を取ったようにいいたてることだ。

そして異口同音に嘘をつくなという。

それはまあ、その通りなんだけども。
それって何か意味あるんですか?
マジで。

このブログでも既に書いたと思うんだけども、物事の前提になる心構えってのは、それはもう言わずもがなで、そこを言い立ててもなにも進まないってことをちゃんと確認した方がいい。

やる気があるのか!!とかって叱り飛ばしても、相手が「あります」って言ったらそれ終わりで、嘘つけ、ないに決まってるとせめても、やる気って血液検査したらわかるんですか?とかいう冗談はさておき、あるかないかは検証しようがない。だったらやる気を問題にするよりも、いついつまでにこれこれをやれと指示して、できなかったら、なぜできないのかという原因を究明し、その原因を取り除くようにすることが解決であって、やる気など問題にしてもなんの意味もない。

だから、件の大臣も、嘘をついたので大臣の資質が疑わしいという精神論ではなく、見える事実を問題にした方がずっとずっと生産的だ。攻める方が「嘘をつくな!」と精神論に堕してしまうから守る方も「誠心誠意」とかいうことになる。

日本人は精神論大好きだからねえ。

「誠心誠意」というのなら、日報の改ざんが「誠心誠意」なんですね?
ぐらいのことを言えないかね。

良い悪いの前に事実確認、因果関係の確認がまず第一で、その事実を共通の前提にして、そこから良い悪いの判断が始まるのが順序であって、良い悪い(ひょっとしたら好き嫌いー冗談ではなくほんとにありそうな気がするから猛烈怖いが)の立場から事実をいじろうとするから、話が噛み合わない。


今回の制服組の反乱は、文民統制によって現場が守られないからだろう。
現場はいつも置き去りにされ、命を危険にさらすことを求められ、感謝するとか言われる。国を守るために、個人的に殺人を犯すことを求められるのだから、戦闘行為ではなく衝突になるのは当たり前だなとツッコミたくなるが、その辺のことを全く考えず、

戦闘を衝突と言い換える「姑息さ」
記憶で物を言う「非常識」

などの精神論を問題にしている限り、政治的解決は絶対にできないだろう。
政治家諸氏、マスコミ諸氏は
そのあたりをよく考えて議論してもらいたい。

「嘘をつくな」禁止、
「事実と異なる」で良い。
その次は「この事実を認めるか」である。
認めるしかない。
さらに、「この事実はなにを意味するか」と話は進む。
それができないから、「誠心誠意」なんて無意味な言語しか出てこない。

今の国会は感情的に子どもをしかりつける、愚かな親と全く同じだ。

親子には感情的交流というのもあろう。
しかし、国会でそれをやるのはなあ。

***************

久々にお昼にぶっかけうどんを作った。
茹でたうどんに温泉卵と天ぷらを少々
(今回は芋天と人参と筍のかき揚げ)
ちくわなどの練り物
刻みネギ
そこに濃いめのタレをかける

餅麦で作ったという生うどんがあったので買ってみたのだが、
袋通りの茹で加減では柔らかすぎた。

でも、やはり、うどんは美味しい。




takeyabu31 at 17:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) | ポスト3.11

2017年03月13日

大人の社会科、大人の国語、社会科学LINE

2017-02-28-11-23-11


大人の社会科と銘打って始めた企画。
月に一度、プラスド西東京というNPOの事業の一つとして
大体子育て終了?もうちょっと?くらいの方を対象に講座をやってます。
満三年にあと一回まできました。
最初は大人の社会科だけだったのが、二年目から「小説を読む」を追加。
昨年度は、社会科でお金、小説は3.11を読む。
今年度は、社会科で女ってなんだ 小説は、戦争を読む。

これ、本当に力一杯でやってて、
終わったら疲れ果て日曜日は使い物にならない状態。
でも、三年間ずっとおつきあいしていただいてる方もあって、
竹薮自身を成長させてくれていると思っています。

思えば、還暦を過ぎて、新しい経験をできるのはうれしいこと。
素晴らしい聞き手に感謝です。

普段授業をするときは
もう勝手知ったる博物館の学芸員のような感じで
どこに何があるか、見学者がどこでどう感動したりするか
もう熟知しています。
あんなパターンやこんなパターン。
それに対応して、竹薮もああ出たりこう出たり。

でも「大人の〜」はちょっと違う。
しちめんどくさいことを考えたり、学んだりしてみようという大人の女性。
そういう人たちは感受性が豊かで。ご自分の感じたことが竹薮によってどのように表現されるのか待ち受けてる感じなんです。そこには無意識だけど真剣なやり取りがあります。

この間、倉本聰のドキュメンタリで、
プロというのは自分の力で何事かをなすだけでは不十分で
「何かがおりてくる」ように自分をもっていける人だといってました。

竹薮にとって「大人の〜」はまさにそれです。
2時間喋るのに、だいたい机の前に7、8時間座るし
それ以前いろいろ読むし
一週間くらいはずっと頭にそのテーマが転がってます。

で、レジュメを用意してあらすじは決まってるんですが
喋り出すと、内容がレジュメより二段は深まります。
事前に考えてない言葉やふくらみが出てきて、発見があるのです。
それは場の力で、素晴らしい聞き手がいて、
そこに向かって気持ちの良い緊張があって話すからだと思ってます。
もうぐったり。でも気持ちいい。脳をしっかり使います。

そういう場があることは本当に豊かなことだと思います。
この間は番外編でゆるこちゃんが卒論の発表会をしました。
いいでしょう。

もうひとつ
ネット上で社会科学的に考えるとはどういうことかというゼミをやってます。
毎週、ひとつ竹薮がテキストを書いて、LINE上にあげます。
そうすると、そこにわ〜〜〜とコメントがついて議論が進むのです。
参加者は30代女子3名(あれ?40代もいたっけ?)人文系の人ばっかで、心理とかそういうことはよく考えるけど社会科学的発想が薄い。日頃からそうじゃなくてさあ、こういう風には思えない?と突っ込みたくなる竹薮。そこで、こんなんやってみようかと提案したら、ワーワーと盛り上がり実施することに。二月から初めて、週1で真面目に、楽しくやってます。

知ってる人、わかってる人が、知らない人、わからない人に語る。説明する。
そこからフィードバックがあって、さらに知が発展する。
これって学問の基本形だと思います。

学問て、大学に行って単位取ることではなくて、生きるのに必要なことを学ぶということだと思います。大学で学ぶ学問も本当は同じはずなのに、世の中の仕組みがそれを単なる学歴に矮小化してしまいました。それはとても残念なこと。「大人の〜」も「LINE〜」も生きてるのに必要なことを一緒に考えるということです。今、苦しいこと、どうにもならないことを、それはなぜなのか?その意味することは何か?などを説明して、それが理解されるのは本当にうれしいです。

だから、もっと考えよう、読もうって気持ちになる。
もういいやってことはない。
特に今激動の時期だし。

主婦は家庭科じゃなくて全教科。
これ竹薮の持論です。

もうすぐ新年度
今年は、大人の国語で恋愛小説を読みます。社会科の方は激動って何がどう激動なのか?みたいなことを考えます。お近くの方でご興味あればぜひどうぞ。新年度から月に一度、日曜日2時半からです。

****************

今日は寒い。
気温はそうでもないけど、日が射さないと我が家は寒い。
まあ、気温は19度で暖房入れるほどでもないですが
いつもは日光のせいでポカポカなので、さむっと思います。

だから今夜は豚汁の予定。
他は何にしましょうかね。

写真は道端のアロエに咲いた花。
こんなに艶かしい花なんですね。

****************

秋から旧館の問題主婦が消えてます。
プロバイダを変更したためです。
内容はDLしてあるので、おいおい、こちらに移動しようと思ってるんですが、なかなか。
でも頑張ります。
iPadでしかアクセスできなくなったmixiの対策や、もう混沌としてきたTwitterのリストの整理もしたい。今週から高3生は新年度で週に二回出勤します。だから、4月の半ばから高卒生が本格化するまでに、何とかしないとね。やること満載。ありがたいことです。

ちなみにこんなの始めました。
いつまで続くか。
でもまあ、ちょっとやってみます。





takeyabu31 at 15:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) | 問題主婦の主婦論

2017年03月06日

本当に美味しいものは

2017-03-05-11-10-41


こんなツイを読んだ
安倍首相は二度目の登板のときに「自分に媚びる人たちにのみ排他的に過分のご利益を与える」というルールを採択したのだと思います。それで党内と官僚とメディアの首根っこをあっという間に抑えてしまった。これは首相の狡知より「抑えられた」側の性根の卑しさの「成果」と言うべきでしょう。内田樹2017年3月4日

これを読んで思った。
なんで、そんなに「過分の」お金や権力がほしいのか。
理解できない。
もちろん竹薮としては、もうちょっとお金ほしい。
でも、せいぜい年に百万でいい。
そりゃ何億もあったら色々出来ることやしたいことがある。
でも、それは竹薮個人のためではない。

例えば、竹薮は外食が好きではない。
1人前1万円ぐらいの食事でも、全然ありがたがらない。こんなもん?とか思う。
それよりは自分で作って自画自賛でビール飲んでる方がいい。

当たり前だ。
1万円の食事の材料費ってどのくらいだろう。5千円てことはないとおもう。もっと少ないはずだ。それが商売というものだ。

竹薮が絶賛した外食は、山形で止まった旅館の夕食。これはほんとに美味しかった。何がって日本海で取れた魚の刺身や山形牛のステーキよりも、山の幸が絶品だったのだ。山の中の宿だったのだが、四季を通じて山に入り採集したものを新鮮なまま、あるいは保存したものを調理して出す。詳しくはもう忘れてしまったが、本当に美味しかった。つまり、誰でもとっていいものだ。その「過分」ではないものをどう生かすかというセンスと技術がすばらしいのだ。あれはまた食べたい。何度でも食べたい。

でも、年に1回、2年に1回でいい。

「過分」という「人より上」という相対的なものに高いお金を払う気にはなれない。
そう思うと<自分の好きなものを好きなように作って食べる>これは日常というより、
趣味なのかもしれない。

だから、そういう趣味のない人はファストフードだと割り切って、サービスを買えばいい。
それを高級だと誤解して有難がるから、おかしなことになる。

「あ」の人は自分の仲間に特別に利益配慮して、
それを有難がるひとたちが「あ」の人に群がり「あ」の人をまもる。

ほんとにありがたいですか?
ほんとにそのお金で買ってるお料理美味しいですか?
美味しいはずだとおもいこんでるだけじゃないですか。

今朝、タケヤマがバッグのファスナーが壊れたから、このバックどうしよう?と言った。ファスナー取り替えればいいんじゃないの?0号なら確実にダンボールいっぱいのファスナー持ってたけど、洋裁好きな人に上げちゃったかも。探したらなかった。でも、ファスナー1本くらいどこにでも売ってるし、取り替えるのはさほど苦でもない作業だ。それなら、取り替えようと竹薮は思う。なんでも使い安いバッグで気に入ってるんだそうだし。そもそも、リサイクルショップで買ったヤツなんだけど。

これが、平等に貧しくなるってことなんじゃないかと思う。ブランドもののバッグ、ほんとにすばらしいですか。すばらしいはずだと思ってるだけじゃないですか。何千万もする時計はどうですか?

その人が、ほんとに時計が好きなら、バッグがアイデンティティならとめないけど。

竹薮は本当に雑草が好きなので、最近見つけた「ヒメオドリコソウ」の群生から一株頂戴したいのだが、少々躊躇している。所有者のわからない土地だから。で、その「ヒメオドリコソウ」と「ブランドバッグ」は「好き」という点では同価値だ。

自分が愛するものは「過分」である必要はない。

それでも「過分」を求める人がいる。
すごいなあ。

こないだ、若い友人が言った
「アウトカーストの人でないと仲良くなれな〜〜〜〜い!」
大賛成である。

***************

1号、2号共に家を空けていた数日がすぎて今朝は山のような洗濯物。
日常が戻ってきた。さあて、踏ん張りましょう。

写真は2号が障害者センターの文化祭でもらってきたビオラ
秋にはちっちゃな苗だったものが、成長し、花が咲くのなんのって。
花も長く咲きますねえ。まだ全然、花がらになりません。
いくつかはタネにして増やしてみようかな?なんて。
うまくいくでしょうか。

土曜、日曜とタケノコたちの好物を作りました。
土曜は中華おこわと煮卵、角煮
日曜はキャベツのグラタン
今日は何にしましょうか。



takeyabu31 at 07:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック こまつな倶楽部(食べる) | 婦人口論(批評)

2017年02月25日

全てをスルーするの続き

2017-02-13-13-16-50


こないだ、ある人からアスパルガーの精神年齢は実年齢×4分の3だと聞いた。
なるほど。
で、わたしは、現在の成人年齢は30歳だと考えている。
つまり30歳は20歳。

1号は今年30になる。ということは20歳。×4分の3は15歳。
つまり彼の精神年齢は15歳なんだ。
素晴らしい。
思春期になったのだ。
じゃあ今までのはなんだったのだと考えれば、反抗期ってことになる。
はいはい。

今、1号はもう大変な母嫌いで大変なことになっている。ほんと、大変。
でも、15歳なら当たり前だ。

で、ともかくスルーする。
ただただスルーする。

実は竹薮は明治生まれの父と大正生まれの母に育てられたので、効率の悪いのが嫌い。
「ちゃっちゃとやる」のが大好き。
口もでる。
Aした方がいいのに、Bするのを見てるのは、かなり苦痛。
しかし、スルーする。

今日も午後3時までにやった方がいいことがあった。
で、午後1時から3時まで出かける用があった。それならば、出かける用の前にやるべきことを済ませるのは普通だと思うのだが、彼は惰眠。いつものように惰眠。アスペルガーだから仕方ないんだけども、頑強にいつものルーティンを守る。う〜〜〜ん。

わたしの方はいつもの家事をして、録画を見て、それが済んだらCURVESに行った。
家にいるとイライラするから。帰ったら、予定より早く出たのかいなかった。だから色々するべきことをして、書斎に入る。そのうち帰ってきて、バタバタやって出て行った。5時過ぎだったか。

そう、遅れてもいいのだ。
3時っていわれても、3時でなくともいい。
(そこで、3時にやろうというのはわたしの効率主義に過ぎない)
遅れても慌てることはない。別に誰かに迷惑かけたわけじゃないから。

というわけで、スルーだ。

2号は27歳になるからマイナス10歳で17歳
これまた思春期真っ只中。
家にいるのが嫌で仕方ない。
この家の居心地が悪いというなら、どの家の居心地がいいか言ってみろと詰め寄りたいがスルー。
思春期の人間というのは、とにかくめんどくさいもんで、それを正攻法で合理的な説得などできやしない。本当に人間はめんどくさい。

スルー。

この歳になって、こういう面倒くささを味わうとは思わなかった。

竹薮が上京するとき、0号は一年以上前から準備して、アイロンだの一人用炊飯器だのを買い揃え、家を決めたら後は運び入れるだけだったことを思い出す。その後も荷物が届くたびに隙間にはタオルや石鹸やティッシュペーパーが詰まってて、新聞紙なんてことはなかった。

そういうのが竹薮のイメージだったんだけども、どうも違ってるらしい。
だから、何?だ。

子どもが変わるということは、親も変わるということだ。
親子が丸ごと変わるんだ。

さて、どうなりますか。
踏ん張りどころだよ。お母さん。

***************

今日の夕飯

筑前煮の残り物
子鯵のマリネの残り物
きのこのアヒージョの残り物
お取り寄せのタン

タンだけ焼きました。
今日はタケヤマと二人なので、冷蔵庫から出しただけ。
お取り寄せのタンは美味しかった。
タケノコたちがいなければ、ご飯もこんなに簡単なんだね。

早く来い来い、そういう日!

***************

テレビドラマレビューのブログを作ろうと思ってます。
うふ。

上の写真はお榊の裏についていた花。
初めて見ました。
こないだ、お榊の鉢植えを買いました。
あんな花が咲くようになるかな。



takeyabu31 at 21:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック とんまの親子(子育て介護) 

2017年02月03日

全てをスルーするオイル

2016-12-15-18-51-09

何ともう二ヶ月以上更新していなかったという事実に呆然とします。
本当に申し訳ありません。
竹薮はまあまあ元気にしています。
しかし、昨今のご時世、楽ではありません。

どのへんから説明すればいいでしょう。
例えば、プリントの配り方。
普通、一番前に人数分渡して後ろへ後ろへと回しますね。

竹薮の職場では、三人がけか二人がけの机です。
三人がけが二列と二人がけが一列の場合。
三か所にプリントを渡します。

その時、まず、三枚ないし二枚とって後ろに回し、それから隣に一枚ずつ渡す。
これが竹薮の指示。
そうでないと、隣に一枚一枚渡してから後ろへ回してしまう。
それでは時間がかかる。

回収する時も同じ
後ろから来るのを待って、自分のを重ね、隣のを重ねると時間がかかる。
だから各机で集めて置いて、後ろから来たら、そこに重ねる。
その時、もちろん天地を揃える。

これ、各年度の最初に徹底します。

他に、授業中に竹薮がテキストを説明する時、
二段落の
終わりから
1、2、3、4行目
という言い方をする。

なぜこういうかというと
二段落の/二段落を見る
終わりから/最後の行を見る
1、2、3、4行目/竹薮と一緒に1、2、3、4と数える

そうすると、すぐ竹薮のしゃべりについてこれる。

耳が敏感なら「このようにするべし」と言わなくても自然にそうなるように声を出してるんだけど、残念ながら、4行目と言い終わるまで探さない、という不届きものが大半である。

これもなんども繰り返し注意します。

一事が万事、この通りで
竹薮はうるさいのなんの。
でも、これらの方法にはちゃんと合理的根拠があって、
これ以上にいい方法があるなら提案してほしいってなもんで、
根拠を説明されたらぐうの音も出ないはずなんです。

さて、今年度はこのような細かい作法が一年かけて徹底できなかった。
竹薮イズムとでもいうべきものがことごとく崩れた一年でした。

竹薮の授業の核心である「言葉のノート」
これは全員が授業の進行と同時に作るものであり、
勉強の根幹となるもの。

それを作らないものが少なくなかった。
作っても続かない。続かないから中身が蓄積していかない。
今日現在、毎日毎日、メールや電話で急襲している当の本人が
言葉のノートが心もとない。
年明けに、誰かのを写してましたが、それでも使えていない。

(逆に毎日一緒にお風呂に入ってるという子もいるけれど。。。)

去年まではこんなことはなかった。
毎週毎週授業のたびに点検して、
最後の授業ではノートの表紙裏にメッセージを書くので最終週は大忙しだったのです。
でも、今年は暇で暇で。提出しないから。

大学行っても、就職しても、言葉のノートは役に立つと行ってくれる子も少なくない。
そりゃそうです。日本語の基本ルール集なんだから。
言っちゃ何だけど、入試ごときもののためだけに日本語を矮小化してなるものかと思ってるんで。

それだけの経験と知識となんやかんやのこもったもんなのです。

それが定着しない。

コップの水があふれるようにっていうけど、
今年はそうだったんだろうなと思います。

溢れたら、もうダメですよね。

そこで、竹薮は考えました。
竹薮が変わらなければならない。
強権的に怒る、しかり飛ばす、決め台詞「そんなんじゃ受からない」とか、
そういう方法論の方もおられますが、それは竹薮の趣味ではないし、「そんなんじゃ受からない」なんて意味のない脅しは全くもって思想信条に反します。

もちろん散々叱ってきましたよ。
怒鳴りもします。
大きな声で怒鳴るのは校舎で竹薮だけです。
でも、それは脅しじゃないわけで。

で、です。
全てをスルーすることにしました。
どんなにがっかりしても
(そりゃ真剣に声を枯らして教えてるんだから、それでもやらなきゃがっかりです)
どんなに腹がたっても
(立つんです。だって毎週毎週ずーっとテキスト持ってこない子とかいるんです)
でもスルーする。

太陽の回りのように毎回、毎回同じことを繰り返すのみ。
呼びかけるのみ。
そうしようと思う。

たまにはため息つきますが、
たまには限定された人に愚痴りますが、
もうこの一年の間にできるだけとか、
今やってやらないと誰がやるとかそういうことは考えない。

どんなに苦労して育てた子どもだって、
大人になって親をうるさく思う。
それなら生徒たちが赤の他人のしかも何のゆかりもない竹薮のいうことを聞くなんて
そんなことは成立しない。

変えようと思うのが傲慢で、変わろうとするべきなんじゃないか。

竹薮の本質は変わらない。
ただプレゼンの仕方、他者との距離の取り方が変わるということです。

急がなくていい。
ゆっくりでいい。
今じゃないかもしれない。

一回でできなければ十回二十回繰り返せばいい。
毎日毎日メールで質問を送ってくる子、
ありがとうもお願いしますもない子だったけど、
事務方が「お願いします」は教えてくれたようで、
今日の電話で竹薮が
「ありがとうございます」からでしょと教えました。
明日も教えよう。

そのほかのことも、言ったじゃない!!じゃなくて百回でも言おう。
言ったじゃないって気持ちなしで。

時代は変わる。
AIが人間の代わりをするようになって
ベーシックインカムが実現して
今はそうじゃないけど、早晩そうなる。
あと50年もすればきっとそうなる。
だったら、早くできるようにならなくていいし、
何かができるようになるための手段の学びじゃなくて
学ぶことそれ自体が目的になる。
働くことに生きがいを感じるように学ぶことに生きがいを感じるようになる。

学びが手段でないのなら、評価も必要なくなる。
少なくとも今のような評価ではなくなる。

だったら、早く遠く、できるだけという発想は
今、過去のものになりつつあるんだろう。

旧人類である竹薮は
早く、遠く、要領よく、できるだけと育てられた。
それは染み付いたものだ。

シミ抜きしなくちゃいけない。

それで「全てをスルーするオイル」

ゆかねえが月に二回、地元でボランティア活動をしています。
介護している家族の集まりケアラーズカフェでアロママッサージをしてるのです。
そこから発生してメディカルアロマのクラスをやりました。
ちょこっと竹薮も参加。
そこで、オリジナルのブレンドオイルを作るというのがあって
竹薮の注文が「全てをスルーするオイル」というのです。
100点満点で5点でも、何やってんのよ!やる気あんの!じゃなくて「あら、たいへ〜ん」て言えるオイル。
ゆかねえ、そんな注文は初めてだと言いながら、作ってくれました。

ベチバー/マジョラム/パチョリ/シダーウッド

それをロールオンタイプの容器に入れて持ち歩く。
オイルは嗅いで0.2秒で脳に到達しますから、即効です。

ベチバーってこんな植物

ベチバーはインドやスリランカでは、「安静の油」と呼ばれ、神経を鎮静させる働きがあり、ストレスや緊張を和らげます。また、循環器系や免疫系を刺激し、体全体の活性化を促す作用もあります。

マジョラム
マジョラムの香りは、不眠や不安から解き放ち、心に安らぎを与えてくれます。副交感神経を活発化させる作用があるとされ、緊張によって強ばった心と体をほぐして穏やかにし、リラックス状態へと導いてくれます。頭をスッキリとさせて集中を高める作用もありますので、ソワソワと落ち着かないときや頭がモヤモヤしている時にも向いています。

パチョリ
鎮静作用があるので、緊張や不安をやわらげて穏やかな気持ちへと
導きます。思い詰めてしまったり、考えすぎてイライラしている時にも有効です。

シダーウッド
脳を活性化し、持競力や忍耐力を高めてくれるので、無気力なときや集中したいときに役立ちます。不安や緊張をほぐしてくれるので、心に安定と強さを与えてくれます。


さて、どうなりますか。

気の利く子は笑いながら、ほら先生、深呼吸、塗って塗ってと気づかせてくれてます。
そういう応援を背に、今年度をしめ、新年度に向かいます。

************

水曜日に猛烈何かダメージをくらい、木曜は仮死状態。起きたのは午後四時でした。
今日は朝からまあまあ活動。
でも。二日間、家から出てません。
家から出なくても何とかなるもんで

今日の夕飯

何と、卵焼きとソーセージとほうれん草の中巻き
ひじきと切り干し大根の煮物
イワシの丸干し
豚汁

お昼にパウンドを焼きました。
甘夏のパウンド、粉は半量全粒粉にして。
焼きたてのとき、耳がザクザクして美味しいのなんのって。
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上の写真は
夏に友達にもらった多肉植物。
脇芽が出てきました。



takeyabu31 at 22:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

2016年11月25日

挨拶が生きてるか

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今日、CURVESの帰りにスーパーによってレジに並んだ。
わたしの順番になって、お願いしますと声を掛けた。

袋はご入り用ですか。いいえ結構です。
〇〇円になります。これでお願いします。
〇〇円のお返しです。どうも、ありがとう。

これ、文字で書くとやりとりが成立してるけど、実際は成立してないの。レジの人は決まった台詞を言ってるだけで、わたしの言葉を聞いて反応してるはいない。

だから、このやりとりは死んでいる。

ここ何年か、コンビニとかスーパーとかシルバーの人たちとか、なるだけ挨拶するようにしてる。シルバー男性は無視されることが多い。耳が遠いのとか、挨拶されるなんて思ってもみないとか、そんなとこだろう。

シルバーの女性は皆にこやかに挨拶してくれる。いってらっしゃい、気をつけて。寒いね。気をつけて。生きた挨拶だ。朝イチでこれだと元気出る。

コンビニは割と生きてる。
7割がた生きてる。
夜のスーパーも。

なんだろ、今日のスーパーの人。
不思議だなと思いながら、歩道橋のエレベーターに乗る。
中から年配のご婦人が降りてきた。
こんにちは
はいこんにちは。延長押しておきましたよ。
あら、ありがとうございます。

延長は全然必要ないけど、押してくれる気持ちがうれしいじゃないか。

気持ちが続く限り、挨拶はしようと思う。

***********

今日の夕飯
昨日のお汁を豚汁にして、とり天揚げる

明日のお昼は、メカジキのカレー焼きで
夜は鶏叉焼 ナムル

ほかに野菜はなんにするかね。

あしたは朝から夜までいないので、三食作って出ていく日なんです。

*************
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今朝の空
三日月の下に星一つ
空は下から明けてきている。



takeyabu31 at 15:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 長電話(日記/告知) 

2016年11月06日

必然的関係@蟻んこ女子部

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れー子さんから、お線香が届いた。
お供えだ。6ヶ月前の。

この辺がれー子時間。

手紙が入っていた。一部引用
竹薮さんのおばあちゃんへ
一度だけお目にかかりました。
雨の日の京橋でした。
赤いコートをお召しになって
映画をご覧になったあとは意気軒昂
力強い「蟻」の印影が私たちをはげましてくれました。
そうか、京橋のあの試写会か。
雨だった。
私は初めてさした傘を、試写会場に忘れてきたのだ。
その日初めてゆるこちゃんにもあった。

私は何か用があって、ばあちゃんを連れて行けなかった。
そこで泉津に頼んで、家にばあちゃんを迎えにいってもらい、
京橋の試写会場まで連れてきてもらった。
道中、ばあちゃんは、戦争の話だか竹薮の話だかを泉津に語り倒したそうだ。

そして、会場で泉津はいった。
「竹薮さん、おばあちゃんがもしもの時は、
 あのコート私にください」
そのコートは、ちょっと暗い赤のたっぷりしたロングコートで
テンセルの単衣だった。
「わかった」と返事した。異存は全くない。

十年後、もしもの時が来て
「もしもがくるよ、もうすぐ。
 赤のコート以外に色々コート送っていい?」
「いいっすよ」
というわけで、赤いのと、トレンチと、黄色いのと3枚送った。
その前に、片付けででた竹薮が幼稚園の卒園できたスーツもだ。

泉津は今、東京を離れ、結婚し一歳の子のお母さんになっている。
菜園をやっていて、そこでお嬢はどろんこになっている。

昨日のテキストにこんな一節があった。
偶発的な共同性は、「子供のときウンコをもらしたことを、大人になっても冷やかされる」ようなかつてのムラ的共同性とは、質的に異ならざるを得ない。同じノリを共有することについて「境遇や記憶の共有」のごとき必然性はもはやない。こうした必然性の欠如は、当事者の意識するところとなり、その結果、臆病な同調によって辛うじて存続するような人為的共同性がもたらされることになる。
宮台真司『「郊外化」と「近代の成熟」』
蟻んこ女子部は必然的関係である。よって六ヶ月後の線香だろうと、生きてるうちに死んだ時の話をしようと、遺品を一方的に送りつけようと、全く無問題である。「蟻の兵隊」と奥村和一のために必死に走った半年は必然だったのだ。

0号もそこに関わっている。「『蟻の兵隊』を観る会」最高齢が0号だ。
れー子さんの手紙にあるように蟻の印を彫った。
蟻印影

その印影は、蟻の兵隊の幟になった。
その一枚は、奥村さんのお棺に入った。
幟を作ってくれたyumiさんもそんな必然的関係の一人だ。

本気が本気を呼ぶのよね。
竹薮の人間関係は基本、必然的関係だ。偶発でも必然になる。
あれもこれもそれもどれも。

最近、竹薮の本気は空振りばっかだが、確信を疑ったら、そこで終わりかも。
自分を「バカみたい」と思いながら、これからも本気なんだろなと思う。

****************

十月は大変だった。
這いずりまわった感じがある。
十一月になって、ようやくなんか、どうにかなりそうな感じ。

寒いですね。
秋がなかったですね。

<今日の夕飯>
鶏肉とジャガイモの蒸し焼き
野菜どっさりの比内鶏だしスープ

****************

えっと、なんかあったっけ
頭休んでるので特になし。



takeyabu31 at 20:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 主婦のとも(おつきあい)