2018年07月23日

酷暑です。

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いやあ、暑いですね。
今日が一番暑いような予報です。
地元の予想最高気温は38度です。
もともと暑いの嫌いなので本当に困ります。

昔はこんなに厚くなかったですね。
新しもん好きの我が家でもエアコンはなかったです。

夏は、我が家の真ん中にあった鉄平石の広い廊下にゴザを敷いてごろごろ
蚊取り線香、スイカ、ひまわり、セミ、
夏の気配が濃厚で、そんな中でゴロゴロ
文学全集や、長編小説は大抵夏休みに読み進みました。
吉川英治は夏のイメージです。

1学期末から夏期講習の間に大人の国語が挟まったせいで
休みがなかったのが先週の金曜でようやく一段落。
土日は徹底的にゴロゴロしました。

今日から始動しようと昨日計画を立てて
今週の土曜日からの死にそうな時間割の準備をするはずが
早起きできず。結局7時。いかんですなあ。

酷暑の中CURVESに行って買い物しようと思ったら、財布が入ってなかった。
おい>自分
家に帰って再出動。

外で空気を吸うと暑い。

さて、今日から1号がグループホーム入居に向けて「お試し」が始まる。
精神障害者のグループホームというのは普通のアパートのようなもので
管理人さんが服薬管理をするというようなシステムだ。
近くにいつも管理人さんが入れくれるのは安心だ。
今日は一泊、来週は二泊。
その上で審査があって、入居が決まる。
入居できれば自立になる。
障害者年金も降りた。
年金とあわせて就労して生活費を稼ぐ。
前職の時ほどいい稼ぎではない。
でも、年金があればかなりいけるはずだ。
ともかく、自分で暮らして行く。
まずは三年間。
そのあとはホームを出て民間に移動だ。

できるのかなあ。
親の目の見えないところへ行くのは成長だ。
何も知らせがないのなら、良いということだ。
見えないものを信じられるか。

親って難儀だな。
いつまでも試される。

**************

今年はハイビスカスの花が結構咲く。
やはり冬の非難が早かったのがよかったのかも。
一つの枝で花芽が三つついたりしてる。
うれしや。

<今日の夕飯>
銀ダラの大根の煮物
小松菜とエリンギのおひたし
人参とピーマンのきんぴら

味噌汁はなんにしましょうね

7月期のドラマなんとか見てます
これまで見た範囲では以下かな。

この世界の片隅に(日曜日9時)
青天目ちゃん(松本穂香)がすずちゃんなんだけど、すごくいい。
もうめちゃくちゃいい。
岡田惠和脚本

健康で文化的な最低限度の生活(火曜9時)
最近、素晴らしいカンテレ。
生活保護に挑む。
生活保護制度の本当の意味を広報するだけでも有意義。

義母と娘のブルース(火曜日10時)
これは森下佳子脚本 逃げ恥同様、母親を契約でというコンセプト。
なかなかの内容です。

高嶺の花(水曜10時)
なんと野島伸司脚本
で、峯田和伸なんでこれまた楽しみ。
峯田はもちろんだけど、石原さとみ嬢のバカ笑いと啖呵がなかなかいい。

ハゲタカ(木曜10時)
これはなあ。一回見たけども、こうちょっと。
反動でNHK版を一気見してしまったほど。
が、オリジナルストリーの現在があるというのでみるかな。

透明なゆりかご(金曜10時)
沖田×華の漫画原作のドラマ化。
原作があまりに素晴らしかったので危惧されたが、
全く別物として視聴するつもり。

dele(金曜11:15)
まだ始まってないんだけど、みる予定。
この枠は画期的な名作が生まれている枠だし。

今年の夏は画期的な夏。
色々な物事が動く。
そんな感じです。



takeyabu31 at 15:38|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック とんまの親子(子育て介護) | 長電話(日記/告知)

2018年06月29日

国を愛する表現をもってますか(2)


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今朝、「ぐんくつのあしおと」という表現をみた。
そこ以外のところは適切に漢字表記になっており、けプロフィールを見ると、小説家、研究者などとあるので、このひとはあえて、このような表記にしているのだと思われた。ということは、「ぐんくつのあしおと」という表現が他で散見され、そのような表現をとる考え方の象徴として
「ぐんくつのあしおと」という言葉を使ったのだろう。



「ぐんくつ」とは正しくは「ぐんか/軍靴」だ。そして、靴音(くつおと)とはいうが、靴の足音とは言わない。普通は軍靴の音(ぐんかのおと)、あるいは軍歌の響き(ぐんかのひびき)だろう。それを「ぐんくつのあしおと」と言ってるわけだ。

この言葉をつかえるのは、「ぐんか」という音を耳で聞いたことがなく、目で見ただけで「ぐんくつ」と表記しているのだと思う。さらに、もし声に出していたら「ぐん『ぐつ』」になるはずだ。つまり声で誰かと共有されたことのない言葉なのだ「ぐんくつ」は。

こんな記事を見かけた。
軍靴の足音(ぐんくつのあしおと)とは、国家が大きな戦争に巻き込まれてゆく過程で聞こえてくる足音である。軍靴を「ぐんか」と読む間違いが多いが、「ぐんくつ」が正しい読み方。2chでは正しく読める人が多い。先の大戦の悲惨な記憶が薄れつつある現代日本は、すでに軍靴の足音だらけだ!


驚くなあ。本当に驚く。

しかし言葉とはそういうもんだろう。その言葉を使う人の使い方で通じていれば、その通じる量が拡大すれば、それが今の生きた言葉なのだ。

例えば、Google検索で
ぐんくつのおと 約 754,000 件 (0.54 秒)
軍靴の響 約 66,800 件 (0.70 秒)

ネット上では勝負はついている。2chでの消費量の性であるにしても桁が違う。1割以下なのだ。もう数年したら、軍歌(ぐんか)という音はどっと減って「ぐんくつ」あるいは発音しやすい「ぐんぐつ」になるのではないか。その時にこの言葉はどんな文脈を持つのか。そこが問題なのだ。発音ではなく。

平和をかたる言葉は絵葉書であってはならない。
それは生きた人間の中から発せられたものでなくてはならない。

「マントルの熱を伝える大地」「心地よい湿気を孕(はら)んだ風」「草の匂いを鼻孔に感じ」「遠くから聞こえてくる潮騒」「岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波」「山羊の嘶(いなな)き」「畑に続く小道」これらの最近聞いた言葉は、私には絵葉書に思える。作者が感じた草の匂いが沖縄の草であるかどうか。もっと抽象的な想像上のイメージの草のように思える。岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波は世界中どこにでもある。この風景は記号だと、竹薮は感じる。ネット上では圧倒的に好評価で絶賛されているが。

たいして
1995年10月21日の米兵による少女強姦事件への抗議集会での高校三年生のスピーチ
「ヘリコプターはもう、うんざりです」
 
 私はごく普通の高校3年生です。 
 たいした言(こと)は言えないと思いますが、ただ思ったことを話します。 
 この事件を初めて知った時、これはどういうこと、理解できない。こんなことが起こっていいものかと、やりきれない思いで胸がいっぱいになりました。 
 この事件がこのように大きく取り上げられ、9月26日、普天間小学校で、10月5日には普天間高校で抗議集会が開かれました。
 
 高校生の関心も高く、大会に参加したり、様子を見守っていた生徒も少なくありません。そんな中、私はこの事件について友人たちと話をするうちに、疑問に思ったことがあります。米兵に対する怒りはもちろんですが、被害者の少女の心を犠牲にしてまで抗議するべきだったのだろうか。彼女のプライバシーは、どうなるのか。

 その気持ちは、今でも変わりません。 
 
 しかし今、少女とその家族の勇気ある決心によってこの事件が公にされ、歴史の大きな渦となっているのは事実なのです。 彼女の苦しみ、彼女の心を無駄にするわけにはいきません。私がここに立って意見を言うことによって少しでも何かが変われば、彼女の心がかるくなるかもしれない。そう思いここに立って います。

 沖縄で米兵による犯罪を過去までさかのぼると、凶悪犯罪の多さに驚きます。
 
 戦後50年、いまだに米兵により犯罪は起こっているのです。このままの状態でいいのでしょうか。どうしてこれまでの事件が本土に無視されてきたのかが、私には分かりません。まして、加害者の米兵が罪に相当する罰を受けていないことには、本当に腹が立ちます。米軍内に拘束されているはずの容疑者が、米国に逃亡してしまうこともありました。

 そんなことがあるから今、沖縄の人々が日米地位協定に反発するのは当然だと思います。
 それにこの事件の容疑者のような動物にも劣る行為をする人間をつくりだしてしまったのは、沖縄に存在する「フェンスの中の人々」、軍事基地内の人々 すべての責任だと思います。基地が沖縄に来てから、ずっと加害はくり変えされてきました。基地がある故の苦悩から、私たちを解放してほしい。
 
 今の沖縄はだれのものでもなく、沖縄の人々のものだから。  

 私が通った普天間中学校は、運動場のすぐそばに米軍の基地があります。普天間小学校は、フェンス越しに米軍基地があります。
 基地の周りには7つの小学校と、4つの中学校、3つの高校、1つの養護学校、2つの大学があります。ニュースで爆撃機 やヘリコプターなどの墜落事故を知ると、いつも胸が騒ぎます。私の家からは、米軍のヘリコプターが滑走路に降りていくのが見えます。
 
 それはまるで、街の中に突っ込んでいくように見えるのです。
 
 機体に刻まれた文字が見えるほどの低空飛行、それによる騒音、私たちはいつ飛行機が落ちてくるか分からない、そんな所で学んでいるのです。 
 私は今まで、基地があることはしょうがないことだと、受け止めてきました 。 
 しかし今、私たち若い世代も、あらためて基地の存在の位置を見返してます。学校でも意外な人が、この事件について思いを語り、皆をびっくりさせたりもしました。それぞれ口にはしなかったけれど、基地への不満が胸の奥にあったことの表れだと思 います。 

 きょう、普天間高校の生徒会は、バスの無料券を印刷して全生徒に配り、「みんなで行こう。考えよう」と、大会への参加を呼び掛けました。浦添高校の生徒会でも同じことが行われたそうです。
 そして、今ここにたくさんの高校生や大学生の人が集まっています。若い世代もこの問題について真剣に考えはじめているのです 。
 今、このような痛ましい事件が起こったことで、沖縄は全国にこの問題を訴えかけています。私は今、決してあきらめてはいけないと思います。私たちがここであきらめてしまうことは、次の悲しい出来事を生みだすことになるのですから。   
 
 いつまでも米兵に脅え、事故に脅え、危険にさらされながら生活を続けていくことは、私は嫌です。未来の自分の子供たちにも、そんな生活はさせたくありません。私たち生徒、子供、女性に犠牲を強いるのはもうやめてください。 

 私は戦争が嫌いです。
 
 だから、人を殺すための道具が自分の周りにあるのも嫌です。
 
 次の世代を担う、私たち高校生や大学生、若者の一人ひとりが本当に嫌だと思うことを口に出して、行動していくことが大事だと思います。 
 私たち若い世代に新しい沖縄のスタートをさせてほしい。 
 沖縄を本当の意味で平和な島にしてほしいと願います。 
 そのために私も、一歩一歩行動していきたい。

 私たちに静かな沖縄を返してください。

 軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください 。

 https://blogs.yahoo.co.jp/akaruria/34279036.html
かたや詩、かたや散文という違いを踏まえても、竹薮は後者の方に胸を打たれる。美しい自然描写よりも「それはまるで、街の中に突っ込んでいくように見えるのです。」という一行に胸を疲れる。

 RADのHINOMARUに対してリベラルの言語の貧しさを嘆いた。しかし、政治的イデオロギーを帯びたものではダメなのではないかとも思うに至った。文学だろう。あるいは戦後広く行われた綴り方教室のようなもの。サークル村のようなもの。個々人がペンを持って書いてみることではないか。ああ、でもそれはあまりに遠大だ。やはり文学は何をしていると言わねばならない。

 私ではなく、私たちの物語。
 沖縄の高校生がみんなで話し合った。そんなところから立ち上がる物語。それが善意の14歳の少女の感情が一気に絵葉書になるのを堰き止めるのだと思う。

 「苦海浄土」のような戦後の日本の本が、あるいは3.11後の本が、あるいは子殺し親殺し無差別殺人が起こる日本の本が必要なのだ。それを書くのは誰だろう。田口ランディ、赤坂真理、それとも。

 世界中のブログの中で使用言語は日本語が一番多いと聞いたことがある。日本人がみんな私語りをしているのだ。その中から物語は立ち上がっていかないものだろうか。かつての「電車男」のように。

 昨日だったか伊藤詩織さんのことがBBCのドキュメンタリに取り上げられた。早速大きな反響を読んでいる。彼女の経験は多くの女たちの経験でもあるからだ。彼女は絵葉書のような表現をしない。そこに可能性がある。そのように多くの表現がなされることを願ってやまない。

**************

東京は梅雨明けしたそうだ。
6月中の梅雨明けはとても早いとか。
西野ジャパンが決勝トーナメントに進出した。
ああいう勝ち方もありだろうと思うが、次がベルギーというのが。。

なんというか、今年は色々ある。
本当に色々ある。
でもまあ、頑張ってるな>自分ということです。

<今日の夕飯>
鮭、ささみのフライ、ちくわの磯辺揚げ
キャベツと人参とピーマンのコールスロー(ケンタ風に刻んだやつ)
トマト
味噌汁(エノキ、ネギ、あぶらげ、わかめ)

明日用に
中華サラダ(クラゲ、きゅうり、鶏肉、もやし)
蕪とキュウリと茗荷の浅漬け
蕪の葉とあぶらげの煮浸し
煮卵、豚肉と大根の重ね煮

写真は27日の朝の空。
何やら起こりそうな空でした。



takeyabu31 at 23:30|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2018年06月18日

国を愛するという表現を持ってますか。

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RADWIMPSのHINOMARUが話題だ。
おなじみの炎上を起こしている。

やれやれだ。
まあ炎上は当然だろう。歴史的にやばい方向の言葉に彩られているので誤解を呼ぶ表現だとしか言いようがない。天皇も出てこないし、ヘイト表現でもないのでそこはいいのだが、なんというか時代がかっていて、なんともはやである。
だが、竹薮は困ったなあと思っているが、
さほど怒っていない。
それは、竹薮の教えてきた生徒たちの中でRADが好きだという子達がものを考えない子ではなかったからだ。正直に言って、「君の名は」という映画はさほど評価に値するとは思っていないし、そのテーマ曲だった「前前前世」というのも、ただのラブソングだった。でも、ちゃんと感性が育っている子たちが複数口にしたので、検索した。

楽曲の方はなんというかなラノベだと思った。でも音楽そのものはいい仕事してると思った。音楽が好きなんだな、いっぱい聞いてるなと理解できるサウンドだった。あのサウンドがなければファンはつかないだろう。いろんな音楽ジャンルがあのサウンドに含まれていて、楽曲そのものは担がれたお神輿のようなものだなと感じた。さらに、ちょうど「百万円の女たち」という深夜ドラマに野田という人が出ていて、なるほど独特の存在感のある人だな納得し、その後「トイレのピエタ」も見た。どちらの作品も半分死んだ感じというか、平均台に片足で立って揺れてるような、もっというと名付けようのない空っぽな感じなのだ。そのことは悪くない。良いと感じた。その空っぽの中に何かが入る時があって、その時のごく小さな表情の変化がよかった。

だから、HINOMARUという曲はなんか微妙な違和感がある。なんというか出来合いの感じ、雑だと思った。曲調はあくまで抑えめで全員で声高に斉唱する感じではない。どちらかというと一人で小さく口ずさむ感じなのだ。歌詞とは明らかに違う。僕らの御霊は挫けなどしないと言いながら、挫けそうじゃないか。「遥か高き波がくれど」というところも明らかに震災を意識してるんだろうなと思わせる。そうだ、トイレのピエタの中で威風堂々をハミングするところがある。全然、威風堂々じゃなく。それに近いかもしれない。非常に弱い、小さな、でも確かな存在の不器用なハミングなんだよ。

というわけで、竹薮としては、野田という人を一気にウヨクだと切り捨てる気にはならなかった。

その後、炎上はさらに続いてめんどくさいことになっている。
しかし十分な議論がされているとは言えないと思う。

その歌詞や曲そのものや、野田という人のツイはみなさんご存知だろうから、引用しない。もしまだだという方がおられたら、一度検索してみることをお勧めする。32歳という若者(今時の32歳は幼いよ、本当に)の言いたいことは、全く単純なことだったんだろうと思われることと思う。

それは悪く言えば無内容ということだ。
で、その無内容は野田という人だけが引き受けることなのか?

そうではなかろう。

最近、こういうツイを見た。

これと同じだ。
野田という人を批判する多くの人、擁護する多くの人は野田という人を心の中に飼っているのではないかと思う。そのことをちょっと考えて見たい。

この件で思い出したのが、世界女性会議に参加した日本の女性たちが困った話だ。
それは、夜の懇親会で、各国の女性たちがそれぞれの国の運動歌を歌うのに、日本は何を歌えばいいかわからなかったと言う話。結局何を歌ったんだったか記憶にないが、その歌がないと言うのはまさに現在のこの事件だ。

戦争中のナショナリズムでもなく国を思う歌というとこれぐらいしか思いつかない。
それは「遠い世界に」

二番の歌詞に
 雲に隠れた小さな星は
 これが日本だ私の国だ
とある。

当時、この言葉でさえ唐突な感じだった。
あの当時ではなんか民青っぽいとか思ってたような記憶がある。
でも五つの赤い風船の独特の美学がなんとかそう言う感じをクリアして歌われていたように思う。でも、それ以外思い浮かばない。つまり「ない」のだ。

これが日本の戦後を示している。
私たちは考えてこなかった。
表現してこなかった。
歌というのは唱和という形で多くの人が身体さえあれば表現できるメディアなんだけど、それがないということの意味だと思う。

多くの人がHINOMARUを批判した。
それは日本という国を愛する気持ちを否定するわけではあるまい。
では、批判者はどんな歌を持っているのか。
何を歌うのか。
ないはずだ。
ないのだ。


68、69の時、インターナショナルやワルシャワ労働歌とともに
歌われた「嗚呼玉杯に花受けて」の革命歌も「ああ弾圧に苦しめる〜決然立って武装せよ」いま検索しても出てこない。1908年のヴァージョンが出るばかりだ。

それくらい、表現されてない。
だから野田という若い人はウヨクまがいの表現しか浮かばなかった。
彼が真に考えたならばもっと他の表現になっただろう。
新しい選択肢を作り出せたかもしれない。
でも、彼が選ぶヴァリエーションはあまりに少なかった。

御霊というのは霊に尊敬の接頭辞がついて御霊だから
「あなたの御霊」とは言っても「僕らの御霊」とは言いづらいと思う
その程度の日本語なのだ。
当然、「僕らの燃ゆる魂」はとなるべきなのだ。

あんなに音楽のことは知っているのに、
戦争、戦後は知らなかった。

それは野田という人のせいか。
違うだろう。
日本人全体のせいだ。
そこで野田をワーワー言って批判してる人たちとその人につながる人たちと
野田を礼賛して歓迎してる人とその人につながる人たちのせいなんだ。
そのどちら側の人たちも、野田に届くように国を愛する言葉を紡いでこなかったということだ。

どちらも誰かを指弾し自分を擁護する言葉、分断する言葉のみだった。
ナイヨウガナイヨ

さらに、ここ何年もの運動も
かっこいいけど、全部アルファベットの運動だった。
アルファベットだ。

それでいいのか。

かつての「ええじゃないか」とか「オッペケペ」のような新たな表現は育っていない。
日本語そのものの衰退だ。

ものを考えることのできる子が次のように言った。


というわけで、今日、2011年以後の3.11がらみの曲を聞いて見た。
毎年、3.11の頃にyoutubeに発表されている。
前前前世とかとは全く違った内容のある曲。
radwimpsstaffとクレジットされた一連の曲はラノベだねとは言い切れないものがあった。
野田という人は震災によって成長したようだ。
一方でラブソングや商業的な音楽を作りながら、musicianとして3.11にかかわってきたのだ。炊き出しや寄付じゃなくて、本来の仕事で。それは全くもって正しい。

それは、斉藤和義の「ずっと嘘だったんだぜ」や猪苗代湖ズよりもずっと正統な仕事の仕方ではないか。

例えばこれはどうだ。

ソロヴォーカルとシンプルなピアノで始まる。
2コーラス目の後半くらいから弦が少しずつかぶさっていき
分厚くなって、そしてまたすっと引く。
映像は狭い室内から置かれた花に導かれて屋外へと出ていき
陸前高田の被災後の海岸のモノクロ映像
海に献花する

あまりにベタなんだが、詩は非常にシニカルで
野田本人と聴くものを背後から告発する。
聞きやすい構成なのにちゃんと毒が盛ってある。いい作品だ。

そろそろ終わり。
そう、間違いは間違いだ
しかし、たった一度の間違いを指弾され
げっそりしているであろう人は
こういう風に歩んできた人なんだとわかって指弾しているのか。

失敗を許さないのはどれだけご立派な社会なんだろうかと覗き込んでみれば、
空虚もいいとこ、「あ」の人の脳内と同じくらいスカスカなんだよ。

その「スカスカ」さ加減に野田はイライラしたのかもしれない。
そして短慮にぶち上げた。

それなら、そのイライラに気づき
本当に国を愛するとはどういうことかを
イメージする方向で彼と話し合い
彼と共に新しい歌を作るというのが筋ではないか。

野田の人となりは5、6時間もあれば把握できる。
それをせずにHINOMARUという言葉に脊髄反射してヒステリーを起こす愚は
その人たちの大嫌いなネ◯◯ヨの方々と同じふるまいである。

**************

寒い。
そして大阪で地震があった。
もうほんとにワヤやワヤ。

午前中仕事して、カミュを読みながら帰途につく。
CURVESによって買い物して帰って
それからRAD三昧。楽曲を聴いて、ピエタと百万円をみて
くたびれる。
そこで夕飯は本当に冷蔵庫の中のものを盛り付けて終了
ご飯を炊いて三つ葉の味噌汁だけ作った。

明日からは大人の社会科、憲法の準備。
今年はほんと頑張ってます、竹薮。
えらい!

写真は日曜に咲いたハイビスカス
この寒いのによくもまあ。
花は咲きたかったんだね。

takeyabu31 at 22:52|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) | 長電話(日記/告知)

2018年06月12日

「強い」感受性なんか。



是枝裕和の「万引き家族」をみてきた。
あのラストに竹薮は賛成だ。
そうだ。ああしかならない。
夢など見るな。

常々言っている。
生きているということは、99%めんどくさいことばかりだ。
そして残りの1%はもう終わっている。
生まれて小さい間に。

だから記憶にある間、これからだって
めんどくさいことばかりだ。

大事なのはたまさか訪れる楽しいことを
いかに味わい尽くすか。と
そして大抵の場合はぞっとするほどめんどくさいことに
いかにひきずり込まれないか。だ

是枝監督の作品を探していて
Coccoのドキュメンタリを撮っているのを知った。
Netflixで見た。
その中で「お菓子と娘」が歌われていた。

お菓子の好きなパリ娘
二人揃えばいそいそと
角の菓子屋へボンジュール

子供の頃よく歌った、西条八十の詞だ。
映画の中で、ひめゆりの学徒たちを励まそうと若い女教師がこの歌を歌い、少女たちはやんやの喝采。笑い転げたのだそうだ。竹薮がこの歌を歌ったのは小学校の頃だ。ひめゆりの姉さんたちはハイティーンだった。みんなで箸が転げても可笑しい年頃で死の近くの一瞬をこの歌が彩ったのだ。

昭和四年からこの歌が歌われてきて、何人の人たちが涙をこらえて、涙を忘れて、あるいは涙にくれて歌っただろうか。ラジオに耳をすませて、学校の帰り道で、二階の窓に腰掛けて、友達と声を合わせて、一人で小さな声で、ひめゆりの壕の中で、無数の「わたし」が歌ったのだ。

この夏、沖縄にゆく。

**************

竹薮は「わたし感受性が強いから、残酷なもの苦手なの」とか
シャーシャーというやつが大嫌いだ。
何もかも全部受け止めて、ズタボロに傷つけ、ばか。

そう思うから、
そう思っている。
そして、そんな竹薮は昨日、カーネーションで
「今の勘助にあんたの図太さは毒や」と宣言された。
でもやっぱり、そう思っている。



**************

28年前の今日2号を生んだ。
1号を生んで、子育てに猛烈苦しんだから
もう一人ほしいと言ったらタケヤマは驚いた。
でも、女は欲しいとなったら欲しいし、生むのだ。


<今日の夕飯>
赤飯
コールスロー
ジャーマンポテト
で、2号の希望によりケンタッキー

ケーキは
バナナケーキ、黒砂糖で
美味い。

2号が何やら竹薮の気配を察して
「ドデカミン」を差し入れてくれた。

朝から米朝会談がずっと流れていた日。



takeyabu31 at 22:04|PermalinkComments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 長電話(日記/告知) 

2018年06月09日

感情、承認、理解 そんなことの近辺。その3

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そんなこんなをやってたら、我と我が身にとんでもない感情の嵐が降ってきた。

人間は諸関係の結節点であるというのは、これは竹薮の出発点。
「私」とは私構成する人間関係の総体である。

だから関係竹薮の中にはいろんな人がいる。

理論上は2で述べた様々な段階方位のすべての人がいることになる。
その中の誰かと誰かが対立的な関係になることもありうる。

今回それが決定的になった。
簡単なこじれはよくある。兄弟喧嘩のような。
しかし、今回は違った。
各人の実存に関わる重要な問題だった。
この二人は竹薮にとってそれぞれ今非常に大事な人物で
その二人が相入れないとわかること
これは竹薮の分裂を意味する。

どっちの方が圧倒的に重要とか、
とっちかをかばわなけれなならないとか
誤解によるものとかならいいのだが、そうではない。

最初は困ったなあとかめんどくさいなあだったが
あっという間に大きなしこりとなって胸を占領した。
こういう時の感情の処理として短歌が一番
大事に出来て片付きもするから。
やけ酒ややけ食いや簡単にストレス解消などはしない。
経験済みのことはやけ酒でいいけども。
重要な問題であるほど感情を感情のまま捉えるには短歌は非常に良い方法。

ちょっと恥ずかしいが、そのプロセスを。

*まず情動段階。

何もかも放擲したし 両の手を
拳に握り 胸叩く午後

風吹かれ揺れる軀をそのままに
倒れたいのかそうでないのか

*ちょっと落ち着こうとする。

息をする そのためにはまず吐くことと
知っていたので その通り吐く

人間はまず動物と思いなして
地面に立って歩をすすめゆく

引力に逆らって立つ胴体を
最後に受ける足裏の熱
 
*安定をはかる

震災のあの日のように今日とても
夕餉の支度くりかえすこと

でも感情は続く

ものならぬ有情の層にまなざして
雲のはたてに砕けてしまえ
 
でもここで視線は上を向いている。

そして、

名付けるな
胸にくぐもるこの石は
リビドーという生情である

感情の根源そのものを見つめると認識に至る。

引き裂かれる関係のどちらも欠かせない。
その関係を継続する意思はリビドーそのものだ。
そのリビドーに怒りとか嘆きとか幸福とか名付けてはならない。
名付けるとどちらかを肯定し反対を否定する、あるいは順位をつけることになる。

ただ現場に踏みとどまること。
その現場に当事者自身が色をつけない。

今、私が色をつけないリビドーを思い、その端っこをつかんでいるのは
全く異質の二人との関係による。
出会いに感謝だ。

**************

<今日の夕飯>

キャベツとひき肉の重ね煮
アスパラとエリンギの炒め物
律くんのスープ
 朝ドラの半分青いに出てきた料理。

今日は金曜なんで、
明日は一日中、夜までいないので料理

カツオの大和煮
竹輪とインゲンの煮物
大根ときゅうりを岩下の新生姜で揉んだもの
鶏肉のマーマレード煮
小松菜ともやしのゴマ和え

さあ、寝ます。

あ、くるみゆべしも作りました。
それが上の写真です。




 

takeyabu31 at 00:55|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

2018年06月08日

感情、承認、理解 そんなことの近辺。その2


昔、1号がASDの診断を受けた時、
友達が竹薮に猛烈に怒った。
なんで、そんな診断を受けるんだ。1号は1号じゃないか。
俺はサッカークラブでそういう子どもに出会うけど、じっと見てれば何が起こってるかわかる。そしたら俺がどんな風にアプローチすればいいかわかる。それはそいつだけの問題じゃない。多かれ少なかれ子ども全部がそうなんだよ。

素晴らしいの一言だ。
1号を取り囲む全ての人間が、その友達のような感受性とコミュニケーション能力を持っていれば、診断なんかいらない。でも、世の中はそうではない。

ここには二つの論点がある。
個々別々の具体的な場面と一般的な制度という側面
もう一つはなんとなくわかる感覚の世界と言語による概念という問題だ。

友達は具体的な場面で感覚で理解している
そういう人は異能の人なので、他者がそうではないということがわからなかったりする。
見りゃわかるだろう。そこにあるじゃないか。
いやいや、凡人はそうはいかないのですよ、本当。

だから、制度が必要でその制度のために言語化されなければならなくなる。

ASDが問題にされるのは最近になってからだ。1940年代。それまでは具体的な局面で個々別々に対処されていたのではないか。各集団に私の友人のような人物がいれば、各集団にいなくともその上位集団にいれば、少数者は包摂されていくのだ。だが、学校や会社はそうはいかない。個々別々の人よりもルールが優先されて行く。

そこで、例えば診断の局面で診断基準のどの項目に該当しないから、診断できないということになる。かつてはASとADDは同時に診断できなかったけれど、今は両方一人の人に診断されるように変わった。そんなもんだ。でも、現場ではASだけどADD傾向もあるよねとその判断のもとに対応していた。「診断」と「現場判断」は違う。それでいいのだ。

どっちが正しくてどっちが間違いというものではないと思う。

どっちもアリなんだ。

もう一つ例を挙げるならば、フランス人権宣言だ。
人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。
これが事実だと思うひとはいるだろうか。
そんな人はおめでたすぎる。
人は自由で権利において平等?はあ?だ。

しかし、この概念規定はなくてはならないものだ。
この概念規定があったからこそ、人権は拡大してされてきた。
だから、この概念規定をウソだというのは損だ。

そう考えると
「障害はない。障害は個性だ。」というのも聞きようによっちゃアリと言える局面もあったりするかもと思う。(障害クラスタの皆さん怒らないでね)

究極の目標に<障害は個性だ>っていうのは掲げていいと竹薮は思う。
その上で、現状との距離をちゃんと測ってその隔たりを埋める努力をするんだよ。
で、今の状態をほっといて、障害は個性だとかいうなら、怒るよってことだ。

概念規定で大事なのは、概念規定して安心しないことだ。
概念規定に立てこもってはならない。そこ。

個々別々に人々は現場で苦しんでいる。
そこに概念規定を振りかざして、ここまで来いってのは話にならない。

で、でよ。
現場も、遠く遠くはるか彼方に見える概念規定を否定しないで欲しい。
そのはるか彼方がないと現状は変わっていかないんだから。

その長い道のりの各段階にいろんな人がいるんだ。
段階だけでなく方位もいろいろだし。
そのそれぞれの位置から周りを見渡してお互いを視野に入れて欲しいなと思う。

お互いにわかってないと言い合って噛み合う。
この闘争は不毛だ。
その闘争を眺めるのも不毛だ。
今回のファッションポジウム後のやりとりもこの様々な局面のぶつかり合いのようなに見えている。

だが、そのただ中にいる当事者にとっては「そんな悠長なこと」は言っていられないのだ。
でも、悠長なことじゃないんだけどね。
さらに続きます。





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感情、承認、理解 そんなことの近辺。

感情と言語、理性は対立するものではない。
感情というのは水のようなものでそれ自体に形はなくて、染み込み流れていくもの。
人間が生きて前に行くのがその水が動いているからで、人間はその水の入った袋みたいなもの。

だから、感情がたっぷりあることはとても重要
遠く広く、深く高く生きることになる。

社会は当然、その感情に型を与える。喜怒哀楽は文化として人を支配する。
支配するというと猛烈洗脳みたいだけど、共同生活にはある程度同じ感情がないと成り立たないから、自然にそうなる。

で、一人の人間は、自分の感情を持ちつつ、ある感情の型の中に生まれてくる。
自己肯定感は自己の個別性の確保が適切な形でなされるときに生じる。
その個別性が確保されるのは、自己が帰属するコミュニティが弾力に富み力があることが必要。

そうやって人は自分と自分の共同体との間で折り合いをつけて行く。
そこに生じる諸々の様相。感情が波立つ。
一時的な情動、継続的な情念、それらを含みこむその人の大きな感情。

情動は一時的なものなので波立っても過ぎ去る。せいぜい暴飲暴食とかですぎる。
バランスが大きく崩れたとき、人格に乗り移ったような情念となる。大抵の場合、恨みつらみがそれだ。そのことを思いつめ、そのことを生きる支えにし、そのことのために生きて行く。そのことを生きて行く。

でも、それは辛いことだ。
人は情念に飲み込まれるのではなく、自分の中に感情を位置付けなければならない。
恨みつらみは大きな感情の一つとなって、恨みの喜びや恨みの苦しみを持つことになる。恨みを多面的に味わい学び、自らの中に位置付けるという方向だ。

ここまでくると、自分なりの感情地図、感情辞書ができる。

そうなると感情が定型になってくる。

誕生日おめでとう。本当にうれしいか?
何か失敗した。くやしい。悲しい。本当か?

感情の型は多かれ少なかれ文化的なものなので
皆が嬉しいものを喜び、悲しいものを悲しむ方が生きやすい。

確かにそうだが。

しかし、生きてるといろんな意味でその定型を乗り越えるような瞬間がくる。

続きます

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2018年06月05日

着たいものを着るというスキル。ファッションポジウムに行ってきた。【3】

2に上げた写真は、公式インスタグラムからのものだが、当日とった写真の全部は上がってない。選んだのだと思う。撮ったものは全てあげるというわけには行かなかったのだ。というのも、そこに自我がダダ漏れになっているから

これは本当に見ていて大変だった。
目を閉じようかと思ったほどだ。
後刻、ツイッターで「なんであんなにみんな写真を撮られたいのか」というのを見たが、きっと同じ感覚を持ったのだと思う。撮られたがっていいよ。でもそれはちゃんと結構を整えてほしい。着るものに全く気配りがない。そしてそこに立つ姿勢も全く整っていない。腰が落ちていて背中も伸びない。内臓を守るように(つまり不安がある)不安定に立っている。それは自分の外部に対して何かを表現しようとしう姿勢ではない。逆に外部に無理やり食い込んだような感じなのだ。これは見ていて苦しかった。

ここに来たのは、安冨氏という人物やどんな催しかを知って来た人のはずだ。
通りすがりの人ということは考えにくい。
そのような人たちがこんな風だということは、いまの状況がどんなに息苦しいかということを示しているのかもしれない。まっすぐに立てない。カメラを周囲を見回すことができない。そのような不安定な自我たち。これが平成最後の初夏の安田講堂にいた人々である。

このステージに立って、観客と対峙して見渡せるほどに、内部に承認が詰まってない。竹薮は平気だよ。なんならウォーキングするよ。その自分を脳内に描けるよ。そのイメージ通りに体が動かなくてダメダメだろうけど(爆)ともかく、その認知を与えられているか。服と身体に対して。

それらは例えば、前の記事に書いた、喫茶店での光景のようなものだ。同行者がその時来ていたのは、この間の衣替えで、これはもう着ないなと判断した慈雨のガウンのようなロングブラウス。鶯色で麻素材。あちこちにタックや折り返しがしてあって、襟はハイカラーにもロールにもなる。リサイクルに出そうかなと思った時、あ、あげようと思ってその人に持ってったら気に入ってくれたのだ。とっても似合って竹薮としても満足。そのようにして共有体験はつくられ、認知が身体に蓄積されていく。その服がその人のために服になる。アクセサリーもそうだ。その人のアクセサリーになって、その人のセルフイメージを構成し身体を彩る。それは「ゆるふわでガーリーなロングワンピ」という一般記号ではない。

以前、泉津が0号を蟻の兵隊の試写会まで送迎してくれた時、ありがとうねと電話したら「もしもの時はあのコートください」と宣った。0号のテンセルのロングコートだ。90歳で真っ赤なロングコートを着る0号、その0号にもしもの時があったらくれという泉津、その中間にいる竹薮。これが記号でない服の来歴だ。果たしてもしもの時は来て、泉津にはコートが三枚もらわれて言った。皺加工したトレンチと件の赤と黄色いの、この黄色いのもとっても素敵で竹薮が着たかったのだが、着てみたら、まあ見るも無残に似合わなかった。で、泉津のところにいった。お嬢が気に入ってくれたよし。お嬢が大きくなったら着てほしい。ちなみに、泉津のお嬢が幼稚園に入るときの服は竹薮が幼稚園行事で着たウールのツーピースだ。

それがこれ
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半世紀以上前のものとは思えない。
これが出てきたときにた驚いたが、とてもゴミ袋の中には入れられなかった。

これはモノを大事にとか人間関係とかいうだけではない、今回の話でいえば着るということの共有がある。それがヴァナキュラーではないかと思い至った。この赤いチェックのツーピースはヴァナキュラーなのだ。

ヴァナキュラーとはある地域の暮らしに根付いているもののこと。

竹薮の母0号は、手を使ってモノを作ることについては天才だったと思う。和裁、洋裁、刺繍、編み物、彫刻、絵画、書道なんでもできた。竹薮はその作業場にいるのが好きだった。とくに洋裁は生活の糧だったから年中行われていて、針もハサミもおもちゃだった。客である女たちがやって来て、布地を身にあてる。いろいろあてて一つを選ぶ。それから、詳しいデザインを決める。あれこれ候補が上がって、決める時、時々竹薮に振られることがあった。「なあ、みさえちゃん、どっちがええかいのぉ」それはちょっと鼻がヒクヒクするような経験だった。0号のお気に入りは伊藤茂平の立体裁断で「私のきもの」(のちのモード・エ・モード)だった。布や型紙、裁ちクズが散乱する部屋の中で雑誌を何冊も広げ、0号の仕事を眺めた。大好きな時間だった。仮縫いを見るのも好きだ。仮縫いは我が家で行われることもあれば、お客の家ですることもあり、どっちも見物した。客の体にあうように調整する。あっちをつまみこっちを広げ、試行錯誤する。距離をとっては眺め、また顔を近づけ手を動かす。緻密な作業だ。面白い。同じようなデザインなのに、ほんのちょっとのことで全く違ったものになる。人体が着ている時と人が来た時では全く別人になる。

思えばその頃、母親たちは皆、裁縫をしていた。
女が高校卒業後、結婚前に仕事帰りに洋裁学校に行くのは普通だった。料理学校と同じように。

娘たちは多かれ少なかれ竹薮と同じように母親の針仕事を眺めていた。時にはハギレを縫って、自分の人形の服を作ったりする。自分の服とお揃いのだ。竹薮もそうした。友達の誕生会に呼ばれる時、母親たちは夜なべ仕事をして娘の新しいワンピースを縫う。朝起きたらそのワンピースが勉強机の椅子にかけてある。それは竹薮世代の女たちにとっては馴染みのある記憶だと思う。

そうやって被服に関する知識や技術、そしてセンスが受け継がれて行くのだ。
ヴァナキュラージェンダーである。
我が家の味があるように我が家の服があった。

インタビューの中で安冨氏は次のように述べている。
ちょっと話が広がりますが...。パリコレは、もともと上流階級の富裕層を対象としたオートクチュール(オーダーメイドの服)の方が主流でしたよね。お金持ちがパーティーなどの社交の場、要はコミュニケーションが生まれる場で着るために服が作られていた。

それが、1960年代ごろから、より広い層に向けたプレタポルテ(高級既製服)が主流になり、そこから一気に大量生産、大量消費の時代に変化し、最終的に、東京ガールズコレクションみたいな若いターゲット層に向けて大量の商品と情報を流すビジネスが確立したんです。

たった数十年しか経ってないうちに、ファッションはこんなに変化した。今回のファッションポジウムは、ある意味では、オートクチュールの時代に成り立っていた"社交の場のためのファッション"を再現したいというか、取り戻したいと私は思っています。「ファッションは自由に楽しんでいい」
社交の場のためのファッションってなんだ?
コミュニケーションが生まれるためのファッションということだろう。
ファッションが人をつなぐような場。
それはオートクチュールではなくヴァナキュラーな場ではないか。

そこまで思い至った時。
三橋順子氏のことを考えた。

三橋氏も安冨氏と同様、クロスドレッサーの研究者だ。
だが、三橋氏は「ゆるふわでガーリーなロングワンピ」という記号には至りそうにない。
それは三橋氏に新宿というヴァナキュラーがあるからではないか。

今、求められているヴァナキュラーは縫うこととは限定されないだろう。
服についてコミュニケーションし、着せること。
そんな風に考えられないだろうか。
知識や着る技術やセンスを共有すること。
みんなで衣服を共有すること。

化粧の仕方や、肌の知識も。
ヴァナキュラーが一番だし。
ご飯なんてもちろんヴァナキュラーだ。

ファッションは自由に楽しんでいい。
もちろんだ。
でも、その自由なファッションを誰と共有するかを考えたい。
今、竹薮の周りにはクロスドレッサーはいないが、もしいたら、あれこれ着せて工夫したい。古着屋で散々漁って、クロゼットを引っ掻き回して、ウエストが入らなかったら解いてひろげたい。袖付け直すのは大変だなあ。でも教えてもらえそうな人が、今頭の中に浮かんだ。よし。いけそうだ。
考えるだけで楽しい。ヴァナキュラーな場所では、それが行えるはずだ。

そんなことになったら仕事減らさなくちゃ。
そのためにはベーシックインカム実現してもらわないと。

で、高い服は特別な時に買いましょう。

というわけで、長い長いファッションポジウム の記事終了です。
ああ、長かった。

**************

今日の夕飯

アグネスチャンライスと我が家で呼ばれているもの
 豚肉とトマトの炒め物。
 ニンニクと生姜を炒めて豚肉を入れ、火が通ったら、ざく切りトマトを投入
 トマトが柔らかくなったら、醤油を回し入れて終わり。

サラダ
 もやし、キャベツ、ツナに胡椒とマヨネーズ

味噌汁
 ねぎ、茄子、油揚、豆腐
 美味しかったみたいで非常によく売れた。

日曜の帰り道から、日曜の夜、月曜の夜と大騒ぎしてあちこちで議論して、ようやく終わりました。もっと学問的な書き方だと短く済むんだけど、ここは問題主婦だから。

ではみなさま、お元気よう。

今回の長い書き物とお供はCRISISでした。
Netflixで5話までみました。
あのドラマ、大好き。
さて、今からシグナルみます。











takeyabu31 at 18:01|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

着たいものを着るというスキル。ファッションポジウムに行ってきた。【2】

で、ファッションポジウムというのはこれ
ここ東大のサイトです。
つまり東大の東洋文化研究所のイベントとして行われるってこと。
そういうことなら、日本には異性装って昔から伝統があったし、
女児/男児に男児/女児の格好をさせるってあるよね、うん。
とかいうことではなく、現在で、服装のメンズレディスという枠組みを超えることで自由になろうという試みというもののよう。で、事前にはこことか見ると、安冨せんせが「ガーリーなワンピ」を纏ってにっこりな画像がある。そういうことなんだ。ふーん。

その時はさほど疑問に思わず、面白そう!いこいこと友人を誘ってwkdkで出かけることに。事前に何着る?どうする?みたいな会話があって、同行者はアクセを貸せという。いいけど、所望されたのは「じゃらじゃらさげるやつ」そういうのはそもそも持ってない。肩がこるからさあ。まあ、探してみる。というわけで、あーだこーだ話し合い、同行者の着るものに並んでいい感じなのはこっちか、などと選ぶ。そういうもんでしょ。

本郷三丁目で喫茶店に入って、アクセをつける。同行者、初アクセ。おかしいね、つけるだけで一苦労。そういうもんか。クロスドレッサーではないけれど、セルフイメージとしてアクセが必要だったということだと思う。そのイメージを竹薮が想像して、こんな路線かなと思うものを選んだのだが、バッチリ。まるで買ったときからその人のものだったみたいに似合うので、にまにま。こういう瞬間に立ち会うのは経験値高い。

だが、だよ。

会場に着いたら、セクマイでない人たちがお洒落でない。
何よ、これ。
ここ、ここ大事なこと。
「ファッションを自由に楽しんでいい」っていう催しでしょ。
楽しんでるの?それ。
その服、今日どうやって選んだ?
あれかな、これかなって迷ったとき、何考えてた?
楽しんでないだろーーーーーー!って問い詰めたくなった。
なんだかなあ。

普段の適当な集会ならともかく
(ほんとは「ともかく」じゃない。そういう集会だって服装は大事だよ。アピールだから。着るものはどうでもいい、そんな見た目を気にするんじゃないという主張もあろうが、見た目に頭が回らないってどうよ、という逆の主張もあるのだ)
こういう集まりに着るもの考えないで来るって本当に理解できない。

これが日本のリベラルの「程度」だ。
遊び心、大人の余裕がない。

お金がなくったって、ユニクロのシャツを前の晩に洗ってハンガーにかけて折り線のついてないもの着るとかさ、色々あるだろう、なんだそのシワクチャ。いちいち腹立たしい。

自分の着るものに関心のない人は人の着るものに関心を持てるのか?

意識だけで概念だけで判断するんじゃ強度を生まない。
そこがわかってないよね。日本のリベラルは。
何を着るかというのはセルフイメージ、セルフマネージであり、それは文化、政治経済の問題なんだよ。と声を大にしていいたい。ったく。ビジネススーツがジーンズとシャツに変わっただけで、意識ま全く変わってない。全くもって嘆かわしい。

これが背景にあってのファッションポジウムなんだ。

まずは基調講演
安田講堂でやる意味。
 暴力と暴力の対決ではなく、暴力に非暴力で向かうこと
 学問とファッションや芸術は結びつくべき
 (これは全く異議なし)
男女別に分ける不条理さ
男女いう箱から出たら白い目で見られた
(安冨氏はその時まで白い目で見られたことがないそうで、ビックリポンだった)
 生まれてこのかたずーっと白い目で見られてきた私などは、
 もうそれだけで言葉を失うが、
 まあ、白い目で見られる世界へようこそと言っておこう。

メンズはツンドラ、レディスは熱帯雨林
 まあねえ。というわけで
 トランスジェンダーの人がレディスを自由にきていいじゃないか。
 全くもってその通り。

なんだけど。

その後始まったショーが。
ここが公式インスタで写真が上がってるんですが、見てわかると思いますが、ほとんど全部ロングワンピースなんだ。なぜなんだ。異性装をクロスドレシングというそうだけど、自由に着るってこれかという感覚は否めない。

結局、男の箱から出て、女の箱に入っただけじゃないかという声は致し方ない。

おそらく、ブローレンヂという個人ブランドに安冨せんせが出会ったことがこの企画のきっかけなんで、ブランド色が前面に出たという解釈も可能だろう。

しかし、現実のクロスドレッサーは「ゆるふわでガーリーなロングワンピ」を着て生活しているわけではない。女だって、「ゆるふわで以下略」で子どもを前後に二人のっけてママチャリこいだり、介護ベッドの脇で対位交換したりしない。そういうものを着る自分を本当に望んでいるか。その望みはどこから手に入れたのか、そのイメージの出自はどこか確かめたのか?と考えざるを得ない。

で、クロスドレッサーの人たちはどうして「ゆるふわで以下略」を望むのだろうか。
それが好きなんだと言われてみればそれまでなんだが、そこを聞きたかった。

公式インスタの中で興味深かったものをいくつか。
実際に見てたのだが、画像で見てもやはり印象的だった。

まずステージに上がった人たち(一般の人たち)の中で
竹薮的には一番カッコよかったと思うのが
https://www.instagram.com/p/Bjl0VmXFoTz/?taken-by=fashionposium2018" target
もうかっこいいの一言。タフネスを感じさせる。

また、この方も注目
クロスドレッサーの日常を感じる。
https://www.instagram.com/p/Bjlzy8vF8PO/?taken-by=fashionposium2018
この方はツイッターでブラウス、スカート、下着までどこのものか説明していた。そういう情報共有は非常に大事。で、なんというか達成したものを感じる。この方のプライド。これまでの人生を感じさせる一枚。

逆におずおずした感じの一枚がこれ
https://www.instagram.com/p/Bjl0caxlV5z/?taken-by=fashionposium2018
でも、一生懸命ここにやって来てステージに上がった。勝手な憶測だが、大事なワンピースなんだろうと思える。ひょっとしたら、ものすごく思い入れのあるもの?誰か知り合いの人がこの人のために作った。そんな感じでさりげない一枚だけど濃密なものを感じる。

それがうんと手慣れてくるとこうなる。
https://www.instagram.com/p/BjlynUWFzub/?taken-by=fashionposium2018
余裕がある。そしてどっこい生きているって感じだ。お化粧も堂にいってるし、安定感がある。

そしてきれいだと思ったのがこれ。
https://www.instagram.com/p/Bjlz-4xF0s4/?taken-by=fashionposium2018
このカップルの思いの溢れる一枚。二人分のコーディネートが決まっている。それでいて、草を纏ったような佇まい。いい。お幸せにと祈りたくなる。

私が見たかったのはこちらの方なんだ。
「ゆるふわで以下略」なのではなくて。
こっちの方がよほど、男女の枠を超えている。
「ゆるふわで以下略」というのは女性装の記号であって、記号が歩いても記号だし。
この人たちの服への想いはしっかり伝わった。

だから、本当はこちらの方にスポットを当てるべきなのだ。
トランスの人たちにきれーい、かわいいー、
全然女の人にしか見えないぃみたいな扱いをするのは失礼じゃないか?
だってそれうまく化けたねってのと同じじゃないですか。

で、きれいなモデルさんに「ゆるふわで以下略」を着せて
どうだすごいだろうというのではなく、
私たちはこんなに自由なのよというのではなく、

息苦しい中でこうやって呼吸してます、という方を竹薮は見たい。

上の写真の人たちがファストファッションやプレタでないもの
つまりオートクチュールを着たらどうなるのか。
それも見たい。

今回は準備が間に合わなかったということなのかもしれない。
それなら次回の企画としてほしい。

ここでまたあげます。
まだ続きます。

あ、ちなみに竹薮が一番親近感を感じたのは
こちらの方。
この方、ほとんど竹薮。
多分、年格好も同じくらい。
ぜひ一度お茶などしてみたい。



takeyabu31 at 16:52|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評) 

着たいものを着るというスキル。ファッションポジウムに行ってきた。【1】


画像9


ファッションポジウムというのがあってだね。
大騒ぎしてそれに行ってきた。
そんで、何だあれは!!
になって、各方面と意見交換をしてやね。
昨日はダウンして寝た。
で、今朝、突然ピースが嵌ったので、メモしとく。

ああ、疲れた。

土曜はフルタイムなんでほんと大変で、夜の九時に授業が終わっても
そのあと質問がどっさり来る。
軽めの質問には答えて、ヘビーなやつはパスした。
「ごめん、私明日女装しなきゃなんないの。
 だからなるべく早く帰ってお風呂はいって寝たいの。
 いいかな。」
生徒、即答。
「それはそれは。先生帰って寝て頑張ってください。」
ありがとうよ。
わかってくれて。

普段は100%メンズだ。
スカートは年に1、2回しか穿かない。
まず日常性の確保が大事で、
肩が凝って体が歪むので手提げバッグは持たないでリュック。
しかも自転車必須。
そうなるとロングスカートはダメ。
(スカートは長いか短いかで膝丈なんか NG主義なのだ)
(一時期それでも引きずるようなスカートを穿いてたが、
 自転車のペダルやチェーンに絡まってズタズタに切れたこと一度ならず。)

さらに立ち仕事なのでスニーカー+五本指ソックス
そうなったら、パンツにシャツ。これだ
その範囲で楽しむ。パンツはあまり気にしてないが、ジーンズがフィットしたの、綿パンツはダボっとしたのかな。色は色々、赤系統のパンツも結構着る。シャツは素材、サイズ感、柄色々。着てて楽で、ちょっとエスプリの効いたものってのがいい。最近は夏だとガネーシャ柄がお気に入り。

などということをなんのために書いてるかというとやね。
竹薮は決して着るものに無関心ではないよということなの。
着るってことは、人間が裸で生きられない以上、絶対に必要でということは、そこに文化が生まれる。それは人間の生活の枠組であって、だからこそ、制服なんてものが生じるわけ。だから着るということは蔑ろにしていいものではない。

うちの家族も、タケヤマはスーツ着ない主義、1号は半袖半ズボン主義、2号はロングコート主義で、各人こだわりがある。それは当然でいいことだろうと思う。

そのどれもが着られるのが竹薮で、全員の服を時々借りている。
これが現在のジェンダーなのだ。
女は男ものが着られるが、男は女ものが着られない。
それなら女ものを着たい男がいるなら着ればいい。
それはごく当たり前のことだ。

2号は病気をしたのち、竹薮のコートを着るようになった。竹薮のマキシコートは2号なら膝丈くらいでちょうどいい。冬だけでなく、春も秋もコートが着られると2号は喜んでいる。でもレディスなのでボタン位置が逆になる。2号にとって違いはそこだけだ。それは全く問題がない。花柄でも、スカルでも区別はない。2号の好みか否かだ。また、病気のせいで指先に力が入らないので、ウエストがゴムでないズボンは穿きづらい。うんとお洒落したい時以外はウエストゴムのものだ。そうなるとシマムラをこまめにチェックしてレディスのビッグサイズを狙うしかない。

1号もとにかく赤系統が好きだ。子どもの頃から赤やピンクが好きで着ていた。好きだから竹薮もそれを選んで買うようになる、自然集まる。サーモンピンクのトレーナーが大好きで洗って乾くまで裸でいたことがあるほどだ。最近、オフホワイトに小花の織り柄の入ったハーフパンツを見つけたので買ってみたら、着てるようだ。なかなかかわいいのだ。そうか、OKか。ふむ。で、夏でも冬でも基本半袖半ズボン。これは皮膚感覚の問題だと思う。極力皮膚に触れないようにしたいのだ。仕事の時は長ズボンだが、それでも半袖ポロシャツで、寒くなったらコートを着るのだ。

というわけで、タケノコたちはスカートは穿かないがメンズ、レディスの意識は薄いと思う。
自分の好み、着心地が最優先なのだ。

当たり前だよね。

しかし、世の中はそうではない。
着たいものを着ることはできない。
セルフアイデンティティ、セルフイメージに合致した自分を作ることは難しい。
ましてや、そこに性自認が絡んでくると面倒なことになる。

例えば、竹薮の場合、
普段はユニセックスのセルフイメージだが、お洒落するとなると「かわいい」は絶対にない。「ゆるふわ」とかもない。あるとすればカッコいいこと、タフネス、余裕のある大人、遊び心などだ。着るということは多かれ少なかれそういうことだと思う。

いやあ、前置き長い。
ここで一回あげちゃう?

えーと写真は以前思いついて友達にプレゼントしたスカーフ
リボンみたいな糸?を編んだもの。震災後のこと。

右のほうにテープが見えるでしょう。
その上の方の空白のところに針を刺して編んで行く。
そうするとしたの青いところが写真のようにフリルになるというもの。
編み物好きだけど、いかんせん眼が。。





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2018年05月21日

福田和子「涙の谷」



これ、松山ホステス殺害事件の犯人本人の書いたもの。
松山拘置所内で綴った書き下ろし360枚。
扉裏はこんな感じ。
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どこまでもこだわって、本人がプロデュースしたものだとのこと。

新年度第一回の「大人の国語」のテキストです。
今年度の「大人の国語」は<女の事件簿>ということで、昭和平成のいろんなことをしでかした、いろんなことに出会った女の本を取り上げます。その第一回がこれでした。

いやあ、大変だった。
何がというに、読みづらい。
受講生の方からは、プロの小説家ってすごいんだと逆に思ったなどの声がありました。
全くもってその通り。
でも、本人が一気呵成に360枚書いちゃうってのがすごいエネルギーで、そこになんだか読ませるものがあるように思えて、これを選びました。以下、竹薮流解釈です。


福田和子はなぜこんなにかけるのか。
もともと読書が好きで、差し入れとして友人にブックリストを渡していたというほどなので、ある程度の言葉の量は入ってるんだろうけど、読むと書くは違う。だから何かあるんだろうと思うわけです。

で、思いついたのが次のような内容。

2ページ目は次のような文章だ。
何故神は私に乳房を与えたのか!

「鏡よ、鏡。私はきれい?」
この時期の乳房の色は、たっぷりと蜜を含んだ果実のように、艶やかに張り、乳首までもエナメルのように輝かせ、子供を産んだことなど忘れたかのようである。
 鏡の中の私は、たっぷりと赤いルージュを引き、微笑した。

最初の一行はファーストシーンのキャプションだ。
乳房をうっとりと眺めているのは誰だろう。
演出家福田和子が劇中の福田和子を眺めている。そんな文体じゃないか。「乳房の色は」が主語で「乳首まで」も「耀かせ」る。身体が生きて輝いている様をうっとりと眺めている本人を想定している者がいると読める文だ。演出家の福田は劇中の福田にルージュを引かせる、たっぷりと。演じる福田は鏡の中の自分を眺め、演出家福田はそんな女優を眺める。そんな構図が見える。

これは書くということの基本でもある。

書くということは書く私と書かれるものとがある。

私は「花は赤い」と書く
紙に書くのは「花は赤い」ということだけだ。
私は「私は生きる」と書く
この時、書く私と生きる私は違うのだ。
この分裂が考えるということなんだが、大抵意識されない。

何故か。
意識しなくても生きていけるからだ。
つまり、絶対解決しなくてはならない問題がない。
あるいは、あってもそこから後ずさりしているのだ。

まあ、それで困ってないならいいんだが。

竹薮は考えた。
理解できないのは不安なので、考えた。
納得するまで。
福田の描写はそのプロセスに似ている。

父との葛藤は凄まじかったので、時には殺意を抱いた。
実際に殺すのは大変なので頭の中で何度も殺した。

早い話が妄想なんだが、父についての抱かれる膨大な感情は、その作業に夢中になった。映画監督の気分だ。シナリオも書いたし、演出もするし、もう大変。その中で一番気に入ったのが、梶芽衣子みたいな竹薮が藤竜也がぐっと老けたような父を殺害するというものだ。和服で鉄瓶のかかった長火鉢を挟んで座っているのだ。

この妄想を精密に描いていくとき
殺意を抱いているのは、妄想の中の自分で、妄想を作り出す自分ではない。
よって、中の自分は冷たくなるほどの憎悪を抱えているのに、外の自分は創造の喜びにワクワクしているのだ。

これが生きていけるに繋がっている。
考えている自分は苦しんでいない。苦しみとは絶縁してる。
だから、生きていけるのだ。
たとえ、いっときでも苦しんでいる自分とは違う自分が存在する。
これは素晴らしいことじゃないか。

福田の人生は苦悩に満ちていた。
生育歴もあれもこれも苦悩に満ちていた。
そういう人間は、自分に起きたことを考えざるを得ない。
その中で「経験した自分」を「考える自分」が受け入れる。
そうやって生きてきたのではないか。
あまりにも苦しいのでずっと自分の体験を反芻していたに違いない。
そうな風に憶測している。

福田は自分が大好きだ。
だから自分を演出するのも好きなはずだ。
自分に起こったことを何度も反芻するうちに、それは物語となる。
福田に限らず、人間は想定された物語を生きるものだが、福田の場合、自分の物語を産んだのだ。それが「涙の谷」ではないか。

涙の谷に書いてあることを検証するとたくさんの食い違いがあるという。
それは「嘘」ということであると同時に、福田の考え抜いた「現実」なのではないか。

これが、今回の竹薮の解釈だ。
さらに裏返す。

本書には殺人の動機は驚くほど書いてない。
殺人の行為は書いてあるが、その書き方は他の部分に比べてエネルギー量が少ないように感じる。それは多分、反芻の度合いが低いのではないかと想像している。さすがの福田にも考え続けることはできなかったんだろう。松山刑務所事件や生育歴、逃亡プロセスが生き生きと描かれているのと対照的だ。
(これは少年Aの絶歌と比べると正反対で、絶歌は生育歴よりも犯罪そのものの方が熱を持って描かれている。だからこそ、彼は異常なのだが。)

さて、残念なのは
現実との食い違いがある以上、福田が生きていくための物語は福田の脳内にしかないということだ。
福田は人たらしで、出会った人々は皆、福田をいい人だという。
福田はきっとその場で一番適切は物語を想像しその通りに演じたのだろう。
それは多かれ少なかれ人間がやってることだ。「〇〇らしく」というのがそれだから。
だが、それが場当たり的で、芯になる人格が脳内で自分ひとりとしか共有できないのであれば、それは圧倒的に不幸ではないか。

書く自分、考える自分は言語によるが
その言語はやはり共有され翻訳可能、通訳可能であるべきだと思う。
他者に理解可能なものでないと意味がないのだ。

だからこそ、竹薮はこの本を受け止めようと思う。

本の最後は結審の場面だ。
その直前は紀伊のとある逃亡先のエピソード。
雇い主の息子は進行性の難病で寝たきりだ。若いのに命が細る運命だ。
福田は息子に踊ってみせる。
曲名は「うぬぼれワルツ」
  ♪あんた男前、わたしいい女
   ラッタッタ、ラッタッタ
   うぬぼれワルツ
両親はその情景に涙する
非常に美しい光景だ。
寝たきりの息子に逃亡犯が踊ってみせる
「あんた男前、わたしいい女」
それは叶わないことであるからこそ、涙する。
叶わない望みを仮の姿に託し踊る姿に涙する。

両親はそこに病気でない息子を見ているのだ。
それは福田が逃げてない自分を思うのと同じだ。
だが、我々は両親については切ないと思い、福田については嘘だと思うのだ。

そのことは福田もわかっている。
だからこそ、直後で結審して、福田は無期懲役を言い渡される。
つまり、福田の負けということは前提されているのだ。
八月の空は発狂していた。
胸が激しく膨らみ、縮む。
顎から喉へ、そして胸元へと伝い落ちていくのは汗?
それとも涙?

「この、お乳のあひだに涙の谷」
 涙の谷。
   ーーーーーー太宰治『桜桃』より


どこかで、なんとか殺さずに住む方向はなかったんだろうか。

**************

今週は休み週でゆっくりしてます。
せっせとグルーミングしてます。







takeyabu31 at 23:30|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック みさえの本棚(書評) 

2018年05月15日

いい一日になった。

DdPKqtRXUAAeNkR


朝起きたらいい天気。
タケヤマを送り出し、ピルケースに一週間分の薬を入れる。
パタパタ家事をして朝ドラみて、
読書会メンバーのグループLINEを見てたら、
一つ質問に答えてなかったのを発見。
スマホで書き始めるもLINEの入力画面て狭くて
思考がブツ切れになる!!とかでPC前に移動。
スマホでレポート書くとかいう大学生、すごいな。
竹薮は無理。
この辺りで2号が定期通院にでる。

質問に答えてたら、親しい人からの悲痛なLINEが。
一大事の様子なのでじっと傾聴する。
大事な時間だった。
彼女のタイミングに、ちょうどPC前に座っててよかった。

すごい着地になったんだが、きっと実現する。
そんな気がする。

2号がそろそろ帰るぞと連絡。
慌てて郵便局に行き、コンビニにより用足しをして
一回家に帰り、再度出動。
待ち合わせのワークマンに行く。
毎週見てるカンブリア宮殿で紹介されてて、興味津々、こないだ行って見たらこれは2号を連れてこなくちゃと確信したので、実行。折りたたみの椅子を持って店内へ。楽しく買い物。しかし暑い。
ワークマンで竹薮の羽織るものも買った。
これ
早朝と日が暮れてから帰るときの自転車通勤にぴったりでしょ。
軽いし、雨も平気だし、何しろ色が暗い中で目立つ。
つまり安全だし。

その後スーパーで買い物。
母の日にグリルパンもらったので、昨日ちくわの磯辺揚げを作ったら美味しくて。今日はフライをためす。

帰り道、野菜スタンドに寄ったら、包丁とぎのおじさんが店を出していて。
そうだった!!今日だった。
おじさんいつまで?
帰ってすぐ持ってくるから。

で、帰ったら、椅子に座ってしまった。
暑いんだもの。
洗濯物入れて水分補給。

ちょっと座ってたら、科捜研の女の再放送が好きな回だったので録画して
包丁と花鋏持って再出動。本日三度目。

おじさんに包丁預けてドラッグストアに買い物に行こうと思ったら、
おじさんの話と手元が面白くて、ずっと仕事を見てた。
おじさん曰く、前にこの包丁研いだの素人だろ。
え?荒物屋さんに持ってって研いでもらったのに?
うん、素人だ。

竹薮の包丁は18の時に買ったもの。
上京して一人暮らしを始めた時に
人形町の「うぶけや」さんで買ったのだ。
ドラマの新参者で出てきて懐かしかった。
それから四十五年だ。
昨年、柄を取り替えてもらったが
まだまだ使うつもり。

いいひとに巡り合ったかも。
こういう自分の仕事にプライドのある人大好き。
話してて面白いし、見てても楽しい。
刃物の話をたくさん聞いた。
月に一度、第二火曜日です。
住吉町の集会所の近所です。
みなさん、どうぞ。

帰って、気になってた南京事件のドキュメンタリを見る。
南京事件
すごくいい仕事。
いたずらに強弁せず、淡々と取材を積み重ねて行く。
蟻の兵隊の時に
南京入城を経験した方のお話を伺った。
その方のサイトはこちら
あれを虐殺というか、自衛というかはどうあれ(自衛じゃないけど)膨大な人が殺されたことは確かだ。日テレは辛抱強くいい仕事をしている。
このドキュメンタリ番組は、笑点、3分間クッキングに並ぶ日テレの長寿番組だとのこと。
どんな会社にも良心を持って仕事をしている人はいるんだ。

その後、科捜研の女を見ながら家事。

合間にツイッターをのぞくと安冨先生が東大でファッションショーだって。
面白そうだ。
なんとか体力を温存して言って見たい。

そうだ、今月のdoterraも届いた。新しいサプリメントを試して見る。体内の化学物質を捨ててくれるってやつ。たくさん薬飲んでるからねえ。どうでしょう。

というわけで
今日はいい一日だった。

竹薮的要素満載の1日だったと思う。

そしたら、新月だって。
そうか、そういうことか。
今日は新月か。

今日始めたことが、満ちて行くんだ。
うん。今日はいい日だった。

さて、お風呂はいって
シグナル、見ながら寝よう。

**************

今日の夕飯

グリルパンで油なしフライ
 かじきとたら これはちょっと油あったほうがいいかも
再度、ちくわの磯辺揚げ これはもう簡単で定番になりますね。

蕗の煮物(野菜スタンドで一把100円で出てたので)
蕗の葉の煮物

サラダ。キャベツ、ブロッコリー、トマト

**************

最近の問題は

声が潰れること
声帯が疲れて回復しない。
もう歌えなくなって久しいけども、
最近は12時間仕事してると最後の1時間が声が出なくなって
二日経っても戻らないなんてことがある。 
昨日は午前中3時間、裏声で授業した。
地声が潰れても裏声なら出るので

響声破笛丸を飲んで、濡れマスクをして、
アロママッサージをして
今日はなんとか出てる。

でも、今までみたいに
フルの声を使うことはできない。
もうそこそこの声でしか、やれない。
でも「しか」「やれない」じゃなくて
スタイルを変えるということなんだろうなと考えている。

タケヤマが怒るな怒るなという。
怒るとなんだか血液に変化が起きて、そのせいで血管が詰まったりするんだと。
だから、怒るなと。

こないだ生徒とのやりとりで
「私がそういう要領の悪い、もたもたしたの大嫌いなの、わかってるでしょ」
「わかってます。でも、できません」
そうなんだよ。
怒っても無駄。
怒ったり叱ったりしないでプレスかけるのはどうすればいいかしらね。

でも、裏声で授業したら
生徒は不気味に感じるらしくシーーーンとして聞いてるけども。

画像はmixi時代からずっと続けてるゲームの今日の画面。
かわいいでしょ。


takeyabu31 at 22:24|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 長電話(日記/告知) 

2018年05月05日

最強の「髪結い」母、最強最悪の「髪結いの亭主」だった父のこと

ほととぎす


父のことは何度も書いたような気がするが、とにかく最強最悪の人だった。
暴君も暴君。徹底的な暴君で
自分で靴下を履いたり脱いだりしたことがなかった。
朝は母が履かせ、帰って来て脱がせるのは竹薮。
そのくらい、暴君だった。

最後に殴られたのは沖縄返還の日。1972年5月15日
訳あってその日にちょっと事件があって、竹薮はとある喫茶店で
父に捕まり、拳で顔を殴られ、目の周りが青くなった。
事件の始末に高校の担任も来て、竹薮の顔を一瞥し
「まあ、明日、学校来いや」と言い置いて別れた。
行きましたよ。
漫画みたいな顔で。翌日。
次の日、父は頭丸めてたけど。
で、「あの喫茶店はなかなかセンスがいい」だって。
ああ、そうかい。

グーで殴るのと、喫茶店のセンスを認めるのと両方やる。
これが竹薮の父。

小学校に入った時
宿題をやってたら、父が帰って来た。
ノートを覗いて「それ、なんだ」「宿題」
「おまえはそんなんも読めんのか」「読めるけど」
「書けんのか」「書けるけど」
「それなら、なんでそんな宿題をする必要がある?!」
と怒り始め
「日本人たるもの、そんなものを読み書きするより、こっちだ!」
と天津祝詞と般若心経を取り出し、
全部暗唱するまで学校の勉強などまかりならん!!
と宣言した。

父が宣言したら、もう覆らないので、ひたすら暗唱する。
天津祝詞も般若心経も全部ふりがながふってあるので、ひたすら覚える。
次の日の夜
覚えたというと、唱えろという。
必死に唱えると、早口すぎて気持ちがこもってないという。
気持ちって。。。

ゆっくり気持ちを込めて唱えろと。
小学校一年生である。
いくらませてるとは言え意味不明である。
まあ、とにかく、ゆっくりいう練習をする。
ゆっくり言うのは難しい。
完全に覚えないとゆっくりは言えない。
その日は宿題せず、次の日かその次の日か、なんとか天津祝詞と般若心経から解放され、宿題ができるようになった。これが最強最悪の暴君。

ことほどさように、父は全く世の中に忖度しなかった。
自分ルールの人だった。
自分なりの美学、自分なりの倫理があって、それに従って生きていた。
竹薮には学校があったので、学校のあり方と家のあり方は当然矛盾して、その場合、家のあり方が優先される。

「家」というのは、暴君の父だけでなくワンダーウーマンの母がいたからだ。
例えば、竹薮の高校の制服は母の手によるものだった。母が自分で縫ったのだ。小学校中学校は学校で買ったと思う。でも、高校は買わなかった。なぜか。母の気に入らなかったから。母は要塞も和裁も刺繍もなんでもできて、しかも人並み以上にできたので、制服を買いにいって、見本を見た時、許せない水準だったのだと思う。「なんやこれ」と一言、そのまま生地を買いに行き、入学までに作った。仮縫付きで。夏のブラウスも冬のコートも同様。というわけで、見りゃわかるが一人だけ、全く「同じデザインの」「別物」を着て3年間通学した。

思えば、ずっとそうだった。
黄色い卵焼きが食べたかった。でも出汁巻き卵
真っ赤なウィンナが良かった。
でも無着色の(五十年前にもあったのだ。肉屋が自家製で作っていた)
キャラクターの靴屋肌着など一切無し。
小学校に入るまでは下着まで全て母の手縫だった。
それは、竹薮が大事にされていたということよりも、母のプライド問題。
あんなものは嫌だ。ほういうことなのだ。

だから、小学校に入るぐらいから
朝は母起きなかった。商売が夜遅いから。
一人で起きて、一人でトーストを焼き牛乳を温めて学校に行く。
思い起こせば、幼稚園だって園バスはなく、一人でバスに乗って通ったのだ。

なぜか。親はいつ死ぬかわからない。
その時のためにどこででも生きていけるようでないと困る、だと。

竹薮に子供時代はなかった。

よって、学校がどうかなんて関係なかった。
そんな二人に教育されたのだ。
実力行使で。

普通に育つわけがない。
というわけで、アウトカーストのいっちょあがり。
「カースト?なにそれ、美味しいの?」だ。

普通になりたいと思ったことはある。
それは肌がアフリカ系のように黒くなりたいというようなもんだ。

でも、今は感謝している。
自由だから。
少なくとも、社会を最初から相対化してるので。
物事を考える時、2段階ぐらい飛ばせる。
その代わり。普通の気持ちがよくわからないので、
ここが要注意。
平気で問題発言してしまう。

今日、ツイッターで若い人に出会った。このかた。

穏やかな自由人だったのだろう。
産婆さんは命の現場なので、社会的ルール云々言ってられない。
昔の高等遊民はちゃんと古典に当たって自由に考えていただろう。
(父もそれ。高等遊民。暴力的だけど)
そこから愛された育てられたお孫さん世代。

社会の規範を相対化すること。
それをごく初期で学ぶと楽なんだよ。

上昇なんかしなくていい。
地べたに降りろつの。
ね。

**************

今日は、「タクシー運転手」を見てきました。

いやあ、気に入りました。
なんてったって、こ難しくない。
うるさいメッセージがない。
そこら辺にいる人の話なの。
ドイツ人も韓国人も皆、理念なきただの人。
これは戦略だと思います。
国家が自国の民に銃を向けるんだって分かってるか?
大事なのはそこだけ。
そこだけ覚えておいてほしい。
そのためには、そこら辺の人だけで、構成する必要があった。

人情話にカーチェイス、銃撃戦。
徹底的にエンターテインメントテイストで楽しめて、
ある意味ハッピーエンド。
光州事件で市民側も発砲したことは描かれず、
情報の共有で物語を解決する当たり、技ありです。
おすすめです。

今は都内でも三館しか上映してないけど
きっと細く長く上映されるんじゃないか
そんな気がしますが、でもお早めに。

**************
今日は、端午の節句

我が家では大体、中華おこわです。
炊きおこわなんですが、
我が家の炊飯器、赤飯はたいてくれるのに、
中華おこわはちゃんとやってくれる確率が半々くらい。
今日も、炊飯器のできたよという音で蓋を開けたら
ありゃりゃりゃりゃ
慌てて圧力鍋に入れて加圧しました。

なぜだろう?

**************

画像はに一昨年まで我が家のベランダにあったホトトギス
去年、一昨年で我が家のベランダは随分寂しくなった。
この冬の何度もの雪で丈夫なカランコエも、
袋をかぶせたんだけど凍らせてしまった。
残ったのを少しずつ挿して
また増やそうと思う。

ホトトギスも、またどこかで出会いますように。
それからトキワツユクサも大好きな多年草なんだけどなあ。
なんか要注意生物らしい。







takeyabu31 at 18:56|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック とんまの親子(子育て介護) 

2018年05月03日

肌色の指氏のこと。

旧館の再録です。2005/2/27

昨日ツイッターで「肌色の指」という言葉を使ったので
その絡みで再録。

ここから旧館
**************

《 とっても楽しかった肌色の指氏のウェディングパーティーレポ
 》

 竹薮が祈念しなくても末永くお幸せ間違いないお二人ですが、でも祈らずにはいられない。
 お幸せに!!
 
結婚披露のレポートではなく、ひとつの夫婦のかたちの竹薮流レポートです。
  結婚というのは「愛しあって」するもんだと思っている人は多いとおもうけど、実は違う。

 それはね。。

*肌色の指氏のこと
 緑の指という言葉がある。どんな植物も生き返らせる指のことだ。それを人間におきかえたのが肌色の指。鍼灸整体などの施術する彼は、そのような肌色の指の持ち主であった。彼が「元気堂」という自分の店(?)を開き、そのカルテナンバー1が竹薮なのだ。
 彼の指はアクティブセンサーだ。いくとまずベッドにすわる。肌色の指氏は竹薮の後ろに回り背骨の両脇をすっすっすっと撫でる。そして例えば次のようにいう「竹薮さん。先週はずいぶんごちそうたべましたね。そしてへんな姿勢でねむって、左手で長い間重いものをもってましたか」ピンポーン!!その週竹薮は車で田舎に帰省し(行帰りの各八時間竹薮はただただ惰眠。当然変な姿勢だし。)田舎で接待され、姪っ子のだっこだっこ攻撃を受けていた。(左手でだっこして右手で家事をしていたのだ)すごい。黙って撫でればぴたりと当たる、いや、当たるじゃない、分かるなのだ。肌色の指の命名は真実なのだ。
 余談だが、竹薮は小さい時からマッサージを受けてきた。いわゆるマッサージさん/あんまさんもいれば剣山の修験者さんとか、いろいろだ。ばあちゃんが、ずっと躰の手入れと称してうちへきてもらっていたので、竹薮も御相伴にあずかっていた。その感じのながれだが、鍼灸やマッサージというのはある意味、躰を預けることなので、信頼関係やコミュニケーションがないとなりたたない。早い話すきなひとにしか触られたくない。だもんで、10分1000円とかいうゆきずりのマッサージはどうもいやだ。足なら足だけ切り取られてそこだけぎゅーぎゅーやられてもきっと気持ちよくないだろうと勝手に思い込んでいるのだ。
 その点で肌色の指氏は最高のひとだった。身も心もというが、ほんとに気持ちいいのだ。躯も気持ちもはては悪い因縁までほぐれて流れていきそうな気がする。そんな感じだ。いっぺんにファンになって、せっせと通った。最初はベッドに横たわったら眠ってしまっていたが、いつ頃からか、1時間ずっとおしゃべりするようになった。四方山話ではあるが、お互いの興味のすすむままに、呼吸、食べ物、セラピー、カウンセリング、その他もろもろ現代人がもっと元気に楽しく生きていくためのトータルなコーディネイトのようなものを模索する彼の話は話していて非常に楽しかった。
 そのような流れの中で残念ながら、かれは店(?)を閉じることになった。

 琉球の船、サバニに惚れ込んで、海と戯れることで、自分のなかのバランスをとり戻そうという、そんな企画を計画中なのだ。いいな。たのしいな。海で叫んで、船にのって、つかれたらぷかぷかうかんだり、砂にうめてもらったりして、夜になったら流木でたき火して、火の周りで歌ったりおどったりする。竹薮は勝手にそんなふうに想像している。素敵だ。
 
*妻になる人
 通いはじめてしばらくして、かわいらしい人を見かけるようになった。きけば妻君だという。いい意味でうまれたままのような人で、ほんとに裏も表もない。とてもかわいらしい人だった。「ひまわりのような」という形容がパーティーの中でなされていたが、それよりもきんぽうげとかマリーゴールドとかそんな感じだ。肌色の指氏からきいたエピソードで一番好きなのが、しょっちゅう「腹巻き」をさがしているってこと。でも、天然というのではなく、感情もたっぷりエネルギーもたっぷりで、喧嘩したら賑やかだろうなと思われたりもする。そんな感じの人だった。

 竹薮の思い込みだったのか、妻君はピアカウンセリングをする人とばかりおもっていたが、昨日のパーティーで彼女の肌色の指の持ち主だとわかった。そうなんだ。ほう。

 竹薮ばあちゃんもよく通っていたが、彼女に施術してもらったことがあるという。いいなあ、竹薮もやってもらいたかった。
 その他昨日披露されたエピソードでは、大学在学中に大学を休学して中南米をひとりで放浪したとか、先に告白したのは彼女のほうだったとか、パワフルなエネルギーがまんまん。それでいてかわいい。実にいいキャラだなあ。
 
*二人がつくり出しているもの
 好きだから結婚する。それは結構、でも結婚が恋愛と結びついたのは人類の長い歴史のなかではせいぜいここ3、4百年のことだ。その中でも前半は恋愛というのは貴族という不労階級の娯楽だった。多くの人が恋愛によって結婚するようになったのは、日本では戦後のことだ。それまでは見合いだった。時期がくると見合いして、顔もみずに結婚して何人かのこどもをもうけ、育て上げ、老いたのだ。信じられないというのは結婚を「愛だけ」で考えるからだ。結婚とは別の世帯をつくることだから、一番大事なのどんな世帯をつくるかという「生活設計」なのだ。顔も見ないでした結婚がうまく行くのは、その二人が思い描いている結婚生活のイメージが一致しているからだろう(もちろん堪えて忍ぶものもあっただろうけどね)一致する(釣り合うというが)ように周りの大人が選んでくるだからうまくいくのだ。ところが、今はそういう生活の枠組みがくずれてきている。核家族、少子化のなかでの子育て、介護、遠距離通勤、単身赴任。地域の力や「イエ」の力がなくなってきたところで、新しく出てきた事態に対応するのは「愛」だけの夫婦二人。垂れ流されるのはテレビなどの現実感のないホームドラマ。それを理想と勘違いして、なおかつ自分達の生活のビジョンをつくりだせず、それを「愛がない」の一言で片付けてしまう考えなしでは、うまくいかないのは当たり前だ。
 結婚とは、だれとどういう生活を作っていくかという決断であり、好きな人と一緒にいたいというのはその一部の現象に過ぎないと思う。愛より信頼の方が結婚では役に立つ。ちがうかな。
 さて、今回のお二人は、<快医学>が出合いだ。快医学というのは鍼灸や整体にとどまらず、躯のあり方、呼吸、食べ物、運動など、さらにそれらを支える生活のすべてに関わる考え方とっていいと思う。だからこで出会ったふたりの生活のイメージが異なるはずがない。こんなふうにくらしたいということと、この人と暮らしたいというのはイコールなのだ。理想的な結婚であることは間違いない。生涯いいパートナーとしてくらしていかれることと確信している。
 手前味噌だが、竹薮のところの生活指針は男女共同参画だな。きちんと話し合うこと。だもんで我が家は喧嘩しません(だいたいってことね)。はなせばわかるもの。んでもってはなして納得したことはそのようにするんだけど、納得の行かない感情(わかるけどやだってやつ)上手にすねること(20年立つと呼吸がわかってきます)それと生活の重視。みんなでいっしょに御飯食べてること(だから夜働くのはなるべく止めよう、それにこどもも塾にいかない、お金がないせいもあるけど)そして夫婦して自分の子だけでなくよその子も一生懸命そだてること。だいたいこんな感じだと思います。

*パーティーの模様
 ようやく、パーティーです。青の好きな新郎と黄色の好きな新婦のために緑色のものを身につけてという指定。そうなるともう全身緑にしたいのは竹薮の性質。クロゼットを引っ掻き回しました。会費1万5千円のパーティーだからセーターというわけにも行かないだろう、スカートは笹色、スカーフは杉の葉色。靴もソックスの緑系統に、帽子とバッグとコートはくすんだウグイス色でばっちりだが、トップがきまらない。結局挫折妥協。。。でも、会場につくと、そんなに真緑ではなかったな。若竹色の色無地を着てる方がいらした。ああ、その手があったと後悔。ま、いっか。
 会場にこられたのは、親御さん親戚縁者の方々のほかは快医学関係の方が圧倒的多数。みなさん楽しい方だった。というのが快医学故だと思う。つまり仕事バカな方がおられない。モーレツサラリーマンなんていう貧しい生き方をすてている。脱サラしてしまったという方も何人もおられた。竹薮のお隣の方がいみじくもおっしゃった「一つしかできないってだめでしょ」大賛成!!
 もちろん一筋の道を貫くということはある。
 しかしね。生活のなかには様々な要素がつまっているものなのよ。
 問題主婦のコンセプトは「主婦/夫は全教科を網羅したジェネラリスト」ということ。すべての人が、育て、看取り、仕事し、生活し、社会的な活動もし、豊かな趣味を持ち、そのすべてを楽々とこなしたい。(今は青息吐息だけど)
 つまり「一つしかできないってだめでしょ」
 みなさん、そのような多才な方々でお話し上手、たのしく過ごさせていただいた。ひとつだけ例をあげるならば、坂本弘道氏だ。アバンギャルドなチェロ奏者。かれのサイトはこちら(現在の情報という意味でツイッターをリンクしました。2018年追記)竹薮としては維新派と渋さ知らズといわれればもう降参だもの、で、その生演奏を5メートルぐらいの距離で聞きかつ見られたことは大収穫だった。
 演奏はほんとうにすばらしかった。即興演奏だが、即興でフレーズを作っていく片端からサンプリングして、それにまた演奏をかさねていくのが瞠目ものだった。生なのに、一度もとぎれることなくどうしてあんなことができるのだろう。カウントするだけでなく呼吸が何層にもなってないとできないんじゃないかと、漠然とおもった。ベースのようにひいたり、ギターのようにひいたり、鍼灸師のあつまりだからとマッサージ機でひいたり、エンドピンで火花を散らしたりと多彩。チェロをいじめたり、愛撫したり、氏とチェロとの関係はただならぬものがあった。
 しかし、その演奏ぶりだけでなく、そんな演奏をする彼が酒とたばこにおぼれ、演奏前にはSを一発きめるとかではなくて「快医学」「鍼灸」というところが今回のパーティーの眼目なのだ。生活破壊からではなく自分流の生活のなかからうまれてくるもの。ほんとにいいものを聞かせていただいた。
 その他にも司会した方、全体のアレンジをした方、カメラマン(この方もカンヌで受賞した作品のカメラマンでした)琉球舞踊を踊っていただいた方など、多くの方が自分の気持ちと技をもちよってできあがったパーティーでした。参加者も全員スピーチ。このパーティーは皆の出合いの場でもあるからだ。そのような、つながりの中心の結び目に肌色の指夫妻がおられるのだ。
「幸せと愛と希望にみちあふれたパーティーでした」
二人は、列席者とこれから彼が作っていく「サバニ」という琉球船の模型の前で宣誓し、皆で踊りを踊って、パーティーは終わった。
引き出物は新郎の母上の彫った御盆。お菓子もどなたかが焼いて下さったフルーツケーキ。(全員分だものすごいよね!!)ひとつひとつにカードがついており、新郎新婦の印がおしてある。実は、この印は竹薮ばあちゃんが彫ったもの。ばあちゃんもかれらのファンなのだ。
 これだけのいい人があつまって、だれひとり儀礼でなく、こころから楽しんでいて、いい気持ちになって、お幸せにと祝福する結婚に実りがないはずはない。雨がふり、風も吹き、山も谷もあるだろうけれど、そのたびにお二人が力がまし、ますます弥栄であることを信じます。
  おっめでとう!!
**************
ここまで旧館


その後
なんと肌色の指氏とは一昨年再会します。
きっかけはこれです。
三宅洋平・選挙フェス安富歩スピーチ
肌色の指氏が三宅洋平氏の選挙で安富先生がスピーチしたと聞き、検索したら、動画と書き起こしがあって「それが竹薮さんだったから笑ったよ。やっぱなあ。」とのこと。肌色の指を堪能したければ、いつでも沖縄へどうぞとのこと。どこでもドア〜〜〜〜!

しかし、
昨日、全く別の肌色の指に出会った
なんと小二の女の子。

肩揉んであげるとふにゃふにゃと肩に触れる。
それがちゃんと焦点があってるのだ。
力は全く入ってない。
しかし、ちゃんとツボに当たっていて、なんとも言えない快感。
体が緩む。ふにゃーとなる。
これ布団の上でやられたら、一発で寝落ちする。
全くもって天才!!としか言いようがない。

この手の感性をなんとか守りたいものだ。
熱望する。
おばちゃんは、また触って欲しい。
今度は横になって。



takeyabu31 at 21:53|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 旧館 問題主婦の主婦論 

2018年04月27日

教育格差今昔、最近色々教育について思う。

こんな記事を読んだ



それに関してまとめがありまして。


今どき、大学ってどこにあるんですか?
とは驚いた。

それに対してこういう意見もある。





確かに、単純に田舎か都会かというだけではなくて、そういう人がどうして生じるかと考える時、なんともはやと思わざるを得ない。

竹薮が大学進学で上京する時、うちで働いていたおばちゃん達が何人か訪ねてきた。識字できない人たち、小学校卒業もおぼつかない人たちだ。おばちゃん達は一番安い図書券を一枚、ちり紙に包んで竹薮にくれた。

さて、おばちゃん達は言った「みさえちゃんは日本大学に行くんやろ」
え?「いや、日本大学とは違う」
おばちゃん達は一様に気の毒そうな、残念そうな顔をしてまた言う。
「いや。どこでもええ。頑張ったらえろうなる。」

母の説明によれば、「日本大学」と言うのは、リアルの日本大学を指すのではなく、「日本の大学」と言う程の意味で、おばちゃん達は竹薮の進む大学は日本で一番いい大学で、それは日本大学だろうと思っているのではないか。だから、進学先が日大でないと聞くと「日本大学」に落ちたのだと思い、気の毒で残念だと言う表情になったんだろうと言うことだった。

おばちゃん達の中には、非常に優秀な人もいた。目から鼻へ抜けるようなと言う表現そのままの人。母は「あの人に教育があったら」とよく言っていた。子どもの竹薮もそうだろうなあと感じていた。

明治生まれの父も大正生まれの母も旧制の中学校、女学校を卒業していた。家には本がたくさんあり、望む本は大抵買ってもらえた。小さいときは美術館、映画館、自然観察、父や母に伴われて通った。学校以外の世界、価値観があることが我が家の大前提だった。おばちゃん達はそのことをよく知っていた。
「みさえちゃんとこは大将も奥さんも学校行っとるから、みさえちゃんも学校行くんや。
 わたしらは学校行っとらんから。」
おばちゃん達は教育を受けたかったんだ。
だから、その代わりに竹薮を応援した。
小さい時から竹薮が本ばかり読むのをえらいえらいとほめて、
学校帰りに会えば、ランドセルを持ってくれた。

おばちゃん達の子供達は大抵は中卒か高卒だったが、中に一人、早稲田を出た息子を持つ人がいた。何人かの息子の中で一人優秀が子がいたのだ。就職試験で新聞社を受けた。面接用にくたびれたシャツではなく、まだ白いシャツをとってあった。でもその面接の日に弟がデートでそのシャツを着て出かけてしまった。兄は仕方なくくたびれて黄ばんだシャツを着て出かけ、服ではなく中身を見てくれと訴えた。その甲斐あって見事合格したと言うのが、そのおばちゃんの繰り返す自慢話だった。何度聞いたろうか。でも聞く甲斐があった。おばちゃんが幸せそうだったから。

おばちゃんが息子さんを大学に入れて出すのにはどれほどの苦労があっただろう。
でも、その苦労は報われる苦労だったのだ。

さて、冒頭の記事の話だ。
あの記事を読んで、なんと言うか時代が逆行しているかのように思えた。

おばちゃん達は皆大学に行くことが良いことだと思っていた。
なんであれ、子どもに力があれば大学に行かせようとしたのだ。
半世紀も前に。

それがなんでこうなってしまったのか。

それは、大学行くことが意味を失ったからではないか。
誰もかれもが同じ方向を見て、その見通す距離が遠いか近いかではなく
大学という方向を見なくなったということは考えられないだろうか。

世の中が拡大再生産なら上昇志向を展望できるだろう。
だが、そうでないなら。
上昇志向ではなく内向きにならないだろうか。
狭い世界の中で、世界を狭いまま維持することに注力するのではないか。
そしてジリジリと後退戦を戦っている。そんな気がする。

竹薮が子どもの頃、カノンがあった。
カノンというのは正典、標準、物事の基準になるものという意味だ。
例えば、百科事典、文学全集、大河ドラマ、新聞
これらは子どももアクセスするもので、当然のように吸収した。
そこで知識や感性の土台を築いた。
そのことで社会が多かれ少なかれ同じ価値観を持つ。

だが今は、我が家にもそれらはない。
竹山と竹薮は百科事典や文学全集を卒業しているし、それらの知識に基づいてインターネットを使う。大河ドラマと新聞は今もデフォルトとして続いているが、タケノコ達には継承されていない。タケノコたちの子供の頃読んでいた児童書は、竹薮の読んだものとは比べ物にならないくらい素晴らしいものだったが、その後はそれぞれの趣味の世界に細分化して行くばかりでカノンとはならなかった。

田舎か都会かということも、同じ町でも見ているものが違うということも、このカノンの不在が共通しているように思う。カノンが複数あるとか、小さなカノンがたくさんあるとかならまだいい。しかしカノンの不在だ。そして現状維持。

さっき伊勢崎賢治さんのツイートで次のような発言があった。


これだ。主権なき無思考。
一人一人だって同じだ。
主権なき無思考。

この言葉を読む前に、「理想は両親だというのが模範」という言葉を読んでひっくり返りそうになった。竹薮たちの若い頃は「あの人」とか「下宿のおばさん」とかいうのが普通だった。家庭以外に準拠するものがあった。理想は両親!なんと世界が狭いのか。

大学なんて見えないはずだ。

さあ大変だ。
今更、昔みたいに、百科事典、文学全集、大河ドラマってわけにも行かない。
おそらく一種類のカノンではなく何層にもなったカノンの作成が大事で
層というよりパズルみたいなものかもしれない。

各人が自分のカノンを自分の人間関係の中で築く。
それを他のカノンとすり合わせ調整して行く。
そんなことだ。

大変なことだ。

考えてみれば竹薮のやってることはそれかもしれない。
これをみんなでなんて気が遠くなるような。。。

そのための憲法かもしれない。
なんたって憲法は Constitution だ。
要素とその構成というのは考えることの基本だし、
自分が住み生きる社会について考えるというのは
いいカノンになるじゃないか。

基本的人権、大事なの当たり前じゃない。
じゃなくて、なんで大事だか、わかってますか?みたいな。
国民主権、大事なのに、なんでみんな今国民主権を虚仮(コケ)にされてて、なんとも思わないの?みたいな。平和主義だっておんなじだよね。愛も平和もぜ〜〜〜〜んぶ、主権なき無思考。

卓袱台はすでにひっくり返ってるんだよ。

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今日は歴史的な日でした。
朝から、そわそわ
9時半にはテレビの前でスタンバイ。
でも10時過ぎには外出の予定があって、仕方ないのでabemaで不安定な中継を見ながら出かける。

お二人が手を繋いで境界線を行ったり来たりするのを感動と感慨を持って眺めた。
よかったよかった。
金正恩という人があんな声であんな口調であんな風に話すのだと知った。
話ができそうな人だと思った。

お二人は、新たなカノンを作ろうとしておられる。
拍手で迎えたい。



takeyabu31 at 22:49|PermalinkComments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 婦人口論(批評)