~子宮肉腫とたこの空~

子宮肉腫な私の備忘録とちょっとの情報発信

はじめに(最新記事はこの下です。2016年10/22更新)

image

はじめまして、管理人のたこです。
(更新中の最新記事はこれの前の記事です。)
このブログは子宮肉腫になった私の備忘録です。
それと、すべての女性の皆さんに
できれば私のようになってほしくないので、
少しでも情報発信ができればと思い、
書き残せることは書き残しておこうと始めました。
特に感動的な展開はないです。
悪しからず。

基本的に時系列で起きたことや思ったことを
だらだらと書き留めています。
展開がサクサクしておらずもどかしいかもしれませんが、
備忘録兼ということでお許しください。

今現在(2016年10月22日)の私の病状をまとめると、
*子宮肉腫……4b。
(おそらく平滑筋肉腫。
先生によっては未分化子宮内膜間質肉腫とも診断)

*造影CT等を使って確認可能な大きなものだけで、最低でも肉腫7箇所はあると思われる。

*転移も含め2015年中に4回の手術で、骨盤内の臓器は子宮・卵巣・膀胱・大腸摘出。
*大腸(一部)・膀胱摘出のため、
人工肛門及び回腸導管(人工膀胱・人工尿道口)、
いわゆるストーマを2つ左右の腹に設置。

*両肺にも転移(大きいもので30㎜)。→胸腔鏡で切除手術&気管支動脈塞栓術実施

*左副腎に転移。

*2015年10月初旬よりヴォトリエント(経口抗がん剤
)服用していたが、肺の手術のため3~4月中断。現在再開中。

*再びの腹腔内転移(2か所)。

*背中第12胸椎転移。

*2016年5~6月頃、体の側面(右側)、ちょうど気を付けした時の右腕と当たる位置の皮膚表面部位に転移目視発見。見た目は大きめのおでき。現在はそれも肉腫転移の1つと言われている。

*2016年10月21日より、長く続く出血及びヴォトリエントによる副作用と思われる骨髄抑制により、血小板がかなり減少。ヴォトリエント一時中断となる。

というところです。
2015年7月に余命1ヶ月宣告を受けた私が、
今奇跡的に生きているのは、
必死で治療にあたってくださった
たくさんの医療スタッフの皆さんや
支えてくれた身内と友人のお陰です。
ありがとうございます(о´∀`о)

以下のような記事もあります。
よかったらご覧になってください。
子宮肉腫ってどんな病気?
5年生存率について
ブログを始めようと思った理由
ヴォトリエントについて

それでは、最新記事はこの下にあります。
よろしくお願いいたします。

。。。。。。。。。。。。。。。。。

こっちのブログは内容重めですが、
姉妹ブログの【たこの部屋】は、
たことその周りの人のごく普通の日常ブログです。
よかったらご覧ください。

ランキングに参加しています。
↓クリックしてくださるとうれしいです↓

人気ブログランキングへ

夏から秋へ(2016年10月下旬)

image

お久しぶりです。

姉妹ブログの【たこの部屋】には書かせてもらいましたが、
またまた入院しています。

現在の状況は、簡単に「はじめに」の方へ書かせてもらいました。

転移等は残念ながら増えています。


前回更新した後、実は激しく気分が落ち込み、
虚脱感や空虚感に苛まれていました。

それは、私にとっては1年前に余命宣告されたことなど比較にならないほどの苦しみでした。

その後、8月初めからしばらく入院。
この入院中に一人になりいろいろ考えたことや、
その後の出会い含め様々なことで、徐々に復活。

今はあの頃とは違ってすっかり元気ですので、
ご心配なさらないでくださいね。


さて、上記したその後の出会いの1つとして、
訪問看護師さんとの出会いがあります。

8月に退院したあと、私は在宅看護を依頼することになりました。

基本的には通院(入院)中の週に1度の外来をし、
その時に1週間分の点滴など、私のためのケアセットを持ち帰る。

そして、毎日来てくださる訪問看護師さんに
様々なケアをしてもらう形。

家のベッドも介護用電動ベッドをレンタル。

7月末に、皮膚表面(恥骨の上辺り)に大きなおできのようにでてきていた肉腫表面部分が破れた(この肉腫の本体はお腹のなかにもちろんあり、タイタニックの氷山のように一部飛び出してきていたのです)ことで、
痛みで歩行困難になってしまい。

こうなるとなかなか自分のことを自分ですべて行うには結構な命がけ状態に。
(トイレにいくだけでも途中で倒れて休まないととても無理な状態)

ということで、まだ42歳ですが介護保険も。

悪性腫瘍の終末期医療ということをお医者様が証明した上で手続きをふみ認められたらOK。

要介護認定4という上から2番目のでした。

訪問看護師さんと内容がかぶっているので、
ベッドレンタル以外はあまり関わりがないのが現状。

けれども何かの時は動いてくれるのでしょうから、
とても心強いです。


「悪性腫瘍の終末期医療と医者が断定する」

この事だけで、私の主治医は私の気持ちを慮り
瞬間的に言い淀んでいました。

私は先生に、
先生、大丈夫ですから。
それよりも家にもどって娘と安心していられる形を望むから、
言葉はもうなんでもいいんです、大丈夫ですよと申し上げました。

わかったわと、先生は説明。

先生方は皆さんいつも私を思い、私の娘との未来を願い
最善を尽くそうとしてくださる。

本当に日々感謝です。


訪問看護師さんについてのことは
また改めて書きたいなあと思います。

私の自宅肉腫LIFE、本当に助けてもらいました。

こちらの皆さま方にも感謝感謝です。

はやく退院してまた会いたいなと思える、
素敵な方々です。

肉腫になり、いろいろなことがあったけれども、
素晴らしい様々な出会いは、私の大きな財産とパワーになっています。

もちろんブログでのつながりも。

たくさんコメントいただいているのに、
全くなんのレスもできなくてごめんなさい。

はやく書けるようになりたいと思いつつです。

皆様や皆様のご家族の健康を、及ばずながら
心からお祈り申し上げます。

いつもありがとうございます。

冒頭の写真は、相変わらずの娘。

「お母さん、今日は秋を持って帰ってきたよ」

これ、秋かな?と思いつつ、
娘の中では秋チョイスだそうなので、よし!

家にいると聞くことのできる、毎日の娘の
「ただいまー!」と駆け込んでくる声。

とてもとてもうれしいし、
今日も無事に帰ってきたとホッとします。


【追伸】
都合上順不同になっているところもありますが、
少しずつコメントレスをさせてもらっています。
同じ日なのに私へのレスはないというのは、
ボケボケな私のミスですので、ご遠慮なくおっしゃってください。
マイペースレスで全部つけ終わるのに時間がかかりますが、
よかったらお待ちください。



ランキングに参加しています。
↓クリックしてくださるとうれしいです↓

人気ブログランキングへ

。。。。。。。。。。。。。。。。。

こっちのブログは内容重め・暗めですが、
姉妹ブログの【たこの部屋】は、
たことその周りの人のごく普通の日常ブログです。
よかったらご覧ください。
たこの部屋→http://blog.livedoor.jp/tako8tora/

あれから1年(2016年7月)

image

お久しぶりです。

ずっとご心配をおかけして申し訳ありませんでした。

とりあえず、元気です。

GW明けてからまた高熱で入院していましたが、
5月も終わる頃退院できました。

なんと、そこから今まで入院はしてなかったのです。
今までで一番長い退院期間。
K先生たちも家族も私も不思議に思うほど、
38度半ば以上の高熱になることはなく、セーフ。

けれども、熱以外の物理的な体調不良や、虚脱感、
いろいろあったことで、病気発覚後、初めて
(初めてなのが我ながらのんきですね)
精神的な落ち込みという奴にやられ、ドツボ。
ブログに手がつけられなくなっていました。

まだ気持ちの整理がつかないので、
その落ち込み部分は書くことができないのですが、
それでも少しずつ巣籠もりから抜け出さねばと思うようになりました。

まず、姉妹ブログのたこの部屋を少し更新し。

皆さんのあたたかいおかえりなさいコールに
泣けました。

同時にごめんなさいと思いました。

本当にご心配をかけてしまって。

少しずつですが、またブログを書いていきます。

前回の記事で予告していた決意前後の気持ちは、
もしかしたらもう書けないかもしれません。
お許しください。

1年前の今ごろ、私はK先生たちから、
手術不可能・余命1ヶ月という話を聞きました。
長くても、夏休みの終わりまでは持たないだろうと。

そして、1年前の7月10日、高橋先生に出会い、
その1週間後、神の手・はまっ子先生に
不可能だと言われた手術をしていただき、
ギリギリのところで命を拾ってもらいました。

様々な奇跡が重なり、生かしてもらって1年。

ただ感謝です。

こんな私とこんな気まぐれ更新ブログですが、
またよろしくお願いします。

すでにかなり暑いので、皆様、夏バテなどなさらぬよう、
さまざまな天災も早くおさまるよう
心よりお祈り申し上げます。

金魚は娘の学校の金魚。
かわいい(о´∀`о)


ランキングに参加しています。
↓クリックしてくださるとうれしいです↓

人気ブログランキングへ

。。。。。。。。。。。。。。。。。

こっちのブログは内容重め・暗めですが、
姉妹ブログの【たこの部屋】は、
たことその周りの人のごく普通の日常ブログです。
よかったらご覧ください。
たこの部屋→http://blog.livedoor.jp/tako8tora/

私が決めた道(2016年4月下旬)

今日もリアルタイム・2016年4月下旬の話を書きます。
前回は爆発的な転移に、もはや一か八かの抗がん剤でわずかな延命を狙うか、緩和治療かの選択を迫られたとこまで来たというところまで書きました。

今回はそれに対して私が決めた
私の生きる道について書きます。

その前に。
2016年4月下旬、突然退院できました。
約2ヶ月ぶりの退院です。
理由は血液検査の数値が落ち着いてきたから。
CRP(炎症反応)が1以下の正常値になったら
退院がこれまでの常だったけれども、
今回はまだ5くらい。
もうあれほど肉腫が増えたら、
CRPも1以下にはならないという先生方のご判断。
で、他の肝臓や尿の値はよくなってきたので
退院決定に。
K先生は退院できる時はして、できるだけ
私と娘が一緒に過ごす時間を増やしてあげたい
というのが常にお心の中にあるのです。
今日でも明日でもとの言葉に、
じゃあ今日でとちゃっと退院してきました。

この退院許可が出た日と
大阪の高橋先生の見解が聞けた日が同じ日でした。

全国の肉腫患者の診察や相談でお忙しい高橋先生。
そんな高橋先生にお返事を迫ることが失礼なことは百も承知。
しかし、私の肉腫は自分が触っても分かる程に
日々成長している。
このままではGWを無為に過ごすことになる。
その不安な気持ちをK先生たちに伝えると、
K先生が高橋先生に電話をかけてくださいました。
そこからが今日のメインの話です。


電話で高橋先生にきいてもらったことの主は、以下のこと。

たこの両親としては一か八かになっても
手術の希望があるが、それは無理なのか否か。
(手術の希望部位は右下腹部を中心とした腹部。このまま肉腫が大きくなって尿路がつぶれたり、腸閉塞になったりすることは心配でならないから)

高橋先生への電話の前に、ある程度K先生には
私の両親の希望や迷う思いや、
私のその時点での気持ちは伝えていた。

両親の思い。

親としては上記のように手術の希望がある。
しかし、先週何日か外泊していての
娘と私の様子を見ていると、
この二人を今手術のために長く引き離して
どれ程の延命効果が見込める手術となるのか
と考えると、迷いが出ているということ。


私の気持ち。

緩和療法を選びたいということ。

去年のドキソルビシン(抗がん剤)の投与失敗。
そこから始まった以後の副作用のきつさを
思い起こすと、とても今の体でやれる気がしない。
今度投与予定の抗がん剤(エリブリン、トラベクテジン)について
ネットで検索したりK先生の話を聞いたりしていると、更にきついものとなることは予想できる。
それだけに、先生が言うように、
病院を出ることはかなわなくなるということもわかる。
そうなると二度と娘と家で過ごすことは
できなくなるかもしれないという恐怖を
強く感じるということ。
だから、自分の体に一番マッチしていた、
今も飲んでいる飲む抗がん剤とも言える
ヴォトリエントを増やすなどしながら
今後の治療はできないかということ。

でも、もしかして高橋先生が手術できる、
した方がいいと言うのなら、
親の希望もあるしする。
抗がん剤とおっしゃるならそれも考える。
ここで私が緩和を選んでしまうのは、
もしかしたら病気からの「逃げ」につながってしまうのではないかという思いはずっとあるから。

そう伝えるとK先生は穏やかな顔で受け止めてくれた。


そして、高橋先生のお返事は翌日の昼下がりに聞けた。

高橋先生の見解。

まず、両親からの質問である手術について。

この肉腫の多方面への広がりと今の私の体力とを考えたら、手術という可能性は今の段階ではないと断言。

手術をしての延命効果はあまり期待できないし、やめておいた方がいい。
手術のためにヴォトリエントをやめることは怖い。

次に、3つの抗がん剤も、今の私の体力のことなどを考えると、相当に厳しいものがある。
それに、またヴォトリエントもやめないといけないので、勧められない。

今回の肉腫が一気に転移したのは、
ヴォトリエントを肺手術のためにやめていた
あの期間であることを考えると、
やはりヴォトリエント中止のリバウンドだということは十分に考えられる。
そのくらい、たこにはヴォトリエント服用が肉腫成長抑制効果として大きかった。
そのことを考え、副作用が他と比べると
たこには穏やかに出ていることを考慮しても、
今後もヴォトリエントで進行を抑えていくのが賢明だと思われる。


この高橋先生の結論を聞いて、私はほっとした。

そして、K先生に

「ヴォトリエントで頑張ります」

と返事ができた。

K先生は私がどのような選択をしても全力でサポートすると前から話してくれていた。

そしてK先生は言った。

たこさんの選んだ道は、抗がん剤投与でもなく、緩和でもない方法だねと。
いいと思うよ、その方法でと。

点滴抗がん剤でもなく、
延命治療はしない緩和療法でもなく、
当面はヴォトリエントを使っての治療でできる限りの延命を図るというのが私の選んだ生きる道。

ヴォトリエントは全くの副作用なしではなかったけれども、それでも私の体にかかる負担は点滴で投与する抗がん剤よりははるかにましだったことはK先生もご存知。
そしてヴォトリエントを肺手術のために中止してた期間に転移が広がったことも、従来からあったものの成長速度が速まったこともデータで確認している。
手術も抗がん剤投与もヴォトリエント中止の上に始めるものなので、それがどれ程リスクが高いかは、先生が一番医者としてわかっていたと思う。

私の返事をこの状態における私の選択としては
よいものとして受け止めてくれたように思う。

K先生は笑顔だった。

「ヴォトリエントを増量していくことで、
また新しい展開も見えるかもしれない」と先生。

早速その晩から今まで2錠だったものを3錠に増量。
ただし隔日(1日交代)で3錠→2錠→3錠……方式。

とりあえず私とK先生の二人だけで最後の結論の話をして二人で笑ったけれども、
この後両親を呼び、先生から高橋先生の見解をお話ししてくれた。

そして私の結論も話した。

K先生は両親に
「たこさんの出した結論でお父さんお母さんもいいですか」
ときいた。

「私たちはたこが決めたことならばそれが一番いいです」
と両親は笑顔で答えた。

そうして退院となった。

長くなってきたので今日はこの辺で。

次回は、決める前後の私の気持ちや、退院してヴォトリエント増やしてからのことを書けるだけか書いてみようと思います。


ランキングに参加しています。
↓クリックしてくださるとうれしいです↓

人気ブログランキングへ

。。。。。。。。。。。。。。。。。

こっちのブログは内容重め・暗めですが、
姉妹ブログの【たこの部屋】は、
たことその周りの人のごく普通の日常ブログです。
よかったらご覧ください。
たこの部屋→http://blog.livedoor.jp/tako8tora/

爆発的転移・書き直し版(2016年4月下旬)

一度読んでくださった方もいると思いますが、
まだ書きかけの半端な段階のものが
間違ってアップされてることに数時間たって気づきました。
ごめんなさい。
ちゃんと(?)書き直しましたので、
よかったらご覧ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日はリアルタイムのご報告をします。
大きな動きがありましたので。

まずは2か月ぶりに退院して家に帰りました。
やっぱり家に帰ると娘がいるので嬉しいです。
退院した翌日には早くも強烈な胃痛で
あわや病院逆戻りかとびびりましたが、
指示された痛み止めが効いてセーフ。
今朝は安楽です。

それではメインご報告。

10日程前にK先生からその前の週に撮った
CTとPETの説明がありました。

結論からいうと、予想以上に多くの転移があり、
手のつけようがない感じに(´д`|||)
現在分かっているだけで転移肉腫は7か所。

まず、海山病院(仮名)で行った左右両方の
肺門部塞栓術の効果はあまりなかったようで。
中心部の気管支動脈を詰めたけれども、
肉腫に栄養を与えている血管は他にもあり、
外の方に向かって成長している模様。
3cmくらいだった左肺の腫瘍が5cmくらいに。
右も同じく成長。

次に副腎。
海山病院では両方の副腎にあると言われていたけれども、やはり右の副腎に肉腫はないとのこと。
その代わり、従来からあると言っていた
左副腎の転移肉腫は急速に肥大化。
2月は17mm→4/4に42.11mm→4/11は45.73mmといった具合。

尿ストーマの下(右下腹部)も急成長。
4/4に75.82mm→4/11は85.10mmといった具合。
腹直筋に入り込んでいる模様。
この肉腫がこれ以上大きくなると、
ストーマは機能しなくなり、尿が出なくなるので、
腎ろうをとらねばならないことになるかも。
尿が出にくくなると、体の機能としても
だめだし、ますます感染がひどくなるので大変。

そして海山病院から帰宅した時に気づいた、
昔の尿道より少し上の皮膚に変なぽっこりが。
妙に気になっていたのでK先生に伝え、
そして、調べてみたらやはり肉腫。
先生の説明書によると、恥骨上皮下。
高知に帰ってきて気づいたぽっこりなので、
いつできたんだかのnew肉腫。
だんだんその周辺は皮膚の色がどす黒くなってきてるから、見た目怖いです。
しかも皮膚のすぐ下にあって触れるから、
成長してる感じがあからさまにわかります。

そしてその真下と言うか、元膀胱があった辺り(先生の説明書によると、下腹部正中)に
5cmくらいの転移肉腫new。

そしてさらに背中。
第12胸椎棘突起にnew!
背中って言われた時に、まだあるんですかって
思わずK先生に言ってしまい(笑)

とりあえず以上7か所が、
その日に判明・説明転移肉腫です。

K先生は今後のことを、外科的治療ではなく、
化学治療になると思うということから話し始めた。
手術して切り取るにはあまりに多すぎて、
体がなくなっちゃうそうで(´д`|||)
そしてそれぞれの成長スピードがあまりにも速い。

背中は、このまま成長すると神経に近くて
痛くなるだろうから、場合によっては部分的に
放射線治療をすることもあるそうです。
けれども、基本的に肉腫に放射線は効かないと言われてるから、要検討。

これらのデータは海山病院からのデータと共に
大阪の高橋克仁先生にも送られています。
常にK先生は高橋先生との連絡を取って
治療方針の最終決定をしているので。

その見解を待っての最終決定だけれども、
K先生チームからは二つの選択肢が出されてきました。

化学療法か、緩和療法か。

化学療法(点滴抗がん剤)の方から。
投与するなら、
ドセタキセル・ゲムシタビンか
エリブリンか
トラベクテジンのどれか。
やるなら後ろの二つのうちのどちらかなと。

しかし、どれもかなりきつい薬で、
間違いなく今の私ではかなり体力を奪われ、
下手したら一回で命取りになることも
十分にありうるとのこと。
(骨髄抑制がきつく、免疫力もがた落ちになるので、今のように感染を繰り返して発熱してる状態では相当危険)

しかし、3か月前とちがって、どれであってもこの病院でもやれるとのこと。
(以前はまた関西の方の病院へという話だった。)
エリブリンが一番の新薬だけれども、
その効果のほどは、平均余命が2ヶ月延びた
という程度のことらしい。
危険すぎて、先生方が私の体を思い
相当怖がっていることがうかがえる。

緩和療法は外来等で対症療法になる感じのようで。
痛みを緩和したり出てきた症状を緩和したり
消したり治療したり。

思いきってK先生にきいてみた。

「緩和療法でどのくらい持ちますか?」

K先生は正直に「わからない」と答えてくれた。

どちらを選んでも、時間的にどのくらい持つのかはわからないと。
どこの肉腫がどんな風に成長するか、
また新しいのもでないとも言えないし。
それはもっともなことばかりで、
先のことは考えても仕方ないな、
割りきるしかないと。

話を聞きながらちらっと見ると、
父はもうメモをとる手も止まり、うつむき加減。
母は呆然としていた。

途中先生に質問をする私の声があまりにも
事務的で客観的だったことに驚く母に、

「だって、他人事みたいに聞かなきゃ、
こんな話、やってらんないわ」

と笑うしかなかった。
母はもう、この子はといった風に私の腕を叩いた。
けれどもそう言いはなった直後から、
私の目にはだんだんこみ上げてくるものが
上がってきていた。

とりあえず、どちらにするのか今すぐに決めなくてもいいし、来週辺りまでは待ってくれると先生。

どっちを選んでも全面的にバックアップするからと言ってくれた。

私も、どっちを選んだらよいのかもわからなくて、
ただ娘を今おいていくのはつらいということは伝えた。

我慢して、我慢して、我慢してたんだけど、
涙が出た。

どうしたらいいのかわからない。

まだまだ娘をおいて死にたくない。

でも、その日が確実に近づいている。

どうすれば私は娘の成長を見続けることができるのか。

考えても考えてもわからない。

「今週末から隔日で外泊していいですよ。
おうちで話し合うことも大事ですよ。
マルちゃんとも会ってきてください」

K先生もお医者さんでありお母さんだから、
いつもいつも娘と私のことを心配してくれる。

考えたら答えは出るのだろうか。

高橋先生はまだ結論を出してきてないから、
そこも聞きたいし。
緩和療法なら、今のように家に帰ることもできるけど、
今度の抗がん剤はかなりきつくて、
やり始めたらもう帰るなんて状態にはならないだろうなあと思うし。

とにかく今日は聞いた内容がショックすぎて、
あちゃちゃー(´д`|||)

父はかなり動揺していた。
「やりたいこと、やっとかんといかんことを紙に書き出せ!順々にやっていくし、お父さんが協力するから」とベッドで横になる私に言い出してメモを取り出した。
すっかり後始末にかかってるよ(笑)
その父の様子を見てるとおかしくなり、
なんだか少しだけ冷静になれた。

話を聞いたときはとても不安だったけれども、
麻薬系の痛み止めのオキシコンチンがよく効いていて、
痛みが全くないせいか、全然死ぬ気がしなくて、
まだなんとかなるんじゃないかなあと
のんきに考えてしまう私がそこにいたのも事実。

難しいですね、こんなことを決めるのは。

兄弟たちへの報告メールには、

とりあえず、1日1日、今をじこじこ頑張ります
いつもありがとうございます

と書き送った。

1日1日を今の私は積み重ねるしかない。
どうなるかわからないけど、
今は私はまだ生きているから、
じこじこ頑張ろうと。

そして、それから一週間以上たち、
ようやく結論を出しました。
高橋先生からお返事がもらえたのです。

その話はまた今度。


今日は変な書きかけのブログを
一旦アップして申し訳ありませんでした。
次から気を付けます。


ランキングに参加しています。
↓クリックしてくださるとうれしいです↓

人気ブログランキングへ

。。。。。。。。。。。。。。。。。

こっちのブログは内容重め・暗めですが、
姉妹ブログの【たこの部屋】は、
たことその周りの人のごく普通の日常ブログです。
よかったらご覧ください。
たこの部屋→http://blog.livedoor.jp/tako8tora/
livedoor プロフィール
ランキング参加中です。 ↓よろしければクリックを。↓
人気ブログランキングへ