一を聞いて十を知る。十を聞いて一を知る。ロキソニン

June 28, 2007

ワーキング・プアの話 その

 以前にコメントいただいていて、それから気になっていたブログ「オノケンノート」さんからトラックバックいただきました。ありがとうございます。
 まずはこのリンク先のエントリーを読んでから、でお願いしますね。

 コメント欄をじっくり読みながら(特に「自由」と「レール」のとこ)、ふと思ったことをメモ。

 ちょっと暴言かも? です。


 まず、この問題が社会構造に因るものだということ。ほんとそう。そしてこれは前提条件としてでなければならない。グローバリズムということはそういうことでこれはもう抗いようのない規模での流れだから、とにかく前提として受け止めなければはじまらない。

 市場を透明な協調的談合主義化する、というのは理想としてはアリとは思うけど、じゃあだれがそれまでの既得権益を手放す? というところに現実感がないのも事実。特に鹿児島みたいなアンバランスなところに住んでるとどうしても・・・、ねぇ? 実際のところ、まだまだ人はビジョンよりも経済的利害(それも短期の)で動くのが大半ですから。



 で、そんな中にあってもやっぱ狭義の自己責任というものもあると思うのです。

「自由」と「レール」のどちらか一方を選択する、という場合、大切なのは「自分の価値観がどちら向きか?」を深く問い直すことです。「自由」が向いている、という人はリスクを覚悟する必要があるし、「レール」が向いている人はリターンがくそ面白くない、ということを覚悟しなければならない。

 しかもさらに大切なことは「自由」なり「レール」なり、その選んだ方へ価値観をぐぐっとアジャストしていかないといけないということ。極端なくらいでないといけません。中途半端が一番まずいんですよ。

 自由が欲しくてフリーターになるのなら、その自由をとことん追求する過程で満足を得られないのであれば、その「自由が欲しくて」はウソとみなされる。「お金? オマエ、そんなのいらないって言ったじゃん」。
 そういう極端を好む風潮というものがグローバリズムには含まれると思います。なんせたかだか一民族の常識なんて通用しない世界なんだし。

「自由」と「レール」を行き来したいのであれば、その両方をいつでも出し入れできるだけの人としてのの問題になると思うし、現にそんなの人間なんてそうそういない。抽象的すぎるかもしれないけど、結局はそういうことなんだと。


 自由って言うけど、自由に何がしたいの? って話になったときに、人は最終的には「みんなをハッピーにしたい」ってとこに行き着くと僕は信じてる。だけど、それって別の角度からだと「誰かのためにレールを敷いてあげる」ことになったりもする。
 
 自由ってそういう側面も抱合されてないかな? 僕はあると思うし、みんなうすうす気づいている。だから「レールの上にいながら自由」を求めることが賢い選択になってしまうんだ。

 本当に自由路線で行くんなら、ぶっ飛んだ価値観を持ち込むしかないと思うけどなぁ。生粋の日本人なのに「イチロー? 誰それ?」とか言えちゃうくらいの。
 


 あと、はっきり言って、もう国にも地方にもお金がないんだと思う。だから、セーフティネットの充実に手が届かないんだ。
 で、それがばれたら会社はマジで海外流出しちゃうと怖がってる。為政者レベルには、僕らが思ってる以上にその怖れがでっかくあるからどんどん不透明化していってるんじゃないかなぁ?

 

 とにかく僕らは、今できることをしよう。それしかないぜ、ベイベー。



 追記

 それはそうと、この記事→「最近の若者は本を読まない」本当の理由は秀逸!
 実感としてあるけど、僕の学びの元は自分より若い人か若いセンスを持った人ばかりだもの。

takohan1 at 03:05│Comments(1)TrackBack(2)その他 

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1. 本を読みなよ、ベイベー  [ オノケンノート ]   June 28, 2007 23:38
薩摩川内市にある頭脳派たこ焼やさん(すばらしい意外性?)からTB返しを頂いたのでさらにコメントしてました。
2. ワーキング・プアの話 その??  [ さつませんだい徒然草 ]   June 30, 2007 16:42
 ワーキング・プアの話 その??での下ちゃんのコメントと、TB下さったオノケンノートさんの「本を読もうぜ、ベイベー」と内田樹氏のこの記事「若者はなぜうまく働けないのか?」を読むと見えてくることがある。  ※内田樹氏の著作の中で僕が好きなのは「寝ながら学べる構造...

この記事へのコメント

1. Posted by 下ちゃん   June 30, 2007 10:14
この日本で「自由が欲しい」なんて言っちゃカッコ悪いよね。だから居ないけどさ(笑)少なくとも僕の視界には。

欲しいのが、感動や喜びであれば、それは自己愛やリスク、、つまり、人生を賭けた中にしかないんじゃないかなぁ。
それを「仕事」って言うんじゃないかと思うよ。

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