November 26, 2008
弟がうどんを食いに行ったというはなし
先日、弟と電話で話していたら、ついにヤツがあの「がもううどん」を食べてきたとのこと(「がもううどん」とは僕が一番美味しいと思ってるうどん屋さん)。
弟「早起きして香川まで車飛ばしたけど、それだけの価値は充分あったよ」
僕「だろ? で、どうやった?」
弟「なんて言うたらええかわからん。とにかくおかわりした。あげも食った。全部旨かった」
僕「うん。言葉で表現でけへんの、ようわかるわ」
で、今日、お店でお客さんと「まちづくり」について話しててこのことをふと思い出したのです。なんでかわからないけどリンクしちゃったんですよねぇ。まぁ確かにうどんは香川の立派な文化だし、結果的にまちづくりにもつながってるからかなぁ。
ここ川内のまちづくりの話になると、みんな二言目には「この人口だとあーだこーだ」とか「今ある農産物だとこんなのとかあんなのとか」とかってな風に“今あるリソース”をベースに話を進めようとするんですよね。まぁ、僕みたいな他所から来た者からしたら、そのリソースに対する価値観自体がもう違ってるんですけど、外に向かって発信しようとするならちょっとは僕の価値観にも耳を傾けてよとかってなこともたまに思うんですけど、それはまぁどーでもいいっす。
問題は、今あるリソースを並び替えて何ができると思ってるの? って話なんです。
本当の意味でお金儲けする気があるんでしたら、人間の深いところを震わせて、言葉に出来ないような心の動かせ方をしないといけない、と僕は思うのです。っていうか本来は逆で、心を動かすことによってそこから派生的に経済面でも還元されるってのが現実のはずで、それがそもそもの経済、つまり経世在民ってことでしょ? ってな感じなんですけどね。
本当に美味しいうどんを食ったけど、その食ったときの心の動きはとても言葉には出来ないもんだね、っていうこの弟の体験は僕も以前に体験していて、しかも僕はそんな弟の話を聞いてまた追体験してるわけですね。
今はどうやって人の感情を揺さぶるか、もしくはその揺さぶりでどう儲けるかみたいなところばっかり増えてて、そのおかげで誰もが簡単に涙流して「感動したぁ〜」とかって口にするようになったのは事実でしょう。
テレビなんてほんと象徴的で、ニュース番組の中でわざわざワイドショーやって、ただでさえ悲惨な事件をさらに無残に食い散らかして、一瞬の感情の揺さぶりばかりを狙い続けるわけですよね(「50代高卒専業主婦」はしんどいっすよ)。
人間は誰しも、誰か泣いている人を見るとこっちも泣きたくなるし、怒っているとこっちも怒るし、ガハガハ笑っている人を見るとこっちも笑いたくなるように出来ています。
ほんとテレビはそこばっかりで・・・。もう、付き合っていくのがしんどいんです。まぁ、もともとタダで見てるんだから文句言うなって話なんですけど。
で、そんなのに付き合わされた結果、人間の感動の閾値がどうもかなりのところまで低くなってしまったのではないか、と僕は思ったのですよ。
話は前後するけど、先に書いた「人の心を動かす」というのは僕は、こっちがなんかうまくコントロールして震わせるというのとは違うと思っています。そうじゃなくて実はここで大事なのは「共振する」ってことなんだと僕は思っていまして、自分が強く震わせることでしか相手の心を大きくは震わせられないのではないかというのがその理由。
そして自分が言葉に出来ないくらいの深いところでの心を震わす経験がないのに、どうやってそんな深いところまで共振させることができようか、と考えると、今あるリソースではある程度までしか震わせられないことがわかってるのに、なんでそこを基準で話するの? ってことに行き着いてしまうのですよね。
僕は初めて西方の海を見たとき、本当に感動しました。西の海を眺めていると背中を1両しかない電車がゆっくり走ってて、満潮時にはここまで波が来てたんだなぁって跡が浜辺にかすかに残っていて、そこを息子の出産を控えた妻が裸足で波にむかって駆けてて、傾き始めた陽がそれらを優しく包んでいて、それはそれは美しい一瞬でした。どう言葉にすればいいのかわからないのですが、大阪での生活の基盤となっていた価値観が完全に崩壊した瞬間でありました。心の閾値が変わってしまったんですよ。
こういった経験は実は以前にもあって、それは高知に行ったときのことでした。携帯も繋がらないような山あいで、四万十川の支流らしい小川に掛かった小さな橋にこしかけて、ぼおっと足を浸してたときにその瞬間はありました。
先にこの経験がなければ僕は西方でもっと戸惑っていたでしょう。
そういった劇的な瞬間を経験しない人に、そしてその瞬間をちゃんと記憶に留めようとしない人に、深いところの心の震えなんて話をしても、これはどうやっても伝わりません。「それはつまりこういうことですか? 例えば・・・」なんて言葉に置き換えようと、したり顔された日にはもう絶望的な気分になります。文字通りの絶望と、僕自身のそれでも協調しようとする社会性が鬩ぎあうのはほんの一瞬なのですが。
デザインとアイデアとデコレーションと収益やなんかを、並列でしか捉えられない人間っていうのは、もしかしたら新しいことはできるかもとしれないですけど、人の心の深いところに残るものは生み出せないと思うのです。キツイこと言いますけど。
そんな並列構造で平たく物事を再構築しようとする前に、自分自身の心の構造がどうなっているかをちゃんと向き合って考えるべきだと思いますし、僕自身もそれは常に課題としてあります。
心の閾値を保つ努力が必要となった時代なんですね、今って。
弟「早起きして香川まで車飛ばしたけど、それだけの価値は充分あったよ」
僕「だろ? で、どうやった?」
弟「なんて言うたらええかわからん。とにかくおかわりした。あげも食った。全部旨かった」
僕「うん。言葉で表現でけへんの、ようわかるわ」
で、今日、お店でお客さんと「まちづくり」について話しててこのことをふと思い出したのです。なんでかわからないけどリンクしちゃったんですよねぇ。まぁ確かにうどんは香川の立派な文化だし、結果的にまちづくりにもつながってるからかなぁ。
ここ川内のまちづくりの話になると、みんな二言目には「この人口だとあーだこーだ」とか「今ある農産物だとこんなのとかあんなのとか」とかってな風に“今あるリソース”をベースに話を進めようとするんですよね。まぁ、僕みたいな他所から来た者からしたら、そのリソースに対する価値観自体がもう違ってるんですけど、外に向かって発信しようとするならちょっとは僕の価値観にも耳を傾けてよとかってなこともたまに思うんですけど、それはまぁどーでもいいっす。
問題は、今あるリソースを並び替えて何ができると思ってるの? って話なんです。
本当の意味でお金儲けする気があるんでしたら、人間の深いところを震わせて、言葉に出来ないような心の動かせ方をしないといけない、と僕は思うのです。っていうか本来は逆で、心を動かすことによってそこから派生的に経済面でも還元されるってのが現実のはずで、それがそもそもの経済、つまり経世在民ってことでしょ? ってな感じなんですけどね。
本当に美味しいうどんを食ったけど、その食ったときの心の動きはとても言葉には出来ないもんだね、っていうこの弟の体験は僕も以前に体験していて、しかも僕はそんな弟の話を聞いてまた追体験してるわけですね。
今はどうやって人の感情を揺さぶるか、もしくはその揺さぶりでどう儲けるかみたいなところばっかり増えてて、そのおかげで誰もが簡単に涙流して「感動したぁ〜」とかって口にするようになったのは事実でしょう。
テレビなんてほんと象徴的で、ニュース番組の中でわざわざワイドショーやって、ただでさえ悲惨な事件をさらに無残に食い散らかして、一瞬の感情の揺さぶりばかりを狙い続けるわけですよね(「50代高卒専業主婦」はしんどいっすよ)。
人間は誰しも、誰か泣いている人を見るとこっちも泣きたくなるし、怒っているとこっちも怒るし、ガハガハ笑っている人を見るとこっちも笑いたくなるように出来ています。
ほんとテレビはそこばっかりで・・・。もう、付き合っていくのがしんどいんです。まぁ、もともとタダで見てるんだから文句言うなって話なんですけど。
で、そんなのに付き合わされた結果、人間の感動の閾値がどうもかなりのところまで低くなってしまったのではないか、と僕は思ったのですよ。
話は前後するけど、先に書いた「人の心を動かす」というのは僕は、こっちがなんかうまくコントロールして震わせるというのとは違うと思っています。そうじゃなくて実はここで大事なのは「共振する」ってことなんだと僕は思っていまして、自分が強く震わせることでしか相手の心を大きくは震わせられないのではないかというのがその理由。
そして自分が言葉に出来ないくらいの深いところでの心を震わす経験がないのに、どうやってそんな深いところまで共振させることができようか、と考えると、今あるリソースではある程度までしか震わせられないことがわかってるのに、なんでそこを基準で話するの? ってことに行き着いてしまうのですよね。
僕は初めて西方の海を見たとき、本当に感動しました。西の海を眺めていると背中を1両しかない電車がゆっくり走ってて、満潮時にはここまで波が来てたんだなぁって跡が浜辺にかすかに残っていて、そこを息子の出産を控えた妻が裸足で波にむかって駆けてて、傾き始めた陽がそれらを優しく包んでいて、それはそれは美しい一瞬でした。どう言葉にすればいいのかわからないのですが、大阪での生活の基盤となっていた価値観が完全に崩壊した瞬間でありました。心の閾値が変わってしまったんですよ。
こういった経験は実は以前にもあって、それは高知に行ったときのことでした。携帯も繋がらないような山あいで、四万十川の支流らしい小川に掛かった小さな橋にこしかけて、ぼおっと足を浸してたときにその瞬間はありました。
先にこの経験がなければ僕は西方でもっと戸惑っていたでしょう。
そういった劇的な瞬間を経験しない人に、そしてその瞬間をちゃんと記憶に留めようとしない人に、深いところの心の震えなんて話をしても、これはどうやっても伝わりません。「それはつまりこういうことですか? 例えば・・・」なんて言葉に置き換えようと、したり顔された日にはもう絶望的な気分になります。文字通りの絶望と、僕自身のそれでも協調しようとする社会性が鬩ぎあうのはほんの一瞬なのですが。
デザインとアイデアとデコレーションと収益やなんかを、並列でしか捉えられない人間っていうのは、もしかしたら新しいことはできるかもとしれないですけど、人の心の深いところに残るものは生み出せないと思うのです。キツイこと言いますけど。
そんな並列構造で平たく物事を再構築しようとする前に、自分自身の心の構造がどうなっているかをちゃんと向き合って考えるべきだと思いますし、僕自身もそれは常に課題としてあります。
心の閾値を保つ努力が必要となった時代なんですね、今って。
トラックバックURL
この記事へのコメント
1. Posted by yem November 26, 2008 21:59
目的と手段の混同。
「50代高卒専業主婦」。
しきい値、threshouldですね!
昔使ってたサンプラーのついたキーボードでその概念ありました!
「50代高卒専業主婦」。
しきい値、threshouldですね!
昔使ってたサンプラーのついたキーボードでその概念ありました!
2. Posted by 店主 November 27, 2008 21:40
>yemさん
それってもしかしてKORGっすか?
それってもしかしてKORGっすか?

