著者の三枝さんは元同僚。ワタクシメの4つ下。東京本社と大阪本社で一緒に働き、今もちょこちょこメールのやり取りをしております。そんなご本人の半生の記であり、記者生活から痛感した日本の報道業界の病理が書かれた良書です。
特に興味深かったのが、冤罪ではないかとされる事件への姿勢でした。入社前から冤罪事件に詳しく、抗議する団体を論破していく下りは出色。同時に、冤罪と思っていたらやっぱりワルやったという人間も出てきます。当たり前なんですが、世の中きれいごとばっかりではない。なのに、自分たちはきれいきれいと言い張るのが、そうした団体に多いなと。無論、黙々と世の為人の為に邁進なさっている団体もあるのでしょうけど。
そうした団体の暗部に目をつぶり、時に真実の報道そのものから逃げてしまっている報道機関があるというのが、本書を読んでの感想です。正直、面白かったけど、退院後に読むと精神衛生上宜しくないなとも思えてしまった。まぁ三枝さんの責任では無いですけどね。
気になったのは、本書の発行後の都知事選での動き。暇空茜さんの出馬と、それへのエールを寄せた岩下の新生姜の社長さんに対し、会社への営業妨害としか言いようのない抗議が殺到したり、生姜を使っている大阪のたこ焼き屋さんへの嫌がらせとかがあったりという展開は、Xのユーザーならご存知かと。
ネタバレになってアレなんですけど、全く同じ手口の話が本書で出てきます。そして、そしてそして。
ワタクシメ自身は暇空茜さんにブロックされてますが、立候補そのものには反対しませんし、個人の自由として尊重するものであります。新生姜やたこ焼き屋さんへの攻撃があぁなら、ご本人への攻撃はそれ以上だとも推察されます。心底、陰湿です。それに耐えているというのは、尊敬に値する。
で、そうした状況に緘黙していて良いのかと。岩下の新生姜の社長さんによると、ある在版のテレビ局が接触はしてきたものの、取材姿勢の腰のひけっぷりに呆れていました。詳しくはXでの投稿を読んで下さい。情けない限り。
かつて日本の主要メディアは、ジャニー喜多川の未成年者への性加害に沈黙するという罪を犯しました。ジャニーズ事務所の影響力に屈してしまったというのが、万人の理解でしょう。当事者だったワタクシメも、罪を免れません。
その轍を踏んでしまっているのではないか。暇空茜さんの何に対して誰が(正しくは、どんな集団が)敵視しているのか。そして、陰湿な妨害行為に何故今回も沈黙しているのか。そう、今回も、なんですよね。
脱線が過ぎましたが、そうした病理は今なお存在するし、本書を読めばその感を深くする事間違いなし。「報じなければならない事を報じないのであれば、もう報道機関はお仕舞い」という危機姿勢を持って欲しい。