同人サークル「ぐる~ぷ・げし」のサイト「言わせれ」の日記部分を独立させたブログ。
元は「今日の言わせれ」というタイトルだったが、ブログサービス移転に伴い現在のものに改名。
内容は同人サークルに関するお知らせのほか、
マンガ、アニメ、ゲーム、ラノベなどの感想やそれらにまつわるあれこれ、
コミケや同人誌に関する話題などをメインに取り上げていきます。
たまにそれらとは全く関係の無い話題もありますが、ご容赦のほどを。

刃物と鍛えた体、どちらが凶器として厄介か?

先日非金属の良く切れる刃物の話題がTwitterで挙がり、

「金属探知機に引っかからないのは厄介」

「その条件なら鍛えた体も凶器だろ」

という趣旨のやり取りが展開されていました。





 

これを見て「防犯のため入場の際に金属探知機を使用している施設」から見た場合、

「非金属の刃物と凶器にもなる肉体、凶器として厄介なのはどちらか?」

をちょっと考えてみました。

結論から言えば前者。

そう考えた理由は「入手、持ち運び、利用のしやすさ」。

 

「凶器になるほど肉体を鍛える、素手での戦闘技術を磨く」のは、

才能素質の差はあれども大変な時間がかかります。

ですから元々そうではない人が、自分で手に入れるのは難しい。

かといって、そういう人を雇って暴れてもらうのは、もっと難しい。

暴力団などの反社会的勢力に伝手でもないと無理だし、

かなり高額な代金を支払うことになるでしょう。

対して非金属の刃物は、それなりの代金はかかるでしょうが低予算で、

しかも一般販売される商品。

前者に比べて入手ははるかに容易です。

つまり、「金座探知機をすり抜けた先で凶行を起こす側」から見た場合、

後者よりも前者の方がなるかに「お手軽な存在」であり、

逆にやられる施設側から見れば「より厄介な存在」となるだろうなと。

さらに言えば、凶器になる肉体(戦闘技術)を持った人間が、

非金属刃物を持ち込み凶行に及ぶことことも可能なわけで、

それを考えれば「この両者を同じ土俵で比較する」こと自体、

適切ではないのではないかなと。

てか、長々説明する前に先にそこに気づけ、俺。

すぎやまこういち先生がお亡くなりに

作曲家のすぎやまこういち先生がお亡くなりに。
謹んで哀悼の意を表します。

おそらく私が最初に聞いたすぎやま先生の曲で記憶に残っているのは、
「帰ってきたウルトラマン」の主題歌だと思われますが、
調べれば「この曲もそうだったのか!」
という有名な曲がぞろぞろでてきます。
そして私にとって、すぎやま先生の名前を覚えるきっかけになったのは、
なんと言っても「ドラゴンクエスト」。
今でもドラクエのオープニングである「序曲(ロトのテーマ)」を聞くと、
自然とテンションが上がってしまいますし、
ドラクエIIのエンディング「この道我が旅」、
ドラクエIIIのラーミアのテーマや、エンディング「そして伝説へ」などは、
たまにCDを引っ張り出して聞き返す、大好きな曲です。
(うちにあるCDはNHK交響楽団が演奏していたころの物)
「この道我が旅」は、「ダイの大冒険」最初のアニメ化の際のエンディング曲で、
歌詞が付いたバージョンもあるのですが、
そちらもその歌詞の良さと相まって心に染みます。

音楽著作権に関することなど、
思想信条において意見を異にする部分もありましたが、
その作品には感動させられ続けていました。
ありがとうございました。
どうか安らかに。

みなもと太郎先生、どうか安らかに

ベテラン漫画家であり漫画評論家でもある、みなもと太郎先生がお亡くなりに。
謹んで哀悼の意を表します。

私は「風雲児たち」のワイド版を読んでファンになったにわかではありますが、
先生がコミケにサークル参加(サークル名「みにゃもと」)されていると知って、
コミケごとに足を運んでいました。
なんどかは言葉を交わす機会にも恵まれ、
ご存命の内に応援の言葉を届けることが出来たのだけは幸いだったかなと。
また過去に商業誌に掲載されたが単行本にならなかったり、
なっても絶版になった作品などを、同人誌に作り直して頒布されており、
それら過去作にたくさん触れることもできました。
そのうちのいくつかはKindle版になっており、
今でも手に入るようです。
(「スターウォーズ ドン・キホーテ」など)
先生は若い頃からコミケに関わっていたわけではなく、
結構なお年になられてから参加し始めたという、
コミケにサークル参加するベテラン漫画家としては異例な経歴の持ち主でした。
それでも新刊が無い時には「お詫びペーパー」を作っており、
コミケの文化……というか「乗り」には、十分染まっておられたご様子でした。

ライフワークとなっていた作品「風雲児たち 幕末編」、
漫画評論の連載「マンガの歴史」が未完に終わってしまったのは残念でなりません。
「風雲児たち」「風雲児たち 幕末編」は、
「幕末の風雲児たち」を描くために始まったのですが、
「幕末に起きた事件の本質を知ってもらうには、どうしても関ヶ原の戦いと、
 それに続く幕府と諸藩の対立を描かざるを得ない」
と、徳川幕府以前の時点から物語が始まるというこだわりっぷり。
しょ~~もないギャグと含蓄に富んだ展開が同居する快作で、
笑いながら、そして時には考えさせられながら、
徳川幕府の始まりから、終わりの少し前までを知ることが出来ます。
(本当は終わりまで描かるはずだったのですが……)
今でも書店や古書店で流通していますし、Kindle版もあるようなので、
興味の湧いた方はぜひご一読をお勧めします。

いやしかし、コミケが復活してももう先生のお顔を見ることはできないのか……。
もしかすると、サークル「みにゃもと」は参加してくるかもしれませんが。
既刊の種類が豊富だったので、まだ頒布する物はあるはずですし。
もしそうなったら、並んでいる本を手に取ってみてください。
あなたのお気に入りの一冊に出会えるかもしれませんから。

好きでやってる二次創作はセーフ……とは限らない

「原作を好きでやる二次創作はセーフだが、人気取りでやるのはアウト」

みたいな話が流れてきたので、ちょっとこの件について私見など。

結論を先に言うと「大間違いではないけど絶対的な正解ではないよ」と。

 

この「原作が好きでやる(ファンがやる)同人・二次創作はセーフ。人気取りでやるのはアウト」という考え方は、

ネットが普及するはるか以前から、パロディ同人誌の世界にはあったもので、

私が同人活動を始めた30年前にはもうあったと思われます(はっきりはしませんが)。

私も自分でパロディ(二次創作)同人誌を作り始めてしばらくの間は、

この言葉を当然と思っていましたし、

今でも心情的には「好きでやるパロディの方が好き」と思っています。

ただこれ、あくまでパロディ・二次創作をやる者の「心構え」の問題で、

実態に即したものとは言い難いのです。

少なくとも私が思いつくだけで、

「出来上がった作品からどちらであるか判断するのは難しい」

「元ネタ・原作の権利者から見てどうか?という話とは、必ずしも一致しない」

という二つの問題があるんですよ。

 

(以下「続きを読む」内で)

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ドラえもん最終話同人誌騒動のお話

同人関連で著作権関連の騒動が起きると、
その流れで過去の事例が話題に上ることがあります。
「ポケモン同人誌事件」
「ときめきメモリアル同人エロアニメ」などがその代表例。
今回はそれらに並ぶと思われる三つ目の事例、「
「ドラえもん最終話同人誌」の話を、
「同人が権利者に怒られた(?)事例集」から転載します。

この話も、ネットで掘り起こされる際に、不正確な情報が混ざりがちです。
いえ、私のこの記事も一部事実と断定できない物が含まれていますし、
私の憶測も「そうと分かる形で」書いてありますので、その点はご承知おきの上、
注意してお読みください。
ただし、「逮捕された」「裁判になった」などの情報は明確な誤りですので、
そこは強調しておきます。
逮捕もされず裁判にもならず、当事者間の話し合いで決着しています。

なお、同人誌のほうでは「ドラえもん最終話事件」と表記していたのですが、
「刑事事件になった訳ではないのにこの名称は誤解を生むかも?」と思い至り、
ブログでは名称を「事件」から「騒動」に変更しました。

(以下「続きを読む」内で)続きを読む
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