2013年06月
2013年06月25日
♯翔ぶが如く �掘銑�
司馬遼太郎通算して3回目となる本書。私にとっては司馬遼といえばこの本が課題図書。というのも、20才前後の頃、当時司馬遼にはまっていた兄が、時事を語る際よくこの本を引き合いに出していた。もちろん、読んでいない私はそれに反応しようもなかったわけだが、それ以来ずっとこの本が兄に対抗する上で、私の課題図書となったのだ。
それにしても重い本だ。長いし、中身は堅いし。今回も読了までに半年以上かかってしまった。なにしろ、今日の日本の原型というかそのものというか、太政官制度の草創期について書かれた本だ。明治維新後、内務省や警察などの官僚組織が俄か普請ながらつくられ、征韓論で西郷が内閣を去り、征台論があり、そして西南戦争。西郷が死に、大久保が暗殺され、川路も狂死。幕末から維新への20〜30年は薩摩という一藩がリードしてきた。なんとも不思議な話だ。薩摩の狂騒が収まる明治10年になってようやく政府も落ち着いてくる。
読んだその時その時で感じ方は違うのもだが、今回何が印象的だったかといえば、例えば今日からみて無謀な戦いだった西南戦争にあって、中には桐野利明の戦略に否を唱える智謀の人もいたこと。あまりにも稚拙な戦い方だったにも関わらず、西郷を頭に抱いての空気・地域性等々で否といえない状況・圧力があった。冷静に戦略を考えれば、決してあんな戦い方にはならないことは自明だった。しかし、それを異を唱えることは、臆病者の一言で退けられてしまった。いつの世、どこの世界組織であれ、厳然とあるできごとだ。兄はここを言いたかったに違いない。非常に教訓的な事例だ。
3回目の読了ではあるが、もう語れる相手はいない。
豚もおだてりゃ…。
買いかぶりは、薩摩人の一特徴である。薩摩の気風として他人の長所を愛し、少々な人物ならこれを大きく買いかぶってしまう。それがかえって好結果をもたらすことが多い。買いかぶられたほうに器才さえあれば、やがては買いかぶられの寸法に適うほどに成長してしまうからである。器才のない見せかけの人物が買いかぶられることもあるが、かといって実害はない。やがてぼろが出て自然にその人物は消滅するからである。薩摩人のこういう気風が、幕末から明治期にかけて多数の人物をおもしろく輩出させたということがあるであろう。(3巻P288)
才人はリーダーになれない。
君子ハ器ナラズ、という「論語」為政篇にあることばを、西郷はおそらく若いころから好きだったのであろう。
「道具（器）というものは便利なものだが、一目的にしか使えない。飯茶碗は食物を盛るのにはいいが、敵を斬る太刀としては使えない。太刀はまたそれで飯を盛ることができない。君子はそうではない。技芸ができなくても相通じ、体備わらざるなしというものである」
という西郷の解釈は、青年期の西郷にとっては、ひとつには救いだったにちがいない。
西郷は幼いころ、取りたてたところのない少年だった。ある日友達と口論をし、その者が斬りつけてきたのを、右ひじで受けた。このため筋が切れ、以後、腕の運動がおもうようにゆかなくなって、武術を学ばなかった。武術を学ばないということが年少のころつらかったであろうし、それがおそらく「論語」のこのことばを知るにおよんで救われる思いだったということもあるであろう。
西郷には、才芸がない。
それだけに、才芸とは何かということを考えることが深くなったようである。
―ビスマルクが偉いのはかれが何の授能もないところにある。
というのは素朴すぎるビスマルク論であるにせよ、西郷の場合は年少のころからかかえてきたよほど深い場所の傷口から出ている言葉にちがいない。
西郷が庄内藩士に語った言葉に、
「才芸のある人間を長官にすえたりすればかならず国家をくつがえす」
というのがある。このことも、右の古傷から出たかれの政治哲学に相違ない。
右の言葉は、西郷がわかいころ、水戸の藤田東湖からきいた、という。西郷が記憶している東湖のことばは、
―小人ほど才芸があって便利なものである。これは用いなければならない。しかしながら長官に据え、重職を授けるとかならず邦家を覆す。であるから決して上に立ててはいけないものである。
ということである。西郷は、この藤田東湖のことばも奸きだったであろう。
この西郷の座談は、その前に小人倫がついている。
「人材を採用するのに、君子と小人の区別をきびしくしすぎるとかえって害をひきおこす。そのわけは、世上一般に十人のうち七、ハ人は小人だからである。であるからよく小人の情を察し、その長所を取り、これを小職につけ、その技芸を尽さしめねばならぬ」(4巻P130)
野党根性
日本における野党が、政府攻撃において外交問題をかかげるときに昂揚するという性癖はこのときから出発したのかもしれず、また激しく倒閣をさけびながら政権交代のための統治能力を本気で持とうとしないという性癖もこの時期の薩摩勢力をもってあるいは祖形とするかもしれない。…戦後の政党も、社会の保護者として徹底するよりも「官」の寄生集団として存在するという性癖をもつ。このことも、明治十年までにできあがった太政官国家の祖形と無縁でないかもしれない。(10巻P304)
