2010年02月23日

■2/21(日)−旭日双光章叙勲パーティー

叙勲パーティー
2/21(日)、前職で大変にお世話になった歯科医師・小幡哲夫先生の旭日双光章叙勲パーティーにお招き頂き、京王プラザホテルに行ってきた。
パーティーは夕刻17:30より開始ということで、この日も朝からギターコンサートの練習(後日詳細アップします)や午後から座談会など慌ただしいスケジュールではあったが、喜んで参加することができた。

同じく招待された父と一緒に行ったのだが、来年80になろうというのに、こうして新宿まで電車に乗って行くのだから、本当にわが父も元気だ。
共に70代のわが父と小幡先生―、日本はこうした戦後を支えた御老人たちによって支えられている。見た目の元気さもさることながら(もしかして若い人より元気そうに見える)、自力の活力はまだまだ衰えていないと思う。

それはともかく、ホテルでのこうしたパーティーは、本当に久しぶりだ。前職の代議士秘書時代は、コンスタントに年に2回はこの手のパーティーを仕切っていたが、秘書でなくなってからはトンとこうしたパーティーとは無縁できている。最後にやったのは、2001年の都議会議員選挙に向けた励ます会パーティーで、立川のパレスホテルだった。

あらためて思い返すと、純然たる参加者としてこうしたパーティーに参加したのは、これが生まれて初めてかもしれない。200数十人からの参加者でしかも座席指定の着席パーティーは、どこか結婚披露宴のようだなあ。

私が秘書時代に手がけていたパーティーも、毎回、乾杯までの挨拶が長いと苦情を言われていたものだが、せっかくその日のために来てくれたお歴々に挨拶して頂かない訳にもいかないし、かと言って挨拶してもらうとあまりの長さにお客さんから辟易されてしまう。まして乾杯の後だと誰も聴いてはいない。
そういう意味では、この手のパーティーの挨拶は、本当に演出的に考えたほうが良いと、参加者になってみて改めて痛感した。

しかしながら、この日のパーティーでは乾杯までは水を打ったような静粛の中進められていた。これが立食だと、長時間の待ちぼうけに我慢しきれなくなった人たちのどことなくざわつきがあるものだが、さすがに着席だと粛々と進んでいく。
また京王プラザのフルコースメニューだから、乾杯後の祝宴が楽しみで、長い挨拶も気にならなかった。

結局、乾杯になったのは、パーティー開始から1時間半後の19時。まあ、これは仕方がないことだ。

叙勲された小幡先生は、以前はかつてのニチイ(サティ)の隣接ビルで開業されていたが、サティの撤収に伴ない、清瀬の南口駅前の一等地に自社ビルを建てその中に医院を移転された。駅のホームから見えるあの歯医者さんだ。
20年近く清瀬歯科医師会会長を努められ、三多摩を統括する多摩歯科医師会長も歴任されていた。まさに清瀬の有力者だ。
この先生が私の仕えていた代議士の後援会長として後ろ盾になって頂いて、本当にお世話になった。私個人も公私にわたり、可愛がって頂いた。

今回の叙勲を新聞で知った時、嬉しさのあまり、祝電をお送りした。なんとその祝電をこのパーティーの席上、名だたる方々からの祝電に交じってご紹介頂いた。何の肩書きもない、ただの“スズキタカシ”でしかないのに。本当に恐縮至極だ。

よく、“実るほど頭の垂れる稲穂かな”と偉い人を評価するが、まさにこの小幡先生も気さくな偉ぶらない先生で、十数年のお付き合いの中で、怒っているお顔を見たことがなく、時に私が失礼なことをしてしまったり、失敗をしてしまうことがあっても決して憮然としたりしない、ばかりか後援会の幹事会や代理出席した歯科医師の会合などで私がした挨拶を別の機会で、とても素晴らしい挨拶だったと褒めて下さる本当にいい先生だった(だったと書いているが、決して過去のことではなく、今現在もそうした姿勢であることはいうまでもない)。

今後ともいろいろと小幡先生にはお世話になっていくことだろう。
報恩感謝の念を忘れずにいたい。

あ、勲章を撮らせて頂くのを忘れた…。

takosuzuki at 23:45│Comments(0)TrackBack(0)clip!ダイアリー 

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