0.前段階
前記したように、仏教は小乗仏教と大乗仏教に分かれた。
次にインドで生まれた宗教が人々の交流の中で各国に伝播していく。
宗教が、一つの宗教パッケージとしてそのまま外国に伝播するというのは、実はこれは凄いことだ。
私たちは、ユダヤ系の二大宗教の伝播力を目の当たりにしているので気がついていないが、元々宗教とは土着性が強いもので、他のコミュニティに大々的に伝播するということは珍しい。
神道が日本人以外に信仰されて無いように、ヒンズー教がインドとその周辺国以外で信仰されていないようにだ。
基本的に、他のコミュニティーに大々的に伝播した宗教は10くらいしかないのではないかと思うし、世界宗教といわれるほど広く伝播した宗教は非ユダヤ系の宗教ででは、仏教くらいだったということだ。
(宗教を語るときは、一神教≒『ユダヤ系の宗教』は宗教の中でも異常な特別変異体であるという認識は必要だと思う)

仏教がなぜ各国に伝播したかといえば、それは基礎理論が極めて完成度が高く普遍的価値を持っており、その理論の下身体と精神の両面からアプローチして平穏を得るというノウハウが優れていたからだと思う。

1.各国への伝播
そのようなわけで、インドの仏教は各国に伝播していったが、そこで各国の諸事情違いに合わせて変化していく。

・インドの事情
元々仏教はインド社会という環境の中で生まれた宗教である。
したがって、その成り立ちにはインドの特殊事情が深く関わっている。
-1 インドは温暖な気候であり、衣食住のうち食さえあれば生きていくのに困らない環境である。
つまり、家は屋根があれば十分、服はボロで十分という環境で、しかも温暖なインドでは食料はかなり豊富にあった。
-2 そのようなインド社会では、ちょっと変わった人、賢い人は拝み敬い養ってあげましょうという習慣がある。

何もせずに修行ばかりしている修行者の集団が、生きていけるのはこのような環境があってこそとなる。
したがって、インドにおいては大乗仏教であっても、中国や日本から見ればかなり小乗的であった。

・中国の事情
しかし、中国には中国の事情がある。
-1 中国には、寒冷な土地が多く、インドと同じノリで活動していたら生きていけない。
-2 儒教というか諸子百家の伝統として、中国社会で尊敬を得るには君子である必要があり。したがって中国社会で尊敬を得るには、きちんとした格好をする必要がある。

したがって、仏教は中国社会に適応するために変化を余儀なくされた。
寒冷な中国で生きていくため、さらに尊敬に値する君子であることを世に示すために、立派な寺に立派な服を着て、どっしり座る必要があった。
また、インドで生まれた仏教が中国に適応する中で、道教や儒教の影響を少なからず受けた。
思想面では道教の影響を強く受け、祭儀などの儀礼面では儒教の影響を受けた。

・日本の事情
日本に渡った仏教は『中国式にアレンジされた大乗仏教』である。
そして他の技術・思想と同様に、日本に渡った中国仏教は、最初は恐る恐る手を出され、次に有難がって必死に学び、そして最後には日本式に大幅にアレンジされた。
日本の特色は、人前神後であり、目の前の利益であり、和である。
つまり、一言で言うと『細かい理屈なんてどうでもいい。で結局仏教やると何かご利益があるの?』ということになる。

したがって、仏教は初期において日本社会の最大問題である怨霊を浄化する技術として権力者に重宝された。
その後、仏教が大衆化し始めると、大衆に対してご利益を謳う仏教が開発され普及して行った。
その結果、爆発的に普及した仏教は公家や武士などの権力者と争うことになり、結局武士に敗れた。

その後、仏教に手を焼いた武士は、仏教を統制するために檀家制という制度を敷いた。
これは、各寺に檀家という信者を割り当てる代わりに、布教活動や討論活動することを禁じた制度。
つまりは、食い扶持を与える代わりに、いらんことするなと釘を刺し、その上で寺を農村統治の出先機関とする非常に見事な宗教統制政策である。
そして、その結果生まれたのが檀家寺である。

檀家寺とは、共同体が金を出し合い寺という学校兼孤児院兼役場兼公民館兼祭儀進行係を支えるというシステムであった。
しかし、現在では学校も孤児院も役場も行政が担うようになったため、今では公民館と祭儀進行係という役割しか残っていない。
今の檀家寺をイメージしたいなら、会費制のスポーツクラブが近い。だから会員が団結すればスポーツクラブの管理者を交代させることもできるように、檀家が団結すればその寺の住職も追い出すことが出来る。

だからこそ、日本の仏教は中国や韓国から見てさえも圧倒的に大乗的であり、日本の仏教は仏教なのか?とすらいわれる。
そして私も日本の坊主は僧侶(修行者)ではなく、僧侶の格好をした檀家寺という組織の経営者なのだ。それはNPO経営者と同じように菩薩ではあっても、修行者ではないと思う。

・南伝仏教
上記したインド→中国→日本と伝わっていった大乗仏教を北伝仏教といい、中国や日本のほかに、ブータン、ネパール、朝鮮などに伝わっている。
対して、インド→東南アジアへ伝わっていった小乗仏教を南伝仏教といい、スリランカ、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアに伝わっている。
こちらは紀元前3世紀頃のインドの有力者であるアショーカ王が信者になり、さらにアショカ王の息子がスリランカに伝えたのが始まりとなっているが、まあその後も色々交流は沢山あったのだと思う。

本家インドで小乗仏教が絶滅した今現在、南伝仏教は初期仏教に比較的近い形で残っている仏教なんだろう。
日本にも最近そういう一派が渡ってきたらしい。

日本テーラワーダ仏教協会
http://www.j-theravada.net/
なんかぱっと見オウムっぽいが、本場スリランカから顧問を呼んでいるのでまあ大丈夫なんじゃないかと…

また南伝仏教諸国には大乗仏教や密教も伝わっていたらしいが、なぜか絶滅している。
一つは、大乗や密教は世俗に近い分、政治勢力に嫌われたからだと思うが他に何か理由があるのかな?

・チベット仏教
インドの仏教は8世紀ごろからイスラム勢力の拡大により徐々に駆逐されていった。
そこでインドの僧侶たちが徐々にチベットに移動するようになった。
そしてこの当時のインド仏教は密教が主流だったため、チベット仏教は密教が主流のようだ。
つまりチベット仏教はインド仏教の後継者的な存在といえる。(インド仏教が当初の釈迦の教えに最も近いかどうか分からない)

ただし、チベット仏教の間でも色々派閥があるそうで、特に中国由来の禅系の仏教とインド由来の密教系の仏教との間で対立があるみたい。
中国とインド、そしてその緩衝地帯としてのチベットという構図は、その当時からあったようだ。

・その他
因果の細かい説明。因縁・縁起・空なんかは、文字ではなく図や絵で説明すべきものだと思うのでまとめてみた。
仏教の因果論をまとめてみた。縁起(因縁起生)・空

その他細かい身体や精神のコントロール術もパス。
まあ基本的に感情を揺らすようなモノから距離を置き、そのような刺激が入ってきたときも自覚的に戒め、心の揺れも鎮めるように勤めると言うこと。
仏教の基本理論は因果論なので、これらは全て因果論に基づいた論理になる。

・参考にしたもの
史上最強 図解仏教入門☆
マンガ仏教の思想(雑阿含経・法句経)
お経が分かる本
般若心経の現代語訳を数点
日本人のための宗教言論

逆説の日本史 (特に仏教を主題にしている6巻)
まんまんちゃんあん
寺よ変われ
坊さんだって悩んでる

ウィキペディア仏教説明
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99
青少年のための仏教へのいざない
http://todaibussei.or.jp/izanai/izanai_index.html
蝉丸Pの仏教講座
http://www.nicovideo.jp/mylist/21033758