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 紀元前五世紀のインド。
 ヒマラヤ南麓一帯にシャーキャ族という部族が住み、小さな王国をつくっていました。
 王国の名はカピラヴァットゥ、王の名はスッドーダナ。遥か南にガンジス川が西北から東南へ向かってゆったりと流れています。スッドーダナは四人兄弟の末弟。長兄、次兄、三兄にもすべて「飯」が付きます。小国の一帯は米が収穫できる豊かな地だったのでしょう。
 愛妻はマーヤー。漢訳は摩耶。昔、東京の日比谷公園の近くに「摩耶」というレストランがありました。経営者はこの名に思い入れがあったのでしょう。仏伝によれば、マーヤー夫人はある夜、不思議な夢を見ます。朝、夫に語った夢の内容は――。
 「遥か遠い天から六本の金色の牙を持つ純白の象が降りてきて、私の右脇からお腹の中に入ったのです。本当に驚きました」
 
 不思議な夢から十カ月後、臨月を迎えたマーヤー夫人は実家へ向かう途中、ルンビニー(漢訳は藍毘尼)という園で体を休めていました。薄黄色の花を取ろうと右手を伸ばしたとたん、男の子が右脇から生まれ落ちます。
 「その時、マーヤー夫人は園に入り、無憂という大きな樹を見た。花の色も香も鮮やかで、枝葉は茂り広がっている。夫人は右手を挙げて、これを摘もうとしたところ、菩薩が右脇より出て蓮華の上に落ちた。七歩歩んで立った」(漢訳『過去現在因果経』)

 ここでの菩薩は男の子のことで、シッダッタ(成就したものの意。梵語はシッダールタ、漢訳は悉達多)と名づけられます。仏典中の「七歩歩んで立った」は明らかに史実ではないでしょう。しかし「ゴータマ・ブッダがルンビニーにおいて誕生したということは歴史的な事実に違いない」(中村元著『ゴータマ・ブッダ』)との見方はほぼ支持できるようです。
  
 『広辞苑』で関連用語を引きます。梵語(サンスクリット)を学びます。原語のローマ字には適宜片仮名あるいは(注)を入れます。以下同じ。ただし、広辞苑にあるピンイン(発音記号)は本書にない場合が多いです。確認してください。
 【釈迦】(しゃか。梵語sakya シャーキャ) ①古代インドの一種族。釈尊はこの釈迦族に属していた②釈迦牟尼の略称。
 【伽毘羅衛】(かびらえ。梵語Kapilavastu カピラヴァスツ) 北インドのヒマラヤ山麓、今のネパールのタライ地方で、かつて釈迦族の住んでいた国・その都の名。釈尊はこの国の浄飯王の子として生まれた。釈尊の生存中、コーサラ国に攻められて滅ぶ。(注)パーリ語はカピラヴァットゥ。
 【浄飯王】(じょうぼんのう。梵語Suddhodana シュッドーダナ) 釈尊の父。中インドの伽毘羅衛の王。妃は摩耶。(注)パーリ語はスッドーダナ。
 【摩耶】(まや。梵語Maya マーヤー) 釈迦牟尼の母。中インド拘利(こうり)城主の善覚の妹(一説に娘)。伽毘羅衛の浄飯王の妃となり、悉達多太子(後の釈迦牟尼)を生み、七日目に死去した。摩耶夫人(まやぶにん)。
 【摩耶夫人】(まやぶにん)➡摩耶
 【ルンビニー】(梵語Lumbini。漢訳は藍毘尼(らんびに)) 中インド伽毘羅衛国にあった園林。釈尊はその生母摩耶夫人の産期が近づいて生家に帰る途中、この園の無憂樹の下に休息した時に降誕したという。今のネパール南部のルンミディ村。
 【過去現在因果経】(かこげんざいいんがきょう)  釈尊の前世の善慧仙人の出家から、この世に誕生して迦葉(かしょう)の教化に至るまでの仏伝。劉宋の求那跋陀羅(ぐなばだら)の訳。四巻。因果経。

 地図はネパール
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 梵語、サンスクリット、パーリ語について『広辞苑』を引きます。
  【梵語】(ぼんご) 古代インドの文語であるサンスクリットの称。梵天が造ったという伝承から、中国・日本で言う。【梵天】(ぼんてん)⇒13章
 【サンスクリット】(Sanskritは完成された言語すなわち雅語の意) インド・ヨーロッパ語族のインド・アーリア語派に属する語。複雑な語尾変化・活用を有する。梵語。
 【パーリ語】(Pali。線・規範の義から法典の意) スリランカ・ミャンマー・タイなどで仏典に用いた言語。プラークリットの一つ。インドヨーロッパ語族のインドアーリア語派に属する。巴利語。

 『広辞苑』によれば、釈迦の意味は「古代インドの一種族」と「釈迦牟尼の略称」「釈迦」「釈迦牟尼」および「悉達多(シッダッタ)」については第6章「異名が80も」で再び取り上げます。
 ところで、釈迦の原音は「シャーキャ」、日本語読みは「しゃか」、これに対して漢音は「シージャア」。つまり、インドに近い中国よりも遥かに遠い日本の方が原音に近い発音なのです。有名な般若波羅蜜多。原音はパンニャーパーラーミーター。日本語読みはもちろん「はんにゃはらみた」。漢音は「ポールオポールオミードゥオ」。これも日本語読みが原音により近い発音です。梵語の仏教用語はこのような例がたくさんあります。

 さて、カピラヴァットゥがあった地は『広辞苑』記載のように現在はネパール領です。だから当時は「中インド」となる訳です。ネパール人に聞いてみました。カトマンズ出身のヒンドゥー教徒で、大阪でインド料理店を営む四十代の男性です。
 「ルンビニー園のブッダ生誕話は知っているが、カピラヴァットゥとかカピラヴァスツという地名は知らない。スッドーダナやシュッドーダナという名はネパールで聞いたことがない」
 ある仏教解説書にも「シュッドーダナという名は現在のインドにはない」とあります。シッダッタ(のちのブッダ)が八十歳で亡くなる数年前、カピラヴァットゥは西の大国コーサラに殲滅されます(理由は連載の最終回ころに述べます)。
 ブッダに帰依し、出家していたシャーキャ族の人たちは皆殺しから免れたものの、戒律によって結婚していなかったので子供ができませんでした。それで子孫が絶え、スッドーダナあるいはシュッドーダナを名乗る人が現れなかったと考えられます。

 【参考】現在のルンビニー園(Wikipedia)
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%8B

              
 次回は「天上天下唯我独尊」です。