2010年03月28日

個人の暮らし

沖縄返還を巡る対米「密約」が実在したと外務省の有識者委員会が認めたことはたぶん大事件なのだと思う。
国が憲法に違反して国民を丸ごと騙したわけだから。

しかしピンとこない。
嘘をついたり騙したりすることこそが政治なのだといつの間にか諦めているから?

ともあれ今の私はそのことよりも、このことで人生を破壊されたであろう男女のほうに目が行ってしまい…言葉をなくす。

森林保護を言いたてて割り箸を目の敵にしたように
物事の本質も軽重もわきまえず
わかりやすい目先の出来事に振り回されてしまう
自分も含めた多くの人々。

そのために
日本が品格どころかあさましい裏切りの国になってしまった(いつから?)ことは
政府や官僚に責任を押し付けて済む話ではなく
いまさら「騙された国民」を装う気にはなれない。

国民総懺悔をする気はないが

一生スネ夫でいろと
誰にともなくつぶやいてしまう

taktak_317 at 00:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年03月20日

いいのかな

 道教委は教職員組合(北教組とかの)活動が学校運営に(悪)影響を与えていないかどうかの把握のため、新年度から情報提供(通報)を受ける仕組みを作るんだとか(11日道新)。
 つまり、「組合員の先生が授業でこんな怪しからぬことをやってましたよ」というようなことを、保護者なり、教職員仲間なり(生徒が、ということも考えられるね)が教育委員会に通報するということですね。

 昨秋、どこだかの高校で、新聞を使って授業をした先生がいて(NIEとか言って、今はごく普通にやってるんだと思ってましたが)、その時使ったのが北海道新聞の社説だったというんで通報というか苦情を言った道議がいたらしいんだね。道新がそもそも、朝日などと並んでネット右翼なんかにはアカ新聞扱いされてるのでございます(道新、以前は確かに頑張ってた。最近はずいぶん控え目だと思う)。もっともさすがにそれだけでは苦情の種にできないと思ったか、「一社のみの社説を取り上げるのはいかがなものか」ということだったようだけど、それに応じて道教委は全道立高校の調査をしたそうです。
 あのときも結構批判があったはずなのに、今度は「仕組みづくり」だと。

 教職員組合なんて、組織率も極端に低下、「まだあるの?」状態じゃないですか。だからなおさら新聞の社説を使った授業程度で目立ってしまうんでしょう。
 それでも、梱包材料のプチプチをつぶすみたいに偏執的に、こういう話が出てくる。
 2年前には勤務評定が復活、卒業式の国旗国歌だって、頑張ってた札西辺りも屈服して久しい。
 東京都のように愚かしいまでに露骨なやり方はしていないけれど、民主党政権に代わろうがどうしようが、こういうことはじわじわと浸透していっている。
 それどころではない人々の目に入りにくいところで。

taktak_317 at 00:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年03月17日

そういえば

石川遼くんと言えば、
仕事上よく会う浪人男子クンの家のすぐそばに別荘があるとか。

高校生の遼くんは当然彼より年下で、感想を聞くと
「すごいっすよね・・・」

私はつい訊いてしまう。
「でも、高校生で別荘って、どう思う?」
「いや〜、すごいっすよね。実力あればそんなこともできるんですよね…」

彼はずっとサッカー少年で、浪人してるのもサッカーばっかりやってたせいかも
で、また訊いてみる。
「ベッカムとか、中田とか、どう?」
「いや〜、すごいっすよ。」 (君の語彙には問題があるぞ!)
「夢、もらった?」
「そりゃあ」
「どんな夢?」 
「・・・」
「頑張ればああなれるとか?」
「いや、それはないっす。無理無理。ぜんぜん違うし。」
「じゃ何?」
「・・・すごいプレーとか見せてくれるし」
「そういうのを、夢をもらうっていうわけ?」(つい問い詰めてしまう



卒業式の季節です。
「身を立て名をあげやよ励めよ」
そんな歌詞の意味までイジイジ考えています。

taktak_317 at 12:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年03月14日

努力

このブログ、livedoorの無料ブログですが、管理ページを開くと例の石川遼くんのCMが出てきます。それを見るたび次の言葉を思い出します。まあ、遼くんに罪はないのですけれども。
 競争競争で人間を追い立て、競り合わせる。結果において、いわゆる「ひとり勝ち」の社会になってしまう。よく言われる「the winner takes all」ですね。一人だけの勝者が生まれ、その勝者が残りの敗者の全てを奪ってしまうという。
 雇用・労働・教育、さらに社会全体として、百人の中の一人だけが勝ち残り、九十九人が敗者となるようなあり方を是認する空気ですね。
 そのような「一人勝ち社会」を認めておいて、いっぽうで「努力した者が報われる社会を」と叫ぶ。このようなキャッチフレーズは言葉としても矛盾に満ちているわけですね。私、よく言うのですが、それでは敗れた九十九人は努力しなかったのか、そうではないでしょう、と。九十九人のうち一人くらいは怠けていたかもしれないけれども、九十八人は「努力したけれども敗れた人」ではないのかと。
 いっぽうで「ひとり勝ち」の社会を是認し、その同じ口で「努力したものが報われる社会を」と叫び、それが「健全な競争社会である」と言う。この「恐ろしいほどの矛盾」にどうして気付かないのか。

 内橋克人・城山三郎「人間復興の経済を目指して」(2004)という本の一節です。

taktak_317 at 15:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年03月03日

驚く? 驚かない?

パチンコ業界のトップであるマルハンチェーンの年間売上げ、
いくらぐらいだと思う?

この一社で、なんと2兆円超
2兆円って…。
しかも大手と言われているパチンコ屋さんだけでも5社はあるとか。
誰がこんなにパチンコに入れあげてるんだぁ〜?

いや、いつも思うんですよ、
鳩山さんちのこども手当(!)もその一つでしたけど。
おかしな数字が多すぎる。
でも
「へえ〜」と驚いて終わり。

関係ありそうには思えないからだけど、
ほんとうにそうなのかな…。

taktak_317 at 18:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年02月27日

春だよ〜!

とってもいい天気の殿下の誕生日です。

すごいね、天気の力。
変わり映えしない昨日と同じ一日なのに。


聞き取れなかった言葉が
今日は
雲の切れ目から射し込む光のように
一直線に届くよ。

不思議だ。


ふと思い出してYou tubeを見てみた

「我が窮状」
     作詞:沢田 研二,作曲:大野 克夫 

麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが 
忌まわしい時代に 遡るのは 賢明じゃない
英霊の涙に変えて 授かった宝だ
この窮状 救うために 声なき声よ集え
我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ

麗しの国 日本の核が 歯車を狂わせたんだ
老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ
諦めは取り返せない 過ちを招くだけ
この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう
我が窮状 守れないなら 真の平和ありえない

この窮状 救えるのは静かに通る言葉
我が窮状 守りきりたい 許し合い 信じよう  

驚いた。
正直言って感動したよ。
歌そのものよりも、
作詞したジュリーの初々しいほどのストレートさに。
…年はとっちゃったけどね〜。お互いさまだし。
「老いたるは無力を気骨に変えて」か。 



taktak_317 at 11:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年01月20日

5巡目

 『6月』   茨木のり子

 どこかに美しい村はないか
 一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
 鍬をたてかけ 籠を置き
 男も女も大きなジョッキをかたむける

 どこかに美しい街はないか
 食べられる実をつけた街路樹が
 どこまでも続き すみれ色した夕暮れは
 若者のやさしいざわめきで満ち満ちる

 どこかに美しい人と人の力はないか
 同じ時代をともに生きる
 したしさとおかしさとそうして怒りが
 鋭い力となってたちあらわれる
 ・・・




最近
知っていたものが全く違ったかおで現れることが増えた
もういいと思っていたのが、やっぱりよくないことを知る
この詩の力も、今頃になってわかる・・・気がする。

taktak_317 at 18:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年01月19日

震災15年目の日に

浅川マキが旅先のホテルで死亡しているのが発見されたとか。心不全らしい。67歳。
特別ファンだったとは言えないけれど、レコードも持ってたしコンサートも行ったことがある。
この人の「線路は続くよ」は格別だった。「裏窓」、「かもめ」、「不思議な橋がこの町にある、渡った人は帰らない」という歌もあったね。
最近はどんな歌を歌っていたんだろう。古い作品をずっと歌い続けていたのだろうか。

 時が流れていく。否も応もなく。

taktak_317 at 08:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年01月15日

さて

スカラ座

クラシックのソリストがよく不満を漏らしています。
コンサートの最後でアンコールに応えたいと思っても、オケが時間延長を好まない、どころか許さないことがあると。
これは演奏会が彼らにとっては単なる労働時間にすぎないということなのか、あるいは勘ぐればギャラの雲泥の差があるソリストへのねたみやっかみもあるのか、はたまた待遇の劣悪さに対する抵抗であり、正当な権利なのか。

音楽の世界だけではありません。
特にお上に弱いと言われる日本で、長い間、不平不満があっても従うのが当然とされてきた学校や大企業やさらには政府に対する批判や非難がいま一気に噴き出している感があります。
その中には噴き出すのが遅すぎたというものもある。
しかし一方では、モンスターペアレントやモンスタークライアントと呼ばれる不快な人々も急増しているように見えます。
個人間でも、「『正しい』ことはいくらでも言っていい」という風潮がむしろ人間関係を索莫とさせている気がすることが増えました。

正当な批判や抗議とモンスターとを、誰がどのように識別するのか。
過渡期には行き過ぎもある程度寛恕しなければならないとはいえ、難しい問題です。

taktak_317 at 09:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年01月10日

政治も、経済も、人間のやること

最近、小泉進次郎クンが大人気だそうですね…。

ファンが「お父さんよりすてき」と言えば
アンチ組は「あんな偏差値の低い大学出のくせに」って

やっぱり相応の政治家しか現れないってことかい。
さびしいね。
怖いね。

taktak_317 at 14:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)