September 14, 2015

反省の日々

 Facebookへの投稿に慣れると、一人自分のために書く日記というものがひどく億劫に感じられる。孤独に対する耐性がだんだん失われていく自分を感じる。

 いろいろと自己啓発本に奮い立たされて「今日はずっと口角を上げて元気よく行こう!」とか、自分を前向きにコントロールしようとがんばるものの、長続きしないんだな。

 「自分が信じられない。自分には価値がないと感じている。自分自身という存在を完全に抹殺している。究極の自己卑下。相手から耐えがたいいやな態度をされても、我慢してその人に従う。ひきつったゆがんだ笑顔でひたすらついていく。善悪や損得に関係なく、高圧的な者のしもべとなった服従する。」(『媚びないリーダーは人を動かす』早川 勝/小澤 千春)
 こういった記述が、今の自分自身を描写しているように思えて仕方がない。媚びない感情レベルを上げる。自分を愛するということ。他人を愛するということ。日々の行動を愛し、言い訳をせず、すぐに行動するということ。「わかっちゃいるけど…」そんな言い訳は真っ先に捨ててしまえ。

 やれ!動け!叫べ!動かせ!

 あと一歩踏み込む勇気。

 私の最大の敵、それは「遠慮」。


 「メンタルブロック」に苦しみ、マネジメントがうまくいかないのは、単に私が、意識するしないにかかわらず「善の意識」に反して悪い行為を繰り返しているからだ。

 「自分は価値のない悪い人間である」という得体のしれない"後ろめたさ"や"罪の意識"が自信を喪失させている。罪の意識が強くなれば強くなるほど、どんどん媚びていき、感情レベルは下がっていく。媚びてしまう負い目をなくすためには、亡霊のように取りついて離れない罪悪感を払拭し、自分自身の価値に自信を持たせるしかない。

 私=本物の私+偽物の私(アナザー)
 本物の私は、いつもアナザーの陰に隠れて、実際は相手を受け入れることなく、見せ掛けだけの協調性で周囲に接している。他人とのコミュニケーションを差し控え、暗い影のようにいつも遠慮がちで消極的。
⇒人間関係は円滑に進まない。誤解も生じやすい。もちろんトラブルや悩みが尽きることなく、解決にも時間がかかる。すべてが悪い方向へ悪い方向へと展開していく。
 その距離を感じながら上司や部下と接している限り、たとえ目先の一時的な成功が手に入ったとしても、その成功が続くことはない。

 媚びている状態=目の前の相手に対して、居心地の悪い“負い目”を感じている状態。

 なぜ媚びるのか?それは私が私でないからである。アナザーの陰で媚びている私、それを自己不信と呼ぶ。

 「インテグリティ(integrity)」=高潔に生きること。誠実、公平、正直、健全、純潔、倫理、道徳、正義。
⇒あと一歩踏み込む勇気。

 もう媚びることはない。本物の私は媚びない人なのだ。

 以上、『媚びないリーダーは人を動かす』早川 勝/小澤 千春)を少々書き変えたもの。

 部下の不適切な行為を本気で叱れない自分は、明らかに「媚びている」上司である。媚びている限り、勇気を振り絞ってしかり飛ばすことができない限り、私はアナザーに支配され、媚び続けるだろう。

 自分の感情を奮起させるもの。なんだっていいから総動員して、感情レベルを上げるのだ。リーダーという立場にいて、自分の感情の整理なんてやっている場合ではない。奮起せよ。腹の底から部下を叱れる上司になれ。

 怒りを「叱る」に即時変換する技術。それにブレーキをかけないよう、アナザー(偽善者の私)を封じ込めること。Growではできているのだ。大きな、張りのある声で相手に踏み込んでいけるじゃないか。なぜ同じことを事務所でできないんだ?できないわけないじゃないか。自分を、ありのままの自分を出してはいけない、とブレーキをかける悪い自分がいる。撃退せよ、自分の自尊心を踏みにじって、自分に消極的な態度を取らせようとする亡霊を。

taku8_clarinet at 22:17コメント(0)トラックバック(0) 

May 02, 2014

連休の伊丹空港にて

暦の上では平日のJAL101便(6:30羽田発伊丹行)は空席が目立ち、リクライニングを倒したり、隣の席に荷物を置いたりしてゆったりとした旅ができた。今日は子供たちは学校・幼稚園なので、せっかく一人でゆっくりしているであろう妻を邪魔しても悪いので、空港ラウンジで過ごして帰ることにした。

過去の自分のブログを読み返してみて、忘却のかなたに追いやっていたさまざまな記憶がよみがえってきた。ありふれた日常の、ちぐはぐな密度の記録は、総じてその中に含まれる感情の動きの豊かさに、我ながら感心する内容だった。うぬぼれに他ならないので、ちょっとは恥を知れと言われるかもしれないが、過去の自分の文章には、自分のさまざまな行動、心の動き、友人知人から受けた感謝すべき事柄、そんなことがアンバランスながら克明に記録されていて、書いたときの自分に感謝したい気持ちにもなった。また反面、文中で自分が直面している困難、抱いている悩みには、現在の自分となんら変わっていない部分が多くて、「人間、変わらないものだな」との感想も持った。ひたすらにドラスティックに変わりたいという変身欲求を常に抱えていて、それが適わずにいつもいつもいつも苦労している。そんな自分の姿が「まさにこの数ヶ月の私自身!」という風に思えて、可笑しかった。

自分は、けっきょく何も変化してないのだろうか?
今後も、変わらず悶々として生き続けるのだろうか?

世界はこの数年で、というよりこの数ヶ月、数日で大きく変貌しているし、いま日本の伊丹空港でのんきに時間をつぶしているこの瞬間にも世界は大きく動いている。・・・というのに、自分自身は何も変化していない、なんてことがあり得るんだろうか?

自分が直面している課題をしっかりと認識しよう。自分のStrugglingを文章にして、確固とした姿を与えよう。もしからしたら、書くという行為によって、日々その存在に気づかずに無防備に直面している課題の数々に、気づくことができるかもしれない。そうすれば、世界の変化に伴って(?)、自分が変化していること、変化の仕方、方向性、今後の展望(?)を眼前に描き出すことができるかもしれない・・・。あらためて、書き始めてみよう。「ピアニストがピアノを弾くように(クラリネット吹きがクラリネットを吹くように!)」

そんな決意表明、安直だろうか?だけど、仕事上で直面しているさまざまなStruggleなできごとが、個々の対処療法だけでは解決しないことがわかりきっている中で、しつこく、ひたすらに、何かをおぼろげながらにでも掴み取るまで書き続けてみる、という愚直な態度、信仰のような心構えを抜きにしては、けっきょく自分を変身させるなんてことは実現できないように思われる。本当は、否応なしに外界の変化に振り回されているくせに。

「冥想のとき」to be continued...

taku8_clarinet at 09:17コメント(0)トラックバック(0) 

August 14, 2013

お通夜に参列して

お世話になった方だから、ぜひお別れの挨拶をしたいと思い、お通夜に参列したのだけれど、喪主の方にまともなお悔やみの言葉も言えず、ただただ黙って頭を下げただけだった。どうして自分は、ああいう場所で適切な言葉を言えないんだろう?あれじゃまるで、はるばる遠方から来てやったよ、などと思いもよらぬことを表現してしまっているようなものだ。
黒のネクタイをして、荷物の大半を京都駅のロッカーに預けたのに、どうしてモンベルのポーチなんて持って行ったんだろう?場違いな!
故人へのお別れの挨拶、それは心の動きの話であって、ポーチの存在なんて気にしない方がいいのかもしれない。だけど、お悔やみの言葉にしろ、適切なバッグを用意することにしろ、そこにふさわしい型に合わせることで、心を自由にするということも正しく考えないといけない。そう思った。

taku8_clarinet at 22:24コメント(0)トラックバック(0) 

April 21, 2013

時間に殺される、という覚悟ができているか?

 先週はまた時間を守れない症状が現れ、遅刻を連発してしまった。病気だなどと言い逃れするつもりはないけれど、「相手をなめている」という感覚を持っているわけでもないので、この罪悪感やがっかり感、自己嫌悪の感情をどう解決したら良いのかわからない。
 自然と時間を守れる人がいる。しかも大勢。とくに東京は、大阪と比べて、時間を守る人の割合が多いと思える。そういう人たちからすると「時間を守れない=相手をなめている」以外の図式はありえないらしい。そうなんだろうか?自分を相手をなめているから遅刻するのだろうか? 遅刻してもいいと思っているから遅刻するんだろうか? ではなぜ結果的に遅刻した際にこれほどの嫌悪感を抱くのか? 自分を追いつめれば追い詰めるほど、より時間を守れない自覚が芽生え、どうしようもない気分になる。そして、「もし1時間後の時間を守れたとしても、今その次の約束のための準備をしておかなければ次遅れてしまう」という切迫感から、またぎりぎりまで別のことに取り組んで、結局1時間後だった約束が目前に迫り、それにも遅刻してしまう。
 優先順がつけられない。そうか? なんなんだろう優先順位って?・・・考えれば考えるほどわからない。
 「時間に殺される。」そうだ時間を守らなければ、時間自体に自分が殺されてしまう。そのイメージを描くのだ。遅刻すなわち死、みたいな緊迫感を持てればいいはずだ。

 自分の不調を自覚し、許せ。許容せよ。体調不良を認めなくてはならぬ。体調不良を言い訳と考えることによって、自分を追い込み、余計に改善から自分を遠ざけているということを自覚せよ。不調なりに真摯に生きる。そういう姿勢が求められているのだ、今の自分には。

taku8_clarinet at 14:24コメント(2)トラックバック(0) 

February 23, 2013

段取り

段取り力を身につけるために必要なこと
・前向きな心
・自信
・準備
・「やり遂げようとする意思」(=意志)
・進捗管理と軌道修正
・周囲の目
・あきらめない心
・焦らない気持ち

 さて、私には何が欠けているのでしょうか?

 いや、初めに目標ありき。目標を明確にするところからして、
私にはきちんとできているのか?

 目標と現実の差異。それを埋めるための作戦。

taku8_clarinet at 12:21コメント(0)トラックバック(0) 
記事検索
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
  • ライブドアブログ