November 27, 2009
たこやき
先週末の話。
子育てサークルで参加しているお寺の報恩講。来場された檀家の人たちにたこやきを配るというのが、ここ数年来のこの行事の中の一大イベントになっている。たこやき職人として、朝の仕込から昼の「焼き」夕方の配布と片づけまで、フル参加した。去年も参加の予定だったが、直前に足を骨折して参加を断念した経緯があり、今年は必ず参加しようと、つまらぬことで骨折しないように気をつけた。
今年は男手が少なく、私と、もう一人子育てサークルの父親メンバーからの参加で、合計2名。
朝、寺の本堂や倉庫から机やベンチや焼き道具などを出し、セッティング。たこ焼きのほかに「銀杏汁」もふるまうとのことで、プロパンガスとコンロは2セット用意。食材は台所でお母さんたちが準備している。
たこ焼き粉(小麦粉に出汁・塩などを入れて最初から味付けしてある)4kg、玉子30個ぐらい、水12Lぐらい。大きなポリバケツに入れてかき混ぜるが、混ざらず、ボールに取り、地道にかき混ぜること1時間。試し焼き、うまくいく鉄板といかない鉄板あり。鉄板によって使用していない期間が異なり、油の吸収度合いが違うからとのこと。
13:50から本番焼き、1回で約100個のたこ焼きが作れる鉄板セット。一皿あたり6個乗せて、120皿を作ったので、全部で720個も作ったのか。いろいろと豪快で楽しかった。
片づけ後、お土産にお弁当など貰ってしまい、楽しみで行っているだけなのに、なんとなく恐縮。
報恩講のお土産は普通、精進料理なのだそうだが、精進じゃなくてもよいのだと。このいい加減さによって、皆でたこやきを作る楽しみを得られたのだ。感謝。
お弁当や残ったたこ焼きなどで、この日の晩は、いただきものだけで済ませた。
子育てサークルで参加しているお寺の報恩講。来場された檀家の人たちにたこやきを配るというのが、ここ数年来のこの行事の中の一大イベントになっている。たこやき職人として、朝の仕込から昼の「焼き」夕方の配布と片づけまで、フル参加した。去年も参加の予定だったが、直前に足を骨折して参加を断念した経緯があり、今年は必ず参加しようと、つまらぬことで骨折しないように気をつけた。
今年は男手が少なく、私と、もう一人子育てサークルの父親メンバーからの参加で、合計2名。
朝、寺の本堂や倉庫から机やベンチや焼き道具などを出し、セッティング。たこ焼きのほかに「銀杏汁」もふるまうとのことで、プロパンガスとコンロは2セット用意。食材は台所でお母さんたちが準備している。
たこ焼き粉(小麦粉に出汁・塩などを入れて最初から味付けしてある)4kg、玉子30個ぐらい、水12Lぐらい。大きなポリバケツに入れてかき混ぜるが、混ざらず、ボールに取り、地道にかき混ぜること1時間。試し焼き、うまくいく鉄板といかない鉄板あり。鉄板によって使用していない期間が異なり、油の吸収度合いが違うからとのこと。
13:50から本番焼き、1回で約100個のたこ焼きが作れる鉄板セット。一皿あたり6個乗せて、120皿を作ったので、全部で720個も作ったのか。いろいろと豪快で楽しかった。
片づけ後、お土産にお弁当など貰ってしまい、楽しみで行っているだけなのに、なんとなく恐縮。
報恩講のお土産は普通、精進料理なのだそうだが、精進じゃなくてもよいのだと。このいい加減さによって、皆でたこやきを作る楽しみを得られたのだ。感謝。
お弁当や残ったたこ焼きなどで、この日の晩は、いただきものだけで済ませた。
November 25, 2009
市音
和泉市にある弥生の風ホールというところで開催された、ピン大吹奏楽部主催の合同演奏会に行く。堺市音楽団ともう一つの吹奏楽団との3団体での合同演奏会だった。堺市音楽団からいつも案内状が届くので、3人で出かけた。
午前中は、三線教室に行って、午後、弥生の風へ。演奏開始直後ぐらいに着いて、そっと中に入ったが、満席、立ち見席もいっぱい。吹奏楽の人気の高さと、和泉市民にピン大吹奏楽部が「浸透」している感じがなんとなく伝わってきた。
吹奏楽のコンサートを聞くたび「吹きたい」という気持ちが高まる。
舞台も観客も、非常に好印象。客席で、ちびっこが騒いだりするときもあったが、きちんと制止する親がいて、全体的にきちんとした演奏会だった気がする。以前、SAYAKAホールで大阪狭山市内の小学生を集めて狭山市吹がやったときは、客席中荒れ放題で、舞台からも会場内の混乱ぶりがわかった。コンサートにおける観客の役割りは、実はとても大きいのだと思う。
午前中は、三線教室に行って、午後、弥生の風へ。演奏開始直後ぐらいに着いて、そっと中に入ったが、満席、立ち見席もいっぱい。吹奏楽の人気の高さと、和泉市民にピン大吹奏楽部が「浸透」している感じがなんとなく伝わってきた。
吹奏楽のコンサートを聞くたび「吹きたい」という気持ちが高まる。
舞台も観客も、非常に好印象。客席で、ちびっこが騒いだりするときもあったが、きちんと制止する親がいて、全体的にきちんとした演奏会だった気がする。以前、SAYAKAホールで大阪狭山市内の小学生を集めて狭山市吹がやったときは、客席中荒れ放題で、舞台からも会場内の混乱ぶりがわかった。コンサートにおける観客の役割りは、実はとても大きいのだと思う。
アイススケート
3歳になったばっかりの息子と、アイススケートに行く。
そりを貸してもらえるとのことだったので、スキー場で
使うようなプラスチック製のかごみたいなのを引いて滑る
イメージを想像していたが、行ってみると、もっとゴツゴツ
とした立派なそりだったのでびっくりした。鉄の棒で1m程度
の立方体を作り、その真ん中にプラスチックの座席が置いて
あって、引く人はちょうど車いすを押すみたいにして操作する。
そりに息子を乗せてすいすい滑ると、息子もなかなか気持ち
いいらしく、大声で笑っている。
15cmらスケート靴の貸し出しをしているというので、15.5
cmの靴を借りて、息子、はいてみる。意外と氷上を器用に歩いて
いる。最近、テレビでフィギュアスケートを食い入るように見て
いた息子だが、さすがにそんな技はできない。父にもできない。
ただ、小学生ぐらいの女の子が、フィギュアスケートの個人指導
を受けていて、近くで見ていておもしろかった。
はじめてのスケートリンク、息子が風邪をひいたり足をゆわし
たりしてはならぬと、ちょっともったいなかったが1時間足らずで
靴を脱ぎ、近くの弁当屋に行く。帰り際、フィギュアスケートの
小学生が私たちの近くを横切って行ったので「上手だったね」と
声をかけると、かわいらしく、はにかんで笑った。
公園でハンバーグ弁当を食べ、家から持ってきたサッカーボール
息子が3歳の誕生日プレゼントに父から貰ったボールを蹴って遊ぶ。
公園には、立派な遊具があり、ごろごろスベリンコン(鉄板の
代わりに回転するプラスチック棒が並べられている滑り台)で
さんざん遊ぶ。
帰宅後、実家へ。アイススケートデビューを自慢しつつ、皆で
楽しいひとときをすごした。
そりを貸してもらえるとのことだったので、スキー場で
使うようなプラスチック製のかごみたいなのを引いて滑る
イメージを想像していたが、行ってみると、もっとゴツゴツ
とした立派なそりだったのでびっくりした。鉄の棒で1m程度
の立方体を作り、その真ん中にプラスチックの座席が置いて
あって、引く人はちょうど車いすを押すみたいにして操作する。
そりに息子を乗せてすいすい滑ると、息子もなかなか気持ち
いいらしく、大声で笑っている。
15cmらスケート靴の貸し出しをしているというので、15.5
cmの靴を借りて、息子、はいてみる。意外と氷上を器用に歩いて
いる。最近、テレビでフィギュアスケートを食い入るように見て
いた息子だが、さすがにそんな技はできない。父にもできない。
ただ、小学生ぐらいの女の子が、フィギュアスケートの個人指導
を受けていて、近くで見ていておもしろかった。
はじめてのスケートリンク、息子が風邪をひいたり足をゆわし
たりしてはならぬと、ちょっともったいなかったが1時間足らずで
靴を脱ぎ、近くの弁当屋に行く。帰り際、フィギュアスケートの
小学生が私たちの近くを横切って行ったので「上手だったね」と
声をかけると、かわいらしく、はにかんで笑った。
公園でハンバーグ弁当を食べ、家から持ってきたサッカーボール
息子が3歳の誕生日プレゼントに父から貰ったボールを蹴って遊ぶ。
公園には、立派な遊具があり、ごろごろスベリンコン(鉄板の
代わりに回転するプラスチック棒が並べられている滑り台)で
さんざん遊ぶ。
帰宅後、実家へ。アイススケートデビューを自慢しつつ、皆で
楽しいひとときをすごした。
November 20, 2009
のぞみ
個人的にはJR西日本が開発した500系が一番好きだったのだが、ついに500系のぞみはなくなってしまったらしい。制作にコストがかかりすぎるのだとか。一般的に言われる車内の狭さというのは、感じたことがなかったのだけどなぁ。700系、N700系ともに、内装の安っぽさが好きになれない。
研修、実りあるものだったのかどうか、よくわからない。ただ、講師の会話の中には、いくつかの「はっとする言葉」があったし、初めて出会う社員との会話や飲み会も楽しかった。大阪を離れるまで、とにかくバタバタと、「わぁもうアカン!どないしょう、ギャー」などと騒ぎながらメールを打ったり電話をしたり書類にはんこをついてあっちへやったりこっちへやったりしていたのだが、稲城に行ってしまえば、どうしようもない状況下で、非常に落ち着いた時間をとれたこと、二日間にたった5回しか携帯が鳴らなかったこと、それが不思議でならない。日々バタバタと気ぜわしくしているのは、あれは、幻覚なのか? 週明けに事務所に出れば、また100通を超えるメールにゾッとするのだろうが、でも実は、100通だろうが200通だろうが、放っておいてもほんとはどうってことないんじゃないだろうか? メールを読まなくたって、返信しなくたって、だれも死にはしない。ビジネスマナーには反するかもしれないし、ビジネスチャンスを逃すかもしれないが、といって、そのために自分が病んでしまっては元も子もないんだ、放っておいていいなら、ほんとに1000通ぐらいたまってから極めておおらかな態度で「だれだい、おれに用事があるのは?」なんて心の中でつぶやきながらゆっくりと一つ一つ開封していけばよいのではないか?
ちょっと極端かもしれないが、それぐらい極端に働き方を変える気持ちが必要なのではないかと感じた。
「仕事と私のあいだ」。冷静にも、情熱的にも、私は仕事との適切な距離を保って生きていきたい、と思う。そのための訓練として、ととらえれば今回の研修はとても有意義だった気がする。
研修、実りあるものだったのかどうか、よくわからない。ただ、講師の会話の中には、いくつかの「はっとする言葉」があったし、初めて出会う社員との会話や飲み会も楽しかった。大阪を離れるまで、とにかくバタバタと、「わぁもうアカン!どないしょう、ギャー」などと騒ぎながらメールを打ったり電話をしたり書類にはんこをついてあっちへやったりこっちへやったりしていたのだが、稲城に行ってしまえば、どうしようもない状況下で、非常に落ち着いた時間をとれたこと、二日間にたった5回しか携帯が鳴らなかったこと、それが不思議でならない。日々バタバタと気ぜわしくしているのは、あれは、幻覚なのか? 週明けに事務所に出れば、また100通を超えるメールにゾッとするのだろうが、でも実は、100通だろうが200通だろうが、放っておいてもほんとはどうってことないんじゃないだろうか? メールを読まなくたって、返信しなくたって、だれも死にはしない。ビジネスマナーには反するかもしれないし、ビジネスチャンスを逃すかもしれないが、といって、そのために自分が病んでしまっては元も子もないんだ、放っておいていいなら、ほんとに1000通ぐらいたまってから極めておおらかな態度で「だれだい、おれに用事があるのは?」なんて心の中でつぶやきながらゆっくりと一つ一つ開封していけばよいのではないか?
ちょっと極端かもしれないが、それぐらい極端に働き方を変える気持ちが必要なのではないかと感じた。
「仕事と私のあいだ」。冷静にも、情熱的にも、私は仕事との適切な距離を保って生きていきたい、と思う。そのための訓練として、ととらえれば今回の研修はとても有意義だった気がする。
November 19, 2009
稲城の夜
昨晩、19:07ののぞみに乗って移動。新横浜から、横浜線、東急東横線、南武線を乗り継いで、東京のベッドタウンにある研修センターへ。門限ぎりぎりに到着。
今日一日、営業向けの研修、まったりと。村上隆の業績なんかを紹介してくれる下りはなかなか参考になった。仕事のことでいろいろと愚痴を言ってしまうが、やっぱり愚痴なんてのはなんにも価値を生み出さないものであって、いかに自分の仕事を楽しいものにするか、ってことを自分で考えだし、行動するということが大切なんだと、そんなことを勉強する研修ではまったくないのだが、感じた。
東京都稲城市というところを、ぼくはなんとなく気に入っている。駅前にはさびれた居酒屋が数軒と小規模なグルメシティ(旧ダイエー)がある以外、とりたてて目立つ建造物のない、小規模な住宅地が点在する、ゆったりとしたベッドタウン。研修センターのすぐ近くに、庭で葡萄を栽培している小さな家があって、そのつつましい雰囲気がぼくは好きだ。
研修、ほとんどが私より年下の社員。なるべく控え目に、丁寧な口調でしゃべってても、風貌からか、彼らが私に対して最上級の丁寧な言葉で接し、彼らが発言するごとにちらっと私の反応を伺う様子に、少々違和感を抱く。研修ではたいていの場合グループワークがあり、始まって数分はみな様子見をするのだが、だんだん、リーダーがあぶりだされてくる。リーダーは、派手なパフォーマンスをするわけでなく、とりたてて熱心な感じがするわけでもなく、ただただ物静かな雰囲気を醸し出していることが多いのだが、なにかグループとしての判断を下さないといけないときに、人一倍落ち着き払っていて、人一倍、ここぞという時にだけ極めて適切な発言をする、というような特徴があるように思う。私がそういう人物だとみなされることはめったにないのだが、今回は、年齢と風貌のせいで、ちょっとしたリーダー格として皆に認識されてしまったようだ。「鶴の一声」なんていう言葉があるが、鶴は多くの場合、自分から弦になっているのではないのではないか? 周囲が気を遣いすぎて鶴の幻覚を形成しているケースがほとんどなのではないか? そんなことを思った。
研修後、駅前のさびれた居酒屋に飲みに行く。大阪から来た私の先輩と行くつもりだったが、先輩は、一緒に研修を受けた連中も誘ってみようと、10歳以上も年の離れた連中に声をかけ、合計6人で飲みに行くこととなった。正直なところ、先輩と二人で静かに飲むことを期待していた私には、最初若干気が重い話だったが、いざ誘ってみると、若手連中との飲み会はとても楽しく、当初の私の閉鎖的な考えを恥ずかしく思った。人を飲みに誘うのはどんな場合でも多少の勇気がいることである。でも、そんな軽い勇気さえ出せなければ、多くの幸せを見逃してしまう。そんな風に思った。
明日も研修。17時半に終わって、それから新宿の顧客によって、最終の新幹線で帰宅。最終の飛行機は、すでに満席で取れなかった。
今日一日、営業向けの研修、まったりと。村上隆の業績なんかを紹介してくれる下りはなかなか参考になった。仕事のことでいろいろと愚痴を言ってしまうが、やっぱり愚痴なんてのはなんにも価値を生み出さないものであって、いかに自分の仕事を楽しいものにするか、ってことを自分で考えだし、行動するということが大切なんだと、そんなことを勉強する研修ではまったくないのだが、感じた。
東京都稲城市というところを、ぼくはなんとなく気に入っている。駅前にはさびれた居酒屋が数軒と小規模なグルメシティ(旧ダイエー)がある以外、とりたてて目立つ建造物のない、小規模な住宅地が点在する、ゆったりとしたベッドタウン。研修センターのすぐ近くに、庭で葡萄を栽培している小さな家があって、そのつつましい雰囲気がぼくは好きだ。
研修、ほとんどが私より年下の社員。なるべく控え目に、丁寧な口調でしゃべってても、風貌からか、彼らが私に対して最上級の丁寧な言葉で接し、彼らが発言するごとにちらっと私の反応を伺う様子に、少々違和感を抱く。研修ではたいていの場合グループワークがあり、始まって数分はみな様子見をするのだが、だんだん、リーダーがあぶりだされてくる。リーダーは、派手なパフォーマンスをするわけでなく、とりたてて熱心な感じがするわけでもなく、ただただ物静かな雰囲気を醸し出していることが多いのだが、なにかグループとしての判断を下さないといけないときに、人一倍落ち着き払っていて、人一倍、ここぞという時にだけ極めて適切な発言をする、というような特徴があるように思う。私がそういう人物だとみなされることはめったにないのだが、今回は、年齢と風貌のせいで、ちょっとしたリーダー格として皆に認識されてしまったようだ。「鶴の一声」なんていう言葉があるが、鶴は多くの場合、自分から弦になっているのではないのではないか? 周囲が気を遣いすぎて鶴の幻覚を形成しているケースがほとんどなのではないか? そんなことを思った。
研修後、駅前のさびれた居酒屋に飲みに行く。大阪から来た私の先輩と行くつもりだったが、先輩は、一緒に研修を受けた連中も誘ってみようと、10歳以上も年の離れた連中に声をかけ、合計6人で飲みに行くこととなった。正直なところ、先輩と二人で静かに飲むことを期待していた私には、最初若干気が重い話だったが、いざ誘ってみると、若手連中との飲み会はとても楽しく、当初の私の閉鎖的な考えを恥ずかしく思った。人を飲みに誘うのはどんな場合でも多少の勇気がいることである。でも、そんな軽い勇気さえ出せなければ、多くの幸せを見逃してしまう。そんな風に思った。
明日も研修。17時半に終わって、それから新宿の顧客によって、最終の新幹線で帰宅。最終の飛行機は、すでに満席で取れなかった。
