2019年02月08日

杵渕隆さん

 悲しい連絡・・・・

 杵渕隆さんが亡くなった。

 連絡をもらった後、過去を振り返ると涙がこぼれそうになった。

 私は大学4年生の22歳から、現役を引退する24歳までアトミックスキーを履いて戦った。

 大学3年生までは違うメーカーの板を履いていた。

 4年生のインカレで絶対に勝ちたかったのでメーカー変更を考えた。

 当時の私は大学4年生で選手は引退する予定だった。(結局は卒業後24歳まで選手を続けた。)

 残り1年で選手を辞める。

 そんな価値の無い選手の相談に耳を傾けてくれたのが杵渕さんだった。

 テストスキーを準備してくれて、3社を乗り比べて、SLで抜群のフィーリングだったアトミックに変更した。

 そのおかげでインカレSL優勝する事ができて、杵渕さんは泣いて喜んでくれて、私も泣いてしまった。

 その後、ウエイティング指定ではあったが全日本代表に選ばれた時は、遠征費補助の工面もしてくれた。

 『お前はエッジを立て過ぎるので、スタート前はエッジをコッソリ調整していた』と、選手を辞めてから教えてもらった。

 確かに杵渕さんがいるSGレースで結果は出るが、杵渕さんがいなくて、自分でチューンナップしたSGレースはフィーリングの割にタイムが伸びなかった。

 エッジが食い込むのはタイムが伸びない、しかし選手はキレばかりを追求する。

 世界を戦ったダウンヒラーは何が速いかを悟っていたんだ。

takujiblog at 21:30│Comments(0)clip!人物紹介 

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