2005年11月09日

ビバ、ABT(1日目) 5

 ABTを最初に観たのは、2002年(多分)の東京。友人に誘われて、特に期待もなく行ったガラ公演だったんだけど、ダンサーの自己主張が強くて、舞台が派手(なぜか赤と黒のイメージ)という以外、あまり印象が残ってなくて、私の中では「どうでもいいカンパニー」フォルダに入ったままでした
 とはいえ、なぜかアメリカで生活することになった以上、きばって観に行くべし!と思い、重い腰をあげましたわ

シティセンターの外観 ABTの定期公演(5月〜7月)は、メトロポリタン・オペラ・ハウスで行われるんだけど、秋公演はシティ・センター・シアターで行われます。写真では分からないけど、屋根がドーム型でモスクのような外観です。

 2005年11月5日(土)夜公演の演目は、以下のとおり。
 .▲櫂蹇(振付:バランシン、音楽:ストラヴィンスキー)
◆.船礇ぅ灰侫好ー・パ・ド・ドゥ (振付:バランシン、音楽:チャイコ)
 パキータ(パ・ド・ドゥ) (振付:プティパ、音楽:ミンクス)
ぁ[个離董璽屮 (振付:クルト・ヨース、音楽:フリッツ・A・コーへン)

 なにがって「緑のテーブル」が…すごかったのでございますよ
 ずばりテーマが「反戦」のこの1932年作品を、この時期に、NYCで、人生で初めて観ることができた感動は、やはり書き留めておきたいです。



 「緑のテーブル」(*)は、初めて観る人でも非常に分かりやすく、とても胸を打たれるという情報を持っていたのですが、まさに、そのとおりでした。
 死が擬人化されていて、それを1人のダンサー(この日はアイザック・ステイパス)が演じるんですが(以下「デス」)、このデスが怖いのよ〜〜〜! 
 不気味かつ底力を感じさせる正確なリズムを刻みながら、人々の後ろにいつの間にか忍び寄っているんです。ライティングなどの演出も上手なんでしょうけど、「げっ!いつの間に!」と何度叫びそうになったことか。
 しかも、このデス、怖すぎなだけでなく、絶望した人間にとって「死」が甘美な誘惑であることも、きっちり表現するんです。これには圧倒されます。
 いやぁ、もう一回観たいです。無理だろうけど。というのは、この演目、日本でもほんの数回しか演じられていないように、演劇的要素が強いしメッセージ色も強いので、結構、扱いづらいんだと思います。

 チャイコについては、日本でも人気のあるアンヘル・コレーラが、「僕ってスター」って感じで踊ってて、観てる私は「あははー
 女性のシオマラ・レイエスが袖の前で転倒したことも、まるでコレーラを際立たせるための演出のようでしたよ。女性ファンが多くて、彼が出てきた途端、黄色い声援が飛ぶし。日本で言うと一昔前の熊川君みたいな感じ?

 そんなわけで、チャイコが終わっても観客席は結構ざわついてて、次のパキータが可愛そうだなって思ってたら、またもや日本でも人気のあるホセ・カレーニョが「僕の方がスター」って対抗心ばっちりで登場して、観てる私は「だははー」 
 残念ながら今日のファンの数はコレーラが勝ってたけど、ダンス的には、断然、パキータの勝ち。女性のイリーナ・ドヴォロヴェンコの安定感が違う。すごく素敵でした。

 最初のアポロについては、アポロ役のマキシム・ベロセルコフスキーに、もう少し頑張れとしか言いようがない。L様がコックリしてしまったのは、明らかに彼のせいよ。

* 「緑のテーブル」は、第一次世界大戦後、戦争の裏には自分の手を汚さずに利益を追求している奴らがいることに気づいた敗戦国ドイツの振付家クルト・ヨースが、ずばり「反戦」をテーマに振付けたもので、1932年のパリ国際舞踊コンクールが初演、同コンクールで一等に選ばれておりまする。ヨースは、後にナチによってドイツを追われましたが、戦後、故国に戻り舞踊の発展に努めた旨、どこかで読みました。 

takurere1025 at 16:11│Comments(0)TrackBack(0)バレエ・ダンス・舞台 

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