子宮・卵巣の病気

2010年06月06日

天国へのラブレター2010

昨日はあなたの8回目の命日でした。

共通の友人からメールやお菓子が届き、
神戸の義母とも電話であなたの話をしました。

夜は、毎年この時期に会を開いてくれる友人たちと食事をし、JAZZのライブへ。
音楽好きのあなたも一緒に楽しんでくれたよね、きっと。

いつまでもあなたを思ってくれる友に、ありがとう。
一人になった私を気遣ってくれる友に、ありがとう。

そうそう、Tさん夫妻が、ン十年ぶりにバンドを再結成するんですって。
だから、「彼のエレキギターを使ってちょうだい」と言っちゃったけど、いい?
「ほんと!? 弾けたらいいね、って話していたのよ」と喜んでいました。

img018そんな会話をしたからかな。
あなたがギターをステージで弾いている夢を見ました。
とても楽しそうに奏でるあなたのギターから、
小さな星のような光がたくさん飛び出してきます。
光の粒は、きらきらと天の川のように流れをつくりながらあなたを包んでいく―。
何てきれいなのでしょう!

あ、私の経過報告もしなくちゃ。
肺のCT検査は無事クリア。植松先生のお話では、転移も見られず、順調とのことでした。
驚いたのはずっと抱えてきた卵巣のう腫。
エコー検査をしたところ、消えていたんです!
佐々木先生もびっくりしていましたよ〜。
更年期に入ったせいかな、と思ったけれど、以前佐々木先生が「あなたの場合、水性だからホルモンは関係ないのよ」といっていたのを思い出しました。
2000年にできたこぶし大の卵巣のう腫、本当は開腹手術で取る予定だったのを頑張って経過観察してきた甲斐がありました。

アップ見守ってくれてありがとう。
これからも、よろしく―。



takutaku7and7 at 13:40|PermalinkComments(21)

2008年08月30日

「卵巣のう腫」と「更年期」の関係

2af121de.JPG今年の夏はゲリラ的大雨が多く、各地で被害も出ていますね。
被災された方に、心よりお見舞い申し上げます。

8月27日(水)、婦人科の半年検診のため、新小岩の「まつしま病院」に行ってきました(※写真は別)。

最近、このブログを読み始めた方に説明しますと、私は在米中の2000年に子宮筋腫のため子宮と癒着していた左卵巣の摘出手術を行っています。

ところが術後すぐに残っていた右卵巣が急激に痛み出し、卵巣のう腫と診断されたものの乳がんも見つかったことから、のう腫のほうは経過観察。
大きくなってきたので、翌年開腹手術を勧められ手術日まで決まっていましたが、夫の食道がんが見つかり、急遽帰国。

それ以降、20代のときに内膜症でお世話になっていた佐々木静子先生に、半年ごとに診察していただいているというわけです。

最初、先生に「あなたの場合、のう腫は充実性ではなく水なので急いで手術することはない。ホルモンのバランスを崩さないためにも、卵巣は片方でもあったほうがいい。更年期が過ぎる頃まで持たせられれば大丈夫」という説明を次のように解釈していました。

卵巣のう腫は、更年期を過ぎると女性ホルモンの分泌がなくなっていく。
→私の「のう腫」もだんだん小さくなっていく。
→更年期を過ぎれば心配ない。

ところが、この解釈が間違いであることに、今回初めて気づきました…。

先生「大きさは、直径6cmぐらいだからあまり変わってないわね」
私「そうですか…。更年期に入ったら小さくなると思っていたのですが」

先生「中には小さくなる人もいるけど、ずっとそのままという場合のほうが多いのよ」
私「えっ!? そうなんですか。(私はすでに子宮は摘出しているのでありませんが)閉経の時期になると、小さくなるものだと思っていました」

先生「あなたは中身が水だから、ホルモンとは関係ないわけ。のう腫が大きくなっていくと心配だけれど、大きくさえならなければまず安心していいのよ」
私「そうなんですか。勘違いしていました」

先生が「閉経時期まで片方でも卵巣はあったほうがいい」と言った意味は、「卵巣を残すことで急激な女性ホルモンの減少が避けられるため、バランスが保たれ、更年期症状がきつく出ずに済む」ということだったのですね。

その後、尿酸値が1年前に高かったのに前回検査項目からはずれていたことを話すと、カルテを見ながら…、

先生「ほんとねえ。尿酸値が高いとき、関節などに痛みが出ていた?」
私「ええ、一時期ですが腕とか手首、指の関節に痛みがありました。リウマチの検査を受けましたがリウマチではないと」
先生「うーん、更年期でも同じような症状が出ることあるけれどね。今回は尿酸値も調べましょう」

他に、肺がんの治療の経過が順調であること、顔のほてり、発汗については昨年よりおさまったもののまだあることを伝えました。

先生「更年期の症状は人によるけれど、女性ホルモンの値が下がり始めてからだいたい2,3年から長くて5年ぐらい続くかな。去年より今年がラクなのであれば、ピークは過ぎてだんだんおさまっていくと思いますよ」

私「漢方薬は続けたほうがいいでしょうか」
先生「そうね、十全大補湯は免疫力を高めるし、葛根湯は肩凝りなど頓服的に使うといいので、続けてみたら」

ということで、漢方薬を処方してもらい、 “病院デート”の友人とともに半年後の予約を取ったのでありました〜。

帰ってから調べてみると、次のようなことがわかりました。
・卵巣のう腫のうち、悪性の場合が多い「充実性腫瘍」は全体の1割。これは危険なので、大きくなるようなら摘出がベスト。

・他の9割は、卵巣の中に分泌液がたまり腫れたもの。さらさらした水のような液が溜まるタイプは「しょう液性のう腫」と呼ばれ、一番多く、10代から30代までの若い女性に頻発するそう(私は若くないけど一応このタイプ…笑)

・「皮様のう腫」は成熟期の女性に多く、髪の毛、歯、筋肉が含まれることも!こ、怖いですね…。

・「チョコレートのう腫」は、卵巣の中に子宮内膜症ができるもの。月経血が溜まるので、毎月痛みが出たり増えたりすることになります。このタイプは更年期とともに原因となる月経血も減少し無くなるので、閉経後小さくなる場合もあるそう。私はこのタイプと混同し、小さくなると思っていたみたい。

・更年期の女性にできる卵巣のう腫で多いのが「偽ムチンのう腫。
ねばねばした液が溜まり、人間の体の中にできる腫瘍の中ではもっとも大きくなるものだとか(頭と同じくらいという場合も!)。

作品更年期は、42歳ぐらいから55歳ぐらいまでの間に出てくるのが一般的ですが、最近は30代でも始まるケースが増えているとのこと。

ストレス、不規則な生活、乱れた食生活が原因で、ホルモンバランスが崩れて起こるそうです。

「まだまだ大丈夫!」と油断しているあなたも、どうぞお気をつけくださいね。


※写真は八ヶ岳に行った際、「清里現代美術館」で撮影した“作品”。
2点目、ステンレスで作られたオブジェで、カメラで撮ったら、この通り私が映りました(笑)
あ、ちなみに、この美術館は館内撮影OKです。


takutaku7and7 at 11:10|PermalinkComments(5)

2008年08月27日

ただいま移動中

ec2aca6b.jpg携帯から投稿しています。

今日は半年に一度の婦人科検診のため、新小岩へ。
卵巣嚢腫、まったく痛みはないけれど、少しは小さくなっているといいんだけどなー。

知人から、『血液検査を受ける前の晩、食事を摂らずにりんごだけ食べると数値が良くなる』という話を聞き、今回は試してみようと思っていたのですが、夕べは会食があり、お鮨屋さんへ。

お腹いっぱい食べてしまいました〜!

新幹線で果物野菜ジュースを飲んだけど、ダメかしら。

そして、かつて勤めていた会社の友人と“病院デート”のまま合コンならぬ“OG会”へ突入予定!

それで、がんがん飲んでは意味がありませんね(汗)

明日は浦和で仕事の打合せ。
だんだん忙しくなってきました。

ああ、八ヶ岳が恋しい!

と、いうわけで、携帯で写した八ヶ岳の朝の風景をアップしておきますね。

久々に、日記らしい日記でした(笑) それにしても、やはり携帯からの投稿は苦手です…。


takutaku7and7 at 10:01|PermalinkComments(7)

2008年02月29日

病院デート!?

6a98225e.JPG※記事とはまったく関係ない写真でごめんなさい。

3月中にオープンする「東京ベイコート倶楽部」の全景をゆりかもめ「国際展示場正門駅」のホームから撮影したもの。
先日ご紹介したこわ〜いガラス張りの丸い床があのツインタワーの真ん中になるというわけ!


20日(水曜)、佐々木静子先生の婦人科検診を受けるため、新小岩の「まつしま病院」へ行ってきました。

佐々木先生「前は痛みが走ると言っていたけど、今は大丈夫?」
※先生、カルテをさーっと見て状況を把握するのがすごく早い!

私「はい、全然痛みはありません」

佐々木先生「肺のほうは?」

私「この前検査をしたのですが、経過は順調だそうです。骨シンチも調べましたが問題ないと」

佐々木先生「あ、そう! それは良かったわねえ!」
※はちきれそうな笑顔を見せてくれるので、こちらも満面の笑顔。

佐々木先生「血圧が高いけど(最初に測ったときは上152、下107、脈拍103。再度測り直したところ上136、下88、脈拍83)、以前からそうだった?」

私「ええ、ここに来ると高くなるみたいで(笑) 下が高いのですが、そのほうが良くないんですよね」

佐々木先生「そうね、下が高いと血管が硬いということだから。でも、あなたの場合、こうして比べてみると脈が速い時に血圧も高くなっていて、脈が落ち着いた時には血圧も低くなっているでしょ。であれば、まだそう心配することはないわね。運動してる?」

私「いつも佐々木先生に言われているんですが、ヨガをやっているぐらいで…」

佐々木先生「あら、いいじゃない! ヨガは心も体もリラックスさせるし、自律神経の働きも正常にしてくれるから。それはちゃんと続けるといいわね」

はあ〜、1週間に1度のヨガの教室行ったときしかやっていないし、それも休みがち…とは言えませんでした(汗)


続いて内診。
前はパチン!と切る(っていうのかしら)と、痛みが走ったのですが、今回はどうもそれはないみたい。
子宮頸がんの検査方式、変わったのでしょうか。

佐々木先生「じゃ、エコーしますよ。あなたはそこのモニターで見てね」

横たわった私の上にモニターがあり、そこで視認できます。以前の機械に比べ、映像が鮮明に映し出されるようになりました。
私「先生、もしかして大きくなってませんか〜?」

佐々木先生「うーん、大きい気がするわねえ。6.5cm×3cmってところかな」

私「大きいのと小さいもの2つですか」

佐々木先生「そう、2つに分かれているようね」

再び、診察室へ。
佐々木先生「(カルテを見ながら)大きくなったかなと思ったけれど、そんなに変わっていないみたいよ。前回も同じくらいだし、それより前は7cm越えていたし。大丈夫じゃないかな」

私「あ、そうですか。良かった。このまま経過観察でも大丈夫そうでしょうか」

佐々木先生「いいでしょう。あなたのは中身が水だし、悪いものじゃないから」

私「ひとつ質問があるんですが、私の場合、20代から子宮内膜症や筋腫を抱えて、ホルモン治療を長いこと受けてきたんです。それが乳がんの発生と関与しているということはありませんか?」

佐々木先生「ホルモン治療って、ホルモンを抑制する薬? 注射した?」

私「両方やっていますね。女性ホルモンを抑える薬も飲みましたし、その後不妊治療も受けていましたから、促進させる治療もしましたし…」

佐々木先生「以前は、関係しているとも言われていたけれど、今は関係しないというのが通説ね」

私「そうですか。ホルモン剤を使った治療をいろいろ受けてきたので、関係あるかなと思ったもので」

漢方薬の「十全大補湯」(免疫を高めるため)と「葛根湯」(更年期障害などからくる肩凝りなどを治す頓服てきな薬として)を処方していただき、終了。

血液検査の結果は、郵送でお願いしました(この病院の場合、ほかに直接電話で先生からお話を聞くこともできますし、FAXで送ってもらうこともできるんですよ)。

実は私、前回から東京で勤めていたときの友人Aさんと、半年ごとの“ 病院デート”をしています。

かなり前に佐々木先生を紹介して以来、彼女も半年ごとに受診しているのですが、前回、受診の前に「TAKUちゃん次、いつ行くの?」と連絡があり、同じ日にしたのでした。

そしてこの日、半年ぶりに再会!
積もった話に夢中で待ち時間も気にならず、帰りは一緒にランチとお茶もできるし、これは一石二鳥ですねー♪

私もAさんもこの病院がお気に入りの理由は、
・医師、看護師、受付、すべての医療関係者が女性であること。
・プライバシーがしっかり守られていること。
・医師も看護師さんも、イライラしていない。穏やかでにこやか。
・しっかり患者の話を聞いてくれる。

あと、小児科・産婦人科の病院なのですが院内のゾーン分けが配慮されているので、子どものいない婦人科外来患者には有難いですね。

というわけで、次回8月もデートの約束、じゃなかった診察の予約を二人でしたのでありました。

そのあと私は母のいる施設へ行ったのですが、その話はまた後日あらためて。


ここで最近私のブログを読み始めた方のために、ミニ解説(前から読んでいてご存知の方は、どうぞスルーしてくださいね)。続きを読む

takutaku7and7 at 18:05|PermalinkComments(2)

2007年08月31日

婦人科検診、今回も無事クリア

16a79525.JPG近況報告です。

8月29日、半年ぶりに新小岩にある産婦人科「まつしま病院」の佐々木静子先生を受診。
7年間抱えている左卵巣のう腫の経過観察と、子宮頸がんの検査、血液検査(私はここだけで半年に1回チェック。一般的な項目と婦人科の腫瘍マーカー、肺の腫瘍マーカープラス)を受けるためです。

触診は異常なし。
卵巣のう腫の超音波結果は、ほぼ変化なし。
「むしろ、少し小さくなっているみたいね」という佐々木先生の言葉にほっ。
それでも大きいところで6cm強、小さいところで3cm以上、丸い影が幾つか見えます。
ふつうのお医者さんなら切ってしまう大きさですね。

佐々木先生は水性で体に悪影響を及ぼしていなければ経過観察でOKという考え方。
生理がなくなる時期になれば(私は子宮を摘出しているのでもうありませんが、排卵はあるため、それが終わる時期)自然に退縮していくという見方です。
私もその考え方に納得しているので、安心して半年に一度の検診を受けているとういうわけ。

この日はちょうど母の誕生日でもありました。
そこで診察のあと横浜へ。
宮古での葬儀以来、母と会ってみんなでお祝いの食事会、そしてカラオケに行って楽しんだのでした。

もっと書きたいのですが、今から仕事で出掛けなくてはいけないので、詳細はまたあらためて書きますね!


takutaku7and7 at 08:41|PermalinkComments(6)

2007年03月02日

きっかけ

fe52005b.JPG忙しくて、なかなかブログ更新ができずにいます。
ああ、もどかしい。

まず、水曜日に受けた婦人科検診のご報告から。
右卵巣のう腫と診断されて7年近く経ちますが、昨年暮れあたりから痛みがほとんどなくなり、まったく違和感もなくなっていました。
なので、「女性ホルモンの分泌が減ってきたようだし、おっ、これはもしかしてのう腫がなくなってるかも!」と淡い期待を抱いていたのですが、やはりのう腫はしっかりありました。

佐々木先生「大きさは7.4cm×4cmぐらい。前回とほとんど同じね」
私「やっぱり大きいままなんですねえ…。痛みがないから小さくなってると思っていたんですが」
佐々木先生「でも、水性のものだから心配ないし、内蔵を圧迫することもないから(水なので自由に動くという意味らしい)大丈夫。このまま様子をみるということでいいんじゃない」
ということで、また半年後に検診を受けるということでおとがめなし。

それにしても、今回の子宮頸癌検査は痛かった〜!
子宮頚部から組織を採取するために少し切り取るというか削ぎ取っていると思うのですが、今までは「あ、痛い」程度だったのが、今回は「わっ! い、いたあ〜い! 痛いですっ!!」と思わず悲鳴を上げたほど。
どうしてでしょうねえ。

血圧は前より下がって、まずまず正常値。ほっ。
血液検査は郵送してもらうことにしました。

免疫力を高めるための「十全大補湯」と鼻炎を抑える「小青竜湯」を処方してもらい、午後からの仕事に間に合うよう急いで浜松へ戻ったのでした。

終末期医療の話は、何とか今日中にまとめたいなあ。

最近、仕事関係の人もブログを読んでいるので、仕事が進まないのにこっちが進んでいるとどうも…(汗)

この前の続きを書く前に、私が終末期医療に関心を持つようになったきっかけだけ書いておきますね(以前にも書いたので繰り返しになりますが)。
それは、夫が食道がんになり急遽帰国したものの、入院した病院で「末期がんで肝臓にも転移しており、根治の望みはない」と言われ、さらに家族だけに「余命半年」と告げられたことから始まりました。
一時は放射線と抗がん剤治療により、食事ができるまで元気になりましたが、治療開始から3カ月で再びがんが増殖し始めました。
いきなり「終末期」を迎えることとなったのです。
でも、本人も家族も希望は持っていますから、副作用が強く可能性の低い抗がん剤は止めて血管内治療は受けたい、ということになりました。

当時の主治医は、「この病院に入院したまま、血管内治療を受けに行ってもいい」と言ってくれたのですが、海外出張となったため他の医師が担当となりました。
血管内治療の話を聞くと、猛然と怒りだし、「だいたい君はもうホスピスに行く段階なんだよ。ここは“治すための治療”を行うところで、入院の順番を待っている人がたくさんいるんだ。抗がん剤治療を受けるならここにいてもいいが、そんな訳の分からない治療を受けるのなら退院してもらうしかありませんね」と言って部屋を出ていったのです。

夫のショックの大きさはとても言い表せるものではありませんでした。
私はすぐに医師のところへ行き、「医者の言葉は薬にもなりますが毒にもなるんです。どうか患者に話すときには言い方に気をつけてください」と抗議しました。

そこの病院にはホスピスが併設されていましたが、何と3カ月待ちだというではありませんか。
ホスピスに行く段階だと言いながら、ホスピスには入れない。
この矛盾!
それからすぐに別の病院へ転院の手続きを取り、同時に私は「家で暮らしたい」という夫のために、在宅介護の準備を始めたのです。

夫の両親が「神戸の家を売って一緒に住んでもいい」と言ってくれたので、みんなで住む家を探しに夫と見に行ったりもしました。
ぎりぎりまでそんな“夢”を追い続けけたかったのかもしれません。

でも、在宅介護を受けたくても私たちの前に様々な“壁”が立ち塞がりました。
夫は38歳と若かったため介護保険は受けられません(今は年齢が下がったものの、それでも40歳以上です)。
つまり在宅介護を受けたくとも、自費になってしまいます。
車椅子や電動ベッドを借りるにしても、介護保険対象者優先だったり、そもそも若いがんの末期患者は借りられなかったり…。

そこを必死に頼み、情報をもらい、電動ベッドは市のリサイクルで探し出し、車椅子も特別に貸し出してもらいました。

他にも受けられる援助や控除など、困ったことは枚挙にいとまがないほど。
また、医療においても夫が最初に入院した病院では国立でありながら、「抗がん剤治療は受けたくないが、痛みと苦しみを取り除く治療と、必要な検査は受けたい」という私たちの希望は聞き入れてもらえませんでした。

つまり「終末期をちゃんと生きる」ための社会的基盤やさまざまな体制、緩和医療がおそろしく貧弱で不備なものだということをそのとき初めて知ったのです。
こういったことなくしては「尊厳ある死」など、あろうはずがありません。

呼吸器をはずす、はずさない、といった問題だけが「終末期医療」の問題ではないんですよね。

3人に1人がんで亡くなる時代です。
もちろん他の病気や怪我で急に病院に運び込まれることもあるでしょう。
この世に死なない人などいいないのですから、長さは別にして必ず誰にでも「終末期」は訪れるのです。

どのような人であっても、またどのような終末期であろうとも、きちんと望む医療が受けられ(積極的治療だけでなく過剰な医療行為をしないということも含め)、安心して生き、死んでいくことができる―。
それが、「尊厳ある死」であり、理想(当たり前)の「終末期」だと思うのです。

あらら…、“きっかけ”の話のつもりがすっかり長くなってしまいました。
ごめんなさい。


※写真は先日の東京プリンスホテルの夜桜、アップです。

takutaku7and7 at 13:47|PermalinkComments(8)

2006年08月31日

今日から宮古です

8479b819.JPG昨日、婦人科の血液検査の結果を電話で聞きました。
腫瘍マーカーは4種類検査したそうですが、すべて正常範囲内で問題なし。
女性ホルモン値は前回(今年2月)180あったものが、今回は10。もう完璧に更年期突入ですね!この半年間に急激に下がったので、症状が激しかったのでは? と聞かれました。
私の場合、とにかく首から上のほてりが問題。いきなり滝のように汗が噴出したかと思うと、急に寒くなったり、また暑くなったり…。

まあ、それでも腫瘍マーカーは大丈夫だったので、ほっ!
あとは、肺のCT検査の結果ですね。
こちらは4日にわかります。


ところで、いま私は、宮古へ向かう途中です。
本当は明日行くつもりだったのですが、少しでも長くいたいなと思い、仕事を片づけて一日早く行くことにしました。

この前、宮古を離れてから3週間。
両親はどんな様子でしょう。

9月2日〜3日は、兄や弟と盛岡で合流し、温泉に一泊する予定ですが、母は電話で「お父さん、大丈夫行けるかしら…」と不安そうでした。

別に具合が悪くて寝込んでいるわけではないので大丈夫だと思うのですが、どうも、長い間立ったり、歩いたりが難しい状況のようです。
電話の父の声は明るかったので、母のほうが出掛けることを億劫に感じているような気も…。

多分、家族揃っての旅行はこれが最後でしょう。
というか、結婚式でもなく、家族5人揃って市外に泊り掛けで旅行に行ったことなど、過去にないかもしれません。

どうか、無事、行けますようにー。

と、ここまで書いてアップしようとしたのですが、バッテリーは切れそうになるし、電波は通じないし…ということで、いま、宮古に着いてしまいました。

取りあえず、両親は元気そうです!(^^)


takutaku7and7 at 17:01|PermalinkComments(4)

2006年08月24日

婦人科検診、無事クリア

13e1e1a1.JPG昨日、半年に1回の婦人科検診へ行って来ました。

右の卵巣のう腫はどうなっているのかー。
エコー検査を行いながら、佐々木静子先生は「あんまり変わらないように見えるけどねえ」と、いつもと同じ調子で言いました。
すぐそばの画面を私も見ていると、いくつかぼこぼこ丸いものが映っていて、その形が角度によって変わります。
先生「いちばん大きいところを測ると、7.4僉滷粥ィ沖僂阿蕕いな」 
私「えっ、それ大きくなっているんじゃないですか?」
先生「まあ、でも水性だから大丈夫。周りにも実性のものはみられないし、悪いものじゃなさそう。まあ、このまま経過観察でいいんじゃない。痛みはないんでしょ?」
私「ええ、全然ありません。前は痛みを感じたこともあったんですけどね」
先生「前回の血液検査で女性ホルモンの値が200だったから、更年期が始まったもののまだホルモンは出ている状態。これが今回どれだけ減っているかだけれど、20、10という値になればもう女性ホルモンは止まったということになるのね。そうなれば、更年期障害も激しくなるかもしれないけど、卵巣のう腫のほうは小さくなってくると思いますよ」。

ふーむ、そういうものなんだ。
しかし…、
前回の記録を見たら、6cm×3cmぐらいの大きさと書いてあります。
だいぶ大きくなっている気がするけどー。

まあ、がんと同じで、暴れさえしなければ抱えていても大丈夫ということでしょうか。
血液検査の結果は1週間後に電話で直接先生から伺うことになっています。

さて、
病院のあと、私は友人のEちゃんと一緒にアクアラインのバスに乗って房総半島のK家へ一泊旅行。
周りの田んぼでは、早くも実った稲穂が揺れていました。

笑顔が可愛いおチビちゃんと10歳を超えるゴールデンレトリバーのロニー君の歓迎を受けて、広いおうちの中へ。
夜は、魚介のマリネやキッシュ、生春巻きなどR子ちゃんの美味しい手料理とチーズ、ご主人のセレクトでシャンパン、白ワイン、赤ワインを戴きました。
そう、この写真が夕べ空けたワインの瓶たちー。
大事にワインセラーで“育てられた”ワインは熟成し、それぞれ個性ある香りと味を醸し出し、楽しいお喋りとともに豊かな気持ちにさせてくれます。

検査も無事クリアし、とても幸せな一夜を過ごしたのでした。
今日は、房総を一回りして、夜には浜松へ戻る予定です。

皆さま、励ましや心温まるコメントをいただき、どうもありがとうございました。

個々のコメントへの返事は戻ってからになるので、もう少し待ってくださいね。

今日も暑くなりそうです…。


takutaku7and7 at 08:20|PermalinkComments(9)

2006年08月23日

子宮摘出手術から6年

山田

最近、あまり自分の病気のことを書いていなかったので、
以前の記事を読んだことがない方は、よく経過がわからないかもしれません。

最初からお読みになっている方にとっては、逆にしつこい話になるかもしれませんが、お許しください(あ、でも初めて詳細に触れていますからネ)。

6年前の昨日、私は米国LAの病院で子宮と左卵巣の摘出手術を行いました。
それまで抱えていた子宮筋腫がだんだん大きくなり、生理のたびに激しい痛みと出血を伴い、慢性的な貧血になっていたのです。
遡ってさらにその数年ほど前、筋腫のみ取る手術も開腹で行っています。

子どもがいなかった私は、日本にいる間ずっと不妊治療を受けてきました。
ホルモン治療のあと、幾度か人工授精を行い、妊娠、流産を経験。

最後は妊娠3カ月目から4カ月に入るときの流産だったので、とても辛く悲しい思いをしました。続きを読む

takutaku7and7 at 06:10|PermalinkComments(8)

2006年02月23日

卵巣嚢腫、経過観察中

4c7180ad.JPG昨日、半年に一度の検診を受けるため江戸川区役所近くにある「まつしま病院」へ行ってきました。
私がなぜわざわざ浜松から東京のこの病院へ通っているのか、その経緯について昨年8月24日の「卵巣嚢腫検診日」を読んでくださいね。

相変わらず、主治医の佐々木静子先生は、にこにこ元気な笑顔で迎えてくれます。
肺がんの治療のため、慶應病院の植松先生の紹介を受けて8月末に立川病院へ入院。9月初めにピンポイント照射を受けたことを報告。そしてCT検査結果は土曜日にわかるという話をしました。
私「照射は5日間で済み、まったく痛くも痒くもなく、その後の副作用もほとんどないんです。あれは楽ですよー」
佐々木先生「「ほう、それは良かったじゃない!」
私「そのうち初発の乳がんでもピンポイント照射ができるようになれば、手術しなくても治すことのできる人が多くなると思いますよ」
佐々木先生「へえ、今はどんどんそうした新しい治療法が出てきているから、選択肢も広がっていいことだよね」

その後、エコー検査。
佐々木先生「あんまり変わってないかなー」
以前の写真と見比べ、前回からはやや大きくなっているけれど、1年前とはあまり変わっていないとの話。大きい嚢腫と小さいものが3つ、計4つあって、それを合わせると6cm×3cmぐらいの大きさだという。
前々回、「水状のものに実性のものが見られる」と心配されたことについては、今回は水状だけなので問題なさそうとのこと。
癒着やリンパの異常もなさそうなので、血液検査結果が問題なければ、また半年後の検診でいいだろうということになりました。ほっ!
花粉症に効く、漢方の「小青竜湯」を処方してもらう。
血液検査の結果は1週間後、電話で直接先生から説明を受けることになっています。
私「結果の分析表も欲しいんですけど」
佐々木先生「あなたFAXある? じゃあ、結果が出たら送るから」
いつもながら判断が早い!続きを読む

takutaku7and7 at 08:28|PermalinkComments(6)

2005年08月24日

「卵巣のう腫」検診日

今日は、半年に一度の婦人科検診。私が通う「まつしま病院」は、新小岩の駅からバスに乗り、江戸川区役所前で降りてすぐのところにあります。主治医の佐々木先生はいつものニコニコ笑顔で迎えてくれました。私はこの元気いっぱいの佐々木先生が大好きです。会うだけでエネルギーが私の中に満ちてくるのを感じるんですよね。
半年前に、卵巣のう腫が大きくなっていること、水状の腫瘍だけでなく、実性の腫瘍が見られることを告げられていたので、内診の際にドキドキ。でも、先生は「むしろ前より小さくなっているみたいね。実性のものは今回見られないし」とのこと。ほっ!ただ血圧が高いのは気になるところですが…。
肺の腫瘍のことは、これまでもずっと経過報告してきたので、今回腫瘍が大きくなったので三次元ピンポイント照射を受けることにした経緯を説明。両方の病状を踏まえ、漢方薬の「十全大補湯」を処方していただく。来週わかる血液検査の結果は病状についての説明と一緒に、入院先の担当医にFAXしてくださるとのこと。佐々木先生はほんとにやさしいなあと感激。いつも患者を第一に考えて、臨機応変に対応してくれるのです。
ところで、どうして浜松に住む私がわざわざそんな場所にある病院へ通っているのか?その理由を説明するととても長くなるので、思いっきり省略して説明を。
今から22年ほど前のこと。当時、東京に住んでいた私は、学生時代から抱えていた子宮内膜症の症状が重くなっていて、子宮腺筋症になっていたのでした。で、最初築地のS病院に行ったのですが、そこで「今すぐ子どもを産むか、子宮を摘出した方がいい」と言われ、びっくり! その後、伴侶となる彼はいたものの、まだ独身だった私はその言葉に納得できず(この時の話がほんとは非常に面白いのですが、また別の機会に)、会社の先輩から佐々木静子先生を紹介され、錦糸町のS病院へ行ったのでした。すると、ニコニコと「すぐ手術しなくても大丈夫!」と言ってくれたのです。それからしばらく通っていたのですが、結婚して浜松へ行ってからは地元の病院へ転院。その間に子宮筋腫の手術はしたものの、米国 LAに住んでいた2000年に子宮摘出手術を受けるまで、佐々木先生のお陰で私は宣告から20年間子宮を取らずに生活することができたのでした。
佐々木先生についてこんな記事を見つけました。ちょっと古いけれど、考え方など少しは伝わるかな、と思います。
あと、著書もいろいろあり、女性の病気についてわかりやすく解説しています。
子宮筋腫・子宮内膜症・子宮腺筋症 あなたの答えがみつかる本―治療も人生も自分で決めよう!


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