放射線

2012年03月13日

映画「ひろしま」を3月11日に観て

久々のブログ更新です。
ここのところテレビでよく故郷の風景が映し出されますが、やたら涙腺が弱くなった私は、そのたびにぽろぽろ…。
でも、ご遺族の方、被災者の方々は癒えない傷を抱えたまま、想像もできないほどの悲しみに包まれていることでしょう。

東日本大震災から1年の3月11日。
地震・そして津波が襲ったその時間、私は浜松市福祉交流センターで、映画「ひろしま」を観ていました。

ひろしまチラシ

主催は「福島を応援する会in浜松」。
最初に、代表を務める「自然酒と自然食品の店 かとう」店主、加藤国昭さんの呼び掛けにより、大ホールに集まった600席を埋める退場者全員で、昨年の震災・津波で犠牲となった方々の御霊に黙祷いたしました。
ちなみに、夜の部も行われているので、原爆・原発に対しての関心の高さが伺われます。

続いて、福島県田村市で有機農業を営む見上夫妻が「福島の未来」と題して、講演。見上夫妻は「きとす縄文生活研究所」にて、縄文時代のような簡素な暮らしを目指し、原発・基地・タバコのない世界に向けて活動をしていらっしゃいます。
大地を再生するエゴマプロジェクトや自然派の仲間たちの活動について紹介してくださいました。

映画「ひろしま」は、1953年に制作された104分におよぶ映画。1995年にベルリン国際映画祭で長編映画賞を受賞しています。
一般市民88,500人が参加し、戦時中の即層や防毒マスク、鉄カブトなどが市民から約4,000点寄せられたそうです。
どんなに広島の方々の思いが込めらているか、これだけでも十分窺えるのですが、私は今回上映の話を聞くまで、まったく映画「ひろしま」について知りませんでした。

それもそのはず、全国配給元として交渉していた松竹は「反米色が強い」として難色を示し、折り合いがつかないまま決裂。全国公開にはならなかったのでした。

決して楽しく面白い映画ではありませんし、また涙なくしては観られないという映画でもありません。
私はただただ圧倒され、息が詰まる思いで観ました。

この映画は原爆が落とされてから7年、まるでそんなことが起きたことを忘れたかのように平和に生きている日本に危機感を覚え、制作されたそうです。

ある日、突然白血病により倒れる女子高生。また、原爆で両親を亡くし、妹と離れ離れになり、精神的に歪められていく男子生徒。そこから記憶を辿るように、7年前の原爆が落とされた瞬間、いつもの風景から一変し地獄絵と化したあの日へと戻っていく…。

私は、昨年起きた東北大震災と重ねて観ていました。
テレビでは映らなくとも、そこにいた人々は同じような地獄絵を見、経験したことでしょう。
自ら傷つきながらも、家族を捜し求めて歩き続ける人、亡くなった子どもをいつまでも抱き続ける母親、目の前で次々息を引き取る同級生をただただ眺めているしかない子どもたち。
生徒を守り、励ましながら、どんどん衰えていき、崩れるように水の中へ消えていった女性教師。

そして、いくら街は甦っても、放射線被ばくにより蝕まれた体は数年経って病気となって現れ、命を奪っていく―。

重たいですが、見るべき映画だと思いました。



現在、この映画のマザーフィルムは2本しか残っていないとのこと。
フィルムの傷みやノイズを修復し、ニュープリントとして制作、世界へ発信しようと、「奇跡への情熱プロジェクト」が展開されています。


日本から世界の平和を。
未来の子どもたちへ原発、核のない社会を。

takutaku7and7 at 11:40|PermalinkComments(2)