LOVE & HONESTY

たまには、林家正蔵師匠の実父、故・林家三平師匠が高座でよく披露したネタをインスパイアしてネタを一つ。

いいかいお嬢さん?オジサンはねぇ〜これからお嬢さんのためだけにネタを一つやるからね。
よーく聞いてじゃなくって読んでおくれ。

つい先日のことでございます。「自分では『自分は愛されている』とはなかなか思えない」と申した人がいました。
オイラは「それはちょっと違っているな〜」って思ったんでございますよ。

オイラもキャラには似合いませんが「愛」ってなんだろ?って時々真剣に考えることがございます。
如何せんオイラの脳みそは「スズ虫並」なもんでヤスから〜「答え一発カシオ・ミニ〜」という訳にはいきやせん。「愛」って形があるようで無いし、無いようで有る存在だけに尚更「コレッ!」という答えを導くことができやせん。

最近思うのは、「人」は支え合って生きるから「人」という字を書くんだ!という坂本金八先生の名言にならって「人は愛情を注ぎあって生きるから人なんだ」ということでございます。
「袖すり合うも多生の縁」と申しますが、街で袖すり合う全ての人に愛情を注げるような体力や気力はございません。
オイラの場合「ボクが好きな人」とか「ボクが好きな人を好きな人」に限定して様々な愛情を注いでいこうと考えています。但し、世間一般で言う「同性愛」は持っていませんので悪しからず。

さて、本題に戻りますが
そこのお嬢さん!
お嬢さんとはふらりとオイラの元に舞い込んだメールがキッカケで出会いましたが、何度かメールのやりとりをして「自分と同じ(ような)痛み」を抱えているのを感じとりました。
そのような事情からも、お嬢さんにはチョッと特別な愛情を注いでいきたいと思っています。でも、勘違いしないでね、ご両親や兄弟そして生涯の伴侶が注ぐような愛情とは異質の愛情ですから。
「キミが何処かでポッカリと開けてきた穴をボクが少しだけ埋められる」からかも知れません。それと同時に「キミがボクをうめてくれている」とお嬢さんに感謝しています。

見返りなんて全く求めていないけれど、「いつも誰かに愛されている」ことだけは忘れないでくれませんか?
お嬢さんは、この世の色々な人から愛情を注がれて、色々な人に愛情を注いで生きていると思います。