2012年02月08日
反省;
本日の反省〜(´ヘ`;)
今朝、久しぶりにお嬢が「頭痛い」とメソメソ。
昨日の夕方から「痛い」と言っていたし、
のどとかも痛そうだったから、
たぶん風邪もあるんだろう。
ほんとに頭痛いんだとは思う。
けど、熱はない。
そのうち用意して出るだろうと様子を見ていたが
時間すぎても出て行きそうにない;
こりゃ、ヤバイな;
ここで休んでいいとは言えねーな;
たぶんほんとに休みそうなかんじだし、
にぃちゃんのこともある;
結局半分無理やり
手ひっぱって学校の手前まで連れて行った;
遅刻はしたものの、
なんとか学校にはたどりついた。
けど;
たぶんもっとうまい方法があったはずだよなぁ;
ってなわけで、反省なんであります;
どこかで何かが足りなかった。
どこだ?
次同じシチュエーションが出てきたときには
どう対応すべきか?
彼女はどうしてほしかったのか?
どうしたら、自分の意思で
出て行くことができただろう?
まず思いつくのは
私の中に彼女の状況を理解しようとする姿勢が足りなかったこと。
「頭が痛い」
その状況の中でどういう声をかけてもらったら
「痛いけど行こう」
という方向へ行けただろう?
今日は正論&怒りモードで押しちゃったもんなぁ;
「ママはわかってくれない(つд∩)
こんなに痛いのに(つд∩) 」
こりゃ、行く気になるわけがない;
あ、そっか;
「痛いのにがんばって起きたね。」
or
「痛いのにがんばって用意したね。」
認めたらず;だ;
なぜ姿勢がずれたのか?は、私の中の問題だよな;
なぜ認めることができなかった?
なぜ受け止めることができなかった?
ん〜;
たぶん、頭にイメージとして浮かんでいたのは
頭痛くなって、行けなくなったあのときの、彼女の姿。
ビビッてたんだよな;
今の彼女なら大丈夫だと信じられてなかった。
描けてなかった私は
彼女を「行けない」方向へ導くような言葉を
発していたんだろう。
にぃちゃんと違って、
はるに関しては、彼女が学校に行かないことを
私が受け止めすぎたから、行けなくなったんじゃないか?
と、正直思うところがある。
いや。
たぶん、受け止め方を間違えた、ような、、気がする。。
どう、間違えたのかな?;
「頭が痛い」ことは
「そっかぁ。痛いんだ。。」で、たぶんいい。
でも、
あの頃の私は
「私は受け止めることができてない。受け止めるんだ。受け止めるんだ。」
でいっぱいいっぱいだった。
そこから先を、描きたりなかったような、、気がする。。
彼女自身の力で立ってる姿を、描き足りなかった気がする。
自分のしてきたことを否定されるのが怖いから、
すべてを学校のせいにしたかった部分も
たぶんあっただろうなぁ。
なんとかして「受け止めた」形にするために、
「行かなくていい」という答えを出して
そこで止まっていた。
たぶんほんとは
自分のことを
受け止め切れてなかったんだろう。
そんな気がする。
学校へ行きたくないと感じる彼女自身の感情は受け止めていい。
「そっかぁ。行きたくないんだ。」
そこから先を、いっしょに探していけばいい。
信じてない、疑い口調じゃ、
力なんて、引き出せないものなぁ;
信じてるからこそ出る笑顔で
うなづいて
彼女自身の答えを
いっしょに探していけばいい。
細かいとこは
そのときにならんとわからん;
けど、基本は、
「認める」「信じる」「笑顔」
んなとこかなぁ。。
ん〜まだちょいぼんやりだけど;
シュミレーション、終わり〜♪
次は、できるっ!
イメージ♪ イメージ♪
失敗は、活かさなきゃね♪
さ〜てっ
帰ってきたら、
頭痛いのにがんばって行った彼女を
めいっぱい笑顔で
ハグで迎えるデス!
今日が
おうちで待ってるこたつのように
ふわふわ あたたかい
1日で ありますように。.。・:*:・゚`☆、。・:*:・゚`★
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2012年01月31日
陽だまり
今日レジにならんでたら、
後ろからポンポンって肩をたたいてくれた人がいた。
振り返ると
やわらか〜い 笑顔。。
こないだの幼稚園の集まりのときに
自分は不登校経験者なんだって
話してくれたUさん。
「今は不安なんだろう。一生懸命がんばってるんだと思う。
でも、きっといつか『タイミング』が来るよ。」って
自分の経験を話してくれた。
なんか めっちゃ ホッとした。
今日も
「こないだ言い忘れた。話ならいつでも聞くから声かけてね。聞くしかできんよ(笑)」って。
「いまだに人はこわいよ。」って言ってたけど、
包み込んでくれるような笑顔が
そこにはあった。
なんか うれしかったなぁ。。
私のまわりには
たくさん手をさしのべてくれる人がいる。
しんどかった時期に
うんうんって話聞いてくれたIさんとHさん。
「子どもが学校行けなくなってて」って
その一言だけで
手にぎってうなづいてくれたSさん。
朝から馬鹿話して
「楽しいよね〜」って
言ってくれるYさん。
「そうだよね。」って
共に感じることができるMさん。
いっしょに乗り越えてきてくれた
教頭先生、M先生、U先生。
挙げだしたらきりないな、ってくらい(笑)
あたたかい連鎖の輪の中に入れる自分でありたいって
思ってきたけど、
今ここには もうすでに
あたたかい輪が
あるんだな って
すんげ〜 幸せだな って
思った。
ありがとうございます。
今日が
光に満ちた
1日で ありますように。。
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at 13:26
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2011年11月29日
つぶやき
怒りも大切な感情。
だけど
怒りに振り回されない自分になりたいなぁ;と思う。
ここんとこ、振り回されてんなぁ;;;
今の自分の歯車、ずれてるとこは?
感謝かな。やはり。
深呼吸。
深く 深く 吐き出せ
軸を戻せ。
愛で、自分自身を満たすこと。
ん。
できる。
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2011年11月15日
無題
「ママさ〜
3日後に地球が無くなるとしたら
何する?」
「俺はね〜
まずみんなに『ありがとう』を言いに行く。」
そっかぁ。。
「家族で遊びに行く!」
しか、考え付かんやった母(笑)
何があったんかわからんけど
なんかすげーな、と思った
今日の午後。
あざ〜っす♪
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2011年10月28日
続。
なんだか急に楽になった。
何か答えが出たのか?
それとも、しんどいのにあきたのか?(笑)
なんで「愛される価値がない」と信じているのか?
それを探っていて、ふと出てきたのは
「強くないと、正しくないと、愛される価値はない」
って言葉だった。
ずっと強いふりをしてきた。
正しくなければならないと、いつも正しい答えを探していた。
心配されると腹が立った。
「私は強い。心配なんてしないでくれ。」
ほんとは強くないことを知っていたから。
パパにできてないことを指摘されるのが大嫌いだった。
感情的になって、伝えてくれてることをストレートに受けとめられない。
「私は間違ってない」
パパの考えを曲げようと必死になった。
ほんとは自分は正しくないことを知っていたから。
あきとに嫌われるのが怖かった。
あきとのやつあたりに、もろに傷つく自分がいた。
自分が愛される価値がないと信じていたから。
ちょっとしたことも頼めない。
人に近づけない。
浅く広いつきあいしかできない。
そんな自分に孤独感を感じていた。
ほんとは、近づきたかった。
感謝すること、幸せを感じることで、
満たしきれてるときはいい。
でも、いっぱいいっぱいになったときに
孤独感で自分をコントロールできなくなる。
「強くなければ、正しくなければ、愛される価値はない。」
ほんとは強くない、正しくない私は、
「愛される価値のない人間だ。」
もしかしたら、
「私は愛される価値がない。」
と決めてしまうことで、
自分らしく生きたいという願いを
守っていたかったのかもしれない。
けど、
強くなくても、正しくなくても、
私は愛されていい。
「愛される価値がない」なんて信じなくても
ありのままの私で生きていい。
これが最終の答えかどうかはわかんないけど;
なんだか楽になった。
ありのままの私は愛される価値がある。
そう信じようと思う。
まず、誰でもない私が
ありのままの私、
弱い私、正しくない私
全ての私を、愛そうと思う。
そして、
子どもたちもパパも
弱い彼らも正しくない彼らも
全て愛そうと思う。
ありのままの自分は愛される価値があるんだ、と
信じさせられる私になろうと思う。
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