隆慶一郎の『花と火の帝』を読みました。わずか5年という短い執筆活動だった氏の絶筆となった作品です。「いくさ人」を扱った「影武者徳川家康」や「一夢庵風流記」が有名ですが、この作品は「帝」を題材にしています。未完の作品なので、アラスジもどうかと思いますが、簡単にアラスジです。

仙洞御所戦国の世が終わり、太平の世と変わりつつあった江戸時代初期。後水尾天皇(ごみずのお)は僅か16歳で即位された。しかしこの当時、既に徳川幕府の力は天皇家を圧していた。徳川家の圧力により、天皇は2代将軍秀忠の娘、和子(まさこ)を皇后とすることを余儀なくされる。

明治天皇の大葬 葱華輦を担ぐ八瀬童子帝の味方は極僅か。少数の忠臣たちと、鬼の子孫とされる八瀬童子の直系・岩介が率いる“天皇の隠密”たち。なお、後水尾天皇は史上最も気性が激しいとされた傑物だった。帝は権力に屈せず、自由を求めて、幕府の強大な権力と闘う決意をする。


後水尾天皇とは、若くして「帝」を退き、院政を長く敷いた天皇としても知られています。昭和天皇が後水尾天皇(上皇)の御年を越えられるまで、長命の天皇であられました。

古来日本では「朝廷」と「武家」は不可侵であり、あくまで「朝」の下に「武」があるという関係。万物の長で絶対的存在であった「帝」、その権威も幕府の出現により失墜し、徳川幕府はいかに「帝」の権限をそぐかに腐心します。

堕落した公家たちは幕府の顔色ばかり伺い頼りにならず、天皇の味方として筆者が登場させたのが“天皇の隠密”たち、“八瀬童子”の末裔・岩介を筆頭とし、猿飛佐助霧隠才蔵といった兵たち。岩介は前田慶次郎や鬼麿とはまた一風違ったヒーローで、若々しくも一種達観した厭世観のある新しいヒーロー像です。

対するのは柳生但馬守が繰り出す柳生軍団と無理強いをする幕府、とくに秀忠を性格破綻した「絶対悪」として描き、柳生は徹底したやられ役です。さらに日本やシャム(タイ)の呪術師も絡み、山田風太郎の忍法合戦ならぬ、呪術合戦の様相を呈します。
その朝廷と幕府の息づまる攻防は、絵巻物風で奇想天外です。さりとてフィクションすぎるわけでもなく、実際に起こった歴史的事件と見事にリンクさせています。出てくる呪術の幾つかは、実際の伝承にあり、まるっきり筆者の作り事であるわけではく、無茶に見えて案外いいバランスです。

実権をもたなかったため光が当たらなかった徳川期の天皇と、謎に満ちた“八瀬童子”のヒーローを組み合わせることで、権謀術数や戦闘を中心に描かれてきた歴史・時代小説のパターンを打ち破り、新しい可能性を切り開いた実験的な作品ともいえるでしょう。

余談ですが、コミック「花の慶次」に、小説には出てこない「岩兵衛」という八瀬の里の鬼が出てきます。それは岩介の父、岩兵衛がモデルなのでしょう。そして「おふう」は、この小説でいう岩介の子「ゆき」がそれにあたると思われます。コミックの原案が出来上がった当時、この小説が新聞に連載されていたので、脚色されたのだなと再認識しました。

閑話休題、呪術という摩訶不思議なものが出てくるので、本小説は山田風太郎風のただの伝奇ロマンかといえば、それだけで片付けるにはあまりにも勿体ない作品です。

後水尾法皇天皇という、ある種タブー視されてきた不可侵の存在を小説に扱うだけあり、氏の意気込みと勇気を買います。氏独特の「天皇論」が散りばめられていて、当時の日本人の心に存在したであろう畏怖や尊王を上手く表現しています。

波乱の人生を歩まれた天皇を、われわれと同じような等身大の人間として描き、苦しみ、迷い、孤独や悲しみを抱えながら、権力に屈せず、自由を求めていく人間としてとらえています。

天皇は決して従者である岩介を高みから見下ろしていません。それは天皇が岩介にむかって、くだけた京都弁で話されることからもわかります。

しかし一方で、日本の「道々の輩」や「公界人」を統べる存在で、代々の天皇にしか伝えられない秘伝を操る最強の呪術師としても描いています。さらに筆者は文化を統べる者として定義しています。天皇とは、政治的権力とかかわらず、精神的権威にあるとし、古代の昔から文化的共同体の象徴、つまり精神的権威の象徴であると述べています。

あえて女子へ御譲位し、上皇となられた後水尾天皇の姿勢は、今の皇室が抱える「女系、女性天皇」問題にも繋がります。そのシーンは小説のクライマックスで登場し、惜しむらくはそれを書き終えたあたりで、絶筆となっていることです。おそらく筆者は、もう一巻、二巻は書きたかったことでしょう。タイトルにある「花と火」、ご気性の激しかったといわれている後水尾天皇の「火」の部分を描ききった筆者は、「花」を描く前に、この世を去るのです。

ややもすると、プロットが過剰で複雑な本作品は、氏のなかでも複雑な部類に入ると思われます。それは氏の“生きたい”“書きたい”という想いの表れだったのではないでしょうか。これほど未完で終わったのが悔しい小説もありませんでした。