北方謙三さんの『絶海にあらず』を読みました。

藤原純友本書は、かの承平・天慶の乱で有名な藤原純友が主人公となっています。平安時代の中ごろ、関東では平将門が叛乱を起こし、瀬戸内ではこの藤原純友が時を経ずして叛乱を起こします。それが後年、承平・天慶の乱と呼ばれ、後年「武士社会の目覚め」と位置づけられています。

同じ時代に朝廷に逆らった2人ですけども、平将門は、何かと小説や映画・テレビなどで採り上げられることが多いのですが、この藤原純友は謎につつまれた人物です。その彼をテーマにした小説、では簡単にアラスジです。

梶取ノ鼻京都・勧学院別曹の主、藤原純友。坂東への旅で若き日の平将門との邂逅を経て、伊予(今の愛媛県)の地に赴任する。かの地で待っていたのは、藤原北家の私欲のために生活の手段を奪われ、海賊とされた海の民であった。「藤原一族のはぐれ者」は己の生きる場所を海と定め、律令の世に牙を剥く。

北方謙三さんの歴史小説は今回初めて読みました。氏といえば、ハードボイルド作家というイメージが先行していたのですが、その先入観は間違いであることに気がつかれました。このような本格的な歴史小説も書いておられるのだな、と偏見が払拭されました。会話のテンポが良く、話にぐいぐいと引き込まれていきました。豪腕ともいえる筆力はさすがです。

後年、「武士の目覚め」と歴史認識されているこの2つの乱ですけども、平氏である平将門は武士であるのに対し、藤原純友は、その姓のとおり藤原氏に属する平安貴族です。貴族が乱を起こしたのですから不思議な話です。純友は、傍流とは言え当時の最大権力派閥である藤原北家に属する一族(異説もあります)なわけですから、なおさら疑問でした。

その彼が、「何故叛乱を起こすに至ったのか」、「傍流に過ぎない人間が宗家に反旗を翻したのか」、そして「末端の官僚の彼がいかに力をもち、歴史に残るほどの争乱となり得たのか」そんな疑問が読んでいるうちに解決されました。
栄華を誇る藤原北家の傍流の出身である純友が、伊予掾(いよのじょう)として赴任したことで海に接し、そこで海は誰のものでもないとの信念を培い、思うがままに生きていく姿が描かれています。平将門の乱が一族の争いに端を発したもので、最後の最後に京に対する叛乱となったのに対し、藤原純友の乱は当初から京に対する叛乱として描かれています。しかし、その叛乱は武力による戦いではなく、経済戦争であったという視点が新鮮でした。

小野好古後半生に絡んでくる小野好古との出会いと、その屈折した心理描写。関東で奔放な生き様を見せる平将門。つかず離れずの微妙な距離感で純友をけん制する越智郡司一族。そして純友の手足となる魅力溢れる水師たち。彼らの想いや思惑が、純友の進む道を彩っていきます。彼ら脇役の描写がとても繊細で、むしろ主人公を食う勢いです。

残念だったのは、後半になるにつれ、良い味を出していた敵役である越智一族が尻すぼみになったことでしょうか。なお、純友を補佐した弟・純素の扱いが歴史認識とは違い、後半おざなりになっているような気もします。さらにエンディングは通説とは違い、作者独自の解釈となっているのでしょう。それはそれで夢があって小説らしいエンディングだなと得心しました。

まさにハードボイルドな歴史小説、漢(おとこ)を描かせたら氏の右にでるものはなかなかいないでしょう。豪腕・北方謙三節がところかしこに散りばめられ炸裂しています。 純友の枠にはまらない生き様を見事に表現した、歯切れの良い痛快な歴史小説でした。