たまりんの時々山日記

艱難辛苦 眺望絶大 山岳渉猟…森から尾根へ 尾根から峰へ 峰から峰へ… 山に行かない時はしばらく放置 北海道十勝出身 静岡県東部在住の山親爺です 四季を通じて 主に静岡・山梨・長野の山々を登っていますが たまに岐阜・富山・新潟の山々や故郷北海道の山々に出没致します 因みに『たまりん』は7歳女子の愛猫の名前です

2012年03月

『吉本隆明』

吉本隆明が亡くなった…



今朝のニュースで知った…


仕事から帰ってきて夕刊を食い入るように何度も読み返した…


そして 二階の書斎の書棚にに並んだ 氏の本たちを探して あちこち拾い読んだ…


「吉本隆明詩集」「言語にとって美とは何か」「共同幻想論」「情況」「心的現象論序説」「戦後詩史論」「重層的な非決定」「宮沢賢治」「良寛」…




詩人・石原吉郎と並んで 10代の後半から20代にかけて訳も解らず 貪るように読んだのを思い出す…



私は遅れてきた世代だけれども 赤いヘルメットをかぶって 羽田や三里塚にデモに行ったこともあった…



かつての精神的支柱であり 今の私を形作る大いなる稀有な人物であったのだと思い知らされる…





詩集『転位のための十編』より

「ちいさな群れへの挨拶」


あたたかい風とあたたかい家とはたいせつだ
冬の背中からぼくをこごえさせるから
冬の真むかうにでてゆくために
ぼくはちいさな微温をたちきる
おわりのない鎖 そのなかのひとつひとつの貌をわすれる
ぼくが街路にほうりだされたために
地球の脳髄は弛緩してしまう
ぼくの苦しみぬいたことを繁殖させないために
冬は女たちを遠ざける
ぼくはどこまでゆこうとも
第四級の風てん病院をでられない
ちいさなやさしい群れよ
昨日までかなしかった
昨日までうれしかったひとびとよ
冬はふたつの極からぼくたちを繁めあげる
そしてまだ生まれないぼくたちの子供をけっしてうまれないようにする
こわれやすい神経をもったぼくの仲間よ
フロストの皮膜のしたで睡れ
そのあいだにぼくは立去ろう
ぼくたちの味方は破れ
戦火が乾いた風にのってやってきそうだから
ちいさなやさしい群れよ
過酷なゆめとやさしいゆめが断ち切れるとき
ぼくは何をしたろう
ぼくの脳髄はおもたく ぼくの肩は疲れているから
記憶という記憶はうっちゃらなくてはいけない
みんなのやさしさといっしょに


ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むこうへ
ひとりっきりで耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから
ひとりっきりで抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは卑怯だから
ぼくはでてゆく
すべての時刻がむこうがわに加担しても
ぼくたちがしはらったものを
ずっと以前のぶんまでとりかえすために
すでにいらなくなったものにそれを思いしらせるために
(続く)

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あの日から一年… ②

この一年をどう過ごして来たのか?


被災者 支援者 部外者 傍観者…


立場は違えど この日本に住むものは すべからく すべて当事者であったのだと思う…


①3月8日放送
NHKスペシャル 3.11 あの日から一年『仮設住宅の冬 いのちと向きあう日々』


岩手県大槌町 深い入江の美しい町は津波で 全てをさらわれ無残な姿を晒している

地吹雪が舞う荒涼の大地 変わり果てた故郷


「誰にも言えないようなこの悲しみ その日とは何も変わっていないです…」


「将来の不安に負けてしまうと 死んだ方がいいんでねえかって思うわけよ…」


悲しみと絶望と孤独の山あいの寒々とした仮設住宅の冬




5畳一間の仮設住宅に暮らす高齢の女性 (私の母と同じ83歳)
友人の多くは津波で亡くなり 人に逢うのを避けてひっそりと暮らしている


「いつの間にこんな生活になったのかと思ったり… どんな風に生きていったらいいのかな…」





人に慕われ世話好きだった69歳の女性は 夫を亡くし震災後大好きだった自慢の料理が旨く出来なくなったという


「生きるのも 黙って津波で逃げないで いかれれば幸福だったべかなと思うけど…」

「生きるのも難しいもの 生きていくのも難しい…」




最も山あいの仮設住宅で 一人暮らしをする68歳の男性


無二の親友を津波で亡くし 知り合いのいない仮設住宅で 誰とも話さないで過ごす日々



「酒飲んで 体あれして ガタ来たらさ 動かなくなったら 酒飲んで 酒で体悪くして 死ぬほかねえだ 自殺して死ぬか どっちかなんだ… あとは死ぬの待つだけだべ 何の楽しみもねえべし…」





仮設住宅での孤独死 や自殺者…



癒えぬ悲しみ…




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あの日から一年… ①

まもなく あの大震災から一年を迎えようとしています


テレビでは震災関連の番組が毎日放送されています


①3月4日放送
NHKスペシャル『映像記録 3.11 ~あの日を忘れない』

震災当日の地震や津波による被災の情景が克明に記録されています!見るのが辛くなるような凄まじい映像の連続です…

一年前の記憶が甦ってきます…


②3月5日放送
NHKスペシャル 3.11 あの日から一年『38分間~巨大津波 いのちの記録』

釜石報道室の記者が 釜石の街を襲う津波の一部始終記録

被災し家族を失った2つの家族の その後を追う


③3月6日放送
クローズアップ現代『“それでも生きる”~被災地3000人の声~』


NHKが震災2週間後 1か月後 2か月後 半年後に行ったアンケート(家族の幸せとは? 自らの生きがいとは? 安心できる暮らしとは? 今望むことは?)をもとに構成されています

多くの方々の願いは 元の暮らしを取り戻して 前に進みたいと答えています…


宮城県女川町の若い漁師さんと岩手県大船渡市の女性が紹介されています…


大船渡の女性は職場で被災 両親と障害を持つ幼い愛娘は家で被災し 避難に手間取り 孫娘を助手席に押し込んだところで津波が押し寄せ 母親は車に乗り込むことが出来ず 孫娘が助かったのを見届けて「生ぎろよ! こっち見るな! 後ろを振り向くな! 頑張って生ぎろよ! バンザイ! バンザイ!」と叫んで流れていったという…


女性は母親の死を受け入れることが出来ず アクセルを踏んで津波から逃れた父親を責めて 仮設住宅の別々の部屋で父親との交渉を避けて暮らしていたという…


転機が訪れたのは 年が明けて かつて家族が幸せに暮らしていた家の跡地を3人で訪れた時


愛娘を助けた両親の深い愛情を知り 愛娘のために3人で前に進んで行こうと決意する



大震災で 多くの方々が大切な肉親をなくされました…

深い悲しみ 癒えぬ喪失感 絶望の淵で 今日も生きていらっしゃる皆さんも多いことと思います…


この無尽蔵の悲しみに…


いったいどうしたものかと どうしようもない無力感にとらわれてしまいます…


この1年を 私はどう生きてきたのだろう? と問うてみる…






『平清盛』と『タルカス』

先日upした『クリムゾン・キングの宮殿』の記事の中で紹介した『タルカス』について ちょっと調べていたら 思いもかけない事実が判明しました!


何と 今年の大河ドラマ『平清盛』のオープニング・テーマ曲が 吉松隆なる現代音楽家により編曲された エマーソン,レイク&パーマーの『タルカス』らしいのです!

そう言われて 今日じっくり聞いてみると 確かに『タルカス』ですこんなところに装甲アルマジロが出て来るとは


私が初めてEL&Pを聴いたのは キング・クリムゾンのオリジナル・メンバーだったグレッグ・レイクつながりで買ったアルバム『展覧会の絵』(原曲 ムソルグスキー)だった『タルカス』はその前に発表されていて 友人から借りて聴いて 後で買ったと記憶している


吉松隆編曲による『タルカス』はこちらで

http://m.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&client=mv-google&v=tMVMNceCGzw




そして 更に調べていくと おもしろいものを発見致しました

これはいったい何なのか?『初音ミク』って こんなのですか

何か よくわからないのですが おまけに貼り付けておきます!


『タルカス』ボーカル版
http://m.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&client=mv-google&rl=yes&v=kwCDWgWM2N4


梁塵秘抄より「遊びをせんとや」
http://m.youtube.com/watch?desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DvCGAVsPd74E%26feature%3Dyoutu.be&feature=youtu.be&v=vCGAVsPd74E&gl=JP


『新日本風土記 秩父山中 里物語』

先日 2月17日の「新日本風土記」は周りを山々に囲まれた埼玉県の秩父 独特の風土と文化を今に伝えています

大まかな番組の内容は…

①修験道の聖地 三峯神社 山ノ神の一族オオカミを畏怖を込めて崇める山の民の暮らしと「おたきあげ」の儀式

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②毎年10月9日に催される 江戸時代から続く農民ロケット花火大会の「龍勢」と花火原料の「硝石」の特殊な製法について
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③上吉田 塚越地区米山薬師堂 花の咲く時期の遅い 月遅れの子供花祭り

④斜面に生きる人々の暮らし 湧き水の神様「井戸神様」 野菜や小豆の虫を追う「虫送り」 小麦粉のすいとん「つみっこ」
⑤荒川長瀞峡の日本ライン下り
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⑥龍神が棲む山「武甲山」 全山石灰岩 セメントの採掘で日々姿を変える秩父の人々の心の山は 身を削って日本の経済成長を支えて来ました!熊谷に通じる秩父鉄道はセメント搬出のために敷設されました!私も 昔この旧型車両に乗って女友達と三峯神社や長瀞に行ったことがあったなあ 今はどうしているだろうか…幸せに暮らしているだろうか…
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