たまりんの時々山日記

艱難辛苦 眺望絶大 山岳渉猟…森から尾根へ 尾根から峰へ 峰から峰へ… 山に行かない時はしばらく放置 北海道十勝出身 静岡県東部在住の山親爺です 四季を通じて 主に静岡・山梨・長野の山々を登っていますが たまに岐阜・富山・新潟の山々や故郷北海道の山々に出没致します 因みに『たまりん』は7歳女子の愛猫の名前です

東日本大震災

あの日から一年… ②

この一年をどう過ごして来たのか?


被災者 支援者 部外者 傍観者…


立場は違えど この日本に住むものは すべからく すべて当事者であったのだと思う…


①3月8日放送
NHKスペシャル 3.11 あの日から一年『仮設住宅の冬 いのちと向きあう日々』


岩手県大槌町 深い入江の美しい町は津波で 全てをさらわれ無残な姿を晒している

地吹雪が舞う荒涼の大地 変わり果てた故郷


「誰にも言えないようなこの悲しみ その日とは何も変わっていないです…」


「将来の不安に負けてしまうと 死んだ方がいいんでねえかって思うわけよ…」


悲しみと絶望と孤独の山あいの寒々とした仮設住宅の冬




5畳一間の仮設住宅に暮らす高齢の女性 (私の母と同じ83歳)
友人の多くは津波で亡くなり 人に逢うのを避けてひっそりと暮らしている


「いつの間にこんな生活になったのかと思ったり… どんな風に生きていったらいいのかな…」





人に慕われ世話好きだった69歳の女性は 夫を亡くし震災後大好きだった自慢の料理が旨く出来なくなったという


「生きるのも 黙って津波で逃げないで いかれれば幸福だったべかなと思うけど…」

「生きるのも難しいもの 生きていくのも難しい…」




最も山あいの仮設住宅で 一人暮らしをする68歳の男性


無二の親友を津波で亡くし 知り合いのいない仮設住宅で 誰とも話さないで過ごす日々



「酒飲んで 体あれして ガタ来たらさ 動かなくなったら 酒飲んで 酒で体悪くして 死ぬほかねえだ 自殺して死ぬか どっちかなんだ… あとは死ぬの待つだけだべ 何の楽しみもねえべし…」





仮設住宅での孤独死 や自殺者…



癒えぬ悲しみ…




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あの日から一年… ①

まもなく あの大震災から一年を迎えようとしています


テレビでは震災関連の番組が毎日放送されています


①3月4日放送
NHKスペシャル『映像記録 3.11 ~あの日を忘れない』

震災当日の地震や津波による被災の情景が克明に記録されています!見るのが辛くなるような凄まじい映像の連続です…

一年前の記憶が甦ってきます…


②3月5日放送
NHKスペシャル 3.11 あの日から一年『38分間~巨大津波 いのちの記録』

釜石報道室の記者が 釜石の街を襲う津波の一部始終記録

被災し家族を失った2つの家族の その後を追う


③3月6日放送
クローズアップ現代『“それでも生きる”~被災地3000人の声~』


NHKが震災2週間後 1か月後 2か月後 半年後に行ったアンケート(家族の幸せとは? 自らの生きがいとは? 安心できる暮らしとは? 今望むことは?)をもとに構成されています

多くの方々の願いは 元の暮らしを取り戻して 前に進みたいと答えています…


宮城県女川町の若い漁師さんと岩手県大船渡市の女性が紹介されています…


大船渡の女性は職場で被災 両親と障害を持つ幼い愛娘は家で被災し 避難に手間取り 孫娘を助手席に押し込んだところで津波が押し寄せ 母親は車に乗り込むことが出来ず 孫娘が助かったのを見届けて「生ぎろよ! こっち見るな! 後ろを振り向くな! 頑張って生ぎろよ! バンザイ! バンザイ!」と叫んで流れていったという…


女性は母親の死を受け入れることが出来ず アクセルを踏んで津波から逃れた父親を責めて 仮設住宅の別々の部屋で父親との交渉を避けて暮らしていたという…


転機が訪れたのは 年が明けて かつて家族が幸せに暮らしていた家の跡地を3人で訪れた時


愛娘を助けた両親の深い愛情を知り 愛娘のために3人で前に進んで行こうと決意する



大震災で 多くの方々が大切な肉親をなくされました…

深い悲しみ 癒えぬ喪失感 絶望の淵で 今日も生きていらっしゃる皆さんも多いことと思います…


この無尽蔵の悲しみに…


いったいどうしたものかと どうしようもない無力感にとらわれてしまいます…


この1年を 私はどう生きてきたのだろう? と問うてみる…






一年を振り返って

年末あまりに忙しく 紅白を見ながら こんな記事を書く羽目になってしまいました


今年の山行を振り返って 思い出深いのは 奥秩父の竜喰山 白峰南嶺の笹山 北信五岳の黒姫山 北アルプスの笠ヶ岳あたりでしょうか

秋に予定していた北アルプスの五竜岳 阿寺山地の小秀山は予定がたたず頓挫してしまった

丹沢 富士山周辺の山々 南アルプス主稜 八ヶ岳 中央アルプス 奥秩父の山々はほとんど登ってしまって 何度も繰り返し登っている状態…


来年は黒部源流の山々 志賀高原 谷川連峰辺りにも足跡をつけたいものですが どうなりますやら


北海道の山は 今年登れなかった夕張岳とペテガリ辺りを予定しております


月に2回くらいは山に行きたいとは思っていますが 年が明けても しばらくは忙しいようなので机上登山の日々になりそうではありますが…



今年は 東日本大震災と原発事故 度重なる台風被害 金融不安と激動の一年でした!
いろいろ考えさせられる事の多い 忘れられない一年でした


来る年が 明るく穏やかな年であることを願ってやみません


一年ありがとうございました!


大震災から9ヵ月が過ぎて~宮城県気仙沼市唐桑

未曽有の被害をもたらした大震災から9ヵ月が過ぎました…

忘れることのできない一年です…


震災から半年の9月には NHKアーカイブス『イグネ~屋敷林が育む田園の四季』(2002年)が放送され 仙台平野の名取市閑上の“やませ”から守られたイグネの森の暮らしが紹介されました!ここは仙台空港近くの低地が広がる場所で 津波が次々と田畑や家々を飲み込んでいった衝撃的な映像が報道された場所でした


9ヵ月が過ぎた今日は 同じ宮城県の気仙沼市の唐桑半島の漁村のアーカイブス映像が紹介されました!

唐桑半島は宮城県と岩手県を分ける半島で 北隣りは岩手県南三陸町の広田湾 南は唐桑の集落が点在し 更に南には津波により大火災が発生した気仙沼湾が控える場所です

深く入り組んだリアス式海岸が続き 豊かな漁場をもたらす美しい半島です!

放送されたのは 男たちが遠洋漁業に出た村を守る女性たちの暮らしを紹介した『新日本紀行 唐桑の七福神』(1973)“森は海の恋人運動”を紹介したETV特集『水辺からの報告』(1997) 唐桑半島の港々の暮らしを紹介した『漁師の海 海辺の祈り 三陸・唐桑 港物語』(2005)…



“森は海の恋人運動”を展開し 海を守るために荒廃した森林の回復を進め カキやホタテの養殖のかたわら文筆もされる畠山重篤さんのお話しも聞くことができました!

番組の最後にはなされたお話しが印象的でした!

「津波の直後はもう海のそばには住みたくないと話していた住民たちが 時がたつにつれ 海の見える小高いところに住みたい!海が見えないと駄目だ!

こんな津波があっても 誰も海や津波を怨む気持ちはない!海しか生きる道はない!」

震災後 すっかり流されてしまったカキの養殖筏の復旧を図り 来年の春には わずかながら出荷できそうとのこと…


詳しくは…
明日放送の『プロフェッショナル仕事の流儀 それでも海を信じている』(12日 22:00~ NHK総合)をご覧下さい



浦河沖地震に思うこと

先ほど 北海道浦河沖で大きな地震が発生しました


震源は浦河沖 最大震度は新ひだか町(旧静内町・三石町)で震度5強 マグニチュード5.1


浦河沖地震で思い出すのは 「1982年の浦河沖地震」3月21日の春分の日のお昼近くに発生した地震は 震度6で強烈でした

当時 私はこの震源の町に住んでおり 家の外にいたのでしたが…家はミシミシと撓み 倒壊寸前でした足が絡まって 真直ぐ歩けませんでした!家の中は目茶苦茶…その後 お彼岸でしたのでお昼に 生きた心地のないまま「ぼたもち」を食べたのを今さらの様にまざまざと思い出します



私の故郷でも 十勝の名を冠した「十勝沖地震」という大地震が3度発生しています!


私の生まれる2年前の「1952年の十勝沖地震」3月4日 最大震度6 マグニチュード8.2 これは東日本大震災が発生するまで 日本で起った最大の地震でした!祖父母や父母 先生から その地震の凄まじさはよく聞かされました


そして二度目は「1968年の十勝沖地震」

5月16日午前発生 最大震度5 マグニチュード7.9

私は中学2年生で授業中の事でした 北海道の5月はまだ寒くて石炭ストーブを使っていましたので 先生は「火事になるからストーブを外して持って逃げろ!」と指示しましたが そんな余裕があるはずもなく 我先に窓から外に飛び降りて校庭に四つん這いになっているのが精一杯でした!校庭の片隅の池の水が まるで海の波の様にザブンザブンと溢れていました



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