玉村豊男の「隠居の小言」

そろそろ「傘寿」を迎える玉さん、老いてますます元気です。今年も毎週1回、月曜日に更新します。 2022-2023のコラムをまとめた『玉村豊男のコラム日記2022-2023』発売中です。

外反母趾

  右足の外反母趾が、ひどいことになってきた。

 私は高校生の頃から左右とも外反母趾の兆候があり、親指のすぐ下の骨がだんだん大きく内側にせり出してきた。

 大人になると悪化は止まったが状態はそのまま固定した。が、新しい靴を買ったときに慣れるまで痛さを我慢する程度の不便だから、とくに矯正しようと考えたことはなかった。

 私は背広や革靴を強制される職業には就かなかったので、社会人になってからはほとんどスニーカーかそれに類するラクな靴を履いてきた。革靴でも、軟らかい皮でできた甲高幅広のタイプを選んで、数日間だけ馴らせばふつうに履くことができた。

 ところが、もうこれ以上悪化することはないだろうと思っていた外反母趾が、数年前から急にまた反ってきた。

 コロナの時期に、何か条件が変わったのか。

原因は分からないが、右足の親指(第1指)が、隣の人差し指……というのか(足の指で人を差すことはないが)第2指の上に覆い被さるように深く曲がってきたのである。調べてみると、クロスオーバートウ、と言うらしい。

 第1指と第2指が重なると、さすがにそこだけ盛り上がってしまうから靴が履きにくい。

 靴のサイズをひとまわり大きくしても、高さは変わりないから結果は同じ。それでもメーカーによって指まわりの余裕が多少は違うので、なんとか重なった指がそのまま入り込むものを選んで、現在は3足だけ日常に使えるスニーカーを確保している。

 もう、老い先も短いから、死ぬまでクロスオーバートウのままでいいか……。

 と、思う一方、短い老い先を快適に過ごすために、思い切って手術を受けようか……とも考えて悩んでいる。

 骨を削るか関節を切るか、手術そのものは難しくないそうだが、術後半年くらいは歩くのに不自由するらしい。この年で自由に歩けなくなると足腰が弱りそうだし、それを考えるとまだ決心ができない。

 高校生の頃から足がおかしくなったのは、革靴で通学していたのが原因だろう。

 もうあまり覚えていないので、中学や高校のときになにを履いていたか確認しようと思って昔のアルバムを見返した。

いまと違って日常の光景を写した写真はほとんどなく、遠足か修学旅行、入学や卒業のときの集団写真くらいしかないのではっきりしないが、高校のときは、学校でも、修学旅行でも、みんな革靴を履いている。ふだんは革靴で通い、校内に入るときに室内履きに履き替えたのだと思う。

もちろん全員が外反母趾になるわけではないので、私の歩くときの姿勢や力の入れかたが悪かったのが根本の原因だとは思うが、まだ成長の終わらない若者の軟らかい足を硬い革靴に押し込んで歩かせたことが、どこかで影響していることは間違いない。

青少年期の習慣は、あとあとまで身体的な影響を残すことがある。

 そろそろ入学のシーズンだが、小学生のために重そうなランドセルが売り出されているニュースに接すると、せめて小さいうちは手ぶらで学校に通わせてやりたいものだと思う。

 

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これは現在愛用中の鞄。東京に行くときはかならず持って行き、歩くときはつねに肩から掛けている、老人用のランドセルである。

また雪

 また雪が降った。

 2月5日の午後から降り出した雪が翌朝までに40センチほど積もり、長いあいだ道端や森の中に残っていたが、先週になってようやく完全に姿を消した……と思ったら、また新しい雪で景色は真っ白だ。

 昨日の朝から一日中降った雪は約20センチ。残った雪が消えるのを待って新しい雪が降る、というのはいつものことだが、今年はこれまで箒で掃けるような薄ら雪が2、3度降っただけだから、回数としては平年並みだ。

 が、水分を多量に含んだ重い雪なので雪かきがたいへんだ。今朝の気温はマイナス2℃。昔のようなサラサラのパウダー・スノーが降らなくなってから何年経つだろう。

 信州では、日本海側に降る雪を下雪(しもゆき)と呼び、太平洋側に降る雪を上雪(かみゆき)と呼ぶ習慣があるが、今年積もった雪はともに(東京と同時に降る)上雪である。去年から今年のはじめ頃に降った薄ら雪は下雪だ。

 このブログの文章を1冊の本にまとめた『玉村豊男のコラム日記2022~2023』が先週刊行された。

 これで2019年から5年以上「日記」を書き続けているわけで、読み返すと5年連用日記のように過去のことが分かる。

 2019年2月4日の日記にはこう書いてある。

「寒い朝といっても、最近はせいぜいマイナス5℃から6℃くらいにしかならない。昔の真冬はマイナス10℃以下の日が1週間も10日も続いたことを考えると、やっぱり少しずつ暖かくなっている」

 2021年1月25日の日記では、

「ヴィラデストの初雪は、東京も初雪が観測された1月12日。わずか2センチほどの積雪だったが、その後、1月24日に約20センチ積もる本格的な雪があった。この日は東京にも雪の予報が出ていたから、ともに典型的な上雪である/上雪は寒さが緩みはじめる3月頃から降る水分を含んだ重い雪で、春を告げる雪とされてきたが、最近は節分の前に上雪が降ることも珍しくなくなった」

 と書いてから、この冬は、

「クリスマスローズがクリスマスに咲いているのを見た」

 と報告している。クリスマスローズは、その名と違ってこのあたりでは2月以降に開花するのが通例なのに、それだけ早くから暖かかったのだろう、と驚いている。

 クリスマスローズは、2022年は年が明けてすぐに咲いた。

 この年は1月中下旬にマイナス8~10℃になる寒い日が続いたが、1月2日からキツツキが森の樹を穿つ音を聞いた。

 2023年は、1月下旬にマイナス12℃の最低気温を記録し、その日に20センチの積雪があった。日記の文章から、この年は「10年ぶりの寒波」と言われていたことが分かる。去年のことなのに、もう忘れている

 今年は、まだこの時点でもキツツキの音を聞いていない。クリスマスローズは2月中旬になってようやく咲いた。
  こうやって較べてみると、今年は温暖化の中でも多少寒いほうに属するだろうか。
  雪かきを難儀に感じたのは、雪の重さより歳のせいかもしれないが。

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傘寿

 毎週1回のコラム日記執筆も6年目を迎えた。

 そのうち最近の2年間に書いた104本が『玉村豊男のコラム日記2022~2023』として1冊の本にまとめられ、先週、刊行された。

 表紙は書斎の机の前に座っている私の写真で、よく見るとシャツの首のあたりからほつれた白い糸が1本、青いセーターの上に垂れている。デザイナーが消してくれればよかったのに、これも老人らしくてよいと判断したのだろうか。

 帯の惹句には「そろそろ傘寿を迎える筆者は、老いてますます元気である」とあるが、この一文については事前に編集者から問い合わせがあった。

 編集部が考えた文案では「今年傘寿を迎える筆者は……」となっているが、それでよいか、という確認である。

 私は1945年10月8日の生まれだから、現在は満78歳。今年の秋に79歳になる。だから歳を祝う傘寿は来年のことだと思っていた。

「年祝いは数え年なので、正しく言えば今年が傘寿です」

 編集や校正をやる人は決まりに厳格だ。いい加減な私のことだから、きっと満年齢で数えているに違いないと思ったのだろう。

「最近はそういう人も多いので、いちおう確認させていただきたいと……」

 数え年というのは、生まれたそのときが1歳で、正月を迎えるたびに歳を取る、という数えかた。その数えかたで行けば、私は生後2カ月で迎えた1946年の正月に2歳となった。だから2024年の正月になれば80歳。なんだか急に歳を取った気分である。

 数え年は中国から東アジア一帯に広まった古い習慣で、現在でも混用している国があるというが、日本では、明治政府が満年齢による数えかたを規定したにもかかわらず一般には旧弊が残り、1950年にあらためて法制化されたという経緯がある。私が生まれた頃は、まだ両者が混用されていた時代のようだ。

 いまは、年祝いや七五三は数え年でやっても満年齢でやってもよいことになっているそうだが、厄年は数え年で考える人が圧倒的に多いらしい。

「で、どうしますか。今年傘寿を迎える…‥で、いいですか」

 古くからの習慣なら、数え年の起点である正月も、当然旧暦の正月か立春とするのが正しいはずだ。ということはつまり、私はこの2月に傘寿になる(なった)わけだが、

「やっぱり、そこは……そろそろ傘寿になる、としておいてもらえますか」

 と言って傘寿を先送りすることにした。

 1950年1月1日に施行された(制定は1949年5月24日)「年齢のとなえ方に関する法律」では、

「国民は、年齢を数え年によって言い表す従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは、月数)によってこれを言い表すのを常とするように心がけなければならない」

 とし、同法制定の理由として「若返ることで日本人の気持ちを明るくさせる効果」を第一に挙げている。

 当時の国会では、次のような論議がなされたという、

「従来の数え年から満年齢に変更することは、一種の日本人たちの若返り法になる。当時の日本では税金その他の生活についても何となく暗い気持ちになっていたところ、せめて年齢だけでも若返るというようなことは。明るい気持ちにさせるものである。予算を伴わないで国民の気持ちが明るくなるということは、政治上で大事な点である」(ウィキペディアより引用)

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立春を過ぎてから、クリスマスローズが一輪だけ咲いた。最近の数年では、開花は遅いほうである。
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