玉村豊男の「隠居の小言」

後期高齢者になった玉さん。老いてますます……元気です。 「古希」から5年で「後期高齢者」。次の目標はとりあえず2年後の「喜寿」 ……いや、また5年後の「傘寿」でしょうか。新年からスタートして、 毎週1回の更新をめざしたいと思います。

敬老の日

晴れた朝は、30分ほどブドウ畑を歩きまわる。

かたちよく実った果房が見つかると、地面すれすれにしゃがみ込んで写真を撮る。ときにはメモのようなスケッチをしながら絵になりそうな構図を考え、だいたいのイメージができあがると、2房ほど切り取ってアトリエに持ち帰る。

 収穫が終わるまでに、ブドウの絵を描かなければならない。

 今年は低温と日照不足で例年より収穫が遅れそうだ。その分だけ絵を描く時間ができるのはありがたいが、5房も6房も切り取ったのに絵がうまく描けなければ、ワイン1本分が無駄になるので失敗は許されない。

 最近まで絵を描くときはテレビをつけっ放しにしていたが、BGM代わりといっても音はときどき耳に入ってくるので、先週あたりからテレビをつけるのを止めた。どの局も、自分が投票できるわけでもない自民党総裁選のニュースばかりやっているからだ。日本の人口の100人に1人にも満たない自民党員のために、全国放送をえんえんと続ける意味があるだろうか。

 もうだいぶ以前から、夜は配信か録画のドラマや映画を見るようになっている。どのチャンネルにも同じようなお笑い芸人が顔を出しているし、その芸人たちが信じられないほどの高額所得者だと聞くと、才能と努力に敬意は払うが、素直に笑っていられない気分になるからだ。

 ……いよいよ、俺も頑固な年寄りになってきたな。

 こういうことを言うようになっては、自分で世間を狭くするだけだろう。

 でも、考えてみれば、そもそも老人というものに、広い世間は必要ない。満足できる日常さえあれば、それ以上他人と関わりを求めたり、世界の行く末を心配したりしなくてもよいのである。

 私も、あと2週間で76歳になる。

これから先、何年生きるか分からないが、死ぬまでに少しずつ世間を狭くして行って、最後には他人と没交渉の、ひとりだけで自足する世界の中に籠りたいものだ。

 あれ、いま、この日記を書いてから気づいたが、なんときょうは……敬老の日。

 

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できました。

昔の出来事

書斎の机のすぐ横の本棚に、100冊くらいの自著本が並んでいる。

このあいだ本棚を整理したとき、それまであちこちに散らばっていたのを1ヵ所にまとめたのだ。単行本の初版のほか、翻訳や画集や対談集、単行本とほぼ同じ内容で再刊された文庫本なども含まれているが、持っていたはずなのに見つからない本もあり、自分が書いた本が何冊になるか、正確には分からない。

手許にない本のうち、ネットの古書店で売っているものは注文して取り寄せた。タイトルを含めて書いたこと自体を忘れている本はないと思うが、自信はない。ひさしぶりに手にした自著のページを繰ると、書いたことを忘れてしまった文章がたくさん並んでいるからだ。

へえ、こんなことを書いていたのか。なかなかうまい文章じゃないか、と感心してみたり、いまなら違った表現をするのに、と直しを入れてみたり、何十年も前に書いた自分の本を読むのは面白い体験だ。

忘れていた出来事を、自分で書いた文章から思い出すこともある。

20年ほど前、私がパソコンを使いはじめた頃の顛末を書いた『モバイル日記』という本を、ネットの古書店から安い値段で買った。無知からスタートした手習いの屈辱や、海外のホテルで回線を繋ぐために費やした時間と労力など、読むとその当時に体験したシーンがまざまざと脳裡によみがえるが、中にはすっかり忘れていたこともある。

 

先日、京都のあるホテルにチェックインしたら、しばらくして玉村さまファックスが届いております、と部屋にボーイがやってきた。ありがとう、と言って受け取り、封筒から中の紙を取り出して見ると、「水戸黄門出演依頼」と書いてある。テレビ局からのファックスだ。お、いよいよ来たか。役者をやるのははじめてだ、どんな役だろう……と一瞬よろこんだが、もう一度見直すと宛名は私ではなく、「あおい輝彦さま」となっていた。

 

忘れていたが、たしかにそんなことがあった。そのときのホテルの部屋の感じと、宛名を見てちょっぴり残念な気分になったことも思い出した。

そういえば……この話に記憶が刺激されて、それに似た別の出来事を思い出した。

どこのホテルだったかは忘れたが、チェックインしようとして、フロントデスクで名乗り出た。

「玉村豊男です」

「はい、中村玉緒さんですね」

 きっと、その日の同じ頃に、中村緒さんがチェックインすることになっていたのだろう。男の私はマネージャーと思われたのかもしれないが、タマムラトヨオ、ナカムラタマオ……似ていると言えば、似ているか。

 

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ブドウの絵(現在制作中)

散歩しない犬

もう2か月以上も、押し問答が続いている。

 犬が散歩しないのだ。

 ピノ。柴犬8歳。噛み癖があるほかは大人しくて良い子なのだが、梅雨の頃から夏の終わりまでは極端に散歩を嫌う。

 秋から春までは1日2回、朝起きてすぐと午後遅め、2回の食事の直後にそれぞれ20分程度の散歩に出る。食事が終わると水を飲み、その足で台所の勝手口まで歩いてきて、首を差し出してリードに繋がれる……というのが毎日のルーティーンなのに、梅雨に入ってジメジメした天気が続くようになると、食事はするが食べ終わるとそのまま寝転んで、呼んでも振り向こうとさえしなくなる。

「ピノ、散歩に行こうよ」

 と声をかけるのだが、どうやら「サンポ」という言葉を覚えたようで、そう聞いただけで目を逸らしてそっぽを向く。

 ダメなときは、何度やってもダメ。たまに自分から勝手口のほうに歩いてくるときもあるのだが、繋ごうとする直前に身をかわして逃げてしまう。遊んでいるつもりらしい。私のほうは、勝手口で待ち構えたまま無為に時間をやり過ごす。毎日、合計すると1時間以上は無駄な押し問答に費やしている。

 嫌なら散歩しなくてもよい、というわけには行かない。

家の中では小便も大便もしない犬なので、散歩に出ないと用を足す機会がない。ふつうなら2回の散歩でオシッコは2回、ウンコは1回または2回。飼い主の私は年寄りなので小便が近く、ウンコは1回だがオシッコは頻繁だ。押し問答をしている間に、たいがい2回はトイレに行く。だから、ピノが散歩に行こうとしないのが心配なのだ。小便が溜まって尿毒症にならないか。夜は私のベッドに乗ってくるので、その上で漏らすことはないだろうか……。

 それでも終日外に出ないということはなく、愚図った末に1度だけは首輪を繋がせる。朝から懇願してようやく昼近くになって出るとか、1度行ったらもう夜になっても出ようとしないとか、散歩は1日に1回、という日が長く続いた。

 気圧が下がって湿っぽい日が続くと、テンションが下がって動きたくなくなる

のだろう。それに、ピノには植物系のアレルギーがあるようで、家の周囲が草に

覆われる夏の間は、たえず頬や腹を毛が抜けるまで掻き毟る。そんなこともあっ

て、外に出るのが億劫なのかもしれない。

 9月に入ってからの長雨が途切れてようやく太陽が顔を出した昨日は、ひさしぶりに自分から積極的に散歩に行こうとした。

やった。ようやく苦労の夏は終わったか。このまま秋冬のペースに移行すればよいのだが……と思っていたら、今朝は晴れたのに、また押し問答が戻ってしまった。6時半から誘いはじめ、朝食の後も、何度も書斎と勝手口を行ったり来たり。なんとか繋いで外に出たのは9時過ぎのことだった。

どうやらこの問題もまだ収束が見えないようだが、それにしても24時間に1回だけ小便をすればよいなんて、信じられないほど羨ましい。 


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ここ数日で、ヴェレゾンはほぼ完了。
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