二十歳の羊ヶ丘10月9日、10月9日、何の日だっけ?何があったっけ?と思っていたら。

5年前の2014年の今日、区民健診のHbA1c数値が高いということで、初めて糖尿病外来に行った日でした。
その場で告げられた1型糖尿病という病名。
つまり、5年前の今日は、私の1型糖尿病デビュー日だったのです。

HbA1cが何かも、

1型糖尿病と2型糖尿病も違いも

血糖値のことも、

カーボカウントのことも

何も知らない中での1型糖尿病の病名宣言。
さらに、その日から、日に何度も指に針を刺し、血を採り血糖値を図り、一日最低4回はインシュリンを自分のおなかに自分で打つことになるという展開に、とても戸惑いました。

インシュリンさえちゃんと打って、薬も飲んで、血糖値コントロールさえできていれば、何とかなるかな?という、今の私のズブい態度の欠片もなく、インシュリン空のを持ってお出かけする、なんておまぬけも考えられないほど、ひたすら真剣に真摯に、この病気と向き合う日が始まったのです。

糖尿病手帳を渡され、食前血糖値、食後血糖値、就寝前血糖値、食事の内容などなど、事細かに、地獄のような思いで書きはじめて、こんなの毎日書けない!と吠えそうになった時。
次男がみつけてくれたアプリ「e-SMBG」は、まさに地獄で仏とはこのことか、と思ったほどで、涙が出るほど嬉しかったです。。
最初の1年ちょっとは行かれる限りのシンポジウム、勉強会、セミナー、患者会に行って、情報も収集しました。

もちろん最初に行った病院の先生が、相性もばっちりで、「糖尿病でも美味しく食事をしよう」と提言されている、ある意味、マイノリティな方だったことも幸いしました。
先生だけでなく、看護師さんや、管理栄養士さんみなさんが、押しつける治療ではなく、患者の自主性を尊重してくださるチームだったのもラッキーの極み。
気難しいドクターだったり、1型糖尿病をよく理解できていないクリニックだったりしたら、今の私はありませんでしたね。

発病後2年でフィリピンに仕事で行き、猛暑の中を馬車馬のように動いて帰国してから、数値が不安定になり、若干インシュリンが膵臓から出始めた感じに。
いまは、1型糖尿病の病名を、2型に変え→変えないと処方していただけない薬があるので→日々、数値をみながら、過ごしています。
人間の身体って不思議だなぁと思いながら、患者としては、ほぼ野良。

そして、5年前には私の人生のほぼ全部を埋め尽くしていた糖尿病に関する、不安や驚き、恐怖、戸惑いのようなものは、いまではほとんど、消え去りました。
いまは、生後11か月から持病のぜんそく性気管支炎よりも、身体へ対する心配の占める割合が少ないかもしれません。

低血糖もどんな感じで起きるかも掌握したし、高い時の感じもわかった。
習うより慣れる、自分の身体のことだから、とまで思えるようになりました。

もしかしたら、日に一回、このブログに向かう時が、一番、この病気のことを考えている時かもしれません。

さぁ、今日から6年目に突入です。

写真は20歳の頃の私、札幌・羊が丘で撮ったもの。
この時に、38年後、こういう病気になるなんて全然予想していなかったよね。
さらに5年後、こんなに図太くなってるとも思わなかった。
だから、先々恐れずに生きて行こうと思っています。

きのう何食べた?ならぬ、今日は何食べたかなぁ?という内容が中心のブログになってきていますが、明るい気持ちになれる小さな種を、毎日蒔いて行かれたらなぁと考えています。

みなさま、これからもよろしく、お願いします。

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