2013年05月19日

ジム通い


皆の衆!こんばんはー!

明日から、また新しい一週間がはじまるぞい!

ということで、

ここ最近、ワシがまたハマりだしているのが・・・

毎朝のジム通いなーのだ!

朝、早くからジムに行き、筋トレとランニングで汗を流すと・・・

仕事に力がみなぎる・・・といいたいところだが、

実際のところ、昼飯を食べた後、

とても眠くなってしまうのだよ。

んんん・・・やはり来年50の体に、

毎朝のジム通いは、ちょっと無理があるのか???

いやいや、無理があるから面白いのだ!

ということで、この一週間もがんばりましょう!!

美人の写真と、「ワシの修業時代」の続きをどうぞ。





先週、撮影させていただいた矢部寿恵様でございます。


33 午前






  






























「ワシの修業時代」vol2 



「(探検隊の姿をした、いかりや長介が舞台に出てきて)

ウイース!(会場のチビっ子たちもウイース!)声が小さ

ーい!もう一度ウイース!(会場のチビっ子たちも大きな

声でウイース!)静かにしろー!(会場のチビっ子たちか

ら爆笑)いいかみんな!ここは、ジャングルだー!」……

昔テレビでやっていた『八時だよ全員集合』という番組の

冒頭シーンなのだが……なぜかワシは、子供の頃にテレビ

で観たこの場面を中米コスタリカのジャングルの中で思い

出していたのだ。そう、ここはジャングルなのだー!

と……。



 ワシがまだ二十代後半にさしかかったあるときのことじ

ゃ。助監督だったワシは、某テレビ局制作の特別ドラマ番

組の仕事で、コスタリカという中米にある国に一ヶ月間の

ロケーション撮影に出かけたのだった。



 コスタリカ……日本からみると地球の裏側に位置するこ

の国は、太平洋とカリブ海に挟まれ、九州と四国をあわせ

たくらいの面積しかないのに気候帯が何種類もあり、美し

い植物や珍しい動物が多数見られる。首都・サンホセには

闘牛場などもあり、街は果物の腐ったような匂いが常に漂

っているが、ラテン系な人々は陽気で美人の女性も多いの

だ。



 当然、現地のスタッフもやたらと陽気で明るい人ばかり

で、撮影の集合時間にも
30分くらい笑いながら平気で遅れ

てくる。しかも、ブドウを食べながら現れたかと思うと、

スペイン語で「ブドウ食うか?」とブドウを差し出してく

るではないか。遅れてきたくせに爽やかな笑顔の現地スタ

ッフに怒る気も失せ、思わず「グラシアス」などと覚えた

てのスペイン語を使いブドウを口にするワシであった。今

考えると、コスタリカロケのときのワシは、言葉も通じな

いくせに、やたらと現地のスタッフと気があっていた……


 そういえば、妻のまり子からは、「溜ちゃんは、頭の中

がラテン系」などとよく言われるのだが、その理由がなん

となく理解できたような気がするでござる。

 

 ワシら撮影隊は、首都サンホセでの撮影を終えると、太

平洋側の海へと向かった。その時期、コスタリカの太平洋

沿岸では、ウミガメの産卵が見られるそうで、ウミガメの

産卵をバックに子供たちの芝居を撮影する予定になってい

たのだ。スタッフは、数台のジープと機材を積んだトラッ

クに乗り込み、途中撮影をしながらジャングルの中を移動

した。熱帯植物の生い茂るジャングルには、日本では絶対

に見られない色鮮やかな大きな花が咲き、動物園で見たこ

とあるような派手な色合いの鳥が木にとまり奇声を発して

いた。



 助監督のワシは、最後尾のトラックの助手席に乗ってい

たのだが、ガタガタしたジャングルの道を走るトラックの

振動に体を揺られながら、初めての海外とジャングルに心

も震え、頭の中でドリフの長さん(いかりや長介のこと)

よろしく、「ウイース!ここはジャングルだー!」と思わ

ず叫んでいた。


 運転手は現地のトラック運転手で、スペイン語しか話せ

ない男だったが、なぜか日本語しか話せないワシとその運

転手は、ずっと喋りっぱなしだった。いやいや、言葉が通

じなくとも意思は伝わるものだ……


 などと思っていたら、目の前に渓流が見えてきた。よく

見ると、そこには丸太で作った狭い橋しかない。先行くジ

ープたちはゆっくりと丸太橋を渡っていくが……う!ワシ

らの乗るトラックの車幅はギリギリではないか!さっきま

で陽気に喋っていた現地の運ちゃんも顔から笑顔が消え真

剣な表情になり、ハンドルを操作しだす。ワシは、窓から

恐る恐る顔を出すと……な、なんと、タイヤが橋からはみ

出しそうになっているではないか!

 ミシミシと音をたてる丸太の上をタイヤが前に進む。気

温は三十度を超えているのに背中には冷たい汗がつう


 ……あの時、ワシの頭の中では、『恐怖の報酬』という

フランス映画が思い出されていた。『恐怖の報酬』とは、

荷台いっぱいのニトログリセリン(ちょっとした刺激で化

学反応を起こし、大爆発してしまうという恐ろしい液体)

を大きな報酬のために目的地までトラックで運ぶ運転手た

ちの話である。その映画の中で、今にも崩れそうな丸太橋

を渡るために、冷や汗をかきながらトラックを運転する、

観ている方までドキドキしてしまうようなシーンがあっ

た。ワシの頭の中では、そのシーンがリアルに蘇ってい

た。まるで、ワシらの乗るトラックにニトログリセリンが

積まれているかのような錯覚に陥り、丸太橋がミシミシと

音をたてる度に、トラックが爆発するような気がしてなら

なかった……なんとか丸太橋をクリアしたワシらは、更に

ジャングルの奥深くに入っていく。

 

 途中、ジャングルの奥深くに入った場所で、撮影隊は車

を止め、台本の中のワンシーンを撮影することになった。

スタッフたちは、機材を降ろし撮影の準備をし始める。

 

 T
シャツ姿で動き回るワシの姿を見て、制作部のスタッフ

が「おーい溜池、そんなカッコだとやぶ蚊に刺されるぞ」

と声をかけてくれた。確かに、ジャングルの中で蚊はブン

ブンと飛んではいたが、ワシは「あ、俺は肌が強いから大

丈夫っす」と答え、長袖にレインコートまで着込んでいる

スタッフたちを横目に、内心「蚊に刺されるぐらいで皆大

げさだな」と思いつつ作業を進めていた。そして、しばら

くすると、腕がやたらと痒くなってきたので、ふと自分の

腕を見ると……


 な、なんと!ワシの腕が血だらけではないか!ワシの腕

を凄い数の蚊が刺したらしいが、蚊に刺されワシの皮膚に

開いた穴という穴から血が出ているのだ!うおー!ワシの

考えが甘かった!日本の蚊とは比べ物にならんかった!地

球の裏側のジャングルに生息する蚊は、なんとストロング

なのだ!


 ……と驚いているワシの背後で、ドンガラガッシャング

チャガサガサガサ……と凄い音がして飛び上がってしまっ

た!な、なんと、空から(正確には木の上から)特大のイ

グアナが降ってきた(正確には落ちてきた)のだー!


 ……や、やはりジャングルは違う!あきらかにワシの住

む世界とは違う!空からイグアナが落ちてきても不思議で

はない世界なのだ!ワシは、あらためてドリフの長さんの

言葉を思い出した!「ここはジャングルだー!」……そ

う、ここはジャングルなのだ!


 コスタリカの続きは、後日! ダメだこりゃ!



tameikegoro at 20:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2013年05月11日

大阪!!!


皆の衆、ご無沙汰しております!

溜池です。

ゴールデンウイークは、いかがでござったかな?

ワシは、果てしなく、ネバーエンディングに遊び続けましたですよ。

大阪行って、太陽の塔と会いに行って、

道頓堀にたこ焼きとてっちり食いに行って、

ユニバーサルスタジオ行って・・・いや~~~大阪、おもろい!!

そんな状態の連休も終え、

先日、頭がポレポレ状態なまま、撮影をしました。

そんなワシのポレポレ状態な頭を

ハッキリと目覚めさしてくれたのは、

久々に撮らせていただいた、

豊満肉体派女優の

村上涼子様でしたのですたいだー!!!・・・(まだ頭ポレポレ状態?)

いやいや、ますますいい女になっていらっしゃたでございますよ。

てなわけで、写真は、

村上涼子様と、太陽の塔!!

今日から繰り返しの連載が新しくなります。

「ワシの修業時代」です。

皆の衆、よろしくーーーー!!!!






16 午後






















16 午後


















































「ワシの修業時代」vol1


 どおりゃー!溜池どえーす!今回は、ワシの助監督時

代の体験を書くぞー!

……とかなんとかテンション上げてはみたものの、正直

言ってあまり気が乗らないのでござるよ。ちょいと心は

曇り空?みたいなー……なんのこっちゃ(笑)


 まあ、冗談はさておき、なしてワシが助監督時代の体

験を書こうとして気が進まなくなったかというと……

 ワシね、二十代の頃、テレビや映画の助監督をしてお

ったのだが、その頃の記憶って、ほとんどが辛いものな

のよねん。



 ワシは「助監督」という仕事を「現場と作品作りのシ

ステムを学ぶためのもの」だと根っから思っていた。

 だから、仕事の依頼に対して、現場が辛そうだとか、

出演者が恐そうだとか、監督が無名だとか、ギャラが安

いとか……そんなことは一切関係なく、必然的に来る仕

事は全て受けることにしていたのだ。



 そう、「来るものは拒まず!」という姿勢で仕事をして

いる以上、「できれば楽しい仕事がいいなあ」などと言っ

てる余裕などなかったのでござる。時代劇、連続ドラマ、

二時間ドラマ、特番……など、どの仕事も楽ではなかった

が、「修行だから頑張るしかないのだ」という意識が当時

のワシを「助監督」という仕事に向かわせていた……。

 


 まあ、こんなふうに書いてしまうと、「助監督」がただ

の辛い仕事でしかなかったかのように思われるかも知れん

ので、一つ説明しておかねばならん。



 確かに、ワシにとって「助監督」と言う仕事は「辛い」

仕事ではあった。しかし、決して「つまらん」仕事ではな

かったのだよ。



 役者さんにどやしつけられたり、大御所のベテラン俳優

さんに正座させられたまま三十分ほどお叱りを受けたり、

ベテラン女優さんの控え室に土下座をしに行ったり……怒

られるのはいくつになってもいい気持ちはしないが、あれ

はあれで貴重な経験だったと思えるし、そのとき怒りの矢

面に立てた自分は頑張っていたと実感している。


 テレビドラマのお祭りのシーンで何百人かのエキストラ

を動かしたりしたときは、大変だったが、ワシの大声が役

に立ち、ちょっと嬉しかったりもした。時代劇で撮影され

る何十人ものタチマワリ(チャンバラシーンのこと)は、

下手をするとケガ人が出てしまうくらい危険なのだが、そ

の迫力と緊張感にはゾクゾクしてしまった。俳優さんの素

晴らしい芝居に、思わず涙がこぼれそうになり、目頭を押

さえ隠しながらカメラ横にいたときもあった……


「辛い」と思いながら仕事をしていても、つい心が動かさ

れてしまったり、感動してしまうような場面には出くわす

ものだ。



 そう考えると、助監督時代の話題を多く語ろうと思えば

語れるのかも知れんが、あまりダラダラと話してもしょう

がないので、話題を一つに絞ろうと思う。


 で、ワシの助監督時代における、どの経験を皆さんにお

話すべきか?……そうだ!海外に行った話にするぞい!

  


 実はワシってば、海外に初めて行ったのは、助監督の仕

事でだったのよねん。しかも、地球の裏側に位置する中米

のコスタリカという国なーのだ。コスタリカにテレビドラ

マの撮影で一ヶ月滞在……それがワシにとって最初の海外

だったのでござる。


 そして、二回目の海外経験も助監督時代で、映画の撮影

のためにフィリピンのマニラに一ヶ月滞在(映画のほうは

撮影中止になってしまったが)した。



 この二つの海外経験について書かせてもらうぞい!……

あ、その前に……ワシってば、恥ずかしい話、この歳にな

って海外には五回しか行ったことがないのだよ。


 前述の助監督時代のコスタリカとフィリピン以外は、
AV

監督になってから撮影でバリ島に数日滞在したことと、プ

ライベートでまり子と二人で行ったサイパン旅行。

 そして、柔術の試合でロスアンジェルスに行ったのみで

ござる。


 つまり、プライベートで海外に行ったのは一度しかない

ということなーのだ。しかも、その一度のサイパン旅行

は、あるパーティーで行われた○×式のクイズ大会で、
200

人の会場の中から、最後まで「ワシの勘」だけをたよりに

勝ち抜き続け、優勝賞品として獲得したものだった。勝ち

残った瞬間、ワシは、頭が悪くとも勘だけは良い自分を誉

めてやりたかった。ワシとまり子は、夕日の沈むサイパン

の海辺で、「ワシの勘」に感謝しつつ、バーベキューを食

べながら、さんざん飲んだくれたとさ……。

 
 てなわけで、ワシの助監督時代の海外経験は後日!
 
 
 ラーリホー!



tameikegoro at 21:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2013年04月26日

今週も撮影がいっぱい


皆の衆、おはよーございます!!

気温もだいぶ温かくなって来た今日この頃ですが、

今週のワシは、撮影の嵐のまっただ中におりまして、

本日も今週最後の最後の撮影に行って参りますです。

きのうは、和風建築のスタジオで、

真夏設定のドラマを撮影しておりました。

部屋の中をストーブで暑くし、鍋に湯を沸かし湿度を高くして、

女優さんに汗をかいてもらい・・・女優さんも大変です。

いやいや、汗をかく女性はエロい!!

ということで、「ワシの二十代」連載最終回を掲載します。


昨日のスタジオです。

31 午前
























女優さんの代わりにスタンドインに入っているのは、

新米ADのブッキーちゃんです。




56 午前












































「ワシの二十代!」vol5 


 
 なんとかなる!ということは、なるようにしかなら

ん!ということなーのだ。

 

「やりたくないことは、やらん!俺はやりたいことだけを

やる!だから会社には就職せんぞ!」


とかなんとか突っ張りながら、ワシは大学卒業時に就職活

動を一切せず、フリー=無職になった。


 当時は、バブル前夜の好景気で、就職先は引く手数多と

言われ、今と違って大卒で就職しない人間はほとんど見当

たらなかった。



 周囲からは、当然のように心配の声が相次いだ。


「就職しないでどうやって生きていくのだ?」「なんのた

めに大学でたのか?」「お前、将来不安じゃねえの?」


……無論、「不安」のようなものが全く無かったといえ

ば、嘘になるかも知れん。

 しかし、ワシは、そのモヤモヤとした気持ちが、心に浮

き上がってきそうになる度に、「俺の辞書に不安なんてい

う文字はねえぜ!オラー!バリバリだぜー!喧嘩上等!」

と無理やりにでも「不安」な気持ちを心のどん底に沈みこ

ませ、周囲の人間には「人生何が起こるかわからんし、世

の中どうなるかもわからんぞい!がっはっは!」と適当な

ことを喋くっていたのだ。


……今から考えると、強引というかなんというか非常に頭

の悪い方法で、自分の気持ちをコントロールしていたわけ

である。確かに、こんなことは、「ワシの頭の悪さ」だか

らこそ成せる業かも知れん。



 そして、心の中では「俺は才能と運と根性があるから、

なんとかなる!」と本気で思い込みつつも、その反面「ど

うせ、なるようにしかならないんだよな」と能天気に開き

直ってもいた。



「なんとかなる!」=「なるようにしかならない」


……この「思い込み」と「開き直り」の背中合わせな気持

ち……どうやら、ワシの「思い込み」と「開き直り」は、

この就職活動をせずに無職なった時期にハッキリと形にな

ったようである。


 大学を卒業して数年後、ワシはフリーの「助監督」とい

うものになっていた。そして、主にテレビドラマなどの現

場で働いた。



 ちなみに御説明しておくと、「助監督」という仕事は、

監督の演出助手と撮影全体の段取りを司る役目を持ち、基

本的には、撮影スケジュール作成がメイン仕事のチーフ助

監督と、主に監督の傍らで現場を仕切ったりエキストラを

動かしたりするセカンド助監督、そして、小道具などのチ

ェックやカチンコ叩きに大忙しのサード助監督に分かれ

る。



 大学を卒業した後のワシは、以前お話した有名カメラマ

ンの○○氏から言われたような「お金持ちのオジサンを騙

して製作資金を出してもらって……」などということがで

きる度胸と器の無い自分に気づいてしまうと、「プロの現

場システムを知ろう」などと急に謙虚な気持ちが芽生えだ

したのだよ。そして、なんとかコネを見つけて、プロのド

ラマの現場で助監督として働き出したのでござる。



 現場では、昔からテレビで観たことのある有名な役者さ

んやタレントさんが当たり前のようにいることにワクワク

し、日常では見られない美術やセットに感動し、忙しく走

り回る毎日の中で「自分はモノを作る現場にいる!」と気

持ちが充実し……などと言う気持ちには残念ながら全くな

らなかったのじゃー!がっはっは!



 正直なことを言おう!ワシは、他人の作る作品の助手や

段取りをすることなど、全くつまらん!と思っていたの

だ。ワガママかも知れんが、そう思えてしまったのだから

しょうがない。



 では、なぜ「助監督」などという仕事をしていたか。答

えは簡単である。現場のシステムは現場でしか覚えられな

いからだ。だから、「他人の作る作品の助手や段取りをす

ることなど、全くつまらん!」などと言ってるくせに、他

の助監督さんが避ける辛い仕事も敢えて受けていた。



 いつも現場で走り回るワシの頭の中では、もう一人のワ

シが常にこう叫んでいたのだ……


「いいか、溜池!お前はモノつくりになる決意をしたはず

じゃ!周囲に有名人がいるからと言って決して安心するで

ないぞい!辛いからと言って逃げ出すでないぞい!今のお

前は現場のシステムを学ぶためにここにいるのだ!明日の

ために打つべし!打つべし!」と


……まるで、青コーナーから矢吹ジョーに声をかける丹下

段平のオッサンのように。


 そして、ワシはもう一人のワシにいつもこう答えるのだ

った……


「オッサン、わかってるって。俺は真っ白な灰になるまで

燃え尽きてやるぜ」(明日のジョー風に)と


……とかなんとか考えてると、「こるぁー!溜池!早くし

ろよー!」などとチーフ助監督やスタッフから思いっきり

怒鳴られたりするわけで……いやいや、結局は出来の悪い

ダメ助監督だったわけでござるよ(笑)



 でもね、頭の悪いダメ助監督のワシでも、一つだけ他の

助監督より優れたことがあったのだよ。

 それはね……声が誰よりも大きかったことじゃー!がっ

はっはっは!頭の悪い分、声の大きさと体力でカバーしよ

うとしたわけなのだ。



 一度、時代劇の助監督をやっていたときなど、スタジオ

内の撮影で、チーフ助監督に「溜池!お前は声が大きすぎ

る!もうちょっと遠慮しろ」と怒られたのだが、その光景

を傍から見ていたベテラン技術スタッフから「声が小せえ

って怒られてる助監督は散々見てきたけど、声が大きいっ

て怒られた助監督はお前が始めてだぜ」と言われたもんじ

ゃ……え?どこが優れてる助監督かって?



 確かに不器用で、頭も悪く怒られてばかりいるくせに、

やたらと声が大きく体力だけはある助監督時代だったが、

貴重な経験もたくさんさせてもらったのだ。

 次からは、助監督時代の体験を書くぞい。

 ワシは声がデカイのだー!さらばじゃー!

ダーー!!



tameikegoro at 08:35|PermalinkComments(1)TrackBack(0)