2017年05月15日
2017年05月15日
五分講談/地黄八幡と美丈夫
天文年間と申しますから、室町幕府の力が弱まり全国に下克上の嵐が吹き荒れていた頃。
関東を治める古河公方足利晴氏、実質的な支配者の関東管領上杉憲政、その関東管領の地位を争っている上杉朝定が、北条氏康を倒すため同盟を結び、関東各地の武将に号令をかけ八万の軍勢で福島孫九郎がたてこもる河越城を包囲した。
「孫九郎さま、敵に包囲され、すでに数ヶ月が経ちまする」
「ふん。食糧、飲み水とも、まだ十分にある。それに我が兵達の士気も高い」
「孫九郎さまは敵味方から『地黄八幡』と恐れられておりますから」
「うむ。古河公方、関東管領と言っても、寄せ集めの軍勢など、しょせん烏合の衆よ。氏康さまから命令があり次第、敵中に突っ込んでくれるわ!」
孫九郎は黄色地の練り絹に墨色も鮮やかに大きく八幡と書かれた旗指物を手に取り、敵の大軍を睨みつけていた。
しばらくして、敵方が何やらどよめいている。見張りの兵たちが敵陣を見やりますと、たった一騎で敵兵の中をまかり通って来る、薄紫色が鮮やかな直垂姿の少女。
「おお、なんと美しい武者だ」
「この戦場で、花もほころぶような美丈夫」
「わしらは、夢か幻を見ているのか?」
どよめきは馬上の少女に向けられ、敵兵は、ただただ惚けたように見守っているだけ。
「おや?あれは孫九郎さまの弟、弁千代さまだ!」
「そうだ、そうだ!あの若武者は、弁千代さまだ!」
「誰か、孫九郎さまにご報告を!」
見張りの兵から、弟の弁千代がやって来ると聞いた孫九郎。
「さては、氏康さまの使いか?」
大手の門を開け、弁千代を城内へと招き入れた。
「弁千代、大事はないか?」
「はい、兄上。私も『地黄八幡』と恐れられている孫九郎の弟。寄せ集めの敵中突破など訳もないことでございます」
「さすが、わしの弟じゃ。して、お主は氏康さまの使いで来たのであろう」
「その通りです。氏康さまからの命令でございます。氏康さまは只今、八千の兵を率い河越目指し行軍しております」
「うむ。わしは如何すればよい」
「はい、氏康さまの軍勢八千の布陣が完了しましたら、法螺貝を鳴らす手筈になっております。それを合図に外へ撃って出るようにと」
「敵を挟み撃ちにするつもりだな。よし!皆の者、法螺貝を合図に撃って出る。用意を怠るな!」
「おおっ!」
それから三日ほど経つと、ブオオー!ブオオー!っと、戦場の空に響き渡る法螺貝の音。
「ゆくぞ!者ども!」
城の大手門が開くと、真っ先に『地黄八幡』の旗指物を背負った猛将が飛び出してきた。
「勝った!勝った!」
と、孫九郎は大声をあげながら槍先に立つ敵兵を、当たるを幸い突き崩していく。
その姿はまるで、猛り狂った虎のよう。孫九郎の周りは息をしている者は無く、真空地帯と化していく。
こうして敵軍を散々に追い散らし、北条軍は勝利を収め関東制覇への道を開いたのです。
この先、長尾景虎、武田晴信らとの戦いが待ち構えておりますが、孫九郎、弁千代兄弟が、大活躍したのは言うまでもございません。
河越城の戦いより「地黄八幡と美丈夫」という一席。
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