2017年12月
2017年12月06日
ネコ講談4/十二匹集合!新田岩松 猫大名
宝永六年と申しますから、徳川六代将軍家宣の時代。
上州は新田郡下田島と申しますから、ただ今の群馬県太田市。ここは旗本領で、領主は百二十石をいただいております岩松富純。年の頃四十代後半で評判の猫好きのお殿様で御座います。
陣屋にはいつも、十数匹の猫が遊び戯れております。
そんなある日のこと、岩松家の家老、毒島七右衛門が、
「殿、今日も猫好きの村人や町家の者、宿場の女郎衆などが入れ替わり立ち替わり参ります。ことに身分卑しき女郎などを陣屋内に入れなどして、我が岩松家は新田義貞公より連綿と続く武家の名門!もっと領主として、威厳を持ってもらわなければ困りますぞ」
「いやいや、毒島。そう威張らなくてもいいではないか。のう、奥よ」
すると傍の奥方も、「ええ、そうですよ。毒島」
「いいや、今日こそ言わせて頂きます。陣屋から剣術槍術の音が聞こえてくるのならば、いかにも武門の誉れ。それがミャーミャーという猫たちの鳴き声。殿が猫どもを軽々しく受け入れておるので、周りからなんと呼ばれているか知っておりますか。猫大名ですぞ、猫大名!ああ、まったく情けない限り、殿が女子供のように猫を可愛がっているから、同じ新田の血を引いていると嘯いてる横瀬の小倅、貞国に馬鹿にされるのですぞ」
「毒島、確か、横瀬は岩松家の家老であったが、岩松家を乗っ取ったのだな」
「左様で御座います。そこで岩松家は、仕方なく隠れるように細々と血統を永らえておりましたところを徳川家康公に呼び出されて、今日があるので御座います。その恨みある横瀬の貞国は素行不良過ぎた為、江戸から領地の足利へ押し込められましたが、反省するどころか、地元のゴロツキと暴れ回っております。そんな不良息子の貞国が、殿のことを見下しているのですぞ!」
すると、陣屋内にいるたくさんの猫の中で、タケチヨと呼ばれている猫を抱いていた女郎が、
「…あのう、毒島様」
「なんじゃ、女」
「そんなにお殿様を責めないで下さい。ここから猫が居なくなったら、私たちは困るんです。いろんな客を相手に辛いこともあるんです。 でも、ここに来て猫たちと遊ぶと心が癒されて、苦しいことも悲しいことも、猫と一緒に居るだけで、ちょっぴりだけども幸せな気持ちになれるんです。ねえ、タケチヨ」
「ナーオ」
「タケチヨも、ここがいいと言ってます」
「何じゃ、タケチヨとは?」
「この猫です。白地の身体に、頭から背中、尻尾にかけて墨色の羽織り。面構えは同じ毛色で八の字に割れた覆面の様な毛並。それに片方の瞳の奥に、松竹梅の『竹』という文字が浮かびあがるんです。この子、ハチワレのタケチヨと呼ばれ、一番古株の猫なんですよ」
そこへ奥方も、
「毒島。我が子が十五で亡くなってしまい、富純様と二人、どうしようもない悲しみにくれていました時、この陣屋に迷い込んできたタケチヨのおかげで、私たち夫婦はどれだけ慰められ、ポッカリと空いてしまった心を癒された事か。それに、タケチヨが来た翌年には、次男の慶純を授かりました。どれほど、嬉しかった事か」
「しかし、奥方様。この猫が来てからというもの、猫が迷い込んだり門の前に捨てられておったりと、我が陣屋は猫屋敷では御座いませぬぞ」
毒島七右衛門そう言い残すと、猫たちにミャーミャーと纏わりつかれながら奥へと引っ込んだ。
すると殿様、
「やれやれ、毒島はイイ奴なのだが、社の狛犬のように堅物でかなわんのう、奥よ」
殿様奥方の二人は、何を言われてもいっこうに気にしない様子です。
そんなある日のこと、富純が陣屋の門前でタケチヨの日向ぼっこに付き合っていますと、一人の若侍が声をかけてきました。
「あの、不躾で申し訳御座いませんが、岩松富純殿で御座いましょうか?拙者、巨勢新之介と申します」
「いかにも、わしが富純だが」
「神君家康公と同じ新田義貞公の血統とお聞き致しまして、ご尊顔を拝見致したく江戸より参りました」
「ほほう、お手前は新田一族にご興味があるのかの」
「ええ、できればお話を伺いたく」
そう二人が言葉を交わしていますと、近隣の村人たちが道すがら富純に気軽に声をかけて行く。
するとそこへ、ダダダッと裾を乱して陣屋へ駆け込んで来た一人の女。
「お慈悲で御座います。富純様、どうぞお助けくださいまし!」
富純が見ると、年の頃は二十五、六、身体中、痣だらけ。
「どうしたのだ?」
「富純様、私はスズと申します。実はーー」と、一部始終を語ります。
スズの亭主は力蔵という横瀬貞国に仕えるゴロツキ上がりの中間。毎日毎晩事あるごとに暴力を振るわれ、耐えきれず近くの寺院へ逃げ込みましたが、寺院も横瀬貞国の報復を恐れスズを追い払った。
そこで陣屋に駆け込んだのです。
後を追ってきた亭主の力蔵、
「おい、スズ!この中に逃げ込んだのは分かってるんだ!大人しく出てきやがれ!」
そこで富純が門の外へ出ると、
「やいやい、てめえが猫狂いのサンピン大名か!ここにスズって女が逃げ込んだろう。すぐ、引き渡してもらおうか!」
「お前さんは、誰だ?」
「おれは、横瀬貞国様のとこの力蔵よ。舐めた口効きやがると、痛い目に合わすぞ!」
「おスズはたった今、岩松家の奉公人として召し抱えたところだ。三年は奉公してもらうつもりだ」
「なんだとお!三年たったら離縁されちまうじゃねえか!」
「そうだ。だから、あきらめて引き上げてくれんかの」
「ふざけた真似しやがって!いいか、貞国様の顔に泥を塗ったも同じだからな、覚えてろよ!」
この話を貞国に申し上げましたから、富純を潰すいい口実ができたと喜んだ貞国、十二、三人のゴロツキどもを引き連れて馬上姿で陣屋に乗り込んで参ります。
年の頃二十一、二の貞国が大音あげ、
「岩松の猫狂い!横瀬の貞国、今回の件で物申すべく馳せ参じた!出あえ出あえ!」
何事かと富純、毒島、十数匹の猫も飛び出す。
すると貞国、
「スズを受け取りに参った」
「いや、スズは岩松家の奉公人、渡すわけには参らん」
「では、力づくで奪い取るまでよ!我らはこれだけの人数が揃っているのだ、命が惜しければおとなしくスズを渡せ!」
「こちらも猫を入れれば数は同じだ」
「猫などいくら可愛がっても、何の役にも立たぬ。その証しを見せてやる!力蔵、残飯をばら撒け」
力蔵が飯の残りや魚の食いカスをそこら中にばら撒いた。
すると、猫たちが一心不乱に食べ始める。
これを見た貞国、
「岩松の陣屋では、いい物を与えておらんらしい。敵からの施しに、それも残飯を何ら恥ずかしくもなく食い漁っておるわ!やはり畜生は畜生、浅ましいものだな。ええ、猫大名様よ」
毒島七右衛門が「おのれ、小倅め!我が殿を辱めよって」と槍を構えた。
その時、猫のタケチヨがスーッと毒島の足元に現れましたから、気勢をそがれて「お前まで、敵の残飯を……」と、歯ぎしりして悔しがる。
ところがタケチヨ、残飯の臭いをクンと嗅ぎますと、フワーっと大きな欠伸を一つ。そして後脚で残飯に土を引っ掛けて、そのまま振り返りもせず陣屋へと消えました。
これを見た毒島、
「見事じゃ、タケチヨ。主人である我が殿の恩に報いてくれたぞ。これぞ、家の名を汚すまいとする武門の誉れ!タケチヨ、天晴れであるぞ!どうじゃ、猫も役に立つぞ」
と、満天下に響けとばかりの大音声。
これを聞いた貞国「おのれ、こうなれば」と一斉に刀を抜いた。
そこを富純が、
「斬られると、痛いだけでは済まぬぞ」
一睨みに、ゴロツキどもはただワーワー喚くだけ。
その様子を見ていた巨勢新之介「待て待て、武家の私闘は御法度であろう」
「何者だ!」
「徳川家御三家、紀州藩士巨勢進之介、徳川家が岩松家に代わって相手を致すぞ!」
徳川家と聞いて急に弱気になった貞国、刀を納めて引き上げました。
後に残った富純、
「これはこれは、紀州藩のお方で御座いましたか。危ういところを忝い」
「いえ、富純殿。体から発する並々ならぬ気迫、ゴロツキなど相手にもならぬ腕前とお見受けしますが、つい差し出がましい真似を致しました」
「いやいや、お陰様で日向ぼっこの場所を、血で汚さずに済みました」
「富純殿、忠義な猫をもって幸せですね。きっと、領民からも慕われているのでしょう。お、そうだ。将軍家に、かような天晴れな旗本が居りますと、お伝え致しましょう」
この巨勢新之介、後の徳川八代将軍吉宗で御座いますが、富純はたった一言、
「わしはただの猫好きで御座る」
その後、岩松家は縁切りの駈込み屋敷となり、また新田のご威光にすがる民百姓の為に、蚕を食い荒らす鼠除けの猫絵を描き続け、明治維新まで猫絵の殿様と呼ばれ慕われていたそうです。
恩を忘れぬ、猫の話、「十二匹集合!新田岩松猫大名」という一席。
(宝井修羅場塾 発表作品)
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