2018年12月
2018年12月11日
ネコ講談6/十二匹集合!義の花咲かす御告げ猫
正徳元年と申しますから、徳川六代将軍家宣の時代。
安房国の北条藩と申しますから、ただ今の千葉県館山市。ここは屋代忠位という大名の領地ですが、たった一万石という小さな藩。その藩の実権を握っておりますのが、勝手用人の川井藤左衛門。
財政難に苦しむ北条藩の財政再建を藩主屋代忠位から一任され、家老に次ぐ立場を利用して強引な改革を進めておりました。
川井藤左衛門、歳の頃は五十代位でしょうか、でっぷりとした体を揺らしながら、代官の行貝弥五兵衛を呼びつけ、
「行貝、わしの改革に農民どもは喜んでおるか?」
「はっ、新田の開発や新しく通した用水路、田植えの時期に酒を振舞ったりと、農民たちは喜んでおります。が、しかしーー」
「しかし、なんじゃ」
行貝弥五兵衛、歳は四十二、少し白髪の混じった頭を上げ、
「皆が保護していた森林を勝手に伐採して売払ったり、神社が管理している土地から砂利を無断で採掘したり、不満が出て来ております。それに、この度行った、稲の出来高の調べ方に、農民たちは訝しがっております」
「その不満を何とかするのが、お前の役目だろう!地元の顔役として農民どもから人望があると、我が殿より苗字帯刀を許され、代官にして貰ったのを忘れたか。此度の稲の出来高、わしがこの目で見て、年貢の増米が見込める。行貝、農民どもから絞りあげるのだ」
「いえ、そのようなことは……」
「出来ぬと申すか。行貝、お前は使えぬなあ。代官はクビじゃ」
「そればかりは」
「いいや、代官はわしの片腕に任せる。お前は地役人に降格じゃ、せいぜい殿の恩に報いるのだな」
「……失礼致しまする」
行貝弥五兵衛が部屋を出て行くと、
「フン、優柔不断な奴め。わしは、こんな小さな藩の用人では終わらぬぞ。早く目に見える成果を上げ、わしの能力を諸国に知らしめ、もっと大きな藩に召抱えて貰うのだ。この北条藩など、わしを売り込むための小道具に過ぎぬわ」
代官をクビになった弥五兵衛、北条藩の陣屋から自宅へと戻る道すがら、農民たちに、この先どうなるのでしょうかと尋ねられ、「まあ、大丈夫だろう。心配するでない」と答えますが、農民たちは大切とはいえ、殿の恩に報いるにはどうすれば良いかと思い悩む。
「ただいま戻ったぞ」
屋敷にあがりますと、息子の弥七郎が一匹の猫と戯れておりました。
「弥七郎、その猫は?」
二十一歳になる弥七郎、聡明そうな顔を綻ばせながら、
「お帰りなさい、父上。どこからか、迷い込んできたのでしょう。見事なチャトラの猫です。ほら、頭の後ろに蝶々の模様があるんですよ」
と、猫を抱き上げ、弥五兵衛に見せました。
この猫、実はと言いますと、この十二匹集合という話の第一弾で、利根川沿いの河村峠に巣食っておりました子牛ほどもある大鼠を退治した十二匹の猫の一匹、チャトラのギダユウという猫で御座います。
「お前は呑気で良いの。わしはこれからどうすればいいのか悩んでおるに」
するとそこへ、村名主の妻、瑞江が弥五兵衛を訪ねて参りました。農作業で日に焼けてはおりますが、鼻筋の通った三十路の婦人。
「弥七郎様、お父上様はお帰りですか?あら、そのチャトラの猫」
「瑞江さん、この猫を知ってるんですか?」
「ええ、農作物に悪さをしたり、近所の猫たちを苛めてた、札つきの悪猫をやっつけてくれたんですよ」
「へえ。おい、お前はそんなに強いのか」
「ニャー」
「弥七郎。誰か来たのか」
「はい、瑞江さんが来ております」
「行貝様、ご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「おお、瑞江。相談とは何だ」
「はい。この度の稲の調べ方ですが、私達の代表である村役人を立ち会わせず、陣屋のお家来衆だけで実りのよい田んぼのみをお調べになって、これでは年貢の割当てが分からぬと皆が心配しております」
「心配致すな。川井様も、何かお考えがあっての事だろう」
増米の件は決まった事。このままでは農民たちが苦しむのは目に見えております。しかし、代官をクビになったとはいえ、殿の恩には報いねばなりません。義を取るか、恩を取るか。
弥五兵衛、苦悩しながらも「瑞江、安心して農作業に励めと、皆に伝えてくれぬか」と、瑞江を諭し帰らせたので御座います。
それから数日後、川井の片腕の新代官から弥五兵衛の元に届いたのは、近いうちに六千俵の年貢割付状を申し渡すとの御達し。
「我が北条藩の領内には、二十七の村がある。今でさえ三千俵の年貢を納めているのに、六千俵とは二倍ではないか。これでは、農民たちに首を括れと言っているようなもの。しかし、収入が増えれば、我が藩の財政も立ちゆき、殿もお喜びなる。だがーー」
「ニャーオ」
猫の鳴き声に弥五兵衛が振り向くと、そこには猫を抱いた息子の弥七郎。
「父上、どうなさったのですか?代官を辞めてから、顔色が優れぬようですが」
「いや、何でもない」
「ところで父上、先ほど気づいたのですが、こいつの目に、何か文字の様なものが」
「文字の様なもの?見間違いであろう」
「いえ、どうぞご覧ください」
弥七郎が猫を手渡しますと、弥五兵衛、うーむ、どれどれと猫の瞳を覗きこむ。
「こ、これは!『義』という文字ではないか」
「父上!」
「うぬ。天は、わしに義に生きよと申すか」
「父上、この猫は神仏が使わしたのかも知れませぬ」
心の暗雲を払う、尽十方無碍の神仏の光。
「弥七郎、わしは侍の身分を捨てたくなかった。だが、これではっきりした。わしは、義に立つぞ!弥七郎、この父を許してくれ」
「父上。私は父上が、殿と農民の間で苦しんでいるのを知っております。私は、父上について行きます」
「弥七郎、済まぬが、瑞江を呼んで来てくれぬか」
しばらくして瑞江がやって来ますと、
「瑞江、呼び立てて済まぬな。そなたにしか頼めぬことなのだ、心して聞いてくれ」
「行貝様、怖い形相、どうなさいました」
「瑞江、川井様は二倍の年貢を取り立てる事にした」
「二倍ですって!そんな無法な」
「そうだ、無法だ。これでは農民たちは一揆を起こすしか無い。そうなれば、藩は武力を持って弾圧に出るだろう」
「行貝様、私にどうしろと」
「一揆が起これば、多くの血が流れる。だが、一揆には一揆の作法という物がある。その一揆の作法、そなたに伝えようぞ」
「なぜ、私のような者に?」
「そなたは物事に動じぬ勇気がある。それに鋭い判断力もある。普段、強さをひけらかしている者、威勢のいい事しか言わぬ者は、自分の命が危うくなると、尻込みをして黙りを決め込むのが世の常。だから、そなたにしか頼めぬのだ」
弥五兵衛は、まず第一に訴状を作り、北条陣屋に皆で門訴をする事。この時、相手を罵ったり、破壊行為をしない事を教えました。門訴と言いますのは、門前に詰めかけ要求が通るまで、その場を動かない事で御座います。そこで解決しなかった場合、江戸の屋敷へ門訴する事。そこでも解決しなかった時、最後の手段として幕府の要人に訴える事など、事細かに一揆の作法を教えたので御座います。
「瑞江、皆で力を合わせ、一揆を勝ち取るのだぞ」
「行貝様は、どうなされるのですか?」
「わしは恩ある殿に弓を引いてしまう身、屋敷で謹慎に入る」
しかして北条藩二十七ヵ村は、川井から年貢増米を申し付けられ、川井が江戸屋敷へ帰った翌日、農民たちは直ぐに行動を起こしたので御座います。
弥五兵衛に言われた通り、陣屋の門前に大勢の農民が押しかけました。これを聞いた川井は名主二名を江戸に呼び出し、
「訴状など作りおって、誰の差金じゃ」
「いいえ、誰も居りませぬ」
「嘘をつけ!誰がお前らに知恵をつけたのじゃ」
喉元に刀を突きつけられ、名主二名は切っ先に付いた自分達の血を見ると「ひえ。行貝様でございます」と、弥五兵衛の名前を出してしまったのです。
川井はただちに行貝父子を拘束させ、江戸屋敷に押しかけた農民たちの門訴の後、自ら陣屋へやって来て名主六名を投獄したのです。
ここに至り、瑞江は農民たちに、
「皆さん、行貝様も捕えられ、私の夫を含め名主六名も牢屋に入れられました。これはもう、老中様へ直接訴えるしかありません。皆で血判状を作り意思を固めましょう」
と、促しましたが、尻込みをして誰も血判する者がありません。
最初に血判した者が首謀者とみられ処罰されてしまうからです。瑞江は歯痒く思いましたが、女性は血判できません。
と、その時、チャトラの猫がスーッと現れ、紙の上でクルリと円を描いたのです。
それを見た瑞江、
「皆さん、車ですよ、車!車の輪のように、血判するんですよ。そうすれば、誰が最初か分かりませんよ」
農民たちは、その通りだと血判を始めました。
「お前はやっぱり、神仏が遣わした猫なんだねえ」
「ニャオーン」
それから総勢六百名の農民が、江戸へと向かいました。
これを知った、川井藤左衛門、
「おのれ農民ども、わしの目論見を潰す気か!それもこれも、行貝、ヤツの所為じゃ。おい、構わぬから、行貝を殺してしまえ!村名主も見せしめじゃ、三人ほど首を斬れ!」
と、部下に命じたのです。
まもなく三名の名主は処刑され、行貝父子も陣屋の裏庭に引きずり出されました。
「弥七郎、お前まで冥土に付き合わせて済まぬな」
「父上、私は後悔などしておりませぬ。尊敬する父上と一緒ですから」
「そうか。わしの心も、今は爽快な気分じゃ」
そうして行貝父子は、陣屋の露と消えたので御座います。
この暴挙を、瑞江は悲しんでる時ではないと自分を奮い立たせ、足の速い者に江戸へ伝えさせました。何度も駕籠訴を断られ諦めかけていた江戸の農民たち、この知らせを聞くと、自分たちも命をかけるんだと怒りを爆発させ、「お願いが御座ります。お願いの儀が御座ります」と、一歩も退かない決死の駕籠訴。そして、老中阿部豊後守は、ようやく訴状を取り上げたので御座います。
この後、幕府評定所のお裁きで、川井藤左衛門は斬首、北条藩は領地没収の上取り潰しとなり、年貢はそのままで良いと、農民たちの大勝利で終結したのです。
猫の瞳に、天の声、「十二匹集合!義の花咲かす御告げ猫」という一席。
(宝井講談修羅場塾 発表作品)
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