2019年10月

2019年10月31日

車夫と音楽学校

国立演芸場 平成30年度第20回大衆芸能脚本応募【講談部門】
佳作受賞作品

車夫と音楽学校
 

時は明治十二年、紫だちたる雲の細くたなびく春の頃、白く明けゆく大川の堤下の車宿。

車宿は、人力車業を営んでいるお店(たな)のことで、引き戸の無い開けっ放しの入り口の暖簾をくぐりますと、ピカピカに磨き上げられた人力車が数台。その傍らにある、人力車を引く挽子達の溜り場は、昼は客待ち控えの間、夜は見張りの詰め所(どころ)。

そこで人力車が盗まれないよう、寝ずの番をしている一人の若者。名前は穴馬佑(あなまたすく)、年は二十一。日に焼けた肌に紺に染めた法被をまとい、同じく紺色の股引という車夫姿。その脚力は兎のように速く、誰も追いつけないところから、ついたあだ名が『逃げ兎』。

「う~。春になったとはいえ、明け方はまだまだ冷えるなあ」

「おお、たすく。寝ずの番、ご苦労さん」

と、入って来たのは、齢四十を越えたガッシリとした車宿の主と、丸髷に和服姿の見目麗しい一人の乙女。

「あっ、親方。おはようございます。そ、それに、さ、さゐちゃん。お、おはよう」

「たすく兄さん、おはようございます。朝はまだまだ寒いですから、流行り風邪に気をつけて下さいね」

「お、おう」

この乙女、親方の持つ長屋で暮らしている藤川さゐ。今年で十七になる、佑の幼なじみで、車宿の帳簿を手伝っております。

「ところで、たすく。お前はまた、停車場でお客を拾って逃げたんだってな。車夫組合の連中が文句を言って来たぞ」

「いえね、親方。あいつらが苦学生のホー助相手に嫌がらせをして、停車場を締め出していたから、つい、おいらをホー助の後に並ばせておくれと申し出ただけですよ」

当時、人力車業の右も左も分からない新米の事を、ホー助と呼んでいました。

「たすく、お前がした事は、お客の横取りだ」

「親方。お客を横取りしたんじゃなくて、親方の所の挽子なら安心だと、お客の方から、おいらの車に乗って来たんですよ」

「それでもだ。あまり他所の縄張りを荒らして、諍いを起こすんじゃないぞ。まったく、だから逃げ兎と言われるんだ」

「親方さん、仕方ありませんわ。それが、たすく兄さんの性分ですもの」

「へへ。そ、それにしても、さゐちゃんは朝早くから頑張るね」

「たすく兄さん。わたくしは唄のお師匠さんになって、子供達に唄を教えたいの。でも、唄やお琴や芸事の税金は大変重いから、たくさんお金を稼がないといけないのよ」

「偉いぞ、さゐちゃん。おい、たすく。もう上がっていいぞ」

佑が暖簾をくぐった時、

「あ、あれ?親方、あの男は」

親方とさゐが外へ出てみると、往来を急ぎ足で歩く一人の紳士。年の頃は、二十七、八ぐらいでしょうか、髪を七三に整え、鼻筋の通った面長な顔だち。背筋をピンと伸ばした体に、パリッとした三揃いのスーツ。

「おお、伊沢修二様だ。元高遠藩の藩士で、ジョン万次郎という偉い先生に英語を習い、去年帰ってくるまで、三年間もアメリカに留学なさっていた。それで今は、師範学校の校長先生だ」

「素敵な方ですね」

「さ、さゐちゃん

佑の心中、穏やかでない。

「うむ。わしはあの方の御父上にお世話になったのだが、御父上に似て、優しく利発な方だよ。何でも、西洋の音楽を教える学校を作りたいと言っておった」

「本当の紳士なんですね」

「たすく、ぼやぼやしてると伊沢様に、さゐちゃんを取られるぞ」

「お、親方。ひ、冷やかさねえで下さい」



ところは新政府。伊沢修二の前に居並ぶ、太政大臣はじめ参議の面々。参議というのは政府の重職で、薩摩長州土佐肥前、この四つの藩から維新で貢献した者が選ばれ、事実上、国を動かしていたのは、この参議達でした。

「これより、音楽学校設立の必要性を申し上げます」

伊沢修二は、音楽は人間の自然な性質から出て人の心を感動させるもの、欧米では教育の一環として音楽を取り入れている事、また男女関係なく西洋音楽の指導者を養成したいといった考えを説明致しました。

ところが、「音楽で戦争が勝てるのか?音楽で国を治められるのか?」「そうだ。政治家に音楽は必要か?音楽で強い軍人が育つのか?」「女にも学ばせたいというが、女が国の役に立つのか?女は子供を産んでおればいいのだ」「いや、音楽は遊びの延長。ならば、女には相応しいわい」「わっはっはっはっ」

皆の嘲りを受け、唇を噛み締める。

「音楽など、国家に益なき遊芸。よって設立は無用」

太政大臣の一言で、音楽学校の話は立ち消えとなったのです。

その日の夕方、暗く影を落とす大川の堤に佇む伊沢修二。

「伊沢様」

声をかけられ後ろを見やると、車宿の親方と静かに微笑む藤川さゐ。

「伊沢様、何をしてなさるんで?」

「親方ですか。いえ、ちょっと川風にあたっていただけです」

「丁度良かった。いまお屋敷の方にお寄りした所で」

「何か用ですか?」

「へえ。伊沢様は西洋の小唄に通じてらっしゃるので、この娘の歌声を聴いてもらいたいと思いまして」

「歌声を?」

伊沢修二、さゐの美貌に惹かれたのか、歌声を聴いてみようという気になりました。

さゐの澄んだ歌声は、大川の水面を渡るそよ風か、堤に香る菜の花か、伊沢修二の耳に心地よく響く。

「す、素晴らしい!アメリカにも、これほどの歌唱力の人はいなかった」

「伊沢様、この娘の歌声は本物ですかい。それなら、伊沢様の作る音楽学校ってヤツに、入れさせて貰えないですか?」

「音楽学校。音楽学校か……。親方、すみませんが、音楽学校は駄目になりました」

さゐの歌声から現実に戻された伊沢修二、顔に浮かべる暗い表情。

「どうなさったんで?」

……今日、新政府に音楽学校を作りたいと申し上げたのですが、音楽は国の為に何の役にも立たぬと却下されました」

「それはまた、どうしてで?」

「いま、新政府は薩長土肥、この藩閥が牛耳っているのです。旧幕府側だった者たちの言うことは、聞き入れたくないのでしょう」

「伊沢様、わたくしの父上は江戸を守った新徴組の隊士でした。江戸を荒らし回った、新政府の手先と戦って亡くなりました」

「そう言えば、たすくの父親も鯖江藩の探偵御用っていう隠密だったそうで」

鯖江藩というのは、北陸の福井県にあった四万石の小さな藩で、ここの藩主の間部詮勝は、巷では青鬼と呼ばれ、安政の大獄を断行した赤鬼、井伊直弼の片腕でありました。

「親方、藤川君。私の高遠藩も新政府側に付いたとはいえ、元は旧幕府側でした。新政府が国の力を優先するのならば、私は国民の立場で音楽を広めていきたい。ですが、その音楽学校も、今は夢と消えてしまいました……

夕日が沈み、三人の姿が闇に埋もれていく。



ダラダラと汗が肌に粘りつく、蒸し暑い夏の昼下がり。客の送り迎えを済ませた佑が、埃まみれになった人力車を磨いている。

その時、暖簾がちぎれる程の勢いで、飛び込んできたのは、頬を真っ赤にした伊沢修二。

「親方、親方は居ますか!」

「どうなさったんで?伊沢様」

親方が奥から顔を出しますと、

「親方、車を出してくれませんか。急ぎの用事なんです」

「へえ、構いませんが、何処まで行くんで?」

「日光までです!」

「えっ、日光!」

「はい、元アメリカ大統領のグラントが、いま日本に来ていて、日光に居るんです」

グラントは、ユリシーズ・シンプソン・グラントと言いまして、アメリカ南北戦争の時、北軍を勝利に導いた名将軍で、その後アメリカ大統領と成りましたが、大統領を辞めた後は夫婦で世界を旅しており、今は日本に立ち寄っておりました。

「グラントは、日本固有の音楽はありますかと、岩倉公にお尋ねになり、岩倉公は自分の屋敷に招いて能楽を見せたそうです」

「へえ。それが何か?」

「グラントが音楽のことを尋ねたんですよ!この機会に、直接グラントに掛け合って、音楽学校の事をお願いするんです。新政府は、グラントの意見は聞くと思うんです」

「東京でもいいんじゃないですか。わざわざ日光まで行かなくても」

「東京では警備が厳重で、会うのは難しいんです。だけど、日光は外国人に人気のある避暑地。暑さや公務を忘れて、開放的になってるところを狙っていくんですよ!」

伊沢修二、一気にまくし立てた。

「伊沢様、わしが行きたいところですが、何せこの歳ですからねえ。そうだ、たすくのヤツが居りました。おい、たすく、今の話を聞いてただろう。どうだ、お前が日光まで伊沢様を乗せて行っちゃくれないか?」

「おいらがですかあ。何だか、気が乗らねえなあ」

「穴馬君、心付けははずむ。この通りだ」

佑は気に入らないのか、そっぽを向いて相手にしない。

「穴馬君!これは新政府に対する、旧幕府側の文化の戦いなんだ!穴馬君の御父上も、元鯖江藩士じゃないですか。このまま、維新の負け組のままでいいんですか?」

明治前半、音楽や文学といった文化面で活躍したのは、旧幕臣や佐幕派だった者が多く、薩摩長州の人間は、殆んど居りませんでした。

「伊沢さん、親父は親父。負けた側は、歴史の闇に消えて行くだけでさ」

「あー、全く情けねえなあ!たすく、グズグズ言ってないで、チャチャっと伊沢様をお送りしろ!そんなんじゃ、さゐちゃんは振り向きもしねえぞ!お、そうだ」

親方、ニヤリと笑うと、

「たすく、この話が上手くいくと、さゐちゃんは唄のお師匠さんに成れるかも知れないんだぞ。ねえ、伊沢様」

「はい、藤川君は音楽の才能があります。音楽学校が出来れば、藤川君は音楽の先生に成れますよ」

「藤川君、藤川君って、何だか馴れ馴れしいが。伊沢さん、それは本当かい?」

「ああ、本当だとも!」

「さゐちゃんが、唄のお師匠さんに成れるのかあ。よっしゃ、伊沢さん。日光までお送り致しやしょう!」

次の日の、まだ夜の明けないうちに、吾妻橋を出発した一台の人力車。

白い手拭いを喧嘩に被り、麻生地の法被に木綿の半だこ。これ全身白ずくめの逃げ兎。穴馬佑、一世一代の車引き。

江戸四宿の千住を後に、早くも草加を越谷、粕壁。一目散に杉戸も幸手、栗橋、道無し、房川渡し。無事に渡れて利根川の、暴れぶりなど中田宿。恋に古河れて、野木が良ければ、その間々田。小山と驚き駆け抜けて、骨折る程の新田さ。小金井を落とさぬよう、叩いて渡る石橋も、ほんのわずかの雀宮。飲んで買っては宇都宮、上にも中にも下にも置かぬ徳次郎。杉並木の大沢、今市と、誰が言ったか鉢石宿。

東京から日光まで百三十キロ。馬車で行けば十四時間。それも、馬を六たび代えての道中。逃げ兎の穴馬佑、それを十四時間三十分で見事に走りきったのです。その強靭な脚力に、さすがのグラントも仰天し、思わず勢いで、伊沢修二の面会を許したのです。

そして、二ヶ月後の十月。突然、太政大臣から認可が下り、音楽取調掛という音楽学校が創設されました。



この後、新政府は音楽学校への女子の入学を廃止しましたが、藤川さゐを含め、在席している女性達の優秀な成績は、新政府を驚かせ、再び、女子の入学を復活させたのです。

車夫の走りが、音楽維新の扉を開けた「車夫と音楽学校」という
一席。
 






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tamesuounokami at 21:59コメント(0) |  

2019年10月29日

名取

宝井講談修羅場塾の名取と成りました。

「とりつ 胴丸」改め、「大塚 琴愚(きんぐ)」です。

宜しくお願い致します。



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名取 の3点セット(左から「名札」「めくり」「表札」)を戴きました。
 






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tamesuounokami at 15:42コメント(0) | 講談公演  

2019年10月25日

2019絵本作家フェスタ

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2019 絵本作家フェスタ

ブックハウスカフェ 2F ひふみ座
https://www.bookhousecafe.jp/
(神保町駅 A1出口右方向に徒歩1分)

11月8日(金)〜11月10日(日)
11:00〜18:00最終日は17:30まで 

※今年から開催場所・開催期間が変わりました
ご注意下さい 





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tamesuounokami at 10:00コメント(0) | 絵本展  
プロフィール

しいたどる.

めがね産地で放流される
漂い続け 流れ着いたのは
創作の浜辺
高橋宏幸という
絵本作家に助けられ
ただいま 恩返しのため
絵本の形をした玉手箱を
まったりと製作中

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