2019年12月16日

ネコ講談8/十二匹集合!猫は背ころび六つの花

宝永七年と申しますから、徳川六代将軍家宣の時代。


水戸街道は我孫子宿と申しますから、ただ今の千葉県我孫子市。ここは大名、旗本の宿泊所である本陣、脇本陣を備えた一大宿場町で、東西に広がること十町近く、現在で言いますと一キロほどの町並み。

道沿いには七十に及ぶ店や家屋がズラリと軒を連ね、その中に『出雲屋』と大きな看板を掲げている豪勢な呉服屋がある。

その店の前で、チャパチャパと水撒きをしている六歳くらいの女の子。日に焼けた肌に小さな眼、おかっぱ頭の上に稚児髷と呼ばれる二つの輪っかをちょこんと乗せている。

その女の子を傍で見守っている、白毛に黒ぶちが鮮やかな猫。

そこへやって来たのは、三十代くらいの一人の旅人。柔和な表情浮かべておりますが、どこか切れ味の鋭い剃刀の様な雰囲気を漂わせている。この男、幕府巡見使の用人、岩波庄右衛門の中間、平八と申す者。

「お嬢ちゃん、この店の旦那さんはいらっしゃるかい?」

「うん。おじちゃんはだあれ?」

「おじちゃんは平八、お嬢ちゃんは何て名前だい?」

「あたいは菊、この猫は仁キチ」

「ニャー」

「お菊か、いい名だ。それにこの猫は仁キチかあ」

「うん、片方の目に仁愛の仁って文字が浮かんでるからって、母ちゃんがつけたんだよ」

「そうか、おっかさんがつけたのか」

「でも、死んじゃったんだ……」

「そいつは、悪いことを聞いてしまったな」

「ううん、いいよ。仁キチがずうっと側に居てくれるから、さみしくなんかないよ」

「ニャーオ」

「お菊坊は偉いな」

「あ、おじちゃん、御用はなあに?」

「そうそう、旦那さんに会いたいんだけど、案内してくれるかな」

「うん。ついておいで」

平八は、お菊と仁キチの後から店の中へと入っていきました。



その様子を物陰から伺っている二つの怪しい影。一人は背が低く猫背の男。もう一人は黄ばんだ肌にシワが深い痩せぎすな壮年。この二人、長崎県にあった平戸藩の忍びで、平八の持っている手紙を奪うため、ずっと後をつけている。

「十蔵の小頭ァ、あの店が奴の目的地ですかねえ」

「五助。そんな事、儂が分かるわけないだろう」

「幕府巡見使の用人、岩波庄右衛門が死ぬ前に、あの平八に渡した手紙を追って五ヶ月、もう十一月ですよ」

「仕方ないだろう、あまりに不甲斐ない儂らのために下された、忍び頭の命令なのだ」

「ですよねえ。おいら達は見張り番で居眠りをしたり、忍び道具を何処かへ忘れたりと、失敗ばかりしてますものねえ」

二人とも忍びとしては、どうも出来がよろしくない。そこで忍び頭が、手紙を突き止める役なら出来るだろうと二人に命じたようです。

また、幕府巡見使と言うのは諸国巡見使といって、将軍の代替わりの時に幕臣を筆頭に百数十人が数ヶ月をかけて天領や大名領を見て回ると言う幕府の一大行事です。

「岩波庄右衛門は、河合曽良と名乗り幕府の隠密だったと言う噂もあるのだ。我が藩の秘密が記されているやも知れぬ」

「ですが、江戸に戻ってから幕府に報告する訳でも無く、信州諏訪を回ってここ我孫子まで来てるんですよ。大した内容じゃ無いんじゃないですかね」

「煩いなお前は。儂らの任務は、手紙の行き先を突き止める事なのだ」

「まったく河合曽良も、選りに選ってうちの藩で死ななくっても。しかし小頭、おいらは疲れましたよ」

「馬鹿者、儂らは忍び。このくらいで根をあげてどうする!と言っても、儂も流石に疲れたわい。そ

この茶店で、団子でも食いながら奴を見張ろうぞ」



さて、こちらは呉服商『出雲屋』の帳場。

「私がこの店の主人ですが、私に何か御用でしょうか」

「へい。あっしは幕府巡見使の用人、岩波庄右衛門様の中間で平八と申しますが、岩波様より言付かりました手紙を届けに参りやした」

「手紙ですと?」

「へい、こちらで御座います」

平八が店の主人に手紙を渡すと主人はそれを開封し、ササっと目を通しました。

「平八さん。すまないが、この手紙はお菊に渡してくれませんか」

「そいつはまた、どうしてで?」

「これは私が身請けをした芸者、蝉丸…いや本当の名はお綏(やす)と言います。そのお綏へ宛てた手紙ですから」

「それが何故、お菊坊に?」

「お菊は、お綏の娘なのです。六年前、私は深川芸者だったお綏を見初め、身請けをしたのです。ところが、お綏は、その時はもう身籠っていたのでしょう。それから一年も経たないうちに、お菊が生まれたのです。私はお綏を心から想っていましたから、お綏が病で亡くなった後も、お菊を我が子のように育ててきました」

「そうだったんですかい」

「この手紙を読ませていただいて、その岩波庄右衛門様がお菊の父親だと分かりました。だから、手紙はお菊へ渡すのが一番だと」

手紙の内容は深川芸者であったお綏が身請けされた後、自分は六部となり全国を放浪していた事、幕府巡見使の用人として九州を回っていた事、今際の際になってお綏の事を思っている事、そしてお綏への感謝の思いで綴られておりました。

「そうですかい。それじゃあ、手紙はお菊坊へ渡す事に致しやしょう」

「平八さん、長旅でお疲れでしょう。離れが空いているので、好きなだけ逗留なさって下さい」

「お気遣い、ありがとう御座いやす」

平八は頭を下げると、お菊が水を撒いている店先へ出て行きました。

「お菊坊、この手紙を大事に持っておくんだよ」

「この手紙はなあに?」

「お菊坊の本当のおとっつぁんが、おっかさんに宛てた手紙なんだよ」

「あたいの本当の父ちゃん?」

いきなり本当の父親の手紙と言われて、お菊はビックリしましたが、

「本当の父ちゃんは、何処に居るの?」

「遠い遠い所に居なさるよ」

「そっかぁ……」

お菊は手紙を握りしめました。



店の様子を向かいの茶店で見張っていた、十蔵と五助。

「じゅ、十蔵の小頭、奴が出てきましたよ。おや、手紙を娘っ子に渡した」

「おお、ついに手紙の行き先を突き止めたぞ。後はあの娘から手紙を奪えばよいだけだの」

「でも、あの娘っ子が重要な秘密を握りたいのですかねえ」

「ええい、煩いぞ五助。お前はいつも文句ばかり言うの。儂らは忍び、任務を果たせばよいのだ」

その晩の事、出雲屋の床下に潜む黒い塊が二つ。

「小頭、うまく忍び込めましたね」

「ふん、このくらいどうって事はないわい」

「ようやく忍びらしくなってきましたね」

「馬鹿者、遊びではないぞ」

「それにしても、娘っ子の部屋は何処でしょう?」

と、その時、目の前の暗闇に浮かぶ二つの光。それが近づいたかと思うと、「フギャーオ!」と床下に響くけたたましい猫の雄叫び。

「うわーッ!」

「ななな、なんだ、なんだ…!」

いきなりの事に驚いた十蔵と五助、あちこちぶつけながら床下から這い出した。

「泥棒、泥棒ッ!」

店の者が起き出して騒ぎ出したから、二人はたまりません。後ろも見ずに逃げ出した。

その後から、仁キチが床下からピョコンと顔を出した。



この騒ぎの後、店の警戒が厳しくなり、容易に忍び込む事が出来なくなりました。ところが、それで諦める訳にはいかない二人は、あの手この手で手紙を奪おうとしますが、その度に仁キチに邪魔をされ目的を果たせず仕舞い。

そしてとうとう、真っ昼間の路上で強引に手紙を奪う行為に出たのです。

「おい娘っ子、懐の手紙をよこせ!」

「おじちゃん達は何者なの?」

「フーッ」

仁キチがお菊を守る様に間に立つ。

「どけッ、このクソ猫!三味線の皮にしちまうぞ!」

「さあ、痛い目にあいたくなかったら、手紙をさっさと渡すのだ!」

十蔵がお菊の手首をガッと掴むや、「シャーッ!」仁キチ毛を逆立て十蔵に跳び掛かる。

「いてて。こやつ、引っ掻きおった」

「このクソ猫!」

五助が匕首に手を掛けた時、「待った、待った」平八が物凄い形相で駆けて来た。

「てめえら、天下の往来で何してやがる」

「ちッ。おのれ、邪魔をするな!」

十蔵と五助は匕首を抜いて構えましたが、平八は中間とはいえ元伊賀組の者、二人を易々と組伏せてしまいました。

「おい!何故、お菊坊を拐かそうとした」

「ち、違う…拐かそうとしたのではない。手紙を奪おうとしたのだ」

「手紙を?何故、手紙を奪う」

「……」

十蔵、口を噤んでおりましたが、関節をキュウッと捻られると、すぐに口を割ってしまいました。

「何だい、平戸からずっと俺の跡をつけて来たっていうのかい。ご苦労なこったな。いいかい、こいつは密書でも何でもねえ、岩波庄右衛門様、そう俳諧師の河合曽良様から深川芸者の蝉丸に宛てた恋文よ」

「こ、恋文!儂らは、たかが恋文の為に働いておったのか……」

「小頭、おいら達は大マヌケですねえ……」

「どの顔を下げて藩に戻ればよいのだ……」

二人が覚悟を決め、持っていた匕首を喉に突き立てると、

「おいおい、小さな子供の前で血なんか見せるんじゃねえ。うーむ。じゃあ、こうすればいいじゃねえか」

平八、十蔵の匕首を引っ手繰ると、自らの髷をブツリと切り落としたのです。

この時代、髷を落とすというのは、人前でパンツを脱ぐのと同じくらい恥ずかしい事でした。

「これを持って帰って、任務を果たした証しとしな」

「手紙はいかがする」

「なあに、燃やしたとでも何とでも、言えばいいじゃねえか」

「かたじけのう御座る」

二人はお菊に謝り、平八に頭を下げ、そのまま帰って行きました。



「お菊坊、怖くなかったかい?」

平八は手拭いで頬被りをしながらお菊に尋ねました。

「うん。仁キチが居てくれるから、ぜんぜん怖くなかったよ」

「ほお、仁キチは子供を守ってくれる水天様の化身かもしれないな」

「ニャオ」

仁キチは安心したのか、背中からゴロリと寝転びました。

「お!猫の背転びだ、これは初雪が降るかもなあ」

「へえ、そうなの」

「奥州の言い伝えだよ。お!そう言ってるそばからチラついてきやがった」

ヒラリ、ヒラリと、蝶の様に舞い降りてきた汚れのない六つの花。

平八は襟を直すと何を思ったか、一首の和歌を口ずさみました。

「人とはば、いかにこたえむ、夜をこめて」

「越ゆるあびこの、里も見わかず」

「お!お菊坊は、よくこの歌を知ってるね」

「うん、いつも母ちゃんが口にしてたから」

「岩波様も、よく口ずさんでたよ」

「本当に本当の父ちゃんなんだ……」

「お菊坊のおとっつぁんは、河合曽良と名乗る偉い俳句の名人だったんだぞ」

「ねえ、おじちゃん」

「うん?」

「父ちゃんは幸せだった?」

「そうだなあ、岩波様は幸せだったんじゃねえかな。ところでお菊坊、どうして、そんな事を聞くんだい?」

「うん。母ちゃんがね、いつも言ってたの。父ちゃんと出逢えて、幸せだったって」



そして年月が流れ、お菊は父親の血を受け継いだのか、旅の六部となり六十六ヵ国を巡礼、女流俳諧師として『風廻卯月』という俳句集に一句を残している。

冬枯れや 女六部の ひとり行

俳句が繋ぐ親子愛、『十二匹集合!猫は背転び六つの花』という一席。






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tamesuounokami at 22:42コメント(0) |  

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