2017年06月03日
ネコ講談1/十二匹集合!梅か牡丹かニャンバラリ!!
正徳年間と申しますから、華やかな元禄、天災続きの宝永も終わり、六代将軍家宣の頃。
越後高田藩の元藩士、福原市九郎、その出で立ちは、藺笠(いがさ)をかぶり、経文の入った箱笈を背負い、錫杖をたずさえ、白衣の着物に手甲脚絆。今は、亡くなった両親を弔うため、旅の六部となり、全国の霊場を巡っております。
そんなある日のこと、市九郎が小さなお堂で一夜を過ごしますと、夢枕に一匹の子猫が姿を現し、
『オイラは河村の里に住んでいる猫で、ムツと言いますミャ。実は河村峠に巣食っている金色の毛をした赤目の大鼠に、母親を殺されてしまいました。仇を討ちたいのですが、大鼠は山犬ほどもあって普通の猫では到底かないません…。香取神宮の門前に無住心剣の極意を会得した、ウメという三毛猫が住んでいますミャ。その猫ならば仇を討てるでしょうーー』
と、市九郎へうったえ姿を消した。
「うーん、奇妙な夢だったなあ。しかし、これも亡き父母への回向となるかもしれぬ」
と、市九郎は香取神宮へとやって参りました。
門前の店屋で三毛猫のコトを訊ねますと、「ああ、鼠取りの仕事が無いときは、いつも楼門の柱の下で寝ているよ」と、どうやら鼠取りの名猫らしい。
市九郎が楼門へ行ってみますと、店の者が話していたとおり、三毛猫が長い尻尾をゆっくりと揺らしながらくつろいでいる。
ーーうーむ、かなり年老いてるなあ。凛々しさなんか、これっぽっちもないし。本当に極意を会得した、鼠取りの名猫なのか?ーー
「ちょいと、そこのあんた!年老いてて悪かったね!凛々しくなくって、すまなかったね!!」
「え、誰か居るのか?」市九郎は、辺りをキョロキョロ見渡した。
「ちょっと、ちょっと、ココだよ、ココ!どこに目を付けてんのさ!このボクネンジン!!」
声のする方を見ますと、三毛猫が尻尾をパタパタ動かしながらしゃべっている。
「うわーッ!猫がしゃべってるッ!!」
「おやおや、猫は十年以上生きると、人の言葉を話せるようになるって、知らないのかい。トンチキだねェ。〝猫又〟でグーグル検索してみな、ウィキペディアにも載ってるよ」
「いきぼとけ…ですか?」
「ウィキペディアだよ、このスットコドッコイ!そんなコトより、あんた。大鼠を退治するため、あたしに力を借りにきたね」
「どうして、それを?」
「あたしにみたいに十七年も生きてると、人の心が読めるのさ。ほら、尻尾の先が二又に分かれてきてるだろう」
「えッ!二又!!」
「バカだねェ、ウソだよ」
「ああ、そうですか。私は福原市九郎と言います。それで、ウメばあさん」
「姐さんとお呼び!」
「ウメ…姐さん。ウメ姐さんは無住心剣の極意を会得してるそうですが、大鼠を退治するためには、その極意が必要なんです。そもそも、無住心剣とは何ですか?」
「牡丹の下の眠り猫、さ。あたしの元の飼主、小田切一雲ていう剣術家が授けてくれたのさ」
「その極意を教えてください!」
「極意、極意って、バカのひとつ覚えかい。いま言っただろう、牡丹の下の眠り猫!それが極意さ」
「牡丹の下の眠り猫…」
「あんた、坊サンだろ。その安い西瓜みたいな頭で、よく考えな」
「それで、大鼠が倒せるんですか」
「あと猫が十一匹いるねェ。それも尻尾の長い猫たちがね」
(江戸時代、尻尾が長い猫は化け猫になると敬遠され、当時の日本は尻尾の短い猫がほとんどでございました)
猫が十二匹集まれば大鼠が退治できる。市九郎は猫を集めるのも神仏の導きなのだと、ウメを連れて河村峠目指し出発致しました。
香取神宮から河村峠への道、市九郎は先を急ぎますが、
「あれ⁈旦那さま、尻尾の長い三毛猫でございますよ」
「おお、これは珍しい。六部さま、少しで構いませんから、抱かせていただけますか」
と、猫好きから声をかけられる。
ウメは喉を鳴らして甘えたフリを見せ、ウニャン♪とお腹を見せて転がったりする。
「急がないと!」
市九郎はウメを引ったくると、逃げるようにその場を離れました。
「ちょいと、このトウヘンボク!あたしが楽しんでるのに、野暮なマネをおよしじゃないよ!!」
そうこうしながら利根川沿いに道を進め、河村の里へと入り、古びたお寺へ腰を落ち着かせた頃には、十匹の猫がお供となっていました。
「ウメ姐さん、姐さんを入れて十一匹集まりましたね」
「あたしの魅力のおかげさ。だけど、これだけ居ると騒がしいねえ」
「ええ。でも、よく集まりましたね」
「ハァ~、まったくオタンチンだねえ。講談だからチャチャッと集まらないと、話が前に進まないだろう」
「ええ、まあ、そうですが…。浅原の町でクロとキジの飼い猫が二匹、布佐の船着場でクロトラと毛の長い猫が二匹。途中で、サビとシロの二匹、すぐさま、チャブチとクロブチの二匹、里へ入る前にサバトラとチャトラの二匹が加わり、十匹集まりました」
「やけに、簡単に説明したねェ」
「ええ、講談ですから」
するとそこへ、噂を聞きつけた上州新田は岩松という殿様の家来が訪ねてきて、「大鼠退治の話は、猫の世界で知らぬものはない。我が殿の猫も役立たせよ」と、ハチワレの猫を市九郎へ預けました。
(この岩松という殿様、明治時代に猫男爵と云われた岩松俊純の先祖でございます)
これで猫が十二匹。
毛色模様も様々に、ミケ、クロ、長毛、シロ、サバトラ。ハチワレ、クロトラ、チャトラにチャブチ。サビ、キジ、クロブチ十二匹。
よくよく見れば猫たちの、十二の瞳それぞれに、浮かび輝く光る文字。
梅竹菊蘭その次は、仁義礼智忠信孝悌。
「みんな、この際だ。一匹一匹、名乗りをあげな」
(ウメが声をかける。以下、身振り手振りのキャラ紹介)
「あたしゃ『口の悪さは天下一』ミケのウメ」
「ぼくちん『気さくなお坊っちゃま』ハチワレのタケチヨ」
「おれっち『ヘタレだけど芸達者』チャブチのキクノジョウ」
「おいらは『遊び好きの片目小僧』シロのランマル」
「あっしは『仲間思いで気遣い屋』クロブチのジンキチ」
「こちとら『自己チューな風来坊』チャトラのギダユウ」
「あたちは『南蛮渡来の小粒な乙女』長毛のレイ」
「てまえは『仏顔の親分肌』サバトラのチシン」
「おりゃあ『隠れんぼはお手のもの』クロのチュウベエ」
「ぼくはね『ダッコ大好き甘えん坊』キジのシンパチ」
「あたいは『内弁慶のツンデレ小娘』サビのコウ」
「じぶんは『船を操る力持ち』クロトラのテイシロウ」
金毛赤目の大鼠を退治するため、今ここに集いし尻尾の長い十二匹の猫。
十二匹もの猫を連れた旅の六部は珍しく、村人や猫好きからモテはやされる。
「あっ、やっと来てくれたミャ!」
十二匹を見て、子猫ムツが嬉しそうに飛び出してきましたが、ムツまで「ちょーカワイイ!!」と、村娘たちから引っ張りだこ。
騒ぎも収まり、ムツは母親の仇打ちを頼むことができましたが、十二匹は大鼠退治の修行もせず、居眠りと毛繕いと爪とぎの毎日。
「やれやれ、いつになったら大鼠を退治するのやら…」
市九郎の口から、愚痴がこぼれました。
ところが、ある日突然、ムツが居なくなった。そこに散らばっていたのは、鈍く光る金色の毛。
「しまった!みんな大鼠だ!!」
市九郎の叫びに、猫たちはヒゲをピンと張って毛を逆立てた。
「ヤツめ、あたしらの噂を聞いて待ち構えてたようだね。ふふン、ムツを猫質に取って、どうやら誘いをかけてるねェ」
「ウメ姐さん、行きましょう!」
市九郎と十二匹、大鼠の待つ峠へと急ぐ。
河村峠に着きますと、空は真っ赤な夕焼け。
そして黒雲が夕日を覆い隠した時、ガサガサッと茂みが揺れ、のっそり姿を現したのは、子牛ほどもある金毛赤目の大鼠。
「ウメ姐さん、相手は山犬どころか子牛ほどもありますよ!」
「まったく馬鹿デカい鼠だよ。みんな、相手が子牛ほどもあるんじゃ、逃げるしかないね」
大鼠の後ろ大木の根元に、猫質となったムツがいた。
風は嵐となり、雨を呼ぶ。
大鼠が雨を弾きながら突進して来ると、猫たちはウメの合図で逃げ出した。
「窮鼠猫を噛むって諺があるだろう。あんな大鼠から逃げたって、決して恥ずかしいコトじゃないよ!」
十二匹は泥濘の中を、逃げて逃げて逃げ回る。
その間に市九郎はムツを助け、大木の枝へと避難しました。
しかし、次第に猫たちに疲れが見え始め、思うように逃げるコトが出来ず、大鼠の餌食になるのも時間の問題。
「このままでは、ウメ姐サンたちが捕まってしまう!」
市九郎は、おもむろに手を合わせ、
「ダイホウコウブツバサンバエンテイシュヤジン!大方広仏婆珊婆演底主夜神!!どうか、十二匹に力を貸したまえ!神通力を与えたまえ!!」
夜を守る神様、主夜神尊の名号を唱えますと、猫たちの尻尾がピーンと立ち、疲れを忘れたかのように軽やかに飛び跳ね、大鼠の追撃をかわしていく。
(この神様、京都は三条の檀王法林寺に祀られておりまして、黒猫が御使いだそうです。それでこのお寺は江戸時代から黒い招き猫で有名です)
「おお!守夜神尊のご加護か、御使いの黒猫が力を貸したか!」
市九郎が叫んだその時、猫たちのしんがりを務めていたウメ、「おや?なんだい、ヒゲがピリピリするねェ」何かを感じましたか、たった一匹、少し離れた草陰へと身を隠す。
すると十一匹が一丸となり、ウメに向かって逃げて来た。その背後から襲い来る大鼠。
「あたしの感が当たったね」
ウメの目がキラリッと光った。
大鼠の爪が十一匹の背中に届こうとした瞬間、猫たちは全身バネのようにピョーンと左右へ飛び退いた。
ウメがうずくまっている草陰の向こうは、断崖絶壁。
大鼠は足元のウメにつまずき、勢いあまって崖下へ真っ逆さま。
そして、そのまま利根川の濁流に飲み込まれ、二度と姿を見せることは無かったのです。
嵐の後の朝焼けが、猫たちと市九郎を包みこむ。
ふと見やれば、ウメの頭上に咲き誇るは一輪の牡丹。
「あっ…ああ!これこそが牡丹の下の眠り猫…!!」
市九郎は、眼が覚める思い。
「他力一乗。生きる縁があれば生き延びるし、そこで死んでしまうならそこまでの運命。ウメ姐さんは、すべてのコトを仏菩薩の働き、因縁に自分の身を任せていた…」
「そんな、こむつかしいモンじゃないよ。あんたの頭は、ホントお地蔵サン並みだねェ」
こうしてムツの仇討ちは終わりましたが、ウメは大鼠の心の声を聞いていたそうです。
子鼠の頃、人間に体じゅう針を刺される虐待を受けたのだと。
突き刺された針の影響か、人間を恨んだ鼠の怨念か、それらがただの鼠を化物に変えたのかも知れません。
「いつの世でも、人が一番愚かなのか…」
市九郎は大鼠の過去を哀れに思い、また、仇を討つために集った十二匹の猫を讃え、十三もの石碑を建て、子猫ムツを連れ巡礼の旅へ戻って行きました。
この後、やがて吉宗の時代となり、ムツは鼠取りの名猫として、剣術家に心のあり方を語る。これが、太平の世に慣れてしまい、剣の心得を忘れてしまった武士たちへの教訓本、『猫の妙術』となったのでございます。
眠り猫こそ、剣の極意、『十二匹集合!梅か牡丹かニャンバラリ!!』という一席。(宝井修羅場塾 発表作品)
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