2017年07月12日

ネコ講談3/十二匹集合!ニャンと赤ひげ道中記

この話は、片方の目に光る文字が浮かびあがるという縁に導かれ、仔牛ほどもある大鼠を退治するために集った十二匹の猫たちの二匹、錆び猫と白猫の物語。

宝永年間と申しますから、犬将軍綱吉の時代も終わり、六代将軍家宣の頃。

じとじと降りしきる雨音を聞きながら、小さな社の床下を借りる、二匹の子猫。一匹は黒と焦茶が混じった毛色の小娘猫サビ。もう一匹は、入道雲のように真っ白な片目小僧シロ。この二匹、旅人や馬方から食べ物を無断で失敬している、かっぱらいコンビでございます。

雨にうたれ、黄色い花びらが色鮮やかな弟切草の一群れ。

「♪どこまで続く泥濘ぞ、三日二夜の食もなく、雨降りしぶく三度笠~。姉ちゃん、お腹空いたよう」

「アタイだって、ペコペコだよ。でもね、武士は食わねど高楊枝さ」

「武士は食わねど高楊枝?」

「ああ、そうさ。お腹が空いてても、澄ましてるってことだよ」

「へえ。姉ちゃんは、むつかしい言葉をよく知ってるなあ。だけど、姉ちゃんはお侍じゃなく、かっぱらいだよね」

「お侍じゃないけど、アタイはいつか、天下の大泥棒石川五右衛門みたいな、泥棒猫になるんだ。泥棒猫は、お侍より賢いから、ツンと澄ますのさ」

「泥棒猫かあ、姉ちゃんはスゴイなあ!」

「まあね、それほどのことはあるよ」

と、言ったそばから、サビのお腹の虫がグウグウと鳴りました。

「エヘン、エヘン。ねえ、おチエさんの店にご飯をもらいに行くかい?」

「おチエさんの店かあ、イイねえ。あそこのご飯、美味しいんだ」

「こんな雨じゃ、人も馬も通らないからね。さあさ、おチエさんの店まで競争だよ」



ここは旅籠がたった二軒しかない宿場にある、小さな煮売酒屋。

女将のおチエが、村人や旅人を相手に、一人で商売をしております。店の軒先で雨風に揺れているのは、一茎の弟切草。

「今日はあいにくの天気だし、お客も来ないから、そろそろ店じまいしようかね」

おチエが片付け物を始めようとしたところへ、「ごめんよ。晩飯を馳走してくれぬか」と、割れ鐘の様な声。店先を見ると、年の頃は三十七、八、赤銅色に焼けた肌にギョロリとした眼、髪も髭も赤黒く縮れたガッシリとした体格の浪人者。

「いらっしゃい」

おチエが声をかけますと、

「儂は赤城三郎兵衛と申す。いや旅籠の飯が不味くての、腹を空かせてブラブラしておったら、軒先の弟切草が目に入った。もしやこの店の料理は美味いかも知れぬと、つい暖簾をくぐってしもうた」

「おやおや、それは、それは」

「女将、まずは酒を一杯貰おうか」

赤城三郎兵衛、酒を注文しますと「酒は百薬の長、善き哉善き哉」と、グイッと一呑みした。

「美味い!これは伊丹の銘酒ではないか」

「赤城様、お口に合いましたか」

「三郎兵衛さんで良いよ。いや、本当に美味い酒だ。して、女将の名は?」

「私は、おチエ。三郎兵衛様、もう一杯如何ですか」

「伊丹の銘酒を、こんな寂れた宿場で呑めるとは、儂はツイテおる」

おチエは三郎兵衛にお酌をしながら、宿場が寂れているのは、宿場役人の哲次郎が御用金と称して、必要のない銀子まで取り立て、苦情を言おうものなら刀を抜いて脅しをかけたり、その手下の力助も役人づらして、我が物顔に振舞っているからだと話しました。

「困った輩も、居るもんだの」

赤城三郎兵衛、憤りながら酒を二升ほど浴びますと、そのまま縁台にブっ倒れた。

よく朝、おチエにゆり起こされ、

「あたたた…、昨日はしこたま呑み過ぎた。さすがに肝の臓が疲れておるから、シジミ汁を頼む…あたたた」

ニャー、ニャー。

「おや、おチエさん、その猫たちは?」

「ああ、このチビたちね。錆びたような毛色の子はサビ、真っ白なのはシロ。きょうだいだと思うんだけど、たまにやって来るから、こうやってご飯をあげてるのさ」

ニャフ、ニャフ、ニャフ。

二匹が美味しそうに、おチエの猫飯を食べていると、

「邪魔するぜ」

暖簾をくぐって入って来たのは、歳は二十代半ばでしょうか、意地悪い目つきに刀を一本差しにした宿場役人。

「おや、哲次郎の旦那」

「おチエ、どうだい、決心したかい。俺の女房になるって話は」

「なに、勝手なことを言ってんのさ」

すると哲次郎の後ろから、「哲次郎の旦那が、面倒見てくれるなんてイイ話だよ」と、小狡そうな顔をした力助が口を出す。

「なにがイイ話なもんか。ゲジゲジと一緒んなった方が、まだマシってもんだよ」

「おチエ。甘い顔をしてりゃあつけ上がりやがって!力ずくでモノにしてもイイんだぜ」

「おい!なにが力ずくなんだ。無体を振るうなら、儂がお相手しよう」

「誰だ、てめえ!」

力助が胸ぐらを掴むや、赤城三郎兵衛、柔術の一手で力助の腕を捻りあげる。そこへ飛びかかってきた哲次郎に当身をくらわし、二人を店の外へと放り出した。

「うう。小汚ねえ浪人め、覚えてろよ!」



役宅へ帰る哲次郎と力助の後を、食後の腹ごなしとばかり、ニャーオと二匹がついて行く。

「力助、俺はもう勘弁ならねえ。力ずくで、おチエをものにするぜ」

「ええ、哲次郎の旦那。おチエは脂の乗りきったイイ女ですからね」

「なんだ、おめえも狙ってたのかい」

「いえいえ、アッシは正直に言ったまでで」

「フン、まあイイ。この宿場では、俺がお定めだ。いろいろ言いがかりをつけて、商売出来ねえようにしてやる!」

「おチエは泣きついてきて、旦那の女になるしかないと。こういう訳ですね」

「ああ、今に見ていやがれ、おチエ」

二人の悪巧みを聞いていた二匹。

「姉ちゃん、今の聞いたかい」

「ああ、これはのっぴきならないねえ」

「何とかしないと、おチエさんが酷い目に合わされるよう」

サビは己が才覚を巡らすように、体じゅうの毛繕いをペロペロとはじめ、お股のあたりを舐めていました時、ハッとシロを見やり、

「いい考えが浮かんだよ」

「え、なになに姉ちゃん」

「仲間割れをさせるのさ」

「仲間割れ?」

「ああ、あの二人は欲深かで業突く張りのガリガリ亡者だから、そこを利用するのさ」

「ねえねえ、どうやって?」

「おチエさんは弟切草が好きだろう。その弟切草を、力助の部屋の前に置いておくんだよ。哲次郎はおチエさんをモノにしようとしてるから、嫉妬深い哲次郎は、力助を怪しく思うだろう。力助は力助で、自分だけうまい汁を吸ってる哲次郎に不満を持ってるから、ちょっとしたこじれを作ってやるのさ」

「へえ~。姉ちゃんは、やっぱり頭がイイや」

「犯罪の陰に女ありって言うだろう。アタイは、悪巧みにかけては天下一品だよ!」

二匹は道端に咲いている弟切草を一茎つみ、宿場役人の役宅へやって参りました。

中を伺うと、一匹の番犬が放し飼いになっている。

サビが目配せをすると、シロはニャゴ、ニャゴと、番犬を引きつけながら外へ飛び出して行く。

その間に、サビは力助の部屋の前に弟切草を落としました。

すると、そこへうまい具合に哲次郎がやって来て「おや、これは?」と弟切草を拾いあげ、「なぜ、力助の部屋の前に弟切草が?弟切草といえば、おチエ。もしや、力助のヤツ、オレに黙っておチエを!」と、力助の部屋へ怒鳴り込みました。

いきなり入ってきた哲次郎に顔を殴られた力助、最初は何事かと驚いていましたが、自分の鼻血を見ると、日ごろの鬱憤が爆発しまして「この若造、いきなり何しやがる!」と、哲次郎に掴みかかっていきました。

今まで旦那、旦那とヘイコラしていた力助が食ってかかって来たので、哲次郎、腰の刀に手をやると「おのれ!この役立たずめが!」と、頭からバッサリ斬り下ろした。

「うわっ、人殺しー!」

血が噴き出す額を抑えながら、代官所へ逃げ込んだ力助。追いかけて来た哲次郎はその場で捕まり、その後、二人はすべての罪が暴かれ、哲次郎は家財を没収され遠島、力助は髷を切られ追放と成りました。



「アタイにかかれば、こんなもんさ」

サビが得意そうにしていますと、

「姉ちゃん、どうなった?」

シロが番犬をまいて、戻って参りました。

「案の定、仲間割れして出ていったよ」

「さっすが、姉ちゃん。天下の泥棒猫だねぇ!」

ところが、シロの臭いを嗅ぎつけた番犬が、どう猛な唸り声をあげ背後から襲いかかり、シロを庇ったサビの体に、ガブリと、おのれの牙を突き立てた。

ニャンッ!

サビの血飛沫で、シロの真っ白な毛並が朱に染まる。

「姉ちゃんッ!」

フー、シャーッ!

シロが毛を逆立て血を振るい、番犬の鼻っ柱に食いつくと、さすがの番犬もギャウンと一声鳴き、尻尾を巻いて逃げだした。

シロはサビの体をペロリと舐め、そのまま、おチエの店へと向かう。

「シロ!」

おチエがシロの姿に驚いて三郎兵衛を呼ぶ。

「体じゅう血まみれじゃないか!シロ、何があったのだ」

ニャア…。

シロは二人の顔をジッと見つめ、もと来た方向へ帰っていく。

「おチエさん、後を追おう」

シロの後を追って着いたのは、件の役宅。二人が門をくぐり抜けますと、サビが血だらけでグッタリと横たわっています。

「サビ!」おチエはサビを抱き上げ「三郎兵衛さん、はやく診ておくれ!」と三郎兵衛へ向かう。

「なぜ、儂が…」

「あんた、お医者なんだろう」

「いや、儂は…」

「隠してもダメだよ。あんたの物言いを聞いてればわかるよ」

「おチエさん、すまぬ。儂は酒の毒にやられておる。治せるかどうか…」

「何言ってんのさ。この小さな命を助けられるのは、あんたしかいないんだよ。三郎兵衛さん、私には昔、妹と弟がいたんだ。でもね、流行り病で死んじまったんだ。弟切草が咲き誇る季節だったよ…。この子たちを見てるとね、死に別れた妹や弟のようなんだ」

「おチエさん、それならば儂なりにやってみよう」

「ありがとう、三郎兵衛さん」

「おチエさん、そこに落ちている弟切草を持って来てくれないか。弟切草は、傷の出血や腫れを抑えてくれる」

三郎兵衛は弟切草を持って来させると、それを手で揉みほぐしサビの傷口へ擦り込む。そして、庭先に生えていた大葉子を細切れにして患部にあてますと、手拭いでグルグルと巻きました。

しばらくして、三郎兵衛の手当ての甲斐あってか、サビが目を覚ましました。

「三郎兵衛さん、サビが目を開けたよ!」

「うむ。幸い傷が浅くてな、儂の治療でも何とかなった」

「三郎兵衛さん、ありがとう、ありがとう」

「いや、拙者の力ではない。妹や弟を大切に思うおチエさんの弟切草のおかげだ」

「三郎兵衛さん。あんたは、こんな小さな命を救ったんだ。将来は偉いお医者になれるよ」

「おチエさん、疫病が流行った時、儂の学んだ医学では病人を救う事が出来なかった。儂は医者に絶望しての…。だが、小さくても生きようとする命、その命が助かったことを心から喜ぶ、おチエさんを見てて、医者というものは命を救うのもそうだが、患者を見守っている家族にも希望を与えるものだと、今ようやくわかったのだ。おチエさん、儂は一から医者の修行をし直す旅に出るよ」

三郎兵衛は、自分の目を覚ましてくれたサビに親孝行の「コウ」、シロには織田信長を最後まで守った森蘭丸にあやかり「ランマル」と、改めて名前を授けますと、医者修行の旅へ出立致しました。



やがて八代将軍吉宗の時代となり、赤城三郎兵衛は小川笙船と名を改めまして、吉宗が設置致しました目安箱へ投書をし、お金のない者、身寄りのない者たちの治療院、小石川養生所を開設したのでございます。

晩年は三毛猫発祥の地と云われる、横浜の六浦で過ごしたという事です。

小川笙船は、弱い者たちを救い続け、その人柄は、赤ひげのモデルとなり、小石川養生所は幕末まで存続致しました。

猫の才覚が、名医を生んだ、『十二匹集合!ニャンと赤ひげ道中記』という一席。

(宝井修羅場塾 発表作品)
 






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