インディペンデントな日々

素敵な音楽をひとつかみ。 シャッフルして出会ったトレジャーから あれこれ。

2016年06月

ディジー ガレスピー、ソニー ロリンズ&ソニー スティット After Hours   1957


ソニー・ロリンズ,ソニー・スティット ディジー・ガレスピー
ユニバーサル ミュージック
2014-12-03

 

最近 インディペンデントが大変で、スマホからの音楽を聴いていない。
まあ、それが正しい資本主義社会の暮らし方だろう。それはそれでいいのだが、時間的なゆとりの無さは、ストレスというやつを生み出す。

恐らく米国ブラックピープルたちも、さぞかしと言う事は想像がつくが、初期のジャズの天才たちが、昼間の金のためのダンスミュージックの演奏の終わった営業終了後、かたやビバップというような 自我の芸術的なほとばしりを、かたや本当にブラックしか共有できないようなグルーヴィーでくつろいだブラックジャズを演奏したのだろう。

どちらも裏表の関係。
だからジャズミュージシャンが、R&Bのバンドでブロウしていたのは、決して低レベルで不本意だった訳ではない。
 それは、シリアスなジャズを曲解する白いファンたちへの当てつけだったかもしれない。

レスターヤングも、パーカーも同じ。
ロッキン&ジャンピンは、ブラックネスの誇り。
 80年代初期に、ジャンプブルースという名前で、30年代、40年代のアーシーでグルーヴィーな音楽が、中村とうよう氏あたりから紹介され、日本のスィンギングバッパーズなどもここから始まったのだが、そのとうよう氏が編集したアトランティックレーベルのブラックジャズコンビが、ロッキン&ジャンピン。

素晴らしいコンビで、私も折に触れ愛聴してきたが、そこにフランク カリーという人の40年代ヒットで、ゴーン アフター アワーズという、まさにくつろいだブラックネスあふれるアフターアワーズな曲がある。

今日紹介する ガレスピーにロリンズ、そしてソニースティットが、その曲をやっているのだ。50年代ハードバップと呼ばれる、モード前のジャズ安定期に。
 しかしそれが、最高に素晴らしいグルーヴィーなフィーリングで。
彼らが、素晴らしいジャズミュージシャンである事を示すかのように。
米国ブラックミュージックの最も重要なフィーリングがここにある。
ハードバップ期らしく 多少室内楽的録音だが。ピアノは、キャデット、アトランティック 黒い飽きないジャズのレイ ブライアント!

私も脳みその奥から癒やされる感じ。
ガレスピーのブラックネスは、80年代にダニー&ロバータのムトゥーメヒット クロース アイ ゲットゥユーをカバーし、ロリンズは、70年代バリバリのスピリチュアルフュージョン、スティットもハードバップ派と称しながら、ブラックレーベルにアーシーなソウルジャズもリリースしていた。
 大切で強力なヘリテイジ。
癒やされ、また明日からタフに。
米国ブラックミュージックの圧倒的深みは、近代的だといえる。

音楽すら、奪われたような 現在の日本で
は、もっと不幸かもと思ったが、本国アメリカはもっと悲惨だと気づいた。

ジョニが、ジャクソンが、クラプトンすらもみんな知ってる。
今参議院選前だが、マスコミがストーリーを作らず、ボーッと生きてる人たちすら気がつくだろう。
ひょっとして 大戦後の西側諸国は、とても幸福だったのかもしれない。
ポピュラーミュージックは、その産物?

他4曲も相変わらず素晴らしいので、驚いてる。20世紀のポピュラーミュージック!

アストラッド ジルベルト   Flora
ヴァレリー シンプソン  Now That There's You
リズム カフェ   Sunshine Lady
アニタ カー シンガーズ  何かいいことないか、子猫ちゃん



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ジノ ヴァネリ   Crazy Love  1974 



ジノ・ヴァネリ
ユニバーサル インターナショナル
2006-08-23



 75年頃から、音楽雑誌の広告では知っていた。当時のA&Mをリリースしていたキングレコードも、それなりにプッシュしていたが、音楽室にいるようなクラッシックカーリーなルックスと胸毛!
 産業ハードロックかなんかとしか思えなかった。結局 メジャー化したのは、AORがポピュラー化した78年。
文句無しの I just wanna stop。
こういう方だったのだ。

実際は、ボズがトトと、ロウダウンする前から、フランク ザッパが、AORを志すような音楽をやっていた カナディアンだったのだが。そのA&Mでの 愛すべき2NDから4thを耳にしたのは、90年代以降なんだけれど。
 同じ頃、こうした洗練された黒いグルーヴ音楽を志向していたデビッドフォスターとも共通する。
 アメリカ南部とは 程遠い隣国カナダだからか。ドミニク トロイアーノも、カナディアン。すっきりとした 構造だけ残した黒さ。しかし ジノの音楽は、そこにキーボードミュージック、シンフォニックも入る まあ 天才性。クラッシックな個性もそこに入るのも まさにAOR。

しかしだ。今回紹介する Crazy Loveは、そんな天才のデビュー作から。
 このアルバムは、その天才が、ハーブ アルパートという、また唯一無二の個性の音楽家にプロデュースされた逸品。

 あのオペラチックな ジノの個性を、音無の剣のような ハーブアルパートのさりげないすっきりとしたプロダクションで、抑えている。
 逆に、それがジノの繊細なソングライティング、はたまたさりげない黒さや、都会性を浮き彫りにする。

これは ボッサAOR。以降のジノにはない、ハーブならではの引き算の美学がある。素晴らしいメロウネス。バックにそれでも ジノの個性的なシンセが細やかに聞こえるのもすごい。ちょっと不思議なパーカッションとか。

 ハーブアルパートが、70年代中期に、副社長だからか、ひっそりと ソフトロック的AORというか、素晴らしいソロを出しているのは、あまり知られてない。
 奥様 セルメンのラニ ホールだし。

ジョーン バエズの75年の名曲、ディダのカバーなんか最高だった。ラテンや、ボッサ、ソウルでもその核心をわきまえたような しかしオリジナルな、いい意味でのさりげない音楽。

まさに それはA&Mレーベルの個性かも。
ハンブルパイ、カーペンターズ、LTD、スーパートランプ、ニルスロフグレンとか。ジャンルばバラバラだが、みな音楽性は高い。

だからジノヴァネリもそう。

だからか、能書をたれるよりも、その音楽の良さが、すぐに届くようなミュージシャンばかりだからか、A&Mアーティストはベスト盤が多く、かつ安い。

 このキーボードボッサの傑作 Crazy Loveも、大抵ベスト盤に入ってるが、フォーカスだが、十分個性的なジノの若き姿が映るジャケの1stオリジナルで。
74年感がいっぱい。

同じカーリーヘアと言えば、同じ頃 英国のレオセイヤー。ピエロの格好が、訳わからんかった。彼も素晴らしいシンガーでソングライター。

他4曲

ジノ ヴァネリ   Night Walker
ジョニー ライル  Big pill
100 プルーフ    Evry Good thing is Bad
キャメル  Dunkirk



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他4曲から(part16)

それでは

フィンガー5
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
1994-11-02



フィンガー5  ワン バッド アップル  1972

和製ジャクソン5として、都倉俊一、阿久悠のコンビの楽曲で、小学生の晃のヴォーカルでデビューしたのは、71年ごろ。晃と同年の小4の私も、大好きに。とは言っても、遠足の歌で彼らを歌うくらい。グルーヴィーも、マイケルも知らないけど、そのシンコペーションとソウルな晃の歌には魅了されていた。沖縄出身だからのソウル感覚。
そのエキゾチズムも感じていた。

 だから近所の市立体育館にコンサートがあったときは、親に行かせてくれと頼んだが、4年生ではだめ。その後バトミントン大会とか、東映アニメのセル画販売とかしょっちゅう行くその体育館に、レインボウが来て見たのは、5年後の事。

さておき、今回紹介するのは、マイケルではなく、ダニー。リックホールのプロデュースで、南部バブルガムソウル、オズモンズ。その1stヒットのカバー。
フィンガー5のジャーメイン 正男のリードボーカル。晃と妙子が交互にコーラス。オリジナルの楽曲がいいので、正男の雑なボーカルもまた味が。
 
しかし今聴くと、ストレイトな晃の歌以上に、繊細な妙子の声に惹かれる。
やはり、この身体性は凄い。コンディショングリーンのシンキのギターと一緒。モノホンのノリ。音。
トミボや、リック、テッドニュージェントと同じ、質感と気。
いわゆる日本のロックにない感覚。

晃の変声期とともに、グループはフェイドアウト。マイケルの苦しみは乗り越えられなかった。当然なんだけど。


Neil Sedaka
Varese Fontana
1994-09-27


ニール セダカ  Bad Blood  1975

アルドンミュージックのソングライターからのスターは、このニールセダカ。カレンダーガール。
我々ビートルズ解散後にここいらを聴きだした世代には、オールディーズ、やたら古くさく感じた50年代や、アーリー60年代だが、大瀧氏の啓蒙や、大学時代の音楽サークルの先輩のおかげで、80年代は、ブラックミュージック中心だが、50後半から60前半を聴きまくっていた。

だからこそ、キャロルキングは別として、カムバック後の70年代のニールセダカや、ポールアンカについてはスルー。その絶品、極上ぶりに気がついたのは、90年代のアナログ集めのころ。
このニールセダカも、そもそも天才的なソングライター。エディグリーニッジとのコンビはもちろん、フィルコディという新しいパートナーとも、70年代的名曲を。
キャプテン&テニールの愛ある限りで、私は75年には多少認知。
ラフターインザレインは、私の70年代フェバリットbest5に入る名曲だが、今日はBad Blood。ロックンロール的名曲だ。当時のセダカのレコーディングのバックは、10CCとジョーママ。
 凄いとしか。ポールアンカも、メロウソウル。
女性ボーカルとともに、ポピュラー男性ボーカルコーナーから安レコ抜きまくった記憶が。

馬場のタイムや、ディスクファンにありそうな。
amazonは、ダサジャケのカンバック後のベスト。オリジナルはもっとジャケもかっこいいのに。しかし優れたベスト盤。


ジョン・セバスチャン
ダブリューイーエー・ジャパン
1998-03-25


ジョン セバスチャン   She's my Lady  1972


ラビンスプーンフルのグッタイムミュージックは、何故か例の大ヒット以外は、縁がない。多分ソフトロックも、相当好きなんだけど、それ以上にソウルフルな米国音楽が好きだから。
 だから、ジョンセバスチャンも、少しソウルフルなフォーキーな、サバービアクラシックSHE'S MY LADY
MAGICAL CONNECTIONは、すぐ気にいった。

このオリジナルアルバムが、同内容で、MGMとワーナーでアメリカでもジャケ違いで出てたりしてるのも、アナログ収集時代は気になっていた。

しかし、この柔らかくて、フォーキーで、そしてうっすらジャジーな世界は、やはり素晴らしい。
西海岸の当時のジャズにもつながる感じは、東海岸にティムハーディンも一緒。
いわゆる、大人のフォーキー。
もうひとつの名曲、マジカルコネクションも、浮遊感のあるなんともお洒落な曲。
ガボールザボのブルーサムのアルバムで、ジムケルトナーのドラムで71年ごろ、カバーしてるのも逸品。

ロン ウッド   If You Don't Leave Me Now  1975



ロン・ウッド
ワーナーミュージック・ジャパン
2015-11-11






1975年から音楽を意識的に聴いた私は、今考えれば幸福だったと思うのは、度々。デビュー時の若々しい、シュガーベイブフロント二人のソロや、リトルフィートのラストレコードアルバム、ジョージ ハリソンつながりで知ったヘンリーマックローの1stソロ、アティチューズのダニークーチ、デビッドフォスター、そしてクラプトン、EC Was Here。
 面白いほど、素晴らしい音楽に行きついた。60年代のスピリッツの名残りと、70年代の洗練が絶妙だったのが、75年前後だったと思う。ブリティッシュロックも、ブラジルもソウルも、当時はイノヴェーションの60年代後半に比して語られなかったが、絶妙のクラフトがなされていた。
 それは、ニューソウルからの、メロウと16ビート。エレクトロマイルスの洗練。これが、通底にあったからだと思う。
日本の音楽においても。岩崎宏美のデビューの筒美京平なんて、まさに。
スタ誕で歌う、未来 最高だった。
それが、76年になると、形式だけ残してぐっと商業化する。仕方がないのだけれど。

今ではこれから後の洗練された音楽も好きだが、シルクディグリーズもエイジャも当時は、退廃の臭いがしたものだ。だから、アメリカでは、スプリングスティーンや、NYパンクが誕生し共感もできた。

ということはさておき、75年夏に出たフェイセス、およびストーンズにまたがっていたころのロン ウッドの2NDソロ。ロッドの南部録音アトランティッククロッシングとほぼ同時期のリリース。

ロッドのアルジャクソンのドラムも良かったが、ロニーは、ボビーウーマックとニューマーク&ウイークス、ブリティッシュファンキーのジーン ラッセルの参加も見逃せない。
結果、あのライトでファンキーに跳ねる、前作俺と仲間以上の、グルーヴィーな傑作となった。
前作では、ジョージ最高傑作といってもいい、共作ファーイーストマンが、メロウチューンのトップだったが、今度はボビー絶頂期のメロウチューン、日本題愛に拒まれて。 If You Don't Leave Me Now。

もともとボビーの名曲として、アルバムとサントラでウーマックも二回録音してるぐらいだが、ロンのこのバージョンもバリバリ活躍。ダニーハサウエイ+スライの協力リズム隊と、最高に仕上げている。

ロンの微笑ましいソウルボーカル(ニューソウルのアストラッドジルベルト?)もいいが、イントロのスライド、北中正和が、マイスイートロード流れか、ジョージハリスンぽいと評したロニーのギターが、ロックだと示す。
 メロウという言葉はここにという程、官能的で、当時隣家のクリエイション樋口コピーのドラマーの大学生から、幼馴染なんだけれどいい趣味してると言われたこと思い出した。

彼は近所迷惑気味の音量で、フイービースノウの1stも、よく聴いてたな。
おそく起きた日曜日の10時ごろ。
その時間洋楽のチャート番組、私は聴いてたのだ。今 思い出した。

とにかく、キース参加でグリグリのグルーヴファンキーロックと、ブレスオンミーなどメロウなチューンと詰まった傑作。
よく聴いたが、以降のロニーのソロでここまでの黒いテイストは無かった。やはり、やばいけど才能あふれたボビーのおかげ?

ポールの番組でも、ロニーの音楽に接する優れたセンスは、やはりちょっとした構造にニュアンスを込めるポールとよく話があっていた。そうじゃなきゃ、50年もロックンロールビジネスはできない。

私生活はトホホなロニーの自伝は、いささかゲンナリだが、音楽に対する本能的な才能は、これまた素晴らしい絵のセンスとともに素晴らしい。絵はジョニ ミッチェルと並ぶ実力。お二人とも音楽も。

ロニーはジェフベックグループ参加前に、パープルのジョンロードと、初期アイズレーのテスティファイを録音してるが、これがモッズ的にかっこいい、ロンドンR&B。イミディエイトのブルースコンビにクラプトンやペイジとともに
はいってるはず。ジョンロードも、懐深いのだ。

ロニーは兄アートもアートウッズのリーダー。ロマの血の流れが、音楽の才をもたらしているのか、タラブ トー ハイヅークスの超音楽的だけど、気取らないぶっとんだフィーリング。黒髪のロニーと共通するかも。
英国紳士のチャーリーワッツが、ロニーを愛情込めてだが、とにかくふざけたヤツといっていたのが、可笑しかった。

この If You Don't Leave Me Nowは、フリーソウル以降かなり有名になったが、ロニーバージョンはやはり最高。たしかに、ボビーのサントラバージョンも素晴らしいが。

前回のヘンリーマックロウのSame Damn Thing も同じくらいの傑作ファンキーチューンだと、改めて言っておこう。

そうアイズリーのテスティファイは、ギターはジミヘン。かっこいいんだから。これも。

他4曲

昨日はヘンリーばかり聴いてたけれど、今日は


窪田晴男    冬のゆううつ
ザ デルズ  Private Property
ポール ホーン   Ana
フランク ザッパ   Tell Me You Love Me



 
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ヘンリー マックロー Same Damn Thing 1979



Henry Mccullough
Line
2005-09-20




数日前、私の過去記事で、ヘンリー マックローが相当見られていたので、Google検索で、その記事がトップにくるためなどと思っていたら、今日Googleで検索すると、我が記事の下に、ヘンリー氏の悲報が。14日に亡くなられたとのこと。ちょっと衝撃だった。それゆえのアクセスの多さだったのだ。

数年前から、体調悪化は聞いていたが、72歳とのこと。18日にポールのTV出演のくだりで、ヘンリーの名前を出したが、その時はすでに亡くなられていたのだ。

しかし、本当に大好きな、信頼できる、才能と気骨のあるアイリッシュギタリストだった。
ポールの彼の死に対するコメントが素晴らしい。
マイラヴの不滅のソロはもちろんだが、ウィングスの初期にヘンリーの優れたミュージシャンシップと個性を、ポールは本当にわかっていたのだろう。アイリッシュテイストのジグやリールのような、グルーヴがポールとヘンリーの作り出したウィングス初期の味わい。
本物のロックンロールミュージシャンだからこその共演だった。

そこで、今日は決して一般にはメジャーではなかった、彼の素晴らしい作品を是非紹介したい。
ダークホースからの1stソロは、以前紹介したが、今日改めて聴いてもあのグルーヴ、リズムの絡みが素晴らしい。本当に、こんなロックの極上を、中学3年で耳にできたのは、本当に幸運だったと思う。

しかし、その後タルサで録音した、2ndはカントリーに寄ったアルバムで、悪くはないが、英国の1stのコクのあるフィーリングが無かった。
 晩年のアルバムも、プロダクションがもう一つなのだが、やはりグリースバンド、ココモのニールハバード、アランスペナーのあのギター、ベースがいないと、ヘンリーの最高の世界が生まれない。

しかし、70年代後期未発表集の寄せ集めとして、87年という微妙な時代に出された「カット」が、本当に素晴らしくて、1stと並ぶお勧め。
今回通しで全部きいたが、ココモリズム隊も参加の70年レイトらしい、AOR的洗練もある傑作だ。
イアンデューリー的パブロック感もあったり。

まずは、クラブ系グルーヴとしての隠れたイッぴん、Same Damn Thing 。
アイリッシュグルーブソウルファンク。よれよれの間が絶妙な、ヘンリー、ハバード、スペナーのギター、ベースのアンサンブルが、超かっこいいファンキーロック。女性コーラスも、ティムヒンクレーか、いかすピアノも英国的。
これに匹敵するのは、以前紹介した、ドミニク トロイアーノのWe All Need Loveレベル。
本当にカッコイイのだ。

そして、もう一つ、この英国らしい乾いたリズムアンサンブルのAOR風味は、ポールが当時やっていたサウンドに近い感覚。グッナイト トゥナイトのあのグルービーなベースラインとか、テイキット ア ウエイの間奏のアンサンブルとか白いグルーブが同じ。リズムのアンサンブルの良さを知ってるのが、アイリッシュ的ジグのセンス。やはりウイングスOBなのだ。ポールの「バックトゥジエッグ」と「マッカートニーⅡ」のAOR感覚も絶品なのももっと評価すべき。

 Same Damn Thing もう十回はリピートで聴けるかっこよさ。ボーカルもドクタージョン的味わい。ホライズンのドクタージョンのアーバン感を、もっと英国下町風に。でもブリティッシュファンクなのだ。


しかしこれ以外の曲も、本当全部素晴らしい。コーネルデュプリーじゃないが、リズムマスターなのだ。ヘンリーも。当時のシンセ音や、打ち込み的アレンジも、本当に音楽性が高いんで全くナチュラルに、ヘンリーの地に足のついた、リフ、グルーブなサウンドに帰結してる。そして、スペナー ハバードのココモの二人の素晴らしさ。

エディ ハリスのIN UKも以前紹介したが、これもこの二人がリズムを締める。
ウインウッドの77年の渋いソロでも、ニューマーク&ウイークスとリズムを分け合った。

ヘンリーの凄さは、ポールのみならず、共演したミュージシャンでもわかる。フランキーミラーと、ロニーレインの参加作品は、世評ほど私は気にいってないのだが、ロイ ハーパーの「HQ」や、アンディ フェザウエイ ローの「スパイダージャイヴィング」なんかもいい。そして、マリアンヌフェイスフルが、アイランド移籍前の70年代終わりに出したジャケはダサいソロ。これも、流石マリアンヌ、渋い。素晴らしい逸品。

そして、これもこのブログで紹介した、ジョーコッカーの「ジャマイカ セイ~」収録のルシンダ。名曲。
もう一つジョーコッカーは、69年ジョージハリソン自身より早く、録音したサムシング。
素晴らしいテイクなのだが、ビートルズより先にヘンリーたちグリースバンドが演奏しているのだ。

ウイングスは、レッドローズスピードウェイだが、ビッグ バン ベッドとか、ポールと多少荒いジグジグ大会。
そして、マイラブの完璧なソロ。ジェイムス ポール マッカートニーのTV映像で、ポールとリンダが踊る映像にレスポールを少し立てて弾くヘンリーの姿。忘れられない。
新しいポールのベストで、またあのソロを聴くリスナーが増えるだろう事も感慨深い。

ヘンリーマックロー お疲れさま。本当に素晴らしい音楽をありがとう。

他4曲も全部カットから。

ヘンリー マックロー  All Shook up
ヘンリー マックロー  Gone with Another
ヘンリー マックロー  Rock me Woman 
ヘンリー マックロー  Shining Star




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