インディペンデントな日々

素敵な音楽をひとつかみ。 シャッフルして出会ったトレジャーから あれこれ。

2018年08月

The Show Must Go on
Sam Dees
Imports
2014-04-22


サム  ディーズ       What's it gonna be   1975

最近の新しい音楽について書いてても、津野米咲のお気に入りのレコードの10枚についても、半分は知らないという始末。ジム オルークは、やはり彼女も好きなんだなあと、友沢ミミヨジャケのアナログ、ボチボチ聴いてたなと90年代思い出したりして。

で久しぶりの、得意の過去音源は、サザーンソウルの名ソングライター、そして80年代まで、その卓越したソングライティングで、いつ聴いても、完璧なソウルソングを生みだした、サム ディーズの唯一の正式リリースのアルバムから。奇跡的なギターリフと、その素晴らしい歌唱が、サザーンニューソウルなWhat's it gonna be。

このAtlanticからのソロのアナログは、ユニオンのソウル&ブルース館などでも高値の垂涎の盤だったので、2013年に日本盤1000円でCDが、リイシューされた際は、すぐさま購入。

   噂に違わぬ、渋いサザーンモダンソウルで、なるほどと納得したものである。
サム ディーズの曲は、なんとも言い難い味わい深いソングライティングで、これぞソウルという、ジワリとした味わいのもの。
 そしてサザーンソウルとしか言えない、南部のルーラルな甘さが、しっかりとあるのも素晴らしい。

しかしながら、今回取り上げるWhat's it gonna beは、それを超えた、かなりイノヴェイティブな曲。まず、ミッドテンポのギターリフ!やはり当時バリバリのシカゴの社会派、カーティス メイフィールドの向こうを張った、サム ディーズ的なニューソウル仕様。しかもそれは、シカゴ的ではないサザーンソウルテイスト。

40年たって、まったく色褪せない 、むしろ輝きを増すいわゆる真のレアグルーヴであり、ソウルミュージック!

しかしこのリフ、山下達郎氏が何かの曲で、引用してた様な記憶が。しかし思い出せない。いや私の勘違いかもしれない。
  こういう頑な思い込みのまちがいは、確実にトシのせい。

サム ディーズと言えば、このソロから10年後の1986年に、当時クロスオーバーな人気を実現させていたホイットニー ヒューストンのセカンドにおさめられていたJust the lonly talking again。やはり、これもジワリとくるソウルソングで、アイズリーのカバーと共に、このアルバムのお気に入りだった。

サムは、英国ケントから、レアな音源も収録されたコンビも出されてるようだが、不勉強にて未聴。しかし この75年リリースのアトランティック盤は、ジャケも含めて素晴らしい盤。
ルーサー ヴァンドロスのルーサーと並んで、アトランティックの70年代の高値盤。お手軽に入手できるうちに是非。ボートラ収録のイギリスリイシューもあるはず。アナログリイシューもされている様。

今日は、サム ディーズに加え、もう一人のサム サム クックばかり聴いていた。ずっと好きだけど、やはり良い。RCAのベストだけど。
   私の生涯のベストソングの一曲が、サムのキューピッド。グリーン ガートサイドもそうなのではと。ブライアン ウィルソン以前のイノセンスの表現。それもロックやポップの底にあるもの。


他4曲

サム  クック    Cupid
サム  クック    Only Sixteen
サム  クック   Mean old world
サム クック   Little Red Rooster










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日々のあわ
宇宙ネコ子
Pヴァイン・レコード
2016-08-17


宇宙ネコ子  ただいま   2016



最近 またネットで見つけてしまった。宇宙ネコ子のただいま。最初に言ってしまうと、シティポップという言葉で、この衰退したこの国の現実を、うそぶいてしまうような70年代、80年代の音楽のずさんなレプリカは、まったく好きではないのだが、この宇宙ネコ子のただいまは、そうしたものを乗り越える、クオリティと現代性。
しがないこの国のリアルを含有した、まったく新しいライトメロウである。


相対性理論も、やくしまるえつこのルル ときめきハッカーのシングルだけ持っているが、決して嫌いじゃないあの閉じた幼児性が、さらに外に出て勝ち得た身体性を身につけたような、リアルコケティッシュなヴォーカルは、tsvaciこと辻林美穂。彼女も初めて知ったが、音大を出た才能のある若い女性。

そして肝心の宇宙ネコ子とは、ベーシストとトラックメイカーの男性二人組ユニット。彼らは、ラブリーサマーちゃんなど魅力的な若い才能とコラボしながら、音楽のキモをつかんだような、過去の音楽スタイルを、今に溶けこますようなリアルで素晴らしいトラックを作っている。

それは、いわゆるAOR的なプリテンシャスなアーバンとは違う、しがない、慎ましいグルーヴ。万引き家族と繋がっている様な、この国の今の空気とつながる、淡いグルーヴ。
  それは30年以上前、マーガレット サッチャーの英国で、マーリンガールが、ささやかなボッサのギターポップを生み出したことを思い出させたりする。

そして秀逸なのは、このただいまのPVも手がけた、イラストレーター大島智子のアニメ。彼女の髪の毛だけはリアルに描かれた、震えるような描線のキャラクターたちは、今のしがなさをやり過ごすような、実は生活感のあるディティールの背景で生きている。
それが、このただいまの、僕らはいつもひとりという歌詞の素晴らしくキャッチーなリフレインと、マッチしているのだ。

この実は、ジョニ ミッチェルのような生々しさは、75年に大貫妙子が、学生運動の匂いが終わってしまった空気の中で、いつも通りを歌ったり、96年に古内東子が、まだ豊かさの残骸が残る中で、いつかきっとで、恋や愛を歌ったのと同じ、2016年の皮膚感覚と共振したキャッチーなフィーメールヴォーカルの傑作だと、私には思える。

それにしても、宇宙ネコ子のつくる、80年代アイドルのアルバムの中にあるグルーヴィーチューンのような、非アーバンな16ビートは素晴らしい。それが、ガレージサウンドのような音響が、1975年のシュガーベイブにもたらした異化作用と同じように、このただいまをリアルシティポップにしているのだ。

私は、YOU TUBEでヘヴィローテーション。PVを見ながら聴いても、サウンドだけ聴いても、素晴らしいトラック。


宇宙ネコ子も、レーベルは、モノノアワレと同じ P vine。日暮氏も高地氏もいない今のP vineだが、そのセンスは、40年前 ジュエルのルイジアナポップや、ファイアーのニューヨークのR&Bで私を夢中にした時と変わらない。
 
まさにインディペンデントな、素晴らしいレーベルだ。ほんと いいバンド見つけてくるなあ。
ラブリーサマーちゃんも、発見。彼女のセンスの良さは、やっぱり祖父いずみたく氏の血を感じてしまう。

最近、このブログで新しい音楽を取り上げることができて、個人的には満足。
 と言いながら、今日聴いた我がスマホの古いサルサやソウルやロックもやはり良い。
達郎ラジオで昨日かかったフリーやスティーブミラーバンドも良かったなあ。

他4曲は、故にいつも通り、過去のトレジャーから

ドナルド バード   The Empelor
エスコーツ     Brother
ディオン   Born to Cry
ローリング  ストーンズ   Wild Horses

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人生、山おり谷おり
MONO NO AWARE
Pヴァイン・レコード
2017-03-02



mono no aware    井戸育ち  2017


モノノアワレ である。初めて聴いたのは、苦戦するフジテレビがやっている、深夜の音楽番組で。  そこで一発で気に入り、最近セカンドアルバムも出たのだが、この1stは、やはり素晴らしい。

 カクバリズムとか星野源とかもそうだが、ネオアコというか渋谷系流れというか、私の印象で、ツメの甘さを等身大というエクスキューズで許容させるようなコンセプトの音楽は、あまり好きではないのだが、モノノアワレは、ネオアコ、渋谷系以前の時代、二ューウェイブ、ポストモダン、これしかない自分の表現を自身の技量でやる!という時代のバンドのたたずまいに似ているのだ。

PASSレコードは、80年にトリオレコードから、3枚のシングルで始まったのだけど、phewと坂本龍一の終曲と共に、突然段ボールの ホワイトマンと ヘンなパーマネントは、すごく愛聴した。ジャケも含めて  今でも大好きだ。

とぼけたダダイズムというか、落語のぶっ飛び系演目(粗忽長屋や、堀ノ内など)的な、日本的ユーモアもある。その突然段ボール的な味わいをこのモノノアワレに感じだからのだ。

これだけ過去の音楽に溢れた時代に、全くオリジナルな自分の中のクリエイティブで生まれてくるものを音楽にする素晴らしさ。それが二人の中心メンバーが、非東京的東京の八丈島出身な事もあるだろう。鬼太郎の南海妖怪たちが、フランチャイズにしてしまう、太平洋の中の東京都だから。

70年代末から、80年代頭にかけては、トーキングヘッズも、スロビン グリッスルも、ヤングマーブルジャイアンツもそうだったのだ。ちなみにサザンのシャッポも、吾妻のおいコラ お嬢さんも、ピンククラウドも、ほぼ同じ時代に自分らしくリンとして音楽を堂々と宣言してる。

シティポップと呼ばれる、AOR的な16ビートの音楽も、当時は、下手くそは門前払いの、テクニックとセンスの音楽だったのである。じゃなきゃ ポンタや大村憲司は、参加しない。

そうした音楽への厳しさも、モノノアワレのバンド演奏にはある。キーボードレスなのが、ギターアンサンブルを強固にして、AORクサさを回避させている。特にギターの成順は、カントリー系のリックの匂いもする なかなかのギタリストだから、ヴォーカルの 周啓の オリジナルな世界感をグルーヴィーにアンサンブルさせる。

突然段ボールに、鈴木茂が参加したと言う私の安直な感想は、親父だから仕方ないのだけれど、ギターのアンサンブルは、ケニヤのアフリカンギターバンドなんかまで連想してしまうのだ。ブンドゥボーイズとか。ヴォーカル周啓のリズムギターも、女の子のベースも、ドラムも、バンドのアンサンブルをしっかり、バウンドさせ、グルーブさせようとして、その身体性もカッコいい。
だから、ファンキーな曲もいいのだ。

モノノアワレのメンバーの愛聴する音楽を紹介するHMVのネット記事を見ても、なかなかのセレクト。音楽の強さだけで、自分の耳で聴いてる感じが。ロックバンドは、そうでなくちゃ。

  玉置周啓のオリジナル過ぎる、コード感やリズムセンス、あるいははっぴいえんど時代の大滝詠一的な、日本語の歌詞の乗せ方が、なぜか大衆的ポップ感に帰着できるような感覚があるのも面白い。最新のセカンドにはそんな予感の曲もあるが、やはりやりたい事をそのままやった感覚の1st「人生、山折り谷折り」の、びっくりするくらいのヴァラエティと質の高さは、私を離さない。井の中の蛙的井戸。それは非東京的東京、八丈島の事だろうが、そこで育った自分のコアを、東京的東京なボーダレスなワールド感の中で解き放つ感じ。これも素晴らしい成順のギターと、バンドアンサンブルで、10年代らしいシューゲイザー的音響でまとめている。

全部素晴らしいモノノアワレの曲だが、この井戸育ちは、中でも私は好き。あとは、イワンコッチャナイのアヴァンファンク!

アイドル特集の雑誌を尻目に、即買いした今月のギターマガジン。キューバ&ブラジルのエレキと、マニアック過ぎる内容を締めたのは、詳細なミュージシャンのデータ。
やはりと思ったら、私の大学の先輩、日本のキューバミュージックの第一人者の仕事だった。
素晴らしい!吾妻のやっぱ T ボーンは、実は言い得て妙。単音の、乾いた音は、ワイルド!

ファニート マルケス。キューバンジャムセッションのVOL.1 聴き直さなくちゃ。でもグロリア エステファンの成功の陰には、やはり亡命キューバミュージシャンのすごい人がいたんだな。ミ ティエラ  素晴らしかったもの。グロリアの。

他4曲

ルイス  ボンファ     Nelly
アルフレディート   ヴァルデス   Vamos al Ciero
コルティーホ&イスマエル リベラ   Yayabo
ロス ロボス    The Valley





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ジョーイ ドーシク  Running Away  2017



先日ポール マッカートニーのArrow Through Meのカバーでも触れた、Joey Dosik ジョーイ ドーシクをとり上げたい。なぜなら、彼のRunning Awayという曲が素晴らしいから。


ジョーイは、VulfpeckというLAのファンクバンド(多分ジャムバンドの流れから来たはず。)との共演や、カナダのMOCKYという(これも、なかなかの素晴らしさ。)のバックでもやっている、所謂ブルー アイド ソウル的なシンガーソングライター。ニューソウルやモダーンソウルと、マッカートニー的ポップさを志向している、シーンの無いアメリカで、インディーでやっている人だ。

ただし、70年代初めに生まれたこうしたグルーヴィーな音楽を、懸命にこの荒れたアメリカでやっている彼の音楽は、ショウビズ的生臭さはないのだけれど、とても誠実でキャッチーだ。
ただし、自身名義の録音だと、そこは白人的な、まさにブルー アイド ソウル的な端正なものなんだけれど、前述のVulfpeckというユニットで、ジョーイが歌うRunning Awayは、それを超えて素晴らしいソウルミュージックになっている。
なぜなら、そこにデヴィッド T ウオーカーと、ジェイムス ギャドソンが共演しているから。

あのモジャモジャヘアーのギャドソンのドラムに、衰えを知らないデヴィド Tの極上のオブリガード。そして、それに耐えうる、すばらしいRunning Awayという曲の、ソウルでキャッチーなソングライティング。2010年代に、こんなブルー アイド ソウルが生まれるとは。もしこの曲に2010年代らしさがあるとすれば、リフレインがミニマムなこと。ほんの少しのループ感が、ジョーイ ドーシクが今に生み出した現代のブルー アイド ソウルだとわかる。

しかしヴォーカルは、ウイザードのころのトッド ラングレンのような、硬質だが、スイートな歌声。そして、マッカートニー的なニュアンスは、70年代後期にヒュー マックラケンのプロヂュースでA&Mからデヴューした、ゴードン マイケルズを思い出させる。

しかし、何といってもあの、ギャドソンと、デヴィッド Tが、そのミニマムファンクに合わせる素晴らしさ。
だから、Running Awayは、ジョーイ自身のアルバムのテイクより、リジェンド二人が参加した、Vulfpeck名義のテイクのほうが良い。

ジョーイ ドーシクは、最新アルバムも最近Iリリースし、そのPVが二人の男女のコミカルなダンスが中心なのだが、その女性ダンサーは、あのベッキーの妹だとのこと。ちょっと、恋ダンスのPVを思い出させるのには苦笑した。でも曲は、なかなか。なぜなら、とてもストレートなソウルミュージックだから。妙な時代性のフックをつけてないので、そこがシンプルに質の良いブルーアイドソウルになっているのだ。そして、それこそが新しいのだ。ちょっと、ホール&オーツを思い出したりするのは、当然私が親父だからだが。

ジョーイにより、カナダのMOCKYという人も知ったが、彼もAvan pop的素晴らしさ。アート リンゼイが、ブラジル音楽を歌うような感じの素敵な音楽を作っている。ジョーイやMOCKYの衒いの無い、音楽へのリスペクト溢れる、練磨したサウンドは、言い訳が無い分すがすがしい。フェイクを潜り抜けて、堂々と真っ当に保っているという感じは10年代的かもしれない。
でも、こうした音楽を支えるショウビジネス自体が無いので、インディーぽいのだけれど。

でも、このVulfpeck名義のRunning Awayは、ギャドソンとデヴィッドの凄さ。私は、ブルーサムのニック デカロのアルバムも思い出してしまった。
70年代にエリック カズや、マイケル ジョンソン、ネッド ドヒニーでもいいのだけれど、黒いスタジオミュージシャンがバックの白人シンガーソングライターの何とも言えない魅力を、ジョーイのこの曲には見つけてしまうのだ。ニック デカロのUnder the Jamaican Moonのデヴィッドのギターソロ!

日本ではMono no Aware!セカンドアルバムは、私にとって、実はジョーイ以上。彼らも、本物。嬉しいくらい新しくて、素晴らしい。突然段ボールと、ドウルッティ コラムと、はっぴいえんど。大滝詠一が生きてれば、何と言ったろう。

他4曲

オス カリオカス  O Sol Nascera
エディ ヘイゼル トリオ  Closing Blues
オーティス クレイ  Hard workihg Woman
ロイ ブキャナン  Soul Dressing




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蒼天ディライト / ドリームビート<期間限定盤(CD+DVD)>
Wienners(ウィーナーズ)
トイズファクトリー
2013-07-24

ウィーナーズ   ドリームビート 2013



 ベイビーレイズJAPANの解散が、ボクシング協会の疑惑判定のようにあっけなく決まってしまうと、60年代の米国ガールズポップのようだった?、この国の2010年代のAKB以降のアイドルビジネスの終焉を感じてしまうが、ベビレのコンポーザーたちの、10年代以降の希薄化する音楽シーンのますますの詠み人知らず的な才能の表出は、彼女たちの作品にしっかりと残っている。


玉屋2060%という、息子たちのワンピースの熱狂を理解できなかった私には、ピンと来ない名前のリーダーなのが、Wiennersという何故か英語表記のバンド。ベイビーレイズの栄光サンライズという曲が、70年代初期の英国ポップや、ロックの感覚がかすかに溢れた、かつJポップ的土着音楽とのハイブリッドで、私は大好きなのだが、この玉屋自身のWiennersのドリームビートも素晴らしく、西荻のトッドラングレン的キュートさと、才能を感じた。


10年代の音楽は、結局フラット化した過去音源の個人ミクスチャーなのだが、その音楽へのハードルの低さは、無雑作というか、非スノッブなとりいれ方なので、未完成というか、常にヒットという訳にはいかないのも事実。だからこそ、非ペダンチックで絶妙な、アップ トウ デイトな傑作も生まれる。
ベイビーレイズJAPANは、それを私に教えてくれたグループだった。

このウイナーズは、東京的。西荻のパンクシーンから影響を受け、始めたという、どこか品のいい玉屋2060%が、この現代の空気感の中で、自分のバンドを作って歌う。そしてこのドリームビートは、最高のこの国のJポップロックだ。

 今誠実な音楽って、パンクを通過してからじゃないと生まれないのは、この国では哀しいけれど当然だと思うが、そのピュアな玉屋が、かまってちゃんの歌詞のごとく、ツタヤやひょっとしたら吉祥寺のユニオンなんかで、バングラビートや、TRexやら、バズコックスやら聴いて、かつネット配信やアイドルソングも、自身に溶かし込んで自分の音楽を作っている。これは、フラットな流れをつかまえて形にするという、かなり大変な作業のはず。
 しかしそれを、自分で乗り越え音楽を作って、身体的ポップさをつかんでいる、玉屋2060%はやはり素晴らしい才能があると思う。

個人的には、バングラやアップのアジアンエスニック的音楽のとりいれたWiennersの曲は、まだまだ未完成だと思うが、それでもでんぱ組の提供曲はその流れで成功したのだろう。

やはり良いのは、このバンド編成のビートバンド的ロック。アイドル的女子ヴォーカルと、ブッカー T的オルガンの間奏が、このドリームビートの魅力。簡潔で、ポップで、過去のフォークロックやら、パンクやらのミクスチャーで素晴らしい。そして、自然と日本らしいのだ。

70年代、西荻のLOFTや高円寺次郎吉なんかで演奏していた、日本のロックと、少しだけ同じにおいがする。東京のロック。このドリームビートと同じタイプで、みずいろときいろという曲もある。コーラスや、キーボードの音色とタイトなビート、そして展開。やはりWiennersならではの音楽。キャッチーなのだ。

そうして玉屋2060%のそうした個性が、見事に10年代のガールズポップした、ベイビーレイズJAPANの栄光サンライズも素晴らしいのだ。

ペンギンリサーチの堀江楽曲もだが、鶴というソウルのにおいを咀嚼したロックバンドの提供曲、Tigar Soul、ジャズロック的なダークネスの入ったPondeling、ニューミュージック的ソングライティングのクワイフのDreamerなど、ベビレの曲は素晴らしいものが多いのだが、それは、スタジオレコーディングされたものより、ペンギンリサーチのメンバーがバックについたライヴ音源がより高い完成度なのも、10年代アイドル的と言えるのかも。
音楽をやっていたのである。彼女たちは。

当時のこうしたアップ トウ デイトな10年代ロックをコンポーザーに取り入れたスタッフのセンスも素晴らしいが、アイドルは、ザ 芸能界、スプリングスティーンには成りえないのだ。

 ナベサダのラジオの1963年特集や、宮治ラジオの50年代R&Bのかけっぱなしや、達郎がルーサー イングラムなどの70年代ソウルをかけたりとか、音楽を欲するリスナーがいるマーケットで創り出される音楽の素晴らしさは圧倒的。

 それと、チャーと石田長生と共演する、横山ホットブラザーズの映像を偶然発見。この不自然なガールならず、わざとらしい酷暑の中で、神に感謝したい出会いだった。フレットレスベースに、のこぎりにアコーディオン。
日本の音楽だ。
それと、アメリカのフォーキーの素晴らしい才能も発見。トータスとジム オルークから20年だもの。

他4曲

リロイ ハトソン  Lover's Holiday
ノナ ヘンドリクス I'm Losing you
リトル ロワイヤル Night Train
中尾 ミエ  Tell Him





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