January 2016

January 28, 2016

唐突に死ぬこと、SMAPのことなど

ずっと長いこと会っていなかった人。近しい関係ではなかった人。ヘタすりゃその人の存在すら日常的に意識してなかった人。
そんな人が亡くなったという報せを聞いたとたん、その人の存在がグワッと目の前に迫ってくる。(AKIRAの一巻で、時空の歪みが生じたことによってケイの前に未来の金田が出現した場面のように、唐突にそして強烈に。)

不在による存在感。
「ああ、俺とは違う土地で彼は(彼女は)確かに生きていたんだな。そして、今はもう死んでしまったんだな。」と、強烈に思う。圧倒的に思う。

時間的な距離と心の距離、関係性の距離がありすぎて安易に「悲しい」とは言えないのだけど、それでも「もう死んでしまったんだな」と強烈に思うというのはショックを受けているということなんだろう。
そしてそれが故人を偲ぶということなんだろうとも思う。

先日の「SMAP解散か?」のニュースに僕はとても驚いた。
「たかだかアイドルのことでそんなに騒ぐな。もっと取り上げるべきニュースがあるはずだ」という声も聞くし、それもまあ一理あるんだが、しかしアレは単にアイドルが解散するという話ではなかったと思っている。
僕の中では「いいとも終了」のニュースと似た衝撃。おそらく、サザエさんとかちびまる子ちゃんが終了するってなったら同じ衝撃を受けるのだろう。

それはどういうことかと言うと、「終わらないと思っていたものが終わる」ということ。いや、終わるとか終わらないとかいう発想すらなかったものが終わるということ。
僕は熱心にいいともを観てたわけではない。毎週サザエさん観てるわけではない。SMAPの活動を熱心にチェックしてるわけではない。
そんな熱心なファンではない僕が受けるショック。

「変わらないはずの日常が変わる」というショック。
自分がいつかは死ぬということを急に思いだしてしまう恐怖。
普段は存在を意識していなかった、距離がある友達が死んでしまったことによって感じる強烈な存在感。

少しずつ蝕まれながら、誰もが終わりの予感を充分に感じた末に終わってゆくものに恐怖を感じていたが、それとは逆の終わり方というのも恐怖である。
そして同時にこうも思う。表面的には唐突に終わったように見えるものも、本当は少しずつ終わっていっていたのではないかと。
「死」だけを取り出せば突然だけど、実は少しずつ死んでいっていたのかも知れない。そうやって少しずつ終わっていくものに僕はいくつ気づくことができるのかな。

tanakakanji77 at 13:06|Permalink

January 27, 2016

手にとりたくなるもの

ジャケットを描かせてもらいました、大阪のガールズバンド「きみのいないたまご」のCD現物をゲット。
ポスターまでもらってしまった。

我ながらすごく良い絵だ。
いや、我ながらと言うよりも、彼女たちの音楽ありきで絵を描いたので、そのリンクの仕方が良かったのだろう。

CDが売れない売れないとよく言われるが、こうして思わず手にとりたくなるような、モノが欲しくなる作品は素晴らしい。

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tanakakanji77 at 14:53|Permalink

January 21, 2016

意味を排除する

得てして、大きなものよりも小さなものの方が作りが繊細だ。
「個」で見て、良いと思っても、「他」とのバランスが悪ければダメだし、そもそも「個」の中でのバランス問題もあるのだ。

って、人間関係だとかとても普遍的な話かと思いきや、文字の話なのだ。
今まで大文字のローマ字をちょいちょい書いてきたけど、依頼を受けて小文字にも挑戦。
小文字は難しいな、大文字よりもバランスがとりにくい。そして、小文字特有の丸みをなくすことはとてもリスキー。でもしょうがない。

文字の意味を知らなければ、もっともっとおもしろく書けるのかもなと思う。
日本語よりはマシだけど、それでも慣れ親しんでいるローマ字にはそれぞれの文字にすでに意味が乗っかってしまっている。
「K」を見れば「カンジのKだ」と意識してしまうし、「T」の後に「A」がくれば「タ」という発音を頭の中でしてしまっている。

「a」という文字を書いている時、「これはaだ。」という意識があるから、aらしくしなきゃという気持ちが無意識に働いてしまう。それは悪いことではないのだけど、その意識がない、例えばハングル文字なんかだともっとエクスプロージョンできるのかもななんて思う。

意味をどんどん排除したいもんだと思う。
しかしおもしろいもので線をずっと書いていくとだんだん無心になって「文字を書く」という目的がなくなってくる。線を書くことそのものが目的になって、その結果として文字が出来上がる。
そういうゾーンに入れた時は良いものができる。


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tanakakanji77 at 14:20|Permalink

January 12, 2016

紅白はプロレスだ


正月に会った時に、紅白をみたかったナー!とさんざん言ってたら、オネーチャン(たけしが言うソレではなく実姉)がDVDに焼いて送ってくれた。
嬉しい。マジ嬉しい。

ニコニコしながら早速みた。
確かにおもしろかったんだけど、アレですね、紅白は大晦日のあの空気感の中でみないとあんまり意味がないな。
それはつまり紅白は単なる歌番組ではないということで、一年を締めくくるための魔法とでも言うべき番組。
年が明けて、正月ムードもすっかり抜けてからみたって、画面の中との温度差がハンパなくて「何をこんなにハシャイデいるのだ?」なんてことが頭をよぎったりして、慌てて「いや、これは紅白なんだ、こうじゃなくちゃいけない。しかも録画だし。生でみてない俺がおかしいのだ」なんて考え直したり。

それにしても10年くらい前は「紅白不要論」がかなり幅をきかせていて、確かに当時は紅白も迷走していたし裏番組も元気だったりしてた。しかしそれを経て「やっぱ紅白だよな」が巻き返してきた感じ、歴史の重みを実感します。

出演歌手、バック演奏者、司会者、審査員、それぞれの過去やシガラミ、なんなら裏番組まで含めての壮大なプロレスなんだなと思う。実際的なプロレスということではなく、概念としてのプロレス。

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tanakakanji77 at 13:45|Permalink

January 10, 2016

ねむけ銀行



仕事を終えたエヌ氏が会社を出ていつもの電車に乗って帰宅するともう日付けが変わっていた。
シャワーを浴びて冷蔵庫にあるもので適当に夕食をすませる。翌朝も早いのでベッドに入って目をとじるが、眠気は訪れない。いつものことだ。エヌ氏はつぶやく。
「私の不眠症も困ったもんだ。不眠症との付き合いももう10年になる。一日たっぷり働いて体はクタクタなのにちっとも眠れない。しかし、一年前に開業された『ねむけ銀行』のおかげで、眠れない悩みにもオサラバできた。ありがたいことだ。」
枕に内蔵されている機械のツマミを調整する。
「今日はイヤなことあったからぐっすり眠ってストレス解消したいな。思い切って5ねむけ買うとするか」
ツマミを5に合わせて、パスコードを入力して決定ボタンを押す。
すぐに機械が作動し、微かな振動と共に静かなモーター音が鳴る。ほどなくしてエヌ氏は眠りに落ちた。



一年前、画期的な大発明がされた。
不眠症治療薬を作っていたエス製薬会社が、睡眠導入枕を開発したのだ。
この発明の画期的なところは、ただの「眠るための枕」ではないところ。
エス製薬は枕を販売するのと同時に「ねむけ銀行」という銀行を設立し、人々のねむけをストックできるようにしたのだ。
仕事が忙しくて寝る時間がない人が、お金を払ってねむけ銀行にねむけを引き取ってもらう。そして、その大量にストックされたねむけを不眠症患者に売るというわけだ。

ねむけを引き取ってもらいたい人は、街角の銀行ATMよろしくねむけ銀行を訪れて、専用ヘルメットを着用する。機械が作動してねむけ度合いが測定され、その度合いに合わせた金額がモニターに表示される。
少しウトウトしちゃうくらいなら500円、徹夜明けなら1000円程度。利用者は表示された金額を支払って、スタートボタンを押す。
すると、機械が脳に働きかけて眠っている状態であると錯覚させ、脳が一瞬眠った状態になったところをデータ化し、インターネットを経由して本社に送られる。そのデータが「ねむけ」としてストックされる。
利用者は脳が「眠った」と錯覚したためにねむけは失せ、スッキリした状態で仕事に戻るのだ。

一方、エヌ氏のような不眠症患者は、まず専用枕をエス製薬から購入して、眠りたい時にこれを使用する。インターネットを経由してねむけデータが脳に働きかけて、眠りに落ちる。料金はあらかじめ設定した銀行に行く口座から引き落とされる。

という一連の流れがエス製薬による「画期的な大発明」ということになる。

かくして世の中から不眠で悩む人はいなくなり、ねむけと戦いながら仕事をしなければならない人もいなくなった。
文字どおり寝る時間を削って仕事をするわけだから国の経済は好転。ねむけ銀行とエス製薬も大繁盛。
いいことづくめ。と思えたが、大きな落とし穴があった。

システム開始から一年たったこの頃から、急激に衰弱しての突然死という事例が出始めたのだ。


もともと寝る間も惜しんで仕事をしていた人達はねむけ銀行の登場を大歓迎し、連日徹夜で仕事をするようになった。徹夜が何日続いても、ねむけ銀行でねむけを引き取ってもらえば頭はスッキリ、またバリバリ仕事ができるため、一週間とか二週間連続で寝ていない人も珍しくなくなった。
ひどいのだと半年連続で寝ていないなんて人もいた。

ねむけ銀行のシステムは、あくまで「脳を錯覚させる」ことであり、実際に眠ったのとは違うのだ。しかし、利用者はねむけ銀行から出てくると頭がスッキリしているため、気分爽快になってそのまま仕事に戻ってしまう。
さらに、実際は肉体の疲れもどんどん蓄積されているのに脳が「眠って疲労回復した」と錯覚しているため、疲れを感じることもない。
薬物を使用しないシステムであることが、人々に間違った安心感を与えてしまった一因でもある。

そうして気づかなかった疲労の蓄積が一定の量を越えると急激に衰弱して死亡してしまうのだ。
死に至るラインは人によって違う。コップに水を注ぎつづけるといつか溢れるように、それぞれが持つコップの大きさに応じて人々は衰弱して死んでいった。

突然死の問題はねむけを引き取ってもらう側だけでなく、ねむけを買う側にも起こっていた。
ねむけレベル1や2でよく眠れていた人が、システムに慣れてきて眠りにストレス解消的要素を求めるようになり、普段よりも大きめのねむけを購入。
突然、今までにないようなレベルのねむけを受け取った脳は混乱。「眠り」ではなく「死」として認識してしまい、そのまま二度と目覚めることがなくなるという事例が出始めたのだ。

この夜、エヌ氏はいつもの「2ねむけ」ではなく「5ねむけ」を購入して眠りに落ちた。
果たしてエヌ氏の脳はこれを「眠り」として認識したのか、それとも「死」として認識したのか。
どちらにしても、ねむけ銀行が破綻するのは時間の問題である。

tanakakanji77 at 14:50|Permalink

January 09, 2016

昭和うまれが平成うまれに対してもつ謎の優越感について


平成28年かー、なんてぼんやり思って、急激に「28年!?」と驚いた。
平成28年ってことは、平成が始まってからもう28年が経つのだ。当たり前のことだけど改めて実感すると驚いてしまう。

昭和生まれの人間は、平成生まれの人に対して「平成生まれなの!?」って驚くことがある。なぜか多少の優越感をにじませながら。
しかし、よくよく考えてみたら、そうやって驚く多くの人が昭和よりも平成を過ごした時間のほうが長いのだ。

たとえば僕は現在38歳で、今が平成28年ってことは、10歳の時に昭和から平成に変わったわけだ。
言い方を変えれば、僕は昭和の時代を10年しか知らない。しかも生まれてから5〜6年なんて物心もついてないわけだから、「生きている」ことを自覚しながら生きた昭和の期間はせいぜい5年間。
そんな僕が平成生まれをつかまえて「平成生まれ!?」なんつってわけのわからない優越感をにじませるだなんてチャンチャラおかしいのだ。
当時10歳だったお前に昭和の何がわかるっていうんだ?ってなもんなのだ。せいぜい「500円札が....」とかいう程度のもので、だからドウシタ?ってなもんだ。

「昭和の時代は....」って語っても良しとされるのは、平成になった瞬間にハタチを越えているか、せいぜい高校生くらいになっていた人に限定すべきである。(まあ、それだって嫌なカンジはあるが。)

漫画「ピンポン」で、主人公ペコが理不尽な先輩に対して言い放ったセリフ「子宮から1年早く出てきた人ってそんなにエライもんなんスね(うろ覚え)」を肝に銘じて平成28年を始めます。てか、2016年。

tanakakanji77 at 12:59|Permalink

January 08, 2016

みんなの戦争

2015年最後のスタジオでのセッションの録音をお正月の間に何度も反すうして言葉をあてはめていった。
そうして今朝の2016年初スタジオで音を出してみて、八割がたカタチになった。
バンドをやってて一番嬉しい瞬間かも知れない。

ぼんやり思ってることを言葉にして音にのせる。言葉だけじゃ伝えにくいことも音にのせるとニュアンスが変わってマイルドになったりソリッドになったりする。
韻をふんでもいいしふまなくてもいい。
ツアーで出掛けた街のイトーヨーカドー フードコートで見かけた景色を曲の中に落とし込むことができたのがとても嬉しい。
これは、みんなの戦争。

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【みんなの戦争】

放課後 高校生たちがダベるイトーヨーカドー フードコート
流れるのはひと時代前のJ-POPミュージック
週末のデートと来月の期末テスト 期待と不安にじませながらダベるイトーヨーカドー フードコート 16時
そのひとコマにも侵食する 彼らの日々にも少しずつ浸入する戦争、喧騒の日々にもインダハウスするみんなの戦争
彼らの罪が俺の罪

西高東低の気圧配置 発達した高気圧が上昇
成功報酬ヤル気なし ノルマには到底とどかない
西高東低の気圧配置 発狂した正義感が登場

ひそやかな罪悪感とさわやかなその一体感
おだやかな倦怠感があざやかな水彩画でにじむ

放課後 高校生たちがダベるイトーヨーカドー フードコート
流れるのはいつの時代も変わらない16時ごろの空気感
てのひらサイズのコミュニケーション
まわりまわって誰かを傷つけるんでしょう
あの日の絆は知らぬ間にカタチを変えたんでしょう
目の前30センチのあなたに近づきたい

戦争じゃないかそうじゃないか
あなたの顔がよく見えないや
戦争じゃないかそうじゃないか
30センチがマジで遠い
戦争じゃないかそうじゃないか
あなたの声ってどんな声だっけ?
戦争じゃないかそうじゃないか
これって そうじゃないか

ひそやかな罪悪感とさわやかなその一体感
おだやかな倦怠感があざやかな水彩画でにじむ

西高東低の気圧配置 発達した高気圧が上昇
成功報酬ヤル気なし ノルマには到底とどかない
西高東低の気圧配置 発狂した正義感が登場

彼らの罪が俺の罪

tanakakanji77 at 14:38|Permalink

January 04, 2016

まるでナウシカ

姉や兄や母たちと実家で過ごしたお正月。
正月らしく凧あげやってみたら、思った以上に楽しかった。思った以上っつーか期待値ゼロだったので、鬼のようなプラス査定。
風を読んでタイミングあわせて風に乗って舞い上がる。
そう、それはまるでナウシカ。

あと、みんなで観た「海街diary」がとても素晴らしかった。
新年一本目の映画がアタリだと幸先いいなと思う。
俺の最強伝説に長澤まさみがランクインしました。

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tanakakanji77 at 10:44|Permalink

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