November 2016

November 30, 2016

強い者などいない。鍛えたか鍛えてないかだ。

リアルな目標は口に出すと実現しやすくなるようだ。
ちょうど去年の今頃、「ズボンズと対バンしたいな!」って言ったら、年明けにズボンズのボーカルDONさんのソロを企画に呼ぶことができて、そして今週ついにズボンズとの対バンが実現。

ハタチのころにズボンズのライブを目撃して(まさに目撃というのに相応しい、スリリングで突き抜けたライブだった)、ドッキュン撃ち抜かれてバンドを始めた僕ら。
ズボンズは僕にとって特別なバンドなので、初めての共演となればそりゃあもう特別な日であることは当たり前だ。

最大級の愛をこめて、最大限の演奏をします。できればひとりでも多くの人にそれを観てもらいたいです。
お時間ある方、ひと声おかけくださいませ。

12月2日、下北沢ベースメントバーというライブハウスでお待ちしてます。

映画のタイトルも内容も忘れたけど、僕の中で大切な格言となっているこの二つのセリフを胸に、ロックします。

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tanakakanji77 at 16:57|Permalink

November 23, 2016

演奏に浮力が生まれる瞬間

朝一で姉と一緒にクルマで浜松帰省。
世界で一番おいしいハンバーグを「さわやか」で食べて、夜は上原ひろみのライブに行きました。
これがもう最高の演奏で大満足。
アンドリアフェローとサイモンフィリップスとのトリオ編成。超絶なことをドヤ顔でなくサラッとやるからすごい。
正直、僕は速弾きとか手数が超多い演奏とかには興味がないので、手数そのものよりも、手数が多いことによって生まれるグルーヴであるとか、その瞬間の三人の関係性にグッとくる。
僕の中でのハイライトは、本編終盤、上原ひろみのちょっと長めのMCからのピアノのみの演奏、からのまた三人になってのピアノソロ。の、時の、ベース。
ずーっとストイックに同じフレーズを繰り返していたベースが、一瞬だけ違うフレーズを挟んできて、それによってバンドの演奏に浮力が生まれてピアノソロが見事に完成された!!って感じ。

あれは、ピアノソロだけでも、ドラムの手数だけでも成し得なかったものだ。
その一瞬、そのワンフレーズですべてが昇華される。それを目の当たりにして激しく感動したのでした。

世の中にはいろんな表現が溢れていて少々胸ヤケ気味ではあるが、ちゃんと意識的にそして自覚的に選べば良い表現のみと触れあって暮らすことができる。いい時代ではないか。



tanakakanji77 at 14:54|Permalink

November 17, 2016

知らない時間を過ごしてる人の死は受け入れやすい

「感覚的にいって、私の誕生以前に生まれた人の生は、見えようのない部分があるだけに無限に過去に広がっているように思える。しかし、津田さんにはそれがない。私は生の有限を突然目の前に提示され、それに戸惑ったのだ。」

とある小説の一文に深く共感した。

津田さんというのは、主人公「私」の近所に住む年下の高校生。その津田さんが突然死んだことでこの小説の物語は展開していくわけだが、この「私の誕生以前に生まれた人の生は、見えようのない部分があるだけに無限に過去に広がっているように思える。」という感覚とてもよくわかる。とてもよくわかるし、ずっと言語化できずにもやもやしていたことだったので、とてもスッキリした。

自分よりも先に生まれた人の死を受け入れることの方が自分より後に生まれた人が死んだことを受け入れることよりも簡単だ。
簡単だ というと語弊があるならば、理解しやすい。
自分よりも先に生まれた人は自分が知らない時間を知っているわけだ。なんというか未知の部分があるわけで、それが昔からの知り合いであってもそうでなくても、「自分が生まれる前から生きてる人だから、先に死ぬのはしょうがないことだ」という理解の仕方をしているように思う。

だから、自分よりも年下の人が死ぬのがショックなのは、そのパターンの理解方法が適用できないからなんだと思う。

余談だが、この小説はあまりおもしろくなかったが、この一文に出会えただけでも読んだ価値はある。

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tanakakanji77 at 16:22|Permalink

November 07, 2016

時間の流れがおかしくなる

レジェンド級のミュージシャンが死ぬとみんな「もう聴くべき音楽はなくなった」とか「これから先、音楽で心ふるわせることはない」とか言うが、いやいやいやいや、そのミュージシャンは死んだかも知れないが音楽は死んでない。そのミュージシャンが残した音楽以外にも今、現在進行形でいい音楽は鳴ってる。

「この人達と同じ時代に生きて、同じ空気を吸えることは幸せだ」と思える音楽家はたくさんいる。
その気持ちは、恋人達が「同じ時代に生まれて何億人の中からこうして出会えるなんて奇跡ね」なんて言うのと似てる。が、仮に僕が50年前だったり50年後の時代の人間だったとしても、その時代の音楽家に対して同じ気持ちを持ったはずだ。その辺が恋人達のものとは違う。(いや、もしかしたら同じかも?ややこしくなるのでこれ以上は考えない。)

要するに、いつの時代にも素晴らしい音楽家はちゃんと存在しているという意味だ。

先週の土曜、僕らがライブした横浜のライブハウスはまさしくそんな空間だった。
早々に演奏を終えた僕は、gnkosaiBANDと三輪二郎バンドのライブを堪能した。
僕らのライブも悪くなかったとは思うがそんなことどうでもいいくらい、良い演奏を目の当たりにしてしまった。

良い演奏を観ると、時間の流れがおかしくなる。と言うか、自分だけ流れから離脱するような感覚になる。そして脳みそが開き、心が開く。演奏してる人達と自分だけの濃密な空間になる。
それは、歌の歌詞やメロディーラインだけしか追わないような聴き方では絶対にたどり着けない空間。
一発のハイハットとバスドラムで体温が生まれ、ベースの一音でストーリーが生まれる。楽器それぞれの関係性や見えない糸でつながった構成がだんだん見えてくるような気がする。なんと豊かなことか。

そして強く思った。
音楽をあきらめるな!と。
それは売れるとか売れないとかいう意味ではなく、「こんなもんだろ」ってのはもったいない。残念だ。ナメんな!ということ。
もっと知りたい。もっと脳みそと心を開きたい。要するに最高だった。ありがとう。

それにしても、今回のライブを組んだゲンキ君が「めちゃめちゃイイんですよ〜」って僕に教えてくれる音楽家は本当にイイ。
二年前に初めて観て人生観というか音楽観が変わったDEEPCOUNTもそうだし、今回の三輪二郎バンドもそうだ。

友達が教えてくれた音楽家のことを好きになるというのは幸せな体験だ。

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tanakakanji77 at 14:25|Permalink

November 05, 2016

柿が届いた。段ボール箱ひとつ分。
父方の叔母から。
「うちの庭でとれた柿です。寛ちゃんの結婚のこと、気にしてます。」という短い手紙とともに。
ドライで説教くさくない叔母らしい手紙だなと笑ってしまった。
父親は死んで、母親は認知症で会話できず、そんな僕の結婚を気にして手紙をくれる人は貴重だ。

それはそうと、柿は僕の大好物。
「果物の中で一番うまいのは柿だと思っている。イチゴとかスイカとかなんてルックスで得点かせいでるだけじゃないか。「味」そのもので勝負したらどうなんだい?本質を見極めるべきだ。」
そんなことをTwitterでつぶやいたら、意外な反響がまあまああって驚いた。

「梨は!?」というもの。

なるほど、世の多くの人は梨が最強だと思っているのか!そうなのか。

かく言う僕も、梨は大好きだ。
本音を言えば、柿と梨と桃が同率一位なのだ。
今回は段ボール箱で届いた柿を際立たせるために敢えて柿のことにしか言及しなかったが、本当は梨も大好きなのだよ。

果物で何が一番かについては、時おり考える。それについてまあまあ長い文章を書いてみたけれど、なんか趣旨がバラついちゃうのでまたの機会にします。

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tanakakanji77 at 15:29|Permalink

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