音楽のスキマ

あらゆる隙間音楽、忘れ去られる前に記述せよ

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小神さんこと藤岡幹大さんの訃報を聞いてから、なにか書かなくてはと思いキーボードを叩くが、想いは千々に乱れ、なにもまとまらない。
それでなくてもサボりがちなブログは最近は訃報ばかりで、気が重くなる一方でした。
とりとめのない文章になってしまいますが、お許しを。

藤岡さんは音楽家として、ベビメタという奇跡的なユニットに神バンドの一員として参加したおかげか、代えがたい戦友とも言うべき友に囲まれたようで、それが突然の事故死という不幸の只中にあったとしても、とても恵まれて見える。
そんな藤岡さんのご冥福をここで祈ると共に、家族の方々にはお悔やみを申し上げたいです。

それでなくても藤岡さんは生きていたら将来、今の狂乱とも言えるベビメタの活動がほどほどに落ち着いてきたら、これまでのフェスで出来たコネクションだけでなく、海外のいろんなバンド(メタルバンドに限らず)に呼ばれて客演したりし、そのアルバムやギグで名盤に花を添えるはずでした。
藤岡さんがいままで国内でやっていたサポートは、将来は広く北米やヨーロッパまで広がるはずでした。
それだけでなく、海外でも藤岡さんを中心に仮バンドのようなユニットが出来て、そこでメタルからジャズ、ミニマル・ミュージックも含めたミュージシャンたちと新しい音楽を創造するために活動を始めるはずでした。
もしかしたら藤岡さんは、人種や性別も超えて愛される新しいギタリストの祖として、その独自の音楽理論に裏打ちされた技術を打ち立て、未来の音楽の記憶と歴史に残ることになったかも知れない。
なぜなら藤岡さんの奏でるようなジャッジーなギターは他のメタルではあまり聴いたことが無いからです。
ウェス・モンゴメリも、ケニー・バレルも、ロバート・フィリップも、ポール・ギルバートも、ラファエル・ロジンスキーも藤岡さんのような音は出していないので、いずれ偏見が取り払われた時には、もっと正当な評価を受けたかも知れません。
藤岡さんはギターの天才とはよく書かれていますが、なにが天才なのか一般には認知不足なわけで、例えば変拍子だけのギグで夜を明かしてしまうような、まだ実験段階でどこで花開くか分からない可能性に満ちた研究に没頭している次期に亡くなったような気がします。
そういう意味では未完の才能であり、花開く前の天才であります。
可能性はいくらでもありました。
だけど誰も亡くなるという可能性など思いもしませんでした。
でも、今ではその可能性を引き継ぐ人々がいます。
これからは、大村さんやLEDAさんや、まだ見ぬ新しいギタリストが藤岡さんの代わりに弾かないといけません。ロックとメタルの復興のために、特に大村さんはやってくれるはずです。遺品のギター引き継いじゃったんですから!
でも気負いすぎて倒れないようにお願いしたいです。
他人の仕事の後を引き継ぐという、それがどれだけ勇気があることか、僕には想像もつきません。
フロントの3人はまだ若いので、分けがわからないかも知れません。ただギターの上手い先生が、とびきり楽しいムードメイカーのお兄さんがいなくなってしまって悲しいだけかも知れません。
若い人は、それは活動を通じて学んでいくことで、なんとか理不尽さをやり過ごして元気に活動を始めてくれればファンとしてこんな嬉しいことはありません。

ソニスフィア(2014)でフロント3人娘のバックで咆哮する神バンドの4人は、彼女たちを死守する覚悟に満ちた、頼れる戦士のように見えたもんです。
その中でも藤岡さんは後半、時に笑顔を交えて盛り上がってる観衆に向かってキツネサインを掲げていました。

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あの嬉しそうで頼もしい表情はレイトショー(2016)のギミチョコのギグでも同じでした。
藤岡さんのその先生としての余裕が緊張した場面でどれだけメンバーやファンを救ったか。
神バンドとしての最初のライブ参加はイナズマフェス(2013)で、いま見返すとその笑顔が無く、やっぱりいつも余裕の先生でも緊張してたんだなと思います。

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個人的には参加した4回のライブでは全部下手は藤岡さんでしたが、僕はいつも上手で、大村さん(大神さん)の顔ばかり見てました。
いや、それはそれで嬉しかったんですが、次は下手に付こうと思っていただけに、とても残念です。

去年からジョージ・マイケル、キース・エマーソンと、大ファンだったアーティストが立て続けに亡くなり、もう最悪の一年でした。
年が明けたとはいえ、そのとどめが藤岡さんで2~3日、精神が不安定でしたが、思い出す藤岡さんはいつもおどけて楽しそうに、または陶酔して危ない表情でギターを弾いてる藤岡さんしか思い出せないことに気付いてから、やり場のない悲しみは薄れて行きました。
ただね、藤岡さんたちが仮バンドのソングライティングの不在をどうして埋めるのか、それが一番楽しみだったので。
人が亡くなるということは世界を変える可能性がひとつ失われるということですが、藤岡さんを引き継ぐ者が必ず現れると信じます。

藤岡さんの愛した天空を、ギターの星を継ぐ者が。

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例のスパークスのロン・メイルが最近のインタビューでベビメタのファーストアルバムをべた褒めしていた。
え、なんでよw

2nd発売後1年経ってのことだから、ロン・メイルはPOPメタルの玉手箱のような1stが好きなのだろうと、少し失望すると共に(苦笑) 音楽的によりミニマルな性向の氏ならそうだろうなという納得もした。

僕はもちろんどちらも好きだが、やはり最近は2ndばっかり聴いていた。
1stの曲はライブ現場でスープアップした違う曲として成長していて、迫力も技巧も熱量も倍加していて、ライブアルバム(またはDVD/BD)で聴く場合には2ndと混在してしまうので、また違う作品として接することになるし。
スープアップ(Souped Up)とは車用語で、エンジンのシリンダー内径を広げて排気量を上げツインキャブ化したりして馬力を増したりすること。
そんな感じで、ここ数年のベビメタの魔改造ぶりは凄まじいものだったから、あまりにも遠くまで来てしまい1stを聴き直すのもなかなか大変だなと思ってたので、ロン・メイルの発言は少し意外に思った。
まだベビメタがアイドルぽかった初期好きの日本のドルオタには勇気を与えるんじゃないかと思う(違)

なぜ個人的に2ndの方を選ぶかというと、それは曲想の壮大さ。
1stでも『イジメダメゼッタイ』のような壮大さの芽はあったが、アウトテイクの『No Rain,No Rainbow』やカバー曲の『魂のルフラン』で育てて来たのは、やっぱりSu-Metalの歌声が持つ壮大さへの可能性だと思う。
そして、それが開花したのが2ndの終局の『The One』なんだと感じてる。

『The One』はその前の『Tales of The Destinies』と対でドリームシアター的だとよく言われる。
ドリムシで近い雰囲気の曲を探すとアルバム「Image and Words」に入ってる『Surrounded』かなという気がする。



壮大さではオリジネーターとして迫力も申し分ないが、いかんせんSu-Metalの歌声がかもしだす繊細さに欠ける。
それにドリムシに似てる似てると言われる『The One』だが、ソックリもしくは近いと思う曲が実は無く、全体にドリムシっぽいという、文句のつけようの無いオマージュっぷりである。
そこで思い出すのが低音基調の女性ヴォーカルで繊細さも、そして壮大さも兼ね備えるアラン・パーソンズ・プロジェクトの名曲『If I Could Change Your Mind』



ピアノソロから入りオーボエが重なり、やはりプログレとは切っても切れないシンガーソングライターのレスリー・ダンカンの深い歌声が響くこの曲は、パーソンズアレンジの見本のような曲だが、基本はピアノでありその点も『The One』と似ている。
人の心は日々移ろい、あなたの心も変わってしまうけど、それでも思い出を糧に私はやり直すことが出来ると歌うこの曲は、パーソンズがあえて女性ヴォーカルを、それも飾らないソリッドな歌声に定評のあったレスリー・ダンカンにマイクを取らせたのは流石だと思う。
だけど、『The One』と比べるとなにかが足りない。
元パイロットのイアン・ベアンソンによるギターが少し控えめに聴こえるせいか、諦観からくる曲想の穏やかさか。
そこでチープトリックの『Mandocello』



ここでTOTOじゃなくチープトリックを持ってくるのは、やはりヴォーカルのロビン・ザンダーの剥き出しの高音がかもし出す切々とした感情表現。
ヨーロッパ的なひねったメロディにソリッドなドラムスと自由奔放にうねるギター。
リック・ニールセンのギター一本でオーケストレーションを跳ね飛ばす表現力の豊かさには目を見張る。
この曲はチープトリックの1stアルバムに含まれ、さほど注目も集めずに後の『Voices』のヒットに覆い隠されてしまった曲だが、彼らの全キャリア通じてロッカバラードの最高傑作に間違いない。
もっと注目されていい曲だと思う。
チープトリックはベビメタと記念写真を撮った最初?の大物アーティストなのに、紙芝居にも使われず忘れ去られてる。
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悲しい。



そしてさらに時代を遡れば、この曲につなげるのは、けっきょくこの曲、カーペンターズの『Goodbye To Love』だろう。
いままで挙げた曲にはなかったコーラスも完璧だしね。
カレンの唯一無二の深みのある低音ヴォイスはもちろんだが、バラードへの史上初のディストーションギターの導入だろう。
POPの王道として今も聴き継がれるカーペンターズだが、リチャード・カーペンターは自分たちがロックをやってると信じていた。
最後のジョン・ボーナムばりのドラムソロを見て欲しい。
アメリカのショービズシステムの中でロックを実現する難しさを、カレンの葛藤が象徴してる。
根っからのドラマーだったカレンが素晴らしい声質ゆえにフロントに引っ張り出され、POPスターとして大衆の眼目に晒され、容姿を気にして病むというアメリカ的な悲劇がここから始まってる。
それが後輩ミュージシャンによって再評価されるのは、カレンの死から10年後、グランジの時代を待つしかなかった。
そんな悲しさもすべてひっくるめて、そんなロックの深い歴史もすべて背負って、「メタルレジスタンス」の終曲として『The One』が響いて来る。



ファンが写真一枚で太った痩せたと一喜一憂するのもいいけど、なんかひとり裸足のポールの写真からポール・マッカートニー死亡説が流れたビートルズじゃないんだから、とも思う。
露出が少ないんだから仕方ないかな、とも思う。
あの頃のビートルズと同じく、3人はアイドルなんだからね。

僕はいつも『The One』を聴いてるとTOTOのこの曲が頭に流れて聴きたくなる。



この『Take My Hand』は映画『砂の惑星』のエンドタイトルとして書かれたもので、壮大さの幕引きとして悪くないんじゃないかと思う。
同じくピアノで始まり、インスト曲ながら深遠なノスタルジーを誘うコーラスワークとともにギターが切々と鳴き続け壮大なロックの時代の終わりを告げている。
(ちなみにサントラのアルバムバージョンではこのコーラスが入ってないし演奏時間も短いので少し物足りない)

さてあの壮大だったロックの、メタルの時代は蘇るのだろうか。
少なくともベビメタのライブに微かな、そして一縷の望みを感じている。
ベビメタの曲はアルバム一枚を聴いたらあっという間だが、こんな感じで一曲だけ取り上げて掘り下げてオムニバスのセットリストを作り車で聴いたりしている。
そうそう、BABYMETALのライブに行ってからカーステの低音がもの足りなくなり、サブウーファーを入れてしまった(笑)
音楽の好みなんて超個人的なものだし、それぞれが関連曲でセットリストを作って遊ぶのも楽しいと思う。
たかが音楽、されど音楽、今の時代病んでない人などまずいないし、その病んだ自分が本来の自分を取り戻すのは、なにかに夢中になったその瞬間じゃないかなと思う。

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やって来る人もいれば去って行く人もいる。
70年代から90年代にかけてのロックミュージックの爛熟期に、素晴らしい業績を残したトム・ペティが亡くなった。
その時代にすでにロックの伝統と精神を体現する音楽性と詩的感覚を持ち、同僚たちとも協調し数々の遺産を残してくれたトム・ペティが、先ごろ心臓麻痺で亡くなった。
ニール・ヤングなどと並んで、ソロプロジェクトとバンド活動を並行して精力的に曲を送り出して来たのもトム・ペティのアメリカ人らしさだった。
常に語りかけるような置きに来るようなヴォーカルと疾走感のあるシャウトは、むせ返るような小麦畑から大空を見上げるような将来への渇望も、中西部の谷あいの町に見せる小さな閉じた地域性も、ピックアップで荒野のフリーウェイを突っ走るような乾いたガソリン臭も、トム・ペティの歌には最後まで北米の乾いた空気がついてまわった。



本人の見た感じはそこらにいる気さくな兄貴という感じであり、いつも誰か気にいったミュージシャンと絡んでて、歳とってもいつも変わらずそこにいるような錯覚があった。
その曲は、酒で言えばめったに飲めない高級酒なんかではなく、スーパーで気軽に買えるような、チープな味わいだけど自分の身の丈によく馴染んだ、いつも手放せないような品。
けっして市井の人々の日常性から遊離せず、日常性から離れるのが裏切りとでも思ってるくらいの親密さを漂わせていたせいで油断していた。
その死の知らせは、2017年10月1日のラスベガスストリップ銃乱射事件の翌日で、その衝撃的な事件のおびただしい報道の中に埋もれてしまった。
よりによって心臓麻痺だもんな。
トム・ペティが事件のあまりの惨状にたまげて死んでしまったような印象さえ覚えた。
まだ66歳だった。

時代の位相が大きく変わる瞬間に旅立つ著名人は多いが、そんなものは気のせいだ。
気にかけていなかった自分が油断していただけだ。
最後に聴いたトム・ペティーのソロアルバムから10年経っていた。
あのアルバムから10年経っただなんて信じられない。
ハートブレイカーズ名義からは7年だ。
そして、改めて考えてみれば、トラベリング・ウィルベリーズから30年も経ってしまっている。
あのころトム兄貴はウィルベリーズで一番の若手だった。
なんと遠くまで来てしまったんだろう。
いまや地球から30光年も隔てた遥か遠くの虚空でその音楽は鳴っている。

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トム・ペティがELOのジェフ・リンとハリウッドブルーバードの信号待ちで偶然車を並べたことから始まった同僚たちとの交友は、まず彼がソロアルバムで悩んでることを素直にジェフに相談することから始まり、並行していたジェフのジョージ・ハリスンのソロのプロデュース作業などもきっかけにトラベリング・ウィルベリーズが始まった。
当時、トムやジェフがボブ・ディランの家を訪ねるエピソードなどは傑作だ。
ボブ・ディランも、あの伝説的な人物も、「これはウケそうだな」という企画に乗り気になるところは、ジョージの筆による名曲『Handle With Care』に歌われてるイメージそのものだ。
あの頃は楽しかったな。
でもビッグOことロイ・オービソンが急死したのにはびっくりしたな。
いろいろな思い出が蘇る。



伝説のミュージシャンたちによる友情という、あり得ないようなファンタジーがロックの健在を語っているようだったが、あれはあの時代の最後の輝きだったのかも知れない。
でも、彼らの残した2枚のアルバムはずっと残る。
その曲はいつでも当時の空気を今に運んでくれる。
ジェフ・リンも寂しがっているだろうな。

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白人文化によるロックの衰退は、そのまま北米大陸の政治状況の鏡のようでもあり、悪質なコメディー映画のようなトランプ大統領登場もその実、隅っこに追いやられていた汗にまみれた白人レイバーたちの票に支えられていることを思えば、理解できないこともなく、一概に非難する気にもなれないし、そんな資格もない。
トム兄貴も生きていれば、またこの妙ちくりんな時代を語ってくれたんだろうけど、もうその歌も聴けない。
ボブ・ディランより後に生まれ先に死んじまった。
いいや、考えてみれば、老いてよいよいになったトム・ペティはあまり想像したくない。
いつもかわいそうなアメリカの片田舎の若者に寄り添うような歌を歌ってきたトム兄貴は、兄貴のまま逝ってしまった。
そんな時代を語るような大仰な曲はノーベル文学賞のボブ先生にでも書いてもらえよ、高い秋空の薄雲の向こうからトム兄貴がそう言ってるような気がした。

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カウントダウンジャパンは日本の年末を締めくくるJPOPの祭典。
だがBABYMETALとしては2015年暮のこのイベントが一般層へ向けて発信する最後の舞台だったんじゃないだろうか。
これ以降2ndアルバムの発売とウェンブリーから始まる欧米ツアーへ向けて、よりメタルへの傾倒を深めていく。

こっちとしては当時、オズフェストのBABYMETALがあまりに素晴らしかったもんだから、調子に乗って連れと翌月のCDJも行こうということになり、迷わずチケット購入。
ベビメタだけ見たいのにオズフェスト高いな~とか言ってたのが嘘のようだ。
というわけで暮れも押し詰まった12月28日、連れと車で午後からのんびりと会場入り。

メッセの敷地内でチケットとパスコードの腕輪の交換所を見逃して長い距離を後戻りしたりして、ようやく会場施設に入る。
昼一に入れば夕方5時からのBABYMETALのステージでなんとか前の方で観れるんじゃないかというくらいのアバウトな計算。
前回の流れで、いろいろ不安は募っていた。
前の方に陣取るのはいいが、いい歳して4~5時間も立っていられるのか、トイレに行きたくなったらどうするのかetc...。
でも心配しても仕方ないのも事実で、装備も冬だし暑くないし、ベビメタTシャツの上からシャツ引っ掛けて、定番の耳栓とメガネにシリコンホースで脱落防止して……あ、ホース忘れた。
なんとかなるだろう(これで後でえらい目に)
ズボンはオズフェスのピットに学び、ダブダブでチャック付きポケットのたくさんあるものを選び、小銭入れからスマホ、耳栓、パンフなど全部が収まるようにした。
これでWODに巻き込まれても安心です(メガネ以外は)

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さすがにオズフェスと違い、CDJは客層が若い。
高校生くらいの男女が喜々としてステージ間を行き交ってる。
かなりのとまどいを憶えつつも、先月のオズフェスでフェス慣れしているつもりのおじさん2人は躊躇なくアースステージへ入る。
他の出演アーティストは正直目に入らない。
会場ではゴールデンボンバーのステージが佳境に入ったところで、まぁどれぐらいの混み具合なのか偵察しようやという感じで前へ向かって進んでいく。
(ゴールデンボンバー、ながら聴きだけどなんか良かった。いやかなり良かった)
進んでいく途中で演奏が終わり、客が逆流を始める。
なんだか入れ替わりが激しいね、みんな若いから気移りも早いでしょ、とか身も蓋もない話をしてるうちにレキシのステージが始まった。

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なにレキシって。
なにこれサザンの亜流みたいなの、いやちょっと違うな、歌詞ふざけてるなとか思ってるうちに(つべでちょっとは予習していた)池田貴史のMCにだんだん乗せられてレキシのステージを楽しんでしまう。
予期せず楽しんでしまう。
そんな謎の罪悪感を感じながらも、なにこれナウシカの曲じゃん、今度はラピュタ(笑) MCに煽られて客がみんな稲穂かかげてると持ったら、その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべしってなってるじゃん、ランランララランランラン♪、やるな~、人の曲の方が生き生きしてるってレキシってなんなんだ、しらける愛だ恋だ歌ってなくてこれはこれで面白いぞ。
おじさんポップスだけど。
気がついたら思い切り満喫してる自分がいた。
やっぱフェスって素晴らしいな、こんな新しい発見があるなんて!

後日つべで見直してると、バラエティーで池田貴史がさくら学院と共演してるのを発見して、全然気付かなかったと深く反省。
レキシは素晴らしい。
その一筋縄では行かない才気に富んだ音楽性と、日本の歴史に材を取った巧妙な歌詞で、ステージのなぜか自虐的で頓知な芸風が癖になるタイプ。
2年経った今ではレキシのファンです。
お聴きでない方は是非。

わ~ナウシカ良かった~(違)レキシありがとう! まさにフェスの醍醐味状態でそのステージが終わると、油断してた僕らの背後からわ~っと若い子たちがなだれ込んできた。
なんだなんだなにが始まるんだとスマホで確認するとmiwaさんとやら。
知らん、全く知らん(失礼)
周りは若い子で埋め尽くされ、さりとて次の次はベビメタなので引くに引けず、まぁ若い人向けの音楽だねとスルーしつつ、ちょっと半分より前の方で待つことに。
(ここでレポ中断。しばらくお待ちくださいピー)
miwaさんが終わったのが3時半ごろで、よーしそろそろと思っていると、今度は若い子と入れ替わりで黒T軍団がなだれ込んで来て、一気に周囲の平均年齢が上がった。
僕はうまい具合に流れに乗って上手柵角7列目くらいに到達した。
すごいぞステージまですぐそこだ。

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次の3時45分からのステージはきゃりーぱみゅぱみゅ。
実は僕はきゃりーちゃんのファンでもあり、密かに楽しみにしていた。
元々きゃりーちゃんは武道館の後くらいにラジオで『4の歌』絶賛してかけてくれた恩人でもある。
これはきゃりー知らないベビメタファンへの良いプレゼンにもなるんではないか、と斜め上の期待をしてるときゃりーちゃん登場。
ステージはDJブースにバックダンサーのテンプラキッズだけという簡素なもの。
いやぁきゃりーちゃん相変わらずきれいでカワイイんだけど観客に媚びてない。
この娘はなんていうか、ロックなんだよね。
いやパンクか。
きゃりーちゃんは女の子の感じるカワイさと男が感じる可愛さは全く違うもので、男目線で可愛かったりセクシーであろうとは思ってないよという割り切り方がとてもいいです。
きゃりーが「アイドルじゃありません」と言っても若干日本のオーディエンスには伝わりにくいようだが、ちょうどCSSのラブフォックスの姿勢と似てるかも知れない。
ラブフォックスはある意味現在の「北米主流のセクシーとか笑わせんなよブタ野郎」アーティストの先駆で、ALARAのPV出た頃にはハマったもんですが、肝心の楽曲作ってた人が抜けちゃってアララと思ってたころに出て来たのがきゃりーちゃんなんだね。
ラブセクシーに反逆して食いたいもん食って小太りなのにボディタイツ来てステージに立ったりしてたラブフォックスだが、それは確かに反逆なんだが、反逆の引き算になってしまっていたわけで、きゃりーはセクシーのカウンターにカワイイを持ってきたからヴィジュアルがマイナスにならない。
また日本で言う男から見た可愛いとはまた違う女性目線のカワイイなので、セクシャルな要素が排除されていて世界標準として成り立っている合わせ技でもある。
いやきゃりーはヴォーカルが被せだとか、自作曲がないとか、でもそんなことはどうでもいいんだよ。
ベビメタと同じくステージが完成品なのだからさ。
JPOPアクトがよく使うアーティストという名称は気に食わないけど、なかなかいないよこんな人。
だから、アイドルじゃねーし。
その一言に尽きる。

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そんなきゃりーちゃんの曲、オケがmiwaの時と違って重低音を効かせたドスンドスン来るラウドな仕上がりで、MCで明らかにしてくれた話によると、ヤスタカさんがCDJ向けに特別にミックス編集してくれたと。
「黒Tの方が目立ちますね~」と最前を埋め尽くしたベビメタ目当てのお客たちもフォローしつつ、彼女なりにピットを温めてくれてるだと、なんて心の広いお方なんだと、滂沱の涙が出そうになりました(出ないけど)
たぶんヤスタカさんもベビメタの前だからってんで、黒Tが押しかけて来てることまで予想して音作ってくれたんだよね。
(思慮分別を弁えた)黒T連中もそれに答えて大ノリにノッてきゃりーの曲に合わせて手を突き上げる。
いいね!いいね!
これだけラウドな音を出してくれるなんて思ってもいなかった。
フェスの構成としても、流れに無理が出ないような心遣いに会場のどこかにいるはずのヤスタカさんに向かってGJ!しましたよ(ウソつけ)
きゃりーちゃんのセトリは一番好きな『CANDYCANDY』のキュートなダンス、まだCAPSULEっぽさを残した初期の思い出深い『チェリーボンボン』、いきなりダブステップで驚かせた『インベーダーインベーダー』から始まって、終盤の『にんじゃりばんばん』と『ファッションモンスター』まで、やっぱり初期の曲は切れがあって最高でした。
初期の曲はと書くとdisってるみたいだけど、最近はあまり集中して聴けていないだけだと思う。
それと言うのもベビメタにハマって以来、あまり知らなかったメタル系を漁るのに忙しく、それが何年経とうと終わらないくらいメタルの裾野は広く、深いので、結局終わらないのかも知れないけれど。

翻ってJPOPのプロデューサーとアイドル(それがアーティストでも同じと思われる)の古くからの関係は、ベビメタとKOBAでも、きゃりーちゃんと中田ヤスタカでも、BiSHと渡辺淳之介でもそうだが、けっきょくアイドル本人たちのユニットに対する愛情の熱量でプロデューサーが突き動かされるという1点で、欧米のバンドの持つ音楽的ポテンシャルとなんら変わらないものだと思ってる。
どっちが上とか下ではなく、音楽は元々ドメスティックなものであり、国境を超えていく音楽が飛び抜けてユニークなんだと思う。
実際、ベビメタの音楽的な根底にある潤沢なメタルというソースコードは残念ながら日本のマスメディアへ、そして視聴者へ届いていない。
長い間で日本人が持つ再生機器がPOPに純化してしまっていて、たまにTVの薄いスピーカーからベビメタが流れても生のバンドの音は視聴者に届かない。
カラオケ文化に専有されてしまっているJPOPは歌主体のジャンルになってしまっていて、音楽的にBANDの一員として設計されてるSU-METALのヴォーカル配置では(その歌詞内容も含めて)リアルな歌として視聴者に届いていない。
それはゆいもあちゃんのダンスにしても同じことだ。
メタルのリフが聴こえてなければ、ゆいもあのダンス、いやダンスリフの意味やメタルのリフに呼応した切れのある動きも届かない。
日本国内でのベビメタのメディア戦略に関しては、時々そんな絶望的な思いに囚われる。
日本では昨年、東京ドームに集まった11万人と、DVDやアルバムを購入した数十万人だけがベビメタを分かっていればいいという気がしている。
逆に考えれば洋の東西を問わずマスを支配する大ヒット曲など消え失せた現代、ネットなどを通じてニッチを世界に向けて極大化させる戦略が正しいということになる。
ベビメタは世界中に億人単位のファンを抱えるニッチになればいいのだ。
ベビメタは変に日和らず今のままでいて欲しい。
Stay Metalだ。

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ベビメタのステージを前にして動かないかに見えたピットだったが、きゃりーちゃんが終わるとまた少なからずの人が引けだした。
7~8列目だった僕はこの機を逃さず前へ行こうとするが、無理に押し入ることも出来ず2~3列前へ進むにとどまる。
思うまもなくステージではDJブースが下げられ、機材の人に混じりスタッフによる音出しが始まる。
来たぞ来たぞ、ここからがベビメタのライブなんだ、そう思った瞬間このフェス初めての強い圧縮がかかった。
それよりも驚愕したのはこのサウンドチェックの轟音だった。
いままでの音はなんだったのかというくらいの音圧で、慌ててポケットの耳栓を探る。
気がつくと目の前に大村さんが出てきてギターを手に取る。
BOHさん、藤岡さん、青山さんが出てきて位置に着くと、いよいよだった。
BABYMETAL DEATHが始まると観客はすでに熱狂しており、上下左右に揺さぶられる。
そうしたら、なんということか、目の前の若い子たちがごっそり後方へ離脱を始めた。
なんだろう、噂のベビメタちょっと見てやろうと思ったら想像もしてない爆音にたじろいだのだろうか。
若い女の子もちらほら後方へと逃げていく。
それならってんで、この機を逃さず左へ逃げると上手際の柵にとりついた。
いちおう最前まで2~3列だ。
もはや圧縮慣れと言うのだろうか、ピットの騒乱が醍醐味にすら感じられて来た(笑)
きゃりーちゃんの時も混んではいたが圧縮というほどのものもなく、いやレキシの時の誰にも触れない状態が同じ会場とはもはや思えない。
群衆がBMDのデスジャンプで揺さぶられると斜めに逃げる人が現れ隊列が菱形にひしゃげる。
運良くひしゃげて前に押し出され、上手柵の角へとりついた。か、角とはいえ最前だ!(苦笑) 下手へ向けてステージが丸見えだ! なんて幸運なんだ!(笑)
(いや幸運もあるけど、今から考えると姑息なんだと思う)
柵前の圧縮は逃げ場が無いが、片腕をかけて押し戻すことが出来る感じのもので、押しちゃいるけど押し返されれば引くという、人波のメカニズムを学ぶ。
押し返すと引く、菱形へひしゃげる、この運動を利用して前方に移動する(苦笑)
だがその途中、好事魔多しで左から顔面に肘打ちを食らいメガネが落っこちた!
脱落防止のメガネストッパーを付けてないから案の定……。
しかしその時の2~3秒の動きは今思い出すとかなり笑える。
メガネが床まで落ちた→真っ暗な中、落ちた方向を推測して素早くしゃがむ(蹴られてなければそこにあるはずだ!)→手早く手探りする→メガネあった!→すぐ立ち上がり何事もなかったようにメガネを掛ける、踏まれてたら今夜のライブは音だけになってたんだぜ~。
冷や汗かいて脱力して取り付いた柵にもたれかかったらBMDは終わっていた。
やっぱメガネ駄目ですね~ピットへ入るなら使い捨てコンタクトレンズっすね~(当たり前)
自分、引きつったような笑いを浮かべながら柵から片手を延ばしてキツネサインを掲げると、その先にすぅゆいもあちゃんが!
なんの障害物もなく(実はお立ち台が邪魔)そこに存在していた!
幕張の天下一メタル武道会から半年弱、よくここまで近づくことが出来たなぁ、なんて感慨に耽るまもなく、2曲めのイントロが響く。
ド・キ・ド・キ☆モーニングだ。
喜んだのは確かだが、今じゃあまり記憶がない。
3曲めのギミチョコに続いて神バンドソロとCatch Me If You Canもあまり覚えてない。
単純に憶えているのは、いったいどの曲だったか目の前のステージ袖に、ゆいもあちゃん、すぅちゃんが煽りに来てくれたことだ。
3人ともキラッキラと輝いてみえた。
すぅちゃんもやっぱり小さいんだな、そんなことも思った。
嬉しかったけど、でも正直自分、お顔を正面から見ることは出来ませんでしたね(笑)
最前に出てきてるにも関わらず、うわぁ本物のすぅゆいもあちゃんだ、やべぇ隠れなきゃ、そういう感じです。
なんなんでしょうこの心理は、あまり他の人のレポでは見ませんよね?
アイコンタクトしてくれた、微笑んでくれた、などのレポが多いけど、僕はむしろ隠したかった、こんな汚いもんを3人の眼前に晒してはいけないって心理(苦笑)
写真集は買うけどお渡し会などには行きません、ずっと遠くから見ていたいという某ブログで読んだ方の心理がよく分かります、とても。
目の前に飛び跳ねて来てくれただけで「有り難や有り難や」と顔を伏せて拝むおばあさんの心境です。
だからねぇ、もっと若いファンが増えて欲しいと心底思いますね。

さぁ、次は、聴いたことのないイントロだった。
それとともに3人が水平に揃えた両腕を斜めにつま先まで下げてくるフォーメーションを取った。
新曲だ!
3人が逆光の中で浮かび上がり思ったより大きく見えた。
カッコいい!
その直後ディストーションが効いたミドルテンポの滅茶クソ重いリフが会場を引き裂いた。
これは落選した横アリでやった新曲だ。
格闘技、空手をモチーフにしたような振り付けだった(のちのセトリで「セイヤ、ソイヤ」と表記されたこともある)
どよめきと歓声がない混ぜになったピットで手探りに合いの手を探し求め腕が突き上げられる。
ファンカムではすぅちゃんのヴォーカルが荒削りで凄まじかった覚えがあったが、実際聴くと野放図なわけでもなくちゃんと楽曲と調和していて、なおかつ今までにないハイトーンが耳に突き刺さる。
青山さんのツーバスが臓腑を揺さぶる→すぅちゃんの太いハイトーン声が耳に突き刺さる、これの繰り返し。
ゆいもあちゃんのコーラスはそんなメタルの混沌の中の清涼剤だ。
間奏で倒れたふたりをすぅちゃんが助け起こす寸劇があるが、3人とも真面目な表情だ。
いくら変わっていてもパフォーマンスに躊躇も照れ笑いもなにもない、ベビメタの本領発揮だ。
ギタリストがベーシストが演奏中に照れたらメタルにならない、それと同じだ。
ていうかなにに照れる?と言わんばかりのすぅちゃんの怒涛のヴォーカルがそれに続く。
あはは、空手? カラテとか、あぁ今回は順当にジャパンオリエンタリズムで来ましたね。次は東京チークにフジヤマパラダイス? 昔っからそうだよね、ダンス天国原宿文化てーか。なんて普段は斜に構えた社会人も、そんな真剣な姿を見せられちゃあ正面から向き合ってジャンプして嬌声を上げるしかなくなる。
トーンが高すぎるにもかかわらず声を枯らしてセイヤソイヤ必死に叫ぶしかなくなる。
その時はまさかこの曲が2ndアルバムの先行シングルになるとは思わなかったが。
そしてまさか翌年アリーナいっぱいのスマホの星空でコール&レスポンスなんて神曲に化けるなんて思ってもみなかったが。
ライブに来なけりゃ分からない、轟音浴びなきゃそれを貫いて来るすぅちゃんのヴォーカルの凄さが届かない、お茶の間に。
日本のお茶の間音楽文化圏を相手にしてたらこんな音は出なかったと考えると、少し複雑だ。
きゃりーちゃんのライブのトランス系のラウドサウンドも実はお茶の間に届いてない。
臓腑を揺るがし脳天に突き刺さるようなサウンドは、だから別に万人が愛する必要もないのかも知れない。
愛されるような世の中になったらそれはそれで不穏な気もする。
ロックはもともと万人に向けての行為ではなく、覚醒者の特権を負った若者のものだった。
しかしそれが零落しロック世代が中高年になった今では、その本気のサウンドが誰に届くのだろう。
いろいろなことを考えてしまう。
ステージの袖で少年ナイフの純真さに涙したというカート・コバーンが自殺したのはロックの自殺に等しく、そのあといろんなことがあった。
大麻の申し子のようなニルソンが死に、ポール・ウェラーは引退を考え、リバー・フェニックスもレッチリのフリーに抱えられるようにして死んだが(血涙)みな立ち上がり、ロックに生涯を捧げてるじゃないか。
フーファイターズやレッチリとベビメタが絡んでいるだけで、そんな芳醇なロックの歴史の奇跡の予定調和を感じてしまう。
みんな音楽を愛しているから、バンドのメンバーとのギグがなにより楽しいから、よいよいの爺さんになっても声を張り上げようとする(たとえばThe Whoのロジャー・ダルトリーのように)
ソロコンサートとはまた違い、フェスに来ていると金だけじゃないロック文化の真ん中に自分がいるのが感じられ、幸せになれる。
別に宗教的と思われても構わないし、ちまたの宗教が教祖があってないような霊験で信者を惑わすのとは違い、ベテランバンドは石でできた地蔵ではなく実際に存在し、なおかつ夢にまでみた曲を眼前で演奏してくれるんだから、ファンにとって神の実存は正にここにある。
そんなファン文化を僕は愛する。
しかし、イジメダメゼッタイとメギツネを順調にこなした後にあの事件が起こった。
最後の曲、Road of Resistanceのイントロが始まり、背後でサークルピットが広がってるのか圧縮がきつくなる。
旗を持った3人が現れ、構えのポーズを取ったあと由結ちゃんがすぅちゃんの旗を受け取って後方へ置きに行く。
この時由結ちゃんに特別変わった動きは見られなかった。
後方で怒号が飛び交い準備万端で、「1、2、3、4」の掛け声とともに乗馬ダンスが始まる。
上手斜め横からみても美しい光景だった。
直後、すぅちゃんの歌が始まるかと思ったら、彼女は歌う素振りさえ見せず、ゆいもあちゃんと同じダンスを始めたのだ。
3人のその一糸乱れぬフォーメーションに「これは新しいアレンジなのか!」と思うまもなく、ファンからRoR歌い出しの合唱が始まった。
なにが起こっても不思議じゃないベビメタのステージでもさすがにこれは……と思ってたら、3人の後ろから女性スタッフが黒子のように駆け寄り、一拍おいてすぅちゃんがいきなり歌いだした。
「……じぃけてーもなんどーでぇーもー」からだった。
すぐに理解した。


(僕はステージと右スクリーンの間あたりにいました)

由結ちゃんが渡す係のマイクが旗を起きに行った時、所定の場所に無かったんだ。
RoRの3人の動きを熟知しているファンのほぼ全員が瞬時にそれを理解し、一斉に歓声を上げる。
オイ!オイ!オイ!と聞こえるが気持ちは「がんばれ!がんばれ!がんばれ!」だ。
一方すぅちゃんは涼しい顔で当たり前のようにダンスしてる。
いま思い出しても可笑しくてしょうがない。
最愛ちゃんは分からないが、由結ちゃんは汗だくだくだったんじゃないか(笑)
その後のいろんなインタビューでもこの時の椿事は触れずじまいだ。
その後のCDJの衛星放送の特集でもRoRは放送されなかった。
無責任な話だがなんだかその場に居合わせて得をしたような気がした。

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その後はステージを移動して、田中ヤスタカさんのCAPSULEとTEMPURA KIDZ見て帰った。
TEMPURA KIDZはあんさー、由結ちゃんが観に来てるかも知れないのに、それを知らない連れに急かされて途中までしか観てない(苦笑)
実はCold Rainも少し観たが、あれは完全に世代の違いを感じた。
誤解を恐れずに言えば、オヤジは出てけ!と言われてるみたいだった。
またいろいろ考えてしまう。
年が変わって、ウェンブリーのライブビューイングもドーム1日目も行ったが、この日ベビメタのステージにもっとも近づいた日として長く記憶にとどめたく思いここに書き留める。
ブログ読者のみなさんには長文を最後まで読んでいただいて末筆ながらお礼したいと思います。
ありがとうございました。


ssa

えーとCDJのライブレポをノロノロ書いてたらSSAキツネ祭り過ぎちゃったんです。
だから熱が冷めないうちにこっち先に上げちゃうんです。
スイマセン。

ベビメタのライブとしては去年のドーム1日め以来になるのでほぼ1年ぶりなんである。
もちろんその間5大キツネ祭りのチケットは落選を続け、もうなんとかこのSSAでセーフだったので、べつにその間怠けてた?わけじゃなく、別段飽きていたわけでもなく、いまでもしょっちゅうベビメタ聴いててオンリーワンであるのには変わりがないです。

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(SSA正面のけやきひろばにたむろするキツネたち。午後一なのでまだ少ない)

だからもう、数日前からドキドキで、仕事も上の空で、正直ベビメタのせいで収入落ちてるくらいの熱量(伸びるんじゃないのかよ)
旬は過ぎただの、飽き風だの、戯れ言をつぶやいてる連中を鼻で笑える。
余裕で笑える。
もちろん音楽生活上、他の2~3のアイドルも聴いてみたこともあるが、いいなと思っても(それもかなりいいなと)一ヶ月で飽きる。
いや正確じゃないな、また聴こうというまで行かなくなる。

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(二日目の物販の様子。余裕で黒Tとバッグを買えました)

正直、楽曲やヴォーカルに問題はないんだが、なぜJPOPではこんな問題が起きるのだろう。
いやきゃりーぱみゅぱみゅの初期曲とかデスラビッツとか、デジロックの分野では、例えばラブフォックスのCSS程度に長く聴く強度を持ち合わせていると思う。
だけどバンドサウンドに立脚した楽曲がやっぱ弱いと思う。
ライブだけじゃない、スタジオ録音盤にしても然りだ。
すべての音を音圧高めて詰め込むだけ詰め込んで、空気を感じさせない楽曲が多い。
いやライブじゃないんだから当然だろと言われるかもしれないが、そうじゃない。
西海岸のバンドのアルバムなら茫漠としたアリゾナの砂漠を想起するような空気感のあるバラードが必ず含まれるし、東海岸のバンドならコンクリートに反響したような(摩天楼のおっ立ってる岩盤含め)タイトな音を叩き出してくるし、イギリスのバンドならNYに渡っていようが陽気になりきれない湿度感をじとっと滲ませてくる。
どんなバンドでも曲以前にその空気に包まれたくてアルバムを聴くのかも知れない。
なにを聴く場合でも、その土地の空気とその時代の熱気に包まれたくてアルバムを引っ張り出す。
それはアンサンブルのちょっとした間かもしれないし、イントロに響く遠い雨音かもしれないし、日本にもいる例えばアイナ・ジ・エンドの歌い出す直前のブレスかもしれない。
あぁ、日本でのリアルはもはや女の子の吐息しかないのかもしれない。
でも最後のは意図的でなく、偶然でしょう。
吐息だけじゃ長続きしない。
また逆に、ライブを重ねることによって培われたバンドのケミストリーもいいけど、まぁ中高年がお高いブランデーでも含みながら聴くブルースロックも分かるけど、連中はPOPを馬鹿にしてる限りなぜ神バンドが必死なのかが理解できないんだろう。
あの超絶技巧の神バンドが3人の小娘を崇め奉るのか。
なぜ神バンドの大神さんがスケジュールの都合でギグに参加できなくてTwitterで悔しさを滲ませるのか理解できないだろう。
それはPOPの化け物、努力と才能の天才が目の前にいるからですよ。
すぅ、ゆい、もあという3人の素晴らしく可愛らしいビーストが。
今回もBABYMETALはビーストでした。

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(いよいよ入場開始。ベビメタファンはみんなお行儀いいね!)

実は東京ドームでは運がなく、アリーナ後方だったせいでステージは遠く、スクリーンは高く、音響は定位がバラバラでレポートを書く気力が湧かなかった。
本当に無念だった。
だけど今回は5大キツネ祭りの追加公演みたいなので(それにしては巨大だけど)シンプルな構成が期待され、実際その通りで、出島もないステージを見た瞬間ガッツポーズした。
シート席の真ん中あたり(200レベル)で3人は豆だろうけど、ステージ後方を埋める5枚の巨大スクリーンも大正解だった。

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(よっしゃ~、始まるぞ~!!!)

BMDで始まりギミチョコにサクっとつながる冒頭でソニスフィアを思い出し鳥肌が立った。
なにより位置の関係でステレオ感も維持されててすぅちゃんのヴォーカルも際立ってる!
惜しむらくは位置的にギターの音がよく聴こえなかったことだけど、全体的には満足できる席だったと思う。
上手側なので大村さんがよく見えて藤岡さんが印象に残らないなど、ライブに良くある運不運を差し引いても、過去最高のライブだった。
え~とこれでベビメタをライブで見たのは何回目だ? 5回目ですね。一番良かった。
一番良かったのは席のせいなのか、いやベビメタ自体がドーム以降、いったんリセットして一年間著名バンドの前座をこなして来た成果に違いない。
青山さんのドラムの物凄さは相変わらずだけど、以前より重く、粘るような湿度を感じたのは気のせいか?
GJのゆいもあちゃんのコーラスにしてもより艶っぽく、前へ出るようになっているのはヘッドセットマイクの技術的弱点を克服したのか、いや北米前座ツアーの武者修行で経験と成長でふたりのアンサンブルがますます高まった結果だろう。
ゆいもあちゃんのコーラスは本当に不思議だ。
最愛の鼻にかかった声質と由結の金属的な声質が合わさると、ふたりの声とはまた別の天然エフェクトがかかったような滑らかな声になる。
しかも、そのコーラスがどんな時でも一糸乱れずだからなおさらだ。
以前からすぅちゃんを含めた3人は、そのエネルギッシュなダンスを含め無駄な自己主張や技巧自慢ではなく、常に基本を忘れず自分の役割に忠実であろうとする。
そのキャリアの最初期に歌の先生に楽器になれと教えられた、それを未だに大事に思ってるのが伝わってくる。
自らの身体が楽器だという確信があればこそ、神バンドのみんなの出す音に恐れを抱きながらも気後れすることもなく、一歩も下がることなく技術を高め続けることが出来た。
なんども言うようだが、楽器隊と3人が対等であることから挑発もアンサンブルも可能になるんだ。
どっちがどっちを見下してもこんなケミストリーは生まれない。
グルーブは生まれない。
これは奇跡に近いバンドなんだ。
なぜそれを分からず馬鹿にするやつがいるんだ?
日本のプレスなんてなにも分かっちゃいない。
くどいようだが、北米前座ツアーなんて日本人の感受性の鋭い少女たちにとっては命がけだったんだぞ。
アメリカは日本人にとっては男女そろって野獣のような体臭に満ちた毛むくじゃら共がたむろする恐ろしいところなんだぞ。
ピンク・フロイドのドラマーのニック・メイスンなんて怖くて飛行機のタラップから降りられなかったんだぞ(涙笑)
彼女らはその熱情と真摯さによってだけ生きて帰ってきたんだぞ。
もうこの文章、泣きながら書いている。

しかし次の曲、すぅちゃんのヴォーカルに危なげのなくなったメギツネのブレイクダウンはどうだろう。
腹に響くバスドラとローダウンしたリズムがたまらない。
ABCエリアに出来た5つのピットでみんながぐるぐる回っている。
おまえら原始人か、過酷な前座修行の旅から帰った3人を出迎える歓喜の踊りだ。
うらやましい。
うらやましいが、すぐステージに目が行く。
もう涙目でスクリーンの映像がぼやける。

そのスクリーンが稲妻に切り裂かれ、聴いたことのないイントロが耳を突く。
すわ新曲かと思ったら神バンドの新曲だった。
懐かしい感じのズンタタッタリズムに乗って藤岡さんの艶っぽいギターが響く。
ハーモニクスというらしいが、その名は始めて聞いた。
BOHさんのベースもリズムに合わせて叩きつけるような奏法に変わってる。
その後のYABA!へのつなぎが素晴らしかった。
なんて楽しいんだ!
スタンドのみんなも飛び跳ねている。
泣いてなんかいられない。
すぅちゃんのランララララ~の導入に導かれてSSAの会場が爆発した。
見下ろすアリーナのみんなも踊り狂ってる。
ここからほんとうの祭りが始まった。
始まる前は、なにがキツネ祭りなのかなと思ってたが、ほんとうに巨大キツネ祭りだった。
4曲目神バンド新曲に続くYAVA!の次はなんと、紅月だった。

イントロでそれがわかると会場は一瞬静まり返り、どよめきのような音に重なるようにすぅちゃんのアカペラが響き渡った。
紅月だ! たぶん前日やったアモーレの代わりが今日の紅月だ!
すぅちゃんの「アカツキだー!!!」の声とともに大歓声が湧き上がった!
また、涙が出そうになる。
だが……その後の記憶がない(笑)

ベビメタのライブに来ていつも不思議に思うのは、ライブ中のことをあまり憶えていないことだ。
いつもオープニングのBABYMETAL DEATHの中盤くらいから記憶が怪しくなる。
次の、2曲目が始まったことくらいまでは、ああしょっぱなはこの曲だということで憶えてる。
だが、その後の曲順が怪しくなる。
いつもそれが悔しくてならない。
楽しかったんだからいーじゃねーか、そう言われるかもしれないが、人間歳取ると欲深になる。
はたで見てたらバカバカしい、姑息な知恵を働かせるようになる。
無いあたまで考えるに、これまで参加したライブは全てピットだったことで、ステージに注目すること以外に仕事が多すぎるんじゃまいか。
たとえば常にものすごい圧縮に耐えること、その圧縮を受け流しつつ貧欲にひたすら前へ出ようとすること、自分よりノッポさんの背後から逃れようとすること、後ろから肘打ちを食らうこと、林立する腕の隙間からステージを見ようとつま先立ちになること、周りの人の汗や体臭に惑わされることetc…。
自分も同じ迷惑を周りにかけてるんだから勝手な話だが、そのピットの情報量が鳥頭のステージの情報を圧迫して、記憶に残るほど実際はライブを聴いてないんじゃないかと思った。
その点、今回はシート席だったからシメシメだ。
OPから最後まで全てのベビメタのライブを記憶し、楽しい思い出としてずっと残せるぞ。
そう思ってたんだが、けっきょくはいつもと同じでほとんど記憶が飛んでいた。
いったいなぜだ。

だから紅月の次の曲は人のブログのセトリを見ながら思い出すことに。
次、GJ!じゃねーか、前回書いたじゃねーかw

その次は心臓の鼓動……シンコペ、これは憶えてる!
順当!
だが心臓の鼓動以降、あまり記憶にない。
すごく良かった満足感だけは憶えてるのに、なぜだ。

そこら辺までは何曲やったか数えていて、隣りにいた弟に「これで~曲目な」とか確認してた。
これも7曲目を境に後半戦だと覚悟するためだ。
自分でも書いてて情けなくなるくらい貧乏臭くベビメタライブを体感しようとしていた。
だが次のメタ太郎でそれも忘れた。

冒頭のドラムスからみんなが「メタ!」の声を上げた。
ゆいもあちゃんのコーラスに続けてオイ!オイ!の鬨(とき)の声。
なんだろう、すぅちゃんがニコニコしてとても嬉しそうだ。
ブレイクダウンのオ~オ~オ~のコール&レスポンスで会場が一体になり、一年半前のウェンブリーの時とは違う印象になっている!
すぅちゃんが「もっと!」と日本語で叫ぶ。
ファンも少しキーが高いのに必死で喉を枯らして叫ぶ。
なんて幸福な瞬間なのだろう。

去年のウェンブリーの時はZEP東京のライブビューイングを観に行ってたんだが、なんだか終始ハウリングのような音がして聴きにくかったし、実際アルバム『METAL RESISTANCE』も出た翌日で新曲のメタ太郎もよく知らない曲だった。
そのせいかどうもピンとこない曲だったんだが、この日初めていい曲だと思った。
いやこれ
コール&レスポンスの名曲でしょ!

このようにベビメタの曲は遅効性の曲も多いので油断できない。
いい曲じゃないからピンとこない=出来の良くない曲なのではなく、音楽的知識の蓄積が足りないから入って来ないだけなのだ。
若い頃聴いてよく分からなかったロックの名盤が、年を経て聴くと超傑作に変貌することがままあるように、ベビメタでも同じことが時々起きる。
これはコバがロック・メタルコードに忠実に音作りしてるお陰で生まれたベビメタの価値だ。
持ち歌はバンドの財産だ。
けっして使い捨てされることはない。
例えば
From Dusk Till Dawnが最初印象が曖昧だったのも、あまりメタルを聴いてこなかったので音楽的教養不足からピンとこないだけだったのだと今にして思う。

だからベビメタのアルバムはメタル・エンサイクロペディアみたいなもので、まったく油断できない。
ロス公演のFrom Dusk Till Dawnみたいにライブで化けるのだから始末に負えない。
これはコバメタルの音楽的教養の深さと、すぅちゃんの途方もない底力に恐れ入るしかないんだと思う。
そこに手ぐすね引いて待ってた業界のメタル好きとアイドル好きが寄ってたかって曲を作ってるのだからベビメタは無敵。
かといってバイキングメタルまで手が回りませんけど、少なくとも泣きながらオ~オ~と唸るんなら Road Of Resistenceよりメタ太郎のほうが楽しい!

もちろんベビメタの英国~北米前座修行を経て変貌していた曲はメタ太郎だけじゃない。
次のイジメダメゼッタイのイントロのすぅちゃんのナレーションの英語が進化している!
ファンがABCピットに恒例の大きなサークルを作って待ち受けるなか、すぅちゃんの合図でスピード・メタルの名曲の始まりだ。

イジメダメゼッタイは大好きだ。
この曲くらい青山神のドラムスのスタミナとパワーを思い知らされる曲はない。
ベビメタのバックに初めて神バンドがついた時、最愛ちゃんがバンドの生音にびっくりして唖然としてしまい振り付けを忘れてしまったというファンなら有名な話があるけど、初めてじゃなくても唖然とするのが青山さんのドラムスだ。
だけど何度か聴いてるこのイジメダメにしても、去年までとはどこか印象が変わっている。
もちろん良い方に。
初めてベビメタのライブを生で聴いたのは一昨年の幕張の天下一メタル武道会だったが、その時は音響は良かったにもかかわらず神バンドの音は楽曲の再現性の高さに感心するばかりで、良い意味での生音のオケという印象だった。
ほんとに上手いなぁと。
だけど今のベビメタはどうだろう。
ひとりひとりの個別のテクニックがぶつかり合うかつてのベビメタと違い、バンドとして一体化した音になっ来ている。
もちろんすぅ、ゆい、もあのアンサンブルもだ。

これは前座ツアーで音響班がレッチリ、メタリカ、ガンズ、コーン、フーファイターズのライブの音響空間構成から学んだ成果なんじゃないだろうか。
常に全力でグルーブを生み出すまでには至らなかったベビメタが、前座修業を通じてサウンドの抑揚を持ち帰ってきたんじゃないか。
学んで成長しているのはすぅゆいもあの3人だけじゃなかった。
神バンドもスタッフもみんな学んで成長していたんだ!
なぜそれに気が付かなかったんだろう。

これは単なる妄想じゃない。
例えばソニスフィアのイジメダメのオフィシャルPVの音響と、ネプワース現地放送のイジメダメのミックスの違いを聴き比べてみればすぐ分かる。


BABYMETAL - Ijime,Dame,Zettai - Live at Sonisphere 2014,UK (OFFICIAL)




BABYMETAL - Ijime Dame Zettai 再アップ

圧倒的に現地ミックスのイジメダメの方が良いのだ。
神バンドにしてもそうだ。
ただ上手いだけじゃなく、各メンバーの突出しないリレーションシップに磨きがかかってる。
ファンの渾身のオイ!オイ!も拍車をかけて、これまでより更にエクストリーム感を増したイジメダメに、すぅちゃんの自由を得たような伸びやかなヴォーカルがダメ押ししてくる。

どうしたんだろう、すぅちゃんの声がなんかソニスフィアの時くらいに若返ってる!
いやちがう、去年のウェンブリー~東京ドームの頃は少し固くなってたすぅちゃんの喉が、ずっと楽そうだし天真爛漫に自由に歌ってる気がする!
これは前座修行ですぅキャパが上がった!
マジでこんな奥行きを増した青山神のドラムスとすぅちゃんの戻ってきた自由闊達なヴォーカルに涙しないファンはいないぞ。
藤岡さんも大神ちゃんもBOHさんも生き生きしてる!
そうだ、こんなイジメダメが聴きたかったんだ。
だから、その日初めてほんとうのイジメダメを聴いた気がする。
しかし、求めてたのはこの音だったんだ、そう思った時にはイジメダメは終わってた。

いつもこうだ、ベビメタのライブは。
情報量が多すぎるんだ!
イジメダメ単曲だって何年たっても飽きないし、なにか発見するたびに一日何回も聴いたりするし、こんな風にいつまでだって語れるし、あぁ、そうか!
分かったぞ。
これはこの文を書いてるいま分かった。
ベビメタのステージのプレイ自体が情報量が多すぎて、思うことも多すぎてライブ中に脳内キャパを軽く超えるんだ。
だからあまりライブ中のことを憶えてないんだ。
そうか、一回じゃ足りないんだ!
だからファンは連日見に行こうとしちゃうんだね!
そんなアーティスト他にいるか?
ライブはチケット代も高いし、ふつう一回見たら満足するだろう。
いいもの見たって満足して家路につくだろう。
だけどベビメタファンは満足できず二次会やアフターパーティーでベビメタ足りないを埋めようともがくんだ。
ベビメタロスとは単位時間についての情報過多、インフレーションのストレスからくる消化(昇華)不良だ!

なんて犬の餌にもならない馬鹿なことを考えてるうちに次の曲、KARATEが始まる。
この楽曲の衝撃は主に初めて聴いたCDJのレポに譲る(ヲイ)
だってその次ヘドバンギャー!!!やったんですもの。

ヘドバンギャーがこんなお得感ある曲だと思わなかった。
しかもなんだかむちゃくちゃ楽しい!
斜め下の白人さんも気が違ったように横ヘドバンしてる。
するだろこれは!
しかし、しばらくライブのレア曲だったのはなぜだろう。
なぜ復活したのか。
来年アメリカ攻略でベビメタがPOP回帰する前兆だろうか?
そんなことどうでもいいけど、とにかく楽しい!
低音基調のすぅちゃんのヴォーカルにかぶさって、ゆいもあちゃんの声もどんどん前へ出てくる。
そんでここでなんとイナズマロックフェス以来(確か)のスモークガンの登場!
ゆいちゃんが銃をスタッフに返した後に、上手客に小さく手を振ってるのが見えた。
誰だか知らないけどあんた幸せだよ、うらやましいね。

楽しい、楽しいうちにあっという間に時間は過ぎ、すでに述べたようにこの後のRoad of ResistanceとTHE ONEをほとんど憶えていない。
3人がいつものように旗持って出て来たはずなんだけどなぁ。
ファンカムで見直してて思い出した、こっちはスタンド席真ん中より後ろなのに、ステージ前の火柱の輻射熱を感じて驚いたんだった。
ん?
THE ONEの3人の衣装が黒から銀色に早変わりしたように見えたことも憶えてる。
この曲大好きなんだけど、憶えていない。
なんてこった、次はしっかり集中して聴かなくちゃ。
その次はいつになるんだろう、そう思うと寂しくなった。
みんな寂しいから文句を言う。
忘れたくないから文句を言う。
アイドルを使い捨てにしないで欲しい。
いい曲を使い捨てにしないで欲しい。
だから一度ファンになったら一生ついていく。
そうだ、その後すぐ紙芝居が始まり、なんか言ってて終わった。
あっけなく終わった。
でも、満足感でいっぱいだった。
ありがとうBABYMETAL。

外へ出ると雨が振っていた。
やっぱり雨女のすぅちゃんだった。

またいつかね。

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