その時、私は自宅に居た。マンションの7階だからその揺れはハンパじゃない。耐震上、わざと揺れやすく造られているとはいえ、あの長い時間の揺れは永遠のものと感じられた。33年前の宮城県沖地震の経験もあり、今までの地震はなんとなくやり過ごしてきたが、今回のそれは明らかに違う。ある意味覚悟もした。が、数冊の本とコーヒーミルサーの落下だけで済み、事なきを得た。落ち着きを取り戻すと、今度は店のことが気に掛かった。そう、あのボトル達の落下だ。あのボトルの群れが落下すれば、店の中はびしょぬれになるし、なによりその液体が下の店にしたたり落ちたりすれば、補償問題になる。私は自転車を駆って店へ急いだ。ある種の覚悟を持ってそのドアを開けた。暗闇の中、アルコールの臭いは感じない。目を凝らしボトル棚を見やれば、私のかわいいボトル達はなにごともなかったようにそこに鎮座していた。

「こんなにボトルがあると、地震の時心配ですね」何度かお客さんに言われたことがある。「いやあ、このボトルが倒れるような地震なら、ビル自体が倒れるよ」と、いつも言い返してきたが、今回ばかりは本当にあせった。

ところで、岩手の田野畑村や大船渡。宮城の亘理町等、結婚式に呼ばれたり、海水浴で行ったこともあるし、何より私自身福島の出身でもあり、東北には同級生や知人がたくさん住んでいる。無事を祈るばかりで何も出来ないのがもどかしい。