December 09, 2015
最悪アメリカ(番外編)
私がコロンビア大学大学院でジャーナリズムを専攻していた時、自分の人生で一番、射殺事件に近づいたことがある。
1994年8月4日深夜日本人の青年Kさん(当時22歳)が、ニューヨークのクイーンズ郡コロナ地区の集合住宅内で拳銃で、射殺された。犯人は間もなくつかまったが、わたしはその2年後に、この凶悪殺人事件の真相を取材していた。
Kさんは、レフラックシティという中低所得者用の集合住宅に住む黒人女性に一部屋を借りて、地下鉄でマンハッタンまで、およそ40分通い、日本食レストランでバイトをしていた。
その日バイトを終えた彼は、給与チェック(小切手)をもらって帰るはずが、店に置き忘れたため取りに戻るーこの微妙な時間のあやが運命の分かれ目になった。
この事件を担当し、その後、NYPD(NY市警)のHostage Negotiator (人質事件交渉担当官)まで上り詰めた警部は単独インタビューで私に犯人が克明に供述した事情聴取の詳細を語ったー。
1994年8月4日深夜日本人の青年Kさん(当時22歳)が、ニューヨークのクイーンズ郡コロナ地区の集合住宅内で拳銃で、射殺された。犯人は間もなくつかまったが、わたしはその2年後に、この凶悪殺人事件の真相を取材していた。
Kさんは、レフラックシティという中低所得者用の集合住宅に住む黒人女性に一部屋を借りて、地下鉄でマンハッタンまで、およそ40分通い、日本食レストランでバイトをしていた。その日バイトを終えた彼は、給与チェック(小切手)をもらって帰るはずが、店に置き忘れたため取りに戻るーこの微妙な時間のあやが運命の分かれ目になった。
この事件を担当し、その後、NYPD(NY市警)のHostage Negotiator (人質事件交渉担当官)まで上り詰めた警部は単独インタビューで私に犯人が克明に供述した事情聴取の詳細を語ったー。
レフラックシティの周りは今でもそうだが、90年代半ばは特に、"Spooky"な(薄気味悪い)地域で、日が暮れると地元ニューヨーカーでも行きたがらないような場所だった。
Kさんが、マンション入り口を通過した時、2人の黒人がすでに彼に目をつけていた。K氏の後を追うようにエレベーターに乗み、非常に狭いエレベーターに3人。
さすがに、ただならぬものを感じたKさんは、自分のアパートがある階を待たず、4階のボタンを押した。自分が住んでいる場所を知られたくないのと、この黒人たちから早く逃れたいーその思いがそうさせたのだ。
ドアが開くー。Kさんはエレベーターを飛び出すや否や、4階の廊下を左へまがって、ダッシュで逃げた。犯人のうち1人はKさんを猛烈に追いかける。もう1人はエレベータをホールドして素早い逃げ道を確保していたーまさしく計画的な犯行だ。
Kさんは、廊下わきにある非常階段への扉を開けた。男はKさんに飛びかかる。「金を出せ!」男は叫んだ。そして、その手には、拳銃がにぎられていたー。
瞬間、体を返してK氏は犯人に向き合った。
「ファイティングポーズを取ったんだ」警部は私に語った。「Kは、ボクシングジムに通っていたからね。戦おうと思ったのかもしれない」
次の瞬間、引き金が引かれた。
銃弾はこめかみを通過して、頭蓋骨を貫通。すぐ後ろの壁にぶち当たった後、一つ上の階の非常階段踊り場に落下した。
警部が現場に到着した時、Kさんは「踊り場に倒れて、文字通り『Pool of Blood(血の海)』の中に浸っていた」という。まだ息はあったが、救急隊は警部に可能性が非常に低いことを告げた。
脳死状態で3日後の7日朝に帰らぬ人となるー。
わたしが警部に詳細を聞いてからというもの、どうしても現場に行かなければーと思っていた。それがジャーナリストの習性だ。次の日に殺人現場へ向かった。
この事件をめぐってはすでにビルのセキュリティーに落ち度があったとして裁判が進行中だったので、まともにビル側に許可を求めれば、絶対拒否されることは間違いなかった。しかしそれでもあきらめなかったー。真相は現場にあるー。
レフラックシティの集合住宅は入り口にセキュリティーがあって管理人が座っている。しかし、そこにしばらく佇んでいて、わかったことがあった。
ここに住んでいるのは主にラテン系の移民で、大家族がほとんどである。入り口から大家族が6、7人と、一気に通過するので、その直後に家族の友人の振りをすれば、堂々と通過することができるのだった。身分証を見せろとかも全くない。いとも簡単な突破になった。こんな感じなら犯人も余裕で通過できただろう。
そして、問題のエレベーターに乗る。4階のボタンを押した。狭い感じが印象的で、この中で黒人2人に囲まれていたK氏は、どんなに不安な気持ちだったろうーと正直、身震いがした。そして、問題の4階で扉が開くー。
昼間なのに、非常に薄暗く、静まり返って不気味さが漂っている。エレベーターを降りて左に曲がり、K氏の後をたどる。まもなく、殺人現場となった非常階段の扉が左にあらわれた。
声も出せず、重苦しい心でゆっくりと扉を開けたー。
非常階段は、とても静寂で、肌寒く感じられた。隔絶された閉鎖空間は空気の流れをせき止めていた。
この踊り場でKさんは、倒れていたんだー。
右側の壁を見ると、地面から1メートル70センチくらいのところに、犯人がKさんを銃撃した時にできた銃痕が残っていた。ペンキが上から塗り直されてはいたが、深さが1センチほどもあり、すざましい衝撃が2年以上たっても、壁に刻まれていたのだ。
指で触れてみたが、同じ日本人が銃撃された後がこんなにも深く、激しく残っているなんてーとても、いたたまれない気持ちになった。その場で、Kさんに心から祈り、安らかに眠ってくださいーと手を合わせた。
NYPDの事情聴取で明らかになったところでは、犯人の黒人ふたりはその夜、チャイニーズレストランのデリバリー(配達員)を待って、レフラックシティで狙いを定めていたというー。そして、運命のいたずらかー、実際に、Kさんが帰ってくる20 〜30分前には、本物のチャイニーズレストランの配達員がそこを通過していることも明らかになった。
Kさんがチェック(小切手)を忘れていなかったら、もっと早く帰宅できて、犯人らに遭遇しなかったかもしれないー。夢を持ってニューヨークにきて、これからというのに、一発の銃弾で命の火が吹き消されてしまった。なんて無念だったろう。
そもそも、デリバリーの配達員を狙っても、持っていたとしても、わずか50ドルかそこらで、まちがっても100ドルは持っていない。それを狙って拳銃を突きつけられるのか?しかも、脅すだけならともかく、相手の頭に向かって実際に、拳銃の引き金を引いてしまうーそんな精神も、超異常だ。
Kさんは殺されたあと、わずかにもっていた現金がとられていたが、給与の小切手は手付かずで盗まれることはなかったー。
この世の中には、不条理があふれているがーこういう悲しい事件は2度と起きてはならないー。われわれもKさんの死を決して忘れずに、アメリカの異常な側面に対して、間違っていることは、間違っていると言いつづけなければならないーそう、深く心に感じ、思いを新たにした。
(最悪!アメリカ 3部作+番外編、ご愛読ありがとうございました)
Kさんが、マンション入り口を通過した時、2人の黒人がすでに彼に目をつけていた。K氏の後を追うようにエレベーターに乗み、非常に狭いエレベーターに3人。
さすがに、ただならぬものを感じたKさんは、自分のアパートがある階を待たず、4階のボタンを押した。自分が住んでいる場所を知られたくないのと、この黒人たちから早く逃れたいーその思いがそうさせたのだ。
ドアが開くー。Kさんはエレベーターを飛び出すや否や、4階の廊下を左へまがって、ダッシュで逃げた。犯人のうち1人はKさんを猛烈に追いかける。もう1人はエレベータをホールドして素早い逃げ道を確保していたーまさしく計画的な犯行だ。
Kさんは、廊下わきにある非常階段への扉を開けた。男はKさんに飛びかかる。「金を出せ!」男は叫んだ。そして、その手には、拳銃がにぎられていたー。
瞬間、体を返してK氏は犯人に向き合った。
「ファイティングポーズを取ったんだ」警部は私に語った。「Kは、ボクシングジムに通っていたからね。戦おうと思ったのかもしれない」
次の瞬間、引き金が引かれた。
銃弾はこめかみを通過して、頭蓋骨を貫通。すぐ後ろの壁にぶち当たった後、一つ上の階の非常階段踊り場に落下した。
警部が現場に到着した時、Kさんは「踊り場に倒れて、文字通り『Pool of Blood(血の海)』の中に浸っていた」という。まだ息はあったが、救急隊は警部に可能性が非常に低いことを告げた。
脳死状態で3日後の7日朝に帰らぬ人となるー。
わたしが警部に詳細を聞いてからというもの、どうしても現場に行かなければーと思っていた。それがジャーナリストの習性だ。次の日に殺人現場へ向かった。
この事件をめぐってはすでにビルのセキュリティーに落ち度があったとして裁判が進行中だったので、まともにビル側に許可を求めれば、絶対拒否されることは間違いなかった。しかしそれでもあきらめなかったー。真相は現場にあるー。
レフラックシティの集合住宅は入り口にセキュリティーがあって管理人が座っている。しかし、そこにしばらく佇んでいて、わかったことがあった。
ここに住んでいるのは主にラテン系の移民で、大家族がほとんどである。入り口から大家族が6、7人と、一気に通過するので、その直後に家族の友人の振りをすれば、堂々と通過することができるのだった。身分証を見せろとかも全くない。いとも簡単な突破になった。こんな感じなら犯人も余裕で通過できただろう。
そして、問題のエレベーターに乗る。4階のボタンを押した。狭い感じが印象的で、この中で黒人2人に囲まれていたK氏は、どんなに不安な気持ちだったろうーと正直、身震いがした。そして、問題の4階で扉が開くー。
昼間なのに、非常に薄暗く、静まり返って不気味さが漂っている。エレベーターを降りて左に曲がり、K氏の後をたどる。まもなく、殺人現場となった非常階段の扉が左にあらわれた。
声も出せず、重苦しい心でゆっくりと扉を開けたー。
非常階段は、とても静寂で、肌寒く感じられた。隔絶された閉鎖空間は空気の流れをせき止めていた。
この踊り場でKさんは、倒れていたんだー。
右側の壁を見ると、地面から1メートル70センチくらいのところに、犯人がKさんを銃撃した時にできた銃痕が残っていた。ペンキが上から塗り直されてはいたが、深さが1センチほどもあり、すざましい衝撃が2年以上たっても、壁に刻まれていたのだ。
指で触れてみたが、同じ日本人が銃撃された後がこんなにも深く、激しく残っているなんてーとても、いたたまれない気持ちになった。その場で、Kさんに心から祈り、安らかに眠ってくださいーと手を合わせた。
NYPDの事情聴取で明らかになったところでは、犯人の黒人ふたりはその夜、チャイニーズレストランのデリバリー(配達員)を待って、レフラックシティで狙いを定めていたというー。そして、運命のいたずらかー、実際に、Kさんが帰ってくる20 〜30分前には、本物のチャイニーズレストランの配達員がそこを通過していることも明らかになった。
Kさんがチェック(小切手)を忘れていなかったら、もっと早く帰宅できて、犯人らに遭遇しなかったかもしれないー。夢を持ってニューヨークにきて、これからというのに、一発の銃弾で命の火が吹き消されてしまった。なんて無念だったろう。
そもそも、デリバリーの配達員を狙っても、持っていたとしても、わずか50ドルかそこらで、まちがっても100ドルは持っていない。それを狙って拳銃を突きつけられるのか?しかも、脅すだけならともかく、相手の頭に向かって実際に、拳銃の引き金を引いてしまうーそんな精神も、超異常だ。
Kさんは殺されたあと、わずかにもっていた現金がとられていたが、給与の小切手は手付かずで盗まれることはなかったー。
この世の中には、不条理があふれているがーこういう悲しい事件は2度と起きてはならないー。われわれもKさんの死を決して忘れずに、アメリカの異常な側面に対して、間違っていることは、間違っていると言いつづけなければならないーそう、深く心に感じ、思いを新たにした。
(最悪!アメリカ 3部作+番外編、ご愛読ありがとうございました)
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