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四世代にわたって伝えられた技術と歴史は、すでに確立されたひとつのファッションである。

クリスチー一族は、それぞれ同社の発展と改善に貢献してきた。『タニノ・クリスチー』の品質尊重の精神と製造技術は、父から息子へ、息子から孫へと受け継がれてきた。

靴の縫い目は丁寧に、踏みつけ部分のバランスを大切に、踏まずアーチは念入りに、細心の注意を払ってつくり上げ、更に最高の材料だけを使用することによって、『タニノ・クリスチー』の靴は完成された。 


『タニノ・クリスチー』の出発は、1876年のこと。現在の社長の曾祖父にあたるタニノ・クリスチーが、ミラノ市内に小さな店を構え、ミラノの貴族たちの乗馬用ブーツや靴をすべて手で作り、「靴づくりの名人」と言われたことに始まる。後にタニノ・クリスチー社のシンボルマークとなった乗馬の絵が入った木の表札がその店の看板だった。

タニノ・クリスチーにとって一番大切なことは、靴の履き心地の良さだった。
「履き心地のよい靴は足を入れた瞬間にすぐわかる」
と口癖のように言い続けていた。


初代タニノ・クリスチーの息子アルフォンソ・クリスチーは、新しい技術を習得するため渡米。そして1919年、イタリアに戻り、ミラノから約60キロ南西の町のカステッジオに生産工場を設立した。


2ph3その息子、タニノ・クリスチー(現在のタニノ・クリスチー社会長)は、自社製品の小売業を見事に成功させた。1960年、ミラノのモンテナポレオーネ通りに初の直営店をオープン。消費者に喜ばれる商品をつくるためには、直営店を通じてじかに接触することが大切だと考えたからだ。


現在も、1800年代から培ってきた技術を忠実に生かし、手づくりの良さを大切に守り続けている。設立当時の従業員数わずか十数人から現在では150人、日産120足、年間25,000足の靴を生産している。(因みに、大手靴メーカーの最低生産量は年間15万足)

現社長のアルフォンソ・クリスチーは、製造の各工程に目を通し、商品のデザインから完成品のチェックまで自ら行っている。『タニノ・クリスチー』の商品は、社長による厳しいチェックをパスしない限り出荷されない。

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