2008年02月23日

たにしのバイク列伝

 たにしが今まで乗ってきた自動二輪を一挙大紹介 バイクエピソードも合わせて並記します

■ヤマハ・ミント
history_mint.jpg 生まれて初めて運転免許を取ったのが21歳の時。バイト先の暴走族あがりの職長と不良のガキんちょ達と一緒に、鮫洲の試験所で原付の免許を取ったのが全ての始まりである。免許そのものは、中学生でも取れる内容だから、高卒の自分は楽々パス(一応、試験の前に近場の講習所で授業を受けた)。心配だったのは、その後の実技教習の方だった。何と言っても、中学高校と徹底した「三ナイ運動」の指導を受け、「バイク=不良」という位置付けだったから、原付とは言え、バイクに乗るのは初めてである(しかし、今にして思えば、暴走族と不良と一緒に免許取りに行った訳で、その意味ではやはりバイクは不良の乗り物だったな)。不安の面持ちで乗った訳だが、いざ乗ってみると、コレが楽しい! 最初は身分証明書が欲しくて取るつもりだった免許だったが、こうなったら原チャに乗りたい。で、暴走族あがりの職長経由で手に入れたのが、ヤマハのミントだった。
 このミントがどんな原チャだったか、細かい事はあまり良く覚えてない。まぁチャンと走り、チャンと曲がり、チャンと止まる原付だった。白山から北品川まで、毎日ミントで通ったが、走る事の楽しさを教えてくれた原付だった。確かバッテリーは上がっていて、毎回キック始動だったが、そういうもんだと思っていたし、今でも原付はキックで動かしている。不満らしい不満はまぁ感じていなかった。
 そんな感じで機嫌良く乗っていたのだが、ある日、アパートに帰る途中、確か新橋当たりでいきなり止まってしまい、何度キックしてもウンともスンとも言わなくなった。大変困りはしたが、時はバブル時代、そろそろ新しい原チャを買うつもりになっていたので、そのままそこに放棄。明くる日、ドライバーを持って行き、ナンバープレートだけ外して、ミントはその場に不法投棄して帰ってしまった。今から考えたら、かなり悪い事をしているのだが、そんな自覚さえ持ってない年頃だった。
 ところで、今のところ、このミントが唯一、ホンダ車以外のバイクである。

■ホンダ・タクト
history_tact.jpg ミントの次に買った原付で、しかも新車を現金キャッシュでポンと買ってしまった。時はバブル絶頂期。バイトの身分で月45万円稼いでたので、そうした芸当も簡単に出来たのでした。
 この当時、若向きの原付としては、ディオがありましたし、オッサン向きにはリードがあった訳ですが、年齢的にはディオでも図体がデカイので、このタクトにした様な記憶があります。スタンドアップという電動でスタンドが上がる仕様の物もありましたが、自分が買ったのは自分の足でスタンドを上げるタイプでした。まぁ、電動の力を借りるまでもないですしね。
 乗ってみた感想は、前述のミントより良く走り乗りやすい、という感じでした。まぁ車体も大きいですし、安定して乗れるなー、と感じてました。もっとも、体重が当時から100kgくらいありましたので、フルスロットでも55km/hくらいしか出せなかったのですが。メットインだし、ちっこいトランクも付いているで、色々物が積めたのが嬉しかったです。
 もっぱら使用は通勤にしか使ってなかったのですが、この頃はツーリングに行く、という概念も発想もなかったものですから、今から考えたら勿体ない使い方でした。それでもバイクに乗る楽しみはほぼ確定して、もっと上のランクを目指して中免取った訳ですが、だったら原付はもういらんだろう、と早まった判断をしてしまい、後述のブロスを買う時に下取りに出してしまいました。そのまま残しておけば、今でも乗っているかもしれなかったのに。惜しい事をしました。

■ホンダ・ブロス(P2)
history_bross.jpg 2台の原付を乗り継いで、すっかりバイクの魅力に取り憑かれて中型二輪に進んだ訳ですが、実はこれといって乗りたいバイクがあった訳ではなく、ただ単に当時流行っていたレーサーレプリカ(今のスーパースポーツ)には乗りたくないな、と考えていただけでした。そんな折り、バイト先の先輩の紹介で買ったのが、このブロスでした。当時はまだネイキッドブームが始まりかけてた頃でしたが、このブロスはどっちかというと不人気車種でしたが、自分はこのデザインが好きで買ったようなものです。
 このバイクに積んでいるエンジンは、スティードやトランザルプと同じ系列のもので、それだけに高速でビュンビュン回るエンジンではありませんでしたが、低速でのトルクが良く、すり抜けなどはかなりハードにこなす事が出来ました。ジムカーナでは人気車種だったというのもうなずけます。車体が細かった事もあって、乗りやすく感じてました。
 実はこのバイクに乗り始めた直後に、寺崎勉さんの「さすらいの野宿ライダー」と出会ったのですが、このバイクをあまりに気に入っていた事(と、当時はオフ車のデザインが好きではなかった)がもっぱらの理由で、オフ車に乗り換えるつもりが全然なくて、野宿ライダーに形だけでもなれなかった、という経緯があります。  ツーリングにもたまに行く様になったのですが、それでもバイト先への通勤、正社員になってからはサバゲーの行き帰りに乗るのがメインで、バイク乗りらしい楽しみ方はあまりしてなかった様に記憶しています。どっちかというと、そういうのにはまだまだ疎かった様に思います。都合7年近く乗ったと思うのですが、行ったツーリングと言えば、京都の実家に行ったのが2回、正月に犬吠埼に初日の出見に行ったのが1回、あと会社の先輩たちとデーキャンプに行ったのが1回。あとは日帰りが数回、といった感じです。
 ブロスにはかれこれ6年近く乗っていたのだが、転けたりぶつけられたりしたせいか、いい加減ガタがきていた。奥多摩でオーバーヒートしてからはエンジンの調子も悪く、そろそろ買い替えかなーと思っていた1998年、蔵前通りで土建4tに巻き込まれ、怪我はするわブロスは小破するわの事故があり、結局手放したのですが、今から考えたら、きっちり修繕して乗り続ければ、今頃だったそれなりの価値が出てたかなー、と思わなくもないです。今でも時たま街で見かけますが、人はともかく自分は格好いいと思うバイクの一つです。

■ホンダ・ディオ
history_dio.jpg ブロスを買ったからタクトは要らんは、と売ったのは大間違いで、原付は近所への買い物など“ゲタ”代わりだったという事に気が付いてから、会社の先輩に譲って貰ったのがディオ。といっても、かなり古い年式のもので、「安かろう悪かろう」の典型的原付でした。何が悪かったといっても、いきなりキャブが詰まってエンストする、チューブタイヤだからか始終パンクする、という油断も隙もない、絶好調から絶不調への振幅の激しい原付でした。
 ところが、初心運転者期間で中型二輪を取り上げられ、大型二輪に挑戦する事となり、江戸川の自宅から府中の練習所、さらに鮫洲の試験場へ、という大移動をこのディオで行う事になり、しかも無事故、無違反、無故障(試験関連の移動に限り)でやり遂げるという偉勲を挙げたのでした。その意味で、極めて思い出深い原付のはずなのですが、所詮は“ゲタ”程度にしか思ってなかったので、押して家まで歩いて持って帰った思い出はあっても、楽しかった思い出は全然覚えてないという、可哀想な原付であります。
 それでも長いこと乗ってましたが、後述のクラブマンと抱き合わせで、ジョルノと交換して貰いました。

■ホンダ・GB250クラブマン
history_clubman.jpg ブロスの次に買ったバイクで、生涯2台目の新車となったクラブマン。実は自分も人並みにヤマハのSRが好きだったのですが、ある晩、道端に停めてあってノーマルのSRにまたがったところ、ステップのどの位置に足を置いても爪先がペダルに掛らない、ヤマハのバイクらしい足余り(恐らく、ウンコ座りしても踵が地面に着かない自分だけの現状です)に閉口し、かつ400は車検代がもったいない、という事で、ブロスで頑丈さを証明したホンダのクラブマンに決めました。ちなみに、カワサキのエストレアというのもありましたが、丸っこいデザインが嫌だったので却下しました。  さて、新車でやってきたクラブマンですが、足付きが良い代わりに、同時にSRと同じ足余りがあって、あまり乗り心地が良くありませんでした。しかも車体も軽いものだから、高速はおろか、小松川橋でさえも突風であおられるし、6速で100キロも出したらハンドルがブルブルして怖い。しかしもっと我慢出来なかったのが、低速でのトルクが弱く、頻繁に2速に落とさねばならず、うかうかすり抜けも楽しめませんでした。乗りにくいとなかなか乗りたいと思わなくなるものです。さらに具合悪かったのは、クラブマンに乗り換えた頃、サバゲー出来る都内のフィールドが全部なくなり、郊外のフィールドには車か電車で移動するのが主流になったため、まったく乗らなくなってしまってしまいました。
 そんな訳で、せっかく新車で買ったのに、1000キロ点検は半年くらいたったころだったと思います。ある日、任意保険の会社から更新の電話がかかって来ましたが、そのまま放置して、結局、保険も切れてしまいました。シート被せたままのクラブマンは、犬の小便でチェーンやスプロケがサビてしまい、そのままでは粗大ゴミになってしまうので、商品価値がある内に会社の先輩に4万5000円で売ってしまった。今にして思えば、あの頃はバイクに合わせた乗り方の出来ない融通の利かない奴だったんだな、と思います。

■ホンダ・ジョルノ
history_giorno.jpg ワタクシが乗った4台目の原チャリで、今も乗ってる頑丈マシーン。クラブマンを会社の上司に売り飛ばした時に、その上司が代わりにくれたか買ったかした中古品です。以来、大した整備もせず、それどころか洗車もせず、それにも関わらず、バッテリーが上がってセル始動出来ない以外はどっこも壊れず、今だにビンビン走ってくれる有り難いマシーンであります。(そういえば、リアタイヤは一度履き替えたかな)  もともとが安く手に入れたという事もあり、またデザイン的にそれほど好きじゃなかった事もあって、それこそ農耕馬的雑な扱いをずっとしています。気に入らない点は、ステップの真ん中が、フレームの分盛り上がっている事で、灯油買いに行く時に、ポリタンクが転けない様に足でがっちりホールドしなければならない事です。もっとも、気に入らない点はその部分くらいしかありません。

■ホンダ・XR250(06年式)
history_xr250.jpg もう二度とバイクには乗るまい、と思っていたのに、スポっと買ってしまった3代目のバイク。しかも新車で現金キャッシュ。買ったからには乗らなきゃ損、という事で、ブロス、クラブマンの比じゃないほど乗る。オフ車は背が高くて、足が届かない竹馬みたいなイメージがあったのですが、デカイ図体に親が産んでくれたお陰で、それなりに足も届いて、それなりに乗れてます。あれこれ改造したいけれど、お金がないのと、あまり不都合がないもので、ほとんどノーマルの状態です。  生まれて初めて乗ったオフ車な訳ですが、舗装されてない道も舗装路も走れるオールマイティなバイクで、道を選ばないという意味では、大変便利です。またこの年式はバッテリーの上がりもあまりない様で始動性も良く、壊れにくく、カスタムしなくてもそれなりによく走り、まさに「貧乏人向けバイク」の名に恥じぬ名車である、と思っております。



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 バイクブログへ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 00:00コメント(0)単車雑文 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
最新記事
Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

月別アーカイブ
livedoor プロフィール
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ