軍用装備

2016年11月23日

   基本的に自分が購入対象にしているのは、戦後に作られた飯盒なのですが、今回、程度の良さそうな旧型飯盒が出品されていましたので、落札しました。しかし、これがなかなかどうして、日本の物作りの原点に触れる一品でありました。

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左は未使用のデッドストック、右はちょっと使って底が焦げたやつ
本当ならデッドストックの方を残すのですが
焦げた奴の方が比較的出来が良かったので
そちらを残す事にしました


■びっくりする出来栄え
   出品時から、この飯盒には刻印がなく、軍に卸した物ではない事。ただし、軍の制式を外れた後も民間で製造された物があるので、おそらく民生品であろうと予想していました。まぁ、ここまで塗装が残っている旧型飯盒はあまりないので、色見本としても良いかと思って取り寄せました。
   が!来てみた物を見てビックリ! 釣り手が耳金のリベッドに当たってコジコジで動かない。というかプレスが猛烈にヘタで筋が残ってたり、ヘタしたら波打ってる部分がある。縁の折り返しがいい加減で、かつ金バサミでいい加減に切りましたと言わんばかりの切り口になっている。蓋がガタガタ。塗装もいい加減で、垂れたりはみ出てたり、ムラがあったり。とにかく、東独の飯盒どころか、今の中華コピーの飯盒よりも出来が悪い。とにかく、形だけは似せました的な出来栄えです。
   特にデッドストックの方は出来が悪く、とてもじゃないが売り物にならないんじゃないかレベル。普段使いするつもりはないので、本来なら未使用品の方を手元に残すのですが、底が焦げてる方は、まだしも使えるギリギリのレベルだったので、そっちを残す事にしました。

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一所懸命、焦げを落とそうとした努力の跡が伺えます
地金の色合いから、アルマイト加工はされてない様です

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左のロ号飯盒のコピーである、キャプテンスタッグの飯盒との比較
明治期に開発された旧型飯盒の方が少し小振りです


■ともあれ使ってみる
   どんな物であれ、とりあえず一度は使ってみるのが自分のポリシーですので、早速飯を炊いてみる事にしました。問題は、一体どのくらい長い間、倉だか押し入れだかに入っていたのか分りませんが、飯盒の中が若干コショウっぽい臭いがしてました。なんでコショウなのか分りませんが、塗装が落ちない程度に洗剤で洗ってから使用しました。
   まずは、掛子の容量がいくらなのか調べてみたのですが、すり切り一杯で300g、つまり2合分の米が入りました。この辺りは使用書の通りに作ってあるのかなー、と感心したのですが、後で軍に卸したものと比較した時、量目が多い事に気が付きました。まぁ、ロゴスの飯盒よりも谷口金属の飯盒の掛子の方が深さがあって量が多かった、なんて事もありましたので、この辺り、いい加減なのかもしれません。飯盒の出来栄えを考えたら、いい加減に作ったのかもしれません。
   ともかく、底に穴が開いている訳でもなく、炊くのは普通に炊けました。ただ、蓋がガタガタで隙間が多いので、盛大に湯気を吹いてました。もしかすると、寒冷地や高地では不利かもしれません。

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掛子には300gの米が入りました
ただ、後述する大阪造兵廠製のは280gだそうで
いい加減に作った可能性が高いです

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前の持ち主は、どうやら七厘などで炭火で使ったみたいです
焚き火の場合は、煤が飯盒の胴体にもつくのですが
これは底とその少し上までしか煤が付いてませんでした

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炊いてる最中は、湯気がコショウっぽい臭いをしてましたが
そのせいか、焦げが半分くらい落ちました
落ちた焦げはもちろん、飯にくっついてたのですが(爆)


■大阪造兵廠製との比較
   旧型飯盒は、開発以来、ドイツより輸入した工作機械を用いて大阪造兵廠で製造されており、徳川慶喜公が大政奉還以来、初めて大阪城に来て、その脇の砲兵工廠を見学して、大砲そっちのけで飯盒に興味を示して、さらにはアルミニウムの人体に及ぼす影響がまだ未知と言われて、銀塊送ってマイ飯盒作らせた、というエピソードの時に見た飯盒というのが、この旧型飯盒だったのです。
   その旧型飯盒の明治43年検品の物と、この民生品旧型飯盒を比較してみたのですが、その出来栄えは雲泥の差でした。軍用の物は、非常にかっちりした造りで、アルミ板の厚みもあり、縁の折り返しも細めで丁寧、不必要にガタツクところがなく、非常に丁寧な造りです。明治43年は西暦で言えば1910年、今から106年前の製品ですが、今でも十分実用に耐え得るクォリティを持っています。
   ちなみに、この旧型飯盒の耐用年数は20年だったそうで、1930年すなわち昭和5年頃に民間に払い下げがされた様です。また、この頃には、新型の飯盒が開発されたり、それに伴って旧型の飯盒も民間で製造されたり、色々動きがあった様なのですが、今回自分が手に入れたのは、その頃に民間で作られた製品ではなかろうか、と思われます。

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左が明治43年製の大阪造兵廠の飯盒
見るからに出来栄えが良いです

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蓋の縁の折り返しの部分
大阪製のは細く丁寧ですが、民生品の方が実にいい加減で隙間開いてます

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恐るべきは掛子の縁の折り返しで
民生品の方は、缶切りで開けたみたいな出来栄えです

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上の大阪製のは、民生品の掛子より薄いです
恐らく、大阪のが正解の量目だと思います

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アルミの厚みが大阪の方が厚く
そのため、非常にかっちりした造りになってるのに対して
民生品の方はちょっと力入れたら、歪みそうです

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大阪製のは、蓋と本体に隙間がありませんが
民生品のは、隙間だらけでガタガタです

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耳金の形状の違い。民生品は大きくガサツです
軍に卸したものでも民間工場で製造した物は
耳金が大きい物があって、やはり釣り手が引っかかって回りにくいとか

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革通しの位置
民生品の位置では、背嚢のストラップを通すのが大変です

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というか、革通しの隙間が狭くて
まずストラップが通りません


   昔の日本製品は「安かろう悪かろう」といって、とにかく粗悪品の代名詞であった訳ですが、まさにその時代の製品だった様です。しかし、それより20年も昔であっても、ドイツから機械と技術を取り寄せて作った製品は、100年も持つ高いクォリティを持っています。
   察するに、工業の黎明期にあっては、ミリタリーイシューはその国のトップレベルの技術力が使われており、民間企業にはまだまだ技術が伴わなかった、という事なのでしょう。日本製品が世界に覇を競える様になるのは、戦後にシステム工学が導入され、模倣品を脱した後からです。この民生品旧型飯盒は、それを遡る日本製品の始祖の一つなんだろうな、と感じました。



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2016年06月29日

   以前紹介したベルリン警察飯盒が、御徒町の中田商店でゴロゴロ売られていた頃、崩壊して間無しの東ドイツの軍装が大量に入って来ていて、はやりゴロゴロ売られていたのが、この東ドイツ軍の飯盒です。ベルリン警察飯盒と同じく、旧ドイツ軍の飯盒の系譜にありながら、あまりのチープな作りに、ベルリン警察飯盒より少し安い値段で売ってた様に記憶しています。

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あちこち塗装が剥げていますが
中身はキレイでしたので、デッドストック品の様です


■見た目と造り
   上にも書いた様に、東ドイツ軍飯盒も旧ドイツ軍のKochgeschirr31の後継に当たる飯盒です。詳しい歴史は分らないのですが、海外のサイトによると、当初、内務省の部隊で使われていたのは、ほぼ旧軍の飯盒だった様です。次にハンドルのストラップを通す穴の上の穴が廃止されて、次に下も廃止されて、この形になった様です。そして、掛子についてるハンドルも、初期型はアルミ板だったのですが、あとでワイヤータイプになったそうです。かつて中田商店で買ったのも、今回改めて調達した物も、ハンドルに革通しがなく掛子のハンドルはワイヤーのタイプですので、後期型という事でしょう。
   さて、物は御覧の通りなのですが、正直、出来が良くありません。東ドイツは当時の東側諸国の中では優秀で「東欧の日本」なんて言われてたそうですが、アルミの材質も悪そうだし、それ以上にハンドルの立て付けが悪くガタガタだったり、蓋がガタガタと、とりあえず形だけ飯盒にしました的な出来栄えです。この飯盒がいつ頃の製造なのか分りませんが、恐らく東ドイツ崩壊の少し前のデッドストックでしょうから、その頃には国だけでなく工業力も左前だった、という事なんでしょうか。
   しかし、物の出来栄えとしては、おそらくこの辺りがヨーロッパ標準なのかも知れません。それが事項以降で検証したいと思います。

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塗装が剥げているのは仕方ないとして
蓋のハンドルの塗装がいい加減になってるのは
なんだかなぁ〜〜と感じました

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東ドイツ軍飯盒は、蓋と掛子を連結する事が出来ません
別個に食器もしくは調理器具として使うのを想定しています

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飯盒本体には、500mlおきの目盛りがあります
釣り手のセンターは軽く凹みがある程度で
飯盒を棒に吊るしたら、簡単に左右にずれそうです


■ベルリン警察飯盒との比較
   似た様な形してる飯盒、という事でベルリン警察飯盒と比較してみます。といっても、東ドイツ軍の飯盒は、東ドイツが崩壊するまで生産されていたのに対して、ベルリン警察のはせいぜい1960年代くらいまでの製品です。どんな物でもそうですが、始めの頃は造りが良かったり材質が良かったりするもので、後になれば経費節減とかで悪くなって行く傾向にあります。それを踏まえた上で、厳しく比較していこうと思います。
   まず、材質ですが、これはどっちもどっちかな、という印象を持ちました。アルミニウムにも色々ランクがあるようですが、基本的には火に掛ける物ですし、穴が開かん程度の材質って事でしょう。仕上げも同じ様な感じで、蓋でスパムとか焼いたら、漏れなく焦げ付くだろうなー、という仕上げでした。
   問題は造りの方で、ベルリン警察飯盒の方は、蓋も掛子もあまりガタツキがなく、蓋のハンドルもカッチリしてるのですが、東ドイツ軍飯盒の方はもうガタガタです。まぁ、ドイツ人は飯盒でメシ炊いたりしないでしょうが、東ドイツ軍の飯盒だと、蓋の隙間から蒸気漏れまくりで、とんでもないメシが炊けそうです。とはいえ、ベルリン警察の飯盒は、そこそこピッタリしてる訳ですから、物作りに対する姿勢が、西と東では全然違ってたという事でしょう。同じドイツ人にして、主義思想の差がここまで影響するのか、という感じです。
   飯盒本体はそれでも大きな差はないのですが、顕著に違うのは掛子です。ベルリン警察の飯盒の掛子はハンドルに連結して使う様になっていますが、東ドイツ軍のは掛子にもハンドルが付いています。そしてそのハンドルの付け根に、蓋のハンドルの爪を入れれる様になっています。配食を受ける時は、蓋と掛子のハンドルを指で掴んで、バラけない様にします。どちらが使い勝手良いかは意見の分かれる所だと思います。掛子としての容量はベルリン警察の方が深いので多いです。
   上にも書いた様に、ハンドルの形状も異なります。ベルリン警察飯盒の方は、背嚢に縛着する為の革通しがあるのですが、東ドイツ軍飯盒では、革通しが省略されています。そこで、東ドイツ軍の野戦の軍装を色々調べてみたのですが、どうやら何回かの変遷を経て、第二次大戦当時とは野戦装具が大分変化してて、飯盒を背嚢などに縛着しなくなっていった様です。つまり、縛着しないから革通しは要らん、という事になったのでしょう。

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左が東ドイツ軍飯盒、右がベルリン警察飯盒
外見的な違いは、ハンドルの革通しの有無と釣り手の凹みの有無
大きさはどちらもほぼ同じです

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蓋についてるハンドルは、ベルリン警察の方がしっかりしています
東ドイツのは、うっかりすると取れそうですw

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蓋と掛子は連結出来ますが
各々のハンドルを手で押さえないといけません


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掛子は、ベルリン警察の方が深さがあります

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釣り手の耳金の違い
東ドイツ軍のは、旧軍のに近い形をしています


■日本製飯盒との比較
   これまた比較としてはハンデのある比較ですが、日本製のキャプテンスタッグ(ロゴスと同様、オオイ金属製)の飯盒と比較しました。材質、仕上げともに、比較にならないほど、日本製の方が上です。実はこれは今に始まった事ではなくて、シベリア抑留の時には、ロシア兵からだけでなくドイツ兵からも日本の飯盒は盗まれるほど、出来栄えが良かったそうです。
   もちろん、日本の飯盒には蓋にハンドルが付いてませんので、ガタガタする部分が少ないというのもあるのですが、やっぱり飯盒の肝は飯盒本体であると思います。それゆえに、材質が悪そうだったり、仕上げが良くないというのは、持ちの悪い感じがしても仕方ない事です。
   もっとも、それではベルリン警察飯盒は出来が良いのか、というと、東ドイツ軍のよりガタツキが大幅に少ない、というだけで、上にも書いた様に材質や仕上げにはそれほどの差がありません。ついでに言うと、イギリス軍のメスティンや、チェコ軍のメスキットも似たり寄ったです。つまり、日本の飯盒の出来栄えがダントツに良いだけの話しで、欧米の軍用のメスティンは、総じてそんなもんなのかもしれません。とはいえ、東独のは出来が酷いですが。

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出来栄えの違いは、見た目で歴然
日本製のは薄くて頑丈で、キレイです

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こういってはなんですが、東ドイツのは直ぐ凹みそうなんですよね
とはいえ、これはこれで、今や貴重品ですから
使わずにコレクションしますw



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2015年10月21日

   その昔、ドイツ軍のヒストリカルゲームに参加するので揃えた装備の中に、この飯盒が入っていました。元はブルーグレーだったのを、フィールドグレーに塗り替えて使ったのですが、蓋と掛子を連結して使える便利さに、意外な思いをしたのを覚えています。しかし、その頃は、そこまで飯盒に思い入れがあった訳でなく、また飯を炊いたりオカズを入れて保存したりするには、兵式飯盒の方が使い買ってが良かった事もあって、売り飛ばしてしまいました。
   かつては中田商店にゴロゴロ売っていたこの飯盒も、あれから16年過ぎてさすがに物があまりないらしく、なかなか入手困難な様です。たまたま程度の良い出物のありましたので、懐かしさも手伝って落札いたしました。

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ベルリン警察飯盒
第二次大戦中のドイツ軍の飯盒と極めて近似で
(釣り手の耳金の形状が違う)
ドイツ軍リエナクターが代用品で重宝しました

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今から16年前のワタクシww
飯盒とたしか水筒もベルリン警察のものでした


■PPrBlnの謎
   この飯盒、16年前もベルリン警察の飯盒といわれていましたが、何を根拠にベルリン警察の物であるかは、判りませんでした。そもそも、警察が飯盒使うというのが、イメージとしてピンと来ません。そして、蓋のハンドルの付け根にある「PPrBln」の刻印。普通、この部分の刻印は、製造会社名が入ったりするのですが、それにしてもPPrBlnは何を意味するのか、判りませんでした。まぁ、革バンドで隠れてしまう部分であるので、あまり気にしてなかったというのもあります。
   今回、せっかくですから、PPrBlnが何なのか調べてみました。恐らく何かの略号である事は違いないですし、ベルリン警察という事であれば、Blnはベルリン、すなわちBerlinであろうと推測しました。ではPPrは何なのか。方々調べてみたのですが結局自力では判らず、日本飯盒協会調査部のToyofusaさんから、Polizeiprasidenten、つまり警察本部の略だ、と教えて貰いました。つまり、PPrBlnはPolizeiprasident Berlinの略、ベルリン警察の略号だった訳です。という事で、この飯盒は、まっことベルリン警察の飯盒だったのです。
   しかし、どうして警察が飯盒なのか。実は、ベルリン警察は飯盒だけでなく、水筒、雑嚢、図嚢などなど、旧ドイツ軍の野戦装備を数多く採用していた様です。まるで警察というより軍隊です。その辺りの事情もついでに少し調べてみて、推察してみました。
   ドイツの警察組織は、先の大戦の敗戦後、都市警察や地方警察に分割された様で、ベルリン警察もそうした分割された警察組織だった様です。そして、当時のベルリンは東西に分割されていました。そして、1955年に再軍備がさなれるまで、国軍は存在せず、国境警備隊といった准軍事組織しかありませんでした。そして、警察もいざ有事の際には軍事行動が取れる装備を必要としていたのでしょう(西ベルリンは東ドイツのど真ん中で、有事の際は孤立無援です)。それが警察らしからぬ装備をしていた理由ではなかったかと思います。
   ちなみに、こうした地区規模の警察は1970年代の改変で地方警察に統合されていったそうです。

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やや見にくいですが、PPrBlnの刻印が見えます


■外見と使い勝手
   能書きはこれくらいにして、ベルリン警察飯盒の特徴について。この飯盒は良く言われる様に、第二次大戦中のドイツ軍のM31飯盒にほぼ近似です。違いは、釣り手の耳金の形状で、M31飯盒はリベットが縦打ちですが、この飯盒は横打ちになっています。また、M31飯盒は掛子がないのですが(あったという説もある)、この飯盒には掛子があり、蓋とハンドルで連結する事が出来ます。
   飯盒本体は、あとで述べるドイツ連邦軍飯盒と同じ大きさです。目盛りも500mlずつ打ってあります。蓋は薄く、その分高さが低いのですが、日本の兵式飯盒を見慣れた目には、こちらの方が違和感なく見る事ができます。特徴的なのは釣り手で、釣り手の終端はただ単に丸く曲げてあるだけなのですが、日本の飯盒の様に360度回るタイプでなく、約280度にしか回りません。そのため、ポータブルストーブに置いて使う際も、釣り手が倒れてストーブの火に炙られる心配がありません。
   アルミの材質、仕上げは、日本の飯盒に及ばないものの、ソロクッカーとしてはむしろ適切なサイズで、個人的には非常に好感が持てます。

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今回とどいた物は、外見は若干塗装のハゲがあるものの
中は非常にキレイで恐らく未使用品です

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旧ドイツ軍や、それをコピーしたロシア軍の旧型飯盒などは
掛子が付属していませんが
やはり掛子はあった方が便利です

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特徴的な釣り手(というか耳金)の構造
BW飯盒も同様の構造ですが
こちらの方が単純な作りで、必要な機能を備えています


■ドイツ連邦軍(BW)飯盒との比較
   ドイツ連邦軍飯盒は、このベルリン警察飯盒の後継にあたる訳ですが、その違いを比較してみました。外見上の
大きな違いは、BW飯盒は蓋が大型化していて、縦長のデザインになっている事。飯盒本体はどちらも違いがなく、掛子の大きさも同じなのですが、BW飯盒の掛子は途中でリムが設けてあり、その分で蓋の高さを稼ぐデザインになっています。その様に変更された理由は判りませんが、容量が増えれば糧食を貰える量も増えるので、その辺りに理由があるのかもしれません。
   釣り手は戦後に設計されなおしたBW飯盒の方が太くなっています。戦前のものをそっくり引き継いだベルリン警察飯盒は、釣り手が細いままです。戦前のものには、釣り手が伸びたり曲がったりしているものが結構ありますが、そうならない様に戦後、釣り手を太くしたのでしょう。同じ様な現象は日本の飯盒にもみられ、日本陸軍のロ号飯盒では釣り手が細いのですが、戦後の民間メーカーが作った飯盒では太くなっています。
   面白いと感じたのは、蓋と掛子を連結した際に、蓋と掛子の底が面一になる様にハンドルの角度が決められている事。蓋の高さが低いベルリン警察飯盒では、ハンドルの角度がキツめになっていました。なかなか芸の細かい事です。

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外見的な違いは、背の高さ
個人的には、ベルリン警察飯盒のサイズが好きです
ただ、釣り手は太い方がいいです。

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BW飯盒が背丈を稼いでいるのは
掛子を飯盒から飛び出させる事によってです
ちなみに、この二つの飯盒は互換性がありませんでした

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掛子のサイズもほぼ同じです

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蓋と掛子の底が面一になるように、ハンドルの角度に違いがあります

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BW飯盒はハンドルの末端を飯盒の底に引っ掛ける事で
蓋をロックできる様になってましたが
ベルリン警察飯盒では、ロック機能はありません


■日本の兵式飯盒との比較
   ドイツの飯盒を範にとった日本の兵式飯盒と比較をしてみました。大きさは兵式飯盒の方が少し大きく、横長です。ベルリン警察飯盒は真四角っぽい外見をしています。大きな違いはハンドルの有無ですが、これは米を炊く時にハンドルが邪魔になるからでしょう。
   ところで、このハンドルですが、ドイツ軍の飯盒に限らず、ヨーロッパの飯盒では、ハンドルは飯盒の背の部分につく様になっています。日本のハンドル付き飯盒は、凹んだ腹の方についているのですが、その理由は背には革通しが着いているからの様です。しかし、腹の方がへこんで空豆型をしているのは、背嚢や雑嚢に付けた際に納まりが良くする様にするためで、その腹の方にハンドルがあっては、かえって納まりが悪くなります。ドイツ軍の飯盒では、革通しはハンドルに付いています。

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外見の違い。自分はどちらも好きですが
米を炊くのなら、兵式飯盒一択です

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日本の飯盒は、革通しに背嚢のストラップを通して縛着しますが
ドイツの飯盒は、ハンドルについた革通しにバンドを通して
雑嚢やAフレームに固定します

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新旧ドイツ飯盒と日本の飯盒
ソロ用としては、ベルリン警察飯盒は丁度いい大きさです


   自分は特段コレクターではなくて、道具というのは使ってなんぼと思っているのですが、希少価値の高まった飯盒はさすがに火に掛ける気が起こりません。この飯盒も、「かつて使った事のある」ノストラジックなアイテムとして、再購入しました。その意味でいうと、結局のところ、国産の兵式飯盒が一番安くて、いつでも手に入って、それだけにどんなに使い倒して、使い潰しても気兼ねない、という事で、一番活躍しています。しかし、どこの国の飯盒文化を見ても、自国の飯盒が一番入手し易く、自国の飯盒を使うのが世界に共通する飯盒マニアの姿だと思います。

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明治31年10月21日に発せられた陸達第97号を以て
アルミニューム製飯盒、所謂「兵式飯盒」の仕様が通達された
(Toyofusaさん調べ)
という事で、10月21日を日本飯盒協会は
「飯盒の日」
と定めましたww



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2015年06月07日

   次回の企画は、そろそろ巻脚絆オフで天覧山に登りますかねー、みたいな話しがあったのですが、天気が良くなかったり人が集まらんって事で順延。そのまま、特段企画立てる事なく日が過ぎていたのですが、ある日、フィールダーというアウトドア雑誌から、飯盒について取材させて欲しいというメールが届きました。迷惑メールにしては堂に入っているので折り返し問い合わせしたら、真面目なアウトドア雑誌でびっくり仰天。しかもその事をみんな(大半がバイク系の友達)に話ししたら、「ぜひ日本兵の格好で」と声を揃えて言われてしまい、「日本兵の格好でしたら良いですよ」と編集部にメールしたら、「こちらのコンセプトにはバッチリフィットいたします」と返事がきて、断る理由がなくなってしまいました。しかし、一人だけ日本兵の格好でいるのも恥ずかしいので、急遽、飯盒オフを開催して、そこに取材に来てもらう格好にしました。

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普段使っているのは、兵式飯盒と将校用飯盒だけです
なので、急遽押し入れからコレクションwを引っ張り出しました

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飯盒紹介するのに、別に日本兵の格好でなくても良いのですが
あえてこちらから希望したからには、ちゃんとキメます
が、相変わらず巻脚絆が怪しいです
明らかに紐が足りないですよねぇ

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鉄兜の背嚢への縛着の仕方も全然分りません
誰か知ってる人いませんかね?
もっとも、鉄兜も円匙もただの飾りなんですがww


■飯盒コレクション
   フィールダー編集部から要望されたのは、まず「たにし様の飯盒のコレクションをご持参いただいて撮影」という事でした。コレクションもなにも、飯盒使っているウチにあれこれ増えただけのものなので、実際には兵式飯盒しか使ってないのですが、まぁ、あるものかき集めても、兵式飯盒将校用飯盒自衛隊の戦闘飯盒2型イタリア軍飯盒トランギアのメスティン、飯盒ではないけど米軍のキャンティーンカップくらいしかない。ロゴスの柄付き飯盒は使い勝手が悪いので売り飛ばしてしまったのだけど、こんな事なら残しておくべきだったと後悔しました。
   さすがにこれじゃ、コレクションとしてはちょっと見劣りするし、おそらく飯盒が取材されるのはこれが最初で最後でしょうから、自分らが持ってるブツを全力出撃させるって事で、急遽、岡谷曹長殿に連絡を入れ、旧日本陸軍の実物のロ号飯盒と将校用飯盒、旧ドイツ軍飯盒、スウェーデン軍飯盒、英軍のメスティンを貸し出してもらい、携帯天幕の上に陳列しました。取材に来た人(可愛い女性)は、目をキラキラさせながら写真撮ってましたが、どうみても骨董市にしか見えませんでしたwww
   撮影してもらうだけでなく、一通り、一個ずつ飯盒の解説をしたのですが、ここからずっと、飯盒についてだけ喋りまくる一日が始まりました。

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飯盒コレクションwは自分のだけじゃ足りないので
前日に岡谷曹長殿から借り受けました
で、3往復して一人で装備運びました(汗)

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アウトドア雑誌という事で、なんとなく体育会系の
ごっつい人が来るイメージをしてたのですが
可愛い女の子が来て、一気に緊張してしまいました(汗)


■飯盒ランキング
   フィールダー編集部から要望されたその2は、「たにし様が選ぶ飯盒ランキングなどをお聞かせいただけると幸いでございます」というものでした。ランキングもなにも、普段使っているのは兵式飯盒だけで、あとはイタリア軍飯盒がたまに。将校用飯盒はオカズ入れ。その他はほとんど使ってなくて、今回わざわざ押し入れから出してきた訳です。しかしまぁ、要望には答えねばなりません。
   ランキング1位は、申すまでもなく兵式飯盒。飯炊くのにもいいし、オカズ作るのにもいいし、冷蔵庫の中でも納まりいいし、普段から一番良く使ってるだけだって、文句なしに1位です。ランキング2位は、イタリア軍飯盒。兵式飯盒より小振りだけで、それが売り。中子や掛子の食器としての機能が秀逸。ランキング3位は、自衛隊2型飯盒。かなりコンパクトで、食器としての機能が優先されていて、お一人様向き。ランキング4位は、スウェーデン軍飯盒。風防、アルコールストーブ付きで、今や新品で9000円もする。最後にランキング5位は、将校用飯盒。これを売っていた金物屋のおっさんが、女の子がランチボックスで買ってったという、いわくの伝説付き。確かに、角形なので鞄の中での納まりはいい。
   実のところ、1位と2位以下は、同率5位だったんですが、解説してるウチにこっちも興に乗ってしまい、それなりにランキングんなりました。選ぶにあたっては、今でも辛うじて買えるものの中から選びましたが、将校用飯盒はもはや製造されてはおらず、流通在庫がたまにオークションに出る程度ですので、ネオクラッシックでオシャレにキメたい女子は、見つけ次第ぜひとも買って欲しいものです。

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あーだこーだと能書きを垂れるワタクシ
もし、取材に来たのが家庭誌や婦人誌だったら
兵隊の格好じゃなくて、ウチに来てもらってたでしょうw

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旧陸軍のカレーの作り方を解説する岡谷曹長殿
なのに、油粉捏(ルウ)作る小麦粉忘れて
カレー汁を作る羽目にwww


■周辺機器
   フィールダー編集部3つめのお願いは、「たにし様がお持ちの飯盒の周辺グッズ(飯盒掛けなど)をご持参いただいて撮影」でした。飯盒掛けは、4つ目のお願いでお目見えさせるとして、スウェーデン軍飯盒を参考にしたオイル缶風防蒸し器を紹介しました。これらの装備は、自分以外にも作ってる人は何人か居ますし、自分が参考にした人もあったのですが、まぁ、早いもの勝ちという事で、右代表で自分が紹介する役を勤めました。
   しかし、これら周辺機器は、実は自分があれこれ研究した結果、ソロキャンプでも困らない飯盒セットの一部なのです。具体的には、風防、飯盒本体、中鍋、鍋掴み、蒸し器、ストラップ、この組み合わせです。取材の方にも説明したのですが、要するに飯盒1個だと、飯を炊いたらオカズを作る事が出来ません。まぁ、飯を掛子や中子に移して飯盒で作るという芸当も可能ですが、もう1個鍋があったら、飯を極力冷やさずオカズが作れる訳です。その為に自分は、昔持っていた3合炊きの飯盒の中鍋で大事にとっているのですが、その中鍋は今は売ってないので、米軍のキャンティーンカップでも代用できるよ、という話しをしていました。
   実際問題としては、ソロキャンプで飯盒というのは、オーバースペック気味ではあるのですが、自分みたいに自動車で車中泊って人もいるでしょうから、こうしたセットを考えるのは無駄ではないと思います。まぁ、家族でオートキャンプって人は、むしろ飯盒が2個くらいは要るでしょうから、こうした心配は無用な訳です。

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今回の周辺機器の目玉は、この飯盒掛け
今日は地面がしっかりしてたので、グラつく事無く使えました


■野戦炊事実演
   フィールダー編集部最後のお願いが、「ご飯を炊く、煮物など、ご自宅でされている調理を屋外で実演していただき撮影」というものです。自分はご飯以外にも、飯盒使って色々料理してるのですが、飯盒オフで料理担当は今んとこ、岡谷曹長殿です。事前の打合せで「たまにはカレー以外のにします?」って聞いてみたのですが、「いや、カレーで」という事だったので、3回連続でカレー決定です。
   飯盒周辺機器のうち、今回の売りは飯盒掛けです。大正期に開発されて歴史の闇に埋もれた飯盒掛けが、なんと21世紀になってメジャーなアウトドア雑誌に紹介される訳です。開発した陸軍一等計手・森悦五郎氏も、さぞかし天国で膝にウサギ抱っこしながら喜ばれる事だと思います。とはいえ、自分個人としては、いささか使い勝手が悪いと感じる飯盒掛けですが、今回は晴れてて地面も締まっていた事もあり、しっかり地面に立てる事が出来ました。
   食材の皮むきを手伝ったあとは、自分の分担である米の準備。米は2合ずつビニール袋にいれ、軍足に入れてあるので、1袋開けるだけです。昔は軍足に直接米を入れたのでしょうが、心悪いのでビニールに入れてるんだって説明しておきました。そのあと、水を2合の線までいれて米を浸水させます。自分の準備はこれで完了。
   問題なのは、熱源がコケネンだけという事。旧軍のレシピがどうとか言う前に、コケネンだけでは汁物を作る際に沸騰とまではいかず、なかなか具材が煮えてくれません。そこで今回は飯はかなり後で火にかけましたが、それでも先に飯の方が出来てしまい、カレーの方がなかなか出来ない。しかも、油粉捏をつくる小麦粉を忘れたって事で、カレー汁しか出来ない事態に。まぁ、それでも取材的にはそれなりに絵になる光景が撮れた様です。

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皆さん、美味しい美味しいって言ってましたけど
自分は大不満!!!
日本軍の縛りがあろうとなかろうと
美味いもの作れて初めて、飯盒の素晴らしさをアピールできるもんです


■猛省を促す
   そんなこんなで、まぁ出来たって事で喫食タイム。もちろん取材の人にも食べて頂いだきました。結果としては、自分としては、決して満足いく出来映えではありませんでした。まぁ、火力の弱いコケネンで、具材を煮るだけのカレーは、食材の歯ごたえ満点の出来映えになってしまうのは仕方ないとして(しかも小麦粉忘れてカレー汁だし)、肝心の飯が、芯飯が煮えた様なパサつく食感で、しかも米を研いでないものだから米臭く、全然美味くない。他のみんなは口揃えて美味い美味いと言ってましたが、岡谷曹長殿以外はリップサービスだった思います。それくらい、出来映えが良くなかったのです。
   自宅では炊飯器なみの出来映えでも、一旦外にでれば、同じ様に出来ないのはこれまでの経験からもよくある事でした。今までは自分らが好き好んでやってただけだったので、それでもまぁ良かったのですが、やっぱり雑誌に載るからには、人前に出して恥ずかしくないものが作れないと。その意味では、自分はまだまだ熟達の域には達してないなぁ、と感じました。
   今回、取材を受けるにあって、あえてインパクトを強くするために、日本兵の格好で臨みましたが、大事な事は、飯盒を如何に上手に使っているか、飯盒が意外にも便利なものであるか、その事を雑誌を通じてアピールする事だと思います。それこそが、飯盒フリークとしての使命だったと思います。そしてそれは、美味い飯を食わせてこそ、初めて説得力を持つもんだと思います。その意味では、今回は上首尾に行かなかったと、あとで猛省しました。
   とはいえ、外で美味く炊くには、やはり経験を積むよりほかありません。料理は万事、センスがものを言います。その感性を磨くのは、経験以外にない訳です。今後の課題としては、屋外で飯を炊く機会を増やして、センスを磨く事だなぁ、と感じました。

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今日の秋ヶ瀬公園は、家族連れのデイキャンパーで一杯
こうやってみると、異様さより地味さが目立ちますね〜〜



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2015年05月30日

   飯盒といえば、空豆形のいわゆる兵式飯盒(日本陸軍のロ号飯盒)をイメージするのですが、あれは兵式というだけあって、下士官兵に支給されていた飯盒で、将校さんは違う形のを使ってました(ちなみに将校は被服から装備にいたるまで、全部自前です)。まぁ、どこの国の軍隊も、兵隊さんと将校は装備が違ってたり、グレードが違ってたりするもんですが、飯盒もその例に漏れなかった、という訳です。

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これは旧型の将校用飯盒。飯盒というより弁当箱です
将校自ら炊爨する事はまずなかったのでしょうが
どうせなら飯が炊ける様にって事で
吊り金がついたのが、今回紹介するタイプです


■概要
   飯盒というのは、もともとは食器からスタートしてまして、それこそ下士官兵用の飯盒も当初はただの弁当箱からスタートしたのですが、将校用ともなるとその度合いはもっとで、形からして弁当箱そのものです。実はその昔、近所の商店街の金物屋で売れ残ってた将校用飯盒を買った時、そこの店主が「こないだ、女の子が弁当箱として買ってった」と言っていたのですが(ほんとかな?)、まぁ、この形をみて飯盒と思えと思う方がちと無理があります。
   上記の写真の様に、旧型の将校用飯盒は、弁当箱そのものだったのですが、今回紹介する新型では、一応は火に掛けて炊爨できる様に改良されたタイプです。まぁ、やるやらんは別にして、出来んより出来た方が良いに違いない、という発想だと思います。
   基本的な構成は兵式飯盒と同じで、掛子(蓋)と中子(中蓋)と本体で構成されています。本体に飯、中子にオカズ、という風に使う為でしょう。兵式飯盒との決定的な違いは、その形もさる事ながら、容量です。兵式飯盒は最大で4合炊けましたが、この将校用飯盒は2合です。主食の分量は、将校も下士官兵も同じ1食2合だったと思うのですが、兵隊さんは2人一組で飯と汁を作る組炊爨が基本だったのに対して、将校さんはそんな縛りがなかったという事でしょう。
   この飯盒のユニークな点は、吊り金が蓋のロックの代わりをしてるという事です。まぁ、火に掛ける時は吊り金を伸ばさなければならいので、炊飯中に蓋を押さえるためでなくて、持ち運び中に蓋が外れたりしない様にするためと、吊り金が邪魔にならない様にする為でしょう。兵式飯盒は背嚢の背中に縛着するので吊り金は別にどうでも良かったのでしょうが、この飯盒は背嚢などのバッグ類にいれて運んだのではないでしょうか。となれば、吊り金だの把っ手だのは、邪魔にならない様になってるに越した事ありません。

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将校用飯盒の複製品
ロ号飯盒と同様、この角形飯盒も
戦後長らく市販品が売られていました

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構成は、本体、中子、掛子の3点セット
飯盒というよりは、やはり弁当箱です

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製造メーカーの刻印
昔買った物もこの刻印でした

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吊り金が蓋のロックを兼ねています
この方式は、戦後、自衛隊の飯盒で採用されます


■ご飯の炊き方
   先ほど、この飯盒の飯の炊ける量は2合と言った訳ですが、ではその2合をどうやって測るのか。兵式飯盒では中子に擦り切り一杯が2合で掛子だと3合だったのですが、将校飯盒で試してみたら、中子すり切り一杯は約290ml、2合には少々足りません。そこで掛子で試してみると、丁度2合でした。蓋類が計量カップの代わりになっているとは思ったのですが、中子はオカズ入れとしての役割しかないようです(あるいは、ダイエットモード用の分量か?)
   この飯盒には水量線が一つだけありますが、一つしかないのは、2合炊きのみの前提であって、1合炊きは想定してない、という事だろうと思います。まぁ、やってやれない事はないでしょうが、浅く広くになるのでやり難そうです。その意味では、同じ2合でも兵式飯盒の方が全然炊き易いイメージです。飯を炊くにあたっては、水入れて米を研ぐ訳ですが、底が浅いだけにそろそろと洗わねばならず、ちょっと面倒くさかったです。

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1つだけついている水量線
炊具として考慮されてる証拠ですw

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掛子にすり切り一杯で2合です

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米を研ぐ時は、あまりガシャガシャやると
米が外に飛び出してしまいます

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水を入れて暫く浸けておくの、他の飯盒と同じです


■使い勝手
   さて、早速飯を炊いてみたのですが、火力自在なガスバーナーであれば、上手に炊けます。ただし、火力の強いガソリンストーブや、火力が一定のアルコールストーブだと、鍋の高さが低く吃水も浅いので吹きこぼれが凄いかもしれません。ガスだとその点は上手い具合に調整できます。
   何にしても、ポータブルストーブを使う分には良いと思ったのですが、もしもこれが焚き火などの直火だと、少々やり難いのではないか、と思いました。というのは、吊り金が短く、必然的につり下げる道具なり機具も低くせざるを得ず、かつ横長の箱ですので、兵式飯盒に比べると見るからに炊き難そうです。その点は、今の自衛隊の戦闘飯盒II型に相通ずるものがあります(戦闘飯盒II型も食器としての用途がメインです)
   食器としての使い勝手は、そもそもそれがメインの作りですから、使い易いです。それこそ、箸でご飯食べるのも苦になりません。実は角形だけに冷蔵庫の中でも納まりがよく、日常的には飯炊く用ではなく、おかず入れとく用に使う事が多いです。
   この将校用飯盒も、結構長い間、兵式飯盒同様に登山具店などで売られてた様ですが、今では完全に廃れてしまいました。思うに、兵式飯盒はライスクッカーとして極めて巧妙かつ精巧に作ってありますが、将校用飯盒は「やれば出来る」程度の炊飯能力ですし、食器兼クッカーとしてなら最近はもっと使い勝手が良い物が沢山ありますので、廃れるのも仕方ないと思います。

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兵式飯盒との比較
大きさは2/3ほどですが、吊り金を伸ばした時の長さがかなり短いです
直火での炊爨がやり難そうです

20150528_231449
ポータブルストーブなら問題ありませんが
横に長いので、熱伝導上、若干不利です

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とはいえ、そこそこしっかり炊けます

20150528_233936
底が浅いだけに、食器としては使い勝手がいいです
もっとも、2合も飯食えませんww



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tanisi_corp at 12:00コメント(0)

2014年10月23日

   自分が飯盒オフで旧日本陸軍の格好をしてるのは、「兵式飯盒を使ってるのに、格好が今様では却っておかしい」という指摘にシンパシーを感じたからで(ここにシンパシーを感じるのがおかしい、というツッコミは禁止w)、今さらサバイバルゲームやリエナクトゲームをやりたいとか、コスプレイベントに参加したいとか、そういうのではありません(全くない、とは言い切りませんがw)。
   なので、戦闘に関する装備は、基本的に必要ないのですが、この種のヘルメットはどうにも欲しくて、結局買ってしまいましたw

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お隣の大陸から届いた九〇式鉄帽
偽装網と鉄帽覆のセットで1万円くらいでした


■買うからには目的
   さて、九〇式鉄帽を取り寄せる事にしたのですが、買うからにはそれなりの理由が要るのが自分の流儀です。単純に欲しかった、だけでは、1万円近いお金を出せないのです。まぁ、欲しかっただけなんですがw
   自分がこの鉄帽に惹かれた理由、というかエピソードなのですが、インパール作戦が失敗して敗走する日本兵が、次々と兵器や装備を捨てていく中で、銃剣と飯盒、そしてこの鉄帽だけは残した、という話しがあります。他の戦線では、鉄帽など真っ先に捨てられてたみたいですが(防弾性能がないので、戦闘間でも被らんかった兵隊も居たみたいです)、ビルマ戦線では持ってた。その訳は、支給されり村々から徴発した籾を、鉄帽の中で搗いて精米する為だったそうです。しかし、その光景は、とても侘しいものだったとか。ともかく、鉄帽がその様な使われ方をするのは、日本軍だけだったと思います。他の軍隊では、鍋釜の代わりに使われたかもしれませんが、日本軍のはその様な使われ方をしませんでした(理由は後述)。
   色々理由を考えたのですが、購入する前は、これくらいしか理由が思い当たりませんでした(爆)。まぁ、いずれどこからか、ビルマ米の籾を手に入れて、搗いてみたいと思いますw

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マックで貰ったマグネットを付けてみたら、見事に吸着しました
綺麗に塗装されてますが、うっかりすると水筒の時みたいに
傷だらけになりそうな予感がします


■まず見た目
   今回もいつもの店に通販したのですが、大体12日くらいで到着しました。箱を受け取った時、まず感じたのは「あれ、それなりに重い?」という事でした。レプリカという事で、なんとなくプラスチック製をイメージしてたのですが、明らかに金属製の重さです。旧日本軍の九〇式鉄帽は、クロムモブリデン鋼製でしたが、まさかそんなもんを使ってると思えないので、鉄製じゃかろうかと思います。
   内装はしっかり革製です。この辺り、日本製だと樹脂製ので誤摩化されてそうですが、中国では樹脂使うよりも、鉄や革使った方が安上がりなのかもしれません。今様の装備よりも、昔の装備のレプリカだと有り難い事です。サイズは大号しかなかったのですが、どうやら仕様書通りに作られている様です。もっとも自分が被ると、顔がデカイせいなのか、カリメロみたいなってしまうのが残念です。
   アゴ紐は、背嚢のタコ足に使われている物と同じものでした。実物の紐がどんな物か判らないので比較のしようがないのですが、個人的にはアゴ紐としては柔らかい材質で、アゴに優しいのでこの紐は好きです。もっとも、後述する兜結びをやる時は、フニャフニャ過ぎて蝶結びがしにくい、という難点があります。

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ピンぼけで恐縮ですが
ライナー部分に「大」とパンチングされています

20141018_205936
サイズはご覧の通り
大体、全幅236mm、全長280mmで作ってありました

20141018_215640
ライナーの裏には、ちゃんとクッション材の麻袋が付いてました
なかなか芸の細かい事ですw


■擬装網と鉄帽覆
   この鉄帽は、鉄帽だけでも売っているのですが、日本軍の鉄帽と言えば、擬装網と鉄帽覆ですので、それもセットで買いました。まぁ、バラで買うよりセットで買った方がお買い得だったからです(バラで買うと121.5USDがセットだと99USD)。
   さて、この擬装網と鉄帽覆ですが、当時の写真を見ても、部隊で揃えて使っている、というのが余り無かった様です。つまり、何にもなし、擬装網だけ、鉄帽覆だけ、擬装網も鉄帽覆もどっちも着けてる、という感じで、各人バラバラの様でした。どういう風に使うかは、各々の判断に任されていた様です。となれば、セットで持っておけば、その時々の気分によって、着けたり外したりできる訳で、その意味からもセットで持っていた方が良いと思いました。もっとも、サバイバルゲームで使う人は、鉄帽を傷つけない為に鉄帽覆を被せて使う人が多い様です。
   ところで、鉄帽覆、すなわちヘルメットカバーは、現在では迷彩柄が入っていたりして、擬装効果や消音効果を求められている物が大半ですが(その代わり、擬装網がほぼ消滅した)、日本軍の鉄帽覆はなんと炎熱で鉄帽が暑くならない用だった様です。となると、寒い季節やジャングルとかでは、鉄帽覆は使わなかったのかもしれません。
   鉄帽覆は使わなくても、擬装網を着けるケースは結構あった様です。無論、葉っぱ付けたりして擬装する為のものですが、この網自体も結構擬装になったらしくて、敵前での軽作業の時など、略帽の上に着けてたりします。ところがこの擬装網、鉄帽に着けるのには、若干難儀しました。というのも、鉄帽に網を引っ掛ける所がないので、後端の紐を引いたら、鉄帽の淵に掛かってた網が外れたりで、なかなか上手く着けれません。慣れだと思うのですが、慣れるまでに練習が必要です。その点、鉄帽覆を着けた状態だと、鉄帽覆に若干網が引っかかってくれるので、着けるのが楽でした。

20141018_210436
擬装網の色なんですが
鉄帽覆を着けた時には良い感じですが
鉄帽多い無しだと、鉄帽の色の方が濃くて、網が目立ちます
まぁ、使っている内に汚れて良い感じになりそうですが


■被り方と兜結び
   さて、この鉄帽の被り方ですが、まず略帽の上から被る事、とされています。略帽無しでも被れますが、ライナーが頭に当たってちょっと痛かったりもします。上から瓦礫や砲弾の破片とか落ちて来た時、出来るだけ頭が痛くならない様に、略帽をクッション代わりに被った様です。兵隊さんの中には、畳んだ手ぬぐいや寄せ書きの日章旗を入れたりする人もあった様ですから、切実な問題だったのでしょう。ちなみに、略帽は前後ろ逆にして被りますが、帽垂れが付いてる時は前向きに被った様です。
   次にアゴ紐の締め方ですが、ベルト式でもバックル式でもなく、いわゆる兜結びにします。具体的な結び方は、こちらを参考にしました。当節ではまずあまりやらないやり方です。ちなみに、五月人形の兜の紐を外したら、元通りに出来なくなったという質問がネットにも良く上がってますので、最初は難しいかもしれません。
   しかし、それ以上に難しかったのが、紐の結び方です。長さの関係で、右アゴの横で紐を蝶結びにするのですが、これが意外にも出来ない。むろん、靴ヒモとかはちゃんと結べるのですが、目が届かず自分向きに結ぶというのは、これが意外に難しいかったのです。そこで、靴ヒモをゆっくり結びながら、蝶結びの手順を確認し、鏡の前で何度もゆっくり練習しました。そうこうしているウチに、どうにか結べる様になってきました。もっと練習すれば、真っ暗闇の中でもアゴ紐を締めれる様になるかもしれません。

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紐はこんな風になってます
ちなみに、紐を胸の前で縛って、背中に下げたりも出来ます

20141016_113527
略帽の上から鉄帽を被ります
その方が頭が痛くなりませんww
この写真を撮った段階では、紐はまだ結べてません

20141023_113610
すったもんだでようやく結べる様になってきましたが
まだまだカチっとした結び方が出来ません



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年10月13日

   自分の足は、中学上がった頃から急激にデカくなって、以来、靴のサイズは悩みの種です。もっとも、普段履く靴に関しては、大きいサイズの靴を扱う店が増えたお陰で、それほど困らなくなりました。それでも趣味系となると、なかなか大きいサイズはなくて、足の入る靴があるかどうかが、その趣味をやれるかどうかの條件になるほどです。
   取りあえず、編上靴の方は、いい加減なものとは言え、レプリカをしつらえたのですが、今回は日本軍が使ったという地下足袋に取り組みました。

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今回取り寄せた、3枚コハゼの地下足袋
コハゼの数が少ないので、履いたり脱いだりが楽です
また、編上靴と同じ様に巻脚絆が巻けます


■軍手と軍足
   地下足袋の話しの前に、まず軍手と軍足の話しです。軍手と軍足は、軍がついている通り、軍隊で使った手袋と靴下の事で、それは戦後も脈々と使われ続けています。しかし、実際、軍隊で使っていた軍手や軍足は、現在ワークショップやホームセンターで売っているものとは、タイプが違う事が分りました。
   何がどう違うのかというと、まず軍手ですが、手首のところの縁取りが色付きでなく、今の物より長めで折り返して縫ってある事。軍足の方は、つま先や踵が黒くなく、そもそも足の形に作られてなく、踵もないただの筒型である、という事でした。そして、このタイプの軍手軍足はホムセンやワークショップには売ってません。軍足に関しては、辛うじてネットで販売している所をみつけましたが、軍手に関しては、作ってはいるかもしれませんが、売ってるところを見つける事が出来ませんでした。結果、ミリタリーショーなどで買った方が手っ取り早かったです(それなりの値段しますが)
   さて、入手した軍手軍足ですが、まぁ、軍手は手首のところが違うだけで、今のと使い勝手や使い心地は全然変わりません。しかし、軍足の方は足の形になっている訳でないので、慣れない内は若干、違和感を感じるうかもしれません。でも、踵がないのがそれほど不便という感じでもありませんでした。
   さて、この軍足は、足に履くだけでなく、他にも用途があります。まず、巻脚絆を巻く時に軍袴の裾を軍足の中にたくし込んでバタつかない様にするのに使います。また、軍足に缶詰や米を入れて持ち運ぶのにも使います(似た様な事を米軍もやってます)。
   この軍足は、足の形になってないだけに、長距離の行軍などでは足の中でずれて、そこから靴擦れやマメが出来た、という話しを良く聞きます(酷いときは、土踏まず以外の足裏全部がマメになったとか)。まぁ、自分らがそこまで歩く事はないと思うのですが、一応、そういう性質を持ってる靴下だという事は覚えておきましょう。

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取り寄せた陸軍仕様の軍手と軍足
レプリカとして作ってる物ではなさそうですが
ちまたでは見かけた事がありません

20140123_102116
軍手の着け心地は、世間様並です
軍足の方は、甲側にシワが寄ってます
履き心地は、それなりに良いです

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米なら6合、牛肉の大和煮缶なら4つ入ります
口を縛って運搬します


■3枚コハゼの地下足袋
   さて、いよいよ地下足袋の話しです。地下足袋は今でも鳶職の人などが使っている訳ですが、当時の日本陸軍でも、上陸戦や湿地帯突破など、足下の怪しい時は編上靴から地下足袋に履き替えて使っていた様です。ついで言うと、上陸戦に使う発動艇を操船する船舶工兵でも地下足袋だったそうですが、それは濡れた甲板では、鋲を打った編上靴では滑って危なかったからの様です。
   では、陸軍ではどんな地下足袋を使っていたかというと、これがコハゼが3枚の足首までしかない物でした。普通、地下足袋というと、底がゴム底でフクラハギの下辺りまである長いのをイメージするのですが、世間一般で使われている物よりも、随分と短い訳です。その代わり、足袋の底は、サイドの部分からゴムがコーティングされて、防水性に高そうに見えます。
   問題は、この陸軍仕様?の地下足袋が、そこらのホムセンやワークショップには売ってないという事。そしてサイズが28cmまでしかない、という事でした。そこで、取りあえずワークショップに言って、丈の長い地下足袋の28cmを履いてみました。すると、布で出来てるせいか、とりあえず足は入る事が分りました。というのも、自分の足は全長は27.5cmしかなくて、甲回りが29cmあります。なのでいつも買う靴は29cmなのですが、足の長さ的には28cmあれば、甲の部分が伸びさえすれば入る訳です。
   では、3枚コハゼの地下足袋が有りさえすれば、どうやら履けそうです。そこで色々探してみたのですが、力王(足袋で有名)と荘快堂(初めて知った)の2社から、旧陸軍のと同じタイプが出てる事が分りました。どちらでも良かったのですが、たまたま28cmの物は荘快堂にしかありませんでしたので、そちらを取り寄せる事にしました。

20140222_111913
手前が陸軍仕様の3枚コハゼの地下足袋
奥のはスパイクタイプのゴムピン地下足袋です

20140222_111606
ゴムピン地下足袋は4枚コハゼでした
サバゲーで使うのなら、ゴムピンタイプの方が良さそうです

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ソールの形状
ゴムピン地下足袋は如何にも今風です
3枚コハゼの方は、陸軍で使っていた物と同じパターンです


■履いてみた感じ
   届いてみた地下足袋を早速履いてみました。足そのものを入れるのは、ワークショップで試着した時と変わらず履く事が出来ました。しかし、問題はコハゼを留める事で、一番下と二番目までは余裕で停まるのですが、一番上がキツくて留らない事があります。毎回留らない訳でなく、日によって足が浮腫んだり細かったりで、留ったり留らなかったりします。留らない時は仕方ないので、外したままにしてます。
   履いてみた感じは、思っていた以上に履き心地の良い物でした。何と言いますか、スゴく足にフィットします。ブーツの様な守られてる感はあまりありませんが、地面に食いつく感じ、ダイレクトに足に路面の状態が伝わる感じが、とても良いです。なるほど、上陸戦や湿地帯突破などで使いたくなるのも分ります。
   試しに外も歩いてみましたが、とても歩き易いです。地下足袋で登山とか沢登りをやる人がいるそうですが、滑りにくい事、足にフィットする事、路面の状態が分り易い事、などなどを踏まえて考えれば、戦争や工事以外にも使い道があるのはうなずけます。

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取りあえず、歩いてみました
思いの外、履き心地が良かったです
片足、思いっきり雪にハマってますがw


■軍足の謎
   ところで、この地下足袋を履く時に、軍足は履くのかどうなのか。色々調べてみたのですが、それについて言及してるサイトを見つける事が出来ませんでした。足袋というのは、言って見れば和装の靴下な訳ですから、靴下履く前に靴下履くのも変な話しです。また、個人的には軍足履いたら、その分足が太くなってコハゼが留めにくくなるので、出来れば素足で履きたい所です。
   そんな折り、夏の帰省の時に、親父と爺様(元工兵曹長だか准尉)の話しになりました。爺様は復員後、工兵の腕前を活かして大工になった人ですが、戦後間もなくの間は、仕事の時に巻脚絆や地下足袋を使ってたそうで、軍足も今風の物でなく、踵のない寸胴のものを使っていたとの事。そして、地下足袋を履く前に、軍足の先に親指の股を作ってから履いていた、との事でした。実際に戦争に行ってた人の仕草を間近で見てた人の弁ですから、信じて良かろうと思います。
   その軍足の履き方ですが、つま先までパッツンパッツンに履いてしまったのでは、指の股が作りにくいですし、無理に作っても地下足袋を履く時に伸びてしまって、指が入らなくなってしまいます。むしろ、軍足の先は余裕を持たせておいて、地下足袋履いた時に勝手に指が割れる様にしておいた方が履き易かったです。

20140927_132606
つま先に余裕を持たせて、股を作っておいて
いい感じに履くのが正解の様です

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地下足袋は背嚢のサイドに括り付けます
しかし、円匙との重量バランスが悪そうです
恐らく、精神力でカバーしたんでしょうねぇ、、



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年08月09日

   2014年2月の第1回飯盒オフの際に「日本軍が開発した兵式飯盒を使うのに、日本兵の格好をしてないのは矛盾してないか」というtoyofusaさんの問題提起を受けて、次回飯盒オフでは是非とも日本陸軍の格好でやる事にしよう!という事になりました。ちなみに、もともとサバゲー時代には、toyofusaさんはドイツの武装親衛隊、自分はアメリカ海兵隊の格好でしたので、同じミリタリーの世界であっても、日本軍は結構縁遠いスタイルだったのです。
   ともあれ、歩兵銃や帯剣といった兵器関係は、飯盒で飯作るのに必要ないのでオミット。飯炊きとキャンプが出来る程度の装備に限って収集する事にしました。被服や装具は、今は隣の大陸で安く、またサイズのデカイのもあるので助かりますが、靴だけはすんごいちゃっちいイミテーションしかなくて、行軍にかなり不安があります。
   まぁ、何にしても、まずは衆目に慣れる意味も込めて、秋ヶ瀬公園で野戦炊事をやる事になりました。

20140809_115210
本日持参の装備一式
小円匙と地下足袋は使用しませんでしたw
あと、ウールの略帽はこの時期、頭が逆上せますw


■飯盒掛の作成
   さて、日本軍飯盒オフをやるにあたって、使用する熱源についてあれこれ考えた訳ですが、当時一般的であった焚き火は、そうそうアチコチで出来るものではありません。なので、太平洋戦争時には支給されていた携帯燃料(缶入り固形燃料)を使用する事にしました。といっても、当時のものと全く同じ物ってのはありませんので、ニチネンのトップ250g缶に、当時のラベルをコピーしたラベルを貼付けて誤摩化す事にしました。
   ところで、当時は地面に穴を掘って携帯燃料を置き、それで飯を炊いた様ですが、今の缶入り固形燃料には大抵はゴトクが付いています。まー、そんな物を使ったら再現性がないのですが、地面に穴を掘るのもどうなんよ?みたいなところもあります。
   そんな折り、資料魔のtoyofusaさんが、「飯盒掛」(はんごうかけ、と読む)なるアイテムを探してきました。この飯盒掛、シベリア出兵時に採用された物らしくて、直径約7mm、長さ約420mmのアルミ棒を鎖で繋いで、三角錐の形に地面にセットし、飯盒を3つ下げて飯を炊くというもの。極寒零下のシベリアで、地面に穴を掘れない時に使うアイテムの様ですが、その斬新なフォルムに惚れ込んで、早速作成する事にしました。
   実は、アルミ棒というのは、ホームセンターなどでは6mmまでしなくて、7mmのはありません。ネットで調べて、わざわざ富山の資材屋さんから送って貰いました。地面に突き立てる為に、先を尖らせねばなりませんが、それはバイク屋さんでグラインダーでやって貰いました。

20140809_100638
これが飯盒掛
文字通り、飯盒を掛けてます
これ、日本軍マニアの人でも知らない人多いんじゃないかな?

20140809_100416
ところが、地面がユルくて、転覆しましたw
こういう地面では、石か何か敷いた方が良さげですw


■携帯天幕の設営
   今回の飯盒オフでは、来るべき日本軍野営プレイに備えて、テントたる携帯天幕の設営もやってみました。携帯天幕とは、防水帆布で出来た150cm四方の布で、分離式のポールとペグ(本来は木製だけど、金属製のを使った)がセットされています。自分一人でも使えますが、何枚かの天幕を組み合わせて幕舎を設営する事も出来ます。しかしまぁ、せっかく二人居るので、2枚連結して山形にしてみました。問題は、天幕同士を連結する要領がウル覚えでよく判らず、適当にヒモを蝶結びにしてしまったので、屋根の部分がきっちり作れませんでした。要研究です。
   さて、立ててみた訳ですが、とりあえず立てる手間は兵隊二人いたら、そんなに手間ではありませんでした。意外にちゃっちゃと立てれます。しかし、なにせ150cm四方の布2枚です。兵隊二人が横になって寝るにしても、頭か足が出ます。仮に中で座るにしても、天井が低くてかなり圧迫感があります。現代的感覚でいうと、これで寝泊まりするのかよ、、、って所です。
   もっとも、もっと大きな布だと重くなって携帯に難が出ますし、設営にも支障が出るのでしょう。当時の日本人は今よりも小柄でしたし、むしろこの位の大きさでも問題なかったのかもしれません。何にしても、機能はともかく、見た目は何となく軍隊チックで格好良く感じましたw

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人と比べると、かなり小さいテントです
しかも、虫とか入り放題
それで居て、中は結構暑いですww

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陸軍仕様の軍足に米を入れます
都合6合入りますが、これが1日分の兵隊の主食の定量です
四角いのは、鹵獲品wのスパム缶です

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水は、この水筒の1リットルしかありません
米を研がず飯を炊くのに、半分くらい使いました


■とりあえずやってみた
   さて、早速、野戦炊事スタートです。今回は自分が飯(毎度飯なんですがw)、toyofusaさんが陸軍カレーを担当です。陸軍では野戦炊事では、2人1組になって、一人が飯、一人が汁を作る事になっていました。奇しくも今回は、その組炊爨をやる事になった訳です。
   飯の方は、単にコメ入れて水入れるだけです。コメは、本来は1食2合ですので、2人分で4合使わねばなりませんが、40過ぎのロートルの自分らにそんな食える胃袋のキャパはありませんので、2合にしました。水が豊富にあるなら、米を研ぐところなのですが、1リットルの水筒の水だけしかありませんので、米は研ぎませんでした。
   陸軍カレーの方は、toyofusaさんが当時のレシピを色々調べて、カレーが軍に採用された当時のを再現する事になりました。つまり、C&Sのカレー粉を使い、小麦粉をラードで溶いてルウ(油粉捏)を作る、あのやり方です。まずはジャガイモやタマネギ、人参を切るところからスタートですが、当時の兵隊も使っていた肥後の守で食材を切りました。ところがこのナイフ、ビクトリーノックスとかのアーミーナイフなんかよりも、遥かに切れ味が良くて、食材切るのに向いている事が判りました。そういや、鉛筆だって肥後の守の方が上手に削れたもんです。
   食材の準備が出来たところで、飯盒掛に飯盒を掛けて、炊事開始。本来は3つ掛けますが、今回は2つです。まず、toyofusaさんが作成した方でやってみました。ところが、ものの数分もしないうちに、飯盒掛がずり落ちて、危うく飯盒がひっくり返りそうになりました。何でも、7mmのアルミ棒がないので6mmで作り、厚みが足りないのはアルミテープで太くしたとの事。ところが、コケネン2個の熱に煽られてテープの糊が溶けてしまい、ずれて倒れた様です。
   そこで、今度は自分が作った7mmのものを投入。流石に熱で溶けたりずれたり、という事はないのですが、今度は地面に棒が刺さっていて、ずっこける事に。この飯盒掛、もとは凍土の上で使うのを前提なの、柔らかい地面では棒が潜ってしまうようです。
   まぁ、そんなこんながあったのですが、結果としては飯も上手に炊け、カレーも美味く作れました。実は当時のレシピではカレー粉はもっと少ないそうで、それじゃ小麦粉とラードの味しかしないから、カレー粉は増量したとの事。つまり、カレー粉があれば、大抵は食える物になるという事がよく判りました。

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肥後の守で具材切ってます
これが予想外によく仕事してくれました!

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ご飯が炊けたら、飯盒をひっくり返します
底をガンガン叩くのは間違いです
せいぜい、ポンポンしてご飯を下に落とす程度です

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野菜は炒めず煮込み、煮えたらルウを投下します
ちなみに、灰汁は一切取ってませんでしたw

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はい、出来上がり
toyofusaさんは真面目にアルミの食器で
自分は面倒なんで飯盒からダイレクトにw

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食後にサイダーww
今でも駄菓子屋で売ってる錠剤のサイダーですが
古くは明治時代からありました


■次なる課題
   今回も、飯を作るイベントとしては、美味しい物が出来て成功でした。飯盒掛も、初めて使ったのでそれなりに勝手が判らない所もあったのですが、80年ほど前に開発されたものとしては、今でもそれなり通用するフォルムで、非常に興味深いものがありました。もし可能なら、焚き火で使ってみたいものです。
   さて、今回様々に課題を感じたのは、むしろ飯盒以外の事でした。まず、先に出て来た携帯天幕。これはキャンプの時の主要装備になるのですが、これの使い勝手は今だよく判りません。おそらく、toyofusaさんが資料を色々漁っていると思うので、次回オフには色々やれそうです。
   次に、寝具たる毛布。これは実はヤフオクで当時の物を買ったのですが、薄っぺらい古カーペットみたいなもので、とてもじゃないが実用に耐えません。またマニア的見地から言えば、もったいなくて使えません。似た様な色の軍用毛布を探しています。もっとも、その毛布を直に地面に敷いて寝るのも、実はちょっと抵抗あるのですが(洗濯が大変)……。
   それ以上に今回問題に感じたのは、巻脚絆でした。いわゆるゲートルですが、巻くのは面倒なものの、キッチリ巻けば意外に気持ち良くて具合がいいのですが、歩いた訳でもないのに、地面に座ってるだけで緩んで来てしましました。しかも、本来なら緩みにくい戦闘巻きをやっていてです(この他に、演習巻きというのがある)。
   飯盒オフのあとに、公園内でクワガタ探索をやったのですが、この時も巻脚絆が緩みまくりで、何度も巻き直さねばなりませんでした。これでは行軍にかなり支障を来しますので、次回は展覧山を上り下りする間に緩まないのを目指して、要研究という事になりました。

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巻脚絆を巻くtoyofusaさん
慣れてないせいか、かなりラフな巻き方ですw


20140809_121007
で、いい加減に巻くと、直ぐ緩んで解けます
これでは行軍に支障を来します(昔なら古兵殿にぶん殴られた)
緩まない巻き方を要研究です



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tanisi_corp at 20:00コメント(6)

2014年04月23日

   これまで、キャンプや山登りに使ってきたバックパックは、一番古いもので米軍のフレームザックタイプのアリスパック、その後はインターナルフレームタイプのバックパック、最近はフレームの入ってないアサルトパックを使っているのですが、いずれにしても素材が化繊の今風の背嚢である事には代わりありません。特徴としては、装備は基本的にはバックパックの中にパッキングして使う、という事です。(その割には、MOLLEウェビングにこだわりますがw)
   今回調達した、旧日本陸軍の九九式背嚢は、こうした近代的なバックパックが生まれる遥か昔に使われていたもので、形も使い方も今のとは全く別、あるいは逆の、実にヒストリカルなバックパックなのです。

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この種の軍装の多くは、最近は中国で作られています
実物と比較してないので分かりませんが
まぁ、値段相応の出来映えの様です


■外見的特徴
   九九式背嚢は、皇紀2599年、つまり西暦1939年、昭和14年に採用された背嚢で、それまで使われていた背嚢が革を多用した木枠入りの物だったのに対して、こちらは全部布製です。その頃の日本は、中国と戦争やってて、しかもいつ終わるか判らんの状態になってて、この手の装備もコストダウン&生産性向上の物に次第に置き換わって行く頃でした。
   歴史の講釈は置いておいて、この背嚢はタコ足背嚢とも呼ばれる訳ですが、その名の通り、背嚢の周囲に紐が大量に出ています。一見するに、どの紐がどう使われるのか判りかねる状態ですが、とりあえず使い方は日本軍マニア諸兄のサイトを参考に勉強する事にしました。
   先にも述べましたが、バックパックというと、基本的には装備は全部パッキングして、外側には出さないという頭があるのですが、昔の背嚢はむしろ逆で、主要装備は外側に付けるのが基本でした。つまり、毛布や外套、携帯天幕、飯盒といった装備は、全部外側に付けます。先ほど言っていたタコ足の紐は、これらの装備を縛着する為の物です。九九式以前の背嚢では、専用の革のストラップを使っていたのですが、九九式では予め紐が付いているので、ストラップを通したり外したりする手間がない、という訳です。今回調達したのは、中国製のレプリカなので紐は全部付いていますが、戦地から持ち帰られたもので、戦後も使われたものは、紐が無かったりするのもあります。まぁ、日常生活では紐は邪魔ですから、切り落として使ったんでしょうね。
   背嚢の布地の材質は、帆布っぽい布地です。ものの性質から、一応は防水なんだとは思いますが、レプリカだけにそこらは辺はどうなのか判りません。まぁ、いっぺん水ぶっかけて試しても良いんですが、雨の日を選んでキャンプしに行くつもりはないので、そこまでしなくても良いかな、とも思ってますw

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ヒモを展開した状態。確かにタコ足に見えますね
まぁ、足は8本以上ありますがw


■装備の縛着
   背嚢の外側に付ける装備としては、次の物があります。外套もしくは毛布、携帯天幕、飯盒、小円匙、地下足袋、鉄帽。この他にも、任務や作戦行程によって、持つものに変化があった様ですが、基本的に共通しているのは、これらの装備です。ちなみに、外套は寒冷地、毛布は南方という風に、行き先や季節によっても装備が変わった様です。
   まず、背嚢本体を何か入れて膨らませます。これ以前の背嚢では木枠が入っていたので、中身が無くてもとりあえずは形になっていたのですが、九九式背嚢では何か入れないとペタンコのままですし、それでは周りに装備を付ける事が出来ません。もちろん、本来は背嚢本体にも入れるものが決まっていたはずですが、その事については後述したいと思います。
   まず、毛布を畳みます。毛布の畳み方は、実はあまりよく判らないらしくて、自分はこちらのサイトを参考にしました。やってみて一つ判った事は、広い地面がないとやりにくい事、掃除する前にやると猫の毛や埃が一杯つく事、巻き方がいい加減だとキッチリ背嚢の周りに納められない事(飛び出たりする)、という事でした。畳んだ毛布は馬蹄型にして、背嚢の左右と上部の紐で縛り付けます。
   携帯天幕は、支柱が抜け落ちない様に、毛布を背嚢に付けた幅に畳んで、背嚢の上部の毛布の上に縛着します。
   飯盒は、背嚢本体の中央についてる横の紐と、上下の縦紐で縛り付けます。いずれもちょっと長めですが、これは飯盒の上に鉄帽を被せて、一緒に縛着する為だと思います。まぁ、戦争に行く訳ではないので、鉄帽まで持って行きませんが、サバゲー時代でもキャスト製のヘルメット被ってた自分としては、心動かされるアイテムです。
   小円匙は背嚢の左側、毛布を縛り付けてる紐を活用して縛着します。下の紐は円匙のカバーのループに通し、上の紐は柄の上で縛ります。まぁ、キャンプにショベルが要るのか?という疑問はあるのですが、野糞や焚き火の穴を掘る可能性もあるので、一応装備する事にしました。ちなみに、小円匙を右側に付けてる写真もあるので、野戦では好きな側に付けてた可能性があります。
   地下足袋は、上陸戦や湿地帯突破とか、そういう時に使われていたそうで、そうでない時は装備しなかった可能性も大です。ちなみに、この地下足袋は、いわゆる鳶職の人が使う長いやつでなくて、こはぜが3〜4枚の足首の短いタイプです。実用地下足袋とかいった名称で売られてますが、ワークマンなどでは売ってないのでネットで調達しました。

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毛布の巻き方が悪いと、こんな風に下が余ります
毛布の巻き方も色々ある様ですが
正しいやり方がイマイチ分かりません

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鉄帽以外の装備を縛着した状態
重たい円匙を右左どちらかに付けるので
左右のバランスが悪いです

20140317_234956
背面はこんな感じです
今風のバックパックは縦長になりますが
この頃のは横長になるスタイルですね


■担いでみた感じ
   とりあえず、ここまで付けた時点で背負ってみました。肩のストラップはやはり帆布っぽい布なのですが、肩に当たる部分は多少幅を広くしてあるだけで、ただのペラペラの布地です。今風のバックパックの様にクッションが入ってたりしません。重い物を担いだら、もれなく身体に食い込む仕様です。
   肩のストラップは比較的長めに作ってあります。これは冬季被服で着膨れしてても大丈夫な様にでしょう。肩に当たるストラップの下端に金属の輪っかを重ねた器具があり、そこに背嚢の下から生えたストラップが通っています。そのストラップを引っ張れば身体にフィットする長さに絞る事が出来ます。
   背負ってみて感じたのは、荷物が軽い今は良いけど、重くなったらやっぱり肩に食い込んでしんどいだろうな、という事でした。昔の兵隊さんはどう対策してたのか興味のあるところです。また、左側に小円匙が付いているので、左右の重量バランスが悪く、長時間担いでいたら無駄に疲れそうです。同時代の米軍の背嚢では、スコップは背嚢のセンターに付いていますから、はやり右か左かどっちかに円匙を付けるのは、人間工学的に問題があるなーと感じました。

20140331_003650
担いだ時に肩ストラップを調整するのは、赤のヒモを引きます
逆に下ろす時にリリースするのは、青のヒモを引きます
この辺りの構造は今のと変わりません


■背嚢の中身
   外側に付ける物は、写真を見れば一発で判るのですが、問題は見えない中身。ドイツ軍の背嚢などは、結構詳細が判るのですが、日本軍の背嚢の中身は、入組品の一覧はあるのですが具体的にどの様にパッキングしたかまでは、写真もイラストもなくて判りませんでした。一応、背嚢にパッキングするのは、襦袢袴下1着、軍足2本、手入れ具(恐らく兵器の)、携帯口糧2日分、という事らしいです。
   その携帯口糧というのは、今風に言えばレーションという事になるのですが、規定では精米6合、乾パン3袋(薬675g)、肉の缶詰1個(150g)、塩24gという風になってた様です。その他に、粉末の醤油や味噌、圧搾口糧と行ったものもありました。基本としては2日分を持った様ですが、作戦によっては6日分とか持った様です。それはともかく、実際にキャンプに行く時に、米や乾パンばっか食う訳にも行きませんし、1日6合も飯を食えませんので、この辺りは参考程度にしておいて、実際的なパッキングの仕方を考える事になりました。
   まず、背嚢の中に仕切りが設けられている事に着目しました。仕切りは背嚢のセンターに設けられている訳でなく、背中側に一枚布を当てた様な格好です。恐らく、その部分に下着などを入れて、背嚢の中身がダイレクトに背中に当たらない様にしたに違いありません。
   あとは、米だの野菜だの缶詰だのを、出来る限りグチャグチャにならない様に詰めて行くだけです。ちなみに、規定通りに米6合と乾パン3食も入れていましたが、意外にもまだ物が入る様な感じでした。九九式背嚢は木枠がなく、物が目一杯入ってないと四角い形にならず、そうなると毛布なども縛着しにくい、という特徴があります。なので、1泊くらいのキャンプだったら、思いのほか食材が持って行けそうな感じです。(なんたって、雑嚢もありますので、収納スペースには余裕がある訳です)

20140331_002703
背中に当たる部分に下着等を入れると思います
そうする事で、少しは背中に当たる負担を抑えられます

20140331_002730
とりあえず、2日分の携帯口糧を用意してみました
軍足の中に米を入れてます

20140331_002843
意外にも、携帯口糧だけだと余裕がある様です
まぁ、他にも入れたんでしょうがw

20140331_003146
物が入ってない事には、背嚢の形にならないのが欠点です
もっとも、大戦中盤以降は、背負い袋が主流になったそうです


■その他の工夫
   外側に巻く装備の内、携帯天幕は中田商店のレプリカを手に入れる事が出来ました。ただし、ポールは東独軍のツェルトのが2本しか付いておらず、仕様に近づけるには3本必要でしたので、別に東独軍のツェルトを買いました(トランポの日除けに使用)。
   毛布は、なんとヤフオクで昭和17年の検定印が付いたのを落札しました。どうみても薄い古カーペットにしか見えない毛布で、埃臭く実際に埃っぽかったのですが、はたいて埃で出来るだけ飛ばし、天日干ししまくって臭いを飛ばしました。出来れば洗濯したいところですが、なにせ実家の親父が生まれる1年前の製品だけに、うっかり洗濯してボロボロになったので目も当てられないので、干すだけに止めました。
   この毛布と携帯天幕だけで昔の兵隊さんは露営した訳ですが、さすがにこれじゃキツいという事で、サーマレスト使おうという事なりました。ただ、あの赤いのを背嚢にくくり付ける訳にもいかないので、古いシーツを使ってそれっぽい袋を作りました。まぁ、軍制式のものでは当然ないですが、この手の袋は野戦で兵隊がこさえて使っててもおかしくないと思いますし、それっぽい感じで作りました。
   ちなみに、このサーマレストは畳めばいい感じに背嚢にぴったり納まりますので、キャンプの翌日、あらかた食材がなくなった状態なら、畳んで背嚢に詰めて持って帰る事も可能です。そこで、古いシーツを使ってそれっぽい袋を作りました。如何にも兵隊が野戦で作りました的な出来映えにするため、荒めにざっくり縫いましたが、色合いといい(使用感ありまくりのベージュ色)、それっぽくなりました。
   野営のあと、背嚢の中身を消費したら、サーマレストは畳んで中に入れれます。袋もペラペラですので収納可です。

20140410_131829
猫が書いてかぎ裂きになってたりしますが
それが如何にも野戦で拾った布で作ってます的な感じですw

20140411_010116
もちろん、軍の正規の装備ではないですが
野戦では色々各自工夫してやってたみたいなので
これもOKでしょう!



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tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年03月12日

   先月、東京では数十年ぶりの大雪が降ったのですが、雪かきする道具はマンションに掃除に来るおばちゃんが使ってるちり取りしかありませんでした。これまでの雪はちり取りでも何とかなってきたのですが、そんなモンではまったくラチが開かないのはやってみて直ぐに分かりました。そこで急遽、近所の駄菓子屋のおばちゃんからスコップ借りてきて作業をしたのですが、この種の作業や防災用も兼ねて、円匙の一丁もあった方がいいな、と思いました。

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数十年ぶりというくらいですから、積もり方が半端なかったです
左に写ってるのが、駄菓子屋から借りてきたスコップ


■九八式小円匙
   順当にいけば、ホームセンターに行って工事用のスコップを買ってくれば良いのですが(しかも、雪かき用なら平スコップの方が便利)、そんなデカイもんウチに置く余裕はありませんし、ただのスコップではイマイチ食指が動かないものです。そんな時に、御徒町の中田商店に小円匙が入ってるという情報を耳にしたのを幸いに、善は急げと買ってきました。というのも、日本軍の小円匙は人気があるらしくて、入荷したら直ぐ無くなるらしいからです。
   自分が行った時には、在庫がゴロゴロあったのですが、店員のにーちゃんから「旧型にしますか?それとも新型で?」と訊かれた時は、一瞬迷いました。自分が今揃えてる軍装的には、どっちが良いのか?旧型の方が大戦末期までカバー出来そうだけど、今注文してる九九式背嚢に旧型の円匙は似合わないぞ? とまぁ、マニアな事で迷っていたのですが、旧型より一回り大きいという事で、新型にしました。
 
20140308_150721


■特徴
   ウチに帰って包装のプチプチを剥がした時、まず感じたのはブレードがかなり大きい、という事でした。かつ柄を着けると長さも相当なものです。昔所有していた米軍のエントレンチングツールと比べると、二周りくらい大きいイメージです。重さも、米軍の現用の物が1.2kgなのに対して、九八式小円匙は1.6kgと重めです。
   この小円匙のもう一つの特徴は、ブレードと柄が分離する点です。大体軍隊で使われる携帯用のスコップは、小振りでブレードと柄が一体型か、ブレードを折り畳む事で小型化を実現しているのですが、ブレードと柄が分離するのはあまり聞きません。まぁ、工事用のスコップだって、ブレードと柄はビス止めされているだけなので、分離する訳ですが、ともかく携帯用のスコップの形態としては特異な部類に入ると思います。
   もちろん、スコップと柄をくっつけただけでは、いくらキツく差し込んでも何かの拍子に外れる可能性がある訳で、それを防止するために、ブレードと柄は麻縄で結わえ付ける様になっています。麻縄は6mmの物で長さは約60cm。ブレードと柄の穴に通して、先端を団子結びにします。自分は柄を差し込んで6回転したらキツく絞まる様に調整しました。
   麻縄をつけてみて感じたのは、実にジャパネスクなフォルムになるという事。ちなみに、麻縄は水に濡れると引き締まる性質をもっていますし、こうやってクルクルと柄に巻き付ける事で、作業する時の滑り止めにもなる様です。買った時には気がつきませんでしたが、実際に使える状態にしてみると、先人の知恵を感じられるアイテムでした。


20140308_164626
中田商店製の九八式小円匙
ブレード、柄、カバーのセットで麻縄は自分で買ってくれとの事
柄の先端の形状がちょっとアヤシイんだけど
まぁ、目をつぶりましょう

20140309_200407
6mmで約600mmくらいの麻縄を付けます
先端は団子結びです
端っこを短く団子結びにするのは難しいので
一旦団子結びにして、要らん方をカットした方が楽です

20140309_200354
ブレードに柄を軽くさし込んで
麻縄をクルクルと巻く様に回して行きます

20140308_180610
最後、ギュギュッと絞まる様にブレードに柄をねじ込みます
外す時は逆に回せば良いのですが
使ってる時にうっかり柄が取れたりしないのが凄いです
麻縄も滑り止め代わりになるアイデアものですw


■収納の仕方
   さて、この小円匙は布製のカバーに収納するのですが、実は最初、収納の仕方が分かりませんでした。カバーの表面が左右に分かれる様になっていて、収納する時にビロビロにならない様に上下に付いてる紐を結ぶって事は分かったのですが、円匙のブレードは上から幾らでも出たり入ったりする訳で、、、
   で、いろいろ調べてみたら、上の紐はブレードに柄を差し込む首の所に巻き付けて結ぶ、という事が分かりました。まぁ、ちょっと考えたら分かりそうなモンですが、モダンな米軍装備に慣れ親しんだ昭和元禄生まれの頭では、なかなかピンと来ませんでした。しかし、こうやって結んでおけば、結び方が悪くない限りカバーとブレードが生き別れになる心配はありません。もっとも、下に付いてる紐は、別に無くても良いんじゃないかと思うのですが、ここにも先人の知恵があるのかもしれませんから、今後、鋭意調査していきます。
   このカバーの背面には、円匙を背嚢に縛着する用と柄を差し込む用のループが設けられています。背嚢に縛着して運ぶ時は、ブレードと柄を分離して収納する訳です。そこで気になったのが、ブレードと柄を結わえてる麻縄の処理。いろいろ調べたのですが、どうしろと書いてる資料が見つかりませんでした。そこで、柄とブレードの首をクルクルと巻いて、いい感じにブラブラしない様にしました。正解かどうか分かりませんが、おそらく似た様な事を昔の兵隊もやっていた様に感じます。

20140308_181025
カバーの上の紐を、ブレードの首に巻き付ける様に結びます
これでカバーが外れる事はまずありません

20140308_181009
柄はカバーの裏のスロープに差し込みますが
その前にブレードの首と柄をクルクルと麻縄で巻きました
正規のやり方か分かりませんが、柄がブラブラしません


■新型がデカイ訳
   ところで、中田商店のにーちゃんから「旧型か新型か」と訊かれた様に、新型の九八式小円匙が採用される前から小円匙があったのですが、そちらはこの九八式に比べると一回り小さいブレードです。どちらかかというと、そちらの方がドイツ軍や米軍の携帯スコップに近い大きさをしています。ではなんで昭和13年(皇紀2598年)に小円匙が更新されたのか?
   九八式小円匙のブレードの中央には、小さい穴が2つ開いているのですが、なんとこれは目の間隔にぴったりです。つまり、この小円匙は、塹壕の淵から顔出して敵情を見れる様に作ってあるという訳です。ちなみに、ブレード部は厚み3mmの防弾鋼材との事。
   しかし、お面の様に使うにしても、ブレード部が小さくて顔がはみ出てたら、敵の弾に当たらんとも限らん訳で、顔の大きさに合わせてブレードを大きくしたみたいです。この種の携帯スコップを白兵戦の武器として使ったって話はよく聞きますが、防弾装備にしたのは日本軍くらいなもんじゃないでしょうか。ちなみに、旧型の小円匙ではブレードの先が丸いですが、九八式小円匙は尖っています。要するに、白兵戦の時は突き刺してやっつけれる工夫がされてる訳です。
   まぁ、何にせよ、雪かきとか防災用としては、防弾お面として使う事もありませんし、もちろん白兵戦やったりする訳でもないので、この辺りの機能はあってもあまり意味がないのですがw それ以前にレプリカですので、防弾鋼材かどうかもアヤシイので、普通にスコップとして使いますw

20140309_200422
ブレード部の中央に開いている小さい穴
日本人の平均的な目の間隔に開けてある様です

20140309_200521
こうやって手で持って使ったのか
それとも塹壕の淵に突き刺して使ったのか
これも先人の知恵ですねw



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