軍装

2015年06月09日

   一昔前は、キャンプといえば飯盒でしたし、また飯盒くらいしかご飯炊けるアウトドア用の鍋もなかったのですが、今では専用のライスクッカーなどもありますし、飯盒はあまり使われなくなっている様です。しかし、その割には廃れてる事なく飯盒が売られているのは、根強い人気があるのではなく、キャンプ=飯盒といったステレオタイプなイメージの強さからではないか、と思います。
   しかし、その飯盒はキャンプでしか使えないものなのか、といえば、決してそんな事はなく、自分などは好き好んで飯盒を日用品として愛用しています。むしろ、キャンプ用、非常用と固定観念で捉えず、日常的に使う事で、それらの状況でも上手に使えるんじゃないか、と思う次第です。(→飯盒の考察

20150609_111330
手元に残る飯盒使用の最古の写真
4合炊きの兵式飯盒でなく、3合炊きの物を使っている
1990年代半ば頃まで、様々な飯盒が売られてました


■飯盒という言葉の意味
   飯盒という言葉を辞書で調べると、大抵の場合は「底が深くてふたのある、携帯用の炊飯具。主にアルミニウム製。軍隊用に作られたが、現在、登山・キャンプ などに使用」といった事が書いてあります。大半の人の認識もその様なもので、飯盒=ご飯炊く=キャンプ、という図式で認識しています。しかし、飯盒という 言葉自体に炊具としての意味はありません。飯はともかく、盒という字はあまり聞き慣れない文字ですが、意味は「蓋つきの容器」です。飯盒以外に、香を入れる「香盒」といった言葉に使われています。つまり、飯盒とは、「ご飯を入れる蓋つきの容器」という意味です。
   飯盒の元になったのは、ヨーロッパの軍隊で使われていたMess tinですが、messはもとは古期フランス語で「食卓に(乱雑に)置かれた食べ物」、tinはブリキ製の缶、つまり「食べ物を入れる缶」という意味です。 ヨーロッパの軍隊においても、メスティンで炊事をするという発想がなかったのです。
   日本で炊爨可能な飯盒が開発されたのは、明治31年の事だそうですが、それ以前の飯盒は炊爨不可のものでした。それじゃ不便だったのか、飯も炊けた方が便利なのにと思ったのか、ともかくメスティン=飯盒で飯を炊くという発想で今様の飯盒を開発したのは、日本の発案だった様です。その後、昭和14年にロ号飯盒にモデルチェンジして、それが今の兵式飯盒となって残りました。
   この項のまとめとしては、飯盒は元々は食器であった事、それを炊爨可能にしたのは日本陸軍であった事、それでもたまにしか飯盒炊爨はやらなかったらしいのだけど、先の大戦でやたら使う機会が増えて、そのまま戦後、日本のアウトドア界に常識的ステレオタイプ的に定着した、という事です。

20140317_132320
日本の飯盒の装備のされ方
最近、ベルト通しの金具が省略されてるタイプがありますが
それがないと、こんな感じで背嚢に付けられません


■非常時が常時に
   飯盒は軍隊が開発したものであるから、兵隊は自分で飯盒で飯を炊いた、という認識をしていたのですが、よくよく資料を調べてみると、平時にあっては聯隊の炊事から飯上げして食器に食事を盛ってましたし、日常的な演習時には飯盒に飯とオカズを詰めて弁当とする、という具合で、普段から飯盒炊爨していた訳では 無い様です。一応は炊爨の教育や演習はやった様ですが、それは大きな演習に限られていた様です。
   では戦時においてはどうだったかというと、可能な限り大隊単位で合同炊飯を行って前線へ温熱給食し、いよいよ会戦となると各自で飯盒炊爨したようです。 そして、ドンパチ始まったら、もう飯どころでなくなったー、みたいな感じの様でした。つまり、飯盒を使って飯を作るというのは、戦時の極めて限られたシーンだけだった、という訳です。もっとも、これは記録に残る範囲の話しで、日常的には様々な活用をしていた事は想像に難くありません。
   そんな限られた用法の飯盒が、戦後日本のキャンプ用品の定番となったのは、先の大戦で兵站がメチャクチャになって、イヤでも飯盒使って銘々炊事をせねばならなかった事や、戦後の物不足で戦地から持ち帰った飯盒が炊事用具で活躍した、みたいな背景があったからではないかと思います。つまり、必要に迫られて、 止むに止まらず、使うハメになった結果、飯盒の使い勝手に慣れて、生活に、そしてアウトドアに普及していった、という様な感じです。
   自分にしてからが、最初から生活用品として飯盒を使ってましたし、しかもそれはまさに「必要に迫れて」感が強かったのです。極論すれば、蓋つきの鍋であれば、大抵のものは飯を炊けるのですが(例えば土鍋とか)、それでも敢えて飯盒だったのは、親父がキャンプで飯盒使ってた事、別に薪でなくても使える事、そうした事を覚えていて、むしろ飯盒以外の選択肢の方を知らなかったくらいだったからです。
   してみると、家庭は言うに及ばず、アウトドアでも飯盒が使われる事が少なくなった今、自分みたいに親から飯盒使う事を伝えられなかった世代にとっては、飯盒は過去の遺物、風変わりな物、非常時の物に、またイメージを変えて行ったのでしょう。

20040320_031800
とあるキャンプ光景
各自1個ずつ飯盒持って来てます

20030321_193402
飯盒は食器だ、という事ですが
明らかに炊事道具として認識してる光景
出来たご飯やオカズは、別の食器に移して食べてます


■飯盒を何で使ってるのか
   自分の中に残る飯盒の一番古い記憶は、小学校低学年の頃、家族で琵琶湖にキャンプに行った時、親父が缶入りの固形燃料と薪を使って飯盒で飯を炊いていた、 というものです。天気の時は薪で炊き、雨の時は固形燃料で炊いていました(一体何泊したのか記憶にないのですが。。)。つまり、この時、「飯盒はご飯を炊くものだ」「固形燃料でもご飯は炊けるのだ」という認識をしたのだと思います。これは画期的な記憶として自分の中に残りました。
   その後、長い間飯盒を使う機会は無かったのですが(林間学校などで使ったかもしれませんが、記憶がありません)、その次に飯盒が登場するのが、18歳で上京してからです。とにかく炊飯器も冷蔵庫もない生活で、さりとて外食では金掛かって仕方ないので、飯盒で飯を炊いてました。その飯盒は、こっちで手に入れ たのか、実家から送った荷物に入ってたのか、記憶が定かではありません。ともかく、クソ真面目に毎回4合米を入れて、小さい台所のガスコンロで飯を炊いていました。
   もちろん、炊き方などは分りませんし、ネットもない時代ですから、目見当です。飯盒の蓋を使った米の計り方も知らなかったので、計量カップを使っていたと 思います。火加減などもよく分らないので、強火で炊いて、吹き零れてガスコンロはベタベタになるわ、底が焦げて後始末が大変だわ、いくら若いからといって 4合も一気に食えないわ、飯炊いてる間は台所から離れられないわで、とにかく飯を炊くのは大変、というイメージが先行してました。なので、まかない付きの バイトに移ってからは、まったく見向きもしなくなりました。
   その後、サバイバルゲームの仲間とキャンプに行く様になり、またまた飯盒を使う機会が出来たのですが、それでも使うのはキャンプの時だけでした。もっと も、上手に炊きたい、吹き零れや焦げを作らない様に炊きたい、キャンプ用のバーナーはストーブを使いたい、といった理由で、練習かねがね自宅で飯盒を「楽しんで」使う機会が増えました。
   そしてある時テレビで、ニューギニアで遺骨収集をしている元日本兵の人が、飯盒で炊事をしながら「これは熱伝導が良くて料理に便利なんだ」と言っているの を見て、飯盒というのがアウトドア用ではなく、普段から使ってる人がいるんだ、という認識を改めて持ったのでした。
   以来、飯盒は非常に身近なものになりました。これまでに自宅では使っていたのですが、それは炊飯器がない貧乏の為とか、キャンプの予行演習とか、いわば緊急時の方便として使っていたものが、日用品として使う様になったのです。これが自分が飯盒を使っている理由と経緯です。

20130323_155425
実は、こういった使い方はあまりしてません
焚き火でご飯を炊くのは、相当高度な技術なんですよ

20140222_235042
ほとんどは、こんな感じでウチで使ってます
この飯盒の分量くらいが
ちょうど飽きる前に食べ切れて良いんですよねぇ


■飯盒を使うスキル、便利と不便
   自分が飯盒でご飯を炊く上で神経を使うのは、「吹き零れを少なくする事」「飯盒の底を焦がさない事」「炊飯器なみの出来映え」この3つです。吹き零れが多いと、ガスコンロがベタベタに汚れて後始末が大変である事。飯盒の底を焦がして炭化させると、後始末が大変なだけでなく、飯盒自体を傷つけて長持ちさせられない事。そして美味い飯が食いたいからです。
   炊飯器なら、この辺りは全部機械がいい感じにやってくれるのですが、飯盒みたいなアナログかつクラシックな道具では、自分のスキルを磨くより他ありません。実のところ、吹き零れや底の炭化は、炊く量を2合にすればおおよそ解決出来ました。むしろ、1人で4合も食えない訳でして、2合で使っても良いんだと知った時は、目からウロコが落ちる思いでした。
   不便なのは、飯盒で料理する時、取っ手が飯盒掛ける釣り手しかないので、持つ時に不便である事。もちろん、軍手は必須です。あと、底が深いので煮物には良いのですが、中身をかき混ぜねばならない炒め物は、かき混ぜるのが結構大変です。
   飯盒は食器だった、という事を述べたのですが、食器としては兵式飯盒は底が深すぎて、非常に食べにくい。特に箸でご飯を食べるのは結構手間で、かつあまり行儀良い食べ方にならない。そんな訳で、昔の兵隊さんも箸以外にスプーンやフォークも持ってたみたいですが、まぁ、こうした不便は知恵なり工夫なり辛抱なりでカバーするよりありません。
   飯盒は飯を炊く以外にも使えるのですが、その中でもインスタントラーメン煮るのに非常に利便性を感じます。普通の鍋なら麺を横に寝かせる格好になるのです が、飯盒の場合、立てた状態で入れる事になります。しかし、底が深いので麺が鍋から飛び出す事もなく、いい感じに煮れます。同様の理由で、レトルト食品を 温めるにも非常に適しています。いや、むしろ一般的な鍋でやるより飯盒の方が向いているんじゃないでしょうか。立てたまま入れるんで、出す時もレトルトの 端っこ持って出せるんで、便利です。

20150603_232516
炒め物も出来ますwww
ただし、かき回すのがちょっと大変ですが
飯盒半分くらいの量がベターです

20150530_113734
飯盒でラーメン作れるんですか!っていう人がいますけど
普通に作れますよwww
ただ、このままだと少し食べ難いですけどね〜

20150530_012707
蓋は把っ手がないので、料理するにはチト難しい
アウトドア用の鍋つかみは必須です
あと、油ひかないと焦げてこびり付きます
(油ひいても蓋は焦げる事があります)


■日用品としての飯盒
   自分が飯盒を日用品として使う様になった頃には、もう炊飯器も冷蔵庫もありましたし、フライパンなどの鍋釜類もそれなりにあったのですが、それでも飯盒が 潜り込む余地があったのは、その使い勝手でした。飯盒というのは、ご存知の通り、他の鍋に比べると底面積が狭くて背が高い造りになっています。いわゆる寸胴の小さい版だと思えばよろしい。これは汁物を作るのに適していたのです。
   また、兵式飯盒の形は、冷蔵庫にしまう時にあまり場所を取らない、という利点もあります。一般家庭の鍋だと、横に広い形をしているので、冷蔵庫では場所を取ってしまう事が多いのです。その点では、飯盒はスペースを有効活用出来ます。自分は一人暮らしなので、冷蔵庫もそれほど大きいものではないのですが、それだけに省スペースが出来る飯盒は重宝でした。
   また、飯盒はそのまま火に掛けれます。まぁ、もとより炊爨可能なのですから当たり前なのですが、作り置いたオカズを入れて冷蔵庫で保存して、そのままガスコンロに置いて温めれるのは、これは結構便利です。自分はオカズを一気に大量に作って、それを連食するのですが、大抵の場合は大きなフライパンで料理して、そのあと飯盒に移し替えて保存します。つまり、フードコンテナとして活用する事が多いのです。
   こうしてみると、自分は飯盒をご飯炊いたり料理したりといった用途よりも、保存容器として活用する方が多いです。まぁ、普段は炊飯器もありますし、どう あっても飯盒でなければご飯炊けないって訳でもないからです。しかし、飯盒にオカズ入れてる時でも飯盒でご飯炊きたくなる時もあるので、一時期、飯盒2個運用していた事もありました。
   飯盒というと、今の人はキャンプ用品という認識な訳ですが、こんな具合で日用品としても使えますし、他のアウトドア用品、特にソロキャンプ用の用品に比べたら、日用品としての利用価値は大いにあります。もし、キャンプ用に飯盒をお持ちでしたら、押し入れにしまいっぱなしにしないで、是非普段から使ってみて欲しいものです。

20150609_110241
ご覧の通り、冷蔵庫の中でとても納まりが良いです
普通の鍋1つのスペースで、飯盒が2個置けます

20150609_110115
ウチの家ではありふれた光景です
この飯盒、かれこれ10年使っているんですよねぇ



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2015年06月07日

   次回の企画は、そろそろ巻脚絆オフで天覧山に登りますかねー、みたいな話しがあったのですが、天気が良くなかったり人が集まらんって事で順延。そのまま、特段企画立てる事なく日が過ぎていたのですが、ある日、フィールダーというアウトドア雑誌から、飯盒について取材させて欲しいというメールが届きました。迷惑メールにしては堂に入っているので折り返し問い合わせしたら、真面目なアウトドア雑誌でびっくり仰天。しかもその事をみんな(大半がバイク系の友達)に話ししたら、「ぜひ日本兵の格好で」と声を揃えて言われてしまい、「日本兵の格好でしたら良いですよ」と編集部にメールしたら、「こちらのコンセプトにはバッチリフィットいたします」と返事がきて、断る理由がなくなってしまいました。しかし、一人だけ日本兵の格好でいるのも恥ずかしいので、急遽、飯盒オフを開催して、そこに取材に来てもらう格好にしました。

20150606_012432
普段使っているのは、兵式飯盒と将校用飯盒だけです
なので、急遽押し入れからコレクションwを引っ張り出しました

20150606_024418
飯盒紹介するのに、別に日本兵の格好でなくても良いのですが
あえてこちらから希望したからには、ちゃんとキメます
が、相変わらず巻脚絆が怪しいです
明らかに紐が足りないですよねぇ

20150606_145048
鉄兜の背嚢への縛着の仕方も全然分りません
誰か知ってる人いませんかね?
もっとも、鉄兜も円匙もただの飾りなんですがww


■飯盒コレクション
   フィールダー編集部から要望されたのは、まず「たにし様の飯盒のコレクションをご持参いただいて撮影」という事でした。コレクションもなにも、飯盒使っているウチにあれこれ増えただけのものなので、実際には兵式飯盒しか使ってないのですが、まぁ、あるものかき集めても、兵式飯盒将校用飯盒自衛隊の戦闘飯盒2型イタリア軍飯盒トランギアのメスティン、飯盒ではないけど米軍のキャンティーンカップくらいしかない。ロゴスの柄付き飯盒は使い勝手が悪いので売り飛ばしてしまったのだけど、こんな事なら残しておくべきだったと後悔しました。
   さすがにこれじゃ、コレクションとしてはちょっと見劣りするし、おそらく飯盒が取材されるのはこれが最初で最後でしょうから、自分らが持ってるブツを全力出撃させるって事で、急遽、岡谷曹長殿に連絡を入れ、旧日本陸軍の実物のロ号飯盒と将校用飯盒、旧ドイツ軍飯盒、スウェーデン軍飯盒、英軍のメスティンを貸し出してもらい、携帯天幕の上に陳列しました。取材に来た人(可愛い女性)は、目をキラキラさせながら写真撮ってましたが、どうみても骨董市にしか見えませんでしたwww
   撮影してもらうだけでなく、一通り、一個ずつ飯盒の解説をしたのですが、ここからずっと、飯盒についてだけ喋りまくる一日が始まりました。

20150607_094018
飯盒コレクションwは自分のだけじゃ足りないので
前日に岡谷曹長殿から借り受けました
で、3往復して一人で装備運びました(汗)

20150607_104748
アウトドア雑誌という事で、なんとなく体育会系の
ごっつい人が来るイメージをしてたのですが
可愛い女の子が来て、一気に緊張してしまいました(汗)


■飯盒ランキング
   フィールダー編集部から要望されたその2は、「たにし様が選ぶ飯盒ランキングなどをお聞かせいただけると幸いでございます」というものでした。ランキングもなにも、普段使っているのは兵式飯盒だけで、あとはイタリア軍飯盒がたまに。将校用飯盒はオカズ入れ。その他はほとんど使ってなくて、今回わざわざ押し入れから出してきた訳です。しかしまぁ、要望には答えねばなりません。
   ランキング1位は、申すまでもなく兵式飯盒。飯炊くのにもいいし、オカズ作るのにもいいし、冷蔵庫の中でも納まりいいし、普段から一番良く使ってるだけだって、文句なしに1位です。ランキング2位は、イタリア軍飯盒。兵式飯盒より小振りだけで、それが売り。中子や掛子の食器としての機能が秀逸。ランキング3位は、自衛隊2型飯盒。かなりコンパクトで、食器としての機能が優先されていて、お一人様向き。ランキング4位は、スウェーデン軍飯盒。風防、アルコールストーブ付きで、今や新品で9000円もする。最後にランキング5位は、将校用飯盒。これを売っていた金物屋のおっさんが、女の子がランチボックスで買ってったという、いわくの伝説付き。確かに、角形なので鞄の中での納まりはいい。
   実のところ、1位と2位以下は、同率5位だったんですが、解説してるウチにこっちも興に乗ってしまい、それなりにランキングんなりました。選ぶにあたっては、今でも辛うじて買えるものの中から選びましたが、将校用飯盒はもはや製造されてはおらず、流通在庫がたまにオークションに出る程度ですので、ネオクラッシックでオシャレにキメたい女子は、見つけ次第ぜひとも買って欲しいものです。

20150607_105048
あーだこーだと能書きを垂れるワタクシ
もし、取材に来たのが家庭誌や婦人誌だったら
兵隊の格好じゃなくて、ウチに来てもらってたでしょうw

20150607_123042
旧陸軍のカレーの作り方を解説する岡谷曹長殿
なのに、油粉捏(ルウ)作る小麦粉忘れて
カレー汁を作る羽目にwww


■周辺機器
   フィールダー編集部3つめのお願いは、「たにし様がお持ちの飯盒の周辺グッズ(飯盒掛けなど)をご持参いただいて撮影」でした。飯盒掛けは、4つ目のお願いでお目見えさせるとして、スウェーデン軍飯盒を参考にしたオイル缶風防蒸し器を紹介しました。これらの装備は、自分以外にも作ってる人は何人か居ますし、自分が参考にした人もあったのですが、まぁ、早いもの勝ちという事で、右代表で自分が紹介する役を勤めました。
   しかし、これら周辺機器は、実は自分があれこれ研究した結果、ソロキャンプでも困らない飯盒セットの一部なのです。具体的には、風防、飯盒本体、中鍋、鍋掴み、蒸し器、ストラップ、この組み合わせです。取材の方にも説明したのですが、要するに飯盒1個だと、飯を炊いたらオカズを作る事が出来ません。まぁ、飯を掛子や中子に移して飯盒で作るという芸当も可能ですが、もう1個鍋があったら、飯を極力冷やさずオカズが作れる訳です。その為に自分は、昔持っていた3合炊きの飯盒の中鍋で大事にとっているのですが、その中鍋は今は売ってないので、米軍のキャンティーンカップでも代用できるよ、という話しをしていました。
   実際問題としては、ソロキャンプで飯盒というのは、オーバースペック気味ではあるのですが、自分みたいに自動車で車中泊って人もいるでしょうから、こうしたセットを考えるのは無駄ではないと思います。まぁ、家族でオートキャンプって人は、むしろ飯盒が2個くらいは要るでしょうから、こうした心配は無用な訳です。

20150607_123058
今回の周辺機器の目玉は、この飯盒掛け
今日は地面がしっかりしてたので、グラつく事無く使えました


■野戦炊事実演
   フィールダー編集部最後のお願いが、「ご飯を炊く、煮物など、ご自宅でされている調理を屋外で実演していただき撮影」というものです。自分はご飯以外にも、飯盒使って色々料理してるのですが、飯盒オフで料理担当は今んとこ、岡谷曹長殿です。事前の打合せで「たまにはカレー以外のにします?」って聞いてみたのですが、「いや、カレーで」という事だったので、3回連続でカレー決定です。
   飯盒周辺機器のうち、今回の売りは飯盒掛けです。大正期に開発されて歴史の闇に埋もれた飯盒掛けが、なんと21世紀になってメジャーなアウトドア雑誌に紹介される訳です。開発した陸軍一等計手・森悦五郎氏も、さぞかし天国で膝にウサギ抱っこしながら喜ばれる事だと思います。とはいえ、自分個人としては、いささか使い勝手が悪いと感じる飯盒掛けですが、今回は晴れてて地面も締まっていた事もあり、しっかり地面に立てる事が出来ました。
   食材の皮むきを手伝ったあとは、自分の分担である米の準備。米は2合ずつビニール袋にいれ、軍足に入れてあるので、1袋開けるだけです。昔は軍足に直接米を入れたのでしょうが、心悪いのでビニールに入れてるんだって説明しておきました。そのあと、水を2合の線までいれて米を浸水させます。自分の準備はこれで完了。
   問題なのは、熱源がコケネンだけという事。旧軍のレシピがどうとか言う前に、コケネンだけでは汁物を作る際に沸騰とまではいかず、なかなか具材が煮えてくれません。そこで今回は飯はかなり後で火にかけましたが、それでも先に飯の方が出来てしまい、カレーの方がなかなか出来ない。しかも、油粉捏をつくる小麦粉を忘れたって事で、カレー汁しか出来ない事態に。まぁ、それでも取材的にはそれなりに絵になる光景が撮れた様です。

20150607_133537
皆さん、美味しい美味しいって言ってましたけど
自分は大不満!!!
日本軍の縛りがあろうとなかろうと
美味いもの作れて初めて、飯盒の素晴らしさをアピールできるもんです


■猛省を促す
   そんなこんなで、まぁ出来たって事で喫食タイム。もちろん取材の人にも食べて頂いだきました。結果としては、自分としては、決して満足いく出来映えではありませんでした。まぁ、火力の弱いコケネンで、具材を煮るだけのカレーは、食材の歯ごたえ満点の出来映えになってしまうのは仕方ないとして(しかも小麦粉忘れてカレー汁だし)、肝心の飯が、芯飯が煮えた様なパサつく食感で、しかも米を研いでないものだから米臭く、全然美味くない。他のみんなは口揃えて美味い美味いと言ってましたが、岡谷曹長殿以外はリップサービスだった思います。それくらい、出来映えが良くなかったのです。
   自宅では炊飯器なみの出来映えでも、一旦外にでれば、同じ様に出来ないのはこれまでの経験からもよくある事でした。今までは自分らが好き好んでやってただけだったので、それでもまぁ良かったのですが、やっぱり雑誌に載るからには、人前に出して恥ずかしくないものが作れないと。その意味では、自分はまだまだ熟達の域には達してないなぁ、と感じました。
   今回、取材を受けるにあって、あえてインパクトを強くするために、日本兵の格好で臨みましたが、大事な事は、飯盒を如何に上手に使っているか、飯盒が意外にも便利なものであるか、その事を雑誌を通じてアピールする事だと思います。それこそが、飯盒フリークとしての使命だったと思います。そしてそれは、美味い飯を食わせてこそ、初めて説得力を持つもんだと思います。その意味では、今回は上首尾に行かなかったと、あとで猛省しました。
   とはいえ、外で美味く炊くには、やはり経験を積むよりほかありません。料理は万事、センスがものを言います。その感性を磨くのは、経験以外にない訳です。今後の課題としては、屋外で飯を炊く機会を増やして、センスを磨く事だなぁ、と感じました。

20150607_143537
今日の秋ヶ瀬公園は、家族連れのデイキャンパーで一杯
こうやってみると、異様さより地味さが目立ちますね〜〜



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2015年05月30日

   飯盒といえば、空豆形のいわゆる兵式飯盒(日本陸軍のロ号飯盒)をイメージするのですが、あれは兵式というだけあって、下士官兵に支給されていた飯盒で、将校さんは違う形のを使ってました(ちなみに将校は被服から装備にいたるまで、全部自前です)。まぁ、どこの国の軍隊も、兵隊さんと将校は装備が違ってたり、グレードが違ってたりするもんですが、飯盒もその例に漏れなかった、という訳です。

20150528
これは旧型の将校用飯盒。飯盒というより弁当箱です
将校自ら炊爨する事はまずなかったのでしょうが
どうせなら飯が炊ける様にって事で
吊り金がついたのが、今回紹介するタイプです


■概要
   飯盒というのは、もともとは食器からスタートしてまして、それこそ下士官兵用の飯盒も当初はただの弁当箱からスタートしたのですが、将校用ともなるとその度合いはもっとで、形からして弁当箱そのものです。実はその昔、近所の商店街の金物屋で売れ残ってた将校用飯盒を買った時、そこの店主が「こないだ、女の子が弁当箱として買ってった」と言っていたのですが(ほんとかな?)、まぁ、この形をみて飯盒と思えと思う方がちと無理があります。
   上記の写真の様に、旧型の将校用飯盒は、弁当箱そのものだったのですが、今回紹介する新型では、一応は火に掛けて炊爨できる様に改良されたタイプです。まぁ、やるやらんは別にして、出来んより出来た方が良いに違いない、という発想だと思います。
   基本的な構成は兵式飯盒と同じで、掛子(蓋)と中子(中蓋)と本体で構成されています。本体に飯、中子にオカズ、という風に使う為でしょう。兵式飯盒との決定的な違いは、その形もさる事ながら、容量です。兵式飯盒は最大で4合炊けましたが、この将校用飯盒は2合です。主食の分量は、将校も下士官兵も同じ1食2合だったと思うのですが、兵隊さんは2人一組で飯と汁を作る組炊爨が基本だったのに対して、将校さんはそんな縛りがなかったという事でしょう。
   この飯盒のユニークな点は、吊り金が蓋のロックの代わりをしてるという事です。まぁ、火に掛ける時は吊り金を伸ばさなければならいので、炊飯中に蓋を押さえるためでなくて、持ち運び中に蓋が外れたりしない様にするためと、吊り金が邪魔にならない様にする為でしょう。兵式飯盒は背嚢の背中に縛着するので吊り金は別にどうでも良かったのでしょうが、この飯盒は背嚢などのバッグ類にいれて運んだのではないでしょうか。となれば、吊り金だの把っ手だのは、邪魔にならない様になってるに越した事ありません。

20150528_224328
将校用飯盒の複製品
ロ号飯盒と同様、この角形飯盒も
戦後長らく市販品が売られていました

20150528_224359
構成は、本体、中子、掛子の3点セット
飯盒というよりは、やはり弁当箱です

20150528_224409
製造メーカーの刻印
昔買った物もこの刻印でした

20150528_224345
吊り金が蓋のロックを兼ねています
この方式は、戦後、自衛隊の飯盒で採用されます


■ご飯の炊き方
   先ほど、この飯盒の飯の炊ける量は2合と言った訳ですが、ではその2合をどうやって測るのか。兵式飯盒では中子に擦り切り一杯が2合で掛子だと3合だったのですが、将校飯盒で試してみたら、中子すり切り一杯は約290ml、2合には少々足りません。そこで掛子で試してみると、丁度2合でした。蓋類が計量カップの代わりになっているとは思ったのですが、中子はオカズ入れとしての役割しかないようです(あるいは、ダイエットモード用の分量か?)
   この飯盒には水量線が一つだけありますが、一つしかないのは、2合炊きのみの前提であって、1合炊きは想定してない、という事だろうと思います。まぁ、やってやれない事はないでしょうが、浅く広くになるのでやり難そうです。その意味では、同じ2合でも兵式飯盒の方が全然炊き易いイメージです。飯を炊くにあたっては、水入れて米を研ぐ訳ですが、底が浅いだけにそろそろと洗わねばならず、ちょっと面倒くさかったです。

20150528_224424
1つだけついている水量線
炊具として考慮されてる証拠ですw

20150528_224950
掛子にすり切り一杯で2合です

20150528_225209
米を研ぐ時は、あまりガシャガシャやると
米が外に飛び出してしまいます

20150528_225323
水を入れて暫く浸けておくの、他の飯盒と同じです


■使い勝手
   さて、早速飯を炊いてみたのですが、火力自在なガスバーナーであれば、上手に炊けます。ただし、火力の強いガソリンストーブや、火力が一定のアルコールストーブだと、鍋の高さが低く吃水も浅いので吹きこぼれが凄いかもしれません。ガスだとその点は上手い具合に調整できます。
   何にしても、ポータブルストーブを使う分には良いと思ったのですが、もしもこれが焚き火などの直火だと、少々やり難いのではないか、と思いました。というのは、吊り金が短く、必然的につり下げる道具なり機具も低くせざるを得ず、かつ横長の箱ですので、兵式飯盒に比べると見るからに炊き難そうです。その点は、今の自衛隊の戦闘飯盒II型に相通ずるものがあります(戦闘飯盒II型も食器としての用途がメインです)
   食器としての使い勝手は、そもそもそれがメインの作りですから、使い易いです。それこそ、箸でご飯食べるのも苦になりません。実は角形だけに冷蔵庫の中でも納まりがよく、日常的には飯炊く用ではなく、おかず入れとく用に使う事が多いです。
   この将校用飯盒も、結構長い間、兵式飯盒同様に登山具店などで売られてた様ですが、今では完全に廃れてしまいました。思うに、兵式飯盒はライスクッカーとして極めて巧妙かつ精巧に作ってありますが、将校用飯盒は「やれば出来る」程度の炊飯能力ですし、食器兼クッカーとしてなら最近はもっと使い勝手が良い物が沢山ありますので、廃れるのも仕方ないと思います。

20150528_230408
兵式飯盒との比較
大きさは2/3ほどですが、吊り金を伸ばした時の長さがかなり短いです
直火での炊爨がやり難そうです

20150528_231449
ポータブルストーブなら問題ありませんが
横に長いので、熱伝導上、若干不利です

20150528_233529
とはいえ、そこそこしっかり炊けます

20150528_233936
底が浅いだけに、食器としては使い勝手がいいです
もっとも、2合も飯食えませんww



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 12:00コメント(0)

2015年02月11日

   去年の第2回飯盒オフのあと、toyofusa曹長殿も自分も成人病で倒れてしまって、アウトドアなイベントは手控えてました。まぁ、自分はバイク乗ったりしてたんですが、さすがに一人で軍装してどっか行くのは寂しいので、時期が来るのを待ってた感じです。で、toyofusa曹長殿もリハビリが上手いこと行ってる様なので、そろそろ飯盒オフでもやりましょか、という事になりました。開催日が2月11日の建国記念日、戦前でいうとこの紀元節ですが、別に日本軍の格好だから縁起を担いだ訳でも何でもなくて、たまたまですw

20150211_002449
お道具勢揃い
鉄帽や小円匙は用事ないので置いて行こうかと思いましたが
せっかくなので持って行きましたw


■冬の装い
   さて、季節は一年でもっとも寒い2月なのですが、もっている被服は、防暑の襦袢と袴下、夏衣袴。そして、サイズが一回り小さいけど「痩せるかもしれん」という事で買った冬の襦袢、以上です。ウールの冬衣袴はHIKI SHOPの方でも品切れみたいで買えないので、夏用の被服で行くしかありません。まぁ、本当に風邪引きそうな寒さなら、早々にファミレスに退避という事になるでしょう(日本軍の格好でw)
   取りあえず着てみたのですが、下は防暑襦袢履いた上に夏の軍袴を履くのは、多少ゴワゴワするものの大丈夫でした。上は、冬用の襦袢は首と胸がキツくて無理(決して腹がキツかった訳でない)。仕方ないので、防暑襦袢の上から軍衣を着る事にしました。
   問題は軍衣の首のホック。これは買った時から首周りがキツくて、しかも襟布(三角巾で作ったカラー)も付けなきゃならないので、余計キツくなっています。息を履いて止めて、気合い入れて留めれば何とかなりますが、それでも顔が鬱血気味になるほどキツいです。ともかく、鏡見ないでも付けたり外したりが出来るまで練習しましたが、ホックつけたまま飯を食うのは、かなり無理ゲーっぽい感じでした。
   装備に関しては、背嚢に1日分の携帯口糧(米6合、乾パン600g、缶詰1個)、下着とか軍手軍足の替えを入れ、それでも余裕があるので、本来は外に付ける地下足袋も入れて、パンパンにしました。外側には、毛布、携帯天幕、飯盒をつけ、さらに小円匙、鉄帽までくくり付けました。

20150210_234634
きっちきちの首周り
もっとも、結論的にはワンサイズ小さいのが原因っぽいです


■巻脚絆の問題
   集合時間は1100時という事だったので、0900時に起きたら間に合うだろう、と思ってたのですが、いざ起きてみたら前日のトレーニングの筋肉痛が出始めててなかなか起きれず、やっとこ起きて着替えて、脚絆巻いて、えっちらと荷物を駐車場まで運びました。
   ところが、道行く人から、なんか変な視線を受けてる様な気がします。まぁ、防暑襦袢の時よりもガチ日本兵の格好ですし、そりゃ目立つのかなーと思ってたのですが、いざ駐車場に着いて自分の足を見たら、キッチリ巻いてたはずの巻脚絆が緩んで全部足首のとこに落ちて、ルーズソックスみたいになってました。そりゃ珍妙な格好に見えたと思います。
   この巻脚絆、実は紐の部分が短くて、教本通りに脚絆の終端部分で紐をくくれないのですが、そういう問題以前にやはり巻き方が悪い様です。ものの8分ほどで全滅では話しになりません。ともかく、遅刻確定で時間が圧していたので、グチャグチャに巻脚絆をほどき、急ぎ出発しました。
   で、遅れて現地に着いてから、慌てて巻き直した訳ですが、そもそも慌ててる上に、脚絆もグチャグチャな状態で巻いたので、ちょっと歩いただけで緩んでくる始末。ところが、前回結構ラフな巻き方してたtoyofusa曹長殿は、今回hキッチリ巻いてて、しかも最後まで緩まなかったので、やはり巻き方一つで全然違うんだなー、と感じました。

20150211_101832
ウチからたった8分でデロデロになってしまいました
道理でふくらはぎがフリーなはずです

20150211_131317
巻脚絆を気にしながら、ササミを焼いてます
多少蓋に焦げ付きましたが、水に付けてスコッチブライトで擦ったら
キレイに焦げが取れました


■寒い時期の野戦炊事の特徴
   さて、さっそく野戦炊事に取り掛かります。今回も飯担当が自分で、汁担当がtoyofusa曹長殿です。まぁ、飯の方がシビアそうに感じるから自分が飯担当やってる様なところがあるのですが、実は米入れて水入れて火に掛けてるだけです。今回は雑談してるウチに出来てしまい、気になって蓋とったら炊けてました。
   ところが、少し味見してみたところ、なんとなくビニールっぽい臭いがしました。米は2合分をビニール袋に入れて、それを3つ軍足にいれて保管しているのですが、どうもビニールの臭いが米に移った様です。かつ、水筒の水しかないので米を研がないので、余計臭いが残った様です。まぁ、野戦という状況を考えれば、食えるだけマシという事でもあるのですが、やっぱり臭い飯は嫌なので、保管方法を考える必要がありそうです。ちなみに、昔は作戦発起の前に米が支給されたのですが、それを軍足にダイレクトに入れて持ち運んだ様です。
   さて、飯は炊けてしまったのですが、カレー汁の方はなかなか時間が掛かりました。というのも、前回に比べて気温が低く、コケネンレベルでは湯を沸騰させるほどの火力がないためで、いつまで経っても野菜が煮えない。まぁ、コケネンの縛りがある以上、これは仕方ない事です。
   今回は肉入れましょー、という事で、ヘルシーなササミを持って来たのですが、ただ単にカレー汁に入れたのでは面白くないので、飯盒の蓋で焼いてみる事にしました。肥後守でササミを切ったのですが、これがまた良く切れる。ナイフとしては、スイス・アーミーナイフなど目じゃありません。切ったあと、少しだけラードを貰って飯盒で焼いたのですが、やはりコケネンの火力では中まで火が通るという感じにはなりませんでした。恐らく、薄切りにしたら大丈夫だと思います。取りあえず表面だけ焼いて、カレー汁にぶち込みました。
   いつまで経っても沸騰しなさそうですし、飯はどんどん冷めて行くので、適当なところで切り上げて喫食。飯は規定量の半分の1合ですが、カレー汁は規定通りなので約350mlくらいあります。猛烈な量です。しかも、今回は野菜がシャリシャリしてて食感抜群ですから、咀嚼回数が多くて余計に腹ふくれるのが早いです。なので、全部食べるのは前回以上に難儀しました。が、飲んで食べ切りましたww

20150211_123559
肥後守で食材切りまくり
この手のポケットナイフとしては
破格の使い易さと切れ味です

20150211_124411
今回も投入の飯盒掛
今んとこ、日本軍関係でこれ使ってるの
自分らだけですw

20150211_132314
油粉捏を投入
匂いはスンゲー良かったです
味も悪くなかったです
食材の歯ごたえがかなり有りました!

20150211_134421
飯の盛りが悪いってケンカになるのは普通ですが
盛りが多いと押し付け合いになるのが、自分らの特徴ですw


■今後の課題
   今回はリハビリも兼ねて、前回と同様の事をやったのですが、次に機会があるとしたら、野戦での行軍間での食事にチャレンジしてみたいものです。実際、どういった風に食事を摂っていたのか調べる必要がありますが、また飯盒の出番があったのかどうかも判りませんが、とりあえず調べる価値はありそうです。
   また、毎回巻脚絆が緩んでくる訳ですが、緩まずきっちり巻ける様にもなりたいものです。低山をハイキングしながら、野戦での食事とか、場合によっては野営とか、そういうのを組み合わせると面白いかもしれません。もっとも、面白い前に、やはり70年も前の装備ですので、今風のとは違って、担いでるだけでしんどかったりするのですが、昔の兵隊さんがどんだけしんどい思いをしてたのか、追体験する良い機会になるかもしれません。
   ところで、今回は初めて「見た目で日本軍らしい」格好をしたせいか、オフの最中にインドだかパキスタンだかの女の子(と連れの日本人の女性)から声を掛けられ、写メまでプリーズされました。それは良いとして、問題は軍衣が実はワンサイズ小さい事に気が付きました。自分のはXXXL(日本陸軍風に書けば特々々々大?)なのですが、装具を身に着けると、袖から裾からみんな上に上がってしまって、チンチクリンになってしまいます。試しにtoyofusa曹長殿のXXXXLを着てみたら良い感じでした。
   XXXXLなんて、普通じゃないサイズっぽく感じますが、恐らく昔のサイズを基準に、大号がLに相当してると思いますので、大柄になった現代人の中でも、比較的大柄な自分らなると、Xが4つも付くのじゃないとダメっぽいです。次回までに買い替えて、身の丈にあった格好で写メに納まりたいものです。

20150211_171229
本日はこんな感じ
この直後、写メプリーズされましたww

20150211_144233
今回の出で立ち
やたらケツが目立つのは、軍衣が小さくてずり上がってるからです
まぁ、服に身体を合わせた感じですねぇ



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(8)

2014年10月23日

   自分が飯盒オフで旧日本陸軍の格好をしてるのは、「兵式飯盒を使ってるのに、格好が今様では却っておかしい」という指摘にシンパシーを感じたからで(ここにシンパシーを感じるのがおかしい、というツッコミは禁止w)、今さらサバイバルゲームやリエナクトゲームをやりたいとか、コスプレイベントに参加したいとか、そういうのではありません(全くない、とは言い切りませんがw)。
   なので、戦闘に関する装備は、基本的に必要ないのですが、この種のヘルメットはどうにも欲しくて、結局買ってしまいましたw

20141016_110157
お隣の大陸から届いた九〇式鉄帽
偽装網と鉄帽覆のセットで1万円くらいでした


■買うからには目的
   さて、九〇式鉄帽を取り寄せる事にしたのですが、買うからにはそれなりの理由が要るのが自分の流儀です。単純に欲しかった、だけでは、1万円近いお金を出せないのです。まぁ、欲しかっただけなんですがw
   自分がこの鉄帽に惹かれた理由、というかエピソードなのですが、インパール作戦が失敗して敗走する日本兵が、次々と兵器や装備を捨てていく中で、銃剣と飯盒、そしてこの鉄帽だけは残した、という話しがあります。他の戦線では、鉄帽など真っ先に捨てられてたみたいですが(防弾性能がないので、戦闘間でも被らんかった兵隊も居たみたいです)、ビルマ戦線では持ってた。その訳は、支給されり村々から徴発した籾を、鉄帽の中で搗いて精米する為だったそうです。しかし、その光景は、とても侘しいものだったとか。ともかく、鉄帽がその様な使われ方をするのは、日本軍だけだったと思います。他の軍隊では、鍋釜の代わりに使われたかもしれませんが、日本軍のはその様な使われ方をしませんでした(理由は後述)。
   色々理由を考えたのですが、購入する前は、これくらいしか理由が思い当たりませんでした(爆)。まぁ、いずれどこからか、ビルマ米の籾を手に入れて、搗いてみたいと思いますw

20141018_205656
マックで貰ったマグネットを付けてみたら、見事に吸着しました
綺麗に塗装されてますが、うっかりすると水筒の時みたいに
傷だらけになりそうな予感がします


■まず見た目
   今回もいつもの店に通販したのですが、大体12日くらいで到着しました。箱を受け取った時、まず感じたのは「あれ、それなりに重い?」という事でした。レプリカという事で、なんとなくプラスチック製をイメージしてたのですが、明らかに金属製の重さです。旧日本軍の九〇式鉄帽は、クロムモブリデン鋼製でしたが、まさかそんなもんを使ってると思えないので、鉄製じゃかろうかと思います。
   内装はしっかり革製です。この辺り、日本製だと樹脂製ので誤摩化されてそうですが、中国では樹脂使うよりも、鉄や革使った方が安上がりなのかもしれません。今様の装備よりも、昔の装備のレプリカだと有り難い事です。サイズは大号しかなかったのですが、どうやら仕様書通りに作られている様です。もっとも自分が被ると、顔がデカイせいなのか、カリメロみたいなってしまうのが残念です。
   アゴ紐は、背嚢のタコ足に使われている物と同じものでした。実物の紐がどんな物か判らないので比較のしようがないのですが、個人的にはアゴ紐としては柔らかい材質で、アゴに優しいのでこの紐は好きです。もっとも、後述する兜結びをやる時は、フニャフニャ過ぎて蝶結びがしにくい、という難点があります。

20141018_205959
ピンぼけで恐縮ですが
ライナー部分に「大」とパンチングされています

20141018_205936
サイズはご覧の通り
大体、全幅236mm、全長280mmで作ってありました

20141018_215640
ライナーの裏には、ちゃんとクッション材の麻袋が付いてました
なかなか芸の細かい事ですw


■擬装網と鉄帽覆
   この鉄帽は、鉄帽だけでも売っているのですが、日本軍の鉄帽と言えば、擬装網と鉄帽覆ですので、それもセットで買いました。まぁ、バラで買うよりセットで買った方がお買い得だったからです(バラで買うと121.5USDがセットだと99USD)。
   さて、この擬装網と鉄帽覆ですが、当時の写真を見ても、部隊で揃えて使っている、というのが余り無かった様です。つまり、何にもなし、擬装網だけ、鉄帽覆だけ、擬装網も鉄帽覆もどっちも着けてる、という感じで、各人バラバラの様でした。どういう風に使うかは、各々の判断に任されていた様です。となれば、セットで持っておけば、その時々の気分によって、着けたり外したりできる訳で、その意味からもセットで持っていた方が良いと思いました。もっとも、サバイバルゲームで使う人は、鉄帽を傷つけない為に鉄帽覆を被せて使う人が多い様です。
   ところで、鉄帽覆、すなわちヘルメットカバーは、現在では迷彩柄が入っていたりして、擬装効果や消音効果を求められている物が大半ですが(その代わり、擬装網がほぼ消滅した)、日本軍の鉄帽覆はなんと炎熱で鉄帽が暑くならない用だった様です。となると、寒い季節やジャングルとかでは、鉄帽覆は使わなかったのかもしれません。
   鉄帽覆は使わなくても、擬装網を着けるケースは結構あった様です。無論、葉っぱ付けたりして擬装する為のものですが、この網自体も結構擬装になったらしくて、敵前での軽作業の時など、略帽の上に着けてたりします。ところがこの擬装網、鉄帽に着けるのには、若干難儀しました。というのも、鉄帽に網を引っ掛ける所がないので、後端の紐を引いたら、鉄帽の淵に掛かってた網が外れたりで、なかなか上手く着けれません。慣れだと思うのですが、慣れるまでに練習が必要です。その点、鉄帽覆を着けた状態だと、鉄帽覆に若干網が引っかかってくれるので、着けるのが楽でした。

20141018_210436
擬装網の色なんですが
鉄帽覆を着けた時には良い感じですが
鉄帽多い無しだと、鉄帽の色の方が濃くて、網が目立ちます
まぁ、使っている内に汚れて良い感じになりそうですが


■被り方と兜結び
   さて、この鉄帽の被り方ですが、まず略帽の上から被る事、とされています。略帽無しでも被れますが、ライナーが頭に当たってちょっと痛かったりもします。上から瓦礫や砲弾の破片とか落ちて来た時、出来るだけ頭が痛くならない様に、略帽をクッション代わりに被った様です。兵隊さんの中には、畳んだ手ぬぐいや寄せ書きの日章旗を入れたりする人もあった様ですから、切実な問題だったのでしょう。ちなみに、略帽は前後ろ逆にして被りますが、帽垂れが付いてる時は前向きに被った様です。
   次にアゴ紐の締め方ですが、ベルト式でもバックル式でもなく、いわゆる兜結びにします。具体的な結び方は、こちらを参考にしました。当節ではまずあまりやらないやり方です。ちなみに、五月人形の兜の紐を外したら、元通りに出来なくなったという質問がネットにも良く上がってますので、最初は難しいかもしれません。
   しかし、それ以上に難しかったのが、紐の結び方です。長さの関係で、右アゴの横で紐を蝶結びにするのですが、これが意外にも出来ない。むろん、靴ヒモとかはちゃんと結べるのですが、目が届かず自分向きに結ぶというのは、これが意外に難しいかったのです。そこで、靴ヒモをゆっくり結びながら、蝶結びの手順を確認し、鏡の前で何度もゆっくり練習しました。そうこうしているウチに、どうにか結べる様になってきました。もっと練習すれば、真っ暗闇の中でもアゴ紐を締めれる様になるかもしれません。

20141018_215749
紐はこんな風になってます
ちなみに、紐を胸の前で縛って、背中に下げたりも出来ます

20141016_113527
略帽の上から鉄帽を被ります
その方が頭が痛くなりませんww
この写真を撮った段階では、紐はまだ結べてません

20141023_113610
すったもんだでようやく結べる様になってきましたが
まだまだカチっとした結び方が出来ません



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年10月13日

   自分の足は、中学上がった頃から急激にデカくなって、以来、靴のサイズは悩みの種です。もっとも、普段履く靴に関しては、大きいサイズの靴を扱う店が増えたお陰で、それほど困らなくなりました。それでも趣味系となると、なかなか大きいサイズはなくて、足の入る靴があるかどうかが、その趣味をやれるかどうかの條件になるほどです。
   取りあえず、編上靴の方は、いい加減なものとは言え、レプリカをしつらえたのですが、今回は日本軍が使ったという地下足袋に取り組みました。

20140927_133009
今回取り寄せた、3枚コハゼの地下足袋
コハゼの数が少ないので、履いたり脱いだりが楽です
また、編上靴と同じ様に巻脚絆が巻けます


■軍手と軍足
   地下足袋の話しの前に、まず軍手と軍足の話しです。軍手と軍足は、軍がついている通り、軍隊で使った手袋と靴下の事で、それは戦後も脈々と使われ続けています。しかし、実際、軍隊で使っていた軍手や軍足は、現在ワークショップやホームセンターで売っているものとは、タイプが違う事が分りました。
   何がどう違うのかというと、まず軍手ですが、手首のところの縁取りが色付きでなく、今の物より長めで折り返して縫ってある事。軍足の方は、つま先や踵が黒くなく、そもそも足の形に作られてなく、踵もないただの筒型である、という事でした。そして、このタイプの軍手軍足はホムセンやワークショップには売ってません。軍足に関しては、辛うじてネットで販売している所をみつけましたが、軍手に関しては、作ってはいるかもしれませんが、売ってるところを見つける事が出来ませんでした。結果、ミリタリーショーなどで買った方が手っ取り早かったです(それなりの値段しますが)
   さて、入手した軍手軍足ですが、まぁ、軍手は手首のところが違うだけで、今のと使い勝手や使い心地は全然変わりません。しかし、軍足の方は足の形になっている訳でないので、慣れない内は若干、違和感を感じるうかもしれません。でも、踵がないのがそれほど不便という感じでもありませんでした。
   さて、この軍足は、足に履くだけでなく、他にも用途があります。まず、巻脚絆を巻く時に軍袴の裾を軍足の中にたくし込んでバタつかない様にするのに使います。また、軍足に缶詰や米を入れて持ち運ぶのにも使います(似た様な事を米軍もやってます)。
   この軍足は、足の形になってないだけに、長距離の行軍などでは足の中でずれて、そこから靴擦れやマメが出来た、という話しを良く聞きます(酷いときは、土踏まず以外の足裏全部がマメになったとか)。まぁ、自分らがそこまで歩く事はないと思うのですが、一応、そういう性質を持ってる靴下だという事は覚えておきましょう。

20140123_101850
取り寄せた陸軍仕様の軍手と軍足
レプリカとして作ってる物ではなさそうですが
ちまたでは見かけた事がありません

20140123_102116
軍手の着け心地は、世間様並です
軍足の方は、甲側にシワが寄ってます
履き心地は、それなりに良いです

20140124_220826
米なら6合、牛肉の大和煮缶なら4つ入ります
口を縛って運搬します


■3枚コハゼの地下足袋
   さて、いよいよ地下足袋の話しです。地下足袋は今でも鳶職の人などが使っている訳ですが、当時の日本陸軍でも、上陸戦や湿地帯突破など、足下の怪しい時は編上靴から地下足袋に履き替えて使っていた様です。ついで言うと、上陸戦に使う発動艇を操船する船舶工兵でも地下足袋だったそうですが、それは濡れた甲板では、鋲を打った編上靴では滑って危なかったからの様です。
   では、陸軍ではどんな地下足袋を使っていたかというと、これがコハゼが3枚の足首までしかない物でした。普通、地下足袋というと、底がゴム底でフクラハギの下辺りまである長いのをイメージするのですが、世間一般で使われている物よりも、随分と短い訳です。その代わり、足袋の底は、サイドの部分からゴムがコーティングされて、防水性に高そうに見えます。
   問題は、この陸軍仕様?の地下足袋が、そこらのホムセンやワークショップには売ってないという事。そしてサイズが28cmまでしかない、という事でした。そこで、取りあえずワークショップに言って、丈の長い地下足袋の28cmを履いてみました。すると、布で出来てるせいか、とりあえず足は入る事が分りました。というのも、自分の足は全長は27.5cmしかなくて、甲回りが29cmあります。なのでいつも買う靴は29cmなのですが、足の長さ的には28cmあれば、甲の部分が伸びさえすれば入る訳です。
   では、3枚コハゼの地下足袋が有りさえすれば、どうやら履けそうです。そこで色々探してみたのですが、力王(足袋で有名)と荘快堂(初めて知った)の2社から、旧陸軍のと同じタイプが出てる事が分りました。どちらでも良かったのですが、たまたま28cmの物は荘快堂にしかありませんでしたので、そちらを取り寄せる事にしました。

20140222_111913
手前が陸軍仕様の3枚コハゼの地下足袋
奥のはスパイクタイプのゴムピン地下足袋です

20140222_111606
ゴムピン地下足袋は4枚コハゼでした
サバゲーで使うのなら、ゴムピンタイプの方が良さそうです

20140222_111535
ソールの形状
ゴムピン地下足袋は如何にも今風です
3枚コハゼの方は、陸軍で使っていた物と同じパターンです


■履いてみた感じ
   届いてみた地下足袋を早速履いてみました。足そのものを入れるのは、ワークショップで試着した時と変わらず履く事が出来ました。しかし、問題はコハゼを留める事で、一番下と二番目までは余裕で停まるのですが、一番上がキツくて留らない事があります。毎回留らない訳でなく、日によって足が浮腫んだり細かったりで、留ったり留らなかったりします。留らない時は仕方ないので、外したままにしてます。
   履いてみた感じは、思っていた以上に履き心地の良い物でした。何と言いますか、スゴく足にフィットします。ブーツの様な守られてる感はあまりありませんが、地面に食いつく感じ、ダイレクトに足に路面の状態が伝わる感じが、とても良いです。なるほど、上陸戦や湿地帯突破などで使いたくなるのも分ります。
   試しに外も歩いてみましたが、とても歩き易いです。地下足袋で登山とか沢登りをやる人がいるそうですが、滑りにくい事、足にフィットする事、路面の状態が分り易い事、などなどを踏まえて考えれば、戦争や工事以外にも使い道があるのはうなずけます。

20140217_234213
取りあえず、歩いてみました
思いの外、履き心地が良かったです
片足、思いっきり雪にハマってますがw


■軍足の謎
   ところで、この地下足袋を履く時に、軍足は履くのかどうなのか。色々調べてみたのですが、それについて言及してるサイトを見つける事が出来ませんでした。足袋というのは、言って見れば和装の靴下な訳ですから、靴下履く前に靴下履くのも変な話しです。また、個人的には軍足履いたら、その分足が太くなってコハゼが留めにくくなるので、出来れば素足で履きたい所です。
   そんな折り、夏の帰省の時に、親父と爺様(元工兵曹長だか准尉)の話しになりました。爺様は復員後、工兵の腕前を活かして大工になった人ですが、戦後間もなくの間は、仕事の時に巻脚絆や地下足袋を使ってたそうで、軍足も今風の物でなく、踵のない寸胴のものを使っていたとの事。そして、地下足袋を履く前に、軍足の先に親指の股を作ってから履いていた、との事でした。実際に戦争に行ってた人の仕草を間近で見てた人の弁ですから、信じて良かろうと思います。
   その軍足の履き方ですが、つま先までパッツンパッツンに履いてしまったのでは、指の股が作りにくいですし、無理に作っても地下足袋を履く時に伸びてしまって、指が入らなくなってしまいます。むしろ、軍足の先は余裕を持たせておいて、地下足袋履いた時に勝手に指が割れる様にしておいた方が履き易かったです。

20140927_132606
つま先に余裕を持たせて、股を作っておいて
いい感じに履くのが正解の様です

20140317_224750
地下足袋は背嚢のサイドに括り付けます
しかし、円匙との重量バランスが悪そうです
恐らく、精神力でカバーしたんでしょうねぇ、、



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年08月09日

   2014年2月の第1回飯盒オフの際に「日本軍が開発した兵式飯盒を使うのに、日本兵の格好をしてないのは矛盾してないか」というtoyofusaさんの問題提起を受けて、次回飯盒オフでは是非とも日本陸軍の格好でやる事にしよう!という事になりました。ちなみに、もともとサバゲー時代には、toyofusaさんはドイツの武装親衛隊、自分はアメリカ海兵隊の格好でしたので、同じミリタリーの世界であっても、日本軍は結構縁遠いスタイルだったのです。
   ともあれ、歩兵銃や帯剣といった兵器関係は、飯盒で飯作るのに必要ないのでオミット。飯炊きとキャンプが出来る程度の装備に限って収集する事にしました。被服や装具は、今は隣の大陸で安く、またサイズのデカイのもあるので助かりますが、靴だけはすんごいちゃっちいイミテーションしかなくて、行軍にかなり不安があります。
   まぁ、何にしても、まずは衆目に慣れる意味も込めて、秋ヶ瀬公園で野戦炊事をやる事になりました。

20140809_115210
本日持参の装備一式
小円匙と地下足袋は使用しませんでしたw
あと、ウールの略帽はこの時期、頭が逆上せますw


■飯盒掛の作成
   さて、日本軍飯盒オフをやるにあたって、使用する熱源についてあれこれ考えた訳ですが、当時一般的であった焚き火は、そうそうアチコチで出来るものではありません。なので、太平洋戦争時には支給されていた携帯燃料(缶入り固形燃料)を使用する事にしました。といっても、当時のものと全く同じ物ってのはありませんので、ニチネンのトップ250g缶に、当時のラベルをコピーしたラベルを貼付けて誤摩化す事にしました。
   ところで、当時は地面に穴を掘って携帯燃料を置き、それで飯を炊いた様ですが、今の缶入り固形燃料には大抵はゴトクが付いています。まー、そんな物を使ったら再現性がないのですが、地面に穴を掘るのもどうなんよ?みたいなところもあります。
   そんな折り、資料魔のtoyofusaさんが、「飯盒掛」(はんごうかけ、と読む)なるアイテムを探してきました。この飯盒掛、シベリア出兵時に採用された物らしくて、直径約7mm、長さ約420mmのアルミ棒を鎖で繋いで、三角錐の形に地面にセットし、飯盒を3つ下げて飯を炊くというもの。極寒零下のシベリアで、地面に穴を掘れない時に使うアイテムの様ですが、その斬新なフォルムに惚れ込んで、早速作成する事にしました。
   実は、アルミ棒というのは、ホームセンターなどでは6mmまでしなくて、7mmのはありません。ネットで調べて、わざわざ富山の資材屋さんから送って貰いました。地面に突き立てる為に、先を尖らせねばなりませんが、それはバイク屋さんでグラインダーでやって貰いました。

20140809_100638
これが飯盒掛
文字通り、飯盒を掛けてます
これ、日本軍マニアの人でも知らない人多いんじゃないかな?

20140809_100416
ところが、地面がユルくて、転覆しましたw
こういう地面では、石か何か敷いた方が良さげですw


■携帯天幕の設営
   今回の飯盒オフでは、来るべき日本軍野営プレイに備えて、テントたる携帯天幕の設営もやってみました。携帯天幕とは、防水帆布で出来た150cm四方の布で、分離式のポールとペグ(本来は木製だけど、金属製のを使った)がセットされています。自分一人でも使えますが、何枚かの天幕を組み合わせて幕舎を設営する事も出来ます。しかしまぁ、せっかく二人居るので、2枚連結して山形にしてみました。問題は、天幕同士を連結する要領がウル覚えでよく判らず、適当にヒモを蝶結びにしてしまったので、屋根の部分がきっちり作れませんでした。要研究です。
   さて、立ててみた訳ですが、とりあえず立てる手間は兵隊二人いたら、そんなに手間ではありませんでした。意外にちゃっちゃと立てれます。しかし、なにせ150cm四方の布2枚です。兵隊二人が横になって寝るにしても、頭か足が出ます。仮に中で座るにしても、天井が低くてかなり圧迫感があります。現代的感覚でいうと、これで寝泊まりするのかよ、、、って所です。
   もっとも、もっと大きな布だと重くなって携帯に難が出ますし、設営にも支障が出るのでしょう。当時の日本人は今よりも小柄でしたし、むしろこの位の大きさでも問題なかったのかもしれません。何にしても、機能はともかく、見た目は何となく軍隊チックで格好良く感じましたw

20140809_093321
人と比べると、かなり小さいテントです
しかも、虫とか入り放題
それで居て、中は結構暑いですww

20140809_093706
陸軍仕様の軍足に米を入れます
都合6合入りますが、これが1日分の兵隊の主食の定量です
四角いのは、鹵獲品wのスパム缶です

20140809_093925
水は、この水筒の1リットルしかありません
米を研がず飯を炊くのに、半分くらい使いました


■とりあえずやってみた
   さて、早速、野戦炊事スタートです。今回は自分が飯(毎度飯なんですがw)、toyofusaさんが陸軍カレーを担当です。陸軍では野戦炊事では、2人1組になって、一人が飯、一人が汁を作る事になっていました。奇しくも今回は、その組炊爨をやる事になった訳です。
   飯の方は、単にコメ入れて水入れるだけです。コメは、本来は1食2合ですので、2人分で4合使わねばなりませんが、40過ぎのロートルの自分らにそんな食える胃袋のキャパはありませんので、2合にしました。水が豊富にあるなら、米を研ぐところなのですが、1リットルの水筒の水だけしかありませんので、米は研ぎませんでした。
   陸軍カレーの方は、toyofusaさんが当時のレシピを色々調べて、カレーが軍に採用された当時のを再現する事になりました。つまり、C&Sのカレー粉を使い、小麦粉をラードで溶いてルウ(油粉捏)を作る、あのやり方です。まずはジャガイモやタマネギ、人参を切るところからスタートですが、当時の兵隊も使っていた肥後の守で食材を切りました。ところがこのナイフ、ビクトリーノックスとかのアーミーナイフなんかよりも、遥かに切れ味が良くて、食材切るのに向いている事が判りました。そういや、鉛筆だって肥後の守の方が上手に削れたもんです。
   食材の準備が出来たところで、飯盒掛に飯盒を掛けて、炊事開始。本来は3つ掛けますが、今回は2つです。まず、toyofusaさんが作成した方でやってみました。ところが、ものの数分もしないうちに、飯盒掛がずり落ちて、危うく飯盒がひっくり返りそうになりました。何でも、7mmのアルミ棒がないので6mmで作り、厚みが足りないのはアルミテープで太くしたとの事。ところが、コケネン2個の熱に煽られてテープの糊が溶けてしまい、ずれて倒れた様です。
   そこで、今度は自分が作った7mmのものを投入。流石に熱で溶けたりずれたり、という事はないのですが、今度は地面に棒が刺さっていて、ずっこける事に。この飯盒掛、もとは凍土の上で使うのを前提なの、柔らかい地面では棒が潜ってしまうようです。
   まぁ、そんなこんながあったのですが、結果としては飯も上手に炊け、カレーも美味く作れました。実は当時のレシピではカレー粉はもっと少ないそうで、それじゃ小麦粉とラードの味しかしないから、カレー粉は増量したとの事。つまり、カレー粉があれば、大抵は食える物になるという事がよく判りました。

20140809_095312
肥後の守で具材切ってます
これが予想外によく仕事してくれました!

20140809_103049
ご飯が炊けたら、飯盒をひっくり返します
底をガンガン叩くのは間違いです
せいぜい、ポンポンしてご飯を下に落とす程度です

20140809_103142
野菜は炒めず煮込み、煮えたらルウを投下します
ちなみに、灰汁は一切取ってませんでしたw

20140809_104546
はい、出来上がり
toyofusaさんは真面目にアルミの食器で
自分は面倒なんで飯盒からダイレクトにw

20140809_105001
食後にサイダーww
今でも駄菓子屋で売ってる錠剤のサイダーですが
古くは明治時代からありました


■次なる課題
   今回も、飯を作るイベントとしては、美味しい物が出来て成功でした。飯盒掛も、初めて使ったのでそれなりに勝手が判らない所もあったのですが、80年ほど前に開発されたものとしては、今でもそれなり通用するフォルムで、非常に興味深いものがありました。もし可能なら、焚き火で使ってみたいものです。
   さて、今回様々に課題を感じたのは、むしろ飯盒以外の事でした。まず、先に出て来た携帯天幕。これはキャンプの時の主要装備になるのですが、これの使い勝手は今だよく判りません。おそらく、toyofusaさんが資料を色々漁っていると思うので、次回オフには色々やれそうです。
   次に、寝具たる毛布。これは実はヤフオクで当時の物を買ったのですが、薄っぺらい古カーペットみたいなもので、とてもじゃないが実用に耐えません。またマニア的見地から言えば、もったいなくて使えません。似た様な色の軍用毛布を探しています。もっとも、その毛布を直に地面に敷いて寝るのも、実はちょっと抵抗あるのですが(洗濯が大変)……。
   それ以上に今回問題に感じたのは、巻脚絆でした。いわゆるゲートルですが、巻くのは面倒なものの、キッチリ巻けば意外に気持ち良くて具合がいいのですが、歩いた訳でもないのに、地面に座ってるだけで緩んで来てしましました。しかも、本来なら緩みにくい戦闘巻きをやっていてです(この他に、演習巻きというのがある)。
   飯盒オフのあとに、公園内でクワガタ探索をやったのですが、この時も巻脚絆が緩みまくりで、何度も巻き直さねばなりませんでした。これでは行軍にかなり支障を来しますので、次回は展覧山を上り下りする間に緩まないのを目指して、要研究という事になりました。

20140809_091155
巻脚絆を巻くtoyofusaさん
慣れてないせいか、かなりラフな巻き方ですw


20140809_121007
で、いい加減に巻くと、直ぐ緩んで解けます
これでは行軍に支障を来します(昔なら古兵殿にぶん殴られた)
緩まない巻き方を要研究です



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(6)

2014年08月03日

   年々暑さを増す夏。小休止の時に如何に直射日光を浴びないかが、体力消耗を避けるポイントの一つにもなっていると思います。パドックでは、皆さん、様々な工夫をなされているのですが、自分は季節ものに関してはものぐさなのか、大した対策も装備も持っていません。まぁ、どっちみち3ヶ月もしたら秋ですから、そうなるとむしろ、日光が欲しくなるので、無理せんでも〜、みたいなところがあります。そんなものぐさな自分が、今回、ハイエース・ジャガンナート号に日除けを装備しました。

20140729_113104
東ドイツ軍のツェルトバーン
東独軍独特のレインドロップ迷彩です

20140729_113329
こういう使い方も出来ますが
夏場は風が荷室に入らないので、めっさ暑いです


■どうして今頃東ドイツ軍なの?
   今回、わざわざ御徒町の中田商店で、東ドイツ軍のツェルトバーンを買って来たのには、トランポ以外に用事があったからです。というのは、来るべき「日本兵の格好で飯盒オフ(しかも1泊)」の際に使用する、日本陸軍の携帯天幕を立てるに当たって、携帯天幕にポール(旧軍チックに言えば支柱)が3本要るところが2本しか入っておらず、もう1本必要だったからです。
   そのポールというのが、東ドイツ軍のツェルトバーンのポールを代用しているので、店でバラで売ってくれと言ったところ、バラ売り出来ません〜との事。ポールの為に、わざわざ用もないツェルトバーン買うのもなー、と思ったのですが、ふと日本軍の携帯天幕を試しにハイエースに付けたところ、案外それっぽかったのを思い出し、だったらそういう目的にツェルトバーンを使うのも良いかな、と考えた訳です。
   ただ単にポールが欲しいという事であれば、チェコ軍だかハンガリー軍だかのポンチョも同じポール使ってて、そっちの方が安かったりもするのですが、あちらは幕が正方形の形をしていません。日除けにするなら、四角い形の方が便利なのです。まぁ、東ドイツ軍のツェルトバーンだって2,500円ですから、そんなに高いもんじゃないんですがw
   ところで、歴史好きの人なら、東ドイツ(ドイツ民主共和国)が1989年に崩壊して、ドイツ連邦共和国に吸収合併された事はご存知だと思います。国が無くなった直後は、それこそ東ドイツ軍(Nationale Volksarmee)の放出品がごまんとあったのですが、あれからかれこれ15年以上経っています。当然、新規では製造してないと思うのですが、未だにこの手のアイテムが手に入るのは、人知れずどっかの倉庫から出てくるのか(いわゆるデッドストック)、あるいは隣の大陸でせっせと作っているかのどっちかです。確かめようも確かめる気もないので、どうでも良いのですが、ちょっと気になるところではあります。

20140727_113747
こんな感じです
アオリの部分だけ軍用っぽいですw

20140727_113203
日除けの裏ですが、しっかり陰が出来て
案外涼しいですw


■取り付け方
   まぁ、物の出どこはともかくとして、さっそく付け方を考えました。このツェルトバーンは、四方に鳩目もありますし、ヒモでループも作ってありますので、あとは良い感じにハイエースに引っ掛けれさえすればOKです。その引っ掛け方ですが、以前、強力なマグネットタイプのフックを使っている人が居たので、それを丸っこ真似する事にしました。問題は、ツェルトバーンは元が帆布なのでそれなりに重い事、また風が吹けば過重はさらに増す事、なのでチャチなマグネットではダメです。平井のホームズに売ってた物で最強クラスは、耐加重7kgでしたので、それを3つ買いました。一つ800円くらいしますので、そこそこの買い物です。
   さて、買って来たマグネットを早速ツェルトに付けました。両端の鳩目と真ん中のヒモのループに取り付け、バチバチとハイエースの車体に付けるだけです。マグネットは平らですので、出来るだけ平らな所に付けた方が吸着力は増します。まるっきりお手軽なのですが、これが有ると無いとじゃ大違い。日陰になった所は、猛烈な日射を浴びずにほのかに涼しく感じます。ご存知の通り、時間によって太陽は移動しますので、当然、陽の当たりも変わってきます。でも、マグネットで止めてるだけですので、日当り良くなったなーと思ったら、付け替えればOKです。
   付けてみて感じたのは、これがブルーシートだとガサガサうるさいのでしょうが、物が布だけに静かです。触る事はあまりないですが、肌触りもビニールよりは良いです。おそらく、砂埃とか飛んで来ても、ビニールよりはソフトな対応しそうです。その代わり、雨に濡れたら乾きにくいでしょうし(一応、撥水加工されてるはずだけど)、泥汚れなどの後始末も大変そうです。まぁ、見た目がミリタリーなんで、自分的にはこっちの方が好きですが。

20140727_113334
取り付けはマグネットフックで
でも、強風だと外れますw

20140727_113324
こんな感じで、自在に張る場所を変えれます


■改善点
   取り立てて問題点を感じなかったツェルトバーン日除けなのですが、やはり問題になるのは風です。風が吹けば、より涼しくなるのですが、ツェルトが煽られてしまいます(当たり前ですが)。煽られない様にする為に、下の鳩目にヒモなどつけて、重しを置くのも手なおですが、そこそこの風が当たると、帆の様に膨らんで、上のマグネットが取れてしまう事が判りました。耐加重7kgといえども、自然の力には勝てない様です。完全に飛ばされない様にするには、補強に養生テープを貼るなどした方が良さそうです。
   あと、ハッチバックドアには窓があるのですが、太陽が中天にある時は、ここからの日射が意外に暑いんだって事に気が付きました。まぁ、これは銀空マットなどで、ドアを上げてる時だけ塞げば良いので、そのウチ何か良い方法を考え様と思います。

20140727_113236
一応、スモーク貼ってあるんですが
経年劣化で薄くなっているので
日光がだだ漏れですw



ブログランキング・にほんブログ村へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年04月23日

   これまで、キャンプや山登りに使ってきたバックパックは、一番古いもので米軍のフレームザックタイプのアリスパック、その後はインターナルフレームタイプのバックパック、最近はフレームの入ってないアサルトパックを使っているのですが、いずれにしても素材が化繊の今風の背嚢である事には代わりありません。特徴としては、装備は基本的にはバックパックの中にパッキングして使う、という事です。(その割には、MOLLEウェビングにこだわりますがw)
   今回調達した、旧日本陸軍の九九式背嚢は、こうした近代的なバックパックが生まれる遥か昔に使われていたもので、形も使い方も今のとは全く別、あるいは逆の、実にヒストリカルなバックパックなのです。

20140315_202255
この種の軍装の多くは、最近は中国で作られています
実物と比較してないので分かりませんが
まぁ、値段相応の出来映えの様です


■外見的特徴
   九九式背嚢は、皇紀2599年、つまり西暦1939年、昭和14年に採用された背嚢で、それまで使われていた背嚢が革を多用した木枠入りの物だったのに対して、こちらは全部布製です。その頃の日本は、中国と戦争やってて、しかもいつ終わるか判らんの状態になってて、この手の装備もコストダウン&生産性向上の物に次第に置き換わって行く頃でした。
   歴史の講釈は置いておいて、この背嚢はタコ足背嚢とも呼ばれる訳ですが、その名の通り、背嚢の周囲に紐が大量に出ています。一見するに、どの紐がどう使われるのか判りかねる状態ですが、とりあえず使い方は日本軍マニア諸兄のサイトを参考に勉強する事にしました。
   先にも述べましたが、バックパックというと、基本的には装備は全部パッキングして、外側には出さないという頭があるのですが、昔の背嚢はむしろ逆で、主要装備は外側に付けるのが基本でした。つまり、毛布や外套、携帯天幕、飯盒といった装備は、全部外側に付けます。先ほど言っていたタコ足の紐は、これらの装備を縛着する為の物です。九九式以前の背嚢では、専用の革のストラップを使っていたのですが、九九式では予め紐が付いているので、ストラップを通したり外したりする手間がない、という訳です。今回調達したのは、中国製のレプリカなので紐は全部付いていますが、戦地から持ち帰られたもので、戦後も使われたものは、紐が無かったりするのもあります。まぁ、日常生活では紐は邪魔ですから、切り落として使ったんでしょうね。
   背嚢の布地の材質は、帆布っぽい布地です。ものの性質から、一応は防水なんだとは思いますが、レプリカだけにそこらは辺はどうなのか判りません。まぁ、いっぺん水ぶっかけて試しても良いんですが、雨の日を選んでキャンプしに行くつもりはないので、そこまでしなくても良いかな、とも思ってますw

20140331_002009
ヒモを展開した状態。確かにタコ足に見えますね
まぁ、足は8本以上ありますがw


■装備の縛着
   背嚢の外側に付ける装備としては、次の物があります。外套もしくは毛布、携帯天幕、飯盒、小円匙、地下足袋、鉄帽。この他にも、任務や作戦行程によって、持つものに変化があった様ですが、基本的に共通しているのは、これらの装備です。ちなみに、外套は寒冷地、毛布は南方という風に、行き先や季節によっても装備が変わった様です。
   まず、背嚢本体を何か入れて膨らませます。これ以前の背嚢では木枠が入っていたので、中身が無くてもとりあえずは形になっていたのですが、九九式背嚢では何か入れないとペタンコのままですし、それでは周りに装備を付ける事が出来ません。もちろん、本来は背嚢本体にも入れるものが決まっていたはずですが、その事については後述したいと思います。
   まず、毛布を畳みます。毛布の畳み方は、実はあまりよく判らないらしくて、自分はこちらのサイトを参考にしました。やってみて一つ判った事は、広い地面がないとやりにくい事、掃除する前にやると猫の毛や埃が一杯つく事、巻き方がいい加減だとキッチリ背嚢の周りに納められない事(飛び出たりする)、という事でした。畳んだ毛布は馬蹄型にして、背嚢の左右と上部の紐で縛り付けます。
   携帯天幕は、支柱が抜け落ちない様に、毛布を背嚢に付けた幅に畳んで、背嚢の上部の毛布の上に縛着します。
   飯盒は、背嚢本体の中央についてる横の紐と、上下の縦紐で縛り付けます。いずれもちょっと長めですが、これは飯盒の上に鉄帽を被せて、一緒に縛着する為だと思います。まぁ、戦争に行く訳ではないので、鉄帽まで持って行きませんが、サバゲー時代でもキャスト製のヘルメット被ってた自分としては、心動かされるアイテムです。
   小円匙は背嚢の左側、毛布を縛り付けてる紐を活用して縛着します。下の紐は円匙のカバーのループに通し、上の紐は柄の上で縛ります。まぁ、キャンプにショベルが要るのか?という疑問はあるのですが、野糞や焚き火の穴を掘る可能性もあるので、一応装備する事にしました。ちなみに、小円匙を右側に付けてる写真もあるので、野戦では好きな側に付けてた可能性があります。
   地下足袋は、上陸戦や湿地帯突破とか、そういう時に使われていたそうで、そうでない時は装備しなかった可能性も大です。ちなみに、この地下足袋は、いわゆる鳶職の人が使う長いやつでなくて、こはぜが3〜4枚の足首の短いタイプです。実用地下足袋とかいった名称で売られてますが、ワークマンなどでは売ってないのでネットで調達しました。

20140317_230559
毛布の巻き方が悪いと、こんな風に下が余ります
毛布の巻き方も色々ある様ですが
正しいやり方がイマイチ分かりません

20140317_224750
鉄帽以外の装備を縛着した状態
重たい円匙を右左どちらかに付けるので
左右のバランスが悪いです

20140317_234956
背面はこんな感じです
今風のバックパックは縦長になりますが
この頃のは横長になるスタイルですね


■担いでみた感じ
   とりあえず、ここまで付けた時点で背負ってみました。肩のストラップはやはり帆布っぽい布なのですが、肩に当たる部分は多少幅を広くしてあるだけで、ただのペラペラの布地です。今風のバックパックの様にクッションが入ってたりしません。重い物を担いだら、もれなく身体に食い込む仕様です。
   肩のストラップは比較的長めに作ってあります。これは冬季被服で着膨れしてても大丈夫な様にでしょう。肩に当たるストラップの下端に金属の輪っかを重ねた器具があり、そこに背嚢の下から生えたストラップが通っています。そのストラップを引っ張れば身体にフィットする長さに絞る事が出来ます。
   背負ってみて感じたのは、荷物が軽い今は良いけど、重くなったらやっぱり肩に食い込んでしんどいだろうな、という事でした。昔の兵隊さんはどう対策してたのか興味のあるところです。また、左側に小円匙が付いているので、左右の重量バランスが悪く、長時間担いでいたら無駄に疲れそうです。同時代の米軍の背嚢では、スコップは背嚢のセンターに付いていますから、はやり右か左かどっちかに円匙を付けるのは、人間工学的に問題があるなーと感じました。

20140331_003650
担いだ時に肩ストラップを調整するのは、赤のヒモを引きます
逆に下ろす時にリリースするのは、青のヒモを引きます
この辺りの構造は今のと変わりません


■背嚢の中身
   外側に付ける物は、写真を見れば一発で判るのですが、問題は見えない中身。ドイツ軍の背嚢などは、結構詳細が判るのですが、日本軍の背嚢の中身は、入組品の一覧はあるのですが具体的にどの様にパッキングしたかまでは、写真もイラストもなくて判りませんでした。一応、背嚢にパッキングするのは、襦袢袴下1着、軍足2本、手入れ具(恐らく兵器の)、携帯口糧2日分、という事らしいです。
   その携帯口糧というのは、今風に言えばレーションという事になるのですが、規定では精米6合、乾パン3袋(薬675g)、肉の缶詰1個(150g)、塩24gという風になってた様です。その他に、粉末の醤油や味噌、圧搾口糧と行ったものもありました。基本としては2日分を持った様ですが、作戦によっては6日分とか持った様です。それはともかく、実際にキャンプに行く時に、米や乾パンばっか食う訳にも行きませんし、1日6合も飯を食えませんので、この辺りは参考程度にしておいて、実際的なパッキングの仕方を考える事になりました。
   まず、背嚢の中に仕切りが設けられている事に着目しました。仕切りは背嚢のセンターに設けられている訳でなく、背中側に一枚布を当てた様な格好です。恐らく、その部分に下着などを入れて、背嚢の中身がダイレクトに背中に当たらない様にしたに違いありません。
   あとは、米だの野菜だの缶詰だのを、出来る限りグチャグチャにならない様に詰めて行くだけです。ちなみに、規定通りに米6合と乾パン3食も入れていましたが、意外にもまだ物が入る様な感じでした。九九式背嚢は木枠がなく、物が目一杯入ってないと四角い形にならず、そうなると毛布なども縛着しにくい、という特徴があります。なので、1泊くらいのキャンプだったら、思いのほか食材が持って行けそうな感じです。(なんたって、雑嚢もありますので、収納スペースには余裕がある訳です)

20140331_002703
背中に当たる部分に下着等を入れると思います
そうする事で、少しは背中に当たる負担を抑えられます

20140331_002730
とりあえず、2日分の携帯口糧を用意してみました
軍足の中に米を入れてます

20140331_002843
意外にも、携帯口糧だけだと余裕がある様です
まぁ、他にも入れたんでしょうがw

20140331_003146
物が入ってない事には、背嚢の形にならないのが欠点です
もっとも、大戦中盤以降は、背負い袋が主流になったそうです


■その他の工夫
   外側に巻く装備の内、携帯天幕は中田商店のレプリカを手に入れる事が出来ました。ただし、ポールは東独軍のツェルトのが2本しか付いておらず、仕様に近づけるには3本必要でしたので、別に東独軍のツェルトを買いました(トランポの日除けに使用)。
   毛布は、なんとヤフオクで昭和17年の検定印が付いたのを落札しました。どうみても薄い古カーペットにしか見えない毛布で、埃臭く実際に埃っぽかったのですが、はたいて埃で出来るだけ飛ばし、天日干ししまくって臭いを飛ばしました。出来れば洗濯したいところですが、なにせ実家の親父が生まれる1年前の製品だけに、うっかり洗濯してボロボロになったので目も当てられないので、干すだけに止めました。
   この毛布と携帯天幕だけで昔の兵隊さんは露営した訳ですが、さすがにこれじゃキツいという事で、サーマレスト使おうという事なりました。ただ、あの赤いのを背嚢にくくり付ける訳にもいかないので、古いシーツを使ってそれっぽい袋を作りました。まぁ、軍制式のものでは当然ないですが、この手の袋は野戦で兵隊がこさえて使っててもおかしくないと思いますし、それっぽい感じで作りました。
   ちなみに、このサーマレストは畳めばいい感じに背嚢にぴったり納まりますので、キャンプの翌日、あらかた食材がなくなった状態なら、畳んで背嚢に詰めて持って帰る事も可能です。そこで、古いシーツを使ってそれっぽい袋を作りました。如何にも兵隊が野戦で作りました的な出来映えにするため、荒めにざっくり縫いましたが、色合いといい(使用感ありまくりのベージュ色)、それっぽくなりました。
   野営のあと、背嚢の中身を消費したら、サーマレストは畳んで中に入れれます。袋もペラペラですので収納可です。

20140410_131829
猫が書いてかぎ裂きになってたりしますが
それが如何にも野戦で拾った布で作ってます的な感じですw

20140411_010116
もちろん、軍の正規の装備ではないですが
野戦では色々各自工夫してやってたみたいなので
これもOKでしょう!



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(0)

2014年03月31日

   大体いつも軍装をやる時に一番困るのが、靴の問題です。多種多様な人種が入隊する米軍の場合は、それこそ事細かに靴のサイズが設定されていて、自分の足にぴったりの靴に困らないのですが、他の軍隊となるとそういう訳にも行きません。今回の企画でも一番困ったのが編上靴でして、一応はレプリカも当たってみたのですが、サイズが28cmまでしかなくて、試着もしましたが全然入りませんでした。ちなみに自分の足は、長さが28cmですが甲周りが29cmですので、靴を買う時は29cmの靴を買います。モトクロスのブーツも、28cmまでは店に置いてあるのですが、それ以上は取り寄せになるので、注文してから3ヶ月後にイタリアから届くという案配です。

20140227_230747
今回試しに調達してみたUSタイプ アンクルブーツ
形とか見た目云々よりも、履けるかどうかで選びました

20140227_230800
見た目上の大きな違いは、靴ヒモの穴の数の他に
後ろに靴履く時に引っ張るベロが付いてない事です


■代用品の選定
   まぁ、ともかく無い物は仕方ない訳で、そうした人向きに「バックスキンのアンクルブーツなら可」みたいなレギュレーションもある様ですので、それに従う事にしました。バックスキンというのは、革の裏が表側にしてある靴の事で、アンクルブーツというのは第二次大戦時に米軍が履いてたブーツの一つで、靴ヒモの穴の数が違うだけで遠目には日本軍の編上靴と似たり寄ったりの形をしてます。ちなみに長靴のイメージのあるドイツ軍でもアンクルブーツを使ってたりもして、これまた形がよく似てます。つまり、よく似た形の靴履いた軍隊同士が昔は戦争してた訳ですね。
   それはおいといて、それっぽい靴を探しまくった訳ですが、これがなかなか見つからない。ある所にはあるのでしょうが、ネット通販程度では、それっぽい以下の靴しかありません。ABCマートにそれっぽい靴がある、という情報もあったのですが、自分が行った時にはすでに品切れ寸前で、かつサイズが28cmまでしか無いという事で諦めました。
   そんな折、「米軍 アンクルブーツ」で検索したら、大量に引っかかったのが、BLACK TACのUSタイプ アンクルブーツでした。色はサンドとブラックの2色。サイズは29cmまでと、有り難いサイズ設定です。何より値段が5040円と安い。とりあえず、注文してから品定めする事にしました。まぁ、履ける靴があるだけでも有り難い、といったところです。

20140227_232226
一丁前に中敷が入ってました
やはり有ると無いとでは大違いだと思います

20140227_093705
底はゴム底です、革底に鋲が打ってあるのは
滑り易いという事で、当時から不評だったとか


■履き心地
   かつて自分は靴などは消耗品と割り切って、5000円以下の革靴を履いてたりしたのですが、安かろう悪かろうの例に漏れず、その手の安物の靴は半年もしない内にボロちくなって、靴墨塗ろうがどうしようが、10ヶ月後くらいにはカブトムシの死骸みたいに見るも無惨な状態になってしまうものです。なので最近は最低でも1.5万円くらいの靴を買う様にしてます。まぁ、それでも安い訳ですが。
   それから考えれば、5040円というのは安物の部類に入ります。ともかく、もうちょっとマシな代用編上靴が見つかるまでのつなぎ、と考えていますので、直ぐダメになるのは織り込み済みです。その上で、とりあえず履いてみました。履いてみた感じは、意外にあまり悪い物ではないという感じでした。サイズが合っているからキツさを感じないし、一丁前にも中敷も入ってたりして、クッション性も悪い様に感じませんでした。
   靴底は黒いゴムで、結構厚めです。もっとも、革底のレプリカを買った人も、使い勝手を考えてゴムを貼ったりするそうですから、結果としてはこれで可でしょう。ちなみに、昔、陸軍に編上靴を納入してたムーンスターが、その編上靴の復刻版を出してましたが、これもゴム底に替えてありました。もっとも、それもサイズが28cmしかなくて(しかも2.5万円ほどした)買えなかったのですが。
   実際に、山を歩いたり雨の日に使ってみない事には堅牢性までは判りませんが、とりあえず普段履き程度には使えると感じました。

20140227_092407
汚い足失礼www
足首の所がカパカパに開いてるのが気になりますが
昔の靴はこんな感じだったんですかね


■編上靴らしくする
   さて、旧陸軍ではバックスキンの編上靴に保革油、つまりミンクオイル塗って手入れしたと言います。現代的な感覚で言えば、バックスキンとかスエードに油塗りますか?みたいなところがあるのですが、実際問題としてその様です。ちなみに、靴の手入れの時に地べたに座ってやってたら古兵殿にビンタ食らわされます。正しくは蹲踞の姿勢でやります。
   それはともかく、防水性等を考えたら、油くれてやった方が良いのでミンクオイルを塗ろうと思ったのですが、問題は塗った後の色。普通は、飴色とか茶色になるのですが、このブーツは色がサンドです。試しに塗ってみたら、案の定、灰色っぽくなってしまいました。これでは全然、陸軍の編上靴っぽくない。
   そこで、靴の扱いとしては正解か禁じ手か判りませんが、茶色の靴クリームを塗って色を着けてみる事にしました。この靴クリームは、普段は茶革の革靴のつや出しに使っているもので、それを塗って靴が固くなったとかいう事は一度もありません。
   そこで塗ろうと思ったのですが、表面がザラザラしてるせいか、いつもの様に擦る様なやり方では全然塗れません。むしろポンポンと軽く叩く様にしながら色を着けて行く感じでした。しかも、塗るというよりは染込むといった感じで、塗り終わった時には靴全体がシケシケしてました。とりあえず、数日放置して乾かす事にしました。
   数日後、乾いたのですが、ちょっと色ムラがあるので、もう一度塗る事にしました。というか、乾いたら靴全体がパリパリになった感じで、大丈夫かなー、という感じです。今さら後戻りは出来ないので、そのまま念入りに色を塗りました。また、靴ひもの穴の裏にも塗りたかったので、こちらは100均で平筆を買ってきて塗りました。

20140228_230354
とりあえず、靴墨塗ってみたの図
全体的にシケシケして、手で触ると色が付きます

20140304_231535
乾いたらカパカパに固くなりました
左は2度塗りした後の状態です

20140313_104239
裏側は筆使って塗りました


■保革油を塗る
   2度の塗装が終わって、やっとこ乾燥。靴はパリパリのゴワゴワ状態です。まぁ、これからミンクオイルを塗り込んで、柔らかく履き心地よくしてやるぜ!と意気込んで、ミンクオイルを塗り込んで行きました。ちなみに、旧陸軍では素手で保革油を塗ってたみたいです。まぁ、その方が体温で油が柔らかくなって塗り易くなったでしょうし、指先で細かな所も塗れそうなので、案外、理にかなったやり方なのかもしれません。まぁ、その後、石けん使ってもなかなか油っぽさが取れませんが。
   自分はいつもの様に、ボロ布に油を付けて塗りました。そりゃもう、徹底して塗りました。ともかく、全体的に塗り込んで、数日放置。普通の革なら、時間を掛けて油が革に染込んで行き、1回目くらいだと数日すれば表面は油っぽさが無くなります。ところが、この靴は、多少は革が柔らかくなったものの、やはり届いた時よりは固い状態で、しかも表面はまだペトペトしてる感じでした。
   ともかく、頃合いを見計らって2回目の油の塗布を行い、様子を見ました。試しに履いてもみたのですが、くっきり履きシワが残ってしまいました。ともあれ、2回油を塗ってやった事で、靴墨が乾いた後のカチカチ感は大分軽減されました。

20140227_231341
いきなりミンクオイル塗ったら、灰色になりました
結論から言えば、靴墨塗らない方が
靴的には良かったかもしれません

20140316_192820
保革油塗ってテッカテカの状態
このミンクオイル、買って10年以上経ってますが
全然問題なく使えました


■靴ヒモだけはレプリカにする
   この靴に付属の靴ヒモは、スニーカーとかに使われてるのと同じ断面が丸いもので、端っこの留めもビニール留めです。見るからに旧陸軍の編上靴のヒモと違います。一応は探したのですが、売り切れという事で仕方なしにそのまま使う事にしました。まぁ、靴ヒモの前に、穴の数もピッチも全然違う訳ですから(旧陸軍の編上靴は5穴)、見る人が見たら一発で違いが判る訳です。
   靴ヒモの通し方も結構独特で、ネットで調べて通し方を勉強しました。やってみて判ったのですが、ヒモを引っ張って締めるのがスムーズでない代わり、緩みにくい通し方の様です。閉口したのは、塗った靴墨がミンクオイルで若干溶けるのか、ヒモを通しているとヒモが茶色く汚れてしまう事です。まぁ、本来なら靴墨など塗らない訳ですから、これは仕方ないと思います。
   実は後日、Vショーで旧軍の編上靴のヒモを作ってた業者に頼んで作った、という靴ヒモのレプリカを入手する事が出来ました。平ヒモで案外細いものです。端っこの留めはちゃんと真鍮の金具が使われていました。せっかくのレプリカなのに、溶けた靴墨で汚れるのが残念でしたが、付け替えたところ、やはりこっちの方がそれっぽい感じになりました。

20140327_234223
付属の靴ヒモは色が明るすぎて浮いてます
一応、ヒモの通し方は旧軍に準じました

20140330_200427
こちらがレプリカの靴ヒモ
一気にそれっぽくなりましたw
ただ、靴についたシワが、この先そこから割れそうで気になります


■安かろう悪かろう
   さて、一応、代用編上靴として体裁を整えた訳ですが、何度か室内で試着している間に、靴の内側の裏張りの布が剥がれて浮いてきました。たった数回履いただけでこの体たらくでは、そうそう長持ちしそうにありません。おそらく、1回作戦をこなしたらアウトの予感がします。
   実は、靴ヒモを手に入れたVショーの時に、もっとしっかりしたアンクルブーツが売っていたのですが、他にも優先順位の高い買い物があり、また財布を落として金欠であった事もあって、今回は見送りました。しかし、物としてはそちらの方がしっかりした造りの様でしたし、色もいかにも旧軍っぽい色をしてました。一体いくらするのか判りませんが、次回のVショーでは手に入れたいと思います。
   ともかく、28cm以下の人はレプリカの編上靴を探した方が良いと思いますが、それ以上のバカの大足の人向けに、今回あえてレポートしました。

20140330_202051
まだ一度も使ってないのに
何度か履いたり脱いだりしただけで
内張りが剥がれてきました



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村 アウトドアブログへにほんブログ村 アウトドアブログ アウトドア用品へ


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote
tanisi_corp at 20:00コメント(6)
最新記事
Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

月別アーカイブ
livedoor プロフィール
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ