大型倒産情報

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フーズ・フォーラス

TDB企業コード:370269573
「石川」 (株)フーズ・フォーラス(資本金4000万円、金沢市入江2-82-1ノエビアビル1階、代表清算人:大村安孝氏)は、2011年7月8日に解散を決議していたが、2月10日に金沢地裁へ特別清算を申請した。

 申請代理人は、小野聡弁護士(東京都千代田区神田小川町1-1山城ビル6階、かつま法律事務所、電話03-3518-4591)。

 当社は、1997年(平成9年)5月に富山県高岡市内で創業、翌98年(平成10年)9月に法人改組した焼肉店経営業者。創業から9年間で店舗を6店舗まで拡大し、2006年12月に北陸3県での出店を見込んで、本店を富山県高岡市から石川県金沢市へ移転した。本店移転後も積極的に出店を続け、「100円えびす」と銘打っての超低価格商品や30品以上の商品を半額で提供するなど、テレビコマーシャルを含めた積極的な宣伝活動を行うとともに、徹底した接客教育で若年層を中心に顧客支持を集めた。結果、年売上高は漸増し、2010年3月期にはピークとなる約17億2800万円を計上していた。また、同年7月には関東地区で初の出店となる横浜上白根店を開店し、関東出店攻勢の足がかりとし、北陸3県内に16店舗、神奈川県で4店舗の計20店舗を経営するに至っていた。

 しかし、当社の福井渕店で食事をした男児が2011年4月27日に食中毒で死亡。その後も食中毒による死亡者・症状患者の発生により、4月29日をもって全店舗の営業を停止した。一時は自力再建を模索したが、事件の長期化から再開のメドが立たず同年6月8日に従業員を解雇、6月29日に子会社2社を設立して建物等資産を分割し、7月29日付で譲渡契約を締結。同年11月22日には子会社2社とも譲渡先に合併された。

 その後、食中毒症状で死亡した5名を含む181名の食中毒患者の補償額の認定を行っていた。

 負債は2012年1月31日時点で約17億7857万円。

野尻眼鏡工業

TDB企業コード:390029402
「福井」 野尻眼鏡工業(株)(資本金9800万円、鯖江市鳥羽町110-1、代表福永邦男氏、従業員50名)と、(株)ノジリ(資本金2000万円、同所、登記面=福井市みのり3-38-13、同代表、従業員8名)は、2月10日に事後処理を寺田直樹弁護士および伊藤幸平弁護士(福井市順化1-24-34モルゲン順化ビル4階、弁護士法人寺田直樹法律事務所 電話0776-28-5545)に一任、自己破産申請の準備に入った。

 野尻眼鏡工業(株)は、1947年(昭和22年)8月創業、67年(昭和42年)1月に法人改組した眼鏡枠製造業者。当地眼鏡産地のメタルフレームメーカーの中で業容トップクラスにランクし、メタルフレームを主体に金ムクや18金、金張りなどの高級フレームの製造技術に定評があった。また、業界に先駆けて中国進出を果たしチタンフレームの製造を開始したほか、大手眼鏡業者のOEM生産を中心に、ピーク時の97年12月期には年売上高約43億9900万円を計上するなど、県内売上上位の眼鏡枠メーカーに位置していた。

 しかし、近年は景気の低迷から得意とする金ムクフレームなど高級品の売上減に悩まされ、金相場の高騰に伴う高級品の敬遠や販売不振が収益面の悪化に拍車をかけたほか、中国進出に伴う多額の投資が借入増につながり長期にわたる財務面の弱体化という課題を抱えていた。2009年12月期の年売上高は約15億400万円にまで減少、損益面も欠損計上を余儀なくされていたが、中国で中級品クラスのメタルフレームの生産に注力するとともに人員削減などの経費削減を断行し、2010年12月期はOEM・自社販売とも前期を上回り年売上高は約15億9200万円に回復した。
 しかし、今期に入り再び受注が低迷し、多額の借入金を抱えた多忙な資金繰りを背景に、先行きの見通しが立たなくなり自力での再建を断念した。

 (株)ノジリは、1995年(平成7年)3月に設立され、野尻眼鏡工業(株)の販売部門として同社製品を全国の問屋筋を対象に販売し、2004年12月期には年売上高約11億9100万円を計上していた。

 負債は、野尻眼鏡工業(株)が約33億円、(株)ノジリが約2億円、2社合計で約35億円。

新栄総業

TDB企業コード:340040401
「新潟」 新栄総業(株)(資本金4億円、南蒲原郡田上町湯川2986、代表鹿取信介氏、従業員39名)は、1月23日付で東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令・監督命令を受けた。

申請代理人は西村國彦弁護士(東京都千代田区内幸町1-1-7 NBF日比谷ビル16階、さくら共同法律事務所、電話03-5511-4400)ほか5名。監督委員は北原潤一弁護士(東京都中央区八重洲2-8-7 福岡ビル9階、阿部・井窪・片山法律事務所、電話03-3273-2600)。
 
 当社は、1972年(昭和47年)9月に設立されたゴルフ場経営業者。76年(昭和51年)にゴルフ場「湯田上カントリークラブ」をオープン、2002年(平成14年)7月には民事再生手続き中であった紫雲寺公園ゴルフ倶楽部の営業権を買い取り「ノーブルウッドゴルフクラブ」としてオープンさせるなど事業の拡大を図り、2003年12月期には年売上高約12億円を計上していた。

 しかし、長引く不況や、2004年の新潟・福島豪雨、新潟県中越地震、2007年の新潟県中越沖地震などの自然災害の影響から、湯田上カントリークラブの入場者の減少は続き、来場者あたりの売上も減少、2011年12月期の年売上高は約7億4000万円に落ち込んでいた。また、バブル崩壊後の会員権価格低迷により、会員からの預託金返還請求が相次いだことから、2度にわたる預託金償還請求の延長を試みたものの、2度目の延長決議後(2011年11月)には預託金の返還を求める会員が急増し、複数の会員から訴訟が提起されるなど状況は悪化。今後も、預託金の返還を求める会員の増加が見込まれるとともに、これらの預託金償還の資金的な見通しが立たない状況であることから、自力での再建を断念した。当面は当社の筆頭株主である(株)櫛谷組(新潟市中央区、不動産賃貸・管理業)の支援を受けながら、自力再建を目指す予定。

 また、「ノーブルウッドゴルフクラブ」は分社化により、2011年12月から新たに設立されたグループ会社での経営に切り替わっている。

 負債は2011年12月末時点で約43億7700万円。

 なお、債権者説明会が、新潟ユニゾンプラザ・大ホール(新潟市中央区上所2-2-2)にて、1月31日(火)、午後6時30分から午後8時30分で開催される予定。

エーオー産業

大阪」 エーオー産業(株)(資本金9100万円、箕面市船場東2-1-20、代表小倉明氏)は、2011年12月21日に大阪地裁へ自己破産を申請し、1月11日に同地裁より破産手続き開始決定を受けたことが判明した。

 破産管財人は高橋英伸弁護士(大阪市北区西天満5-1-9、電話06-6365-1251)。

 当社は、1940年(昭和15年)1月に繊維製品卸を目的に創業、51年(昭和26年)4月に法人改組、オグラングループを形成していた。2001年12月に小倉産業(株)からオグラン(株)、2011年9月にオグラン(株)から現商号に変更。

 トランクス、エプロン、パジャマ等の繊維製品を商社経由で仕入れていたほか、関係会社への外注により自社企画製品も製造し、自社ブランド「オグラン」「ラニー」等を有していた。当社はグループの中核企業で、グループ会社の製造管理、資金調達等を担当、生産会社や流通加工部門でも分社化を図り、生産から配送まで一貫した体制を確立し、93年11月期には年売上高約109億9900万円を計上していた。

 しかし、輸入製品の増加などから売上高が減少するなか、94年以降、グループ会社の合併や解散などの再編をスタート。その間、グループ会社清算に伴う損失や、(株)長崎屋(2000年2月会社更生法)、マイカルグループ(2001年9月民事再生法→同年12月会社更生法)などに対して多額の不良債権が発生。その後も主力販売先である量販店での売上低迷から、2007年11月期には約45億8500万円まで落ち込んでいた。加えて、過去の設備投資や不動産取得等から過大な借入金を抱え、資金繰りを圧迫していた。

 そのため、抜本的な再建策を策定すべく、スポンサー選定に着手。2008年8月、東証1部の片倉工業(株)が全額出資したオグラジャパン(株)(大阪市中央区)に、当社および100%出資子会社のオグラン大野原(株)(香川県観音寺市)の紳士トランクスやエプロン等の企画・輸入・販売事業を譲渡する基本契約を締結し、2008年11月に事業譲渡。以降は、所有する不動産賃貸業を行う一方、資産処理を行っていた。

 負債は、借入金約67億3100万円を中心に約69億3700万円。

日東あられ新社

「東京」 (株)日東あられ新社(資本金3億円、港区赤坂3-5-2、代表清算人有賀隆之氏)は、1月11日に東京地裁より特別清算開始決定を受けた。

 当社は、包装もちのメーカーで、あられでは国内シェア20%を誇っていた日東あられ(株)(1948年設立、岐阜県池田町)が91年5月に岐阜地裁へ会社更生法を申請したのち、同社の更生計画の一環として、同社の営業権譲渡および従業員、稼働中の工場、プラントなどを引き継ぐ条件で、1994年(平成6年)4月に設立。あられ、おかきのほか、せんべいなど米菓商品を製造し、特にひなあられにおいては高い市場シェアを占めていた。大手商社を一次代理店として、専門商社などを経由してスーパーストアなどの小売店に販売、95年3月期には年売上高約46億400万円を計上していた。

 しかし、その後は消費需要が大きく落ち込み、工場設備等の維持費が経営を圧迫。2009年には工場の統合や事務所、人員合理化なども進めたが好転せず、2010年3月期の年売上高は約22億6900万円にダウン。2011年4月には受注残分の生産が終了次第、事業を停止する意向を発表。9月30日に本店住所を岐阜県池田町から現所に移転、11月30日の株主総会決議で解散し、同日付で特別清算を申請していた。

 負債は約30億円。

産工社

「愛知」 (株)産工社(資本金4000万円、名古屋市千種区内山3-18-10、登記面=名古屋市千種区西山元町2-16、代表加藤宏観氏)は、1月26日に名古屋地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

 申請代理人は山田尚武弁護士(名古屋市中区錦2-2-2、電話052-223-5555)。監督委員は鈴木誠弁護士(名古屋市中区錦3-5-31、電話052-253-6311)。
 
 当社は、1919年(大正8年)創業、67年(昭和42年)2月に法人改組。真空ポンプ部品や給排水バルブ、空調用バルブなど各種ポンプ部品・バルブの製造を手がけ、ポンプメーカーなどを得意先として、2008年5月期は年売上高約33億2700万円を計上していた。

 しかし、春日井工場などへの設備投資で借入が膨らんでいたうえ、近時は不況や原材料価格の高騰によって受注は落ち込み、2011年5月期の年売上高は約30億5100万円に落ち込んでいた。今期に入っても受注に回復は見られず、先行きの見通し難から自主再建を断念、今回の措置となった。

 負債は債権者約50名に対し約34億4800万円。

ミヤマブロイラー

TDB企業コード:220063273
「群馬」 ミヤマブロイラー(株)(資本金1億9500万円、高崎市神戸町359−1、登記面=高崎市高浜町1062、代表鈴木毅氏)は、1月30日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

 申請代理人は赤羽宏弁護士(東京都中央区銀座1-6-11、電話03-3538-5551)ほか3名、監督委員は小林信明弁護士(東京都千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)。
 
 当社は、1967年(昭和42年)2月に設立されたブロイラーの飼育・加工および飼料・ヒナ・鶏肉などの卸売業者。大手食品スーパーや食品卸売業者への供給を中心に、「群馬県産榛名さくら鶏」「榛名若鶏」などのブランド名で展開。94年12月には、JR高崎駅東口にレストラン「酉の市くれた」をオープンし飲食店経営も手がけていた。年間出荷量は当社単体で1000万羽、グループ全体では1700万羽と全国でも大手クラスに位置し、契約農家を増やして供給体制を整えると同時に販売ルートについても東京、神奈川、埼玉などの食品スーパーを開拓。2009年3月期の年売上高は約147億8900万円を計上していた。

 しかし、鶏肉相場の下落から同期の当期純利益は200万円程度にとどまり、その後の受注は数量ベースでは緩やかに増加したものの、鶏肉相場の低迷から販売単価が下落したため2010年3月期の年売上高は約130億円に低下、「酉の市くれた」も2010年1月に閉店し、飼料価格の高騰で採算性が悪化したため、赤字決算を強いられていた。2011年3月期の年売上高も約127億円にとどまるなど厳しい経営環境が続くなか、農場や工場への設備投資を目的として導入した借入金の負担も重く、資金繰りはひっ迫していた。

 負債は約82億1185万円。
 
 なお、グループ会社のミヤマ畜産農業協同組合、事業協同組合ナガブロ、(株)ニイブロ、(株)ミヤマデリカ、(株)富士アサヒブロイラー、(有)小田原農園、(有)清水農園、(有)碓氷ブロイラー、(有)水沼ブロイラー、(株)第一ファ−ム、(有)榛名鶏園も同様に民事再生法を申請している。

 ミヤマブロイラー(株)およびグループ11社合計の負債は、概算で120〜130億円。

おたるコーポレーション

TDB企業コード:989731538
「東京」 おたるコーポレーション(株)(資本金1億円、豊島区東池袋2-60-3、代表徳永伸一郎氏)は、2011年10月31日に債権者より東京地裁へ破産を申し立てられていたが、2月1日に同地裁より破産手続き開始決定を受けた。

 破産管財人は、綾克己弁護士(千代田区内幸町1-2-2、電話03-3596-0260)ほか4名。債権届け出期間は3月7日までで、財産状況報告集会期日は5月22日午前10時。

 当社は、2007年(平成19年)8月に設立した回転寿司店の経営業者。東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県など関東一円に回転寿司店「おたる寿し」を22店舗(2012年1月末時点)展開。一皿105円を基本とし、常時80種類以上のメニューを展開、2010年2月期の年売上高は約37億円を計上していた。

 近年は大手競合他社との競争激化に加え、支援企業への管理費などの支払が嵩み、収益面は低調な推移を辿り、仕入の見直しや不採算店舗の閉鎖などで収益改善に取り組んでいた。

 こうしたなか、取引先との間で契約及び債務不履行を理由に関係悪化が表面化。その後、債権者より破産を申し立てられていた。

 負債は2011年2月期末時点で約5億6000万円。

新栄総業

DB企業コード:340040401
「新潟」 新栄総業(株)(資本金4億円、南蒲原郡田上町湯川2986、代表鹿取信介氏、従業員39名)は、1月23日付で東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令・監督命令を受けた。

申請代理人は西村國彦弁護士(東京都千代田区内幸町1-1-7 NBF日比谷ビル16階、さくら共同法律事務所、電話03-5511-4400)ほか5名。監督委員は北原潤一弁護士(東京都中央区八重洲2-8-7 福岡ビル9階、阿部・井窪・片山法律事務所、電話03-3273-2600)。
 
 当社は、1972年(昭和47年)9月に設立されたゴルフ場経営業者。76年(昭和51年)にゴルフ場「湯田上カントリークラブ」をオープン、2002年(平成14年)7月には民事再生手続き中であった紫雲寺公園ゴルフ倶楽部の営業権を買い取り「ノーブルウッドゴルフクラブ」としてオープンさせるなど事業の拡大を図り、2003年12月期には年売上高約12億円を計上していた。

 しかし、長引く不況や、2004年の新潟・福島豪雨、新潟県中越地震、2007年の新潟県中越沖地震などの自然災害の影響から、湯田上カントリークラブの入場者の減少は続き、来場者あたりの売上も減少、2011年12月期の年売上高は約7億4000万円に落ち込んでいた。また、バブル崩壊後の会員権価格低迷により、会員からの預託金返還請求が相次いだことから、2度にわたる預託金償還請求の延長を試みたものの、2度目の延長決議後(2011年11月)には預託金の返還を求める会員が急増し、複数の会員から訴訟が提起されるなど状況は悪化。今後も、預託金の返還を求める会員の増加が見込まれるとともに、これらの預託金償還の資金的な見通しが立たない状況であることから、自力での再建を断念した。当面は当社の筆頭株主である(株)櫛谷組(新潟市中央区、不動産賃貸・管理業)の支援を受けながら、自力再建を目指す予定。

 また、「ノーブルウッドゴルフクラブ」は分社化により、2011年12月から新たに設立されたグループ会社での経営に切り替わっている。

 負債は2011年12月末時点で約43億7700万円。

構成員課税方式は最大メリット

合同会社(LLC)や会社はすべて法人=所得には法人税が課せられます。

それに対して
LLP(法人ではない)は、LLP自体に課税はされない。何年間も黒字を出していても、課税は全くされません。

それでは、どんな場合にLLPの課税が発生するのでしょうか?

LLP への出資者が、LLPから利益受けた場合に、各出資者に対して課税が発生します。
このような方式を構成員課税(あるいはパススルー課税)と呼ばれています。

構成員課税のメリットはLLPが黒字、赤字、どちらの場合にも存在します。

ジャパン・スポーツ・マーケティング

TDB企業コード:981121603
「東京」 ジャパン・スポーツ・マーケティング(株)(資本金2億円、渋谷区円山町3-6、代表清算人菊池伸之氏)は、11月30日に株主総会の決議により解散し、東京地裁へ特別清算を申請していたが、12月27日に同地裁より開始決定を受けていたことが判明した。

 当社は、1989年(平成元年)7月に遊技機の販売および保守管理などを主な目的とし設立。その後休眠状態を経て、2001年3月より営業を再開しスポーツジム事業、イベントマーケティング事業、スポーツコンテンツ事業、アスリート・マネジメント事業などを手がけていた。主力となるスポーツジム事業では、渋谷と六本木にフィットネスクラブ「TOTAL Workout」を経営、プロ、アマを問わないパーソナルトレーニング環境を提供、2009年3月期には年売上高約35億円を計上。

 その後は減収基調で推移、2011年3月期の年売上高は約19億2000万円にまで落込んだ。損益面でも連続して最終赤字決算が続き、財務面も連続赤字決算の影響から累積損失を抱えていたため、各事業の抜本的な見直しを行ってきた。しかし、当社単体での経営改善の見通しが立たず、2011年8月23日に開催された親会社の取締役会において、当社の事業再編が決定。スポーツジム事業のみを親会社であるフィールズ株式会社(ジャスダック上場)が引き継ぎ、それ以外の事業については清算する運びとなった。

 負債は2011年3月期末時点で約27億9200万円。

エーオー産業

TDB企業コード:580134508
「大阪」 エーオー産業(株)(資本金9100万円、箕面市船場東2-1-20、代表小倉明氏)は、2011年12月21日に大阪地裁へ自己破産を申請し、1月11日に同地裁より破産手続き開始決定を受けたことが判明した。

 破産管財人は高橋英伸弁護士(大阪市北区西天満5-1-9、電話06-6365-1251)。

 当社は、1940年(昭和15年)1月に繊維製品卸を目的に創業、51年(昭和26年)4月に法人改組、オグラングループを形成していた。2001年12月に小倉産業(株)からオグラン(株)、2011年9月にオグラン(株)から現商号に変更。

 トランクス、エプロン、パジャマ等の繊維製品を商社経由で仕入れていたほか、関係会社への外注により自社企画製品も製造し、自社ブランド「オグラン」「ラニー」等を有していた。当社はグループの中核企業で、グループ会社の製造管理、資金調達等を担当、生産会社や流通加工部門でも分社化を図り、生産から配送まで一貫した体制を確立し、93年11月期には年売上高約109億9900万円を計上していた。

 しかし、輸入製品の増加などから売上高が減少するなか、94年以降、グループ会社の合併や解散などの再編をスタート。その間、グループ会社清算に伴う損失や、(株)長崎屋(2000年2月会社更生法)、マイカルグループ(2001年9月民事再生法→同年12月会社更生法)などに対して多額の不良債権が発生。その後も主力販売先である量販店での売上低迷から、2007年11月期には約45億8500万円まで落ち込んでいた。加えて、過去の設備投資や不動産取得等から過大な借入金を抱え、資金繰りを圧迫していた。

 そのため、抜本的な再建策を策定すべく、スポンサー選定に着手。2008年8月、東証1部の片倉工業(株)が全額出資したオグラジャパン(株)(大阪市中央区)に、当社および100%出資子会社のオグラン大野原(株)(香川県観音寺市)の紳士トランクスやエプロン等の企画・輸入・販売事業を譲渡する基本契約を締結し、2008年11月に事業譲渡。以降は、所有する不動産賃貸業を行う一方、資産処理を行っていた。

 負債は、借入金約67億3100万円を中心に約69億3700万円。

日東あられ新社

TDB企業コード:450200824
「東京」 (株)日東あられ新社(資本金3億円、港区赤坂3-5-2、代表清算人有賀隆之氏)は、1月11日に東京地裁より特別清算開始決定を受けた。

 当社は、包装もちのメーカーで、あられでは国内シェア20%を誇っていた日東あられ(株)(1948年設立、岐阜県池田町)が91年5月に岐阜地裁へ会社更生法を申請したのち、同社の更生計画の一環として、同社の営業権譲渡および従業員、稼働中の工場、プラントなどを引き継ぐ条件で、1994年(平成6年)4月に設立。あられ、おかきのほか、せんべいなど米菓商品を製造し、特にひなあられにおいては高い市場シェアを占めていた。大手商社を一次代理店として、専門商社などを経由してスーパーストアなどの小売店に販売、95年3月期には年売上高約46億400万円を計上していた。

 しかし、その後は消費需要が大きく落ち込み、工場設備等の維持費が経営を圧迫。2009年には工場の統合や事務所、人員合理化なども進めたが好転せず、2010年3月期の年売上高は約22億6900万円にダウン。2011年4月には受注残分の生産が終了次第、事業を停止する意向を発表。9月30日に本店住所を岐阜県池田町から現所に移転、11月30日の株主総会決議で解散し、同日付で特別清算を申請していた。

 負債は約30億円。

産工社

TDB企業コード:400056339
「愛知」 (株)産工社(資本金4000万円、名古屋市千種区内山3-18-10、登記面=名古屋市千種区西山元町2-16、代表加藤宏観氏)は、1月26日に名古屋地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

 申請代理人は山田尚武弁護士(名古屋市中区錦2-2-2、電話052-223-5555)。監督委員は鈴木誠弁護士(名古屋市中区錦3-5-31、電話052-253-6311)。
 
 当社は、1919年(大正8年)創業、67年(昭和42年)2月に法人改組。真空ポンプ部品や給排水バルブ、空調用バルブなど各種ポンプ部品・バルブの製造を手がけ、ポンプメーカーなどを得意先として、2008年5月期は年売上高約33億2700万円を計上していた。

 しかし、春日井工場などへの設備投資で借入が膨らんでいたうえ、近時は不況や原材料価格の高騰によって受注は落ち込み、2011年5月期の年売上高は約30億5100万円に落ち込んでいた。今期に入っても受注に回復は見られず、先行きの見通し難から自主再建を断念、今回の措置となった。

 負債は債権者約50名に対し約34億4800万円。

ミヤマブロイラー

TDB企業コード:220063273
「群馬」 ミヤマブロイラー(株)(資本金1億9500万円、高崎市神戸町359−1、登記面=高崎市高浜町1062、代表鈴木毅氏)は、1月30日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

 申請代理人は赤羽宏弁護士(東京都中央区銀座1-6-11、電話03-3538-5551)ほか3名、監督委員は小林信明弁護士(東京都千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)。
 
 当社は、1967年(昭和42年)2月に設立されたブロイラーの飼育・加工および飼料・ヒナ・鶏肉などの卸売業者。大手食品スーパーや食品卸売業者への供給を中心に、「群馬県産榛名さくら鶏」「榛名若鶏」などのブランド名で展開。94年12月には、JR高崎駅東口にレストラン「酉の市くれた」をオープンし飲食店経営も手がけていた。年間出荷量は当社単体で1000万羽、グループ全体では1700万羽と全国でも大手クラスに位置し、契約農家を増やして供給体制を整えると同時に販売ルートについても東京、神奈川、埼玉などの食品スーパーを開拓。2009年3月期の年売上高は約147億8900万円を計上していた。

 しかし、鶏肉相場の下落から同期の当期純利益は200万円程度にとどまり、その後の受注は数量ベースでは緩やかに増加したものの、鶏肉相場の低迷から販売単価が下落したため2010年3月期の年売上高は約130億円に低下、「酉の市くれた」も2010年1月に閉店し、飼料価格の高騰で採算性が悪化したため、赤字決算を強いられていた。2011年3月期の年売上高も約127億円にとどまるなど厳しい経営環境が続くなか、農場や工場への設備投資を目的として導入した借入金の負担も重く、資金繰りはひっ迫していた。

 負債は2011年3月末時点で約79億8200万円。
 
 なお、グループ会社のミヤマ畜産農業協同組合、事業協同組合ナガブロ、(株)ニイブロ、(株)ミヤマデリカ、(株)富士アサヒブロイラー、(有)小田原農園、(有)清水農園、(有)碓氷ブロイラー、(有)水沼ブロイラー、(株)第一ファ−ム、(有)榛名鶏園も同様に民事再生法を申請しており、負債額は現在調査中。

あび

暗記を問う試験ではないので、テキストを見ながら回答してもOKです
http://ameblo.jp/avi20030204/

臥薪嘗胆

現在の日本人に一番欠けている精神的な要素と言い度いですね。特に学校教育では、生徒も先生も一丸と慣れない雰囲気、余りにもアメリカナイズされず過ぎて個人の自由ばかりが大手を振って歩いている態無さは慚愧に堪えない。そして国家のへの愛着が皆無です。今の国会にしても議員達が本気で国家を論じたら国家も国民も新から国の為にと誠心誠意尽くすはずですが、何事もオーバーラップ気味では諸説ぷんぷんですね。思うに日の丸、君が代を大切に思える国民に成って欲しいです。

カオルーン ホテル

カオルーン ホテル

最低価格保証でカオルーンのホテルを格安予約できます。カオルーンのホテルの口コミ情報に宿泊体験記も充実しています。 香港有数の古い寺院、興味深い史跡、香港島と同様にカラフルで魅力ある通りがたくさんある九龍は、まさに文化のるつぼといえます。

マカオのいいもりし

マカオのいいもりし

世界一のマカオ・カジノ、米資本進出や老舗

法定通貨であるマカオ・パタカの流通量

ベネチアンマカオリゾート

ベネチアンマカオリゾート

ラスベガス・ベネチアンと、ほぼ同じデザインを踏襲したベネチアンマカオリゾート。コタイ地区で最初の巨大リゾートです。来場者に驚きを与えるためなのか、このデザイン、遠目や写真で見た限りには、あまり大きく感じません。そのぶん、近くで見ると、巨大さに圧倒されます。「ベネチアン、見た? すごく大きいね」という会話がマカオだけではなく、全世界で繰り広げられることでしょう。

MGMグランド・マカオ開業式典

MGMグランド・マカオ開業式典

2007年12月18日にMGMグランド・マカオが開業しました。開業記念式典には、MGMグランド・マカオのMGMミラージュ社のTerry Lanni会長とマカオ側のパートナーであるパンジー・ホー氏、その父でありマカオのカジノ王として知られるスタンレー・ホー氏、マカオの行政長官(一般的な国家では大統領や総理大臣に相当)エドモンド・ホー氏といったマカオを代表するVIP達が列席しました。

カジノ王へ

1962年には、盟友の霍英東、そして当時のギャンブル界の大物であったイップ・ホンの協力を背後に、マカオにおけるギャンブル権を獲得。観光客の誘致のため、ホテルの建設や港の整備、香港とマカオとを結ぶ高速艇の整備などを行い、やがてその後30年のうちに、得たギャンブル権を独占的に用いつつ、さしたる変哲もないポルトガルの一植民地に過ぎなかったマカオを東洋一のギャンブルの街に育て上げた。
アジア通貨危機の禍を受ける直前の1997年には、自身の経営するマカオ旅行娯楽会社の売上高は20億ドルに達していた。[1]1999年にマカオが中華人民共和国に返還された後、独占的ギャンブル権を喪失したものの、現在においてもグランド・リスボアなどの主要なカジノのオーナーとして君臨している。

実業家としての台頭

実業家としての台頭
1941年12月に行われた第二次世界大戦中の日本軍による香港の占領に伴う、一族の財産の喪失をきっかけとして単身で中立国であるポルトガルの植民地であるマカオへと移り、日本人経営の貿易会社で事務の仕事を始めた。母語、英語、日本語、ポルトガル語という4つの言語の能力を生かして働き、瞬く間に経営者の信頼を得るとともに、会社の重要な位置に就いた。21歳のときであった。
ある時、自身の担当する船が武装した集団による攻撃を受けた。武装集団は船を占拠。船はその時30万ドルを積んでいた。今の価値に換算すると数百万ドル相当の金である。悶着する中で、武装集団が金の方を見た瞬間、その者に向かって突進し、銃を取り上げ、集団から船の主導権を取り戻したのであった。この一件は経営者からの絶大な信頼を得るきっかけとなり、その後の海上貿易での大成功につながるものとなった。やがてその傑出した実績により100万ドルのボーナスを得る。
1943年に、100万ドルを用いて香港における投資を始める。当時、香港の建設産業は急成長中の分野であった。ここに目をつけ、香港に灯油関連会社と建設会社を設立。これにより大きな利益を上げることとなった。

何鴻燊

マカオのカジノ運営権を2002年まで独占していた「Sociedade de Turismo e Diversoes de Macau(澳門旅遊娛樂股份有限公司、マカオ旅行娯楽会社)」の経営者であり、マカオで最も富裕な人物であると同時に、アジアにおける上位富豪の一人に数えられ、雑誌フォーブスの2006年度世界長者番付において、世界で59番目の長者に選ばれている。その収入はマカオのGDPのおよそ三分の一を構成するとされ、また、2003年度に納めた税額はマカオ政府の歳入の30%に達した。
ホーの香港市場への支配力もかなりの部分に及んで強力なものであるとされ、北朝鮮、ベトナム、フィリピンなどでの投資も場合により活発に行っている。現在は中華人民共和国の特別行政区となった香港に在住。

スタンレー・ホー

従来マカオのカジノ市場はスタンレー・ホー氏により独占されていたが、2001年、アメリカのラスベガス・サンズ社(会長兼CEO:Sheldon Adelson氏)とウィン・リゾート社に対してマカオ政府からカジノ経営権が付与された。2004年にラスベガス・サンズ社が、マカオ初の本格的ラスベガス式カジノ「サンズ(金沙)・マカオ」をフェリーターミナルのそばにオープン。2006年にはスタンレー・ホー氏の老舗マカオ「リズボア」の前に第一期投資額12億ドルの「ウィン(永利)・マカオ」がオープンした。そして去る2007年8月、ラスベガス・サンズ社による総工費24億ドルという巨大カジノ、ベネチアン・マカオ・リゾートがオープン。さらに年内にはMGM・ミラージュ社もウィンのすぐ裏(東側の海沿い)に「MGMグランド」をオープンする予定。ちなみにラスベガス・サンズ社は2009年までに総額120億ドルを投じて、全部で14のカジノホテルを建てるのだという。マカオのカジノ市場は急拡大しており、2006年の収入は70億ドルとなり、ラスベガスの66億ドルを抜いたのだとか。

ベネチアンマカオリゾート

マカオは大陸側から、フェリーターミナルやリスボア、サンズ等主要なカジノの多くが立地するマカオ半島、空港のあるタイパ島、ビーチがあるコロアン島の3つの部分から成るが、タイパ島とコロアン島の間はつながっており、その連結部分はコタイとよばれている。コタイ地区は元来何もない平地で、ベネチアン(威尼斯人)マカオリゾートはこの巨大な敷地に建てられた大型リゾート。空港から近く車で数分。香港からのフェリーが発着するフェリーターミナルはマカオ半島にあるので長い橋を越えてこなくてはならないが、マカオはとっても小さく、途中、道も混まないので、15分もかからず行くことができる。タクシーならMOP50(約750円)ほど。無料のシャトルバスもある。

尖沙咀

中国と陸続きの九龍半島。ペニンシュラホテルを筆頭に有名ホテルが立ち並び、ショッピングアーケードも充実した商業の町。ビクトリアハーバーを渡るスターフェリーもこの尖沙咀ピアから運行。雑踏の中のオアシス、九龍公園の緑にほっとします。 尖沙咀の東側、中国に繋がる九広鉄道の北京、上海行きの鉄道の出発駅のある紅ハム。また紅ハムのコロシアム(体育館)は香港の有名な歌手のコンサートやさまざまなイベントが開催されるところです。 ハーバー沿いにさらに東に進むと香港在住の日本人も多く住む高級マンションも。2004年から新たに尖沙咀東駅が開通し、中国への移動も気軽にできます。

香港ディズニーランド開園5周年

香港ディズニーランド開園5周年
香港ディズニーランドでは、開園5周年を記念して、1年を通して様々なイベントが開催されます。フライトオブファンタジーパレードと題して、ミッキーが飛行船に乗って園内を周るパレードも始まっています。

カジノ体験



マカオに来たからには、カジノも体験してみたいところですが、国内はもちろんのこと、海外でカジノなんてしたことがない、という方がほとんどだと思います。そんな方にオススメなのが、このカジノ体験。まずはガイドさんがスロットマシーンで10ドルを使って見本を見せてくれます。その後、解散してカジノに挑戦してみる、というもの。ナビが参加した日はカジノでの自由時間は20分ほどでした。ギャンブルが苦手な方も雰囲気だけでも味わえるマカオならではの観光コースです。

338mのマカオタワー



お腹がいっぱいになったところで、次はマカオタワーです。高さ338mのマカオタワーの見どころは、なんといっても地上223mの展望台。この展望台ではバンジージャンプやスカイウォークなど、ユニークなアトラクションを楽しむことができます。なお、展望台入場料はツアー代金には含まれていません。希望者は事前にバスの中でHK$120をガイドさんに支払い入場券をもらいます。展望台での自由時間は30分弱ですので、残念ながらバンジージャンプに挑戦する時間はありません。

チャイナ・ホンコン・フェリーターミナル(中港城)から出発

チャイナ・ホンコン・フェリーターミナル(中港城)から出発

集合場所は旅行会社の指定する市内ホテルが多いのですが、このツアーは香港市街地のホテルであれば、宿泊先のホテルまでバスで迎えに来てくれます。すべての参加者が揃ったところで、マカオ行きのフェリーが出発するチャイナ・ホンコン・フェリーターミナル(中港城)に向かいます。

香港旅行

香港旅行のスケジュールを練りながら、せっかくだから足を延ばしてマカオまで行ってみたい!と思っている方も多いのではないでしょうか?ラスベガスを抜いて、売り上げ世界第一を誇るカジノはもちろんのこと、ユネスコ世界遺産に指定された街並みやポルトガル領の名残りを色濃く残した建築物など、マカオには香港にはない魅力的な観光地がたくさんあります。

両替レート


両替のレートは空港やホテルでは一般的に悪いと言っていいでしょう。銀行以外にも両替所が香港各所にありますが、場所によりレートの差がとても大きいことがあります。レートが悪いのは、香港島サイドでは銅鑼灣にあるタイムズスクエア周辺の両替所、反対にレートがよいのが、チムサーチョイにある重慶大厦(チョンキンマンション)の1階にある両替所です。両者で同日に両替した場合、1万円につき500円以上の差が出ました。(2005年12月)重慶大厦はインド系、アフリカ系、東南アジア系など様々な人種が集う場所なので少々気後れすることもありますが、入り口付近にあるため、比較的気軽に利用することができます。スリなどにはもちろん警戒が必要です。

紙幣の額面

香港で使用されている紙幣の額面は10ドル、20ドル、50ドル、100ドル、500ドル、1,000ドルで、香港上海銀行(香港上海匯豐銀行 HSBC)、スタンダード・チャータード銀行(香港渣打銀行 Standerd Chartered Bank)、中國銀行(中國銀行香港分行 Bank of China)の3行からそれぞれ発行されています。額面によって紙幣(印刷)の色は統一されていますが、デザインが違うので少し戸惑ってしまうかも知れませんが慣れるとそう問題にはなりません。

詐欺の手口私

詐欺の手口私が、騙された手口を、恥を忍んで報告します。皆様のお役に立てればと思います。それは、9月7日の夜ジョーダンの電気店でした、私は、SONYのデジカメが欲しかったので、あらかじめ日本の価格を調べ.

香港

香港にプロサッカーリーグはありました。香港の町にはサッカーのゲームシャツを着ている人がやたらたくさんいた事(ジェフ千葉のユニ着ている奴いたよ!)、サッカー関連のTV番組が異常に多い事から香港ではサッカー人気が高いと判断。これは絶対自国リーグはあると勝手に自分の中で結論付けます。

ジャッキーチェン

ジャッキーチェン映画の香港での興行成績一覧やグラフを掲載。初期の作品『頂点立地』から『ベストキッド』まで興行収入のほか年間の順位、それぞれの年のTOP作品との比較などもあわせて紹介しています。

香港のラグジュアリーホテル ザ・ペニンシュラ香港

香港のラグジュアリーホテル ザ・ペニンシュラ香港

ビクトリアピーク スカイテラス 

ビクトリアピーク スカイテラス 

ビクトリアピークとは、日本語にすると「ビクトリア山頂(552m)」であり、観光ガイドにのっている展望台のあるピーク・タワーとは、ビクトリア山頂の中腹(396m)にあります。1997年にビクトリア山頂まで登りましたが、視界は狭くなり、人も少なく観光客は皆無状態。安全面にも不安が残るため、夜景スポットとしては、ケーブル山頂駅に直結したピーク・タワーの最上階にある有料展望フロア「スカイテラス」がお薦めということになります。
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