カテゴリ:入院記録 > 5回目の入院

大腸の内視鏡画像あり

さきほど投稿した画像に説明の文字を足しました。

主治医に説明を受けたものの、どうしても構造が頭に入らなかったので、
間違っている可能性もあります。

自分の体調のことなので、間違えないように慎重にマークしましたが、
医師ほどの経験もないので。
その点ご注意ください。

また、主治医から症状には「活動期」「治癒過程期」「瘢痕期(はんこんき)」の3つのステージがあることを教わりました。
聞きなれない「瘢痕期(はんこんき)」とは傷跡という意味らしいです。


各ステージの説明(引用:Wikipedia消化性潰瘍)
1) 活動期:潰瘍辺縁の浮腫像・厚い潰瘍白苔がある時期
A1:出血や血液の付着した潰瘍底はやや汚い白苔の状態 
A2:潰瘍底はきれいな厚い白苔の状態 潰瘍辺縁の浮腫像は改善してくる時期
2)治癒過程期(Healing stage):潰瘍辺縁の浮腫像の消失・壁集中像・再生上皮の出現が見られてくる時期
H1:再生上皮が少し出現している(潰瘍の50%以下)
H2:再生上皮に多く覆われてきている(潰瘍の50%以上)
3)瘢痕期(Scar stage):潰瘍白苔が消失した時期
S1:赤色瘢痕
S2:白色瘢痕


現在の僕の炎症の状況は、「治癒過程期」から「瘢痕期(はんこんき)」への移行中だそうです。

検査日:2015年2月24日
バウヒン弁の下唇のピンクが多くなっています。
IMG_1939_20150224_開設



検査日:2014年4月30日
バウヒン弁の下唇がまだ白いですね。
IMG_2006_20140430_開設



検査日:2013年10月28日
IMG_1989_20131028_開設



検査日:2013年7月22日
この時点でかなり潰瘍は深いと言われています。
IMG_1958_20130722_開設



検査日:2012年11月29日
IMG_1971_20121129_開設

今日はこれで以上です。

大腸の内視鏡画像あり

今日はこれまで紹介してこなかった内視鏡画像をお見せします。
グロだと思われるかもしれないので、ちょっとしたカバー画像を作成しました。


おとといの記事「下血→入院で落ち込んでいたけど、潰瘍は良くなっていた不思議。」で報告したことですが、(バウヒン弁)潰瘍は良くなっていると言われています。

バウヒン弁とは、小腸と大腸のつなぎ目にあります。
通常、うんこは小腸から大腸へ流れますが、逆流してしまうと大変です。

それをブロックするための弁で、口のように上下に開いては閉じるを繰り返しています。

kazuhiro kurosawaさんの資料がわかりやすいので、引用させていただきます。
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また、リアルには次の画像が参考になります。
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(引用 『回盲弁症候群とパニック障害・うつ病の関係』


火曜日に受けた内視鏡検査結果には次のように書かれていました。
IMG_2020_20150224

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バウヒン弁の潰瘍は白苔がほぼ消滅。
炎症の繰り返しによる影響と考えるが、狭窄がありスコープ接触で出血を来たすため回腸末端への挿入は試行せず。
回腸末端の病変は観察できなかったが、普通便が口側から流れてきており、活動性の出血は疑われない。
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僕のバウヒン弁は、口で言えば、「たらこ唇」のように腫れ上がっていて、おちょぼ口になっています。
このおちょぼ口が細くて、あたらしい出血を防ぐために内視鏡のスコープを挿入することができなかったのですね。
なので、小腸側の末端は見ることができなかったと。

ただ、バウヒン弁側をみると潰瘍の新たな炎症はなく、炎症後になってしまう白っぽい皮膚になって、膨らんでいることがわかりました。


キレイなバウヒン弁がアマナイメージにありました。
アマナイメージ(引用 正常な回盲弁

鮮やかでキレイな色をしていますね。


では火曜日に撮影した僕のバウヒン弁を拡大して見てみましょう。






IMG_1939_20150224

ぼやっとした白色で膨らんでますね。

でも、これだけだと良くなっているとは言いがたいような気もしますね。僕も説明されるまでは、そう考えてました。

2年ほど前に撮影した画像を見比べると違いが分かりやすいです。

撮影日:2012年11月29日(むちゃくちゃ痛いとき。)
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広い空間が空いていて、かつ、青っ鼻の様な黄白色の潰瘍があります。

空間が空いているのは、潰瘍ができてからそんなに時間が経っていなかったんでしょうね。

この次は、静脈洞血栓症の症状で緊急入院したときに、撮影した画像です。
お腹が痛かったわけではありません。

撮影日:2013年7月22日(腹痛はそれほどでもない)
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次は一回目の下血時。お腹の痛みはやばかった。血を流しすぎて意識喪失。この病気では初めての救急車も。
撮影日:2013年10月28日(初めての下血。)
IMG_1989_20131028


炎症の範囲が広がってますね。炎症を起こしたあとに白く腫れる部分も広がってます。


この後、高槻市の松本医院へ行き生薬を処方してもらいます。

撮影日:2014年4月30日(松本医院の生薬を飲んでいるとき。)
IMG_2006_20140430


このとき前回から改善していると言われています。


そして最後に火曜日の検査結果をもう一度。
ピンクの部分が増えています。

IMG_1939_20150224

以上です。

新ためて思いましたが、
検査結果はその瞬間だけでなく、時系変化まで見なきゃいけないですね。

平成27年2月18日(木)の朝に下血して救急車で運ばれ、入院し、輸血まで行いました。
前兆と呼べるものはなく、いきなりの下血でしたので戸惑いました。

現在、僕が行っている炎症性腸疾患に対する治療は、西洋医学でも、東洋医学でもなく、腸内細菌という新しい分野を活用した独自の治療になっています。

ビフィズス菌を増やすために毎日リンゴをひとつ食べるなど。

簡単そうでいて、時間も必要で、最近は実践できていませんでした。
僕は、さまざまな文献から役立ちそうな情報をピックアップして独自の理論を固めましたが、それを確実に実践できる体制ではありませんでした。

でも、「実践できないけど理論は正しい」などと言って逃げるつもりはありませんでした。
実践できないくらい大変なものであるなら、それは意味のないことですから。

もう影響の大きい下血を起こしてはいけないと思い、この病気の治療をはじめた2012年末から今まで控えていたステロイドを使った治療をはじめることを考え始めました。

いまの独自の治療と併用して、ステロイドも行えるのかもしれない。それならば、最低限、下血の発生は抑えられるかも知れない。

ご存じの通り、ステロイドは長期使用における副作用が気になるところです。また、ステロイドの止め時も難しいものがあります。
ステロイド以外には免疫抑制剤という薬やG-GAPという方法もありますが、それは高価で(僕には)使えないと思っていました。

僕の病名は単純性潰瘍といいます。ベーチェット病の副症状の一つです。
ベーチェット病は難病扱いになっていて公的な補助が受けられますが、その副症状でしかない単純性潰瘍は難病扱いではなく公的な補助は受けられません。

つまり、お金のかかる治療法は選べないため選択肢はステロイドしかないのかなぁと思っていました。


タイミング良く、腸内細菌と人間の関係にフォーカスを当てた『NHKスペシャル「腸内フローラ」』で放送されました。病室で番組内容をみて、やっぱり、自己免疫疾患はこの分野に道があるはずだと期待も持ちました。
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僕の病気もこの道で改善していくしかないと。でも、考えをたどっていけば未来に解明できるかもしれないという話であって、今の時点では、それは単に僕の希望に過ぎません。


昨日の内視鏡検査結果には次のように書かれていました。
IMG_2020_20150224


バウヒン弁の潰瘍は白苔がほぼ消滅。
炎症の繰り返しによる影響と考えるが、狭窄がありスコープ接触で出血を来たすため回腸末端への挿入は試行せず。
回腸末端の病変は観察できなかったが、普通便が口側から流れてきており、活動性の出血は疑われない。


この検査結果をみたとき「狭窄」という言葉におびえてしまいました。
「やっぱり、病気は進行し続けているんだ。僕の理論はダメだったか。残念だ。」
これまでの取り組みではダメだということだった。

そんなことを考え、自分の心は自暴自棄になりました。


麻酔が覚めた0時から朝まで一睡もしませんでした。ずっと起きて、スマホでネット見てました。
ひとことでいえば、逃げた。


ところが、思いも寄らないことが起こります。

朝の回診時に、白い巨塔でみたような偉い先生に
「病変が良くなってますね。良かったですね。」
と言われて、びっくりしました。

付き添っていた担当医に確認すると、病気は良くなっているとのこと。

思いもよらないことを言われて、一気に、テンションが上がりました。

どうやら、「バウヒン弁の潰瘍は白苔がほぼ消滅」この一文が指していることに大きな意味があったようです。読み取れませんでした。


そして、あとで比較のため過去の内視鏡検査結果の印刷物を受けました。

(その画像はあとで編集してブログにアップしたいと思います。)


これで僕の気持ちは固まりました。

もういちど、自分の理論通りに突き進もうと。

昨日の朝、7:30に目が覚めました。お腹の痛みと共に。

痛みの種類は、これまでに体感したものと違い、下痢のようなそうでないような感じがありました。

トイレに行き、その痛みの原因が分かりました。下血でした。

病院に行かなければならないと思いましたが同時に行きたくはありませんでした。

救急車も使いたくはなく、タクシーか、もしくは義父の車を借りていくことを考えました。

しかし、三度目の激しい下血を経験して、もはや、個人的な対処は無理て救急車を呼ぶ決心をしました。

会社のメンバーにLINEで連絡をして暖かい返事をもらいました。

そして、救急車の到着。
ここまで、1時間かかりました。

病院に着くと、すぐに採血されました。まさかの右足つけねからの採血で、ガバッとズボンを脱がされました。

研修医の女医さんが四人。
救急の看護婦が二人。
救急の男性医師が一名に。

恥ずかしいものを見られてしまい、困惑。

救急の現場で恥ずかしがるほうがダメだと気持ちを入れ替えるものの、次は、肛門に指を入れられました。

快感を感じることはなく、自分の性癖を確認することができました。このへんは冷静。

入院は仕事のことを考えてしたくありませんでしたが、強制入院になりました。

救急車で運ばれてからずっと寝ていたので、気づかなかったのですが、レントゲンのため立ち上がると、フラフラで、吐き気。

救急の部屋から入院部屋への移動のため、車椅子に座りましたが、その移動中に両手がしびれ出し、足のふくらはぎもしびれるくらいで、入院を回避できる状態ではありませんでした。

炎症度を表すCRPは、0.88といつもの値よりも低いくらいでした。翌日のCRPも1.01と同じ程度で、健常者の0.3よりは高いものの、1回目と3回目の入院のときのように、高い数値ではなく、逆に原因がつかめずに困ります。

個人的な見立てでは、じわじわと炎症が進みつつあり、血管に到達したのかと思いましたが、いつもの担当医からは腸内の血管は細く、普通は血はすぐに止まるとの指摘をもらいました。

僕は、ベーチェット病の気質も持っていて、腸の他に静脈洞血栓症という脳の血管の持病があります。

そのためにワーファリンを服用しているのですが、いつも以上に効きすぎていて、血液が止まりにくくなっていました。

血管にすこしの穴が開き、そこから吹き出していたのかもしれません。

止血剤を点滴しましたが、本日になっても、赤血球の量が減っていたため、さきほど、二単位の輸血を行いました。

輸血前にはHIVやC型肝炎のリスクを説明を受けます。本当は怖くて嫌だけど、献血を行ってくださっている名前も知らない方に感謝しながら受け取りました。

ワーファリンが効きすぎた理由はチョコレートではないかと思っています。

チョコレートにはポリフェノールが含まれていて、体には良い影響を与えますが、僕には薬の効果を高めてしまいました。

今日の朝に測った血液もワーファリンが効きすぎているため、ビタミンKを投入し、ワーファリンの効果を打ち消す処置を行いました。


散々な二日間ですが、悲愴感はありません。同僚には迷惑をかけたし、妻にも申し訳ないことになりましたが、気持ちは暗くならず、前向きに何が悪かったのか、どう改善すればよいのかということを考えられるようになりました。

ちょっと、たくましくなれましたね。

人は生まれてくるときに、学びたいことを学べる肉体や親、社会環境を選んでるそうです。

僕は何を学びたくて、この体を選んできたのか、考えてみました。

数年前に霊能者に聞いたことによると、
僕はいろんなことを受け入れる力を神様からいただいているそうですが、キャパオーバーになり、破綻するそうです。受け入れて破綻。受け入れて破綻。破綻時には何もかも嫌になり、やめてしまうと。

簡単にいうと、ゆるく続けることができないみたいなんですね。

いつも、白か黒かを決めたがり、何をすべきかを考える。すべきことを、あれもこれもで破綻する。

これまでの治療法も、僕自身が決めたことを持続できていません。

なぜ持続できないのか、そこに焦点を当てて、持続できる対策を検討していきたいと思います。

これがこの二日間に考えたことです。

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